2019年6月27日 (木)

学ぶと何になれるのか?

 人が學ぶ目的は、人間になること。人間とは、人と人の間で生きていける存在である。

 人間でなく、自分の欲望を制御できない存在は、餓鬼である。餓鬼は畜生にも劣る存在である。畜生であるライオンでも、満腹になれば、目の前のウサギを襲わない。ライオンでさえ、自然界の調和を乱さない。しかし餓鬼になると、使い切れないほどの金があっても、さらに欲しくなり、会社の金にも手を染める。日産ゴーン被告のように。

 だからせめて人間になってから死んでほしい。そのために「修身」の学びがある。

 

グローバル経済主義狂の教え

 個人主義が発達した欧米ではその利他の精神が無く、グローバル経済主義狂の洗脳教育で、利己主義が横行し、小欲、利他の精神はない。それで1%の富裕層と99%の貧困層が生まれる結果となった。戦前は、植民地強奪戦争が起きた。現代はそれが姿を変えて、グローバル経済主義狂として跋扈している。

 それに反旗を上げたのが、欧州のポピュリズムの動きである。今までの金持ち優先の政策が異常であったのだ。

 グローバル経済主義狂が跋扈すると、大企業だけが繁栄し、庶民が貧困に落ちていく。だから日本の少子高齢化が止らない。若者の給与が下がり続けているので、結婚もできない。だから子供が生まれない。真の原因を探さないと、少子高齢化の歯止めはできない。それを明確にすると、政府の利権に目がくらんだ役人が、己の天下り先への気兼ねで、都合が悪いので、口が裂けても言わないだけである。

 共産主義社会でも同じ状況が生まれている。共産主義社会は平等な世界を目指したはずであったが、権力を握った支配層が、富の独占をして、西洋の資本主義社会以上の格差社会が生まれている。そんな世界は幸せな社会ではない。

 

人間と動物の違い何か?

 人間の特性は、使命、時間、言葉、人間、恥、気付きがあることである。それが動物との違いである。

 狼に育てられた少女(インド)のように、人間として躾・教育がないと、人間にはなれない。

 大蔵省の堕落・汚職の原因は、人間としての素養がなく、学歴だけで官僚になったためである。接待でノーパンしゃぶしゃぶなんて、けしからん。(と表向きは言うものの、うらやましい?)

 一年後の皆さん(新入社員)の言動が、来年度の新入社員への活きた業務マニュアルとなる。だから心して、人間として成長して欲しい。

 

なぜ学ばないといけないか

 学ばないと、宿命的な存在にしかなれない。それでは、飲食、睡眠、交尾の原始的な欲望のまま生きることになる。それでいいのか?

 しかし、学ぶことで、運命的な存在、つまり人間的存在となるのだ。

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2019-06-27   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年6月26日 (水)

「大漁」の陰に大量殺戮あり

大漁

朝焼け小焼だ、大漁だ

大羽鰮(おおばいわし)の 大漁だ。

浜は祭りのようだけど、

海のなかでは 何万の、

鰮(いわし)のとむらいするだろう。

            金子みすゞ

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  馬場恵峰書「金子みすゞ 詩の世界 五十五恵峰選集」久志能幾研究所刊 より

 

 2019年6月24日、注文してあった中島潔画伯の「大漁」のリトグラフが自宅に納入された。これは先月のヤナゲンでの中島潔展示会で、最後の一枚だと言われて、つい買ってしまった絵である。まじかでこの絵を眺めていて、深刻な問題を連想し、それについて思索した。

 

大漁は大量殺戮

 表向きは、華やかな大戦果(大漁)と言われている歴史的事件に、裏から見ると悲惨な大量殺戮がある。それなのに意図的に歴史の闇の中に葬られている。それは欧州の大航海時代、アメリカの建国史、米軍の東京大空襲、中国の驚異的発展、オンデマンド臓器ドナー提供、現代の少子高齢化の問題である。

 

第三の眼は慈しみの眼

 この「大漁」の絵で、100匹以上も描かれている大羽鰮のその目は、全て白目である。大漁で捕獲された大量の鰮の死を表現している。この絵を見ていると、金子みすゞの優しい心が伝わってくる。その視点で歴史の事件を見ると、多くの裏の世界が見えてくる。慈悲の心が出れば、額の真ん中に付いている第三の眼を開く。

 何万もの死んだ鰮を見つめる女の子の眼は、慈悲に満ちている。観音様が慈しみで見つめている眼である。ミケランジェロのピエタのマリア様の眼と同じ眼差しである。過酷な運命に対してマリア様ができることは、ただ慈しみの眼で見るしかないのだ。ピエタとはイタリア語で慈悲という意味である。

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 中島潔画伯「大漁」

P1070127s   中島潔画伯「大漁」(部分)

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 ミケランジェロ「ピエタ」 著者撮影

 

輪廻転生

 何故、自分は人間に生まれたのか? 現代社会は人間謳歌であるが、少しDNAの配列が違っていれば、牛や豚に生まれて、人間に食べられる存在になっていたかもしれない。それを諫めた教えが、仏教の輪廻転生、因果応報、利他、小欲である。それはグローバル経済主義の対極の考えである。

