2018年6月15日 (金)

極楽運転道 1.車の安全対策(3/8)

(4) 夜間の運転自粛 

 夜間の運転は、昼間より3倍も死亡事故率が高い。この原因は視界の低下、運転者の無頓着化、夜の運転形態の多様化である。だから、用もない夜間の出歩きは、交通戦争下の自殺行為でもある。車を使った夜遊びの危険性は、下記データからも証明される。

 「白バイ隊員でも、夜の出勤は嫌がる。危険回避が巧い彼らでも、夜は恐ろしいと言うんです」警察関係者)*5

 「夜間に事故が多いのは、見えないからだ。運転での必要な情報の90%は“見ること”によって得ている。」日本自動車研究所の馬場孝理事)*5

 そもそも昼間と夜間の運転では、その運転形態に差がある。昼間は多目的な運転だが、夜間は速く目的地に行きたいとか、速く走りたいとかの危険な運転をする車の割合が急増する。そのため自分の身を守るには、相手の車への意図を掴むのが必要とされる。

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。(孫子の兵法)

 良い子は夜に出歩かない。 

 

           表8.4   時間による事故比率*1 

            昼間      夜間    比較倍率

   死亡事故率    1.02    3.18    3倍

   人身事故率   102.7   111.5  1.1倍

 

 夜間は一寸先が闇である。いつでもブレーキを踏む心の準備をして走ることが、身を守ってくれる。ブレーキを踏む心の準備をしていると、ペダルを踏むまでの所要時間は0.5 秒である。そうでないと、先方の障害物を発見してペダルに足を乗せるまでに最低1.5 秒が必要となる*5。時速50キロで走行の場合は、停止までに60メートルも「暴走」する。しかし、ヘッドライトの光では、60メートル先は実際的に闇である。だからこの1秒の差は、17メートルの心の余裕を付けてくれる。だからこそ、明るいうちの定時退社が勧められる? それには、定時内に人の2倍の仕事をこなす能力をつけることが要求されます...出来れば...

 

私の起こした人身事故

 私が40年間に起こした事故の4回中、3回までが夜である。うち2回は側面からぶつけられた。その他2回の内の一回が人身事故で、夜に起こした。日没直後の夕刻11月28日17:40では夜と同じ暗さである。

 2013年に人身事故で打撲傷を与えた相手は、黒い服で黒い背景に溶け込んで、当方はヘッドライトがハイビームであったが、私はぶつかるまで気が付かなかった。この場所は、駐車場の右側に車が常時駐車していて見通しが悪いので、いつも曲がる方向に気を取られ、前方の歩行者の発見が遅れた。相手は、自分がヘッドライト照らされているので、車が止まると思って、安心して歩いてきて、かつイヤフォンで音楽を聴きながら、下を見て歩きてきた。幸い、曲がる時で徐行中のため軽い打撲傷だけで済んだ。救急車を呼んで救急病院に運んだが、大事に至らなかった。誠意をもって事後処理したので、示談になり人身事故扱いにならなかったのが幸いであった。それ以来、私は徹底して夜間の運転を避けるようにした。

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 上図は、黒い服の歩行者が暗闇に溶け込んで人影を認識できない。事故2秒前。

 背景が茶色の塀と濃緑色の樹木。

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 上図は、人にぶつかる直前の映像。ヘッドライトに人影が浮かび上がっている。

角の右側に車が常時駐車していて見通しが悪いので、曲がる方向に気を取られ、前方の歩行者の発見が遅れた。

 下図は同じ位置からの昼間の視界で、見え方が一変する。

 角にいつも車が止められていて視界が悪い。

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(5) 正しい運転姿勢 

 車の運転は仕事の一部として認識する。正しい運転姿勢・真剣な心構えが、事故防止となる。だらけた姿勢で片手ハンドル操作などしないこと。態度が緩むと心に隙ができ、事故の遠因となる。どんな芸事でも、最初に入るのは形からである。車の運転ではそれが、運転姿勢である。運転姿勢と車内の整理整頓状況を見れば、危ない運転者か、そうでないかは一目瞭然である。

 

(6) ハンドルの握り方 

 ハンドルは握りしめないこと。握りしめると、とっさの場合の動作が遅くなる。安全運転には機微な動作が必要とされる。常に9時15分か、10時10分の位置で、ハンドルを押しつける感じで両手を当てること。

 片手ハンドル、逆手ハンドルなどは論外である。片手ハンドル操作は、事故の衝撃等で体が傾いた時にハンドルが取られて、車があらぬ方向に向いてしまう危険があるため不可である。そのため両手でのささえるのが必要。 

 人生で、緊急事態の遭遇したとき、あるべきものを握り締めて放さないと、適切な行動が取れない。くだらないしがらみに囚われて、多大な損失を蒙ることもある。人生の曲がり角で、前の履歴を握り締めて、スムースな方向転換に失敗した人は多い。人生の曲がり角を曲がり、新しい世界に方向展開する場合は、前の世界は捨てなければならない。それをきつく握り締めているから禍となる。ものに執着して手に入れても手放すことをしない人生とは、ごみ溜めの人生。長く溜まれば腐ってくる。それでは人生を快走できない。

  車は現代人の夢を叶えてくれる魔法の絨毯です。しかし、その手綱を緩めた時、それは凶器に変貌する。

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2018-06-15

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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2018年6月14日 (木)

新幹線内殺傷事件と大垣・水まんじゅう食べさせ合いギネス世界記録®は同根の犯罪

 表記の二つの事件は、一見関係ないように見えるが、その根本原因は同じである。共に日本人が軽薄になり、品格を下落させ、目に見えないものに敬意を払わなくなり、結果として精神が劣化したのが原因である。「お天道様が見ている」という思想の軽視、神仏崇拝の衰退、子供の教育軽視、拝金主義の横行、売名行為の氾濫で恥を恥と思わない精神となったのが原因である。

 

新幹線内殺傷事件

 2018年6月9日午後9時45分ごろ、東京発新大阪行きのぞみ265号が新横浜-小田原間を走行中に、無職小島一朗容疑者(22)が両隣にいた女性二人を切り付け始めて、止めに入った会社員梅田耕太郎さん(38)が首を切られて殺害された。犠牲になられた勇気ある梅田様のご冥福をお祈りします。

 

事件の真因

 犯人は、働けといわれたから家出したと報道されている。それで誰でもいいから殺害して死刑になりたいと犯行の及んだようだ。これは自閉症や発達障害が原因の事件ではない。犯人は命の尊さと働く意味を親から教えてもらっていないのだ。両親、祖母祖父がその二つの意味を背中で見せていなかった。

 両親は子育て放棄のようである。それで祖父祖母の家に預けられたとある。そういう親を祖父祖母は育てた。事件後、父親、母親、祖母は、言い訳ばかりで、犠牲者への謝罪・追悼の言葉さえない。犯人を育てた家庭の雰囲気が伝わってくる。

 恐らくこの家庭には仏壇も神棚もないのだろう。週刊誌情報では、母親が過去に、共産党市議の候補者になったとあるから、家に神棚はないと推定した。親がご先祖や神様に手を合わせている背中を見せているなら、無差別殺人をする子供には育たない。命の尊さは、親がご先祖に手を合わせる姿で子供に伝わる。この事件は、日本の教育、躾の崩壊を示す、神仏からの警鐘の事件であったと思う。

 

