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2020年10月

2020年10月24日 (土)

ソフトバンクGは癌細胞と同じ?

 どんどんと体の栄養素を自己に取り込み、細胞分裂を繰り返し、巨大なデキモノに成長するのが癌である。

 ソフトバンクGは、「もっとカネを、もっと金を、もっと大きく、大きく」と、狂気のように金儲けを目当てにM&Aで増殖を繰り返して増大し続けている。ソフトバンクは1984年に創業し、わずか35年間で、売り上げ6兆円、従業員74,952人(2018年)企業に膨張した。まるで癌細胞のようだ。

 我々は、その危険性に目覚めないと危ない。

 

キセル経営

 問題は、SBGの営業利益は、18年3月期が1.3兆円、19年3月期が2.3兆円で、その税金を逃れたことである。ソフトバンクの法人税は、両期とも500万円(SBG単体)しか納めていない。税金とは、社会インフラの利用料金だ。その税金を「租税回避の技術」で納めないのは、キセル経営である。その分、我々の税金が高くなる。社会福祉に回すべき金が無くなる。日本没落の足を引っ張ることになる。

 

大垣市の共謀

 小川敏市政は、そのソフトバンクと「GIGAスクール構想」で提携した。そんな会社を選択する小川敏の政治信念が疑われる。

 岐阜県の大垣市と大垣市教育委員会、ソフトバンクは、小中学校における教育環境の充実に向け、大垣市版「GIGAスクール構想」で、「先端技術を活用した教育環境の充実に向けた連携協力に関する協定」を締結した。「GIGAスクール構想」に関して、大垣市とソフトバンクが連携協定を締結するのは全国で初だという。

 岐阜市はうさん臭いソフトバンクでなく、一流のドコモと協定を結んだ。その対比を考えてしまう。やはり小川敏の政策は胡散臭い。子供への教育上も良くないと思う。

 

モラル崩壊

 ソフトバンクのように、金儲け至上主義が蔓延すれば、日本は崩壊する。そのスキを突いて、中国への情報漏洩事件が頻発するだろう。

大垣も、小川敏の人権無視、市民無視、利権優先の政治が19年間も続いたので、没落した。

 

私の携帯電話遍歴

 私は携帯電話で最初、ボーダフォンを使っていた。そのボーダフォンがソフトバンクに買収されたので、いやいやTU-KAに変えた。そのTU-KAが営業を停止したので、私はソフトバンクを嫌い、auに変えた。ソフトバンクの孫正義氏はうさん臭かったが、KDDIの稲盛和夫氏は信用できたためである。

 

経営理念と現実の行動

 ソフトバンクの理念は「情報革命で人々に幸せに」が企業理念である。吸収合併の繰り返しで会社を大きくし、企業買収目的だけの会社を作るような会社が、世の幸せを作れるのか。奴隷労働や情報窃盗をしている中共のファーウェイ製品を使い続けている。情報漏洩が心配だ。

 中共の支援を受けて商売を拡大するのが経営理念に適合しているのか。

 巨額ファンドを作るのが世の幸せになるのか。

 M&Aで増殖を繰り返して増大することが世の為になるのか。

 企業を巨大化するのが目的なのか。

 企業を買収して、そこに働く従業員が幸せと感じるのか。

 

目的は?

 重要なことは、テクノロジーではなく、大きくなることではなく、世の中の幸せである。それがソフトバンクの会社運営では本末転倒の結果になっている。世間の常識とずれている。

 情報革命によって、一部の特権会社に富が集中して、逆に貧富の差が拡大している。技術の進歩が、多くの人を不幸にしている。

 

アスクルの理念

「おカネが儲からからじゃなくて、世の中の役に立ちたい、喜んでもらえる会社を作りたいね。夢の多い会社を作ろうよ、という気持ちの人たちが集まってきた会社。アスクルのエッセンスって、夢なんです」

アスクル社長 岩田彰一郎  『週刊東洋経済 2001.4.7』

 

 限りなく「大」を求めたものは、たいてい「病」や「狂」に入っていく、というのが私の時論です。そして「病」や「狂」がある所には、必ず堕落や不正や犯罪が生まれてくるものです。「大」のことは人間の手に余るのです。「大」のことはヤバいのです。

 桜井章一著『壁をブチ破る最強の言葉』

 

 アスクルの社長が唱える経営理念とソフトバンクのそれとは大きく乖離している。私には、孫正義氏が拝金主義の金に飢えた餓鬼のように見える。ソフトバンクは日本の癌のように見える。

 

中国との関係

 中共は欧米日本からの技術盗用、ウイグル族・チベット族の奴隷労働で激安商品の輸出、世界制覇をめざして東シナ海で軍事膨張をしている。中共は世界経済の癌である。その国とべったりな孫正義氏には、なにかうさん臭さが垣間見える。アメリカが使用を禁止したファーウェイ製品を使い続けるソフトバンクは、中国と切っても切れない関係が続いている。そんな会社が信用できるのか。

 

参考

ソフトバンクの理念

情報革命で人々を幸せに

ソフトバンクグループは、創業以来一貫して、情報革命を通じた人類と社会への貢献を推進してきました。

人々にとって幸せとは何か。

「愛し愛されること」「日々生きていること」「自己実現」「笑顔」、多くの答えがあると思いますが、幸せとは、感動することと同義であると考えます。ソフトバンクグループが、何のために事業をしているのか、何を成したいのかといえば、一人でも多くの人に喜びや感動を伝えたい、ということに尽きます。われわれの創業以来の志が、この理念に凝縮されているのです。

コンピューターのパフォーマンスが飛躍的に増大し、超知性のコンピューターすら使いこなせる、今後人類が迎えるそうした情報のビッグバン「情報革命」の無限のパワーを、人々の幸福のために正しく発展させていくこと。今後もこの志を原動力に、ソフトバンクグループは成長を続けていきます。

 

ソフトバンクの沿革を見ると、企業買収を繰り返して大きくなったことが分かる。

ソフトバンクの沿革

  • 年 日本テレコム株式会社を設立
  • 1986年 「鉄道通信株式会社」を設立
  • 1989年  鉄道通信株式会社が、日本テレコム株式会社を合併し、「日本テレコム株式会社」に商号変更。

・ 1991年  日本テレコムが、日本国際通信(ITJ)を吸収合併。

  • 1998年- 日本テレコム・日産自動車・エアタッチインターナショナル社の3社合弁にて、後のボーダフォン株式会社設立[8]
  • 1999年 日本テレコムがビーティ・コミュニケーションズ・サービス株式会社を完全子会社化。
  • 2000年 2月 - 株式会社アイエムティ二千企画(後のボーダフォン株式会社)を子会社化。

