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2023年1月 6日 (金)

元旦初荷 不法投棄 大垣没落の原因

 

 元旦に外泊して、1月2日に自宅に帰したら、駐車場に植木の不法投棄があり、不幸の初荷に怒り心頭であった。大垣市のゴミ袋有料化に伴う、予想された不祥事であった。

 これは些細な不法投棄事件ではあるが、今後のことを考えて警察に通報した。警察は30分ほどで来てくれて、近所の防犯カメラの調査と現場の写真撮影をした。警察官から、犯人が分かった場合に、来宅させて謝罪をさせるか否かの質問があった。私は犯人に面会などしたくないので、警察から厳重注意をしてもらうようにお願いをした。

 

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破れ窓理論

 小さな犯罪を放置すると、凶悪犯罪が蔓延る。だから、即、警察に連絡して記録に残してもらった。数か月前、町内で植木泥棒が頻発し、近所の家が警察に被害届を出した。警察の捜査の結果、犯人が特定された。その時は、防犯カメラにその犯人が写っていたのが決め手となった。

 また以前も町内で不法投棄をする輩(以前、町内に住んでいて転居した)がおり、町内ごみ担当委員がごみ置き場に張り込みをして、不法投棄する現場を現行犯として押さえた。後日、警察よりその家に厳重注意のため家庭訪問をしてもらった。本来、不法投棄は、罰金刑、懲役刑が科される犯罪である。警察の警告の効果てきめんで、それ以降はその輩の違法投棄は無くなった。

 小さな犯罪を放置すると、不用心な街となってしまう。きちんとした対応が必要だ。不法投棄で、熱海の土石流のような災害が起こり、多くの人が犠牲となることもあるのだ。だから小さな犯罪を見逃してはならない。

 不法投棄する非常識人はまた、再度、類似の不法投棄を犯す。だからその都度、正式の警察への対応をすべきである。それが市民の義務である。

 不法投棄とは、ゴミを法律に反した方法で処分する犯罪行為。 日本では“廃棄物の処理及び清掃に関する法律 (以下、廃棄物処理法)”にて、ゴミを無暗に捨ててはならないと定められている。

  不法投棄を行った対象者には、5年以下の懲役もしくは1,000万円の罰金、または両方を科される。対象となるのは、業者と処理を依頼した排出事業者。 法人に対しては3億円以下の罰金が科される。

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蟻の穴から堤も崩れる「韓非子‐喩老」

 シンガポールは美しい街だ。しかしそれは厳しいゴミ捨て罰金という制度で守られいる。シンガポールではゴミのポイ捨てでも、罰金刑である。初犯は最高1000シンガポールドル(約8万円)で、再犯は最高2000シンガポールドル(約16万円)に加え、公共の施設の清掃などのボランティア活動が科されることもある。日本のモラルが崩壊する中、そういう防御策も必要かもしれない。

 今回のような不法投棄を行っても、必ず捕まるという体制をとるのも必要だろう。小さな犯罪が社会を崩壊させる。だから不法投棄を見付けたら、警察に通報である。

 

大垣市の崩壊も「蟻の穴から堤も崩れた」

 大垣市がこれだけ没落したのは、行政が小さな不法行政を罪重ね、議員は利権行為をやり放題が許されると思わせたのが原因である。

 元気ハツラツ市行事での不正の疑惑、

 大垣市政100周年行事の不正疑惑、

 執行中の行政案件費用の秘密条令を制定

  (不正を隠しますとのミエミエ条令である)、

 ゴミが増えていないのに利権漁りのゴミ袋有料化 等々

 

 石田仁大垣市長、小川敏前市長がやりたい放題で、小さな墓穴を掘り続けたために大垣市は没落したと私は確信する。そうでもなければ、西濃の小京都と呼ばれたブランドの大垣がこれだけ没落したのは異常である。公示地価がこの20年間で半値以下に暴落したのだ。

 

 

2023-01-06  久志能幾研究所通信 2582  小田泰仙

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2023年1月 3日 (火)

一念の計は、山籠もり禊にあり

 

 今年の大晦日と元旦は、大垣フォーラムホテルに籠って「一念の計(一年の計)」を考えた。山籠もりとして、ホテルの最高の部屋に籠り、外界の喧騒を断ち切り、冷水で身を清め、今までの人生の振り返り、今後の人生を考える時間を持てたのは、有意義であった。それは私の禊ぎでもあった。それが一事一心一念道である。

 大垣フォーラムホテルさんからの厚遇に感謝である。これも亡き馬場恵峰先生の陰ながらの御差配と感じた。

 

