2017年11月 7日 (火)

「ロボフェス大垣2017」で人命軽視を展示

 大垣公園にドローンが墜落した事故が起きた時刻14時5分の約50分後、私は散歩の途中でその会場に通りかかった。その時は、ドローン墜落事故の件は知らず、夕刻のニュースで初めて知った状況である。

 大垣公園の広場はその事故の後始末の雰囲気もなく、事故での安全再確認を行っている気配もなく「98式イングラム」をダシにして小さい子供を集めて、盛大に行事が行われていた。その「98式イングラム」の収納作業で、特装車作業班が、ヘルメットもかぶらず作業をしていた。安全上で、ヘルメットは必要である。着用不要という安全基準があるのか?

 ドローン墜落事故が起きたのだから、本来なら、現在行っている行事を中断して、安全の再点検を実施するのが安全管理部署の基本の行動である。その安全管理部署が大垣市には存在しない。ゴキブリが1匹見つけたら、他に百匹のゴキブリがいると思うのが、危機管理の常識である。トヨタグループでは、そうやって車の乗員の命の安全確保、職場の安全確保を最優先で仕事をしている。大垣市行政は、安全より行事遂行、節約が最優先のようだ。

 ハインリッヒの法則は、労働災害における経験則の一つである。1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する。「ロボフェス大垣2017」や元気ハツラツ市で見た人命軽視の展示のオンパレードは大垣市行政の業病の深さを物語っている。大垣市行政の不始末の責任は大垣市長に帰着する。

 

セグウェイ運行での安全無視

 大垣城ホールの中で「ロボフェス大垣2017」が開催され子供達で盛況であった。ロボット技術に子供達が興味を持つために、イベントを開催する事は素晴らしい。しかし、そこで目にしたのは、安全無視のセグウェイの体験運転イベントであった。ヘルメット着用が義務付けられているセグウェイの運航で、ヘルメットもかぶらずに親子がセグウェイを乗り回していた。並行して走っている女子はヘルメットを着用している。大垣市の安全指導が手抜である。客が集れば、安全などどうでもいいからと、運行しているようだ。ドローン墜落事故の直後の話である。墜落事故などで怪我した市民のことなど知ったことではないという、市の職員の対応ぶりをみて、大垣市が抱える業病を再確認した。ヒラメは、上司の意向通り節約して金をケチれれば、市民の命などは知らないというようである。ヒラメは常に上司を上目使いで見る。

 

セグウェイは「小型特殊自動車」

 2015年7月制定の道路交通法で、セグウェイは正式に「歩道等移動専用自動車」として小型特殊自動車に分類された。「ロボフェス大垣2017」でのセグウェイ運行は、大垣城ホール内での運用ではあるが、それでも小型特殊自動車であるのでヘルメットの着用は必要のはずだ。

 中部国際空港の展望台で、セグウェイに乗って巡回する警備員でも、ヘルメットを着用している。ネットでセグウェイに乗っている人たちの写真を検索しても全員、ヘルメットを着用している。

 2012年2月9日には観光ツアー社会実験として、つくば市内の観光名所を巡る企画が実施された。この実験には、16歳以上で普通自動車免許か普通または大型の自動二輪車免許の所持が必須条件である。

大垣市長と大垣市役所は、市民の安全をどのように考えているのだろか?

 

大垣市長の市民の命を守る責任に対する認識

 大垣市行政機構図(平成29年4月1日現在)を見ても、大垣市民の安全を統括管理すると思われる組織がない。末端の組織の中に「生活環境部 生活安全課(防災政策、防災安全、交通安全、公共交通、駐車場、消防防犯)」があるだけである。これは総合的に市民の安全を統括する部署ではない。イベント等でのドローン墜落事故もセグウェイの安全対策に責任を持つ部署がどこか不明である。「(防災政策、防災安全、交通安全、公共交通、駐車場、消防防犯)」の文字も一番小さいフォントで印刷されており、まるで読んで欲しくないとの意思表示のようである。組織図上で、生活安全課の記載された16階も上部に、「庁舎建設推進室」の部署が記載されている「生活安全課」の上の欄には、鶴見祭場、勝山祭場、かみいしづ祭場が位置する。「生活安全課」は祭場の真下に位置するのだ。大いなる皮肉である。大垣市行政機構図に、大垣市長の市民に対する思想が透けて見える。組織図で見る限り、大垣市長は、市民の安全には重きを置いていない。それよりも新市庁舎建設が大事なのだ。

 まともな企業であれば、セキュリティ業務室や保安業務室は、人事部の直下に置かれて、組織上で上位の位置づけである。トヨタグループではそれが常識である。トヨタグループの主要企業が集っている刈谷市の行政機構図では、上から企画財政部、総務部があり三番目に生活安全部が位置づけされ、その部署の中に危機管理課が設けられている。

 それが大垣市の政機構図ではずっと下位の位置づけで、目を凝らさないと、どこにあるか分からない有様である。それが大垣市長の考えの全てを表している。大垣市の組織を見れば、大垣市の未来が見える。今の大垣市長に、大垣市民の命と未来は預けられない

 

図1 大垣公園 2017年11月4日15時53分

図2 大垣公園 「98式イングラム」の収納作業 ヘルメット未着用

図3 大垣城ホールの中で「ロボフェス大垣2017」

図4 セグウェイ ヘルメット着用 2017年11月4日

図5 ヘルメットなしのセグウェイ運転

図6 ヘルメットなしの親子のセグウェイ運転

図7 中部国際空港展望台でセグウェイ 2017年11月1日

図8 大垣市行政機構図(平成29年4月1日現在)

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2017-11-07

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2017年11月 6日 (月)

大垣市ドローン違法行事は,なぜ許可されたか(改題)

