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2018年11月17日 (土)

浜松国際ピアノコンクール(7) 中村紘子の睨めっこ

磨墨知49-2 達磨さんと睨めっこ 

 目の前の人は自分の心を写す鏡である。自分が見るものは、自分の心が映し出している。自分は何を見ているのか、何を見たいのか、何を聴きたいのか、自分が思ったままに、目の前の情景として目に映り、自分が聴きたいままに聞こえてきて、人生舞台は、自分の描いたストーリーに沿って、バックグラウンド演奏に合わせて演劇が進行する。

 

達磨さんと睨めっこ

 2013年10月、大仏師松本明慶仏像彫刻展(池袋東武店)の会場で、松本明慶先生が「達磨大師像と睨めっこしなさい」と言うので、数分間の睨めっこをした。怖い顔の達磨さんの目が自分を見つめていた。次に「ちょっと横を見て」と言われ、隣の美しい彩色の吉祥天像に一瞬、目を向けて(浮気をして)、直ぐに達磨大師像の目に戻すと、達磨大師像はもう私を見ていなかった。仏像であるから描かれた目が動くわけはないが、直前まで確かに私を睨んでいた達磨大師像の目は、別の方を見ていた。達磨大師像が私を見ているのではない。自分の心が、観念でそのように映しだしていた。

 

音楽の見えないものを観る

 中村紘子さんは庄司薫さんと結婚して、庄司さんの文壇を通して日本の知識人の評論家林達夫、政治学者丸山眞男らと出会う。当時、中村さんはピアニストとして今後、どう生きていくか悩んでいた時期である。テクニックを磨くならば日本を出るべきだったが、それを思い留まらせたのが、庄司さんを通して得た知識人達との交流だった。それは中村さんにとって衝撃的な世界だった。

 「私は受験勉強もしていないし、ものごとを一番吸収できる十代はピアノだけ。それが先生たちを知り、こんな世界があるのかと」。彼らは日本にいながら世界をしっかり見ていた。いや、日本に根を下ろし、自分の支えとしていたからこそ、世界を語り得た。ピアノも同じだった。「大事なことは自分自身を見極め、精神を育てていくこと。何を表現したいのか、はっきりとした意志を持つこと」。

 以来、日本を拠点に世界で活躍するようになった中村さんである。その成果が浜松国際ピアノコンクールで音楽を通しての世界への発信である。「結婚で精神が安定し、よりピアノに集中できるようになった」とも言う。中村紘子さんは今まで見ていても、見えていない世界を見ることができるようになった。だから音楽に深みがでたのだ。中村紘子さんは、音楽の達摩大師と睨めっこをして悟ったのだ。

 コメントは「読売新聞2000年6月10日 村田記「人に本あり」」を参考にした。 

 

己の観念が映し出す人生

 目の前の仕事、目の前の人(恋人、顧客、上司、演奏家、舞台の役者)は達磨大師像の目と同じである。自分がどれだけ真剣に向き合っているか、全ては自分の心が映し出している。心の持ち方次第で、仕事の意味、相手の対応が違ってくる。全て自分の心が映し出している。他人のせいではない、自分が作り出した世界である。自分がその対象物に心身を捧げないと、見えるものも見えない。聴きたいことも聞こえない。自分の心の格を上げないと、仕事の質も相手の人間との関係も向上しない。それを松本明慶仏像彫刻展(2013年10月11日)で松本明慶先生より示唆された。それで自分が描く人生のストーリーに気がついた。2018年11月の浜松国際ピアノコンクールを聴いて、それの思いを新たにした。

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4k8a0319 大仏師松本明慶作

 この達磨大師像の写真は松本明慶仏像彫刻美術館の許可を得て掲載しています。

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 浜松国際ピアノコンクール会場にて

 

2018-11-17 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2018年11月14日 (水)

磨墨知152-3.  確信教に入信しよう

時間の富者

 時間は、全ての人間に平等に1日24時間を与えられている。時間貧乏人になるか、時間の富裕層であるかは、本人の意識と智慧の出し方如何である。

 「時間がない、忙しい、忙しい」と走り回っている人は、永遠に時間という富は手に入らない。それは、なぜ忙しいかの真因を考えないからだ。「忙しい、忙しい」と走り回っている人に限って時間がだらしなく、パチンコ店に入りびたりがちである。

