2018年3月13日 (火)

「天命を待つ」は間違い

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人事を尽くしても天命を待つな

 「人事を尽くして天命を待つ」のは間違った生き方である。待っていては、時間は無為に過ぎていく。世の移ろいは速く、その間には状況が刻一刻と変わっていく。1300年前の鴨長明も「方丈記」で、「ゆく河の流れは絶えずしてしかも元の流れにあらず」と描写している。これは危機管理の言葉である。だからこそ、更に変化の激しい時代の現代で、勝ち組や事を成した人は待つ間も寸時を惜しんで人事を尽くし「志を天命と信じ人事を尽くす」で行動している。

 全世界の70億人が神様仏様を当てにして天命を待っていては、天命を授ける神様仏様が過労師になってしまう。たまには神様仏様の身になって考えよう。自分で出来ることは自分でするのが大人である。

 

天命と信じ人事を尽くす

 「志を天命と信じ人事を尽くす」との信念が無ければ、コロンブスのアメリカ大陸発見もアポロ11号の月面到達もなかった。アメリカ大陸を発見する(実際はインドを見つけるのが目的だった)とのコロンブスの信念が、人々の嘲りや船員たちの動揺を抑えて行動したからこそ、アメリカ大陸が発見された。

 アポロ計画も同じである。ケネディ大統領の声明を米国の威信を掛けた志とし、期限を1970年代末と宣言し、天命を信じてNASAの全員がその目標に向かって行動したからこそ、アームストロング船長は、「人間には小さな一歩であるが、人類には大きな一歩を」月面に残したのだ。

 時に30万Kmも離れた日本の国会では、野党と自民党の間で議決に対して愚かな「牛歩戦術」が繰り広げられていました。同じ「小さな一歩」でもなんとした違いでしょうか。まさに月とスッポン。月という理想に向かった志、利権や党の愚かな方針にスッポンのように食らいつく議員根性、まさにこの違いです。これは行動に志の有無の差でした。志の有無が人間に品格の差を与えます。

 2003年7月18日、元社民党の辻元議員の秘書給与詐欺問題で、辻元議員と土井党首の元秘書の逮捕が報じられました。当時の牛歩戦術の主導格は社会党です。今の社民党の前身です。四半世紀経っても組織のDNAは変わらないなと感じました。

そして19日の記者会見で、土井党首は党首辞任を否定して、「社民党の信頼回復に努めることが天命と心得ている」と発言した。こんな場面で「天命」を使うのは不遜です。

  

--かたえくぼ--

 『牛歩戦術』

  この一歩は小さいが....

   ----野党 (大垣・百舌鳥) 朝日新聞「声の欄」1979年7月28日

  百舌鳥は私のペンネーム

 

 やったことが正しいだろうかと、不安の心で天命を「待つ」のは愚かである。人事を尽くして待つとは、俺は十分にやった、との傲慢さの現われだ。誰もそれが正しいとか、完璧なんて言えない。言えるのは神様仏様のみ。そんな待つような暇があれば、更に人事を尽くすべきなのだ。間違っていてもそれが信念となれば、世の中の方の価値が変わる。そんな事例が歴史にごまんとある。そして謙虚でない人々は、あたかも当時から私もそう思っていたなどとほざくのである。私はそんな人々にはなりたくない。

 

「志」とは何か?

 「志」とは、音符「士」は「ゆく」の意味。心のゆき向かうこと。その向うところは一カ所でないと迷ってしまう。「志」とは字の構成から、「十」のあれもやりたい、これもやりたいとの思いの内、たった「一」つを「心」に決めて取り組むと書いて「志」なのです。限られた人生時間内で、あれもこれもはできないのだ。並みの人間にできるのは、たった一つなのだ。孫子もランチェスターも戦力の分散を固く禁じている。戦力は一点に集中すべきである。

 

年賀状での志

 今年もある程度の数量の年賀状を送り、そこそこの枚数の年賀状をいただいた。送ろうと思えば文明の利器とお金を使って、数倍の数をやりとりできるだろう。でも私はそうしたくないので、敢えて数を抑えて年賀状を発信している。志と同じで本当に送りたい人を,限られた人生時間の中で精選すべきだと思っています。虚礼こそ廃止すべきで、その代わり年賀を送るなら心を込めた年賀状にすべきでしょう。

 心なき年賀状は表も裏もパソコン印刷で既成の印刷パターン、こんな年賀状はもらってもうれしくない。だから私は返礼で年賀状を書かない場合も多々ある。私は年賀状を両面、毛筆直筆で書いている。最近は裏面は毛筆で書いてそれを複写している。時間がかかるので、そんなに多くは書けない。年賀状も少数精鋭。それでいいと思っている。だから私は、心なき虚礼年賀状への対応時間があるなら、自分の人生目標達成のための時間に振り向ける。

 

継続的ラーニング

 「人事を尽くして天命を待つ」の話は後藤悦夫先生より伺った。この話題に接する縁を頂いた先生に感謝です。先生とは、英語の質問があると電話でいろいろと教えて頂き、人生やマネジメント等での各種の示唆を頂いている。しかしながら、話し好きの先生で直ぐ1時間くらいは電話を切らせてくれない状態になってしまう。先生の豊富過ぎるくらいにインプットされた頭脳から湧き出る情報に接していると、話が尽きなくなり、電話が切りづらくなる。

 人間の成長とは、人とのコミュニケーションを通してお互い切磋琢磨して磨かれる。人と人の間の関係を持つと書いて「人間」なのだ。人というダイヤモンドを磨くのはダイヤモンドでないと磨けない。お互い継続的なラーニングをする姿勢がないと、話していても得るべきものがない。得るためや与えるためは、継続的なインプットが必用である。インプットがあって初めてアウトプットができる。継続的ラーニングがないのは、人とであっても人間ではないと考えている。志の有無が「人間、死ぬまで学び」との姿勢を決める。(初稿 2003年7月19日)

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2018-03-13

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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2018年3月12日 (月)

死生観 = 「人生の定義」

 「人生とは何であるか」の定義で生き方が決まる。人生とは何であるかの定義をして、人生の価値を測る物差しを決める。そこから人生は始まる。私は、下記で定義した。英英辞典の中から探して一番納得できた表現であった。

「人生とは、生きている間に行動と経験を積ねながら歩く道である」

The way you live your life, and what you do and experience during it.