 

血に染まったアメリカ建国史

 アメリカは、世界一の国と自慢しているが、そのアメリカ建国の陰で950万人のインディアン(現地人)が虐殺された。当時1000万人いたと言われるインディアンは、現在では50万人しか残っていない。インディアンが悪者の西部劇は、勝者の物語である。ヨーロッパから大西洋を渡ってきた落ちこぼれのヨーロッパ人(英国人)は、入植当時、インディアンにトウモロコシなどの栽培方法を教えてもらい、飢えをしのいだ。英国人はその恩人の土地を強奪して、恩人のインディアンを虐殺して、アメリカは建国された。アメリカにとって、新天地の開拓は、アメリカンドリームであった。それは「大漁だ、大漁だ」の宴であった。

 

ヨーロッパの大漁

 17~20世紀のヨーロッパの繁栄は、大航海時代と言われる。それはアフリカから現地人を奴隷として強奪し、アジアを植民地にしてその生き血を吸うことで実現できた。何万、何百万もの有色人種の財産を強奪すれば、大漁だ、大漁だと貴族生活を送ることが出来る。その陰で、多くのアフリカ人、アジア人の死があった。インドでは英国の植民地支配下で2000万人が餓死をした。キリスト教では、キリスト教徒以外は人間でないので、罪の意識もない。それは当時のローマ法王も黙認のことであった。

 

東京大空襲の大勝利

 米空軍カーチス・ルメイ大将の指揮で日本全土の空襲が行われた。米軍はそれで戦争を早期に終結できたと大自慢である。特に1945年3月10の東京大空襲では、単独の空襲では世界史上最大の犠牲者が出た。死者10万人以上、罹災者100万人以上である。ジェノサイドである。それなのに戦後、ルメイは日本の航空自衛隊の育成に貢献したとして勲一等旭日章が叙勲された。通常、勲一等旭日章の授与は天皇がされるが、昭和天皇はこれを拒否された。

 米軍は戦争を早期に終わらせれた大成果だ(大漁だ、大漁だ)と自慢しているが、その陰で、東京大空襲だけでも非戦闘員10万人以上の弔いがあった。ジェノサイドとして、中島潔画伯作「大漁」の鰮が、焼死した東京都民を思い出させてくれた。 

 

天安門事件の陰

 天安門事件で、約1万人(英国情報局の調査数字)の学生を戦車でひき殺し、銃で学生を殺害して、盛り上がった民主主義の声を押しつぶした。邪魔者は殺して、中国共産党は今の経済成長を達成した。多くの学生の犠牲の陰に今の繁栄がある。

 中国共産党にとって、今の繁栄は、世界第二位の経済大国として大漁だ、大漁だ、である。中国共産党は、先進国が膨大な金をかけて開発した技術を盗み、奴隷のような労働で製品を生産させ、政府の補助金を投入して製品を安くして輸出した。それではルールを守る先進国が勝てるはずがない。激安の中国製品の輸出攻勢をうけた先進国で、多くの「鰮」の弔いがあった。会社をたたんだ経営者や、失業した人も多くいた。「鰮の死」である。

 

オンデマンド臓器

 臓器移植が必要な患者が、中国に渡ると、臓器移植のドナーが48時間以内見つかったと喜ぶ。その陰で、オンデマンドで、強制収容所内で囚人が殺されている。売るために臓器を取り出されているウルグアイ、チベットの少数民族の人達が鰮のように殺される。たった一人の病気の回復(大漁)の為、多くの人が殺されている。

 だからトランプ大統領は人権問題として怒っているのだ。詳細は下記Newsweek社の記事「民衆法廷「中国は犯罪国家」と断罪」(「良心の囚人」からの強制臓器収奪は今も続いている)を参照ください。

https://www.newsweekjapan.jp/kimura/2019/06/post-56.php

 

奴隷労働と100円ショップ

 100円ショップで、多くの品を買って、「大漁だ、大漁だ」とご満悦になっているその陰で、奴隷のような労働環境で働かされて100金の製品を作らされている海外の子供たちがいる。100円の製品を喜んで買う人が多いが、その商品が売れれば、正規で作られた日本製品が売れず、その分の雇用が日本からなくなる。そして日本全体の給与が下がっていく。失業者が出る。そこまで考えて、100円ショップでモノを買っている人は考えているだろうか。その購買は、自分で自分の首を絞めている行為なのだ。だから私は絶対に100円ショップに行かない。

 

少子高齢化の元凶

 今の日本の繁栄も、陰で多くの安い賃金の派遣社員、奴隷のような待遇の外国労働者の働きがあって、成り立っている。コンビニに行くとアジアの若者の店員ばかりである。大漁だ、大漁だと浮かれている場合ではない。

 小泉首相の構造改革以来、日本では大企業優先で、グローバル経済主義化が進んだ。企業は海外に工場を作り、日本の生産を減らし、正規社員を減らし、派遣社員を増やして、全体の給与を上げない。だから日本のサラリーマンの給与は、この20年で50万円近くも下がった。だから若者が結婚できず車も買えず、結果として少子化が止らない。景気も良くならない。全て政府がグローバル経済化を推進してきた結果である。その浮いた金は、国民には回らず、大企業の内部留保になっている。