 時間の富裕層は時間の有限性を知っている。その限られた一日のうちで、一定の時間を社会奉仕活動に費やすことは、限られた時間を有効に使う訓練になる。またその過程で、社会の実相を見ることができる。それが今後の自分の生き方を変える。

 

ユダヤ教の教え

 ユダヤ人は貧乏のときでも、収入の10%を必ず寄付する。それがユダヤ教の教えである。寄付をするとは、「私は富んでいます。皆さんに寄付をするだけの富があるのだ」と自身に言い聞かせること。自己暗示である。それが確信教のお勤めである。それにより稼ぐことを正当化し、稼いだお金で他者を助けるため、稼ぐことが大義名分となる。それ故、富者のような行動を取り、富者になる確率が高くなる。ユダヤ人の富裕層の割合は高く、ロスチャイルドや投資家のジョージ・ソロス、映画監督のスティーブン・スピルバーグなど世界的な成功者が数多く存在する。

 

寄付の効用

 寄付をしないとは「自分は貧乏だ、金が無い」と何回も何回も自分の潜在意識に言い続けることになる。潜在意識に沁みこんだ考えは、日頃の行動に反映され、貧乏人の行動を取り続ける。それで富裕層になれるご縁(機会)から日々離れていく。

 自分は豊かであると確信しよう。出来心で寄付するようではダメである。確信教として寄付をしよう。きっと豊かな心と時間を得ることができる。

 

倍返し

 時間をかけた社会奉仕活動は、お金の寄付より価値がある。10年後、元本に利子をつけて仏様が返してくれる。この世は奪った分が手に入るのではなく、与えた分が倍返しで返ってくる(五右衛門風呂の定理)。

 それが孫の代に返ってくる場合も多い。可愛い孫が大喜びすれば、それでよいではないか。今の自分の幸せは、ご先祖が積み立てた功徳の配当を得ているに過ぎない。

 与えない人は、何も与えられない。「自分信用金庫」の貯金は、ペイオフもなければ、差し押さえも預金封鎖もない。格付けAAAAの超安全資産である。

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寄付

 2011年、東日本大震災義捐金として、私は岩手県山田町と日本赤十字社に数回にわたり計50万円を寄付した。寄付をしたくても、できないご縁もある。寄付をできるとは福の一つである。

 しかし日本赤十字社経由で寄付をすると、2割が経費として寄付金から天引きされ、8割しか被災地に行かないと知人から聞いた。それは理不尽と思い、知人の助言に従って、以後は直接、山田町に義援金を送った。山田町では、寄付者名と使用用途がHPで公開される。

 日本赤十字社では、送った義援金の使用用途が公開されない。巷の噂では、大災害が起きると日本赤十字社本社のある飲み屋街が賑わうという。それを暴露した週刊誌は、予告された第二弾の報道がいつしか立ち消えになった。

 岐阜県・大垣市の日本赤十字社支社の会計報告でも、予算の2割に当たる経費の内訳は公開されていない。

 

2018-11-14 久志能幾研究所 小田泰仙

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磨墨知115. 清水の舞台から飛び下りない

そんなことをしたら大怪我をする。それよりも、日々の小さな決断と場数をきちんと積み上げよう。そうすれば、「清水の舞台」が低い小さな舞台と思える自分に成長できる。だから(自分にとって)「清水の舞台」から飛び降りなければならない事態には陥らない。日頃の積み重ねで大きな決断がさりげなくできる。それが積小偉大。決断とは迷いの時間を断ち切ること。場数を踏むとは、舞台を超えること。

 

人生の舞台

若い子にとって、浜松国際ピアノコンクールの舞台に立つのも、清水の舞台から飛び降りるのと同じ心境だろう。厳密な予備審査を通過した出場予定者でも、4人も出場辞退する人が出るのだ。その重圧を振りのけ14歳で物おじせず大舞台に立ち跳ぶ子もいる。小さな発表会や身内の演奏会等の披露の繰り返しで、大舞台という清水の舞台に立てるのだ。

12018119日 浜松国際ピアノコンクール

 