5月1日 - 日本テレコム株式会社が日本テレコムコミュニケーションズサービス株式会社を合併。

5月9日 - J-フォン9社を子会社化。

  •  J-フォン東京株式会社がJ-フォン北海道株式会社、J-フォン東北株式会社を合併し、J-フォン東日本株式会社に商号変更。
      • J-フォン関西株式会社がJ-フォン北陸株式会社、J-フォン中国株式会社、J-フォン四国株式会社、J-フォン九州株式会社を合併し、J-フォン西日本株式会社に商号変更。
  • 2001年10月 - Vodafone International Holdings B.V.(以下、英ボーダフォン)による日本テレコム株式会社の株式公開買付けの結果、親会社であるVodafone Group Plcが日本テレコム株式会社の議決権の過半を有する親会社となる。

11月1日 - J-フォンが、J-フォン東日本、J-フォン東海、J-フォン西日本を吸収合併。

2002年 8月1日 - 日本テレコム株式会社が、「日本テレコムホールディングス株式会社」に商号変更し、事業を承継する完全子会社(3代目)日本テレコム株式会社(後の初代ソフトバンクテレコム株式会社)を会社分割(新設分割)にて設立し、純粋持株会社に移行。

2003年 11月14日 - 日本テレコムホールディングス株式会社が(3代目)日本テレコム株式会社の全株式をリップルウッドへ譲渡。

12月10日 - 日本テレコムホールディングス株式会社が「ボーダフォンホールディングス株式会社」に商号変更。

2004年 6月 - 英ボーダフォンがボーダフォンホールディングス株式会社の株式を公開買付けし、96.08%を取得。

10月1日 - ボーダフォンホールディングス株式会社が、ボーダフォン株式会社を合併し、商号を「(2代目)ボーダフォン株式会社」に変更。英ボーダフォンの株式の所有割合が97.68%に上昇。

2006年 3月17日 - 英ボーダフォンが日本法人の携帯電話事業を1兆7500億円でソフトバンクに売却することで合意。

5月18日 - 10月1日より社名をソフトバンクモバイルに、ブランド名をSoftBank(ソフトバンク)に変更すると発表。

8月 - BBモバイルを完全親会社とする株式交換により、同社の100%子会社となる。

10月1日 - 「ソフトバンクモバイル株式会社」に商号変更[10]

7月- 「(2代目)ソフトバンク株式会社」に商号変更。持株会社の(初代)ソフトバンク株式会社はソフトバンクグループ株式会社に商号変更。

7月 - 株式会社テレコム・エクスプレスを合併。

9月 - ソフトバンク・ペイメント・サービスを完全子会社化。

12月 - モバイルテック及びBBモバイルが、ソフトバンクグループ株式会社に吸収合併される。

2016年- 親会社がソフトバンクグループジャパン合同会社に異動。

2017年 4月- 親会社ソフトバンクグループジャパン合同会社が、ソフトバンクグループインターナショナル合同会社に吸収合併され、ソフトバンクグループインターナショナル合同会社(現・ソフトバンクグループジャパン株式会社)の子会社となる。

5月 - SB C&S ホールディングス合同会社(現:SB C&S ホールディングス株式会社。ソフトバンクコマース&サービスの親会社)を完全子会社化。

10月 - 日本テレコムインフォメーションサービス株式会社を合併。

2018年 - Wireless City Planningを子会社化。

4月 - SBメディアホールディングスを完全子会社化。

ソフトバンク・テクノロジーを子会社化。

SBプレイヤーズ等を子会社化。

 第三者割当増資によりLINEモバイルを子会社化。

5月 - IDCフロンティアの全株式をヤフーより取得。

7月 - TVバンク、スポーツライブエンターテインメントを吸収合併。

2019年 6月 - FinTechを含む様々な事業分野での連携およびシナジー強化を目的として、ヤフー株式会社を子会社化

11月 - 子会社であるZホールディングスは、ZOZOを子会社化

 

Wikipedia「ソフトバンク」2020/10/23を編集

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%88%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AF

 

2020-10-23  久志能幾研究所通信 1798  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年10月23日 (金)

むやみに車線変更しない

 

 車の運転では、時間節約ため、むやみに車線変更をしないこと。変化には必ず危険が付いて回る。それが時間をロスする。車線変更という動作は、曲がり、速度変化するため、エネルギーロスと摩擦ロスが生じる。

 

運動の第2法則(運動の法則)

 静止していた物体が動き出したり,一定の速度で動いていた物体の速度が増加や減少した場合、運動の第2法則(運動の法則)で、「加速度の大きさは,力の大きさに比例し,質量に反比例する。」

 F=m・α

 一定の力が働いているときには,等加速度直線運動をする。

 

 車線変更をして追い抜いて狂走しても、今の交通事情では、到達時間は数分しか変わらない。

 私は、前の車がよほどのろま運転以外は、車線変更せず、目的地に車を走らせる。それが運命、ご縁だと思って走る。そのうち、前の車は曲がってどっかに「逝って」しまう。人生一本道である。わき道、寄り道、浮気、車線変更をせず、煩悩に惑わされず、真っすぐに走ろう。

 そんなに急いで何処へ行く。行き先は死しかない。人は必ず死ぬ。死までの運転道中が人生だ。その人生を如何にスピーディに、スムースに、安全に自分が運ぶ「目的物」を届けるかが問われる。それが命を全うすることだ。

 自分が人生で運ぶ「大事なモノ」とは何かを自問しよう。

 

テストドライバーの使命

 自動車会社の試験者運転資格(テストドライバー資格)で要求される能力は、早く走ることではない。いかに車をスピーディに、スムースに、安全に走らせるかである。運転中に異音を感じて、いかに素早くその対応が出来るかである。

 例えれば、テストドライバーの使命は、後部座席に乗せた急病の子供を病院に運ぶ仕事である。早く(スピーディに)早く行かねばならぬ。息子の病状は一刻を争う。乱暴な運転では、後部座席に息子の容態に悪影響が出る。だからスムースに運転である。暴走運転では事故の恐れがある。安全運転最優先である。テストドライバーの検定試験中に急ブレーキをかければ、一発で不合格である。予想運転が出来ていなく、危険運転であるとの評価である。3S運転が、テストドライバーの基本である。人生も同じである。

 

人生道のテストドライバー

 人生道では、己は後部座席に大事な「志」を乗せて疾走している。早くいかねば、命が尽きてしまう。命は日々、尽きていく。傍若無人に走れば、世間と衝突して、志の実現ができない。危機管理をしないと、志が途中で爆発分裂する。

 車の運転の仕方そのものは、己が人生を歩む姿を象徴している。一事が万事で、たかが運転、されど運転である。車の運転の状況を見れば、その人の性格、人生が分かる。車のハンドルを握ると性格が変わる人がいる。そういう人は人生で成功しない。車の運転とは人生である。

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  馬場恵峰書

 

2020-10-23 久志能幾研究所通信 1797  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年10月22日 (木)

炉の火を消さない  磨墨知16.