 そして自殺者が構造改革以降、3万人超えが長く続いた。多くの「鰮」が死んだのだ。

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日本のサラリーマンの平均年収の推移

 

ブログ K's Strategy.「日本人サラリーマンの平均年収の推移と中央値について。」より

http://k-strategy.net/japanese-average-annual-income

 

我々がすべき行動

 国会議員の中には大企業優先でグローバル経済主義の推進を図る輩も多い。中韓と癒着して己に利益誘導する輩も多い。そういう利権がらみの議員を選挙で選んだ我々にも責任がある。次回の選挙では、そういう議員は落選させねば、国が亡ぶ。我々は、大量の死(大漁)を漫然と見つめるのではなく、行動を起こさねば、ゆでガエルのように殺される。そのためには声をあげること、選挙で拒否の意志を示すことである。

 

2019-06-26   久志能幾研究所通信 小田泰仙

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2019年6月25日 (火)

記事一覧を更新(1235)

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例えば久志能幾 死ぬまでにやりたい108の夢で検索すると、一発でヒットします。お試しあれ。

 

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2019-06-24   久志能幾研究所通信 小田泰仙

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レクサスLC 試乗記 オーディオ編

 レクサスLCに試乗して、オーディオには全く触らなかった。触る気にもならなかった。試乗で助手席に同乗したレクサスの営業マンが首をかしげていた。彼はオプションで高いオーディオを売りたかったのかもしれない。オプションのマークレビンソンのオーディオがすごいらしいが、私は全く興味がない。

 とはいえ私はオーディオマニアでもあり、自宅ではこだわりの機器を設置している。しかし車の中では音楽を聴かないというだけである。テストドライバー資格を持つ身で、運転中の音楽鑑賞はご法度である。

 

運転中の音楽は禁止

 車は、一つ間違うと人を殺める凶器となる。だから車を運転する時は、気をそらすオーディオの音楽はご法度なのだ。これは、私がテストドライバー資格(試験車運転資格)の取得の為、運転訓練をしていたとき教官から言われたこと。

 だから今乗っている車にも、高価なオーディオが標準装備されているが、私は、全く電源を入れない。ニュースも聞かないという風に、徹底している。

 私は運転中、車と外部からの異常音に全神経を集中させて運転している。なにせ運転するとは、自他の命がかかっているのだ。運転とは、命へ責任が伴う仕事である。鼻歌まじりに運転するのは、不謹慎であると思う。それは極楽運転道ではなく、地獄への道である。無事故が最大の極楽である。

 

2019-06-25   久志能幾研究所通信 小田泰仙

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2019年6月24日 (月)

なぜ、学ぶのか?

 私は「修身」の講義で新入社員たちに問う。

「なぜ学ぶのか?」、「なぜ読書をするのか?」と。

 

現状分析

 現在(2006年)、日本の10歳以上の人の勉強時間はたった12分である。今もこの傾向は変わらないだろう。

 日本人の一日の余暇行動活動は6時間23分で、そのうちの学習・研究(学業以外)は12分である。(総務省統計局「社会生活基本調査」(2006年)

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 『週刊ダイヤモンド』2008年11月29日号

 

将来の危機

 こんな状況で、グローバル化が進み、国際競争が激化する中、日本は生き延びていけるのかと思うと、心配で心配で夜も寝られない。私の年金はどうなるのだと。だから昼間、眠たくなり居眠り?

 現に40年前、日本の基幹産業であった家電、半導体産業が中韓の猛撃で滅亡した。今は自動車も電気自動車、自動運転等が海外で開発が進み、日本の優位性が揺らいでいる。日本は将来の為の投資をしなければならない。

 

人間に投資

 読書や勉強は、自分への投資である。その一人一人が集まって日本である。それは日本の将来への投資となる。投資しなければ、アジア諸国が追いつてきて、追い抜いていく。彼らはハングリー精神が旺盛である。豊かな日本でのんびりと育った君たち(新入社員)とは、格段の差がある。今のままでは、皆さんが学生時代に蓄えた知的財産は減価償却して、皆さんの価値は下がる一方である。

 スマホをいじり、ブログやネットサーフィンをしていても、それは学びではない。ネット上の情報の99.99%は、価値の薄い情報である。本や雑誌の活字に触れなければ、物事を考えて、俯瞰的に観て選択・決断するという能力が育成されない。その能力が身に付かないと、考えが軽薄になり、人間としての品格がなくなる。商品開発、営業、経営で、最後の勝負は、人間力の差できまる。人間力が出来ていなければ、人生航海で沈没である。だから現在、企業人、役人の世界での不祥事の多発している。それが現代人の病を物語っている。いくらAIが進んでも、人間力にはかなわない。

 

学びの意味

何故学ぶのか。何故読書をするのか。 

 体の栄養は食物である。心の栄養は、読書、学びである。 

 

 学びは、自分自身を深く考え、自分を変えていくための行動である。

 

 学びは、単なる知識を集約、記憶することではない。単なる知識の集積ならコンピューターがやってくれる。とても人間では勝てない。

 

 本当のものを知るということは、賢くなることではなく、むしろしみじみと自らの愚かさを知り、世の不思議を感じて心からそれに頭を下げること。学問とは自分自身の癖とか性質までを考えて、直し得るところまでいかないと、本当の学びない。(元京大総長 平澤興)

 

 人は学ばないと人間ではなくなる  安岡正篤

 

 愚者は自分の失敗から学ぶが、賢者は他人の失敗からも学ぶ

 

 読書とはロケットを打ち上げること。狙いを定めて発射ボタンを押すこと。行動しないと成果はゼロ。計画して行動する(知行一致)。

 

自分の存在への問い

 ・なぜ皆さんは日本人なのか?