オオカミ少女の教え

 1920年にインドで狼に育てられたとされる2人の孤児の少女が発見された。これはオオカミ少女の話しとして有名である。彼女は後年、教育を施しても、人間社会になじめず、1929年に若く死んでいる。これは人間の脳の構築の基礎工事期の0歳から6歳までに、人間としての躾・教育がされないと、脳が完成されないからである。6歳までに80%の脳の神経細胞が形成される。幼年期の教育の大事さを教えてくれる。

 その間に、両親から命の大事さを、両親の後ろ姿から学び、愛情を受けて、人から、人間に成長する。その大事な時期を今回の事件の犯人の親は放棄したようだ。人は一番多く見た現象を、本能として脳に記憶する。神仏を敬う姿を見ることが皆無なら、その心は育たない。ハーレムで育った貧困家庭の子供達は、盗むことが正しいことを学習する。

 以上は、心理学者エリック・バーン博士の対人交流(TA)の理論で説明される。

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宗教の意味

 どの宗教でも最大の戒律は、同朋を殺すなかれ、である。それが無いとその集団が亡んでしまう。どの宗教の神事でも、ご先祖への感謝と食の恵みへの感謝である。神事の多くはその両方の感謝の式典である。その二つを蔑ろにしてその集団の繁栄はない。ご先祖・英霊を蔑ろにして、その食を遊び道具にして、それを反面教師として子供たちに背中で教えている大垣市長の非常識さが光る。

 

見えないものを敬う心

 神仏やお天道様が見ているという先人日本人の尊い教えは、日本人の品格を高めていた。それがギネス社等を筆頭にしたグローバル経済主義教の拝金主義活動で、破壊されつつある。その餌の代表例がギネス世界記録®である。その御先棒を大垣市長が担いで税金を無駄遣いしている。眼に見える顕著な賞だけを追いかけると、人間が軽薄になる。その後ろ姿を、後進の子供達が無垢の眼で見ていて、下品地獄に堕とされる。それでは大垣の未来はない。世界から尊敬を集めていた日本人の品格は、ギネス社の陰謀で下品になりつつある。英国人は深慮遠謀である。そうやってにアホな日本人から金を巻きあげている。

 

大垣市長の常識は世間の非常識

 常識で考えれば「大垣・水まんじゅう食べさせ合いペア数 世界ギネス記録®」がどれだけ非常識な行事か分かる。私は北海道から九州までの多くの経営者の知人に電話で聞いても、皆が一様に呆れていた。大垣市民の大多数の良識ある人も同じである。良識がないのは、大垣市長と大垣市会議員達、大垣市政100年記念行事実行委員達だけである。6月11日の大垣市会議の一般質問でも、市議達は世界記録達成でお祝い一色である。アホかいな、と言いたい。そんな市議達が大垣の政治を牛耳っている。大垣市が衰退しているのも故あること。

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 この看板も税金 2018年6月11日 大垣市役所ロビー

 

天網恢恢疎にして漏らさず

 こんな有様では神罰が危惧される。5期連続で続いた大垣市長の現役死の呪いのジンクスが現実となるかもしれない。その前兆が、2017年11月4日の大垣・ドローン墜落人身事故であるようだ。2017年10月23日の治水放置による室村町アンダーパスの水没不祥事である。ドローン人身事故は日本初の不名誉記録である。全世界にこのニュースが流れた。恥さらしに、その責任を業者に押し付けて、大垣市長はドローんと遁走した。この不正義がまかり通るなら、大垣市は世も末である。

 

小川敏大垣市長の罪

 大垣市長は、2017年10月8日、十万石まつりの常盤神社での朝一番の神事では居眠りし(数十枚の写真から判断して居眠りとしか思えない)、英霊を祀る護国神社前を柵で封鎖して参拝もせず、ギネス挑戦の痴行に酔い痴れて、英霊を蔑ろにした。尊い食べ物を玩具にして、ギネス社の金儲けために、無価値の記録達成の為、市民の血税900万円をドブに捨てた。その会計報告も大垣市長は、6月11日の大垣市議会一般質問で、公開拒否を宣告した。これでバチが当たらなければ、神も仏もあったものではない。子供に神仏無視、英霊侮辱、食べもの軽視、血税浪費を大垣市長が、その背中で子供達に教えたのだ。大垣市長は、大垣市民・子供達に水まんじゅうで遅延性の毒を盛ったのだ。そのツケは、孫の時代に今の子供達が払うのだろう。その事例の啓示が6月9日のぞみ265号新幹線内殺傷事件のようである。

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 2017108日 常盤神社 神事

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 護国神社前を封鎖  毒饅頭の食べさせ合い  2018年6月3日

 こんな愚行はせめて北公園野球場・陸上競技場で開催すべき。

 

大垣市を見守る英霊

 子供は親のやることを黙って見ている。親が言うことはやらないが、親のやる通りを真似する。それは怖しい洗脳教育である。そんな愚劣なギネス挑戦にうつつを抜かす日本にするために、ご先祖は命をかけて戦ったのではない。そんな日本の愚劣な子孫のために特攻で命を捧げたのではない。その英霊を祀るのが濃飛護国神社である。英霊は黙って大垣市民を見守っている。

 特攻で命を捧げた英霊は、今も日本を守っている。日常茶飯事で領空侵犯を繰り返す中国機は、自衛隊機が憲法で戦えないことを知って、挑発してくるが、決して一線を超えない。それはいざとなったら、御国の為に命を捨てる覚悟を太平洋戦争の特攻員のように今の自衛隊員が持っていると思って、中国人は恐ろしくて一線を超えないからだ。だから、特攻をして国民の為に命を捧げた英霊が、今も日本を護ってくれているのだ。合掌。

 

洗脳教育という病気汚染

 情けないことに、この2週間後の6月17日に5,000人を集めた「三島コロッケ食べさせ合いペア数 世界ギネス記録®挑戦」が日本大学三島高校主催で計画されている。大垣市長が画策したギネス挑戦の洗脳教育の効果が遠い三島に伝搬した。大垣市長が900万円の血税を浪費して得た愚行の世界記録は3日天下である。

 それよりこの種の愚行の病気が、日本中に広まっていく惨状は眼を覆うばかりである。「三島コロッケ食べさせ合いペア数 記録挑戦」の準備に、日本大学三島高校の校長が率先して踊っているので、呆れてモノが言えない。教育者の良識はどこに消えたのか。教育者として地獄に落されるくらいの罪だと思う。絶対命令で対戦相手選手に怪我をさせ、選手の人生を棒に振らせた日大アメフト内田前監督と同罪である。

 

教育者としての犯罪

 これは日本大学三島高校の校長が、子供達の心に、見えないが深い傷を負わせる犯罪である。これは日大田中理事長の指示なのか。しがない校長は、田中理事には逆らえないのか。これは田中理事長指示の日大の宣伝活動なのか。この校長に愚行だと知らずに踊らされている生徒子供達がかわいそう。教育者は、子供の人生を変える力がある。それを悪い方向に使うのは悪魔である。聖職者として犯罪である。

 

2018-06-14

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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2018年6月13日 (水)

極楽運転道 1.車の安全対策(2/8)

(1) 無用のドライブ禁止 

 無用のドライブはしないこと。出かけるとつい、衝動的な飲食や、買い物が増える。浪費防止上、交通安全上、ダイエット上も良くない。車には、そんな「消費は美徳」という悪魔の囁きを実行させてくれる魔力がある。そんな時間があるなら、家で本でも読むこと。私は、そんな時間があったらエッセイを書いています。