2018-11-09  久志能幾研究所 小田泰仙

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2018年11月13日 (火)

磨墨知151.「~になったら、~をする」を止める

「もし、~だったら」、「もし、~れば」を止める

やるべき事、やりたいことは即実施しよう。逃げ道を作るから、目的が達成できない。やりたいことを先延ばしするから、出来ない羽目になる。今までやってきたことが時間の無駄となる。まず出来ることから一つづつやる。なにか動けば、状況が変わる。

「もし、~」など、他人任せの棚ぼたはあり得ない。自分の道を脇目も振らず歩いていると、佛様が「もし~」と思った状況にしてくださる。

 

死んだ子

死んだ時間を振り返る事なかれ。大切なのは今からの時間。死んだ子の歳を数えても時間は戻ってこない。過去がどんなに悲惨でも、悪くてもそれは解釈の問題である。その逆境を、自分を育ててくれた肥やしとして解釈すれば、どんなことも素晴らしい体験となる。未来は変えられないが、過去は考え方次第で、過去の見方を変えられる。固定観念を変えないと、今のままの人生が未来も続く。

 

2018-11-13  久志能幾研究所 小田泰仙

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磨墨知86. 禁句:「きちんとする時間がないから出来ない」

「きちんとする時間がないから出来ない」と言う人は、時間など永遠に作れない

 「忙しいからできない」などは言い訳以下だ。きちんとやる時間なんて一生訪れない。明日の命も保証されない人生だ。しかし重要なことをやるためには、いつでも十分な時間がある。

 できないのは、やる気がないから。行動力がないから。言い訳がうまいから。命より金儲けが忙しいから。時間を大事にしないから。人生で何が大事かわかっていないから。

 「絶対的な時間」は「行動力」に比例する。その行動力は命の認識からはじまる。みんな忙しいけれど、やっている人はやっている、やらない人がやっていない。

 

自動車部品開発の死闘

 自動車部品の開発で、やるべきことをやらず、問題が起これば、忙しいなど言っていられない。速やかに対応しないと、トヨタの品質保証部が乗り込んでくる。トヨタからの仕事が減らされる。トヨタは保安上で二社発注なのだ。マスコミに叩かれる。30万人のグループ企業のラインが止まる。30万人が遊んでしまう。速やかに対策を打たないと人の命に影響する。死亡事故を起こせば、殺人罪で訴えられる。

 だから、自動車部品の開発は、自社で取り決めた開発手順に従って、きちんとしたことが着実に進められる。想定される全ての条件下で耐久試験・性能試験が行われる。部品の加工精度も影響する場合、規格値の上下限品で耐久試験が行われる。寒冷地試験も行われる。そこまで安全に気を使って開発がされる。

 特定の自動車会社で、品質問題が多発しているのは、やるべきことをやるという習慣がないだけだ。だから、そんな会社の車には乗るべきではない。自分の命に影響する。そんな会社は、きちんとするなど、永遠にできない。フォルクスワーゲンや三菱自動車のように。そういう会社は、ユーザーの命より、社長の鶴の一声が大事なのだ。プロとしてやるべきことを放棄している。それは『フォルクスワーゲンの闇 世界制覇の野望が招いた自動車帝国の陥穽』(日経BP社刊)に詳しい。

 

日本の家電産業との対比

 日本の家電産業が衰退したのは、製品の開発で、多少の故障では、人の命に影響しないという安易な開発思想が心の隅にあったためではないか。開発に命をかけていなかったのだ。だから、ソニーのように、己の基本ソフトの開発ミスの修理で、顧客から金をとる恥行為をするのだ。ソニーが没落したのにはワケがある。

 

2018-11-13  久志能幾研究所 小田泰仙

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磨墨知104. レストランへは何を注文するか決めてから入ろう

料理注文までの時間を短くしよう。席に座ったらメニューを見ずに注文しよう。料理が出てくるまでの時間は、次回食べる料理を選ぶためにメニューを見よう。

たかが1000円の1料理で3分間も悩むのですか? それで300円の時間ロス。それは決断する時間を遅くする訓練をすること。人生でもっと大事なことがあるだろう。1000円の料理の選択を即決できない人に、1000万円の稟議は決済できない。