  なぜイラク、アフガニスタンでないのか?

     なぜ生まれた?

     なぜ今の時代に生まれたの?

     なぜ、今ここにいるのか?

 そこまで考えて、日本人に生まれたことを感謝して、社会へ恩返しとして貢献するために学ぶのが真の学びである。

 

2019-06-24   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

私がブログを書く目的

 私のブログは個人の日記ではない。ブログで皆さんに情報を提供する以上、なにか一つでも付加価値のある情報を伝えるために書いている。情報とは、「情け」の「報せ」である。

 私はブログを読む皆さんに、ある件の問題意識を持ってもらう為に書いている。日本を変えたい、大垣を変えたいと思い書いている。私の残り少ない人生で、やれることの一つとして、遺書としてブログを書いている。

 70近くまで生きてきたということは、その分、多くの人に借りを作って生きてきたのだ。その借りを返さねば、あの世に行けない。ご恩の踏み倒しでは、「恩知らず」と後ろ指をさされる。

 

人が死んだ後に残るのは、集めたものではない。与えたものである。

 

文章で人を動かす

 ブログが一つの文章である以上、記録として残すか、その情報で相手に対して動いてもらうために書いている。

 

付加価値

 せっかく、私のブログを訪問して文章を読んでくれたご縁である。読んだ人に、何かお土産を持って帰ってもらわないと申し訳ない。そう思って、一つでも価値ある情報を付加してブログを書いている。

 「ウェブサイトの情報は、99.99%は雑多なクズ情報です。情報をきちんと選択し整理したのが知識で、これを獲得するには新聞や雑誌を読まないと無理。」と数学者 藤原正彦氏は言う。(「プレジデント」(2019年7月5日号)の特集「『人間の器』の広げ方」より)

 私はそれを意識して、将来まとめて本にするつもりで書いている。10年後に読んでも風化しない内容を目指している。それで読んだ人の人生観が変わり、よき方向に人生が向く人が一人でも増えれば、日本が変わる。一灯を掲げる人が万人になれば、日本が変わる。そう思って真剣にブログを書いている。

 

テクニカルライティング

 また対象の問題を理解してもらうため、結論を最初に、表現は簡潔明瞭を心がけて書いている。これはテクニカルライティングの手法である。

 簡潔な表現であるから、英訳もできる。英訳もできないような難しい日本語はご法度である。そう心がけて、日本語を書いている。

 

危機管理

 何時かやらねばと思っていても、やれるようになった時は、体力的か財政的にやれなくなっていることが多い。思いついた時がやる時である。機が熟して、「今でしょう」が危機管理である。やらないのが一番よくない。

 

命の喪失

 人の日記や趣味等のブロブを覗くことは、自分と他人の時間をドブに捨てること。それは日本の損失である。それは命の喪失である。いくら他人のブログを読んでも自分の人生に、何の付加価値も生まない。そんな時間があれば、他人のブログを読むのではなく、読書や自分の生涯テーマの研究に時間を投入するべきだ。それが自己投資となる。投資なくして成長はない。今、日本人の勉強時間は、一日に12分だという。それでは日本の将来は暗い。

 

人間の使命

 人の趣味を覗き、ギャンブルやゲームや自然の生命を殺める遊びに興ずるのは、天が人間に与えた使命に反する。天は生物の頂点に立つ人間にそんなことを期待していない。それで日本人の品性が無くなり、日本人が貧相になる。自分が卑しくなる。それは自分の人生をディスカウントすること。それでは日本がますます衰退する原因となる。日本の後ろから、中韓、アジア諸国がひたひたと迫ってきている。我々はアジア諸国の下僕になりたくない。

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      馬場恵峰書 2019年

 

2019-06-24   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年6月23日 (日)

レクサスLC 試乗記(改定)

 2019年6月18日、レクサスLC(LC500-S)の試乗を30分ほどした。高級スポーツカーとして構えて乗ったが、意外と乗りやすく拍子抜けである。レクサスLCの試乗はこれで2回目であるが、前回は緊張して何か違和感があったが、今回は2回目で慣れのせいか、それを感じずに楽しく運転できた。

 病み上がりの身には、若いころの精神に戻って、大排気量のスポーツカーに憧れるのも、回春の「お薬」として効果があると思う。まだまだ若いつもりと思うのも良いものだ。それで病気の回復が早まれば安いもの。70近い老人にも青春がある。青春とは、肉体的な状態ではなく、心の状態をいう。