 しかし情けないことに、私は最初の車を買った直後(1979年)にこの状態になり、かなりの散財をしてしまった。つくづくと、車は大人のおもちゃであることを認識した。頭でこれを理解しても、一度手に入れると手放せないのが情けない。

 当時は、パワステなし、パワーウィンドウもなし、1600ccのトヨタカリーナで、走り回っていた頃が懐かしい。まるで麻薬のようで、止めたくても、でもやめられない…….. 。お巡りさんに捕まってもやめられない。

 〔事故発生件数〕=〔走行時の事故率〕×〔走行距離〕 

  どんなに注意しても一定の距離を走ると、上記の式の確率で事故は発生する。その対策として、自分の運転技量を上げ、この事故率の数値を小さくするのと、走行距離を少なくして事故の確率を少なくすることが、交通事故防止の最善の手段である。絶対原則は、運転しなければ交通事故は発生しない。 

 

部下の事故例

 昔の課内の部下で、寮とスーパーマーケット間のわずか 300mの距離を、車で買い物に行っていた不精者がいた。後日その部下は、人身事故をおこした。安易な車への認識がこの事故の遠因だと、私は思う。

 その事故は、老人をはねた事故で、上司がその部下に命じて駅まで送らせたために起こった。ここは実に深い教訓を与えてくれた。人に送らせることは、その分だけ人に不幸の確率を増やすことだ。その行為は上司としての傲慢さのあらわれだ。なにせ部下は拒否することができない。

 

時間を稼ぐという発想を

 交通事故は宝くじと良く似ている。当たれば大きい。数千円の経費節約のため、遠距離出張に、電車よりも業務用車での出張を指示する職制がいるが、これは部下に対する配慮の欠如である。この宝くじ購入金額と同等の数千円で、「安全」と「時間」が買えるのであるから、そうしないのは宝くじの1等当選を期待しているのと同じである。また「時間を稼ぐ」という意識が欠如した思想である。電車で行けば、安全で、車中で書類も読めるし、疲れも少ない。送りだすほうの職制も、交通事故に関して安心していられる(まてよサリン事件に巻き込まれたら.....、新幹線内焼身自殺、新幹線内殺傷事件(2018年6月9日) を最近はヤヤッコシイ。僅かの金をケチッて、事故を起こす確率を高めるのは、貧乏人の根性です。こんな根性では小金持ちにはなれても、大金持ちにはなれません。また運転に疲れた頭・体で、ビジネスに赴いても成果は知れたもの。管理職の立場で見る時、この時間で本の数頁でも目を通してくれたら、部下の教育として節約以上の効果があると思う。なにせこの間には、電話はかかってこない。

 

不見識の管理職

 高浜市から(当時の勤務地)、浜松の某自動車メーカに出張する場合で試算すると、業務用車で行った方が2千円くらい安いが、時間が1~2時間くらい余分にかかる。私はこの試算をして電車で出張することにした。疲れ方の激減と、この間に作成できるワープロ作業や読書が魅力である。

 さらに大阪の某自動車メーカへの出張さえも、経費節減目的のため業務用車で行けと言う仲間の管理職がいるので、呆れて説得する気にもならない。

 

(2) 安全な経路の選択 

 時間的な経路より、安全な経路を選択することが事故を減らす。近道で通る生活道路等の道では、自転車、歩行者の飛び出しが多く事故の原因となる。多少時間がかかっても、大通りを通行するべきだ。生活道路の危険性は、人身事故率を比較すると、一般国道に比べてより2倍も高い。

 〔表1 道路別事故率〕は、1990年度の道路交通センサスから道路種別に走行台キロを推計し、道路種別ごとに1億台キロ当たりの平均事故率を算出した表。

 

        表8.2   道路別事故率*1 

                       一般国道  主要地方道 都道府県道 市町村道

  走行台キロ(億)   1,978     1,055        937      1,749

  死亡事故率        1.82       1.84        1.57       1.65

  人身事故率        82.6     100.7        82.2      170.0     

 (一般国道を100 として) (100)   (122)      (100)      (206)     

 

朝寝坊の事故

 国道等での、車対車の事故に比べて、対人身事故はその被害が人に一方的である。1980年頃に、課内の同僚が出勤時に人身事故を起こした。それは朝寝坊のため、焦っていて、近道した生活道路で自転車をはねた事故であった。その時に警察から、 

「朝のせわしない時には、生活道路などを通るものではない。自転車も焦っている」 

と指導されたのを、今も印象深く覚えている。だから多少時間がかかっても、大きな道を選んだ方が、人生トータルとしての節約になる。またこの事故は、当人のいつもぎりぎりまで寝ている、だらしない生活態度が事故の一因でもあった。「早起きは3文の徳(得?)」は車にも当てはまる。

 

交通事故例

 下記は私が散歩をしていたら遭遇した交通事故。老女の自転車を乗用車がぶつけた。この道は生活道路で、私は絶対に車では走らない道である。大通りに出るのに見通しが悪い。大垣市内は自転車が車に注意をせず、走り回っているので運転する身には恐ろしい。それはどこの街でも同じである。

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2013年11月12日 大垣市桐ケ崎町にて

 

社内安全会議で、つるし上げ懲罰

 車対車の事故に対して、車対人・車対自転車の人身事故の場合は、いくら人側に責任があっても、運転者への非難は免れないし、申し訳が立たない。さらにその勤める会社が自動車関連企業だと、部下が大きな事故を起こせば、管理職は社内的に極悪非道の悪者にされ、各種の対策会議で吊るし上げを食らうはめとなる。だからそこ生活道路の通行は控えるべきだ。金銭的損失よりも、この吊るし上げで、精神的に受けるダメージが計り知れない。車は直っても心の傷は癒されない。

     君子は危うきに近づかず、急がば回れを旨とする 

 

(3) 高速道路を使え 

 お金があれば、高速道路の利用が、人生のトータルとしてお得。次表のように、高速道路の人身事故率は一般道路のそれより1/8と低い。なにせ、事故の大きな割合を占める横からの車の飛び出し、人・自転車の飛び出しがなく、真っ直ぐ走る分には事故は起こりにくい。事故は変化点、曲がるときに起きる。

          表8.3   高速道路・一般路の事故率差*1 

          高速道路   国道   一般道路比倍率

 死亡事故率    0.8   1.7   2.1倍

  人身事故率    13    105   8.0倍

  物損事故率    90    430   4.7倍

         1990年度の1億台キロ当たりの平均事故率より

 

2018-06-13

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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2018年6月12日 (火)

極楽運転道 1.車の安全対策(1/8)

 自動車において最大の無駄遣いとは、交通事故への出費である。これを抑えられれば最大の節約になる。車の運転を、人生における仕事の一部として認識して、真剣に取り組めば事故も減る。なにせ下手にミスると、人生を棒に振る。

 

間違いを減らす心がけ

「人間は間違いをする葦である。かつ後から考える(後悔する?)葦でもある。」その人間が運転をする場合、その間違いは交通事故に直結する。だから間違いを一つしても、そのミスをリカバーできる余裕ある運転が、事故になる確率を減らしてくれる。

 下記にその具体策を記述する。これを実行しても事故は0にはならないが、確率的に事故になる要因を各々小さくしていけば、理論的には限りなく事故は0に近づく。13年間に一度と計算される交通事故確率を1/10にすれば、130 年間は事故に遭遇しない。万に一度と計算される(13年に一度)起こす事故の確率を、無事故の人の事故確率に相当する 1/5に減らすとすると、26,000円/年の節約となる。