ドローン墜落事故と大垣市トイレ問題は、同根の業病

 2017年11月4日、大垣市で開催中の「ロボフェス大垣2017」でドローン墜落事故が起きた。午後2時5分ごろ、上空から来場者に菓子をまいていた小型無人機「ドローン」(直径約85cm、高さ約55cm、重量約4kg)が約10mの高さから落下し、5~48歳の男女6人が額や肩を擦りむくなどの軽傷を負った。当時周辺には子供約100人とその家族ら計約600人がいた。このニュースは全国だけでなく、全世界にも発信された。

 ドローンは協会側の委託を受けた各務原市のドローン製作会社「合同会社 空創技研プロペラ」代表櫻井優一氏(37)が操縦していた。櫻井氏は、国土交通省大阪航空局で今回の飛行許可を事前に得たと説明している。ドローンの飛行では、上空からモノをばらまいたり、大勢が集会している催し会場上空の飛行は禁止である。それが許可されたなら、行政の不正な関与も疑問視される。同社は平成27年4月に創業で、経験年数、実績は浅い。その違法な行為が簡単に許可されたのはおかしい。書類の虚偽申請か行政の便宜関与としか考えられない。

 ドローンを飛ばすためには、下側6メータの範囲を空けなければならない。10メータも上空を自由自在に飛んでいる飛行物体で、「飛行の下側6メータの範囲を空けます」と申請書類に書くなどは、行政と癒着をするか、行政の入れ知恵で申請書類をねつ造しないと、許可が達成できないはずだ。疑問が湧き起こるばかりである。なぜ違法の大垣市のドローン飛行が許可されたか、真相を究明してほしい。

 

事故会社のお寒い実態と責任

 「合同会社 空創技研プロペラ」はHPで検索しても、資本金と代表者が表示されるだけで、従業員数も売り上げも、会社理念も何も記載されていない。つまり操縦者兼社長の創業2年余の超零細企業である。安全性等にどれだけ取り組んでいる会社なのか全く不明である。その少ない会社情報の項目に、それもわざわざ「休業日は日曜日」と明記である。もっと顧客に知らせるべき大事な項目があるだろうと言いたい。

 その社長自らがドローンを操縦して事故を起こしたのだ。操縦専門のスタッフがいる規模の会社ではないのだ。ドローンの製品も寄せ集めの部品で造った零細企業の手づりの製品である。一流メーカの安全が保障された製品ではないのだ。なぜそんな会社にイベントを委託したか。それはコストが競争入札で一番安かったためであると推定される。安全という観点は無視されて、この業者が選定されたのは、事故という事実が物語っている。

 

大垣市が抱える業病

 それは、大垣市が抱える業病なのだ。大垣市長のなんでも節約、安ければすべてよしという思想が、ヒラメの部下や関係者に伝染して、市民の命や安全など知ったことではない環境を作っている。安くさえあれば、見栄えがあり、話題にさえなれば、安全などどうでもよく、全てよしという思想に汚染されているとしか思えない。事故と同時期、同地区で開催されていた元気ハツラツ市でも違法な拡声器の使用で、近隣住宅地に大騒音をまき散らしての行事である。住宅地に住む幼児の環境保護など金儲けのためなら知ったことではない、が大垣市行政の姿勢である。今回の事故は起こるべくして起きた事故である。不幸中の幸いで、死者が出なかったが、死亡事故になっていれば、全世界に大垣の恥をさらすところであった。全ては安価至上主義、市民の人命軽視、住民無視の市政、の大垣市長の責任である。同じケチの思想で、問題が起きているのが大垣市トイレ問題である

 

大垣市トイレ問題

 大垣市は、数年前に水門側沿いにある3つの公衆トイレを江戸風の外観のトイレに建て直した。そのトイレがコスト至上主義の安普請のため、排水処理が手抜をされているようで、頻繁に詰まって、床がいつもべたべたで汚らしい。外観をこげ茶色の風体にしてあるので、内装も同じようで暗い。そのため清潔感がなく、汚れがあっても目立たないが、ますます汚らしい。トイレの汚さは、大垣市の職員さえもが「大垣市公衆トイレは、観光都市のトイレの汚さでは日本一」と断言するほどである。

 

安普請でトイレ建て直し

 大垣市街中心部の水門側沿いのトイレは、40年ほど前に当時の森市長が、観光地としての公衆トイレを恥ずかしくないようにと刷新する英断をして、費用3000万円で建築した。商店街の店主達の中には、そんなのは不要という意見があったが、森市長(当時)は商店街と何度も話し合いをして納得してもらっての建設であった。

ところが、誰の入れ知恵か、数年前にその立派なトイレを江戸風にしようと建て直すことになった。その費用が1000万円以下で建築された。費用が3分の一以下になれば40年前の物価を考えれば9分の1以下の費用である。安くなった分だけ、当然どこかで手抜きがされた。その手抜の部分の一つが排水部分である。そのため頻繁に排水が溢れるという事態となった。内装も安い化粧合板の暗い内装で、暗く安っぽくなった。前のトイレは。まだまだ使える堅牢な排水構造で、機能も完全な構成であった。それを、わざわざトイレを建て直した。その費用で誰か美味しい汁を吸ったのかと勘ぐってしまう。担当した建築工事業者も、堅牢に作ってあるので壊すの大変であったぼやいていたという。その時の市民の意見聞取りでも、このトイレに関係のない遠くに住む住人に、大垣市役所は、書類の形式を整えるだけのために意見収集をしたと言う。トイレ近隣の商店街の住民の意見の声を、大垣市役所は「無視」したという。

 

トイレ費用節約を筆頭にしたケチ思想の顛末

 現在は、そのトイレ掃除の費用も「節約」しているようで、日本一の汚さである。観光都市大垣として恥さらしである。すべて「安かろう、悪かろう」という経済原則に則った当然の結末である。安全とトイレにはお金をかけないと、文化都市として恥ずかしい。それが節約第一主義、機能は二の次の考えの今の大垣市長は、日本の恥であるということに思い至らない。頭がいいのと、知恵があるのは別である事例である。その結果が、今回のドローン墜落事故である。大垣市長のケチの思想が、死亡事故にも発展する恐れがあった事態であった。