  私は何時までも、尻の青い男の子でありたい。

P1070096s     レクサス薮田にて

エンジン

 車両重量2トンの車体を軽々と動かすのは477馬力の5000㏄のエンジンである。ターボ付きでなく、自然吸気で5000㏄8気筒のエンジンはミーハーには涎の出るエンジンである。エンジンの始動時の音がすごいというネット情報もあったが、改良されたようで、今回、エンジン音には全く意識が向かなかった。

 この車は省エネ、節約とは、関係ない世界である。どうせたまにしか乗らないのだ。技術者として、限界を極めたい。マークⅡの2倍、カローラスポーツの3倍の馬力差は、市街地走行では、よくわからない。

 

単位馬力当たりの負荷重量比較

 この値が小さいほど、軽快に走る。

                        LC  LS500  新クラウン マークⅡ カローラスポーツ

 エンジン cc  5000  3500   2000  2500  1200

   重量 kg            1960     2160     1700     1400    1310

   馬力      477    422     245      200    116

 馬力当たり重量 4.07  4.12   6.94    7.00    11.2

 

車体デザイン

 まず格好がいい。また色もデザインの一部である。展示車は黄の派手ハデで魅力的である。今回の試乗車は白である。白だと、市街地を走行していてもあまり目立たない。買うなら、見せびらかし(?)として黄である。持てる喜びがあるだろう。

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ホンダNSX

 1993年頃、オールアルミ製ボディのホンダNSXを試乗したことがある。当時、このスポーツカーは、勤務先の部署でモニター車として置いてあった。私は車の部品開発をする担当責任者として、試乗をした。

  しかし、これが実に乗りにくかった。まず、シート高が低いので、乗るのに一苦労であった。シートの身を置くと視界も地面にへばりつくようで、視界が悪い。走行性も、市街地を走る分には、「重たい」のである。サーキットならいざ知らず、市街地などスポーツカーで走るモノではないと感じた。この車は金を積まれても欲しくないとまで思った。

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    ホンダNSX Wikipedia より

 

 

座り心地

 今回のレクサスLCは、まず乗り込みやすい。座席に座っても、普通の目の高さで、視界も良好で、普通の車と同じようで違和感がない。

 また、このシートは本革ではないが、体を包み込んで、ホールドしてくれる感触が、今まで多くの車に乗ってきて、これが最高だと思った。さすが高級スポーツカーのシートである。私は本革のシートは嫌いである。座っているとつるつるして滑り過ぎるのだ。

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 すこし気になったのは、バックミラーで見た視界に、ボディのヒップ部が4分の1程、入ってくること。それはデザイン的に、中央部が引っ込み、お尻部がはみ出しているデザインの為である。魅力的なヒップラインでよいのだが、初めての体験で少し違和感があった。

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      試乗した白のレクサスLC

後部座席

 おまけのような後部シートであるが、長時間、後部座席に座ると辛いだろう。政治的な意味で4シート設計である。本来、2シートであるべきだが、車の認定の関係で、そうしたようだ。後部座席は手荷物置き場と割り切ろう。

 

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トランクルーム

 ゴルフバッグが一つ入る大きさがある。この車は生活の足として使うわけでも、ゴルフに行くわけでもあるまいし、この大きさで十分であろう。

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走行性能

 加速は、アクセルを踏めば、素直に応答してくれるが、いかんせん市街地なので、フルスロットルというわけにもいかず、せいぜい60キロの速度である。これは高速道路かサーキットで体験するしかないだろう。この車は市街地でも、羊の毛皮を被って走る狼であるが、本来は高速道路でしか性能を発揮しない。市街地では、上品なスポーツカーとして、優雅に走る車である。これは意外な発見であった。

 

走行安定性

 意外と操舵感がどっしりしていて、安定感がある。これは差動装置にトルセンデフを使っているためのようだ。通常の車より安定感があると感じた。通常の車は、ハンドルが軽すぎてフラフラする感じがする。レクサスLCはそれがない。

 

操舵性能

 レクサスLCのスポーツタイプは4輪操舵ということだが、その性能の良さは、サーキットでスピン運転でもしないと分からないだろう。既定の市街地を4回、左折するだけの試乗では、良いか悪いかはわからなかった。

 

後部ウィング

 高速で走る場合に、後部のウィングが持ち上がり、作動するが、市街地走行では全く意味をなさない。高速で減速時に効果があるということだ。まあ、スポーツタイプの標準装備品で、ノーマルのLCはオプションである。こんなもの必要なのかと思うのだが、高級スポーツカーには欠かせないようだ。まあ、「これがウィングでございます」という派手なウイングで、全体デザインを台無しにしている車が多いが、LCのそれは品があって良い。

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インパネ

 全体にすっきりした上品なデザインである。私は好きだ。しかし速度メータがデジタル表示で頂けない。オプションでもアナログメータはないとのこと。この種の車は、アナログでないとダメ、が私の意見である。その速度計のデザインが、凸上でハンドルの上に出っ張っていて、格好が悪いと感じた。少々残念である。ナビの画面は横長で見やすくて良い。

