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2017年7月 5日 (水)

母の思い出  3/4

一杯のインスタントラーメン

 私がまだ小学生で、日本も我が家もまだまだ貧しかった昭和30年代のお話。当時インスタントラーメンなるものが世に登場し、母はインスタントラーメンをよく作ってくれた。そのラーメンを、母は一食分を醤油で汁の増量をして2つに分け、母も一緒に食べていた。贅沢な私は、そんなケチなことをせず全部食わせろ、とよく言ったものだ。今にして思うと、ああして節約していたわけで、全く頭が下がる。ただし、節約しても野菜とか卵を入れた手の入った料理で、今のカップラーメンのようにお湯だけを入れるのとは違う。

 母は昔気質であったせいか、本当のインスタント食品であるカップラーメンやレトルト食品等はほとんど使わず、殆ど手作りの料理を作っていた。

 

人を見る眼の躾

 母からは、家の中で歩くとき畳のヘリを踏まないような躾を受けた。父はこの点が無頓着で、いつも母から叱られていた。その点では、私はおりこうさんであった。そのため、自宅に招くお客さんが畳のヘリを踏むか踏まないかで、その客の育ちを観察する癖がついた。人の家に行けば、敷居のヘリの汚れ具合で、その家の格が分かる。良いとこの育ちだと、確かに畳のヘリや敷居を踏まない人が多い。それは箸の持ち方、茶わん蒸しの食べ方、身のこなし方からも観察できる。

 そういう点で、私は母から旧家のしきたり、作法を厳しく躾けられた。その観点で、周りの人(昔の上司も含む)の下品な振舞いを情けなく思いながら、片目をつぶって過ごしてきた。見え過ぎるのも困ったものだ。片目をつぶらないと宮仕えは勤まらない。時には両目をふさぐ。

 

読み終えた新聞紙は商品

 母は新聞紙を丁寧に扱い、きちんと皺を伸ばしまとめて、露店商に売りに行っていた。露店商はこれを商品の包む紙にするので、綺麗な新聞紙が必要になる。そんな訳で、露店商は特定の人から買っていた。これはちり紙交換に回すより、はるかに高いお金で引き取ってくれた。だから当家では、新聞は商品として丁寧に扱う習慣がついていた。こんなことでも無駄にしない母は並みの人ではない。今は古新聞の買取の業者も回ってこなくなった。

 

洗濯機なしの生活

 当時、実家には洗濯機がない。倹約家の母は、洗濯機は布地が痛むからと、終生買うことはなく、お風呂の入るとき風呂場で、手で洗っていた。その歳で洗濯機くらい買って少しは楽をしろ、と私が言うのだが、手洗いがいいと頑として聞いてくれなかった。少しでも楽をしようとする意思がないようであった。

 私は三河の自宅で、全自動洗濯機と乾燥機(当時の熱風式ランドリー)を使って暮らしていた。全自動で洗濯し、熱布式乾燥機に洗濯物をかけると、てきめんに下着等が短期間にボロボロになってくる。まさか手洗いをする時間をかけられなので、それで暮らしていた。最近(2017年)は、エアコン式の水分乾燥機能が付いたドラム式全自動洗濯機を使っているので、その弊害が無くなった。それを使うたびに母を思い出す。

 

テレビなしの生活

 昔はテレビが贅沢品で、私が小さい時はよく他の家に見せてもらいに行った。その贅沢品を、うちの家ではかなり早い時期に入れた。当時社宅に住んでいて、屋根にテレビアンテナが上げるのが隣同士の見栄の競争になっていた。そういう点では頑張り屋の母であった。今の平成天皇の結婚式のパレードを見るために、1959年(昭和34年)、世間のブームに巻き込まれた形で買った。

 そのテレビは日本コロンビア製であった。当時、各社の製品を見比べてこの会社の製品に決定した。その日本コロンビアも電機業界の激変にはついて行けず、テレビの生産をやめ、2001年にはAV・メディア関連機器部門を(株)デノンとして分社化、譲渡してしまった。今は音楽に特化した商売をしている。ソニーでさえ、隣国の液晶を使ってテレビを作る時代となった。時代の変遷を感じる。我が家で最初のテレビを買って半世紀以上が経ったが、いまだに日本コロンビア製であったことを鮮明に覚えている。

 しかし、ここからが、当家が世間と違うところ。そのテレビも4年ほどで写りが悪くなったが、なぜか買い換えよういう話がなく、私が小学生の高学年から大学に入るまでテレビ無しの生活になった。お蔭で、読書と勉強にいそしむことができた。大学に入ってからは、いくらなんでもテレビぐらい無くてはと、カラーテレビが常識の時代に、白黒テレビを買った記憶がある。その影響で、母が亡くなる1992 年末まで、実家の私の部屋には白黒テレビしか無かったが、別に欲しいという気がしなかった。ただし、当時の両親の居間と仕事場と寝室にはカラーTVは有った。今にして思えば、お金以上に、時間の節約ができたと母に感謝している。

 上記事情で、昭和39年(1964年)の東京オリンピック開会式の放送だけは、行きつけの模型屋さんに行って見せてもらった。その直前のケネデイ暗殺事件(1963年11月22日)の報道は、新聞の夕刊で見て衝撃を受けた記憶がある(なんと当時、我が家にはラジオもなかった)。その時のみ、テレビがあったらなと思ったが、それだけであった。確か当時の一般家庭でのテレビ普及率は90%を越えていたはず。今は、この話を人にしても信じてくれない場合が多い。これが自慢できる時代になるとは、世も変わったものである。

 1993年頃、自宅のソニーのモニターが壊れてしまい、修理に出すのが億劫なのと、科学工業英語検定試験1級の受験勉強に本腰を入れていたため、4か月間ほどTVなしの生活を送ることとなった。この現代の情報化社会でも、TVなしで死ぬことはないのと、情報化社会に遅れることなく生活できるのを確認したのが最大の収穫であった。

 

2017-07-05

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

書の著作権は馬場恵峰師にあります。所有権は久志能幾研究所にあります。

2017年7月 3日 (月)

母の思い出  2/3

母の死生感

 母は死に対して達観していた。食べたいものも食べれないような生き方をして、無理をして長生きなどしたくもないという性格で、私は太った体重を減らせと何度を言ったが、とうとう聞いてくれず、これが遠因の脳溢血で逝ってしまった。これだけが母の欠点であった。

 倒れてからも、死ぬことなど、何も恐ろしくないと病床で言っていた。凡人には言えない言葉である。自分の死期を察し、その死後の準備と指示までしてくれた母は並みの人ではなかったと、今にして感ずる。自分の老後の設計をして、それを活用することなく、父と私のために生きた母には感謝してもしきれない。

 母の死期が近づいた日々の数カ月を、1~2日に一回の頻度で、就業後の深夜、家から実家の市までの往復170㎞、速度制限50キロの堤防上の道を・・キロからの速度で飛ばして母の入院する大垣市民病院に通った。意識のない母の顔を見ることと父に顔を見せることが、せめてもの親孝行だったと自分で慰めている。しかし、意識のない母が段々と衰弱していき、死期が近いことを嫌でも認識させられることは、実に辛い残酷なことであった。

 極限状態は、真の母の親友を浮かび上がらせてくれる。生前、その後も色々と御世話になった知人の方には、感謝してもしきれない思いがある。

 

母からの逃亡

 出来過ぎて頭も切れ、私に構いすぎるので、私はうっとうしく母の元から離れたかったので、三河で就職をした。大学で特待生を獲得したので、担当教授から地元の企業ではなく、もっと活躍の場のある三河の企業を紹介された。学校推薦であるので、母は地元に置いておきたかったが、母も諦めて私を手放した。