(430,000 円÷ 13 )-(430,000÷ 13 ÷ 5)=26,000円/年 

 年間26,000円を稼ぐ仕事をするつもりで、下記の安全対策に取り組むのが、人生VAである。ただし、このノウハウは、あくまで基本的な安全運転常識がある前提で、シートベルト未装着や飲酒等をする輩には適用できない。カーメーカのテストドライバー運転資格取得で指導される内容や、私の経験、読んだ書籍等から、安全に関する事項を中心に記述する。

 

運転とは考える労働

 事故が自分の年収や人生設計にマイナスという影響を及ぼす以上は、運転は仕事と見なすべきだ。だから、事故というマイナスのVAを出さないために、運転時の頭脳労働が欠かせない。カーメーカのテストドライバー運転資格の技量や運転技術向上には「頭を使った運転」「習うより慣れろ」の2つが必要であるが、普通のドライバーには、頭を使った安全運転で十分で、それが事故を減らしてくれる。

「運転は考えて行うもの。いつも考えながら運転することが安全につながる。」         徳大寺有恒

 

◆ 事故の確率 

 死亡事故を起こす確率は、宝くじの1等が当たる確率よりやや小さい。全国の平均死亡事故率は、1億キロ当たりで約2件である。一回当たりの平均的走行距離を仮に15kmとすると、死亡事故を起こす確率は下記計算で 1,000万回に3件となる。

  2件 ÷( 1億km ÷ 15km ) = 30件/1億回

 宝くじの1等の本数は、1000万本に4本と言われており、その確率は1,000万回に4回。これに対して人身事故、物損事故を起こす確率は、1万回に一度(万が一)と推定される。一日15 kmの距離を往復で2回乗るとすると、13年に1度の確率となる。つまり、確率・統計上で13年に一度の頻度で43万円の出費を強いられる。だからその起こる確率を減らす対策が、この事故を減らし、人生ロスを減らし、車の経費の節約に通じる。データは古いが、保険会社の統計データから、事故の損害額が下記に示される。

 

         表8.1 事故別保険金支払い額 

 事 故 内 容       保険金支払い概算(1990年度)

 死亡事故(   11,000件) 約3,500 億円( 3,180万円/件)

 人身事故(   890,000件) 約8,500 億円(  96万円/件)

 物損事故(約 2,000,000件) 約8,600 億円(  43万円/件)

 

◆ 事故の「定石」を覚えよ 

 どんな勝負事にも「定石」が存在する。人生の生存競争をかけた自動車競争で、事故になるのは、起こるべくして起こった「定石の事故」が多い。その定石パタンを認識するだけでも、事故は減らせるもの。囲碁は勝つため定石を覚えるのだが、交通戦争は、負の遺産を背負い込まないためと、人生の生存競争に負けないため、事故の定石を覚えたい。そうすれば、車両保険に入らなくてよい。それで私は40年で、155万円を節約した。その定石の事故内容は、林洋著『自動車事故の科学』(大河出版 1994年刊)に詳しい。

 

◆ ヒヤリ事例に注意

 基本的には、ヒャッとした事象が、事故になる「定石」である。ヒャッとしたミスが数百回続くと、そのうち、たまたま間が悪い時に、それが事故に「昇華」する。だから、「ヒャッとした経験」を無くす運転が事故を少なくする。それは産業の事故を分析したハインリッヒの法則そのものである。

 昔の職場では、室員全員の持ち回りで、ヒヤリ事例をノートに記して回覧していた。そのノートには、起こった状況、反省(どうすれば防げたか)、対策と安全コールを記して週末のミーティングで紹介しあい、具体的な方策系の安全コールで唱和していた。自動車産業に従事する人間には、自動車事故を起こすのは犯罪なのです。

 

◆ 事故の責任割合 

 交通事故の原因は、一方に100%の責任があることはない。事故のあった双方に責任がある。そう理解しないと、事故は無くせない。止まっている自分の車に相手が突っ込んでくるのも、相手が信号無視するのも、郵便ポストが赤いのも、それで事故になれば、「それを予想しなかった自分が悪い」、「そんな場所を、そんな時間帯に、自分がその場所を走ったのが悪い」、「そんな悪運を背負い込む自分が悪い」と思うべきだ。その上で、事故防止としての自分の行動を考えるべきである。そうすれば確実に、事故に遇う確率と被害額は減る。

 

2018-06-12

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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1/5)

2018年6月11日 (月)

大垣の水まんじゅうフェイクニュースが痴呆拡散

 今日、2018年6月11日10時から、大垣市議会の一般質問のTV中継が、大垣ケーブルテレビで放映された。3人の議員が「大垣市政100年記念行事」に関して一般質問をするというので拝聴した。2人目の質問者の岡田まさあき市会議員から、「水饅頭の食べさせ合いのギネス挑戦・記録達成」の経費使用用途の情報開示に関して質問があり、その途中で来週の「三島コロッケ食べさせ合いギネス挑戦」のニュースが報告された。これら一連の一般質問を拝聴して、大垣市政治の劣化ぶりに眼を剥いた。政治が劣化すると、大垣経済が衰退するのも当然である。

 それでネットで検索すると、「平成30年6月17日、”みしまコロッケを使い、同時に食べさせ合いをした最多ペア数”に挑戦。日本大学三島高等学校の生徒のみなさんが企画して、日本大学三島高等学校 グラウンドにて」とある。

 

地方の三島市に痴呆病が伝搬

 私は、先のブログで大垣の「水饅頭の食べさせ合いのギネス挑戦」は価値のない痴呆的なフェイクニュースだと断定した。それが、地方の学びの館「日本大学三島高等学校」に伝染するとは、日本も飽食病、虚名の賞取り競争病に汚染されて末期的症状だと呆れた。それを報道する毎日新聞も静岡新聞も情けない。学園最後の学校祭の行事なら、もっと知的な行事であって欲しい。それがコロッケの食べさせ合いでは、学びの館もあったものではない。学校側はどういう指導をしているのやら。だだでさえ、日大アメフトの不祥事がマスコミ紙上をにぎわしている最中である。日大の名が地に落ちる。

 生徒発案の試みで、学校創立60周年の記念事業と位置づけているようだ。5千人規模での実施が目標だが、参加者や運営スタッフ集めに苦心しているとか。あたりまえだ、良識ある人は呆れている。後世の学生が見たら、学校創立60周年の記念の恥さらしであろう。もっと学校の将来の為になる企画は思いつかないのか。

 

大垣市議会議長の職務放棄

 大垣市会議員も議会で「市政100年行事」に関する質問を3人の議員が行ったが、誰一人、「同時に食べさせ合いをした最多ペア数」に批判はなく、ギネス記録達成にお祝いモードである。それが大垣の市会議員のレベルである。恥ずかしい。

 議会は、大垣市長の行政での暴走や愚行をチェックする責務がある。それが一緒の痴呆状態になれば、大垣市は衰退の一途である。6月3日のギネス達成の式典で、石川まさと市会議員議長が、一緒に、痴呆のようなにやけた顔でギネス認定員と写真に写っている様は、大垣の恥である。議会は行政に対して検察官の役目がある。その仕事を放棄して、大垣市長と共犯のように祝っているのは職務怠慢である。大垣市役所ロビーには、「祝 ギネス記録達成」と垂れ幕が飾ってある。この費用も血税であり、恥さらしの上塗りである。