 

トイレが会社や家庭の状態を示す

 トイレをみれば、その会社や家庭のレベルが分かる。それは経営コンサルが会社診断をする時に必ず見る項目である。イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏も、トイレ掃除に情熱をかけて会社を大きくした。岐阜県出身の野田聖子議員も帝国ホテルでの修行時代にトイレ掃除に情熱をかけて、人格と会社を磨いた。大垣市はトイレを汚い状態にしたままにして、大垣市の恥をさらしている。それでいて、大垣市長は金のかかる新市庁舎の建設に余念がない。それも治水の失政、市内の交通渋滞放置、市民の命の軽視、静かな住宅地を拡声器での生活破壊、トイレの汚さを放置して、である。

 

本件は、大垣市民の命に係わる情報です。再発防止のため、多くに人に転送下さい。

2017-11-06

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2017年11月 5日 (日)

増長天が見下ろす我が臨死体験

 1999年(49歳)の時、ある研修で臨死体験の実習をさせられた。その時の己の情況を、18年の時間を経て眺めると、己が増長天になって天上から見る思いである。死の床にある己を上から見下ろす。視点を変えて見なければ観えない世界がある。一つ上の界から己を見ると、なんと己が愚かであるかが見えてくる。

  

感動と理動

 臨死体験の実習は理不尽に設定された。本来、不慮の事故とはいつも理不尽である。緊急事態が起きたとの想定で、それから逃れるため己だけを助けるアピールスピーチを強要された。結果として、私のスピーチは無視され、信頼していた唯一のパートナーからも裏切られ、講師から罵倒、酷評され、散々の目にあった臨死体験実習であった。理不尽な状況で、理性で戦おうとした己の愚かさが、今になって増長天の立場で見ると良く分かる。

 理性的に考える能力とは、なんと空しい力であるかを悟った体験でもあった。理性的に考える能力とは、理性的にしか考えられない偏った能力である。死の直前の場では、理性的な言い訳など何の意味も無い。なにせ理不尽な設定での臨死体験である。己を助けるために許された1分間のスピーチの訴え(ある意味の命乞い)は、理性的であるほど空虚であった。人は死に臨んでは、理性など無意味である。人は理性では動かない。「感動」はあっても、「理動」はない。人を動かすのは感情である。不合理でも相手の好悪で心は動いてしまう。そう思うとき、理性で見ていた世の雑事が空しく感じられる。

 命乞いをして認められれば、自分の命の代わりに仲間の一人の命が消える。人を死に追いやってまでして生き延びたいのか。たかが模擬の臨死体験実習で、何を一人でもがいているのか。人の生死は佛様の管轄範囲であり、人の管轄範囲は健康管理、人事管理までである。おこがましい越権行為の臨死体験に、何でそんなに落ち込んだかと、今にして己の愚かさを感じる。

 

佛動

 人は理では動かない。また感動をしても、多少は心を動かされても、それで生死を分ける決断の行動になるとは限らない。その時、己を動かすのは己れの奥から聞こえる佛の聲ではないか。感動ではない、理屈でもない、しかし動かざるを得ない何者かの聲が己を動かして、前に進ませる。その聲に素直に従うのが天命ではないか。

 

天命を知る

 50歳は天命を知るべき歳である。人は必ず死ぬことを知るなら、じたばたするのは見苦しい。死に接して、じたばたしたのは、人生に覚悟ができていなかったのだ。当時から18年間も経ち、多少は成長した今の時点で、増長天として当時を振り返っている。佛様は何のために己に命を授けてくれたのか。その命を永らえるために、何をすべきか。理性を前提に生きてきた己の生き様を見つめ直す機会となった。

 臨死体験をしてから人生観と死生観が少し変わったが、その後の修羅場の宮仕え期間を経て、人生観が少し風化しかかっていた。それが定年後に出あったご縁の数々で、人生観・死生観が進歩したのを感じる。

 いつ死んでも、後悔のない人生を歩みたい。一日一生、一日は一生の凝縮なのだ。そう思ってから、物事の決断に先送りはしないようになった。即決することが多くなった。間違った決断でも、気づいたら後で修正すればよいと居直ることにした。右か左か、どうせ多少の道草があるかもしれないが、行き着く先は同じである。そう思うと、気が楽になる。与えられたご縁を活かす方が、より大事であると思うようになった。

 

真の己の姿

 「真」とは人が逆さまになっている象形である。一説には、戦いで首を切り取った胴体の象形で、首のない敵の胴体を並べて数えることから、「真」の文字が使われたという。事件・病気・トラブル・研修・試験という佛光に照らされて、己の真の姿が闇夜に浮き上がる。目を覆って見たくない、己の影に真の姿が露見する。それを天界から増長天が見つめている。己を第三者の目で見よ、見たくないものを見よ、触れたくないものにも触れよと増長天の目は云っている。そうなった原因は、全て己であると。たとえ天は知らなくとも、己の内なる鬼は知っている。魂の叫びに耳を塞いできた咎が事件である。

 

 図1 増長天が見下ろす我が臨死体験

    松本明慶大佛師作 高野山納佛 

    馬場恵峰書

 図2 論語 馬場恵峰書

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2017-11-05

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2017年11月 4日 (土)

大垣のあるべき姿 「問題と課題」

大垣のあるべき姿

 ・魅力ある商業都市としてしての大垣

 ・岐阜県第一の工業都市としての大垣

 ・世界に誇れる文化・芸術の都市として大垣

 ・日本に誇れる教育都市としての大垣

 ・歴史の街としての大垣

 ・市行政として経営が誇れる大垣

 

 問題とは、現在、起きている悩ましい事象である。その解決は、火事を水で消すがごとくの応急処置で対処療法である。真の解決にはならない。

 課題とは、あるべき姿と現在の状況の乖離である。真因を明確にして取り組まないとあるべき姿には到達しない。

 