 おかげで私は母の引力圏を飛び出すことができた。それでも電車で1時間、車で2時間の距離の程よい距離で、今にして良き就職であったと思う。これが東京への就職では、母への毎日の病院見舞いもできなかったはず。そのご縁で、仕事の上でも良き経験をした。地元の企業では、その経験はさせてもらえなかったと思う。お陰で世界を相手に仕事ができた。

 

子供の務め

 病院嫌いの母が、頭が痛いと言っていた時に、「医者に行け」と言ったのだが聞いてくれず、脳溢血で倒れてしまった。今にして思えば、首に縄をつけてでも、病院に連れていくべきであった。返す返すも、悔いが残る。老人がかかる病気の初期症状(特に脳溢血)を熟知することも、大いなる親孝行であると、反省した。脳溢血での数日、数時間の処置遅れは致命的である。なにせこの世には、お金で買えないものがある。

 

現代医療の疑問

 既に数カ月も意識のない体に無理やり注射をし、薬付けの治療をしている。意識が戻った時に、数カ月も使わなかくて弛んだ機能しない筋肉が、元通りに再生するとは、素人の私からも理解できた。そんな単なる延命治療は、神の意思に背くのではないか。かえって家族には酷い気がするのを、亡き母の治療で身近に感じた。意識のない母の各細胞が刻一刻と再生不能な領域に行きつつあるのは、理性ある人間ならいやでも認識させられる。自分の意思では呼吸を出来ないのを、人工呼吸器で数カ月間も生き長らえさせる現代医学の意味を考えた。

 この現代医学治療の最大で唯一の恩恵は、母の死に対する心の準備をゆっくりさせてくれたことだ。しかし、これは真綿でじわじわと首を締められるようで、別の苦みを味わわせてくれる。お見舞いに来た親戚の叔母が言った。

「地獄など来世にはない。この世で、辛いことを耐えるのが地獄の苦しみである」

 

自然界の法則

 この世は原則として不平等である。自然界・生物界で、全て平等などの現象はありえない。それを、エセ民主主義を振りかざし、無理に平等だとするから話が拗れる。最近、私は死生感がハッキリしてきた気がする。この世は、自然界の方法に則っていて、いくら人間の知恵を働かせても死ぬべきものは死ぬのであり、それに逆らうのは大きなエネルギーロスで得るべきものが少なく、人類全体には却って大きな損失ではないのか。それをさらに臓器移植で、何とかしようというのは何故か納得がいかない。そもそも神の前では、人間など小さな存在だ。だからこそ与えられた運命を受け入れることが大事なのではと思う。死ぬべき運命ならそれを受け入れる心を、そうでないなら、最大限の生きていく努力を持つべきだと思う。最近、良寛の悟りきった下記の言葉が素直に受け入れられる。

 

「災難に遇う時期には、災難に遇うのがよく候。死ぬる時期には、死ぬるがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候。」良寛

 

臓器移植への疑問

 臓器移植には、その行為自体に矛盾が存在する。なまじっか他人の臓器を頼るのは、それによって、却って他の人の命(臓器提供者の)を縮めることにはなりはしないのか。片方で人の生を渇望し、そのために臓器移植のための人の死を渇望する非情さに矛盾を感じる。臓器移植での人体の拒絶反応は、ある意味での神の示す意思である。それを克服しようとするのは、人間の傲慢さの現われではないのか。世の法則である自然淘汰には、神の深遠なる配慮があると思う。その点で、私を五体満足に生んでくれた母に感謝である。この恵まれた環境を生かして、精一杯生き抜くことが、母への感謝と餞である。

 2017-07-03

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2017年7月 2日 (日)

母の思い出  1/3

電気の基本容量UPへの抵抗

 母は、若いころから洋裁の腕で働き、節約した金で、大した贅沢もせず、平均寿命以前に逝ってしまった。昔気質の母は、電気の契約基本容量のアップを頑固に拒んだ倹約家であった。私は小さい頃によく電気のブレーカを飛ばして、母に叱られた記憶がある。今にして思えば、実に合理的な思想であった(前職の勤務先の工場では省エネ活動のため、これと同じ思想の節電に取り組んでいた)。幼い当時は、なんとケチな性格だと疎ましく思ったものだが、今は母が残してくれ有形無形の財産を感謝している。人は棺を覆って初めてその評価が定まると言うがそれを身近に実感した。

 寒い冬の夜(1992年12月)、母の通夜の場で家中の電気をつけたため、ブレーカが度々飛んで往生したが、「私の葬儀ぐらいで無駄遣いをしてはダメ」と言っているようであった。母の葬儀を母の叔父の意向で、母が歯を食い縛って残してくれた有形無形の財産への餞として、身分不相応に立派にしてあげたのが、親不孝な私のせめてもの親孝行であった。

 しかし、年老いた父にそんな不自由な生活を送らしても仕方がないので、母の死後、実家の電気の基本契約容量をアップ(30A)させた。しかし、三河の自分の家の基本電気容量(20A)はなぜか、母の性格を受け継いだせいか、もしくは貧乏性のせいか、基本電気容量を上げる決断ができずに、近畿への転勤の2005年末まで暮らした。おかげで、チョット油断するとすぐブレーカが飛んで閉口であった。基本電気容量の契約アンペア数を上げても、生活に困らないリッチな身分に早くなりたいものと思って頑張っていた。今はこれとこれの電源を入れたから、総アンペアはこれだけで、これを切らなくてはアレが飛んでしまうと、頭がフル回転(羽田元首相の言い方で)である。この対策のため、家中の電化製品の電気容量リストを作成し、それを冷蔵庫に貼って横目で見ながらこの件を凌いでいた。不便だが、節約と頭の体操には良いものだと、母の躾に感謝している当時の姿であった。

 

 母が健在であった当時、20Aであったブレーカ容量が、定年後に大垣に帰郷して40Aに、さらに60Aに上げた。現在(2017年)では、ブレーカ良く飛び、往生している。どないなってんねん?

 

お金の使い方

 母は節約家であったが、使う時には、特にわが家の見栄・名誉に関係する時は、それこそ躊躇なく一気に出す性格で、ケチな節約家でなかったのが偉い。特に、私の教育のためなら何でも我儘を聞いてくれた。またそれが、母の生きがいでもあった。今の私がその反面教師効果として、贅沢ができない性格になったのは、母の深慮遠望だったかもしれない。

  そんな母は、旧家の長女に生まれ、終戦後に父のシベリア引き揚げ後に結婚し、母の才覚と働きで裸一環に近いところから、自宅を彦根と大垣に2回も建て、自分の老後のため、息子の世話にはなりたくないと、借家を数軒も建てた、自立心に富んだ、プライドの高い、頭の切れる、男まさりの偉い母であった。出来の悪い自分が情けない。長年付き合いのあった地元中小企業の社長は、母に一目も二目も置き、大垣の社長たちで、母に太刀打ちできる男はいないと太鼓判を押した。日本の高度成長は、贅沢を知らない戦前の世代が、遮二無二に頑張った成果だと思う。その日本の高度成長と共に生き、バブルの終息をあと、それを追って消えるように逝ってしまった。働き者の母は、ある意味で幸せだったと思う。あの時代は、右上がりの経済を信じて全員がガンバっていた。その成果を手にしてから、逝ったのはせめての慰めかと思う。

 