 

エネルギー保存の法則

  E=mgh+1/2×mv2

ニュートンの第一法則

  止っているものはいつまでも停まっている。

  動いているものはいつまでも動いている。

 

 モノの持つエネルギーは一定である。早く走っていれば、その二乗でエネルギーは保存される。その速度を落とすと、元に戻すのに大きなエネルギーが必要だ。高く飛んで、高速を維持しよう。

 

 一度消えた溶鉱炉を元に戻すには長い時間がかかる。自分の情熱の火が消えないうちに、目的地に着いたら、すぐ次の行動のため離陸しよう。

 仕事の疲れは仕事で取ろう。それが楽しみになるようにしよう。そうするとすぐ次の行動に移れる。いやいやが一番疲れる。

 遊びは仕事の合間にやるもの。遊びはやればやるほど、嫌になってくる。創造的な仕事はすればするほど、楽しくなる。

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 2017年11月1日 セントレア

 

2020-10-21 久志能幾研究所通信 1796  小田泰仙

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2020年10月21日 (水)

逆走死? どんな死に方をしたいですか?

 

 人は老いれば、自ずと色んな病気を抱える。その時、医師にかかって薬を貰うが、自分の意志で死に方を決めないと、勝手に認知症にされてしまう。

 通常の医師は、高血圧だと降圧剤を処方する。降圧剤は対処療養の薬で、高血圧が治るわけではない。血圧を降圧剤で下げると、必要な血が末端まで行かず、認知症、脳梗塞、心筋梗塞、癌になりやすい。

 降圧剤を飲まないと、脳溢血の恐れがある。でも苦しまず、一瞬であの世に行ける。認知症では5年程、家族に地獄の迷惑をかけて、脳死として死ぬ。また認知症では、交通事故で死ぬ確率も高い。

逆走

 先日も(10月20日)、駅前大規模小売店アピタの駐車場から出ようとしたら、老人の運転する車が出口から逆走で突っ込んできた。私は、思い切りクラクションを鳴らして警告したが、その老人は知らないそぶりで、出口から駐車場にそのまま入って行った。その老人の雰囲気から見て、認知症のようだ。怖ろしか!

202010201b   逆走の車 2020/10/20 12:17  アピタ駐車場の出口

 

 薬を飲んで認知症の脳死で死ぬか、飲まずに脳溢血で死ぬか、選択が必用だ。

 対処療法なら、私は脳溢血を選ぶが、本来の根本療法は、血管に溜まったプラークを減らす食事療法である。しかし、医師はそれでは儲からないので、その治療は「黙秘」である。普通の医師は、だまって降圧剤を処方する。

 

父の死

 高齢の場合でも、癌が見つかれば、手術である。切れば治ると保証してくれる。85歳の父の場合も医師はそう診断して、私に手術を勧めた。私は医師を信じて、父の手術を了承した。結果、手術は成功したが、その後、別の部位に癌が転移をして、父は手術後1年で他界した。2002年のことだ。却って父を苦しめただけであった。手術をしなければ後5年程は生きていたはずである。これも死に方の選択を間違えた事例である。そんな類の話は、後からあちこちで聞いた。しかしその当時は、そこまで頭が回らなかった。悔いである。

 癌になった根本要因を除去せず、手術だけをするから、癌が転移する。そこまで当時の医師は助言をしてくれなかった。

 

自分の死に方を選択

 現在でも、癌の場合、医師は手術をするだけで、その後の再発防止策は、自分で探すしかない。私の癌の場合も、手術後、多方面の調査をして、再発防止の対応をした。医師は標準治療として抗がん剤を勧めたが、私はその薬物治療を拒否した。高齢の私は抗がん剤のために衰弱し、免疫力が低下して、肺炎等で死ぬ危険性が高まる。それよりも、癌の再発防止に取り組み、それでも癌が出来れば諦めようと決断した。お陰で2年後現在、再発防止には成功したようだ。

 これも自分で死に方を選択した成果だと思う。まだまだやるべきことが残っている。そんなに早く死ぬわけにはいかない。残り少ないあと38年(?)を頑張らねばと精進している。

 

2020-10-21 久志能幾研究所通信 1795  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

跳ぶ前に前を見よ  磨墨知13.

 

 蒔いた種は刈らねばならない

  And look before you ere you leap;

   For as you sow, ye are like to reap!

  時間は取り戻せない。だから 跳ぶ前の熟視と熟慮が時間ロスをなくす。

 

 飛蝗(ばった)は、複眼の5つの眼で3m先の着地点を五次元で立体的に確認してから、一気に跳ぶ。体長から見て、人間の大きさに換算すれば、100m先まで跳ぶことになるから、着地点を見極めないと跳べない。

 飛蝗とは「虫」の「皇帝」と書く。飛躍を象徴する縁起物の虫である。

 虫の飛蝗が5つの眼があるなら、霊長類の我々はせめて、眉間の間にある第三の目で世相を見るべきだ。第三の目の開眼が悟りである。煩悩、欲望に曇った目では、1日後も見通せまい。無私になれば10年後が見える。それを見据えて、飛びたいもの。そのエネルギーは志である。

 貴方は何処へ飛ぶつもり? 予想される結果は何?

 跳ぶ前に、もう一度、考えよう。

 跳ぶなら、全智全能を駆使して先を観て、遠くに飛ぼう。

 

 下図は松本明慶大仏師作の「飛蝗」である。師が持てる技術の粋を集めて彫ったフォーミュラ車のような作品である。この飛蝗は製作に手間がかかり過ぎて、年に数個しか作れない。角以外は、下の古木を含めて全て一木彫りである。師はこの技術を使って、仏像を彫られる。

 私は昔、仏像彫刻に取り組んだことがある。木で作品を作るのが趣味である。その目で見て、明慶師の超越技に眼を剥いて、作品を入手した。バッタの大きさ5センチ。古木の長さは12センチ。お値段は軽自動車一台分。

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 松本明慶大仏師作 古木に飛蝗

2020-10-21 久志能幾研究所通信 1794  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年10月20日 (火)

愛すべき「108人の敵」

 

 人間は108の煩悩を持つ身内の敵を抱えている。その敵が無くなった時が成仏であるが、それでは人間でなくなってしまう。欠点があっても、精神の浄化があれば、その欠点が人間味となる。

 人間だもの、欲に駆られて思いっきりその方向に振れればよい。その振れに気が付いたら、自制心で元に戻せばよい。その欲をプラスのエネルギーに変換すればよい。

 それが出来なくなったのを、老いという。できないのが餓鬼、小人である。青春であれば、煩悩を正のエネルギーに変換できる。煩悩を負のエネルギーに倍増するのを老いの醜態という。

 

 人間が総て神・佛ばかりでは、ドラマも小説も生まれない。脚本家が失業である。批判家が失業である。私も路頭に迷う。

 自分が美しいと自惚れないと、美人コンテストでも優勝できない。驕り自惚れてこそ、美しさが磨かれる。いくら美人でも、私は美しくないと思い陰気な表情では、美人コンテストで優勝できない。

 人をうらやむから、それを凌駕しようと努力するから成長する。

 人に劣っていると劣等感を抱くから、学ぶのだ。しかし人が学ばないと、人は人間ではなくなる。人は動物界に堕ちていく。

 嫉妬心でも、こんがり焼けば、味が出る。それでこそ人間だ。

 色欲がなければ、人類が滅んでしまう。それでは世間が味気なくなる。

 生きる欲が無くなれば、死んでしまう。

 人間は、欲を適宜、制御して自省しながらうまく活用して成長すればよいのだ。人間は完ぺきな状態(神、佛)を目指してはならない。神になれば、人ではない。人でなしだ。そうなれば誰も酒を飲もうと誘ってくれない。友達もできない。