 問題と課題を分けないから、対策が曖昧になり、少しも大垣が良くならない。現在の市が実施しているのは、全て対処療法である。形を作っても、真因を理解せず、魂を込めないから、衰退が止まらない。

 

大垣が抱える問題

 商業都市としてしての大垣

  小売卸業に従事する人口がこの5年間で4%も減少して衰退傾向である。

  駅前商店街は61%が店を閉め壊滅状態。魅力ある店が少ない。

  交通インフラが未整備で、商業経済の発達を阻害している。

  行政のトンチンかんな町興し策で却って衰退を早めている。

  商業圏が南北で分断され、大垣市の活性化の阻害となっている。

  先に商業施設を誘致して、お粗末な道路インフラで、大渋滞を招いている。

工業都市としての大垣

  第二次産業就業者がこの5年間で6%も減少して衰退している。

  経済血路の道路が老朽化。治水が貧弱で大雨で交通マヒが頻発。

  62年間も治水の問題が解決されていない。

  交通行政が現代の車社会に不適合で、経済の発展を阻害。

教育都市としての大垣

  補導される生徒が増加して教師が走り回っている。

  昔の「教育の町、大垣」は風化寸前

  行政が、子供たちを金儲けの元気ハツラツ市に駆り出す堕落ぶり。

 文化都市としての大垣

  大垣の文化レベルが下がってきている。

  文化行政に理解のない長が大垣の発展を妨げている。

  大垣の歴史資源、観光資源が有効活用されていない。

 行政が硬直化

  長期政権で、役人がヒラメ化

  節約と称して、未来への投資がない。

  行政に経営のPDCAを回せず、市の行事で赤字を垂れ流し。

  商店街の活性化とは逆行する元気ハツラツ市の運営を見直しもせず、続行。

  ロボフェス大垣2017で「98式イングラム」をダシにして小さい子供を集めて、安易に市の活性化を謳っている。それが本当に子供の教育上で役にたつのか疑問に思う。お金もかかるのに。子供の情操教育には金を出さない大垣市である。

  新大垣市庁舎への投資よりも、治水の投資、経済活性化の投資が先である。投資の優先順位を間違えている。

 

問題が起きた真因

 現在は大垣市を導くよき指導者がいない。350年前から続く指導者の歴代藩主戸田公が方向性を明確にして教育重視の治世をしたから、明治になり「教育の大垣」、「博士の街、大垣」が花開いた。当時の大垣の西洋医学の導入は、京都よりも早かった。すべては人の問題である。

 会社のレベルが社長以上の社格にならないように、市も市のトップの人格以上にはならない。どんな人も老いは避けられない。トップが老い、耄碌すると、市の行政もお粗末になる。子供のレベルが、家庭の親のレベルで決まると同じである。会社を変えるのは社長、組織を変えるのは組織のトップである。子供を変えるのも親である。組織はトップの顔色を見て行動するヒラメ組織員から構成されている。若返りがなく新陳代謝のない組織は、腐敗や癒着が横行しやすい。これはどの時代でも歴史的に証明されている事実である。17年間の長期政権は長い。

 2009年~2012年で民主党が政権を担当して、どんな悲惨な日本の政治なったかは、日本の歴史の汚点として記録されている。全てトップのレベルが行政のレベルを決める。よくも揃いも揃って3人の首相がお粗末をしてくれたもの。よき反面教師役でもあった。私は民主党には投票しなかった。

 現在の日本のデフレは政府の責任である。未来に投資をしなくて消費税を上げ金融政策ばかりするから、ますますデフレになる。今の日本に必要なのは減税と財政投資である。日本政府と同じような政策を大垣市がやっているから、大垣市は衰退している。今、必要なのは節約でなく、未来への投資である。

 

大垣の課題

 商業都市としてしての大垣

  魅力あるお店作りを指導して、商業が盛んな活力ある街に変革する。交通インフラ、駐車場を車社会に適合するように整備して、客が楽しく買い物ができる街づくりを推進する。

 工業都市としての大垣

  西濃地区の交通の要所として、道路網、鉄道網を充実させる。

  水害に強い町造りを推進する。それで企業を誘致する。

 教育都市としての大垣

  「教育の街、大垣」の名を取り戻し、教育レベルを向上させる。

  親の教育を充実させる。今の問題の多くは親の責任。

  日本の教育モデルケースを目指す。

 文化都市としての大垣

  文化・芸術の都として世界に名を轟かせる。

  文化施設の有効活用をする。

 歴史の街としての大垣

  観光の町として観光客に対する補完的サービス体制を充実する。

  歴史的観光資源を有効活用して、観光地として有名にする。

 行政としてあるべき大垣市政

  行政として正しい経営をする人材を登用して、市を活性化をする。

 

2017-11-04

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祈りとは感謝

 祈りとは、頭を冷静にして自分と対峙し、謙虚に反省する修行である。神佛やお墓の前で祈ることは、自分に与えられた神佛・ご先祖のご恩に感謝し、ご恩に報いる決意をすることだ。生存欲だけで生きていると犬畜生レベルに成り下がる。それでは魂の成長は、感謝の域には達しない。魂の浄化があってこそ、祈りと言う行為になる。犬猫が祈っているのを見たことは無い。

 

祈りの姿勢

 お祈り時間の長い人は不幸な人が多い。幸福な人はお祈り時間が短い。それはお祈りではなく、神仏・ご先祖への感謝の報告である。不幸な人が、自分のやるべきことを放棄して神仏へのお願いに時間をかける。そんな時間があれば、公園の草取りでも、家の前の道の掃除でも人様のお役に立つことをやればよい。お祈り時間の長い人は全て他力本願である。それで幸福になれるはずがない。