 

補足情報 

 20181112日深夜、本ブログの累積閲覧数が48,000を超えました。感謝。

 

2018-11-13  久志能幾研究所 小田泰仙

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2018年11月12日 (月)

磨墨知102. 選択に悩んだら高い方を買う

悩んでいる時間のアワーレートを計算しよう。10分悩んだら1,000円高くなると自覚しよう。その10分を自分に投資(勉強)しよう。悩む時間がモッタイない。高いものを買って、いい物を長く使う習慣をつけよう。

 

安いものを買うとは、

安いものを買うとは自分を安くすること。安いものを手にして眺めていると、「自分はこれしか買えなかった貧乏人」と自己暗示にかけることになる。ますます貧乏になる。それではお金持ちにはなれない。

 

貧乏への脱皮

高いものを買ったら、その分のお金を、自分の生活を見直して無駄を排除しよう。きっと多くの無駄が見つかる。それが生活VA、時間創出だ。せめて美味しいケーキかお饅頭を一つ我慢しよう。つまり毒を食べるのを止めるご褒美である。それで肥満も防げ、スマートになれるしるし、脱皮しなくても済む。お腹が出てきてスーツやスカートが着られなくなるのを脱皮という。それでお金も節約できる。

 

稼ぐ能力を上げる

高いものを買って、それに見合う稼ぎを目指そう。稼げる能力をつけよう。その方が、夢を見られてよい。いいものの性能を活かし、コスト差をペイしよう。きっと時間が節約できる。高いのにはワケがある。

 

2018-11-12  久志能幾研究所 小田泰仙

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磨墨知74. シーケンスで仕事をしない

社長に説明しなければならないプロジェクトテーマで、4カ月も時間があったのに、それを考える8時間が取れなかったのですか? 何故、仕掛ける前に、1時間の考える時間が取れないの? なぜ時間のかかる他部署への依頼業務を、先に出しておかないのですか?  (前職の時、トヨタから来た部長によく叱られたこと)

 

来たるべきもの

デイサービスの「お迎え」は予告ありだが、本物の「お迎え」は予告なし。来ることが必然だから、その備えをしよう。定年後、20年間も時間があるだ。還暦を過ぎたら、突然お迎えが来る前提で準備をしよう。

 還暦になり、定年まで5年も時間があるのに、定年後の計画がないのですか?

 新しい職位に就任したら、3年後にその職位を去る準備をしよう。

 考えない仕事は、周りに振り回される。110分間を計画の再考に使おう。

 

浜コンの失敗

 数か月前に浜松国際ピアノコンクールがあることがわっかっていて、私はチケットの予約ができなかった。何時までもあると思うな、当日券。今回の土日のチッケト入手失敗での反省である。まだまだ未熟者である。

 

振り回せ

P1030813-1他から振り回されるくらいなら、周りを振り回そう。計画のない人生は、計画をする人の支配下に置かれる。それは奴隷の人生だ。計画して、仕掛けて、待つ。それが知者の人生。智者が時間を創る。

Photo

馬場恵峰書

2018-11-12  久志能幾研究所 小田泰仙

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2018年11月11日 (日)

磨墨知4. 過去の時間は取り戻せないが、未来の時間はアイデアで創出できる

時間を創り出すには、自分の意志と智慧が必要だ。時間を創るとは、生きていること。命を後世に残すこと。時間を創らなければ、畜生と同じ。無為に過ごすから、認知症になる。家で粗大ゴミ扱いされる。

 

アイデアとは人生の時間を稼ぐためのものだ

 われわれが薬を飲むのも、ただ単に病気だから飲むというけれども、もっと深刻に考えてみると、坊さんの手に渡るまでの時間を長くしようと思って飲んでいるだけだ。その薬は何かというと、アイデアである。人間の考えたアイデアを飲んでいるということだ。そのアイデアによって、われわれは時間を稼げるという確たる証拠が、ここに一つ出てきているわけだ。アイデアによって我々の生命を延ばしているのだ。アイデアによって時間を稼ぐことで、(それだけ余計に)仕事ができるのである。

  本田宗一郎談郎・他著『本田宗一郎の「人の心を買う術」』(プレジデント社1991

 

2018-11-11  久志能幾研究所 小田泰仙

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2018年11月10日 (土)

磨墨知85 . 原理原則から見て判断する

物事は何が正しいのか? 原理原則から、それを判断すること。そのクライテリア(判断基準)は何か?