日本政府に不信感

  母はよく、終戦直後の新円交換の話をしてくれた。このせいで、母の父の蓄えた退職金が全て紙屑同然になった言い、国のやることに全面的不信感を持っていて、「自分で財産を守らなくては」との信念になったようだ。トヨタ中興の祖の石田退三氏の「自分の城は自分で守れ」と同じである。私も日本政府を信用していない。

 

 

人を見る厳しい眼

 締まり屋の母ではあったが、旧家の10人兄弟の長女に生まれたこともあり、世間の付き合いの慣習にはうるさく、付き合う人たちの常識の無さをよく指摘して、私に「あんなことをしてはいかん」とよく言って聞かされた。その社会のあるべき「常識」を身につけさせられた。そのため、回りの人達の言動のアラが眼につきすぎて困惑している。今は、母以上に厳しい目で、私は人を見ている。

 特に人との交流関係での「信用問題」では、厳しい眼をしていた。親戚や昔の上司の妻、回りの人の非常識さを私に指摘して、二度と付き合わない厳しさを持っていた。ある親戚とは親戚付き合いを絶った。理不尽な事には、相手が男性や上司の妻にでも、堂々と言いたいこと(正論)を言うので、相手がタジタジとなる。そんな母の交遊関係は小さいが、その密度は高かった。虚構の交友関係よりは、遥かに良い。

 そんな性格を受け継いだ私は、2015年の自家のお墓の改建問題で、非常識な対応をした親戚の3家と縁を切った。これは問題を曖昧にできない母の性格が受け継がれている。

 お金が無いことは、各種誘惑への毅然たる態度の欠如、心の余裕の喪失、非常識言動につながりやすい。だからこそ、しかるべきレベルまでは、お金を持たなければならない。お金に汚い人たちや非常識な人、それに起因する行動を批判して、お金の大事さを母は教えてくれた。

 

人の眼を意識せよとの躾

 「出張等で、外食する場合には、最低金額の食事をして出張費を浮かすなどの情けないことをしてはいけない」。これは亡き母の教えである。そもそも会社が、「規定金額で食事をすること」と指示しているのに、それに見合う金額を使わないのは、会社の名誉・信用を傷つけている。他の人が見たら、「あの会社は、まともな食事代さえ出せない貧乏会社」と思せてしまう。それこそ会社への背任行為であり、会社の信用を傷つける。個人も法人も、信用を無くしては金儲けができない。また自分の勤める会社を卑しくして金を節約しても、それでは将来はたかが知れている。その場を誰も知らないといっても、神様は見ておられる。

(初稿1995年11月8日、2017年7月2日再校正)

 

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2017年7月 1日 (土)

知的生産活動としての生活VA

 夢の実現と心豊かな人生をめざして

   低成長時代の生活リストラ手段

   知的生活のための節約・投資手法

   心豊かになれない日本人への諫言

 

 VAとはvalue analysis価値分析の頭文字で、今行っているプライベートの生活経費を見直して、無駄を省くことが「生活VA」です。それを1年間に積み上げて計上する。生活の工程を効率化してその時間をお金に換算する。トヨタでは1秒1円で原価コスト計算をする。

 

生活VAの目的

 時々新聞で、日頃極貧生活をしていた老人が亡くなった後に、莫大な遺産が床下や、銀行から発見されたことが報じられる。これを見ると、何のために生きていたかと、人ごとながら呆れてしまう。目的なき人生では悲しい。目的なき節約は、節約が目的になって、上記の愚かな結果を招く。人によって価値観が違うので、使い道をとやかくは言えないが、貯めるだけが目的の節約は悲しい。

 お金は人生の目的ではないが、智慧を得るためには軍資金は必要です。お金は多くの経験をするため、失敗や痛い目をあう為の道具です。行動しない限り知恵は身につかない。お金を大事に使って旅立たせると、お金がお友達をつれて帰ってきてくれる。

 

生活VAの実践

 自動車業界には、コストダウン活動としてVA制度がある。そのVA制度では、提案したコストダウン額の半分が、2年間にわたり提案元に還元される。そして、その分の納入価格は下げられる。VAでコストダウンをしなければ、強制的な値下げ要請で値引きをされるので、必死にVAをしなくてはならない。一つの部品で5円のコストダウンでも、年間500,000個生産すると、2,500,000円のお金になるのだ。

 この仕事のVA活動の水平展開として、自分の生活をVAすると効果が高い。そして節約した分で贅沢をする。節約項目は一年分の効果のみを計上する。それ以降は(あと永久に・・・)その分の生活費が節約されるシステムである。自分の生活費の中で、1日の100円の経費節約をすれば、年間で36,500円の儲けとなるのです。それが10年間も続けば、365,000円の儲けです。

 だから次々と、新しいVAのネタを探さなければならないので、しんどい。それがトヨタの日々改善の制度である。だから褒美としてその分は使うことにしている。そうでないと続くまい。これを永遠に続けると生活費は限り無く0に近づく。そのうちマイナスの値になって、カスミだけを食べて生活できるようになる・・・・?

 最近は先に贅沢をして、慌てて泥縄式に節約するので反省であるが、それでもその分をノルマとして節約を実行して生活を改めれば、その後はその項目分の経費、生活費が減る。

 リッチになるまでは、ひたすら我慢が大事です。清貧とは忍耐ある知的生産活動です。「肉体労働は1両の価値だが、頭脳労働は10両の価値がある」と言ったのは江戸時代のさる豪商の言葉。

 

 当時(1990年頃)は、残業手当てが10万円以上もあり、バルブ経済の影響で生活費が水膨れしていた。1991年にバルブが崩壊して、残業手当がゼロになり、必要に迫られて生活リストラに取り組んだ。下記は、私が1993年の4月から1994年3月の一年間で、生活VAの手法で節約をした実績値です。毎回、節約の対象、節約目標額を決めて実行していた。一部、贅沢品の支出はあったが、工夫した分は生活がスリム化した。生活VAを自画自賛している。

 

    反〇金+レ〇〇購入用VA   57,820円

    アンプ購入用VA      250,742円

    CDプレーヤ購入用VA   360,078円 

    絵画購入用VA       413,069円

  --------------------------

            合計  1,081,709円

 

 

このエッセイの構成

 本田宗一郎氏の表現を借りると、我々は「坊さんの手に渡るのを少しでも先送りするため、必死に時間を稼いで」生きている。そのために、時間そのもの節約とそれを可能にする健康は欠かせない。ビジネス社会で人並み以上のお金を貯めるには信用は欠かせない。またそれを支える軍資金も重要である。その4つの要素は教育から生まれる。あとは付録である。

 この理由で、この書は節約を達成するための戦略として、第1部にC1時間、C2健康、C3教育、C4信用金庫の順で記述した。その後に生々しい戦術として、第2部にお金の運用、買い物、生活費、車の経費等の順で記述した。第3部の最後に、この生活VAの背景としての私の考えを、エッセイとして記述した。

 先行して「C4 信用金庫」のエッセイをブログ発表しました。節約の最大要素は、信用の獲得です。これを第4章として位置付けした。人生で付加価値を生むためのカンバンが信用である。

 

 本書は、欧米の論文の書き方、つまり科学工業英語、新聞記事の展開の方法で記述してあります。つまり、最初の冒頭にその要点、結論を書き、それを具体的に展開する記述です。また各章も最初に原則・総論から具体的な事例へと展開しています。逆ピラミッド構成とも言えます。

 別の表現をすると、最初は格調高く、後ろの章にいくほど段々と具体的に生々しく・・・です。ですから、今日の生活にも困っている人は、第6章くらいの生々しい部分から始めるのがお勧めです。