 シフトレバーは上品なデザインでまとめられている。慣れればシンプルでよいと思う。

 ハンドルの下に別のシフトレバーが付いており、これは操作がしやすく、気に入った。

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トルセンデフ

 トルセンデフは、私のこだわりの製品である。1994年頃、この製品を自社開発しようと、他社の製品を分解して、当社(当時)で試作品作りを担当したことがある。生産技術部が部品の見積もりをして原価と販売価格を出し、ライン構成まで検討したが、政治的な事情で、商品化までは実現はできなかったが、思い出の製品である。その10年後ぐらいに、当社が、その製造会社自体を買収して、当社の製品の一部にしてしまった。ご縁である。

 トルセンデフは、先代のLSにはオプションで設定可能であったが、今のLSには、その設定が無くなってしまって、残念な思いをしていた。今回、レクサスLCに、トルセンデフの設定があり、嬉しくなって、今回の試乗となった。

 トルセンデフは、その機構上の性能で、直線安定性が良くなる。そのため将来の自動運転には最適のデフと思われる。

   例えば、車が右に曲がる傾向がある場合、右後輪より、左後輪の回転速度が高くなる。トルセンデフの機構上で、その場合、左後輪の制動動摩擦力が大きくなる。そのため、真っすぐに走るようにデフが自動調整する。だから直進安定性が良くなる。 

 問題は、そのトルセンデフの良さとその構成を多くのディーラの販売員があまり知らないので、顧客にオプションのトルセンデフを積極的には勧めない事だ。だから知識ある私が、その販売員にその内容を説明しなければならない。技術指導料を貰いたいくらいだ。

 もっともレクサスLCを購入する層は、そんな細かいことを気にしていまい。「一番高いものを持ってこい」である。だからトヨタはスポーツタイプには、トルセンデフが標準装備である。普通のタイプには、トルセンデフがオプション設定されている。わずか5万円程度の追加金でトルセンデフが付くなら、お薦めである。

エンジンルーム

 お洒落な人は下着にも気を使うというが、この車のエンジンルームを見て感心した。まず、色配置が素晴らしい。サスペンション部が黄で印象的で美しい。

また、ブレーキアクチュエータの配管の形状が機能的で美しい。普通の車ではここまでの美しいデザインはない。

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フロントグリル

 このデザインを見て呆れた。なんでも女性CADのオペレータが半年かかってCADモデルを作成したとか。非常に凝ったデザインである。貧乏症の私が上司の課長なら、コストダウンの為、こんなデザインは即、廃止である。

 このグリルの一個一個の形状が微妙に変化しており、CADモデルを作るのが大変である。一個モデルを作って、それをコーピで展開というわけにいかない。またこれを金型に変換するのにも、膨大な工数がかかる。その金型の加工も大変である。お金がかかっているのが、よくわかる。

 前職でCADを管理する部署の管理職をしていたので、その大変さがよくわかる。三次元CADのCATIAが導入されなければ、こんな細工はできなかった。

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天井パネル

 スポーツタイプは、天井のパネルがカーボン製である。軽量化の為という。なにせ先代の排気量4600㏄のLS460の重量が2000kgなのに、この小さなLCは1960kgである。そのため、天井をカーボン製にしたと言うが、もっと基本的なところで軽量化をすべきだろう。重すぎる。

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法人車

 この車を購入する層の8割が法人だと聞いて、考えてしまった。つまりその費用を会社の経費で落としているのだ。その分、会社の利益からその費用を引けるので、利益が減り、法人税が安くなる。出すべき税金を安くしている。いわば脱税である。この車の費用分、会社の経費が増え、従業員の給与にしわ寄せが行く。これでは、ますます日本人の給与水準が下がる。この車を買う金があるなら、社長のポケットマネーで買うべきだ。この車を経費で買う社長の精神の貧困さを垣間見た。こんなレベルの社長が跋扈するから、日本の景気が回復しない。

 私が社長なら税金は多く払いたい。税金を多く払うとは、その分、儲かっているのだ。税金とは、企業が金儲けをするために使う社会インフラ(道路、橋、信号機等)の使用料金である。それを払わないのは犯罪である。税金を多く払えば、エッヘンとそれは自慢できることである。

 

お値段 

 1520万円である。高いモノにはワケがある。スポーツタイプでなく、標準のレクサスLCは1420万円である。レクサスLCを試乗すると、今話題のスープラは、かすんでしまう。スープラはガキの車に見えてしまう。レクサスLCは大人の夢物語として、話のタネにはなる。

   老人も若作りで夢を見ないと、日本は元気になれまい。しかし夢を見るのもお金がかかる。お金がないなら、そのお金は稼げばよい。それが、元気になり、生きる糧となる。お金は貯めなくとも、お金を稼ぐ能力を付ければよい。おカネを稼ぐためには、ボケーとして認知症になっている暇はない。頭を使わねばならぬ。日本も老人が死ぬまで元気に働けば、鬱病も認知症も労働問題も年金問題も老人問題も解決する。

(気だけ若い)老人よ、大資を抱け!