 「まず自分のやるべきことをやってくれ。そうすれば10年後に利子をつけて返してあげよう」が神佛の御心である。それを「お賽銭を入れた。人様以上に長くお祈りをした。直ぐに配当をくれ」では神も仏もあったものではない。神社仏閣は、お願いをしてお賽銭を入れれば、ご利益が出くる自動販売機設置場所ではない。そう信じている人は、お祈りの時間が長い。

 仕事とは祈りである。幸福な人は、仕事をすることで、社会に貢献している。そして儲かれば税金を納めて、社会のお役にたっている。幸せな人は奪う人ではなく、与える人である。祈りの長い人は、棚ぼたを信じて口を空け、待つだけの人である。

 

お祈り教の我儘

 図1の老女のお祈り時間は約20分間余と長い。ご丁寧にお寺の入り口に自転車を置き、入口を封鎖してのお祈りである。お参りにくる人に迷惑になるので注意したが、「片方が空いているので問題ない」と意地になって反論する。人様へのご迷惑は、己のお願いの祈りに没頭して眼中にはない。こうなっては仏様もお手上げだ。自己の祈りが利己的に埋没すると、祈りという行為が社会への奉仕という意味から乖離してしまう。社会の一員としての祈りであってこそ、真の祈りである。新興宗教団体の祈りも、同じようにその宗派だけの利益を願う。哀しい祈りである。

 その後、彼女は隣の八幡神社でも同じように長時間のお祈りをしていた。ここでも東口鳥居下のど真ん中に自転車を置いての他人迷惑なお祈りである。南園堂の不空羂索観音様や大日入来様、延命地蔵菩薩様だけでは心もとないので、八幡神宮の天照大神様にも二股をかけている。二股をかけられては、観音様も気を悪くするでしょうに。祈りに没頭すると、回りが見えなくなる。オウム真理教徒も、同じようであった。

 

「苦 → 滅」のショートカットキー

 人のことは笑えない。己が勤めるブラック的な「〇〇利益万能教会社」への盲従で、反社会的行為に手を染めていないだろうか。グローバル経済主義教に染まり、己の企業の利益だけを追求する経営をしていないだろうか。最近は有名企業の不正事件が後を絶たない。それは、成果主義の過大なノルマから逃れる為、正しい研究開発工程や正規の検査工程、正規の材料選択の工程(苦)を放棄して、苦労のない手抜き・データ改竄・不正で、目的を達成(滅)するというショートカットキーを使っているからだ。

 老女の姿から自らも反省をしたいもの。信心なきお祈りは、ショートカットのお守りのお札を貼るようなもの。フォルクスワーゲンの排ガス不正、日産の検査不正、近隣諸国の技術パクリなどは、拝金主義教が生み出した。

 

祈りとは修行

 祈りとは自分を謙虚にするための修行である。謙虚と感謝の気持ちがなければ、周りが見えなくなる。大義名分に囚われると、見えるものも見えない。あれども見えず、である。

 エネルギー総量一定の法則で、自分だけ幸せのエネルギーを独占すると、他の人は不幸になる。その落とし前はどこかでせねばならぬ。家系図で見えた結論は、その落とし前を子供や孫が被っている。人を不幸や苦労を自身が背負ってこそ、徳ある人の道である。

 他力本願の祈りとは、全能の神仏を超越し、ニュートン法則や相対性理論の宇宙法則を捻じ曲げて、己のためだけの欲望を願う行為。(アンブローズ・ビアス著『悪魔の辞典』)

 

 図1 お寺の入り口を塞いでの祈り

 図2 神聖な鳥居のど真ん中に自転車を置いての祈り

 図3 般若心経 馬場恵峰書

    無苦集滅道は般若心経の真ん中に書かれている。

 図4 苦集滅道とはPDCA

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2017-11-04

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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2017年11月 3日 (金)

連絡 カテゴリー「o-大垣の歴史」を追加

表記カテゴリーを追加し、今までカテゴリー「歴史」にあった記事を一部含めました。

2017-11-03 小田 泰仙

たらい舟川下り

 関ヶ原の戦い(1600年)のとき、大垣城が石田三成の西軍本拠地であったため、大垣城は徳川家康が率いる東軍に包囲された。その時大垣城内にいた石田三成の家来山田去暦の娘「おあむ」(当時16歳前後)が、落城寸前に、城の堀をたらいに乗って密かに大垣城を脱出して戦火を逃れた。おあむの父山田去暦は、娘と共に大垣城に籠っていた。大垣城落城前に、矢文が大垣城に打ち込まれ、「去暦は家康様の手習師匠であったので逃がす」とあった。それで去暦が娘とたらい舟で逃げたという。やはり師匠というのは偉いもの。家康も戦時で敵方であっても、昔の師匠には恩で報いた。その歴史伝承に由来する「たらい舟川下り」行事が、2003年から大垣の水門川で行われている。現在は春秋の2回実施されている。それに由来する松の木が大垣城内にそびえている。

 図1 おあむの松

   当初の松は昭和の終戦前に枯れたため、現在は第二世代である。

 図2 大垣城

 図3 大垣城とその前に戸田氏鉄公の騎馬姿像

 

戦時の武士の娘の務め

 そのおあむも父と大垣城内に籠城していて、敵方の討ち取った首を洗ったりお化粧をしたりするお役目をしていた。戦いの後の論功行賞で、討ち取った敵方が偉い侍であるように、武士の娘たちが駆り出されて生首のお化粧を担当していた。大垣城内では、若い娘たち(おあむは16歳前後)がその生首の山の横で寝泊まりをしていた。それが、当時の戦場での日常茶飯事の姿であった。今の平和な世界を当たり前と思ってはなるまい。ほんの400年前の話である。

 