Photo

 

108の煩悩

1 苦締貪   執着心

2 苦締瞋   怒り

3 苦締癡   道理が分からず愚痴を言う

4 苦締慢   おごり、高ぶり

5 苦締疑   正しい事を疑う

6 苦締有身見 身体への執着

7 苦締辺執見 極端な思考

8 苦締邪見    因果応報を知らない

9 苦締見取見   間違いを正しいと思い込む

10 苦締戒禁取見 誤った考えを信じ込む

11 集締貪    欲望

12 集締瞋    憎しみ

13 集締癡    悪行を行う

14 集締慢    他人に誇りたがる

15 集締疑    真実を疑う

16 集締邪見   果報は無いと思う

17 集締見取見  自分が最も優れている

18 滅締貪    激しい欲求

19 滅締瞋    いら立ち

20 滅締癡    無知による行い

21 滅締慢    傲慢

22 滅締疑    正しいことが信じれない

23 滅締邪見   因果関係を認めない

24 滅締見取見  誤った見解を信じ込む

25 道締貪    何かを求める心

26 道締瞋    怒りで心が安定しない

27 道締癡    愚かな行為

28 道締慢    自慢したがる

29 道締疑    真実を信じれない

30 道締邪見   自分の行いに果報は無いとする心

31 道締見取見  間違った考えに執着する

32 道締戒禁取見 誤った決り事を信じ込む

33 色界苦締貪  魂からの欲望

34 色界苦締癡  愚かな行為

35 色界苦締慢  自身こそが凄いと宣伝したがる

36 色界苦締疑  正しい教えを疑う

37 色界苦締有身見 身体への執着

38 色界苦締辺執見 極端な考え方

39 色界苦締邪見  因果応報は無いとする

40 色界苦締見取見  自分だけが正しい

41 色界苦締戒禁取見 間違いを正しい事と勘違いする

42 色界集締貪    必要以上に欲する心

43 色界集締癡    愚かな行い

44 色界集締慢    他者に誇りたがる気持ち

45 色界集締疑    正しい事を信じられない

46 色界集締邪見   善悪の果報があることを認めない

47 色界集締見取見  自分が正しく他が間違っている

48 色界滅締貪    湧いてくる欲

49 色界滅締癡    愚行

50 色界滅締慢    優越感

51 色界滅締疑    なにも信じない

52 色界滅締邪見   因果応報を認めない

53 色界滅締見取見  誤った教えに執着する

54 色界道締貪    精神的な欲求

55 色界道締癡    悪い考え

56 色界道締慢    他人に自慢したがる

57 色界道締疑    真実を疑う

58 色界道締邪見   善悪の果報は無いとする心

59 色界道締見取見  自分が正しく、他が間違っている

60 色界道締戒禁取見 間違った教えに執着する

61 無色界苦締貪   精神的な欲望

62 無色界苦締癡   怒りからの憎しみ

63 無色界苦締慢   自分が優れている事を知らしめたい

64 無色界苦締疑   正しい道を信じれない

65 無色界苦締有身見 心身を思い通りにできる

66 無色界苦締 辺執見 バランスを欠いた思考

67 無色界苦締 邪見  因果応報は無いとする

68 無色界苦締 見取見 誤った見解を正しいと思い込む

69 無色界苦締戒禁取見 誤った見解に固執する

70 無色界集締貪   魂からの激しい欲望

71 無色界集締癡   愚かな行為

72 無色界集締慢   慢心

73 無色界集締疑   真理を疑う

74 無色界集締邪見  自分の行いが自分に帰ってくることを信じない

75 無色界集締見取見 自分は正しいが、皆が間違っていると思う心

76 無色界滅締貪   無意識に生まれるの欲求

77 無色界滅締癡   真理に対する無知

78 無色界滅締慢   己の凄さを誇りたがる

79 無色界滅締疑   正しい教えに疑問を持つ

80 無色界滅締邪見  罪・公徳による果報を信じない

81 無色界滅締見取見 間違いを正しいと信じ込む

82 無色界道締貪   欲求

83 無色界道締癡   悪行

84 無色界道締慢   悪意

85 無色界道締疑   疑心

86 無色界道締邪見  所行が自分に帰ってくると知らない

87 無色界道締戒見取見  間違いに執着する

88 無色界道締戒禁取見  妄信

89 修惑欲界貪      生来持っている欲求

90 修惑欲界瞋      生来持っている怒り

91 修惑欲界癡      生来持っている悪行

92 修惑欲界慢   生来持っている慢心

93 修惑色界貪   自制しがたい欲望

94 修惑色界癡   自制しがたい愚行

95 修惑色界慢   自制しがたい慢心

96 修惑無色界貪  抑えられない欲

97 修惑無色界癡  抑えられない悪行

98 修惑無色界慢  抑えられない慢心

99 十纏無慚    自分に対して恥じる心が無い

100 十纏無愧    他者に恥じ入る事が無い

101 十纏嫉      ねたみ・嫉妬

102 十纏慳     物惜しみ

103 十纏悔     後悔

104 十纏眠     身体が自由に動かない

105 十纏掉挙    心が騒がしく、静まらない

106 十纏惘沈    心が滅入ってふさぎ込む

107 十纏忿     憤怒

108 十纏覆     罪を隠そうとする

  

2020-10-20 久志能幾研究所通信 1793  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年10月19日 (月)

「7人の敵」より手強い「108人の敵」と闘う

 

スランプ、挫折の意味

 人は逆境にならないと、自分を直そうとはしない。スランプや逆境こそ、自分を見つめ直し、自分を成長させる機会なのだ。

 私も左遷、降格、裏切り、試験に落ちる、師との別れ、大病で手術、鬱病症状、交通事故等の挫折があり、それをバネに頑張って、今がある。

 

108人の主人公

 古風な母からは「男は外に出れば7人の敵がいる」と教えられた。しかしもっと恐ろしい敵が、己の内に108人も存在する。その敵が己を殺し、家族を殺す。

 人間は、好調な時は己の内の潜む108人に唆されて、やりたい放題に過ごす。そのお調子者の誘惑者とは、108の煩悩を背負い、己の内に居候する108人の主人公である。その居候は、欲にまみれた餓鬼である。「欲」とは谷底に突き落とされても、欠けないと書く。しかし人間は、欲が無くなれば、命がない。生きたいという欲こそが生命体の核である。

 金も欲しい、女も欲しい、酒も飲みたい、働かず遊びたいでは、まるで飢えた動物だ。畜生は満腹になれば、それ以上の餌は求めない。それなのに強欲な人間は、食べても食べても、金を集めても集めても、満足ということを知らない。飢えた餓鬼タリアンである。

 