1dsc01979  201863日 石川まさと大垣市市議会議長とギネス認定人

 行事予算900万円の使用用途が非公開。追及する責務が市会議員にある。

 検察官の責務がある議会が監査を受ける立場の市長と一緒に喜んでいて良いのか。

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 大垣市役所内のロビー  恥ずかしい  2018年6月11日

 

大垣の水饅頭行事の会計は非公開

 三島のイベントでは、コロッケは業者の寄付、参加者はボランティア、費用も寄付で募っていて、学校の校庭で実施であるので、まだ許せるが、大垣市は血税900万円を使い、市の職員を強制駆り出し、神聖な大垣公園で実施したから許せない。なおかつその疑惑に満ちた費用用途の公開を大垣市長は拒否している。業者との癒着を疑われても致し方あるまい。岡田議員がその疑惑に満ちた会計報告の非公開を攻めていたが、大垣市長は、のらりくらりと質問をはぐらかして答弁して馬耳東風であった。公開しては、まずいことがあるのだろう。

 

大垣市議会の痴呆茶番劇生中継

 大垣市議会の一般質問審議の生中継を、今回初めて真剣に見たが、政治家の狸とキツネの騙し合いをみるようで、政治家の言い訳の仕方の勉強にはなった。税金の無駄遣いであることもよく分かった。一見、行政への詰問のはずが、ヨイショの一般質問も多い。市会議員は、行政のチェック機能の責務を果たしていない「小川市長! この件は、やるのかやらないのか、イエス、ノーで答えて欲しい」と攻め立てても、のらりくらりとピントを外した回答ですませ、それが通ってしまう。石川まさと議長が「では次の質問者、どうぞ」と質問を打ち切り、質問者を排除である。質問者もそれ以上は追究しない。慣れあいのお笑い茶番劇である。一連の答弁で耳に残った回答が「今後の研究課題としたいと思います」である。「思うだけ」だから、実施しなくてもなんら責任は問われない。無責任な返答である。こんなペースで,3億1,031万円の大垣市政100年記念行事の予算が浪費される。誰もチェックできない。

 ここで分かったことは、一度予算が承認されると、行政がどんな使い方をしても、市議会には止める手段がないのだ。これは民主主義の政治ではない。共産主義国家と同じである。

 民間企業の経営会議でこれをやれば、即、左遷である。会社はすぐ左前になる。

 

2018-06-11

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2018年6月10日 (日)

自動車保険40年間の総括

 私は1979年に最初の車・カリーナを購入して、それ以来40年間で、4台の車に乗った。その間、車両保険には入っていない。現時点で総括をして、車両保険に入らなくて正解であったと結論付けた。勿論、対人、対物の保険は金額無制限で入っている。

 

私の事故歴

最初の事故

 私の最初の事故は、1979年に最初の車を買った直後、実家の車庫入れで左ドアを擦り、左ドア一式を交換した。約5万円。当時は、パワーウィンドウもないドアで、安かった。

 

もらい事故

 2001年、もらい事故で約100万円の事故の被害を受けたが、10:90の負担割合で、私は相手の車の修理も含めて約20万円の負担となった。

 原因は、相手の前方確認怠慢と、道路設計上の欠陥である。裁判にしても勝てる状況であったが、宮仕えの立場で、その裁判時間に時間を割くわけにもいかず泣き寝入りにした。後日、道路を管理する県も立木で見通しが悪い道路欠陥を分かっていたのか、いつの間にか立木が撤去され、視界が改良された。

 事故状況は、夜間、私が自宅への帰路、見通しのよい直線道路を真っ直ぐに走行していたら、セルフのガソリンスタンドから相手の車・ハリアーが飛び出してきて、私の車の側面にぶつかってきた。走行中を真横からぶつけられたので、気づいたときは避けようがない。側面衝撃だから、エアバックは作動しなかった。相手は道路横の立木が邪魔して、私の車の発見が遅れた。

 保険会社の言い分で、双方が動いている状態なので責任分担で0対100にはならず、粘って交渉したが、10:90の負担割合で私は泣き寝入りである。相手からの謝罪もなく、怒り心頭で、保険会社と交渉した。保険での対応と道義上責任は別である。事故を起こした相手若者は、保険で全て済ませようとしたので、怒り心頭である。なにせセルフのガソリンスタンドを利用しながら、高級車のハリアーに乗っている。通常のガソリンスタンドなら、店員が誘導するから事故は起きにくい。

 コンビニ、セルフのガソリンスタンドは信号のない交差点である。注意が必要だが、夜の走行中に横から突撃されては、お手上げである。相手に対して、見通しの悪い場所からの本車線への進入時は、よく見ろとしか言えない。自分への反面教師材料とした。

 この事故の再発防止の結論は「夜遅くまで働かず、早く明るいうちに自宅に帰れ」である。それは当時の中間管理職の私には無理!! 宮仕えは辛い。

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Img_0213  事故被害 2001年3月26日   

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 ぶつかってきた相手からの視界。立木で視界不良

Img_0216  相手車は立木に突っ込み立木をなぎ倒した。

凍結事故

 2003年頃、近年にない大雪の日、出勤の様子を見ていて道路状況が良くなったので、時間を遅らして自宅を出発した。基幹道路上は、雪は溶けており問題がなかったが、途中の東名陸橋下の路面が日陰で凍結しており、それに気が付かず走って、車が急にスピンをして壁にぶつかる自損事故を起こした。前バンパーをまるごと交換して10万円の出費。車は凍結面で滑ったら、全くコントロールが効かなくなる。その恐ろしさの勉強代であった。雪の日は、車でのお出かけは、ご法度にすべき。天が休めと言っているのに、逆らったからバチが当たった。それ以降、雪の時は車に乗らないようにした。

 

バックカメラ盲信事故

 2017年、夜間の駐車で、駐車中の車にバックで擦り、当方は殆ど傷がなかったが、相手の車のドアを傷つけてしまった。それは保険で対処した。バックカメラを取り付けた直後で、その操作ミスである。却ってバックカメラを盲信したのが失敗である。その修理金額は10万円余。保険で対処したのでお金は不要であったが、保険の等級が下がり、3年間で実質的に10万円の出費となった。それで保険の意味を悟った。

 

保険と占い師

 保険とは使ってはいけないお守りなのだ。あると安易な運転となる。保険を使うと却って損をする。保険金システムは、若い人が起こす事故の保険金の支払いを無事故の優良ドライバーが支えている。保険会社も賢く、事故歴の多い若者の保険加入を拒否する。

 その昔のシナの王様は、高額で占い師を抱えていたが、生涯その占いを使うことはなかった。保険と同じである。使わないに越したことはない。王様と違いお金が十分にない我々は保険を再検討すべきである。

 

収支決算

 車を乗り始めて40年間で、事故で支払った修理費合計が45万円である。もし車両保険に入っていれば、年間、5万円程通常の保険料より高いので、その累計のかかったであろう金額合計は200万円余である。

 

一般車両保険に含まれる盗難保険は、保険契約書に読めないような小さい字(読ませないように)で書かれた免責事項が多くあるので要注意である。

 

車両保険に含まれる盗難保険

◆保険適用は偶然で無過失が基本

施錠忘れ、エンジンを掛けたまま車を離れたなど、油断で車が盗まれた場合は「無過失」ではなく保険金は下りない。自宅前の道路上駐車も、保険金請求が難しい。

◆保険適用には注意義務完璧が基本

短時間の一時的な駐車で、コンビニに立ち寄り、トイレに行くため、キーを付けたままで車を離れたという事実があれば、車両保険は適用されない。

車の管理責任の所在があいまいな状況、たとえばガソリンスタンドでの洗車やオイル交換、自動車整備業者、カーショップで車を預ける際には、要注意である。盗難時の状況次第で、車両保険金の支払いが拒否される。