その判断基準を周りの都合に合わせ、自分の都合で毎回、変えるから問題が起こる。基準に従って判断して、問題が出れば社会が間違っているのだ。正しいとの信念があれば、気にすることはない。間違いない判断は時間を節約する。迷いこそが時間の浪費の最たるもの。クライテリアが明確でないから、無駄な金と時間と人手を使う。

 

大垣市制100年記念行事にクライテリアなし

大垣市制100年行事を開催するなら、次の100年につながる有意義な行事にするというクライテリアがなければ、愚劣な行事はしてはいけないのだ。

クライテリアが明快でないから、偽ネス毒水饅頭共食いの愚行が行われた。市民税900万円が2週間で無駄になった。大垣市のギネス記録は、市民税を使わなかった三島高校のコロッケ記録に負けたのだ。ギネスを取るのと金を使うのが目的で市民無視で実施した行事だから、4か月も経った今でも、恥さらしなことに、ギネス達成の祝い横断幕が大垣市庁舎に掲げられたままになっている。市民として恥ずかしいたらありやしない。その予算額の半分が使途不明である。

ドローンによる菓子散布行事も市民憲章で謳うクライテリア「安全」を考えれば、実施はあり得ない。だからドローンが世界初の人身事故で、墜落して見物客にけが人が出たのに、大垣行政の責任者が、業者に全責任を押し付けて、雲隠れするのだ。大垣市の職員に安全と道徳というクライテリアがないからだ。

ミッキーマウスのパレードも大垣市制100年にはなんの関係もないイベントである。このクライテリアは何か? 大垣市TDL の営業宣伝パレードに振り回されただけだ。大垣市制の次の100年に何の意味もないパレードであった。市民税の無駄であった。600万円がパー。

ミッキーマウスのパレードの影響で、翌週の賑やかしだけの大垣祭り山車特別曳そろえも、見物客1万人しか動員できないので、実施しても意味がなかった。子供たちの勉強時間を奪っただけ。山車を曳く学生アルバイト代が市民税で投入された。無駄だ。何のために?のクライテリアがなかったのだ。単に100個のイベントを行うという愚劣な考えだけが先行しただけだ。

「大垣さん大集合」も、市制100年のクライテリアには、頓珍漢な行事である。その大垣姓の100名を交えた大宴会で20名の市の職員がどさくさに紛れてご馳走を盗味した。それが次の100年にどういう貢献をするのか。市民税泥棒である。一人10万円の散財で1000万円が消えた。後世に何の価値も生まない。

朝鮮通信使行列も、「なんのために?」のクライテリアがないから、歴史の事実を捻じ曲げて、大嘘の行列を仕立てるのだ。日本政府は、徴用工裁判の不当性で、韓国との国交断絶さえ考えているのに、小川敏市長が韓国に媚びを売っているのだ。

大垣市制100年行事は、小川敏市長が、目立ち我利の行事をしたいがため、分捕った予算の消化と業者に金をばらまきたいがための行事で、明確なクライテリアがなく、本来の筋から逸脱するから、事故を起こすのだ。大垣市制100年行事予算3億4千万円を浪費して会計報告をマル秘にするから汚職が疑われるのだ。市の財政が杜撰になるのだ。

 

己の人生のクライテリアは明確か?

自分は何のために働いているのか。なんのために金を稼いでいるのか。金ができたら働かないのか。人生は、お金のためにあるのではない。自分は何を目指して生きているのか。人は、何のために書を書き、仏像を彫り、音楽を奏で、写真を撮り、文書を作るのか。

そのクライテリアが明確でないと、道半ばで、人生道に迷う。その価値基準を明確にして仕事に取り組もう。そうでないと、定年後の人生が認知の人生となってしまう。今の日本社会は、65歳以上の15%が認知症である。

 

2018-11-10  久志能幾研究所 小田泰仙

  著作権の関係で、無断引用を禁止します。