 

 今回のブログで20年前に記述したエッセイを、順次見直して掲載していきます。これで皆さんも生活を見直して、浮いたお金で贅沢をしてください。無駄を省いて贅沢を、が私の生活モットーです。

 

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2017年6月21日 (水)

占いで過去を変える(信用金庫4)

 宗教と同じように、占いに凝ればお金は貯まらない。神さまは、自分の考え方が信じれない人に、お金儲けをさせてくれない。占いを使うと、熟慮が放棄さ、他力本願となる。

 2017年現在、日本の占い産業は、1兆円産業と言われ、第6次産業とさえ言われている。昭和54年(1979年)に流行った「天中殺」の和泉宗章の占い鑑定は、半年待ちの予約が必要で、30分間2万円であった。当初30分で1万円(以前は5千円?)の鑑定料は、氏の著作『天中殺入門』が180 万部のベストセラーになって、2倍に値上がりした。人の足元を見れる商売はぼろ儲けである。これで単純計算すると、収入2億円程になる。

 当時は私も人生に悩み多き時期で、恥ずかしながら和泉宗章氏の鑑定を受けた一人です。占いに凝ると、考えがどうしても消極的になる。これではお金は貯まらない。一時期、占いにかなりのお金を投資した私の反省です。

 

 だから、占ってもらうより、占う立場になること。これは儲かる職業で税務署も捕捉不能なのが魅力的?だ。また必要経費、設備投資が少なく(街の易者は国有一等地利用がタダ?)、不況なら尚更に迷える羊が増えて、商売繁盛でさえある。人生において、いつまでも占われる側の迷える羊では、浮かばれない。なに、占いなど簡単である。米の有名占い師は次のように言う。

 

「人の運命を見る時は、30%の直感力と古来伝わる運命術を応用し、後は相手に媚を売ることです」と。

 

占いで過去を変える

 占いを極めれば、新しい価値観が生まれる。それには一線を超えないとダメである。一般の占いの欠点は、付加価値を生まず、生きる勇気も与えてない。宗教団体は、占いを商売の勧誘道具として活用している。新興宗教団体の餌食になってはなるまい。何か行動(占いも)に移す時は、それで生まれる付加価値を考えたい

 

 その意味で、私はおみくじを引かない。引かなくても、自然界の声なき声で未来を教えてくれている。それが聴こえるように能力を磨くべきだ。それが占いの修行である。未来を占うより、自分自身で未来を創ればよい。その方が当たる確率が高い。

 占いで人の過去を占うなどは、最も無駄である。過去は、履歴書である己の顔に書いてある。人の顔をみれば、その人の過去が分かる。過去は変えられるが、未来は変えられない。暗い考え方で生きていけば、高い確率で暗い未来が訪れる。占わなくても自明で、未来は変わらない。過去の嫌な経験を、修行の時期、成長の糧と解釈すれば、過去は未来のために明るく輝き、変貌を遂げる。過去とは、己を育て鍛えた豊穣なる大地だ。そこに己が学んだ過去がある。嫌な経験や厳しい試練は、己を鍛えた基盤なのだ。

There is no fact, only interpretation.

 事実はない。解釈の違いがあるだけ。 ニーチェ

 

 もともと古代志那では易は乞食の職業で、現在のタレント業の川原乞食と同じ類である。街頭の易者をつくづく見るに、貧相で学識があるとは見えない風体が多く、なぜこんな輩に、人生の大事を話すのか。そもそも占いは現状・未来を予言してくれる(ように見える)が、何ら解決策は提示してくれない。運命を切り開き、決断をするのは己である。とは言っても、人間とは弱いものだ。せめて、占いは自分の反省材料に使うべきだろう。何か悪い掛が出た時には、今の行動の見直しか慎重さを促す神の声と聞くなら、使い道もある。

 

「親愛なるブルータスよ。その過ちは、我々が悪い星の下に生まれたからではない。過ちは我々自身の内にあるのだ。」シェークスピア『ジュリアス・シーザ』

 

占いの位置づけ

 占いの鑑定料、宗教のお布施のどちらも、「高ければ高いほど、御利益がある」と迷える羊に思い込ませる。「少しでも安く、良い物を」との資本主義の市場原理は働かない。買っていただく立場と、売ってやるとの立場では、価格設定が全く異なる。

 占い・宗教は、いつも価格切下げの地道な原価低減(VA)活動で、鞭打たれ、苛められる製造業の我々からは、垂涎の商売である。しかもVA活動は、その地道な活動と多きな利益貢献の割りには、あまり評価されない。利益貢献がなく形だけの賞が過大評価される現実が哀しい。だからこそ、「やるなら宗教教祖、占い教祖になるべきだ」が独立を夢見る人への助言です?

 

古代の職業観

 古代支那の占いに「四柱推命」があり、現代でも幅をきかせている。東洋哲学の陰陽道を基本としたこの占いでは、世の全ての事象を陰陽に分けている。それを「四柱推命」で各職業に当てはめると、陽の「正財」と「陰の偏財」に2分される。

「正財」とは、世の中で生産を司る仕事。

「偏財」とは、生産に直接寄与しない職業。

どういうわけか、この2つの偏財の職業(占い師と河原乞食(タレント))が現代日本で、もてはやされているのは異様である。本来占いとは、裏道でひっそりと息づくもので、表道には出てこないものだ。

 現代社会は、泥臭く油臭いと思われる製造業が不当に虐げられていて、学生の人気が離散している。表の「正財」の職業が存在して初めて、裏の職業が存在する。現代では、カッコ良く、賃金の高い非製造業(製造業のテラ銭稼ぎの)の職種ばかりが学生に人気がある。主客が逆転したこんな風潮で日本の未来は・・・と嘆く私は、古代の人間か?

 

占い活用の極意

 占いは使わないにこしたことはない、とういう考え方もある。伝説によると、昔の支那のある皇帝は一旦緩急ある時に備えて、高給を払って占い師を召し抱えていた。しかし、皇帝は死ぬまで占い師から助言を受けることがなかった。つまり皇帝の治世は平穏に終始したのである。これは占いを活用する極意といったものであろう。(千種堅談『婦人公論 1980.2月号』)

                                     

占い師の条件

 ・人並み以上の常識・知識・洞察力

 ・豊富な人生経験

 ・人並み以上の体力・精神力

 ・人を引きつける話術(結婚詐欺師をも上回る技能が必要)

 ・最低3つの占いの知識

 

 占い師は、占なわれる人の悪い「業」を受けることになり、精神的疲労は甚大であるという。なにせ客は深刻な悩みを抱いた人が多い。その話を聞くだけでも疲れる。その悲劇のどん底の藁をもすがる気持ちで占い師を頼って来ている当人から、いかようにも解釈できる「鑑定」で金を巻き上げるのである。このために体力と精神力のタフさは欠かせない。

 一般に技術者は100を知っても確実な内容の10ぐらいしか表現しないが、文学者は10を知って100を表現するくらい芳醇な創造力があると言われている。占い師はこの微かな情報を、膨大な話にして相手を、納得させる技術が必要とされる。だから占い師を志す人は「ああ言えば、上祐」と言われた氏ぐらいの話術・心臓が欲しい。またその本当の運命を読み取っても、商売上であえて口に出しては言わない点に(ペテン師としての)占い師たる奥ゆかしい教養が見いだせる。

 

 最近の不況・就職難のためか、占い師志望の人が急増している。その自由業としての立場と収入の多さ、資格がなくてもなれる点が魅力だという。しかし千人の占い志願者中、プロになれるのは3人だけが現実である。上記の条件を満足する人格・能力なら、どの道に進んでも社会的な成功は間違いない。なにも占い師に成りさがる必要がどこにあるか。

 だからもし占ってもらうなら、然るべき占い師を選別するために、占い師の人相を鑑定する知恵を身につけてからにすること。まてよ、それだけの知識と洞察力があれば、占なってもらう必要などはない?