◆自動車保管時は管理状態にあるのが基本

駐車場が、自宅敷地内、屋内といった状況でも、キーを抜いてドアロックは必須である。車両本体盗難時には、スペアキーの存在確認と提出などを要求される。スペアキーの車内保管や車外貼り付けなどでは保険金は下りない。窃盗犯が自宅内のスペアキーを盗み、車が盗難された場合、保険金は下りない。

「1番安い自動車保険教えます」

 http://ichibanyasui-kurumahoken.com/3897.html

「車両盗難の保険金支払いは無過失が基本」から要約版に編集

 

保険の秘密

 保険会社が儲かって、保険会社の社員の給与が高いのにはワケがある。僅かの当方のミスを咎めて、出すべき保険金を渋るから儲かるのだ。それよりも、かけるべき保険金を、自分で貯金しよう。

 

車両保険の結論

 私はこの40年間、車両保険に入らずに、細心の注意をして運転してきたので、155万円の節約ができた。科学的・確率的な安全運転を実行すれば、車両保険に入る必要はない。保険の掛け金の分を貯金するとすれば、40年間で保険金の補填額を上回る金額を貯金できる。

 そのためには、「極楽運転道」の技術が必要です。このブログのカテゴリー「極楽運転道」を参考にして、皆さんも事故を起こさない運転技術、事故に巻き込まれない運転ノウハウを習得ください。これで事故をゼロにはできないが、事故になる確率は減らせる。

 人生でも、危ない人や、危ない事象、危ない時期には、近寄らず、が人生を無事に送る秘訣です。アホな人にいくら言っても無駄です。君子危うきに近寄らず。

 

2018-06-10

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2018年6月 9日 (土)

飽食・餓鬼道を驀進中の日本(4/4)

現代の飽食の罠

 今川順夫氏が、この講演会でシベリア抑留時の一食に支給のパン350gを実物で示された。それを見ると現代の「飽食の罠」に思いを馳せざるを得ない。病気になるのも、全て、食べすぎ飲みすぎ、薬漬けが原因である。テレビではグルメ番組の氾濫、食い物のCM、行列のできる飲食店の紹介番組の氾濫である。

 愚かなことに2018年には、大垣市は市政100年にかこつけて、尊い食い物を餌にして「水饅頭食べさせ合い ギネス挑戦」に市民を躍らせている有様だ。税金の無駄遣いである。大垣市長に迎合して喜んでいる大垣市議会議長が情けない。大垣市議会議長ともあろう立場で、大垣市長の暴走・愚行を止める役目を放棄している。これでは国民が健康管理にうかつになり、結果として肥満になり、病気になるも故あること。

 そして異常な事件が起こるのも、昼間から刑事ドラマで殺人事件を頻発させ、人殺しが日常茶飯事のように映像で流れる。テレビゲームでは殺し合いがゲームとなり、死んでもリセットすればゲーム再開。これでは実社会で殺人事件が起きても不思議ではない。

 最近は、良識ある人はテレビを見なくなった。下劣な番組ばかりでテレビ離れが続く。テレビ業界の自業自得である。

41dsc04616  講演会場風景(大垣市興文地区センター) 2014年8月16日

42 今川順夫氏   手にしているのが350グラムのパンの量

 これで一食一人分の配給 

今川氏の2回目の講演会

 2014年8月2日、ソフトピアジャパン情報工房ホール情報工房で社会福祉大会の記念講演会(聴衆550人)で今川氏が講演された。その後、同じ内容の講演会「シベリア抑留を生き抜いた男の人生」が8月16日、大垣市興文地区センターで開催された。興文地区の約80名の聴衆が熱心に聴講した。その中に今川氏と同じように生きて帰国されたダモイの会の伊藤さんも聴講されていた。まだまだお元気で、シベリア抑留を生き延びられた方の人徳を感じた。

 今川順夫氏の講演後、岐阜新聞社の記者の質問「今の社会状況をどう思われますか」に対して、今川氏が述べた「刑事ドラマ等で、殺人事件を頻発させるテレビ番組はおかしい」の苦言が印象的であった。

 それから4年が経った2018年現在、少しも状況が改善されていない。

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 地獄のシベリア抑留から生還された伊藤さん

 

大垣市長の約束不履行

 こういうシベリア抑留の実話はもっと若い人にも聞いてもらいたいと思う。若い参加者が少なかったのが残念である。幸い、大垣市長もこの講演会に参加をされて、この話しに感動して大垣市のアーカイブにして若い人に聞いてもらう段取りをするという。

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46dsc04560 大垣市長の社会福祉大会での挨拶 2014年8月2日

 

 2018年現在、この講演から4年が経過したが、小川敏大垣市長がその約束を実行した噂は聞かない。2018年6月7日、今川順夫氏の秘書に確認しても、大垣市の歴史の権威に聞いても、アーカイブに登録された話は聞いていないという。

 大垣市長は、大垣の子供たちの精神に毒を盛る「水饅頭食べさせ合い ギネス挑戦」等の税金無駄遣いの愚行行事には熱心である。要は売名行為には熱心だが、シベリア抑留のような大衆受けしないが、後世の子供たちに大事な話には熱意がないのだ。教育の街・大垣の文化・歴史を破壊しているのは、大垣市長自身である。

 

2018-06-09

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2018年6月 8日 (金)

田口利八氏が草葉の陰で泣いている

日の丸弁当水まんじゅう格差

 西濃運輸創業者の田口利八氏(1907年~1982年)は、褌に半纏の姿で大八車を曳いて運送業を始めた。食事は、大きなアルミ弁当箱に詰めたご飯に梅干しが一個の日の丸弁当だけである。朝の5時から夜10時まで働き、貯めた金で中古のトラックを月賦で買い、西濃運輸の前身である田口自動車を創業した。当時、田口利八さんに仕事を頼んだという木村建設(大垣市)の社長の子孫の方から、私はその話しをよく聞かされた。

 当時、鉄道輸送が常識であった時代、長距離トラック輸送に眼を付けた先見性が、我が国の長距離トラック輸送のパイオニアとして経済史に輝いている。そして田口氏は路線距離数日本一を誇る西濃運輸に成長させた。

 その田口利八氏が寄進した石の鳥居が濃尾護国神社の前に立っている。その寄付者田口氏の名の銘板と「水饅頭食べさせ合い挑戦」の準備状況を対比して、大垣市民として情けなさと怒りが沸き起こった。これだけの労苦を大垣の未来に投資すれば、と歯ぎしりをしたい思いである。田口利八氏が草葉の陰で泣いている。

 

田口利八氏の人徳遺産と小川敏氏の恥記憶遺産

 濃尾護国神社の鳥居は後世に残り、大垣市民にお国の為に命を捧げた英霊を敬う誇りを感じさせてくれている。それに対して「水饅頭食べさせ合い ギネス世界記録」は後世に大垣の恥遺産を晒している。その記録はすぐ破られ、何も残らないだろう。こんなアホな記録に挑戦する団体は、もう出てこないだろう。

 大桑尋常小高等科卒の田口利八氏が知恵と努力と汗・涙で築いた人徳遺産と、東大卒の小川敏大垣市長の恥記憶遺産を比較すると、記憶力と功名心だけが光る市長の下劣さだけが目に付く。何の苦労も知恵もない無価値のギネス記録に市民税を投じる小川敏氏に大垣市政を任せれば、大垣の未来はない。このままでは大垣は衰退する。