“Longman Exams Dictionary”

 

狭き門より入れ

 目の前に極楽の平坦な道があり、もう一方に苦難の起伏に富んだ道がある。一方に広き門があり、もう一方に狭き門がある。一方に食べ放題の道があり、他方に節食の道がある。ずる賢い人間は、動物を捕獲するのに極楽の餌を用意する。金に飢えた食品企業は、美味しい餌をぶら下げて意志の弱い人間を捕獲する。理性ある人間なら、餌に釣られて道を誤るのは避けたいもの。

どちらの道を選ぶかでその人の人生が決まる。

 

死生観を持って

「何のために生きるのかの問題意識を持っていない人は、死生観がなく死に向けた準備もない。死生観がない人は、日本人の9割を占め、信仰なしの人は7割弱も存在する。死への準備がある人は覚悟を持っており、その準備のある人の86%は延命治療を望まない。(『週刊ダイヤモンド 2016年8月6日号』)」

 人間として生まれたなら、死生観をもって生き、死に覚悟をもって臨みたい。我々は犬畜生ではないのだ。

 

人は自然の一部と解釈

 人は大地から生まれ、大地からの恵みで成長し、必ず生まれた大地に還る。大地も自然の一部で、四季折々の変化を見せる。それは自然が声なき経を読んでいる姿である。自分の生きる姿が自然の風景なのだ。人生にも春夏秋冬がある。自分もいつかは自然に還る身である。人生を大地と定義したら、それを耕し豊潤な大地にするにはどうするか、その豊かさを測るものは何かを決めてから始めるべきだ。その定義は百人百様で、自分の定義を定めればよい。それは解釈の問題でもある。人生という事実があるのではなく、その人がどのように人生を解釈して生きたかである。それによって死に方も異なる。

 

人生という大地を耕す

 人生は自身の広大な大地を耕す仕事に似ている。広大な大地を汗水たらして毎日、死ぬまで耕し続けるのが人生である。毎日毎日が同じことに繰り返しである。長年耕し続けても、大地の見た目は変わらず、耕した後を振り返って見ても、耕した面積は広大な大地のごく一部分でしかない。死ぬまでに耕せる面積は限られている。それでも耕し続けなければ、農夫(人間)ではなくなる。人生を行動と経験の道と定義すれば、多くの行動と経験が大地を豊かにしてくれることになる。

 人間が動物ではない証が、人生に価値を求めて生きることである。できることは限られていると、諦めたら負けだ。勝負では先に諦めたほうが負けなのだ。

 

人生とは仕事

 人生とは仕事であると定義すれば、それにあった人生が展開される。人生で一番多くの時間を費やすのは仕事である。それを「人生は苦行である」と定義すれば、行く先は苦行ばかりである。それは奴隷の人生である。その大地を小作人として年貢を納めるために耕せば、奴隷の人生である。地主として豊かな実りを夢見て耕せば、大地主の人生となる。定義の如何によって働き方、生き方が異なる。良く生きることは良き死生観ともなる。

 より広く開拓して耕すのか、より深く自分の地所を耕すのか。方法は千差万別ではあるが、耕し続けた人は幸せである。その大地が豊かになったかどうかは、植えた木が大きくなる20年後でしか分からない。分からなくても、ひたすら耕し続けるのが人生である。その実りを子孫が受けるのも人生の定めである。自分もご先祖の植えた木の恩恵を受けて育ってきたのだ。

 

西洋の労働観

 欧米の労働観では、労働は神がアダムとイブの過ちの罰として与えた苦役であるとされる。そのため欧米人は金が出来たらさっさと引退して悠々自適の生活を送る。労働を苦役とするから奴隷制度が生まれ、戦争して勝てば敗者を奴隷としてこき使うという思想が生まれる。それに対して、日本では労働を神聖なものとして考えるので、日本には奴隷文化は生まれなかった。世界でも稀有でありがたい思想である。それが現在は欧米の拝金主義で汚染されつつある。ホリエモンのように、金が全てという考えの人間が出現する有様である。それは金の奴隷になること。

 

会社の存在意味

 自分が何のために存在しているか、それを現すのが志であり、家族の一員なら家訓である。そこに生きるための指針が示されている。同じように企業は何のために存在するかを示すのが経営フィロソフィー、経営理念である。Toyota way、pasonic way といった道で示した例も多い。己の会社が何のために存在するかを忘れたとき、企業は存亡の危機を迎える。会社の寿命は30年である。創業者が築いた企業基盤を、後継者がその会社の存在理由を忘れて、ゴルフ、酒の放蕩におぼれたとき、金儲け至上主義に陥った時、天は会社の存在理由がないとして倒産を宣告する。有名一流企業でも、後継の社長が利益追求や権力闘争に明け暮れ、創業者の会社理念を忘れて会社を没落させる例が頻発している。JAL、ソニー、東芝、松下、三菱、日産……..。

 企業は社会に貢献してそのお礼としての利益を国と従業員に配分する。赤字会社は、国が税金で用意したインフラをキセル行為で利用している。それでは使用済み核燃料と同じで、赤字企業は社会の利益に貢献しない使用済み企業である。さっさと潰れるのが社会の為である。存続は税金の無駄遣いである。

 

自分の存在意味

 世に役立ってこそ、自分の存在意義がある。企業の不祥事を他山の石として己の存在意義を考えたい。この世でお世話になるのなら、死ぬまで世の役に立つ仕事をして生きよう。

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2018-03-12

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2018年3月11日 (日)