タイムリミット

 幸いなことに、何時までも狂宴は続かない。いくら続いても20年である。栄華を極めた豊臣秀吉の狂乱も20年は続かなかった。自分で薬まで調合する健康管理オタクの徳川家康でさえ、73歳で死んでいる。

 いくら健康優良児で病気知らずでも、老いと死は避けれない。いくら体が頑強でも、歳を取れば認知症の罹患率が急増する。認知症になれば、脳死も同然である。そこまでして生きたいのか、自問しよう。

 東京都福祉保健局の調査によれば、70代前半では4.3%に過ぎないないが、70代後半になると10.1%に跳ね上がる。80代前半が23.1%、80代後半が43.6%で、90歳を超えると69.2%が認知症になってしまう。(『週刊新潮』 2016.9.9)

 

確実に来る未来  老いと死

 己もいつしか歳を取り、目も悪くなり、頭の回転も鈍くなり、口も早く回らず、アレソレばかりしか言えず、腹も出て醜い肥満体になり、病院通い、薬漬けの日々となる。人並み以上の悪食、過食、過飲という狂った生活が、脳や体を犯し、認知症、癌、心筋梗塞、脳梗塞、脳出血になり、その狂宴が止る。そのため集めた金を使う機会もなく、仏様に呼ばれてしまう。「いくらでも金を出すから助けてくれ」と言っても、仏様は聞く耳を持たぬ。

 だからこそ、足るを知り、利他を知らねばならぬ。生老病死に対して覚悟をしなければならぬ。やるべきことを、やれるうちに済ませねばならぬ。今のうち、生きているうちである。

 別に偉くならなくてもよい。金持ちにならなくてもよい。生まれて、やるべき使命を全うするため、真っ黒になって働いて、世のためになる事をして、人知れず死んでいく。それが人間の生き方だ。

「一隅を照らす、これ則ち国宝なり」(天台宗の開祖・最澄)

 

河村義子先生の死

 河村義子先生は、死を悟って最後の5年間を全力で生きられた。やりたいことを全てやって悔いを残さず旅立たれた。早すぎる死ではあったが、素晴らしい生き方である。

 最後の5年間、1か月間のドイツ演奏旅行から帰られた義子先生が、「やりたいことをやり切ったので、いつ死んでもいい」と言うので、なんと大げさなと呆れた思い出がある。当時、私は先生の病を知らないので呆れたが、今になって先生の心境が理解できる。

 

「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」親鸞聖人

 

死の準備

 河村義子先生も、大垣の音楽界に尽力して、いつか私の目の前からフェードアウトして、ある日、訃報が飛び込んできた。それで私も自分の死に目覚めた。その直後、私に癌が見つかり生への葛藤が始った。

 私は、自身の葬儀・戒名・遺産相続の段取りをしてから手術に臨んだ。お墓は3年前に再建した。手術後、墓誌に戒名を刻んだ。まだ生きているので、彫った字に朱を入れた。人は生まれ、生き、裸で死んでいく。それに納得して従った。手術での死を怖いとは思わなかった。生死は仏様の管轄だ。

 

108人との闘い

 人生では、優柔不断で強欲な己という主人公が、自分の中に潜む108人の狂気の敵と戦わなければ、人生ゲームに負ける。身を正さねばならぬ。手ごわい敵は、倒しても倒しても入れ替わり立ち代わり襲ってくる。ある時は天女の仮面を被って「そんなに頑張らんでよろしがな。楽しみましょうよ、食べましょうよ、飲みましょうよ」と意志薄弱な己を誘惑する。

 人生ゲームは、最初から自分の思い通りにならないように設定されている。人生ゴールを邪魔する煩悩という敵とは、108の仮面を被った己である。それをどう克服するかが問わる。克服する過程が、自分の成長であり、佛になる(成仏)道なのだ。

 

最強の敵

 しかしその108人の敵を倒しても、もって手ごわい敵が残っている。それが己である。その相手は佛にもなれば鬼にもなる己である。己の感情をコントロールできて初めて、成仏である。

 

物理(佛理)の法則

 その精進を放棄すれば、人間ではない畜生道を歩む。それで認知症になれば、大当たりである。此の世では、本人は天国、家族は地獄である。あの世でどうなるかは、逝ってみないと分からない。

 物理(佛理)の法則では、プラスがあればマイナスが必用だ。此の世でプラスなら、あの世はマイナスである。来世の答えは自明である。

P10600161s  馬場恵峰書

2020-10-19 久志能幾研究所通信 1792  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2020年10月18日 (日)

『極楽とんぼ』人力飛行機の頂点を目指して(2/2)

ポジティブシンキング(極楽とんぼ気質)

聞き手  逆に、会社の人に対してはプレッシャーみたいな感じを持たれることはありませんか。

鈴木  いや、ないですね。チームのルールで、「仕事中は一切飛行機をやっているという存在感を表すな」と徹底しています。あくまでアフター5の活動で、仕事ではないですから、業務中は飛行機の話題は聞かれない限りは一切アピールしないことが基本です。逆にそうしている方が、経験的に、結果が良かった時のインパクトは、非常に大きいですね。「あんな忙しい日々を送っていて、こんなこと、いつやれるわけ」とよく聞かれたりします。そうすると、「ああ良かった」と思いますね。

聞き手  じゃあ、もし今仕事を取るか、大事なイベントの飛行機の方とどちらを取るかと言った時は仕事ですか。

鈴木  間違いなく仕事ですね。だって私は仕事で飯を食っているわけで、人力飛行機で飯は食えませんから、仕事を取ります。会社は仕事をちゃんとやってないと、こうやってバックアップもしてくれないと思います。目的が達成しないとやっぱり不完全燃焼で気持ちが悪いとかいう性格を持っていますので、仕事も趣味も関係ないですよ。だから何ごとも、全力投球ですね。

聞き手  そうしないと記録を作れませんね。

鈴木  結構、疲れますけどね(笑)。 

聞き手  また不調の時もあるでしょうからね。

鈴木  浮き沈みでいくと、鳥人間コンテストで、僕は3年に一度しか優勝できないと言われていました。2年連続して没している時もあります。確かにテストフライトではよく飛んでいますが、気象条件やトラブルに遮られたりすると、次の結果を出せるのが翌年になるので、いかに気持ちを落ち込ませないで維持するかが、マインド・コントロールとして重要です。だから頂点に立ってもおごらない。そこで駄目でも落ち込まない。だから優勝しても、あまりどんちゃん騒ぎもしないで冷静に受け止めますし、祝勝の宴会とかもあまりやりません。

聞き手  逆に失敗した時の反省会とかは……。

鈴木  激しいですね。徹底的にやります。優勝しても対岸に行けなかった2、3年は、優勝しても激論を闘わせました。例えば、一度4,400mで前の日本記録を破った年に、鳥人間コンテストでも優勝しましたが、2kmしか飛びませんでした。その時に、回りのメンバーから、「なんで2kmしか飛ばないのだ。5km以上は飛ぶんじゃないか。何がそうさせているのだ」というような感じで、激しく議論します。

 良かった時は良かった時で、なんで良かったんだろうという反省、悪かった時はそれの何十倍もの、なんで駄目だったかという理由を必ず明確にして、それを次にフィードバックする。冷静に考えるということを身につければ落ち込んでも、次にそのフィードバックをかければ絶対いい結果が出せます。全部プラス思考で考えるようにしていますので、どんな失敗をしても落ち込みはないわけです。表向きには落ち込んでいるふりをする場合もありますけどね。落ち込んでもタイムロスになりますよね。そんな過去のことをくよくよしてもしようがないと。

 

オンリーワン技術

聞き手  反省会から生まれた技術はなんですか?