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   濃飛護国神社   鳥居は田口利八氏の寄進

田口利八語録

たたかれ踏まれようと、強く人生の花を咲かそう

 「将来をしっかりと見つめ、確たる見通しがあれば、敢然として困難な道を選ぶことだ。その方が安易な道を選ぶよりも、ずっと実りが大きい。たたかれても、踏みつけられても、それに耐え抜き、克服してこそ美しい人生の花が咲く」

 「創業から今日まで、苦しいことの連続だった。それを克服することができたのも、あえて困難な道を選んだのも、春を告げる花・福寿草(ふくじゅそう)が教えてくれたものだ。踏まれれば踏まれるほど、たくましく育つ福寿草。私はこの野に咲く福寿草が、好きでたまらない」

 

呆れたリハーサルとその準備

 2018年6月2日、散歩の途中で大垣公園を通ったら、翌日の「水饅頭食べさせ合い ギネス世界記録挑戦」の会場準備の場面に遭遇した。大垣公園中に椅子3250脚を整然と並べて壮観である。その作業費用・作業労力を想像して暗澹たる気持ちになった。それで700万円の血税が使われている。

笑ったのは、舞台の上でリハーサルが行われており、「只今からギネス認定の賞状授与式を行います。大垣市長、前にどうぞ」とアナウンスがあった。事前に参加者はネット登録され、人数も確認され、大垣市の行政からの強制参加命令、会社関係者への上司命令の参加であるので、記録達成は当たり前の結果であった。そのリハーサルだから、緊張感もなく、お笑いなのだ。やる方が真剣であるほど、滑稽である。宮仕えは辛い?

 

“challenge”チャレンジの英英辞典表現

 英英辞典は、言葉の定義が明確にされているが、日本語の国語辞典で調べると堂々巡りのような表現に遭遇することが多い。英英辞典では、遥かに意味が明瞭になる。英英辞典では、言葉の定義をクラスとカテゴリーで表現されている。私のテクニカルライティングと英語の師匠の後藤先生から、英英辞典の使い方の秘伝を教わった。”especially”の後に表現された内容が重要である。

 

“challenge”:something difficult

Something that tests strength , skill, or ability, especially in a way that is interesting :(Lonngman exams 英英辞典)

 それから見ると、「チャレンジ」は、「強さの試験」で困難、技量、特に興味深いことを問うとある。15秒以内で水饅頭を食べさせるのは、超容易である。数を集めるのは、行政命令、上司命令で行えば、至極簡単である。タダで水饅頭を食べれられると宣伝すれば、乞食根性の人間が簡単に集まる。水饅頭を食べさえ合う数を競うのが”interesting”とは、とても思えない。大垣市政は狂っている。それをチャレンジと「大きく書く」から、大垣市のお役人のオツムのレベルの低さが世界中に広まり、笑われるのだ。子供にも、間違った言葉遣いを教えることになる。だからギネス社のカモになるのだ。若い女性ギネス認定人に、大垣市長が鼻で笑わられ、小ばかにされるのだ。そして血税の120万円を掠め取られるのだ。言葉の使い方を見れば、その人の人格、能力、レベルが分かる。その頭のレベルで行政をすれば、大垣市が衰退するのも故あること。

2dsc01680   寄進者 田口利八氏の名前が輝く。その前を封鎖

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5p1100711  仮設舞台でリハーサル中 

6p1100714  会場設営(金がかかる) 

7dsc01736    椅子にバーコド付きの通し番号 (大変な労力)

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 壮観というか、アホらしいというか、言語道断。税金の無駄遣い

 2018-06-08

久志能幾研究所 小田泰仙  

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2018年6月 7日 (木)

飽食・餓鬼道を驀進中の日本(3/4)

母の言葉が、生きる力を与えた言霊

  今川氏は、母を小学3年生の春に亡くされた。学校に行っているとき家から呼び出しがあり、急いで帰ったが母の死に目には会えなかった。その母は生前、「お母さんは死んでもあんたを護ってあげる。」と言っていた。その言葉を寝られない夜に思い出して、シベリア抑留を耐えたという。零下60度では収容所内のペチカをいくら燃やしても隙間から侵入してくる冷気のため、宿舎のベッドで眠られぬ夜を過ごさねばならなかった。その時思い出すのが、前記の母の言葉であった。言葉には言霊という力がある。たった一言で命が救われることもある。元気をもらうこともある。母の言葉が救いの力であった。

60  今川氏の講演会で母の一言の大事さに思い至った。

  今川順夫著『夢への挑戦の礎』より

 

大脳に良い習慣

 目や耳でキャッチした画像情報は、一時的に頭の後ろの方にある視覚中枢、聴覚中枢に送られる。脳の表面の大脳皮質にあるたくさんの神経細胞を通って、前頭前野に情報が送り込まれる。前頭前野は、人間と動物を区別するポイントとなる重要な場所で、ここで情報を判断したり認識したりする。

 もう一つの情報の伝達ルートは、大脳皮質の神経細胞から脳の奥にある視床下部を介して、A10神経群と呼ばれる部分を通過し、前頭前野に達するルートである。A10神経群とは、次のようなさまざまな役割をもった神経核の集まりである。

・海馬回  学習、ものを覚えたりする短期記憶の中枢を担う。

・扁桃格  感動や身の危険などの危機感を覚える部位です。

・側坐核  好き嫌いを感じたり、愛情を高めたりする。

・尾状核  感情を覚え、複数の言語も操る。

 A10神経群に属する様々な神経核を情報が通過する間に、「好き」「嫌い」「生きたい」「死にたい」「おもしろい」「興味がある」といった感情が生み出される。その中でも、特に「好き」「感動的」といった前向きな感情を含んだ情報は前頭前野に到達すると生きた情報となる。特に極限状態では、自分は母に護られているという気持ちは、生きる力を駆り立てる。その前向きな気持ちを生み出すのに、ドパーミンの分泌を促すドパーミン神経群が大きく関係していて、前向きな人ほど考える能力が高いと言われる。(この項、『脳に悪い7つの習慣』林成之著より) 

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馬場恵峰書

2018-06-07

久志能幾研究所 小田泰仙  

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2018年6月 6日 (水)

フェイクニュース「水まんじう食べさせ合いギネス世界記録®」

 ギネス社による愚民化洗脳教育

  大垣市は英国の植民地?