戦争が起きない体制つくり

 狸親父とも陰口を叩かれる徳川家康が偉いのは、戦争の悲惨さを何度も体験して、戦争の起こらない巧妙な体制を構築して、戦乱に明け暮れた戦国時代を平和な280年間の治世に移行させたこと。それ以前の天下人は、だれも戦争のない社会を作る意思などがなかった。家康は我慢に我慢を重ねて、家康は天下を取り、国内の戦争ができなくなる平和の仕組みを作った。その家康の訓言の書を恵峰先生宅で見つけて、何か感じるところがあり、入手した。歳をとると、三英傑のうち、家康の偉さが見えてきた。その秘訣は「まず長生きをする。そのための健康管理に精進である。また我慢に我慢を重ね、無為な戦いはしない」である。それが家康を最終的な勝者にした。織田信長は49歳で、短気が原因で本能寺に斃れた。秀吉は天下統一をしながら、欲を出して海外に戦いを求めて、それが滅亡の遠因となった。秀吉は才覚があったが、真の知恵者ではなかった。

 図4 東照宮訓言 馬場恵峰書

  1999年に揮毫された軸であるが、私が2015年に目に付くまで、誰も買わなかった作品である。その時、なにかご縁を感じた作品である。

 

彦根とのご縁

 家康は石田三成を徹底的に抹殺した。あまりの三成の頭が良すぎて恐怖心を感じたのだろう。今後の平和を乱す男として見たのかもしれない。そのおあむも幼いときは、彦根に住んでいた。父去歴の主君の石田三成が彦根の佐和山城で居を構えていたためである。私の生まれ故郷は、その佐和山のある古沢町である。ここには井伊家の菩提寺清凉寺が建っている。

 

脱出の体験

 この伝承にあやかり、その脱出の感触を記録に残すために自分もたらい舟に乗舟した。その記録として知人に写真を撮ってもらった。乗舟した最初の2011年は単なるもの珍しさだけであった。地元大学の学生アルバイトが舟頭であった。学生アルバイトでも、この行事に直前にたらいを漕ぐ猛訓練をして船頭を務める。この記録の時の2012年の舟頭さんは、朝日電気の取締役会長さん(75歳)であった。心がけが変わると人生の船頭さんも変わる。舟頭さんはお宮の氏子代表や高校のOB会の総幹事も勤めてみえるとか、東京で執り行われた守屋多々志画伯(大垣出身の文化勲章受賞画家)の葬儀にも地元から参列した4人のうちの一人であるとの話しまでをたらい舟上で聞いた。社会奉仕活動として、たらい舟頭になるのも一興である。

 図5 たらいの運搬

  終着点からクレーンで釣り上げて、出発点に運ぶ。

 図6 たらい舟の準備 2012年

 図7 船頭さん達の朝礼 2015年

 図8 舟くだり 2011年

 図9 舟くだり 2011年

 図10 舟頭さんは朝日電気の取締役会長さん 2012年

 図11 舟上から 興文橋を見上げて 2012年

 図12 舟上から 前方は終着地点  2012年

 図13 舟くだり 終着地点 上側は船町燈台 2012年

 図14 舟くだり 2013年 ライフジャケット着用

  2013年からライフジャケットの着用が義務付けられた。これは天竜川川下り船の転覆事故(2011年)を受けての対応である。今まではライフジャケットなしである。水門川の水深が浅いので問題はないのだが。

 

たらい舟川下りの乗船

 たらい舟川下りには、大垣市観光協会に事前予約が必要だが、いつも早くから満席である。しかし朝一番に行って、枠があいていれば乗船できる。私はいつもそうして乗船している。たらい舟に二人乗船で一人1,000円で、一人乗船の場合は2,000円である。約2kmの水門川水路を約30分で下る。ほぼ歩く速度と同じである。天竜川川下りでの船の転覆事故を踏まえて、2013年からライフジャケット着用である。しかし水門川は人の立てないような深い場所はない。少々やり過ぎである。この行事のために、水門川の船着き場の先で堰を作り、水かさを上げる段取りをしている。そうしないと、たらい舟の底が川底の浅瀬についてしまう。舟をうまく操らないと浅瀬に乗り上げてしまうので、そのかじ取りが難しい。舟着場は船町の燈台の真横である。

 乗舟時に観光説明のうまい舟頭さんに当たると、直々に周りの景色を見ながら歴史の解説を聞ける。それに外れると、たらいで下る間にテープに録音した観光案内の声が流れる。普通の専門の船頭さんは無口で、ほとんど喋らない。私の場合、朝日電気の取締役会長さんが船舟を担当されて幸せであった。

 

たらい舟川下り運行の準備活動

 たらい舟川下り、船川下りも、水門川の水深が浅いので、そのままでは船の底がつかえて運行できないので、この行事の間だけ、堰を設けて水位を上げる段取りをしている。市民のボランティア活動や大垣青年クラブ、業者の協力で、水門川の藻や掃除活動をして、このたらい舟川下りと船川下り行事の準備活動がなされる。こういう陰の支援があって成り立っている行事である。水門川は大垣市民の川として皆で守っている。水門川の水は、都市の川としては素晴らしく清らかである。水門川には30万匹の鯉が生息していると言われる。

 

 図15 水門川の堰き止め

 図16 水門川掃除 大垣青年クラブの奉仕活動

 図17 水門川掃除 大垣青年クラブの奉仕活動

 図18 水門川掃除 業者 

    水門川を堰き止めなければ、水深は浅い。

 

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2017-11-03

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2017年11月 2日 (木)

明徳を観る

 信心深い人が、必ずしも徳がある人ではないことを知った。信心深いのは、己の利益のための方便であったのを発見したのは、良き学びであった。オウム真理教の教徒や新興宗教団体の信者も、信心深かったが、それが利己的な妄信であったことに思い至った。

 