 

2019-06-23  久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年6月22日 (土)

大垣市の危機管理室は看板だけ

視野狭窄症の大垣市危機管理室

 この2019年4月から、大垣市の生活安全課が分離して、危機管理室が創設された。その内容を確認すると、単に形式的に危機管理室を作り、役職を増やしただけのようだ。期待したのに、がっかりである。

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 大垣市危機管理室は、あくまで「防災・消防の窓口」である。

   看板に、そう明記されている。

 

大垣市の危機管理室の問題点

1. 市長直轄の部署ではない 

 企業等の組織の危機管理室は、社長直轄の構成が多い。他市の組織は、市長直轄の組織である場合が多い。相変わらず、市長直轄でなく、刈谷市の組織と大違いである。

 2. 本来の危機管理室ではない

  しかし大垣市の危機管理室は、生活安全課を二つに分け、単に分離独立させて、名前を付け変えただけの組織である。メンバーも変わらない。以前と何ら仕事の内容が変わらない。

  組織図を見ると、「防災政策、地域防災、消防」の機能だけである。総合的な危機管理室の仕事の組織とはなっていない。

 

3. 全体組織俯瞰図がない

 今回の組織変更で、今まであった全体組織の俯瞰図がなくなっている。却って組織全体が劣化したようだ。

 

4.  位置づけは火葬場の下

 組織図でも、重要な部署が最初にくる。葬式の焼香順でも、親族が最初である。それと同じで、重要な部署は最初に来なければならぬ。今回の危機管理室の位置付けは、前と変わらず、上から数えて24番目の重要でない位置付けで、火葬場管理の部署の下に置かれている。いかに大垣市が危機管理室を重要視していないかの証しである。

 

大垣市の行政機構図(平成29年4月)

 これと令和元年の組織図は変わらず。生活安全課から危機管理室が分かれただけ。なぜ、令和元年になって、この行政機構図が廃止されたのか?

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大垣市の危機管理室の組織(大垣市HPより)

 防災政策  地域防災計画、防災協定

 地域防災  防災

 消防    消防団

 

比較  

刈谷市の危機管理室の組織(刈谷市HPより)

 危機管理係【主な業務】

 (1)危機管理の企画調整に関することを行っています。

 (2)危機管理指針、計画に関することを行っています。

 (3)国民保護に関することを行っています。

 (4)地域防災計画に関することを行っています。

 (5)その他危機管理に関することを行っています。

 

 防災係【主な業務】

 (1)防災対策の企画調整に関することを行っています。

 (2)自主防災組織の指導育成に関することを行っています。

 (3)防災訓練に関することを行っています。

 (4)防災施設に関することを行っています。

 (5)消防団に関することを行っています。

 (6)衣浦東部広域連合との連絡に関することを行っています。

 (7)その他防災に関することを行っています。

 

 二つを比較すると大垣市の危機管理室のお粗末さが際立つ。

 「大垣市危機管理指針」に関しては、別途、講評する。

 

本来のあるべき危機管理室の姿

 危機管理室の役割は、単に防災時や危機状態の対応だけではない。将来の市の存亡に影響する事象を検討し、対処するのが、その役目である。だから、危機管理室の大きな役割として、大垣市を俯瞰的な視野で危機管理が必要である。大垣市は、その重要な役目を視野の狭い範囲しか対応していない。全体の部署に責任者を配置するのは、誰が責任者かわからない無責任体制である。

 

危機管理で必要な機能

 全体的な視野で危機管理

 危機管理の企画、指導、再発防止

 市の行事で市民の安全の事前点検、

 個人情報の保護・管理、

 組織の情報漏洩の危機管理、

 組織の機能不全の時の対応、

 職場や学校等の危機管理意識の教育等、

 未来を背負う若者への危機に対応、

 大垣市の衰退滅亡防止の危機管理、

 将来の大垣市消滅の危機への対応

  このままの大垣市の体制では人口急減で全国896の市町村が消える。大垣市が消えない都市になるために、何をするかが危機管理として問われている。

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 増田寛也編著『地方消滅』中公新書

 

再発防止無し

 今回の大垣市の危機管理室の設置は、建前だけの泥縄式対応で、危機管理室を作ったにすぎない。大垣市は、もっと市民のことを考えて欲しいが市民の願いである。

 こんな低落だから、2017年11月5日のドローン墜落人身事故を起こすのだ。その再発防止策もいまだ公開されていない。この事故の責任は大垣市にあるが、その大垣市の責任者が、事故の責任を認めず、業者に全責任を押し付けてドローンした。それは犯罪である。それでは将来、同じような事故が起きる。

 だから2018年10月23日に、大雨で室村町アンダーパスが水没しても、その原因追及、再発防止をうやむやにして、その責任者は誰かが、わからず、市民には原因も再発防止も広報しない。だから大垣市民は不安で仕方がない。大垣市は、市民の命を軽視している。再発防止という危機管理の基本の基本ができていないのに、「危機管理室」の看板だけを作っても、「大垣市危機管理指針を策定」しても無意味である。

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 室村町アンダーパス水没事件

危機管理室の位置付け

 本来、小川敏大垣市長の暴走を止める仕組みがあってしかるべきである。それが大垣市の最大の危機管理課題である。それを危機管理室として監視して欲しい。現在はそのチェック機能である大垣市議会も堕落して、市長と一緒に大垣市を衰退に導く政策を盛り上げている。そういう点で、危機管理室は、大垣市長の直轄の組織でなく、独立した組織であるのが良いかもしれない。

 

2019-06-22   久志能幾研究所通信 小田泰仙

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2019年6月21日 (金)

プロの声に値段差あり。あなたの声は売れますか?