展望

 その修行は、ホテルの天井界(8階)にある一番大きな部屋を利用した。その部屋は通常の部屋の3倍の広さである。寝室も居間とは別にあり、トイレも洗面台もクローゼットも2つある部屋である。居間には台所の流しも備わっている。宮様も利用するお部屋である。天上界からの展望も素晴らしく、初日の出(ただし1月2日。元旦は寝過ごして拝めなかった)も拝めた。冷水シャワーで身も清めた。

 また展望の視野内に、元三洋電機(羽島市)のアーチ型の巨大なソーラーパネルも眺められて、その最後の姿を拝んだ。このパネルは今年中には撤去されるとのこと。時代の流れを感じた。その現実に万物の生老病死を突き付けられた。生物だけではなく、建物にも生老病死があり、永遠の命はないことを思い知らされた。

 やりたいことが出来るのは、生きているうち、今のうちなのだ。自分の今までの人生を展望して、残りの人生を精一杯に生きようと決意した。今、生きていることが奇跡なのだ。

 人の生は偶然だが、死は必然である。

 人生計画は死から逆算して、立案すべきである。

 いつまでもあると思うな 親と自分の命。

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    天井界の部屋

 

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       元三洋電機のアーチ型ソーラーパネル  ホテル8階の部屋より   2023年1月2日

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振り返り

生老病死、ご縁は夢幻

 この部屋は、2018年4月、私が馬場恵峰先生ご夫妻を彦根と関ヶ原合戦場跡に案内した後、大垣で恵峰先生をお泊めした部屋である。翌日、私は恵峰先生ご夫妻を名鉄犬山ホテルへレクサスLSでお送りした。三根子先生に大変喜んでもらえて幸せであった。

 そのレクサスLSも、恵峰先生が大垣に来られることが決まり、それならばと構えていたら、ご縁で直前に入手できた。しかし、私はレクサスLSの維持費の高さに音を上げて2年後には手放した。別荘と二号さんは、持ってはならないのだ。乗らない時の維持費が大変なのだ。しかしそれも良きご縁で、よき経験であった。早からず、遅からず、ご縁はやってくる。恵峰先生ご夫妻をレクサスLSで送迎できたことは稀有の必然のようなご縁であった。今は、レクサスLSを買う気になれない。それは佛のご差配であったようだ。レクサスLS所有は108の夢の一つであったが、実際それを所有して見ると、「ああこんなもんか」と現実に目が覚めるのだ。それも良き経験である。今ではそれは夢幻であった。それも人生を振り返るための貴重な経験である。人生ではやってはいけないことをやってみて、やってはならないと悟るのだ。人とは愚かな存在だ。

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「佛様のお裁き」 

 その翌日の10月21日、馬場恵峰先生は塾ОB会の講師として、名鉄犬山ホテルに泊られた。しかしそのホテルは1年後の2019年8月に急に閉鎖された。耐震強度問題が露見して、安全上の観点で、取り壊されてこの世から消滅した。それも因果である。先生が泊まられた時、事故が起きなくてよかったと思う。宿泊客の命を最優先にした名鉄さんの決断は素晴らしいと思う。建物さえ、生老病死の因縁があり、あっという間に消滅する。まるで人の生死のようだ。

 それが今回、ご縁があり、私自身が大垣フォーラムホテルのその部屋に泊まることになった。自分でその部屋に泊まってみて、恵峰先生ご夫妻を極上のいい部屋にお泊めして良かったと改めて思った。

 翌日に恵峰先生が泊まられた名鉄犬山ホテルの部屋は普通室であった。馬場恵峰先生はその会の講演者なのだから、一般よりも格上の部屋にすべきだと思う。それが講師の先生への敬意である。

 その酷い扱いに比べて、私はよいことをしたと、改めて4年前のことを思い出し、嬉しくなった。それは名鉄犬山ホテルを予約した幹事達の人格の低さから起きた事件である。人格に低い人間は、何をやってもダメなのだ。当時、私はその幹事たちと事前準備をしている途中で、彼らの人格の低さに反吐が出て、私は幹事役を辞退して縁を切った。

 「佛様のお裁き」が、幹事達のドタキャンの露見とその後の不祥事である。そしてその思い出のホテルの取り壊しである。私は、その時の自分の絶縁の決断を褒めてあげたいと思う。悪縁と付き合うと、その分の大事な人生時間が潰される。

 そのOB会の直前、その幹事たちのドタキャン失態が露見した。私はその幹事役を降りていたので関係が無かった。しかし馬場恵峰先生の名誉のため、私はその後始末に走り回ることになった。恵峰先生と相談して、迷惑をかけた旅館に塾ОBの代表としてお詫びをして、先生の書を進呈した。その書は「縁あって花開き、恩あって実を結ぶ」の掛け軸であった。