明徳の露見

 日本の未来を背負う子供達にための音楽会を河村先生が企画をされて、お手伝いとして私がその協賛金のお願いをするため、あるお店の主人を訪問した。それがケンモホロロに断られてしまった。お願いしに行ったのにはワケがあり、近直に息子のために数百万円のホンダのスポーツカーを買い与え、自身はこの夏(2015年)に欧州に、100万円の予算で10日間の写真撮影旅行に行くのである。裕福な家であるので、家族のためにお金を使うのは良いことだが、その1%でも日本の子供の未来のために、お金を出してもらえば徳になると思ったからだ。私はそのお店の常連で、贈答品を含め年間でかなりの額の商品を購入している。しかし、私に人を見る目がなく、今回空振りをした。彼が信心深いのは、あくまで自分の幸せのためであり、世の人のためではないことを発見した。利己のためだけの信心しかなく、義理やご縁を大事にしない人と付き合うと、当方もその悪い影響を被ることになると思い、以後、付き合いとそのお店で購入することを止めた。

 

佛の目で人を観る

 自分が佛様の立場になって観ると、どんな人に幸せを授けたいかが分かる気がしてきた。魂の浄化をした人で、世のため人のために尽くす人にこそ、佛縁が授かるのではと思う。そんな人には、倍返しでご恩のお返しをしたいと思う。我が家の家系図を見て、遺産の独占や、教育の機会を独占した結果として、他の兄弟を戦争に送り出すことになった家族の悲惨さが、顕在化している。佛様は50年単位でその閻魔帳の収支決算をされているようだ。

 

お陰様のご縁と魂の成長

 明徳とは、己に備わった徳に光(ご縁)が当てられて、その徳が明らかになることである。多くの人が光を当てられるご縁に出会っても、その縁を遠ざけて、光らせずに人生を送る人が多い。まるでブラックホールのように、光を吸収するだけである。それで幸せにしてくださいでは理に合わない。「お陰様」とは、真っ暗な宇宙の56億7千万年後の未来から、佛様が照らす光明がご縁として届き、陰が出来てその真の姿が浮かび上がることである。光に当てられなければ、陰はできない。真っ暗なままである。その光とは出会ったご縁である。そのご縁とは、その人ならば、と期待をして訪ね来るご縁である。その期待を裏切るのは、裏切り者である。怖いのは、そのご縁が黙って去っていくこと。二度とは帰ってこない。魂の成長とは、全ての人を許す清濁併せ呑む佛心になることであるが、まだ私はそこまで達していないことが分かったのは成長である。

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2017-11-02

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2017年11月 1日 (水)

人生の奥の細道を歩く

 2010年8月末に37年5ヵ月間を勤めた会社を定年退職し、故郷の岐阜県大垣市(県下で岐阜市に次ぐ第二の都市、人口16万人)に活動拠点を移してから、朝の日課として「四季の路」を現在まで歩き続けていた。最初の4年間は、雨の日も風の日も欠かさず歩いていた。松尾芭蕉が半年で踏破(1日13 km)した奥の細道の2400kmを、私は毎日5km で1年半かけて達成した。現在は(2015年)、時間帯を夕刻に変えて、雨の日を除いて毎日歩いている。

 「四季の路」は、大垣市が俳聖松尾芭蕉の『奥の細道』の旅で詠まれた俳句の碑を市内中心部の水門川沿いに建立し、「ミニ奥の細道」として整備した遊歩道である。早朝の人通りのまばらな街を横切り、川沿いの静寂な散歩道を歩いて、考えたことは、今までの人生の歩みと今後の35年(予定)の道のりである。60年間の総括として人生を振り返ると、人生は旅だなぁとつくづくと感慨にふけさせられる。『奥の細道』の冒頭の一節が自分の人生に重なる。

 

人生は托鉢の旅

 人生とは空の器を持って、僧が托鉢をする修行と同じである。器を上向けに捧げて歩かない限り、ご縁は入ってこない。来る日も来る日も、雨の日も風の日も同じ道を歩く。同じ道を歩いていても出会う縁は毎日違う。その前を毎日通過しても、4年目でしか実が結ばないご縁もある。どれだけご縁に対して意識がそこに向くかで、そのご縁との出逢いがある。

 

人生は縁を求める旅

 人生の旅は、縁を求めて歩く旅である。用があるのではない、用を作りに出かける旅でもある。犬も歩けば棒に当たる。歩かなければ、ご縁に出会でない。多く出会いの中から、真珠の出会いが生まれる。無駄な出会いがあるから、真の出会いがある。散歩の途中にある恒久平和の碑の裏側に記載された父の名前は、4年間、毎日その横を通っても気が付かなかった。同じように、気づかずに通り過ぎていったご縁がどれほどあることか。

 半生を振り返り、遭遇した多様な縁を見つめる時、よくぞ無事にこの歳まで生きてきたかとの思いにふけさせられる。無事にたどり着けなかった仲間がなんと多いことか。そのビジネス戦士の戦死の現実を見ると愕然となる。

 

「全てを受け入れる」を悟る旅

 水門川の澄んだ清流を観ながら、早朝の水辺を歩くと大変清清しく、気持ちのよさは格別である。水門川の川底まで澄んだ水の流れは、気候によっては泥水を含んで濁り、日によっては大量のゴミが流れてきて、日々その様相を変えるのも、人生を感じる。「海の水を辞せざるは同事なり、是故に能く水聚りて海となるなり(修証義)」という言葉がよく思い浮かぶ。来る縁を拒否するから、軋轢を生じさせる。相手を拒否せず、全てを受け入れ、それを己に同化させればよいのだ。そうすれば時間がかかっても、最後は己のものになる。その悟りを得るために、60年という長い時間がかかった。それを体得するのが人生である。

 

旅の終わり

 どんな旅にも終わりがある。95歳まで歩くと決意していても、一年前から腰を痛めて、この1年間は歩けなかった(2017年)。いくら歩こうと言う意思があっても、加齢による脊椎の骨の老化で、歩けなくなったのだ。日暮れて道遠し、を痛感させられた。「命には限りがある」ことを思い知らされたこの1年間であった。元気な時は、それをすっかり忘れていた。最近やっと痛みも和らぎ、ぼちぼちと散歩を再開した。己の命の限界を見据えて、人生計画で列挙した夢は早く実現しようと決意を新たにした。それが今回の大きな学びである。

 