鈴木  大阪府立大学に記録で負けた時は、30分で没しました。その時に思いついたのが今のコックピット形状です。空気のインレットとアウトレットの問題を発見しました。コックピットの後に完全にスケスケのメッシュの布が張ってあります。それの効果を5分の1の風洞実験で確かめました。回りのチームが一生懸命、プロペラはどうするかとか、翼の形状はとかってやっている頃に、我々はもうそんなもん見向きもしないで、コックピットの課題に集中しました。要は30分持たない理由が人間の冷却でした。テストフライトでのデータ上は、250Wで飛んでいます。 250Wでパイロットの中山をベンチの自転車にかけると、1時間なんか楽勝で持続します。しかし30分しか飛ばないのはなぜという疑問に対して再現テストをした時に、コックピットに空気がきれいに流れてないことがわかって、コックピット形状を微妙に変更していきました。従来も強度解析にはCAEを使っていましたが、この対策には、コックピットの形状設計に三次元CADを使い、空力解析をしました。(図10)

聞き手  空気抵抗は速度の二乗に比例しますよね。機体速度が遅いから、コックピットはむき出しでは駄目ですか?

鈴木  駄目ですね。多分10km飛ぶ機体が1kmとか、そういうレベルまで落ちると思います。全体の抵抗値はものすごく少ないので、全体の抵抗値の中でここが大半の割合を占めています。学生達ってよく、慣れるまでコックピットっておろそかにしていますね。最近それが理解されて、学生たちもきちんとその辺を対策しています。それで突然、急激に飛ぶようになったわけですね。でも、こういうことって、克服してやったもん勝ちですね、だからやって真似しちゃうともう、何機も同じようなレベルに到達してしまい、そうすると価値観が薄れます。我々の価値観は、やっぱり誰も行ったことのない時に、対岸へ到達するという結果にあります。一番最初に実現した人間は誰かで、次に行ったやつが誰なのかは誰も知らない。そういう世界になりますね。

聞き手  コロンブスの卵と同じですね。

鈴木  それが前人未到という価値観です。1998年の琵琶湖横断の時、2位のチームは5kmぐらいしか飛んでいません。5kmに対して23kmという絶対的な差を生み出したプロセスは、やはり技術者としての百歩先を行った満足感で、技術者冥利の世界です。もう競争相手達が、翼の設計は何だ、材質は何がいいかと試行錯誤している頃に、我々は、5年前にそれを見極めて、コックピットの検討を始めていたのだという自負がありますね。

聞き手  それってありますよね、技術屋って。そういうオンリーワン技術を開発した誇りが。

鈴木  そうですね。隠し持っていてね、いざ製品化した時に、いつからその技術を開発していたのだ、と驚かす感じですね。

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 図8,9,10  コクピット形状と翼リブ形状

 

日本記録への道(計測技術の取り入れ)

聞き手  機体に計測機器を積まれていますが、その経緯と効果を教えて下さい。

鈴木  会社にいて20年の歴史がありますが、最初の10年間はヤマカン設計、ヤマカンテストですね。レベルが上がってきたら、そうは問屋が卸さない状況に気づいてきて、本格的にいろいろなアプローチを始め、風洞実験と計測技術の駆使を始めました。ちょうど1990年頃、制御系とか電気系に強いメンバーが加わった頃です。

 テストフライトは800m長の富士川滑空場です。我々の機体の滑空比は30から35ぐらいあります。要は10m 浮かぶと、350mまで滑空してしまいます。ということは 800mの滑走路でテストするとして、離陸で30m前後ロスをして、そこから上昇に入り、定常飛行に入り、定常飛行を終わるともう中間点まで来ています。約10秒か15秒だけ水平飛行の区間がありますが、そこでもう漕ぐのを止めないと降りられません。ということは 800mの滑走路の中で、最適のセッティングをその10秒間の中で見極めないと駄目ですね。そのためにデータを取り始めました。800mの滑走路では、今ぐらいの機体のポテンシャルになると、楽に飛べてしまって機体のセッティングができません。パイロットのコメントでは、「もう楽楽で、どこまでも行くぜ」ですけど、実際、最適値を見つけたわけではありません。だからその最適値を見つけるためにデータ取りが要る、という目標と目的意識に変わってきました。ですから毎回、全部パソコンにデータを落として、飛行機速度、回転速度、パワーの関係を見て最適値を見つけて、それをリリースします。

聞き手  逆境が極楽とんぼを育てたようですね(笑)。もし米エドワーズ空軍基地のように10Kmの飛行場があれば、データなんか取らないですよね。

鈴木  そうですね。飛行機の性能が悪い時は明らかに、違いは体で分かりましたが、極楽とんぼのこの機体になってから、全く分からなくなりました。私もパイロットとして乗っていたので、セッティングのずれやピッチの組み立ての間違などはすぐ見破れます。マラソンもそうですけど、途中いい調子で走っていてもガクンと突然来ますね。中山の例でいくと 260Wだと1時間持続できる。しかし 300Wになると、もう30分以下しか持続できないという境界線がはっきりしてきますね。そこに入らないような負荷の境界条件を一生懸命見つけるわけです。それこそが、データ取りの世界で重要ですね。

 

技術の進歩

聞き手  実物を見て感激したのですが、翼のリブも全部肉が埋まっているし、全体剛性も高そうですね。

鈴木  翼型が層流翼ですから、60%ぐらいまでは形状保持してないと空力性能がひき出せないので、ああいう構造にしてフィルムで覆っているわけです。昔の機体は、どっちかというとフィルムを覆っている部分が多くて、翼面積もとても大きくなって、もう本当に張りぼての風船が浮いているようなイメージでしたね。(図9)

聞き手  要は肝心の翼型の性能を出せるかですね。

鈴木  そうです。これですと、翼型の性能よりも、いかに軽く作るかが大きな要素となります。

聞き手  機体重量は34キロですよね。昔に比べて軽量化はされてないのですか。

鈴木  重量管理は設計コンセプトとして明確です。我々は長年、鳥人間に参加していますよね。その過程で、わざと年々翼を大きくしています。12mから始まって、12、14、18、25、27、30、32mと大きくしてきました。「極楽とんぼ」の最新機の翼長は32mです。機体重量はほとんど変わっていません。そこが技術の進歩なのです。大きくなっても、重さは変えない。(図11)