生きた仕事には魂が宿る

 命に値段があるのは、その命が社会のために活動をして、そこから付加価値を生むからである。それができなくなったら、死と同じである。私は体と頭の健康管理をして、生涯現役を目指すため生涯自己挑戦を続けたいと精進している。

 馬場恵峰師は、2018年現在も91歳で現役である。83歳の三枝子奥様も書家として現役である。馬場恵峰師は書家としての活動以外に、東奔西走で講演会、指導、震災地慰霊訪問、中国での写経指導の引率と大忙しで、認知症になる暇がない。こういう人生でありたいと、手の届かないお手本にさせていただいている。感謝。

 今日2018年3月11日は東日本大震災が起きて7年目である。犠牲になられた方のご冥福をお祈りいたします。この件で、ご縁があった馬場恵峰師の震災への支援について報告をさせて頂きます。

 

東日本大震災での支援

 2011年4月2日、盛岡で東日本大震災の被害に遭われた朋友の齋藤明彦社長(㈱電創総合サービス)が、東北の皆さんを元気付けるため、書の師である馬場恵峰師(当時84歳、大村市)の元を訪問して、哀悼の書の揮毫を依頼された。そのとき、三陸海岸宮古浄土が浜の海水を持参して、それを使っての書の依頼である。その海水にまだ犠牲になられた方々の精霊が漂っていて、その精霊を鎮魂したいとの思いである。震災後のかたづけの多忙の時期で、家族や社員の方からは白い目で見られたにも関わらずの長崎訪問である。当時、斎藤社長の会社も甚大な被害を受け、てんてこ舞いの状態であった。従業員の方で亡くなられた方は見えなかったのがせめてもの幸いである。

 海水を使っての磨墨は、そのままではかなり書きにくいとのことで、恵峰師は薄めて書かれた。その書は、2011年4月16日の明徳塾でお披露目された。その時、私は初めてその経緯を知った。

 

同席のご縁

 齋藤社長が長崎の先生宅を訪問したとき、私もたまたま同席をするご縁を頂いた。私は先生の松尾芭蕉300年御忌で書かれた『奥の細道全集』を撮影するため訪問していた。齋藤社長とは机を並べて馬場先生の書を習う仲間である。齋藤社長とは長崎空港で別れたが、かなりお疲れのようであった。こういう無償の奉仕こそ生きた仕事である。

 考えるまもなく津波に押し流された方の無念さが偲ばれる。明日はわが身と思い、時間(命)の有限性を再認識して精進している。

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 恵峰先生の図書館にて(2011年4月2日) 撮影 小田

 左端が齋藤社長、右端が恵峰先生、中央は福田琢磨社長。

 手前がこの日、撮影した馬場恵峰書「奥の細道全集」

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 大阪府箕面市 加古川山荘にて(2011年4月16日 撮影)

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 上の書は、2011年4月2日、長崎県大村市の先生宅を訪問した時にお土産として頂いた。

 

恵峰師の震災地慰霊訪問

 馬場恵峰師は、老体に鞭打ち、計6回の東北訪問をされた。その間、岩手県知事を訪問、山田町や大槌町などを訪問して、追悼の書を贈呈された。夜は地域の皆さんへの講演活動をされ、皆さんを激励された。現地は交通路が遮断されているので、車で4時間も5時間もかけての遠路に足を延ばされた。頭が下がる思いである。

 岩手県知事を訪問時には、知事の名前を織り込んだ漢詩を贈呈され、知事を元気づけた。

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 第3回目東北地方講演会訪問 岩手県知事室にて東日本大震災・復興記念講演会と浄土ケ浜の海水でしたためた「鎮魂の書」を贈呈するため訪問。2012年10月2日

 左から齋藤社長、奥様、馬場恵峰先生、達増拓也岩手県知事、吉田県議、福田社長、齋藤社長のご子息

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 知事の名前を織り込んだ漢詩を贈呈

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 大槌町の佐々木副町長に贈呈 2012101日 撮影 福田琢磨

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 宮古市の山本正徳市長に贈呈 2012101日 撮影 福田琢磨

8 山田町の佐藤副町長に贈呈  2012101日 撮影 福田琢磨

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 大船渡市の角田副市長に贈呈 2012103日 撮影 福田琢磨

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 高齢の先生にはハードスケジュールである。さすがに疲れたと仰っていた。

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 岩手県 浄土ヶ浜

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 浄土ヶ浜で、恵峰先生ご夫妻と齋藤明彦さんとご子息 撮影 福田琢磨

義援金のご縁

 今回、齋藤明彦さんとのご縁に佛の差配を感じて、この震災への義援金として数回に分けて計50万円を送った。最初は日本赤十字に送っていたが、齋藤さんの助言で、途中から山田町役場に直接送ることとなった。その理由は、日本赤十字に送ると、2割が日本赤十字社の運営費に回されてしまう。またその用途が公表されないという。山田町役場に義援金を直接送ると、役場のHPに公開されるし、その用途も公開されるという。そうすれば山田町役場には、2割引きの義援金でなく、全額が届くのである。

 

2018-03-11

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2018年3月10日 (土)

あなたは裏切り者?