 

 街頭や路地裏のうらさびれた易者を見るに、いつも次のことを思う。

「何で自分の将来が占えなかったの? 街の易者にまで落ちぶれて・・・」

 なにせ古代志那では易者は乞食の商売。人生で迷ったら、せめて恩師や人徳ある人に相談するのが賢明な手段である。宗教や占いに走る恐ろしさを1995年にオウム真理教事件が証明してくれた。

 

占い師の条件

 自分の心に咎めるところがあれば、いつとなく気がうえてくる。すると、鬼神と共に動くところの至誠が、乏しくなってくるのです。そこで、人間は平生踏むところの筋道が大切ですよ。(喜仙院談(勝海舟『氷川清話』より)

 

運の無駄遣い

 人生での「運の総量」は決まっている。それを大事に使うか、無駄遣いするかによって人生が変わる。米長元名人は、「惜福」という表現をしている。その点で、運の性格は「お金」に似ていて、財産として貯蓄することが可能である。ただし、貯めてあるかといってあてには出来ないし、ただ一度の手抜きが酷いしっぺ返しになることもある。神様が運営する「運銀行」の「預金残高」がないと、間違いなく人生での酷い仕打ちを受ける羽目になる。己の信用金庫と神様の運銀行の財獲得戦争である。

 

運の価値分析(VA)

 世には運のよい人がいるものだが、その人はそれ相応の運の使い方をしている。「運のいい人」と片づけずに、謙虚に我が身の行動を省みたい。「運」を価値分析して、運を貯金する姿勢が、幸運を招く。少なくとも、不運を避ける手段にはなる。

 

図1 どんな暗い夜でも、どんな厳しい冬でも、時期がくれば日が昇り、春がくる。未来を見るのに占いなど必要がない。世の中は自然の理で回っている。自然の中ではちっぽけの自分は、目の前の仕事を愚直に進めればよい。

 

久志能幾研究所 小田泰仙記 HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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高利貸しが掲げる錦の御旗(信用金庫3)

 「商売敵が優秀な弁護士を雇っても、なんら恐ろしくいない」とある経営者は言う(福富太郎氏の著書より)。しかしその商売敵が宗教に凝ると、それはとてつもない恐怖になると言う。心に炎を点火する宗教の効用は大きい。

 

 オウム真理教の教祖や幹部は、教団を創立する前の一時期、ある新興宗教団体入信していた。そこでマスメディアによるマーケッティング手法を学び、その効用を自書に記述している。オウム真理教は、それと同じ手段で布教活動を始めた。その手法があまりにも似ているで、その宗教団体の広報部が呆れたという。

 教祖曰く「神仏への感謝は自分の労働を振り当てるのが本当だが、それができない人は、それに相当するお金を供出すればよい。感謝の念が大きければ、それだけ多くの労働を振り当てるはずだから、お金に換算してその分を提供すればよい。」と。

 思わず多額の御布施をしたくなるような理路整然たる論法である。しかし、真の神仏は己の心の中にある。神仏に頼るのは己に信念がないからだ。信念無くしてはお金も成功も寄ってこない。宗教にのめり込むと、お金がいくらあっても足りない。喜ぶのは教祖だけ。「神仏を敬えども頼らず」が原則である。

 

 その新興宗教の教祖とオウム真理教の教祖共に、若い時に日本の法律を犯し、服役しているのは、その後の歴史を暗示している。これは一時期、その新興宗教団体の教祖の本を読み、説法を某支部で直接聞いた身としての感想です。上記の教祖様の説法を試しに直接聞いてみて、違和感で目が覚めた。

この教団の某支部に試しに行ってみたら(1980年頃)、出迎えた受付の人が「お帰りなさい」で、帰るときは「いってらっしゃい」であった。宗教商売がうまいと感心した。妄信した信者なら、大感激である。信者から金を巻きあげる算段が至れり尽くせりである。

 その教祖の書いている多量の本は、今まで見聞した本のパクリが多かった。ゴーストライターの作に違いない。自分で文章を書いて、本を出版した経験に照らしても、忙しい教祖がそんなに多量に本を出せるわけがない。

当時、私もまだ20代後半で、人生の悩み多き時であった。私の人生の同じ時期に、私よりも優秀な若者達が、超能力を身につけられるとの宣伝に騙されて、オカルト教団に堕ちていった。世の中、そんなに安易に超能力を身につけられるなら、誰も苦労をしない。とかく優秀な人は、泥臭い手間を避け効率的な手法に走り勝ちだ。優秀な人は頭だけで考えて、挫折を知らないから、簡単に騙される。私は、人生挫折だらけであった。

 

「神に頼るとはなんたることだ。自らの力で自らを助けたまえ」ベートベン

 

「宗教」とは:「希望」と「恐怖」を両親とし、「無知」に対して「不可知なもの」の本質を説明してやる娘。(A・ビアス著『悪魔の辞典』1911年)

 

宗教と企業経営の差

 宗教の「宗」とはウ冠に神事を意味する「示」で構成される。ウ冠とは己の家を表す。つまり己の家の教えであり家訓である。自分の信念に基ずく行動ができるなら、貴方は宗教家教祖である。だから私は小田教、つまりオダブツ教の教祖である。

 企業も一種の宗教活動である。トヨタ自動車なら豊田教、松下電器産業(当時)なら松下教である。その社是をみると、宗教法人の文言とあまり変わりがない。怪しい新興宗教団体の活動と正しい企業活動の違いは、金儲けか付加価値創造・社会貢献かの違いである。

 豊田綱領5条は「神仏を尊崇し 報恩感謝の生活を為すべし」である。

 松下電器産業の社是の「私たちの遵法すべき精神」は「感謝報恩の精神感謝報恩の念は吾人(ごじん)に無限の悦びと活力を与うるものにして此の念深き処如何なる艱難(かんなん)をも克服するを得真の幸福を招来する根源となるものなり」とある。松下電器産業の名が無ければ、どこの新興宗教かいな、との文言である。

 

 これがグローバル経済主義会社や外国企業では、株主利益最優先の経営理念となる。金儲けこそが第一優先である会社の宗教教義である。言い換えれば高利貸しの宗教活動として存在する。社会への貢献、社会的責任などは、くそくらえである。だから過労死、燃費偽造、リコール隠し、不法行為などの不祥事が多発する。教団幹部(経営者)以外の人間は、生産の道具(奴隷)であって、人間ではない。そのようにその宗教の教祖様が定義をした。グローバル経済主義会社にとって、株主への利益が最優先で、人間ではない従業員の賃金は安ければ安いほど利益が出て喜ばしい。賃金は経費扱いである。賃金が高くなれば、利益が減るので、安易に別に国に工場を移転する。従業員の生活など知ったことではない。欧米との貿易戦争とは、金儲け万能主義・拝金主義と、日本の理念経営の戦いである。それが理解できない隣国は、真の敵を見失い、日本を仮想敵国にして右往左往している。

 