聞き手  具体的な技術革新の要素は何ですか。

鈴木  その軽量化に大きく寄与した技術革新は材料ですね。結局強度部材にはシンプルなパイプ材を使っていますので、カーボンのグレードが上がると軽く作る要素に大きく寄与します。20年前に比べると、カーボンの引っ張り強度が何倍にも上がっています。ただ難しいのが薄肉パイプですね。薄肉パイプ構造は、バックリングが入りますので、凹みます。変形を起こすと、それとのバランスが設計的に難しい。それこそ解析を普通の手計算の曲げ強度でいくと、断面積が薄くても大きければ大きいほど剛性が上がりますが、曲げが入ると断面がつぶれて、バックリングでやられてしまう。その辺の背反事象を、限られた翼型の大きさの中でいかに効率よく設計するかが強度設計の技になるわけです。

 その軽量化に大きく寄与したもう一つの技術要素が接着剤の進歩ですね。昔は接着剤の重さ管理と作業時間に大変な負荷がかかっていました。日大の初代人力飛行機リネットでは接着剤の重さが問題になりましたからね。今は瞬間接着剤ですから、重量上、強度上と製作期間の劇的な短縮になっています。つまり、昔のエポキシ系の接着剤ですと、凝固するまでに1日はかかりました。

 性能に大きく影響するプロペラは、当然コンピュータのプログラミングをして計算します。材料はカーボンです。その雄型はNC工作機械でワーカーブルの樹脂型を切削して、それを鏡面に仕上げてエポキシの型に転写します。それは社内で作りました。雌型は京都の友達のレーシングカー屋さんで作ってもらいました。プロペラを作るのはメンバーの一人でこの種の製作の達人なのです。

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 図11 極楽とんぼ号の飛行距離の年度経過

 

DNAの伝承

聞き手  会社のDNAとして、後進を育てるとか、会社の方向性とかをどう思われますか。

鈴木  当社の例では、性能とかユニークなデザインとか、すごく特化した魅力がある製品が多いわけです。ただ、今、環境の問題とかコスト競争力とかグローバル化の時流の中で、魅力ある商品を生み出すというミッションがあります。魅力ある商品って、何らかのDNAがそういう商品の方向性を作り上げていますね。ですから、若い世代とある経験者の世代とラップさせながら、マニュアルに書いた仕事を教えるだけではなくて、例えば僕らは非常に日頃馬鹿馬鹿しい話を部下にしていることも、部下が自然に影響を受けるとかね。だから、ある世代をラップさせながら、世代交代というのは絶対必要だし、改革も必要だし、それは文書には書けないですね。そういうユニークさとか、そのキャラクターの部分は、こういうことをやっている自由な風土さえ持っていれば自然に引き継がれるのかなあとは思います。何かがんじがらめの、ルール・マニュアルだらけの会社になってしまうとちょっと危機感を覚えますね。

聞き手  最近の勝ち組と称される好調な企業とその製品から発する魅力を見ると、明確に会社のDNAが影響していますね。まさにDNAの伝承ですね。

鈴木  会社のDNAは、自然に引き継がれるような気がします。上司から次の上司へ風土が伝承される。今自分でいいなあと思っているのは、こういうことをやってもあまり、反対する人間がいません。どっちかというと行け行けムードで、それだけでも幸せかなあと。

聞き手  日本記録を更新したチームの背景に、会社のDNAを感じますね。また鈴木さんのお話から、一つのことをやり遂げた人だけが持つ人生哲学と仕事のやり方に、共感と感銘を受けました。

本日はお忙しいなか、ありがとうございました。

 

写真提供 ヤマハ発動機株式会社、鈴木正人氏

 

2020-10-18 久志能幾研究所通信 1791  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2020年10月17日 (土)

『極楽とんぼ』人力飛行機の頂点を目指して(1/2)

 

 自動車技術会中部支部は会誌として『宙舞』を発行している。その会誌に技術者達の挑戦する姿を伝えるシリーズ「挑戦」のコーナがあり、そこに人力飛行機「極楽とんぼ」の取り組みを取り上げた(2003年)。その記事の再編集・加筆版を掲載する。

 私は会誌の編集委員として、そのインタビューへの参加で、飛行機好きの私は、真っ先に手を上げて参加した。

 このインタビュー後、リーダの鈴木さんの挑戦ぶりに惚れこんで、しばらく「極楽とんぼ」の追いかけになってしまった。試験飛行の見学のため、飛騨エアパークや、調布飛行場、鳥人間コンテストにも足を伸ばしたという顛末つきであった。今まで仕事一筋であったが、これを機に飛行機に再度目覚めた出会いであった。

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   図2  日本記録更新時 2003年8月

 

シリーズ  -挑戦-   インタビュー

人力飛行機『極楽とんぼ』

   人力飛行機の頂点を目指して

  

1  ヤマハ発動機株式会社MC事業本部エンジン開発室 主査 鈴木正人

聞き手:小田 、

    吉川 誠(三菱自動車エンジニアリング(株))

         山本 信成(スズキ(株))

 

 チーム・エアロセプシーの人力飛行機「極楽とんぼ」が、2003年8月3日に10.9 kmを飛んで、公認日本記録を更新した。これの背景にはチームリーダー鈴木さんの30年に近い取り組みがあった。

 

人力飛行機との出会い

聞き手 人力飛行機に魅了されたのはいつごろでしたか。

鈴木  1975年の中学生の時に、本屋で見つけた航空雑誌の表紙に、日本大学の人力飛行機ストークスの写真が載っていました。0.1gでも軽く、精度は1㎜以下に抑えてとか、ストークスの技術の解説記事が書いてありました。それを見てすごいなと思って、自分で作ってみたいなと思いました。(図1)

聞き手 運命の出会いですね。1枚の写真、言葉、人との出会いでその後の人生が大きく変わるといったところでしょうか。

鈴木 ちょうど進学を考える頃ですね、その航空雑誌を見て、魅了されたのがきっかけですね。ああ、こういうのをやっている所があるんだと。もうここしかないなと思ったわけです(笑)。やりたいというか、作ってみたいというのは、技術屋の本能ですね。

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 図1 ストークス(日本大学 1975年)

 

聞き手  大学で研究された人力飛行機を、社会人になっても続けられた経緯は何でしたか。

鈴木  ヤマハに入社して人力飛行機を続けられるとは当然思っていませんでした。ところがヤマハは挑戦という姿勢に対して、こだわりを持っていますね(笑)。「少しはお金を使っていいから作ってみたら。ただしプライベートな時間で」といった経緯から始めました。

 最初は無名で、細々とやっていました。それが鳥人間コンテストに出場してテレビに出ますよね。この番組は視聴率が高いので、 結果として社内のファンが増えていきました。当初は良い結果が出せませんでした。そうしたら、「もうちょっとバックアップしてやるから、勝つまでヤレ」とか言われまして(笑)、「はあ?」という感じで、「エッ、いいんですか」(ニコッ)ということで、始めました。上の方が理解をしているので、ある部署に、「ちょっと面倒みてやれよ」みたいな成り行きでしたね。

聞き手  会社の目指す方向と合っていたわけですね。社員に対して夢を与えてくれるという会社のメッセージになりますね。

鈴木  そうですね。夢を実現させてくれる会社とのイメージ作りにもなりますし、僕はやりたいし、ギブ・アンド・テイクですね。会社とのベクトルが合っていますから、 「我々も生半可な気持ちではやりません。頂点を目指します」と宣言しました。その目指す目標は、最初は鳥人間コンテストの頂点、次は人力飛行機の世界の頂点ですね。それでだんだんやっているうちに、飛行機がレベルアップしてきて、琵琶湖対岸まで行ける可能性が見えてきました。初めて鳥人間コンテストに出た時って、目の前の対岸なんか、もう本当に景色でしたよ。「ああ、琵琶湖ってこんな景色で雄大だなぁ」なんて言っていたのが、まさか対岸に到達するなんて思いもしませんでした。それこそ地球で月を見ているようなものですね。(笑)

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 図3 日本記録更新時 2003年8月

 

集中とOFF

聞き手  メンバーの皆さんも含めて、どういう目的で推進されましたか。やっぱり好きだという?