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◆ 選択

 人が自分の所に来て、頼みごとをすることがある。その時に、自分がどういう反応をするかで、己の評価と将来がきまる。その人は数多くの候補者の中で、自分を見込んで,つまり「選択」をして来ている。単に出鱈目に自分を選んで来ているわけではない。最初からやってくれそうもない人や、頼むとイヤな顔をされる人、頼むと仕事の出来に不安のある人になんかに誰も頼まない。自分はそういう期待をされた。だから、そんな自分を頼ってきた人に対して、「ノー」と言うのは、人の期待を裏切る「裏切り者」なのだ。少なくともその件に関してはマイナスの「選択」をしたのだ。相手は自分に「裏切り者」との烙印を押す。全ての選択には責任が伴う。その結果に対して責任を負うのは自分である。それが3年後かもしれない。3年前の選択の因果が今の自分の姿なのだから。

 その仕事は往々にイヤな仕事か難しい仕事かもしれない。でも難しいからこそ、自分の問題解決能力向上のよい練習であり、自分専用の教育機会なのだ。人は自分の能力よりも少し難しい問題に取り組むことを繰り返すことで成長し、仕事の能力を向上できる。それは時間の有効活用する練習をすること。しかし、それを避けているのは、つまり人の期待を裏切っているのは、自分の能力を摩滅させる訓練をしている結果となる。自分は○○家株式会社の責任者である。家族と自分自身に対して今よりも幸せにしていく責任がありる。今のその言動は、その責任と期待を果たさない「裏切り行為」となっていないだろか? 

 

◆ 自分が「ノー」と言う時

 私が頼みに来た人に「ノー」と言う場合は、相手が過去にそう言われるような裏切行為を何度もしてきたのだ。この世では偶然はない。全て必然である。人は裏切られたことを忘れない。徳人はそれを忘れるが、まだ人間が出来ていない私は忘れない。

 

◆ 裏切り者の烙印

 人が高級ブランド品を買う時は、そのブランドの信用を買っている。性能とか味で買うわけではない。高いのだから性能や味が良いに決まっている。テクニクッス、ラックス、レクサス、ベンツ、グランドセイコー、ローレックス、ヒルトンホテル、ホテルオークラ、吉兆等は、性能や対応、味で選ぶ人は稀である。ブランドを買うとは、そのブランドを信用してその店を「選択」したのだ。その信じた信用が裏切られたときの怒りは大きい。百年の恋の破局にも似た境遇となる。だから使い回しの食材を出していた船場吉兆は廃業に追い込まれた。

 

事例1

 2018年3月6日、あるブランド品を購入した。その過程で、怒り心頭に達する不手際をその店はしてくれた。どんな製品にも故障はある。故障は当たり前。人がやることだからミスがあっても致し方ない。そんなことは問題にはしない。問題は、その後の対応と再発防止である。

 今回は、その対応がお粗末であったので、担当者に私の怒りを伝えた。ブランドに裏切られたのだ。3日後、再発防止が全くないので電話でそれを伝えたら、慌てて店長が飛んできた。顧客の怒りが、察しできないようでは営業マン失格である。また気持ちはわかるが、高級店のバターや生クリーム、アーモンドの入った洋菓子の手土産を持ってきたのが、お粗末である。私は健康上の理由で、その種のお菓子はドクターストップである。そういう些細な手土産の選択からでも、人とお店は評価される。どれだけ相手のことを考えているかである。ブランドには先輩が築いた志と汗が籠っている。それを壊してはならない。配慮不足でブランドの信用を毀損するのは先輩への裏切り行為である。

 

事例2

 2013年、ある知人のお店に車検に出して、とんでもない裏切り行為をされた。その裏切り行為が、ドライブレコーダに記録されていた。私は黙ってその知人との付き合いを切った。言うだけ無駄だと思ったからだ。そう思われたら、人生はおしまいだ。社長塾にも行っているから、信用あると信じていたが、裏切られたのだ。

 

事例3

 ある岐阜トヨペット店で車検の時、タイヤに窒素を入れるように頼んだことがあった。お粗末なことに、その店は窒素ガスを入れてあったタイヤ(窒素ガスの表示あり)に普通のエアを補充した。そのクレームを言っても、謝りはしたがその店はエアの入れ替えの対応をしなかった。私は別の店で窒素ガスを入れ直し、それ以来、車検は別のトヨタ店に変えた。他の件でも不愉快な件があって、私はそのトヨペット店に裏切り者の烙印を押した。

 

◆ 人生とは航海

 人生は航海にたとえられる。ボートの船長は自分である。裏切り行為が積み重なっていくにつれ、己のボートは人生の危険領域に静々と流されていく。自覚はないが、気づいた時は、自分が船長を勤めるボートは、風も吹かない、海流もない死のバミューダ海域に到達するのだ。そこは船の墓場、人生の墓場である。外部は無風状態で、心の中を氷点下の冷風が吹き荒れている事に初めて気づくのである。

 人生の航海を後悔にしたくないものだ。私の人生も後悔の連続であるが、あの時あの縁を生かさずやらなかった後悔より、やって失敗した後悔がよほど良い。人は失敗から多くを学ぶ。しかし、一歩前に出る「行為」がない限り、失敗もない。しかし成長も学びも縁の獲得もないのだ。

 

◆ 過去課、現在課、未来課

 人が頼みに来る、これも一つの縁である過去の自分の言動から発生した縁である。それは仏教用語で過去課という。その縁をどれだけ大事にするかで、今後の人生の展開(未来課)が違ってくる。人は出会うべき時に、遅からず早からず、出会うべき縁に出会うもの。しかし、その縁に気づくかどうかは、今をどれだけ真剣に生きているかとその熱意によって変わる(現在課)。全力で生きている、必死に学んでいる、サービス精神に徹していると、その縁に出会うまでの時間が短くなる。人生の成功はその縁にいかに早く出会うかである。それ故どんな縁も大事にし、その縁を生かす能力(感性)を身につけるべきである。柳生家の家訓「小才中才大才」はそれを伝えている。

      

  小才は、縁に出会って、縁に気づかず。

  中才は、縁に気づいて、縁を活かさず。

  大才は、袖すり合うた縁をも活かす。

               柳生家の家訓   柳生石舟斎

 

 その縁が10年後に花開く。人生でまかぬ種は開かない。人生は何にどれだけの時間と金と情熱を投入したかで、それに比例して花開くのだ。最近、この10年後というキーワードを実感している。今、種をまいても収穫は10年後なのだ。今やっている事は10年後にしか効かない。しかし、やらなかったら10年後にボディブローとして効いてくるのだ。しかしその時に気づいても遅いのだ。(初稿 2003年7月14日)       