 

 「水まんじゅう食べさせ合い 世界記録に認定」には、知恵も努力も汗もない。有るのは食べもの(生き物)に対するに対する感謝の喪失と日本人の品格の下落である。功名心と金儲けのギネス社に躍らされた痴呆症状である。尊い食べ物を遊びにつかう傲慢さである。第二次世界大戦前は、全世界を植民地にして、原住民の生き血を吸ってきたのが英国である。その末裔が考えたシステムに踊らされる日本人が情けない。

 そのニュースが世のためになるなら、報道する価値があるが、世のためにも未来の子孫にも、全く価値がないニュースを流すのはフェイクニュースである。

 

ギネス社からの洗脳教育

 「水まんじゅう食べさせ合い 世界記録®に認定」を報道したマスコミは、全てお祝いモードで報道していた。批判的や懐疑的な記事は皆無であった。日本のマスコミはどうなってしまったのだろうか。一営利企業のギネス社に洗脳教育をされてしまったのか。マスコミに理性は喪失したのか。飽食や食いもの行事を絶賛するのは、飽食餓鬼道に迷いこんで浅ましい。

 ギネス記録達成の記念写真で、大垣市長の娘の年ほどのギネス公認認定員が、大垣市長を小ばかにしたような澄ました冷たい眼差しの顔が印象的である。ギネス社は何も努力をしなくても、カモがネギを背負って、120万円もの上納金を貢いでくれた。大垣市民の血税からである。その横で大垣市長は、舞い上がってご満悦の痴呆状態にあり、そんなことには頭が回らない。それはマスコミも同じ。彼女の雰囲気は、お祭り騒ぎとは別世界の冷静沈着冷酷な計算づくの振舞いである。さすが大英帝国の末裔である。

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2dsc01978  英国ギネス認定人の小ばかにした顔と大垣市長の顔の対比がお笑いである。

  大垣市長の二重顎が見苦しい。この写真が全世界に流れた。大垣の恥である。

英国の植民地に対する愚民化政策

 戦前、英国は全世界の未開発国を植民地にしてその生き血を吸って繁栄した。そのため植民地であったインドの識字率は低い。それは大英帝国(現英国)が、愚民化政策を行ったからだ。 同じように英国の統治を受けたビルマ(現ミャンマー)のビルマ人は、5、6歳で仏門に入る風習もあって70%の識字率があったが、(英国の植民地化後は)それが数%にまで落ちた。

 植民地政策として、豊富な資源を安い賃金で働かせ、その国の人々に産業も教育も文化も与えないと言う事で、暴動や革命家が出るのを防ぎ、3人以上の立ち話を禁じ、宗教的帰属心を断ち切るためにキリスト教を普及させ、文盲の状態にした。それに反する行動をとると見せしめとして極刑にした。

 この愚民化政策で、政治も経済も民族も宗教も骨抜きにされた。一度こういう状態に陥ると、建て直しには想像を絶する苦労がいる。本格的にインド人の手によってインドが再建されには、長い年月が必要とされた。

 中国もアヘン戦争以降、白人の骨抜きの策略の被害を被った。フィリピンは米国より徹底した愚民化政策で文盲化され、違反者への処刑は凄惨を極めた。

 

魂の愚民化政策

 現在、グローバル経済主義教の布教で、テレビ、マスコミがその片棒を担いでいる。愚劣なテレビ番組、飽食の流行、グルメ番組の氾濫、モラル崩壊の殺人事件氾濫のテレビ番組で日本人の精神が劣化し続けている。グルメ痴呆番組に対して日本人は不感症になっている。その極め付きが、今回の「水まんじゅう食べさせ合い 世界記録」である。それが世の中に、どういう貢献をするのか。大垣の未来に対してどういう投資となるのか。具体的な経済効果額を、大垣市長の口から説明して欲しい。

 

トヨタが挑戦すれば

 もし大垣市と同じ手口で、市役所職員、外部団体、出入りの業者に動員をかける手段を、豊田市やトヨタグループの本社が立ち並ぶ刈谷市が行えば、今回の記録1,623組を上回る10,000組くらいは簡単に達成できるだろう。しかし、豊田市も刈谷市もそんなバカげたことは絶対にしない。それは豊田綱領という精神の規範があるからだ。世の中にためにならないこと、未来に付加価値を生まない愚行は行わない。「至誠業務に服し産業報国の実を挙ぐべし」が原則である。神仏を尊崇報恩感謝して、西濃の英霊を侮辱する愚行は行わない、である。尊い食べ物を遊びに使うなどもっての外。

 

豊田綱領 (豊田の5つの精神)

1.上下一致、至誠業務に服し産業報国の実を挙ぐべし

1.研究と創造に心を致し常に時流に先んずべし

1.華美を戒め質実剛健たるべし

1.温情友愛の精神を発揮し家庭的美風を作興すべし

1.神仏を尊崇報恩感謝の生活を為すべし

 昭和10年10月30日

豊田佐吉の6周忌にあたって、全従業員が整列した佐吉翁の胸像まえで、佐吉翁の信任が厚かった取締役支配人・岡本藤次郎が朗読・発表 (試作車を完成させ、国産自動車生産の目処がたった時)

 

「水まんじゅう食べさせ合い」は爬虫類の脳

 動物の脳は、生命を司る爬虫類の脳と感情の旧哺乳類の脳と思考の新哺乳類の脳からできている。「水まんじゅう食べさせ合い」は爬虫類の脳を刺激する下劣な競技なのだ。恥ずかしい記録である。大垣市長の脳は、爬虫類の脳から進化していないのか。現代のテレビのグルメ番組狂騒曲は、文明国の症状ではない。文明の末期症状である。

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北朝鮮の統制報道と同じ

 お互いに抜け駆けを意識してか、各新聞社は全く批判記事を掲載しなかった。あの痴呆行事をみて、何も感じないようでは、報道の退廃、記者魂の消滅としか言いようがない。報道は、報せることの「道」である。尊い「道」である。それが汚濁に満ちた汚れた道になっている。全紙が全く同じ表現で、大垣市役所からの情報を垂れながすような称賛記事では、共産党か全体主義者の教団である。ギネス教団の信徒である。問題が数多くあるのに、それを無視して全く報道しないのは、共産党統制と何も変わらない。そんな姿勢で政府を批判する資格があるのか。全て横並びで、高給取りの記者が痴呆のようなアーと開けた口を写真にとって報道するのは、報道ネタに飢えた餓鬼である。

 

下記は各新聞のタイトル

日経新聞: 報道無し

産経新聞: 報道無し

中日新聞: 水まんじゅうでギネス記録 大垣、同時に食べさせ合い

岐阜新聞: 水まんじゅうでギネス認定 1613ペア「あ~ん」

読売新聞: 一斉にあ~ん ギネス獲得…大垣市制100周年記念

朝日新聞: 水まんじゅうの食べさせ合い、世界記録認定 大垣

毎日新聞: ギネス:水まんじゅう食べさせ合い 世界記録に認定

 

金づる

 マスコミ報道が偏るのは、広告スポンサーや情報源に迎合するからだ。それは人体への健康の危険性が危惧される食品に関する報道にも現れる。マスコミはそのスポンサーからの広告収入に縛られているので、批判記事は絶対に掲載しない。公正な報道と言っても、マスコミにも生活が懸かっている。読者の健康など知ったことではないのだ。

 アホな記事を載せればその紙面分に大事なニュースを掲載するスペースがなくなる。新聞紙面も限りがある。現在、核ミサイル、領空侵犯、拉致問題で日本人の命、存亡に影響する事態が緊迫しているのに、その記事の枠が消えるのだ。逆にそのように日本人の注意を背けて、堕落させる意図で悪意ある外国から金が流れているのかもしれない。そう思えて仕方がない。

 大垣市役所からの地元ニュースの情報提供を考えると、地元紙は痴呆市役所の批判は絶対に掲載しない。それは中日新聞、岐阜新聞の西濃欄版を調べて判明した事実である。私は今だかって大垣市主催行事の批判記事を見たことがない。ヨイショ記事ばかりである。

 

使命とは

 国力が衰えると、国民も市政も報道も貧困になる。貧すれば鈍す、である。新聞購読数の減少は故あること。自分で自分の首を絞めているのだ。口をアーんと開けた痴呆状態の写真を撮るために、報道カメラマンは命を懸けているのか? 記者は、そんな記事を書くために記者生命をかけているのか、と思うと情けない。使命とは、その仕事に命を使うこと。道を間違えている。

 

2018-06-06

久志能幾研究所 小田泰仙  

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