鈴木  まず好きだというのはありますけど、全員、技術屋集団なんですね。対岸へ到達するとか、高い目的意識があり、強い意思があるともうそこに突っ走らざるを得ない。自分たちが、今もトップレベルにいて、頂点を目指しているというプライドも重なっていますね。これがもうダメダメチームで、結果に対して正確な分析もできないようなフニャフニャのチームだったら多分続いてないと思います。かっちりしています、我々って。14人が活動する時は、決められた日時は全部守ります。我々は1年単位で、活動計画を決めて行動しています。

 製作期間でいくと、1月~4月末までは、「毎週金曜の夜と土曜の終日は全員参加で活動し、余程の理由がない限りは没頭する。それができないのならチームを去って下さい」というような暗黙の規約があります。そうやって集中して活動し、次の5~7月はテスト期間です。「金曜日の夜中とか土曜日の早朝1時に集まって、富士川でのテストフライトには 100%参加するように」と。そういうような徹底した中で、納得いくメンバーが残っています。自然とそうなりますね。目的意識が感化されますし、但しメンバーはすごくメリハリをつけて、それ以外のプライベートな関わり合いは、無いように心掛けているみたいです。チームワークというと、仲良し感覚やグループでの活動や、同じユニフォームを着てとかありますが、うちは違います。休みとか飛行機の集まり以外の時は、全くみんな勝手にやって、決められた時だけ集まって活動し、パッと去っていきます。(図5,6,7)

聞き手  まるで軍隊ですね(笑)。

鈴木  僕はプロフェッショナルな考え方と思っています。例えばスタジオミュージシャンは、電車でスタジオへ来て、さあ録音するよと言うまでフラフラしていて、ハイ、じゃあ今からやりますからと、譜面が配られると急に目つきが変わり、急にプロの顔になって、短時間でパーッと仕事を終えて帰っていくという姿ですね。「なんなんだ、あの人達は?」って言われてね。やっぱり1年中このことを考えていたら、自滅すると思います。だからOFFの期間と集中する期間との区別をハッキリつけています。

聞き手  私の聞いた話では、日本刀の切れ味の素晴らしさは、作る過程で、熱する時間と冷やす時間をおき交互に繰り返して鍛えるからだ。ずうっと熱してばかりだとおかしくなっちゃうと。人間も同じだよと。

鈴木  そうなんですよ。だから僕らも7月末の鳥人間コンテストに毎年出ている時は、その大会が終わると、帰ってきてすぐ反省会をやります。項目と失敗事項を書き出します。その課題の洗い出しが終わった時点で、「じゃあね」って言って2ヵ月か3ヵ月ぐらい、もうみんな勝手に散らばって、気持ちをすっきりさせます。

 そろそろ来年の計画でも立てるかって、冬ぐらいに次モデルの機体設計とか改良点を検討して、年明けから作り始めます。それの繰り返しをやってきました。だから年間のうちの3ヵ月間ぐらいは、飛行機から離れています。人力飛行機の関係で、一流のスポーツ選手と自転車選手と一緒だった時期がありました。その辺からこの知恵を学びました。だから1年中練習していれば、強い選手になるとは言えないようです。やっぱり、気持ちの切り替えが必要で、OFFを何ヵ月か取ると、本当に好きで、やりたいなあという想いがあると、「俺はやっぱり飛行機をやりたい」という気持ちがふつふつと湧いて来ます。そういう気持ちの時に始めて、また暫く、ちょっと辛いけど集中してやれるようになるわけです。

聞き手  でもOFFの時は意外と潜在意識があって、いろんなアイデアが湧きますよね。

鈴木  当然歩きながらも考えていますよ。ただ辛い日々とか、拘束された日々からは解放されますからね。

聞き手  あれって、辛いですか。

鈴木  結構入り込んでやっている時は、辛いと思うことはありますね。仕事が忙しくて板挟みになっている時や、突発の事柄が入ったりすると結構辛いですね。でもやりたいとの想いが大きなエネルギーですね。

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  図5,6,7  早朝のテストフライト(富士川)

 

2020-10-17 久志能幾研究所通信 1790  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年10月16日 (金)

自分で問題点を見つけて解決しよう 磨墨知837.

 

 何かにぶつかってから対策を立てるより、平常時に身の回りの問題点を見つけて解決しておこう。大問題になったから対応するより、少時間で対応できる。それをトヨタでは自工程完結という。

 

トヨタのモノづくりの基本

 1 不良品を後工程に絶対に流さない

    異常があればラインを止めて対応する。

 2 納期をベースに着工手順を決めて守る

 3 安く作るために人件費を変動費化する策を講じる。

 4 全社員が役割を明らかにして、自律神経を発揮する。

    若松・近藤著『トヨタ式人づくりモノづくり』

 

以上を自分の人生の置き直すと

 人生で自分の行う仕事で、後工程(世の中)に迷惑をかけない。

 自分に異常があれば、性格、癖、病気を早く治す。

 仕事は納期が絶対。60%の完成度で良いから納期を厳守する。

 無駄な浪費を止める。自分の行動は、1分100円の価値がある。

 問題点は、自分で見つけて、自分で治す。自工程完結。

 

常に問題意識を持って事象を見ていますか?

 人は往々にそれが分かっていても、それを見ないようにしている。自分は意思が弱いと諦めている。「そんなに意思が強ければ、今頃、俺は億万長者だ」と威張っている。人から指摘されれば、惚けたふりで笑ってごまかす。

 それは自分の中には、もう一人の怠惰な主人公がいて、常に問題点から眼を逸らさせるためだ「そんな些細なこと、後でよろしいがな…..」

 そのためには、その怠惰なもう一人の己を退け、常に自分を見つめ、𠮟咤激励する鬼を持つことだ。私の机の横には、「魂(オニ)」が鎮座して、私を常に睨んでいる。感謝。

 「魂」とは、「鬼」が「云う」と書いて魂である。魂の叫びに封をしてはならない。

Dsc09818s  松本明慶大仏師作  

Dsc030501s

  馬場恵峰書

 

2020-10-15 久志能幾研究所通信 1789  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。