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2018-03-10

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危機管理は成佛のために

 危機管理とは、その界で成佛するために己が管理職として為すべき義務である。その界とは、宮仕えでの世界であり、社長業としての世界であり、個人事業主としての世界である。危機管理とは、己が己の管理者として、その界を無事に過ごすための戒めである。

 危機管理とは、その界での管理が疎かになり、その会社生活(界)を全うできず(成佛できず)、不本意に不祥事が発生してその責任を取らされことを防ぐためにある。どんな界にいても定年を含めて必ずその終わりがある。どんな界も生老病死である。無事にその最終目的地(死)にたどり着くことが成佛である。それでこそ、次の界(子会社、起業、第二の人生、あの世)に胸を張って進める。

 

危機管理の目的

 私は前職で新入社員教育として10年近く「危機管理」の講義を続けてきた。現地法人のチャイナの新入社員向けにTV会議システムで、英語で講義もした。私は危機管理の目的を、①会社と自分と家庭が不幸にならないため、②自分と部下を刑務所に行かせないため、③生活基盤の会社を倒産させないため、④失業しないため、と説明してきた。しかしこれは新入社員向けに説明した方便である。目的は、人生での成佛である。

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  講義資料『危機管理』p5 2005年

 

人生の目的

 人間の最終目的とは、人間になって成佛することである。人は動物として生まれてきて、多くの学びを経て人間に成長する。人は裸で生まれて、裸で死んでいく。それなのに、餓鬼道に落ちて、集めることを目的として、人や法律や倫理を押しのけて金儲けに邁進している人が多い。その挙句、世に紛争の種を蒔き、悔いを残して、その界を去る人がなんと多いことか。なんと多くの人が、動物レベルのままで死んでいくことか。それは畜生界の生き様である。人生の成果は、己のために集めた財宝ではなく、社会に与えた徳の多寡である。

 

餓鬼道に落ちた衆生

 現在は、組織や己に対する危機管理が出来ず、その結果の不祥事でマスコミを賑わす事件が多い。人生の目的を理解せず、またそれを達成するための危機管理意識が欠如しているためである。最高学府を出て豊富な知識はあっても、人生の目的を知らない智慧無き人が氾濫している。ド田舎の市長や東電、東芝、政界等に畜生界の餓鬼道に落ちた衆生を見る。その輩は反面教師として、やってはいけないことを教えてくれる仏様である。

 耳をすませてごらん。あなたの身近で時限爆弾のチクタクが聞こえる。

 

2018-03-10

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カテゴリー「危機管理」を新設

 危機管理は、私が20年来、こだわってきたテーマです。今まで書き溜めたエッセイを、今の眼で見なおして掲載します。

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2018年3月 9日 (金)

命をケチる

 大垣藩の最後の藩主であった戸田共氏の戸田伯爵夫人の極子は、岩倉具視の三女である。その岩倉具視の件の調査の関係で、2016年9月20日頃、京都の知人に電話をしたら、彼の27歳のご子息が自殺をされたとの話を聞かされた。そのためとても、聞きたいことも聞けなかった。これも戸田伯爵夫人の調査がなければ接せることのなかった事件である。自殺という重たいテーマのご縁をいただいた。

 

多くのご恩のお陰

 人は一人では生きてはいけない。今の生まれた命や支えて頂いている多くの人たちのことを思えば、自殺はありえない。自分一人で、自力で生きていると思い詰めるから自殺になってしまう。先祖、親、師、隣人、友人の恩があって生きていると悟れば、自殺はありえない。絶望の時、相談する師がいないと、路頭に迷う。所詮、人間界で起きた事象は、人間界で解決できる。思い詰めるとあの世に行っても解決はできない。家族や師との会話があれば、自殺は防げるはず。家族、師とのコミュニケーションを大事にしたい。

Photo

馬場恵峰書 2016年9月27日 揮毫

同級生の自殺

 1973年4月1日、入社日の夜、同級生が自殺をした。クラスで成績2番の秀才である。夜の就寝前に電気コードを体に巻き、タイマーをかけての自殺である。原因は不明だが、45年経った今でも、頭の隅から消えない事件である。

 

叔父の自殺

 1988年4月2日、親戚の叔父が鉄道飛び込み自殺をした。当日は一人息子の入社日である。それが遠因で息子の人生が暗転した。しばらくして、彼は会社を辞め、その後も数回の転職を繰り返すことになった。なにも息子の入社日に自殺をしなくてもとは思うが、本人はそれさえ考えが及ばないほど追い詰められていたのだろう。その為だと思うが、彼の孫は3人とも日本の最高学府を卒業しながら、10年間も就職浪人である。なにか考えさせられる。

 

講師の自殺未遂

 2000年頃、私は地獄の研修を受けた。その研修講師のKさんから自殺未遂の話を聞かされた。Kさんは元会社経営の社長で、会社経営に行き詰まり、絶望して車ごと崖から飛び降りるつもりでアクセルを踏んだが、家族の顔を浮かび、崖の直前で思いとどまったという。自分を支えてくれている家族が、自殺を引き留めてくれた。

 

師としての信用自殺

 自分が思い詰めて、師と仰ぐ人に相談に行っても、その師が「忙しい」とかの言い訳で逃げられると、百年の恋にも似た師への尊敬の念が雲散する。何時でも何でも何処ででも相談に乗ってくれるのが、真の師である。それは現世の人とは限らない。本の中にも真の師は存在する。私は師と崇めていた人の本質が露見してから、その人は単なる人生の水先案内人であると悟り、距離を置いた。講師が師としての信頼を自分で殺したのだ。

 

緩慢なる自殺

 自分を支える一番の御恩ある御本尊が自分の体である。命が短くなるのが分かっていてなぜ、不摂生、煙草、暴飲暴食に走るのか。己の体を痛めつける生活習慣、食生活(飽食)、悪い食べ物の多食は緩慢なる自殺である。過労死も、仕事と命を天秤かけて値踏みして、仕事の方が大事とする誤った判断の結果の自殺行為である。過労死をして誰が喜ぶのか。仕事とは、人に喜ばれてナンボである