オウム真理教事件に思う  宗教が人の与える免罪符

 宗教が人間を駆り立てる力は、計り知れない。それをオウム真理教が1995年に起こしたサリン事件が証明した。やくざが違法行為をする時は、違法行為だとの後ろめたい認識と、「親分への義理立て」が存在する。それに対して、宗教絡みの犯罪は、やる行為事態が正しいとの確信犯で実行するから恐ろしい。「たかがやくざの親分」と「神様」では格が桁違う。このオウム真理教信徒の中に、命の盃を受けたはずの大親分を見限って、やくざ稼業を廃業した組長代行まで含まれていた。

 

 宗教が異教徒を人でないと定義すると、悲惨な殺戮が起こる。聖地エルサレムをイスラム教諸国から奪還することを目的の中世の十字軍遠征でも、神様のご指示との錦の看板を背に、異教徒に残虐の限りをつくした。十字軍には神様からの免罪符があるので罪の意識はない。今の欧州に吹き荒れるテロも、神様の免罪符があるとして洗脳教育された愚者の凶行である。

 どの宗教でもその原則は、「汝殺すなかれ」である。そうしないと、人間としての種が滅んでしまう。人間以外の種で、同じ種の殺し合いをする動物はいない。殺すことを是とするのは異端の宗教である。人間が人間を平然と殺すことができたのは、その宗教の教えの中で、異教徒は人ではないと定義したためだ。その大義名分があったから、植民地略奪時代の西洋人が、有色人種を平気で搾取し、殺戮し、民族滅亡に追い詰めた。インカ帝国もその例で亡んだ。

 

 会田雄次教授がその著書『アーロン収容所』で、現地人の泥棒が食糧庫に盗みに入り射殺されたとき、英国将校が、「end」と言って、つまらなそうに足で蹴とばしたと記している。人間ならdeadだが、人間でないので、endである。だから人としての尊厳ある後始末は不要である。それが当時に西洋人のアジア人に対する見かたであった。日本人の思想では、生あるものや自然には全て神仏が宿るとして向かい合ってきた。それゆえ、日本では民族大虐殺などは歴史上であり得ない。

 日本の思想は幸せな和の教えである。しかし日本以外ではそれが通用しない。それを認識しないと、なぜ戦争が起きるかが理解できない。和の精神が全てだと思うから、非武装中立などとの幼児の妄信が横行する。それを唱えた社会党は消滅した。その残党の一部が民進党に行き吠えている。自分の家でも寝る時は戸締りをする。国家ならなおさらに国民の財産を守るために防衛しなければ、国が亡ぶ。チベット国は共産主義に侵略され、国民の20%が殺されて国が消滅した。それは単に国を守る軍隊が無かっただけの理由である。

 

 宗教が正しい方向で使われるなら、その力と恩恵は素晴らしい。真実の宗教は心に炎を灯してくれる。万物の長と言われる人間でも、間違った価値観に染まり、間違った方向で火が付けば、無尽蔵の殺戮を平然とする。地下鉄サリン事件や、広島の原爆投下のように。米国も日本人が白人なら、決して原爆は落とさなかった。米国にとって日本人は、(当時は)単なるイエローヤンキーで人間ではなかった。米国エネルギー省の出版物中では、原爆投下は、「爆発実験」の項に分類されている(マーティン・ハーウック著『拒絶された原爆展』(みすず書房))。当時の日本人は人間と見なされていなかったので、原爆の実験材用に使われた。サリンや原爆のあれだけの開発エネルギーを正しく人生に投入できるなら、この世で実現できない夢はない。

  1995年3月24日に記した感想を今の時点で見直し(2017年6月21日日記)

  

無宗教の偉大さ

 日本の信者数     2億1972万人

 日本の宗教法人総数  18万3581

                  文化庁 1994年度『宗教年鑑』より

 (日本の人口は1億2千万人。意思を持って信者になるのは高校生以上である。それから推定すると8,000万人が実際の信者数)。データは古いが今も傾向はあまり変わらないはず。

 

 宗教を信じている人の割合

  宗教を信じている  26%

  宗教は信じていない 72%

  無回答        2%

    『読売新聞』1996.06 世論調査より   有効回収数 2,064 人

 

 宗教を信じている人は全体の25%だから、単純計算すると信仰心ある人は、一人で8つの宗教を信じていることになる。平均的日本人は、神道で出産のお礼をして、神社で七五三を祝い、教会で結婚式を挙げ(神殿の場合もある)、土地購入で神道の地鎮祭を挙げ、仏式で葬式を執り行う。5月のメーデーではフランスの国歌を歌い(歌詞は「国王の首を切れ・・・」の過激表現)、12月はクリスマスを祝い、除夜の鐘を聞きながら、第九を聞き、明けて正月は初詣に行く。

 はて?これでも8つの宗教にはならない。上記世論調査データは日本人の精神構造の摩訶不思議さを表している。A・ビアスは『悪魔の辞典』の中で、「無宗教は、世界中の偉大な信仰のなかで最も重要な信仰」と定義している。万物に神仏が宿るという考えは、一神教からみれば無宗教である。その無宗教が日本を世界に冠たる経済大国にした。それをA・ビアスは、100年近く前に予言していた。

 

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2017年6月19日 (月)

神様と信用金庫(信用金庫2)

祈り

 祈りとは、神様への感謝と未来の「約束・契約」である。純粋で一方的な祈りは、修道院や俗世間と隔絶した修行者にのみに許される。

 「・・を実現させてください、・・・にならせて下さい」等のお祈りは、一方的なお願いの押し売りである。本当の祈りとは、「・・・を実現するために自分は・・・をします」との自分の神様との約束・契約である。その契約内容を知っているのは貴方だけ。この誰も知らない小さな約束を守れない人が、「信用」という蓄財を築けるはずがない。毎日の祈りは、この信用を築く礎になる。この小さな約束を履行する積み重ねが、実社会での大きな信用を得る第一歩となる。自分自身の小さな約束を守れない人に、神様が願いを聞くはずもない。

 何事もギブ・アンド・テイクが基本で、テイクだけの祈りは情けない。祈りとは「信用金庫」頭取の貴方が発行する「信用手形」である。

 不渡手形を出した場合のしっぺ返しは大きい。この「破産通知」は目に見えない形で発行されだけに、気づいた時は手遅れです。その巻き返しには、信用を築く以上の桁違いの労力と時間が必要とされる。

 

祈り

 祈るということは頭を冷静にして自分と対峙し、謙虚になり、反省することです。運命に振り回されるのでなく、自分の運命を正しく把握することがツキを呼び込む第一歩です。 翠真佑(みどりまゆ)『週刊 東洋経済 1989.02.25号』

 

南無阿弥陀仏

 「南無」とは「お任せします」、「南無阿弥陀仏」は「阿弥陀仏様に全てをお任せします」を意味している。助けていただくのも、そうしていただけないのも、全てお釈迦様が一番いいようにしてくださる。そう思って、お任せしたことに感謝の意を表して、手を合わせるのが「祈り」である。その全面委任のはずのお祈りに、勝手にお願いを追加するのは、論理構成が間違っている。ビジネスでは正しい論理構成が求められる。勝手なお願いは、祈り行列の割り込み行為である。その姿勢では神様の信用は薄い。「人事を尽くして天命を待つ」、」「天は自ら助けない人を助けない」、東西の宗教は同じことを教えている。

 

「祈願する:PRAY  〔動詞〕」

明らかに取るに足らないたった一人の嘆願者のために、宇宙の全法則が廃棄されることを願う。      A・ビアス著『悪魔の辞典』(1911年)

 