4か国語のアナウンス

 九州新幹線「さくら」に乗車して、新たに発見したことは、東海道新幹線「のぞみ」では、日本語と英語のアナウンスだけであるが、九州新幹線のアナウンスは日本語、英語、中国語、韓国語である。そのアナウンスの声と、アナウンス時間に問題があり、少々耳ざわりである。なんでも国の指導で4か国語のアナウンスを指導されているという。

 中国語、韓国語は不要である。日本に来る外人(中国人でも)は、ほとんど英語は分かる。中国語、韓国語は騒音みたいで無駄である。日本の敵国みたいな行動を取っている国のアナウンスが、本当に必要なのかと疑問に思った。

 

英語のアナウンサーの下品さ

 もう一つ問題なのは、英語の女性アナウンサーの声のトーンである。なにか不快感を与える声のトーンであった。これは以前にJR東日本の特急「ひたち」の英語アナウンスでも感じたことである。

 「のぞみ」の女性アナウンサーの上品なトーンとは、なにか違う喋り方である。ここに一流と二流の差があると感じた。日本語のアナウンスでも、人によって受ける印象が大きく違う。英語でも同じである。例えば北朝鮮の海外向けのニュース番組のアナウンサーの声は、攻撃的で、独特のトーンである。あの調子で対話をさせられたら、辛いだろうと思う。

 それは商品としてのアナウンサーの声に「値段の差」があるからなのだろう。その金額が、「さくら」の方が「のぞみ」より安いはずである。私がそのアナウンスシステムの製作会社の営業担当なら、「のぞみ」のアナウンスと同じ値段では、JR九州に「商品」を提示できない。JR九州がこんなところで金をケチるから、九州新幹線の全体が下品に見えてしまう。出すべき金を出して、日本の印象を良くしてほしい。

 声の質は、人の印象を決定付ける大きな要素である。それ故、声のトーンが相手に大きな影響を与える。

 

人が他人から受け取る情報の比率では、

 話す言葉の内容            7%

 声の質(高低)、大きさ、テンポ   38%

 顔の表情              55% 

   アメリカの心理学者 アルバード・マレービアン博士の説

 

 声も人生で、己を売り込む商品の一つである。己の声が他人に不快感を与えていないか、反省したい。

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2019-06-21   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

九州新幹線「さくら」の魅力と不満

 2019年6月19日、久留米の真島消化器クリニックに行くため、新大阪から久留米まで九州新幹線「さくら」に乗った。その魅力と不満を記載する。

 結論は、「さくら」は遊び用の観光列車、「のぞみ」はビジネスマン向けの仕事列車である。車中で仕事をするなら「さくら」の利用はやめた方がよい。

 

シートの素晴らしさ

 「さくら」の指定席のシートが4列配列で、グリーン車並みである。前後の配置も広い。座席の機能はグリーン車のそれより少し落ちるが、東海道新幹線「のぞみ」の一般車両よりはるかに良い。

 以前に、「さくら」の指定席に座って、その豪華さと快適さに驚いたので、今回、2019年6月19日(水)の平日の朝、新大阪から指定席(新大阪9時17分発)を取ろうとしたら、満席だという。後で車掌に聞くと、平日でも、当日の予約は難しいという。その当日は、指定席が満席で、致し方なく、グリーン車で久留米に行った。自由席も立っている人が多かった。それほど人気の新幹線である。新大阪から九州に行くにはお勧めである。ただし混雑が激しいのが難である。

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 「さくら」指定席  Wikipediaより

 

ビジネスマン向けでない雰囲気

 しかし新幹線の中で仕事をしようとする人には、新大阪~博多間は山陽新幹線「のぞみ」がおすすめである。今回、新大阪から久留米までグリーン車を使用したが、ほぼ満席状態で、さらにその間、後席の老男女が喋りまくって、うるさかった。本来、グリーン車は空いていて静かである。グリーン車はビジネスマンが多く、PCで仕事をするか静かに寝ている。それが「さくら」では観光気分ではしゃいでいる客が多いのだ。またグリーン席の車両は半分しかないので、狭い感じがあり、圧迫感がある。

 

「のぞみ」に変更

 だから、帰りは方針を変え、久留米から博多まで快速電車(35分)で行き、博多から「のぞみ」に乗って帰宅した。「のぞみ」は、グリーン車が3両で、本数も多いせいか、車内はすいていて、快適に仕事をしながら、思索にふけりながら、気持ちよく帰宅の途につけた。九州新幹線「さくら」は、1時間に一本である。のぞみとは運行本数が格段に違う。

 「のぞみ」は1列車に3両のグリーン車だが、「さくら」のそれは1/2車両分しかない。だから、のぞみのグリーン車では、隣の席が90%の確率で空いている。ところがさくらは90%の確率で隣に人が座っている。隣の人がいないと、普通車の3倍の空間を占有できる。その分、仕事がはかどるため、私はグリーン車を利用している。だから車内で仕事をする人には、「さくら」は避けるべきだ。

 

2019-06-21   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。