 

他人の命(時間)の軽視

 2018年3月8日、ある会合に出かけて、その人の軽自動車(顧客からの預り車)に乗せられた。その零細企業の社長は、運転中にかかってきた顧客の電話の応対で忙殺されていた。社長クラスの人を3人も乗せて、安全面で問題がある軽自動車で携帯電話を掛けながら運転するのは、自殺行為である。その社長は会合中も、会議に途中で皆がイベントの打ち合わせをしている中、妨害するように、何度も携帯電話をしまくっていた。会合に関係ない電話の時は、席を外して会議室の外で電話をすべきである。その社長は会議に参加した人の時間(命)と自分の仕事の忙しさを天秤にかけて、自分の仕事を優先したのだ。人のことは知ったことではないのだ。命や人の時間を粗末にする人を計値(ケチ)という。

 

ケチとは

 計値(ケチ)とは、命と快楽・仕事を天秤にかけ、値踏みをする愚行である。食欲の快楽に身をゆだねるのが情けない。その仕事をしてくれる人は他にもいる。世の為になる仕事は皆で行ずればよい。仕事を自分一人でやろうとするから、無理が出る。偉大な仕事は多くの人が協力して成し遂げられる。人を悲しませては、その仕事に傷がつく。己の命の代わりはない。多くの御恩に支えられて、自分が生かされている。自力ではない。

 

ケチの行く末

 ケチとは己の狭い視野で値踏みをすること。ケチな人は目先に囚われて、短絡的・短期的な視野でしかものが見えないため、10年後に損をする判断をする。佛様の差配は人智を超える。回り道にお宝が埋まっている。佛様も元は人の子、陰徳を積めば佛様も恩義を感じて、10年後に利子をつけて倍返しの報恩をされる。

 ケチの究極の姿が、植民地獲得の侵略戦争、民族虐殺、利己主義、成果主義、グローバル経済主義である。一時的には儲かったように見えるが、結末は妬みの文化の氾濫、冨の偏在、格差の拡大、移民が原因の暴動頻発、1%の人だけが富み、99%が不幸になる社会への転落である。

 人は、ものが見えているようで、実際はその本質の10%しか見えていない。残りの90%は人智を超えたベールに覆われている。人は狭い視野でものを見て、全て分かったと自己満足の値踏みをしている。それがケチの根性である。人は実態の10%しか見えないのに、あたかも全て分かっているかのような顔をして経済学者は学問を振り回す。もしそれが正しいのなら、経済学者は全て大金持ちや成功者になれるはず。学者とは単なる知識を切り売りする者である。学者は本質を凡人には難しい表現で煙に巻く。得た知識から知恵を生み出す人が人生で儲ける。得た知識を死蔵では、情報センタの門番でしかない。知識は実社会で知恵を付加して活用してこそ、付加価値が生みだせる。

 先に生まれた人から浄土へ逝く。何も焦って追い越さなくとも、お迎えは来てくれる。人生道では追い越し禁止である。頂いた命をお大事に。生きるとは祈りである。

 

 割り込みは 許されないよ 浄土道    (馬場恵峰作)

 文句なし 今のままでは 極楽素通り地獄行き (馬場恵峰作)

 狭き門 極楽寺坂 すべり落ちるな   (馬場恵峰作)

 

2018-03-08

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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2018年3月 8日 (木)

あの世は有りや無しや?

 佐藤一斎著『言志晩録』の「三学戒」に接し、あの世を考えた。2015年末に縁あって三基のお墓を改健したが、あの世のことが明確に頭にあったわけではない。墓の完成後、冷静に考えてみてお墓の目的を考えてみた。

 少にして学べば 壯にして為すことあり

 壯にして学べば 老いて衰えず

 老いて学べば 死して朽ちず   『言志晩録』の「三学戒」

 

1.ご先祖の思い出としてのお墓

 あの世の有無に関わらず、ご先祖へのご恩返しがお墓参りであり、お墓の建立であると思う。お墓はご先祖のご恩を思い出させてくれる碑である。ご先祖があって、自分はこの世に存在している。

 最近、死刑になりたいとかで無差別殺人や、人を道連れの自殺事件が多発している。これらの事件の背景に道徳、宗教観の希薄化があると思う。先祖を敬わない、自分だけよければよいという思想が蔓延している。現世だけの世界、ご先祖の恩に思い至らない利己主義的な思想の氾濫の結果ではないか。

 私は小さいころ、祖母に地獄絵を見せられて、子供心に震え上がったことを懐かしく思い出す。子供心に、悪いことをしまいと心に誓ったものだ。それがよき人生の戒めの教育として生きている。今はそれがないようだ。死んだ後は無であると思うと現世ではやりたい放題である。戦争ゲームとして人を殺しても、リセットボタンを押せば、全てチャラ。TVでは人殺しのドラマが横行。これではまともな精神が育つわけがない。

 

2.子孫への教えとして遺すもの

 親がご先祖のお墓参りをする後姿を子孫に見せることが、今あるのはご先祖のお陰との教育をすることになる。私も父の墓参りに随行して、墓参りをするのが当たり前との考えになった。そのお墓がないと、空中に手を合わせることになり、何か実感が湧かない気がする。やはり形あるものに手を合わせたいもの。

 そういう点で、海への散骨等は日本人には違和感がある。将来、子供達が親に手を合わせたくても、墓が無く、海上に出向いて手を合わせさせるのは、子供を不幸にする。2世代後には、ご先祖を考えなくなるだろう。私は海への散骨はイヤだ。分からないことを理性で考えると、後で後悔する。

 元旦の行事、春夏秋冬の日本の行事の中に、お盆、彼岸の墓参りが日本文化に溶け込んでいる。善悪の問題ではなく、それが日本の文化なのだ。

 