図1~4 「四季の路」の風景

図5 四季の路の地図(大垣市作成 「四季の路」道中に掲示)

図6 馬場恵峰書「奥の細道」冒頭の書

  「馬場恵峰書『奥の細道全集』」より(「2017年12月発刊予定」)

 

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2017-11-01

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機内映像がローマ帝国終末を彷彿とさせる

 私は年に12回ほど、恵峰師書の写真撮影と通院のため、中部国際空港と長崎間を航空機で往復している。その航空機の機内放映の内容が、退廃したローマ時代末期の飽食の様を見るようで辛い。ローマ帝国の滅亡は、外敵の侵略のためではない。ローマ人が退廃して内部から崩壊したのだ。飽食に明け暮れ、飽食を宣伝し、TVグルメ番組が幅を利かす日本の現状は、ローマ時代末期の飽食の様と同じではないのか。日本は金儲け主義の企業が、日本人を衰退の道に追いやっている。航空会社の企業使命は、乗客を安全・安心・快適に目的地に運ぶこと。この機内放映行為は会社理念に反している。現在は、安全・安心・不快適である。これは現在のテレビ番組も同じである。

 

痴呆番組を見せる拷問

 機内放送の映像では、食べるシーンばかりのCM映像を何度も何度も流す。僅か小一時間内に、多い時は10~20回も、である。「うまい、うまい!」といって恍惚の表情を浮かべる痴呆的な顔の映像を、何度も繰り返し見せるのは映像暴力である。見るに耐えられず不愉快になる。機内で身動きが取れないので、目に飛び込んでくるのを拒否もできない。身動きもできず、見たくないものを強引に見せられるのは拷問である。新幹線や他の乗り物では、こんな拷問はない。テレビなら消せばよいが機内放送では、それもできない。海外の航空会社でもこんな拷問はない。いつから日本は、人の食べる姿を見せつける下品な会社が跋扈する国に成り下がったのだろうか。

 

金儲けの果ての姿

 最近の日本は隣国のように段々と下品になってきている。日本人の品格下落の助長を日本を代表する航空会社がやっている。金儲け万能の会社と思わざるを得ない。日本人は食いすぎで病気になり、30年前は10兆円であった医療費が40兆円になり、その負担を国民に強いている。その一因が、あまりに多い食物関係、特にファーストフード・清涼飲料、加工食品関係のTVのCMではないだろうか。その延長線上の病状が、肥満、ガン、認知症患者の増加である。金儲け主義のグローバル経済主義の果てが、1%の富裕層と99%の貧困層の格差社会への転落なのだ。テレビという洗脳教育兵器の恐ろしさに、目が覚めないわが国民が情けない。最近は、そのテレビも偏向報道、フェイクニュースを平気で流す媒体にまで堕落した。そのマスコミは、良識から指摘があってもそれに対して居直る恥知らずである。早く我々が目を覚まさないと日本が滅亡する。

 

サブリミナル効果という犯罪

 映画のフレームの中にポップコーン等のジャックフードの画像を挿入すると、映画放映の休息時間に、無性にその食べ物を食べたくなるのをサブリミナル効果という。それは法律で禁止された手段である。それと同じことを、堂々と機内放送で実行しているのが現在の国内航空会社である。テレビなら消せばよいが、機内では如何ともしようがない。中部国際空港から長崎への便は限定される。客は航空会社を選べない。これは、陰でこそこそするサブリミナル効果どころではなく、堂々としたメインリミナル効果である。これは暴力である。

 教養の高い人は公衆の面前で、生理現象である食べる姿は見せない。痴呆的な表情で食べ続ける姿を、「金儲けのため」に乗客に見せる企業行動は狂気である。そのために高い航空運賃を払っているのではない。繰り返し飽食の映像の放映は洗脳教育の一種で、日本人の愚民化に手を貸している。これは日本を代表する航空会社の企業ブランド毀損悲劇の事例である。経営診断での興味深い「失敗事例」にはなる。私は今、執筆中の本の事例に、本件を追加する予定をしている。

 

サブリミナル効果

 1900年、米国の心理学教授Dunlapは瞬間的に見せるshadowがMüller-Lyer illusionの線の長さの判断に影響する、と述べた。20世紀半ばにはマーケティング業者が広告にその技術を用い始めた。1973年には、ゲーム「Hūsker Dū?」の宣伝にサブリミナル刺激が用いられ、それが使われたという事実がウィルソン・ブライアン・キイの著書で指摘されたことで、米国連邦通信委員会で公聴会が開かれ、サブリミナル広告は禁止されることになった。日本では1995年に日本放送協会(NHK)が、1999年に日本民間放送連盟が、それぞれの番組放送基準でサブリミナル的表現方法を禁止することを明文化した。

 現在、映画やテレビ放送などではほとんどの場合、使用を禁止されている。

 当初は心理学、知覚心理学だけの領域であったが、現在は広告研究、感情研究、社会心理学、臨床心理学など幅広く様々な関心から研究されている。

 1957年9月から6週間にわたり、市場調査業者のJames M. Vicaryは、ニュージャージー州フォートリーの映画館で映画「ピクニック」の上映中に"実験"を行なったとされている。ヴィカリによると、映画が映写されているスクリーンの上に、「コカコーラを飲め」「ポップコーンを食べろ」というメッセージが書かれたスライドを1/3000秒ずつ5分ごとに繰り返し二重映写(フィルムのフレームを差し替えたと信じている人が多いが誤解である)したところ、コカコーラについては18.1%、ポップコーンについては57.5%の売上の増加がみられたとのことであった。しかし、ヴィカリは、アメリカ広告調査機構の要請にも関らず、この実験の内容と結果についての論文を発表しなかった。

   この項、wikipediaより編集

 

図1 機内のどこからもで食べるシーンを見せつけられる。

   嫌やでも目に飛び込んでくる。拷問である。

図2~7 食べるシーンが繰り返し繰り返し放映される

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2017-11-01

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