壊れ物

 腹が立つと、物に当たりちらし、叩いたり壊したりする人がいる。それが会談中の場合にも、机を叩く等の場合に多々見受けられる。これは、された人間にとって実に不愉快な行為である。昔、私の部下でこの態度を取った輩がいて私の神経を逆撫でにした。そんな輩に限って立派な言葉を吐き、このお粗末な行動が、その人格に相応しい哀しい性として映る。

 物を大事にしない人は、人や人との付き合いも大事にしない。物に当たることはその物事態は壊れないかもしれないが、人間関係に小さな綻びや、金属疲労のような心の内部疲労を生み出す。

 物には魂が宿っている。「品物」は「ものを言わない」分,その仕返しは無言です。その仕返しは回り回って当人に降りかかる。物を大事にしない人が、神様(=お金、物、人脈)に好かれるわけがない。好かれない人に神様の信用はなく、幸運は寄って来ない。

 

人徳の貯金 

 人は叱られるだけ、まだ見込みがあると思わなければいけない。人は見切られると、注意さえされない。そのためにこそ、人徳の蓄積が重要だ。人徳の貯蓄と、「信用金庫」の貯蓄は正の相関関係がある。最近、管理職の立場で部下を見るとき、人徳のない部下には冷酷にならざるを得ないのは、人の好き嫌いとは別の次元の問題である。ただでさえストレスの溜まる宮仕えで、叱ると確実に不愉快な反応が返ってくる部下への注意は、億劫になる。会社全体のことを考えて、私はそんな人材へ労力は投入しない。それを考えるだけで確実に仕事の能率が下がる。だからこそ、叱られる資格があるのも大いなる人徳である。

 

 管理職として注意せねばならないのは、部下を「叱る」と「怒る」との区別である。叱るとは、感情が入らず、部下の育成としての冷静な指導である。怒りは、単なる個人的な感情の爆発でしかない。だから叱られるのは、まだ見込みがあると喜ぶべきだ。その反対に、「怒られる」時は首をすくめ、怒りが頭上を通過するのを傍観していて、内容は無視すればよい。そんな上司は長くはないし、将来の出世もたかが知れている。しかし、その「たかが知れたはずの人」が偉くなった場合には、その会社が出会う悲劇は壮大である・・・。せめて、怒られたら自分の失敗を反省し、再発防止は図ること。

 

昇龍感孤(昇りつめた龍は、孤独を味わう)(出典不明)

 龍とは古代中国では皇帝を意味する。人を指導する立場の人間は、この言葉を肝に命じるべし。この言葉は、トップが部下の諫言を謙虚に聞く態度が求められることも示唆している。単なる怒りは、自己の反省と謙虚さの欠如である。その結果を招いた一因は、自分の指示ミス、指導ミスではなかったのか? 少しでもその責任があれば、怒れないはでずある。怒れる資格のある人は、完全無欠の人か自己反省の出来ない人・・。

 その昔、課内で上司より頭の切れる先輩が、そんな傲慢な上司に対してこれを実行し、怒られても平然としていたら、その上司から、「私が真剣に怒っているのに、君は顔色も変えず平然としている!」とまた怒られた笑い話がある。

その上司は、その後さらに偉くはなったが、結局恥ずかしい不始末をしでかして会社を後にした。そんな自己制御のできない性格のためと、本来偉くなってはいけなかったのに偉くなったため、後日の会社運営に消しがたい爪痕を残した。この人が反面教師の役目を果たしてくれたせいか、私は部下を怒るのが億劫になってしまった。怒る前に、上司として反省してしまう自分が情けない。そんな情けない私にしたこの人には、感謝と怒りが沸きおこる。

 

 「人は誰でも易者になれる」とは、本田技研の創業者・本田宗一郎氏の言葉である。あからさまに言わなくても、人はその言動・顔つきを見れば、おおよそのことは分かる。またアメリカ建国の父リンカーンは人事の決定の際、「人は40歳になったら、顔に責任を持たねばならない」と明言し、ある人物の登用を退けている。40年も人間稼業をやっていて、志ある人物とそうでない人の顔つきが、同じであるはずがない。人徳・信用・志の有無は、別に星占いなどをしなくても、自ずと雰囲気的に伝わってくる。それが識別できないなら、自分自身を反省しなくてはなるまい。だから社会で生きていくために、ほんの少々の人相学の知識があると申し分ない。人相学は星占いより、はるかに有効な情報を与えてくれる。顔は信用金庫のバランスシートである。

 

 肖像画美術館

 1994年夏に、ワシントンD.C.のスミソニアン博物館群の中の肖像画美術館を訪問した。米国の歴史に残る業績をなし遂げた偉人の顔をじっくり一同に眺めれる美術館で、たかが肖像画であると思っていたが、入館するまでその面白さはしょうぞうがつかなかった。

 

  神坂次郎著『だまってすわれば  観相師・水野南北一代』(新潮社1988年)

 「〔飽食時代〕への警告と教訓にみちた一代記!」がこの本のキャッチフレーズです。波瀾に満ちた観相師を、人相学を通した目で巡る歴史物語である。極めて面白い。

 

人相

 新興宗教教団の信徒の顔をつくづくと見るに、能面のような張りのない顔付が多いのが気にかかる。何か人生に目的(善悪は別にして)のある人は、それ相応の燃える何か感じられる。少なくとも宗教にのめり込むと、自身の意思・責任・感情は棚上げして、神頼みの他力本願になるせいであろうか。

  

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2017年6月17日 (土)

貴方の信用金庫が破産?

 あなたの信用は破産寸前になっている? 「信用という名の貯金」を貯めないと、人生の財産が貯まらない。お金を貯めた結果は積分値で、信用金庫の出入り微分値である。信礼ありて交友あり

 

信用という名の貯財

 あなたは凸凹財閥「凸凹信用金庫株式会社」の頭取である。この世で一番価値のある財産は「信用」で、これが貯まらなければ、財もたまらないし、自分の夢も実現できない。自分の志は、一人だけでは達成できない。その達成のための通行手形が「信用手形」である。

 人が死を目前にした状況に置かれたとき、納得できた人生であったとその価値を決めるのは、その時の交際の厚さである。多くの人が近づいてきて、離れていく。一体何人の人が残るのか。それは己の生きざまそのものである。多くの恵みを多くの人に与えて、何人の人が残るかどうかだ。その数少ない人が人生の宝物である。その蓄財を決めるのが「信用」である。

 

 カナダの実業家キングスレイ・ウォード氏は『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』(城山三郎訳 新潮社刊1987年)の中で、「ビジネス」を次のように定義した。

 

 ビジネスは壊れやすい花瓶に似ている。無傷であればこそ美しいが、一度割れると二度と元の形には戻らない。

  Business is like a fragile vase - beautiful in one piece, but once broken, damn hard to put back together again to its original form.