3.あの世はあるとして、為すべきこと

 あの世があるかないか、誰にも分からない。それに類する論を数学者パスカルが『パンセ』の中で「神は存在するか否か」というテーマで理論的に展開している。それを元に渡部昇一師は、あの世の存在の有無を、『95歳へ!』(飛鳥新社)の中で展開している。その結論からいくと、あの世があると信じてこの世で、お墓を作るのは危機管理的に理にあっている。

 その著書の中で、佐藤一斎の「三学戒」(「少にして学べば…」)の言葉があり、また2018年3月4日に佐藤一斎の故郷の恵那市岩村を訪問したおり、佐藤一斎像の横の石碑に、「三学戒」を見て、以前に「あの世は有りや無しや?」を考えたことと、馬場恵峰先生に、この言葉を揮毫して頂いたことも思い出した。

 佐藤一斎作「三学戒」は、言志晩録の中では最も輝いている言霊である。この言葉が人間の人格を高める。あの世はあるとして、人格を高めてから、あの世に旅立ちたいと思う。その為には老いても「志」を大事にすべく精進すべし。

 

 江戸時代後期の儒学者・佐藤一斎の著書『言志晩録』に「少にして学べば即ち壮にして為すあり。壮にして学べば即ち老いて衰えず。老いて学べば則ち死して朽ちず」という言葉があります。

 一斎の言う「壮にして学ぶ」とは、仕事以外のプラス・アルファを勉強することです。現職の時に頑張って働くのは当然のこと、それは別に何かプラス・アルファの勉強をしていると、「老いて衰えず」になると言っているのです。

ここで「死後も霊魂の世界がある」と信じるかどうかが問題になります。これは死後のことですから、私たち生きている者には「わからないこと」です。したがって、俗な言い方をすれば「どちらに賭けるか」ということになります。

 もし「死後の世界はない」ほうに賭けたら、どうでしょうか。死んでみて、これがアタリだったら場合、「当たった。よかった」ということはありません。死後の世界はなかったのですから、死んだらそれまで、あとは何もなしです。

 では、ハズレで、死後の世界が存在した場合はどうでしょう。ないと思っていた世界があって、そこで生きなければならないとすると、準備不足で困ったことにならないでしょうか。つまり「死後の世界はない」ほうに賭けた人はアタリで何もよいことはないし、ハズレで困ったことになるのです。

「死後の世界はある」ほうに賭けた人はどうでしょうか。ハズレで、死後の世界がなかったら、それまでです。何もなし。アタリで死後の世界があったら万歳でしょう。するとハズレで何もなし、アタリで万歳ということになります。

 どちらに賭けたほうが得か、明々白々です。これは数学者パスカルが『パンセ』の中で説いた考え方です(パスカルは「神は存在するか否か」というテーマでこの論を展開しました)。 この項、渡部昇一著『95歳へ!』(飛鳥新社 2007  p136)より

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 馬場恵峰書 陶板に揮毫 2016年

 陶板への揮毫は誤魔化しがきかず、書いた跡がそのまま浮かび上がる。

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 岩村歴史資料館の佐藤一斎像(2018年3月4日撮影)

 1p1040529  岩村歴史資料館にて(2018年3月4日撮影)

2018-03-08

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お礼 ベストテン入り

 2018年3月8日、「エンジョイブログ」の人気ブログランキングで、「久志能幾研究所通信」がベストテン入りを達成しました。皆様の閲覧に感謝申し上げます。これからも精進してより価値ある記事にブラシアップしてまいります。ご支援をよろしくお願い申し上げます。

 今日,18時現在の累計閲覧回数は21,713回、記事数は569件です。

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久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

2018年3月 7日 (水)

「佐藤一斎の街」に学ぶ

 2018年3月4日、岐阜県恵那市岩村を訪問して、言霊とは、指導者とは、それに率いられた組織の成果とは、について多くの学びがあった。

 私は岩村を明徳塾OB会二日目(4月15日)の学びの旅行先にする計画を進めている。その事前調査として訪問した。当日、11時過ぎまで、大垣市の元気ハツラツ市の状況調査をしてからの出発である。JR恵那駅で明智線に乗り換えて、現地の岩村駅に14:09に到着した。

 岩村は、幕末の大儒学者で日本の孔子とも言われる佐藤一斎の生まれた村である。佐藤一斎の書『言志四録』は、多くの志士の座右の銘として親しまれ、明治維新を成し遂げる原動力となった。『言志四録』は西郷隆盛が島流しにされたとき、この本を島流しの獄舎で熟読して、西郷の思想と人格を固めたと言われる。

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ひなまつりで街中一致団結

 電車から降りた観光客は少なかったが、着いて見ると観光バスや自家用車でこの地を訪れた人が多く、街中が観光客で賑わっていた。この日は、「いわむらの城下町ひなまつり」として、美術館や町屋の殆どの玄関にお雛様の飾りが設置されて、町中で雛祭を祝っていた。その雛壇の数は53店舗中に約71セットの多さである。殆どのお店がお雛様を飾って、城下町ひなまつりを盛り上げていた。街の古くは江戸時代のひな人形から昭和初期までの作があり、歴史を感じた展示である。観光客をもてなす街の熱意が伝わってきた。

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江戸末期から明治時代までの街並みを保存

 岩村駅から約1キロの道なりが江戸末期から明治時代までの町家や武士屋敷が連なり、「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている。商家や武士屋敷が無料で美術館の記念館として開放されている。当時のかまどや生活の道具、機織り機、蔵内部などが展示されており興味深い。

 街の中央の広場では、若い衆が雛祭として一斗樽で無料の振る舞い酒があった。私が到着した時に、何故かちょうど樽が空になり、「最後の一杯ですよ」と若い衆が声を上げていた。私も手を出したかったが、禁酒中の身のため遠慮したが、なにか損をした気になるのは、卑しい根性なのか?

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『言志四録』の木板に学ぶ

 街中の7割ほど家の軒先に『言志四録』から抜粋した一句を刻んだ木板が掲げられていて、街中で佐藤一斎の遺徳を偲び観光客にその教えを伝えている。『言志四録』の言葉が軒を連ねていると、何か厳かな気分になる。街中で佐藤一斎の言葉を学んで崇めている雰囲気である。毎日、この板を眺める大人も子供も、良き教育環境であると思う。人は言霊から霊感を受け、人格向上の糧となる。

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 街中のあちこちに『言志四録』の句の碑文も建立されている。岩村駅前にも、佐藤一斎の言葉の碑が建立されており、街中で佐藤一斎の業績を顕彰している。

 明徳塾OB会で訪問予定の415日には、今春スタートするNHK朝の連続テレビ小説「半分、青い。」のロケ状況のパネル展示と花の展示がされる。この岩村は、ヒロインの鈴愛(すずめ)役の永野芽郁さん故郷という舞台設定である。鈴愛(すずめ)役の永野芽郁さんは「岐阜弁は、関西弁や標準語とも違っていてとても難しい。」という。岐阜県人の私としては、岐阜弁は標準語に近いと思っていたのが意外である。大垣弁とは少し違うのかもしれない。

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岩村歴史資料館

 岩村駅から徒歩で1.7kmの坂の上に位置する岩村歴史資料館は、佐藤一斎を顕彰するために建てられた資料館である。この土地には、岩村藩主の館があったが、明治14年に失火により焼失してしまった。その跡地に岩村歴史資料館が建築されている。佐藤一斎に関する展示物は少ないのが残念ではあるが、佐藤一斎の肖像画に直筆の書が書かれた軸、著書等がガラスケース内の一面に展示されている。管内は撮影禁止である。門の前には佐藤一斎の像と顕彰の碑が建立されている。

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伝鴨長明塚

 岩村駅の横に鴨長明の塚が建立されている。何事かと説明看板を見ると、『方丈記』の作者、鴨長明(11551216)は、鎌倉を追われ遠山景簾の好意で岩村の両家に逃れて半年を過ごした後、病を得て入寂したとある。

 この地に、後に岩村藩の家老丹羽瀬清左衛門が石碑を立てたとされる。長明作といわれる木像があり、昔から夜泣き子供に添い寝をさせると丈夫になるとされ、お礼に小さなちゃんこを奉納する慣習が明治時代まで続けられた。(恵那市教育員会作成の看板より)

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空き家の少なさに驚き

 「重要伝統的建造物群保存地区」の53店舗中で、「売物件」の看板がかかった空き家は1件だけあった。大垣市のようにシャッターを降ろした店が192店舗中、117店舗(61%)も連なるのとは、大違いである。同じ観光地で大垣市と岩村は何が違うのか。明智線は単線で、一日に2両連結のジーゼルカーが、15本しか走らない超ローカル線であり、岩村は過疎地の観光地である。それでも観光地として栄えている。

 

観光政策における大垣市と岩村の格差

 岩村は街中で統一した方針で、観光地として街興しをしている。ほぼ全家屋に『言志四録』から抜粋した一句を刻んだ木板が掲げている。ほぼ全家屋が、ひままつりとして玄関に雛壇のおひなさまを飾っている。53店舗中で、その数71セット。村長のビジョンで、村中で一致団結して観光客を招く段取りをしている。

 これと比較して、大垣市の観光政策を情けなく思った。大垣市は、市長のビジョンが曖昧で、元気ハツラツ市で大垣市をどうしたいのかが分からない。観光都市としての明確なビジョンが分からない。だから大垣市の外部団体の大垣観光協会もお役所仕事で熱意がなく、業者に仕事を丸投げをしている。そのため大垣駅前商店街が、元気ハツラツ市にそっぽを向き、当日に敢えて店を閉めている店主が多い。それ自体が恥さらしである。なにせ観光客は露店に行ってしまい、店を開いても儲からないから。大垣市が、市民税を使って大垣駅前商店街の営業妨害をしている。

 元気ハツラツ市で盛り上がっているのは、大垣市の外からきた業者、露店商たちである。それでどうして大垣商店街の活性化ができるのか。儲けのカネは全て市外や県外に行ってしまう。ますます大垣駅前商店街が寂れる。

 

ビジョンなき航海で沈没寸前の大垣市

 大垣市長の観光方針が曖昧のため、大垣駅前商店街を歩いても、芭蕉の句の一つもない。店も何もない水門川沿いに芭蕉の句碑があるだけである。岩村と大違いである。奥の細道を歴史遺産として登録するという大垣市の方針があるが、大垣駅前商店街と市民はそっぽを向いている。この原因は大垣市長に、明確なビジョンと実績がないためである。市長の座に座り続けるのが目的で、市長として何をやるかが全く見えない。だから商店街がそっぽを向き、大垣市は衰退の一途である。

 組織は、一人の優秀な長によって発展もするし、ビジョン無きリーダーで衰退もする。組織の興亡は、すべてリーダーの手腕にかっている。その現実の差を岩村と大垣市で発見した。

 現在、「大垣中心市街地活性化計画書」が提示されているが、これは大垣市がハコモノを作って業者を潤わすためのお役人が書いた「お作文」の言い訳書である。住民不在の計画書である。これに沿って実施しているから大垣は寂れてきた。大垣駅前商店街の店主達は、誰もその内容を知らない。この計画書は、冗長な文体で冗長にデータをこね回し、曲げた結論を出している。これでは読んでくれ訳がない。

 ビジョンには夢と希望と志がなければ意味がない。この計画書にあるのは新市庁舎の建設というハコモノだけである。大垣市長に欠けているのは「志」である。大垣に「平成の維新」が必要である。幕末に大垣藩を建て直した家老小原鉄心の再来が望まれる。

 

2018-03-07

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