      “Letters of a businessman to his son" by G.KINGSLEY WARD

 

 この「ビジネス」という言葉は、「人間関係」すなわち「信用」の意と同じである。人との付き合いは大きな財産である、その価値を高めるためには、信用が最優先だ。そのためには、小さな約束を確実に果たすことだ。なにせ、大きな約束は嫌でも守らざるを得ない。大金の貸し借りに事故は少ないが、 100円とか1000円の金の貸し借りでは、とかくルーズになりやすい。この小さなお金が、その人の信用を傷つける。この100円の借金は10万円より大きいとの認識が、人生の信用という財産の毀損を防ぐ。自販機のコーヒのため100円を借りるくらいなら、返し忘れを考慮して我慢すべき。それより、奢ってもらったほうが、よほどスッキリする。ただし奢って貰ったことを忘れないように。小さいことの約束の実行の可否が、大きな約束を果たす練習となる。

 

  お金に関係ない小さな口約束を果たすことが、信用という貯金を増やし、その金利を上げる。小さい約束を確実に果たすことは、その人の事務処理能力が高いことも示し、信用度の指標として高い相関関係にある。一事が万事である。だから、この小さな口約束をどれだけ実行してくれるかも、私が人を評価する基準の一つである。

 「こんど一緒に飯を食おう」等の軽い口約束を守る人は、実に少ない。特に酒の席での約束を守る人は、ほとんどいない。だから、外交辞令まがいの挨拶を乱発し、口だけ調子のいい人とのお付き合いは、避けるに限る。この心にもない外交辞令は、「信用金庫」の不渡手形である。不渡りを出しては、「信用不安」である。その反面、他人に厳しくする以上は、それ相応に自分自身の言動に厳格さが求められる。これが人生における浪費防止になる。

 

 最近よく経験し、不愉快になることの一つが、飲む約束とか、面会の約束を取り交わしてから、都合で一方的にその約束を破棄しながら、その後の巻き返しをしない人が多いことである。人さまのスケジールを壊したのだから、道義上でそれを修復する責任がある。その責任を果たさないのは無責任だ。人とのご縁は特に大事にしなくてはならない。この行為はそれを台無しにする。それは、相手からそんな程度にしかにしか認識されていない証だ。それなら、その人とのお付き合いを見直すべきである。将来そんな人から受けであろう有形無形の損害に対して、得るべきものも少ないと予知される。付き合うべき価値ある人財の蓄積と選別こそが、人生の蓄財につながる。

 

約束時間

 「信用金庫」の格付けを高めるためには、他人との約束時間、特に待ち合わせ時間を守るのが必須である。人さまの時間を尊重しない人間に、信用が付くはずがない。

 曰く「遅刻は最大の拒否表現」。 私はこの言葉をキーワードにしている。人の「信用金庫」の評価に、この待ち合わせ時間の正確さで判断しても、そんなに大きな間違いはない。その人の持つ人格、人生思想、自分への評価(自分がどの程度大事に思われているか)等、なかなかに相関係数の高い指標である。あと42年しか生きれない?残り少ない人生で、付き合う人の選別は人生の密度を高くする。自身の「信用金庫」の格付けが上がる。

 

いつか、、、、は破産への道

 「いつか・・・行こう」,「今度・・・をしよう」や「そのうち・・」等の期日なき約束は、約束ではない。それは永遠に叶うことのない幻の約束である。自他に対する約束では、期日を明確にすべきである。この約束の恐ろしさは、「いつか・・・しよう」とある人に約束したことを、本人はコロット忘れてしまい、約束された相手がその日を楽しみに、何時までも覚えていることだ。だから、「いつか」には「信用金庫」を破産に導く魔性を秘めている。自他に対する約束は意思を持って、その時にその行動予定日をスケジュールに書き込むべし。期日のない約束は、本当の約束ではない。

 

破産通告

 「信用金庫」の格付けは、日々更新されている。その格付けを下げるは簡単で、上げるのは並大抵のことではない。その最悪の格付けである「破産通知」は、「不渡手形」が数回続いた場合に、目に見えない形で発行される。その「信用金庫」再建には、信用を築く以上の桁違いの労力と時間が必要となる。それ以前の問題として、通常はその決定が当人には通知されない。なにせ、そんな人に知らせても仕方がない。そこに破産の恐ろしさがある。

 

汚職

 汚職は「信用金庫」の最大の敵である。その行為は、人生の破産を約束する。若き学生時代には将来を約束された超秀才が、汚職で社会的に抹殺される事件が古今東西、後を絶たない。学業や仕事の有能さと、蓄財能力は比例しない。汚職で蓄財するのは、蓄財能力とは言わない。これは畜生にも劣る行為で、「畜財能力」と表現すべきである。だからこそ、お金を貯めて、汚職の誘いにも平然としていられる人格・財格が求められる。小さな損得で、意地汚い人を回りによく見かける。これも、自分がお金に余裕があれば、平然と見下して対応できるもの。金の要る政界で、かの故池田首相に悪い噂が無かったのは、彼の実家が造り酒屋で金に困らない程の資産家であったためである。これは池田家の父親の人徳である。

 汚職で自己の誇りある仕事を汚さないためにも、子供のためにも、お金持ちになるべきだ。また子孫への責任としてもそうあるべきである。それは仕事の一部です。そうなれば、どんな状況でも、会社に対して平然として、仕事に励めるのも業務へのアクセルとなり、誘惑に対してさえも、平然としていられる。また惜しげもなく、自分に対しても自己投資が出来るもの。それも、会社に負い目も無くせる。汚職で一番困ることは、神仏は知っていることだ。その事を悟らない当事者の愚かさである。

 

自己破産

 最近日本でも、クレジットカードやサラ金等での利用のしすぎでの自己破産が増えている。欧米では、この自己破産申請を日本とは比べ物にならないくらい簡単にする。なにせ物を買っておいて、物を買いすぎていたことが分かっても、「売ったやつが悪い」との論理が罷り通る。破産した方は、何の罪の意識を感じないまま、「自己破産」に逃げ込むという。なにせ、散々使いまくっても、自己破産で全てチャラになる。自己破産しても、選挙権や銀行ローン等は一定期間出来なくなるが、一般的な社会生活は人並みに送れる。また刑事処罰があるわけではない。

 そんな論理感を持つ国民の運営する国家が、左前になるのは故あること。米国を筆頭とする諸外国には、細心の注意を払って付き合うべきだ。

 

  アメリカは、毎年150万人が自己破産する自己破産大国である。これは米国勤労者の約2%に相当し、50 人に一人が自己破産している計算となる。もともと、「クレジット credit」は cred = to believe( 信ずる) から語源が発生していて、「信頼・信用」が原意である。それを悪用して、自己破産する人間が横行する時代が来るとは、クレジットを発明したユダヤ人も想定外であった。

 クレジットは人間不信のシステムである。昔の日本には、「顔」、「ツケ」という、先進的な制度があった。この制度の素晴らしいことは、財布がなくても、顔さえ体に付いていれば、お店での支払いが不要である。これこそ、信用をベースに置いた近代的制度である。この先進的システムが、「後進的な」クレジットカードシステムに負けるとは、情けない「信用金庫破産時代」になった。

 

信用金庫友の会からのお誘い

 毎日曜日の早朝に会合している某「信用金庫友の会」から入会のお誘いがあった。その会は道徳の普及を目指し、信用、挨拶、礼儀を目標に掲げている。私は、これはと思って、清水の舞台から飛び降りるつもりで始めた66歳からの出版事業の挨拶状、HP、ブログ開設の挨拶状を数十人の会員の皆さんに直接手渡しで配った。そのうち、たった3人だけがメールで返信をくれた。その会の偉いさんには、普通の10倍の値段の上質紙に、カラー印刷した挨拶状、予定のブログ記事を面会して直接進呈した。その一週間後、たった数枚のブログ記事を、忙しいからまだ見ていないという。米国のマネージャーが一書類を見る時間は30秒である。その30秒がとれない幹部の姿を垣間見て、その人の人柄と、自分がどう見られているか、幹部と会員の人格と名目から乖離した会の実態が見えた。この会のうたい文句は何だったんだろかと考えると、人間ウォッチングは実に面白い。

 

図1は、自宅をリフォームして発覚した柱の惨状。白ありに食われた跡が生々しい。信用不安は、知らないところで、己の信用という大黒柱をボロボロにしている。表面からは見えず、地震等の事件が起きた時発覚する。その時は手遅れである。

 

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