 違和感を覚える人との付き合いは、心配が現実の危ない事件に発展する。この件で、よき知恵を授かった。その感性を大事にすることが危機管理である。

P1100226s 名鉄犬山ホテル   2018‎年‎3‎月‎27‎日撮影(事前調査で訪問)

 その1年後、取り壊された。その跡地には2022年3月1日、新しいホテルが開業した。

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  名鉄犬山ホテル前の駐車場で  この車で恵峰先生を送迎した。

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歳月人を待たず

 その翌年の2019年2月、私はガンの手術を受け、病床に伏した。手遅れ寸前で5年後の生存率は、51%の状態であった。なんとか生き延びることが出来た。佛さまが助けて下さったようだ。

 その10か月後の2019年12月13日、恵峰先生は自身の死を悟られたようで、中国へお世話になった方々に最後の挨拶をするため中国旅行に出発された。その前日、「夕焼け小焼け」の童謡の意味を先生の教室で解説された。それが恵峰先生の生徒たちへの最後のメッセージであったようだ。三根子先生は、その3か月後の2020年3月3日に突然、亡くなられた。それから新型コロナウイルスが猛威を振るい、私が九州に行けなくなり、8か月が経ったら、恵峰先生が倒れられた。その後、一月ほど寝込まれ2021年1月1日、亡くなられた。

 恵峰先生が死の床で繰り返し口にされたのは、「縁あって花開き、恩あって実を結ぶ」、「ありがとう、ありがとう」の感謝の言葉であった。

 もう恵峰先生をこの大垣フォーラムホテルの部屋にお泊めする機会はこない。私は1週間前(2022年12月24日)に馬場恵峰先生の三回忌に参列したばかりで、一連の流れに、歳月人を待たず、を痛感した。

 故馬場恵峰先生の高台に立つ図書館2階の書斎からは、長崎空港、九州高速道路、長崎新幹線(当時は建設途中)が眺められて、恵峰先生は、よく思索にふけっておられた。このホテル8階からの眺めも、同じように、名神高速道路の車、東海道新幹線の走る姿が眺められて、感慨にふけさせられた。

 

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 日中文化資料館の図書館2階からの眺め  2011年4月2日

  大村湾の長崎空港と目の前に九州高速道路と長崎新幹線の予定地が見える。

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今後の計画

ホテルでのお仕事

 私は、その部屋の6人用会議机に資料を広げ、もう一つの机にはノートPCを置き、人生計画作成のお仕事に没頭した。作業エリアが広く、資料を広げたままに出来るため、私は今までになく快適に思索を練ることが出来た。年に一度、静かな環境で自分の人生を振り返ることは良いことだ。

 部屋には計2台の大型テレビが設置されていたが(居間に1台、寝室に1台)、一度も電源は入れなかった。未来の計画をして夢を見たいのに、下世話で騒々しいテレビなど見る気にならない。

 禁酒しているので酒は一滴も飲まず、コーヒーと白湯だけで過ごした。この宿泊は、今までの穢れを落とす山籠もりの禊なのだから。

 

持ち込んだ資料は、

 「人生計画・自戒」のクリアファイル、

 「死ぬまでにやりたい108の夢」のクリアファイル、

 「人生の課題」のクリアファイル、

 青山俊董著『わが人生をどう料理するか』、

  叔母が青山俊董堂長より頂いた本で、叔母が私に贈ってくれた。

  青山俊董堂長は、私の叔母(京都の尼寺の住職)の師である。

 田口佳史著『超訳 言志四録』、

 松本明慶友の会会誌「苦楽吉祥」最新号、

 大村智博士の新聞記事、

 書抜きした京大カードから抜粋した約50枚で、ある。

 

 「人生計画・自戒」のクリアファイルには、「18歳から105歳までの人生実績・計画表」、自戒の言葉、「家系図」、研修記録、自分の性格分析等がファイルされている。自戒の言葉や年度計画も40年前からの資料が残してある。その変遷が、それで自分の歴史であり、自分の成長も辿れる。年に一度、それらを見直して今後の10年間の予定を考えている。

 「108の夢」のクリアファイル、には「死ぬまでにやりたい108の夢」の資料がファイルされている。今までの実績、これからやりたいことのリストを更新した。まだやりたいことが108個まで出しきれていないのが残念だ。紙にやりたいことを書いておくと、自然と実現するものだ。夢の実現には、まず見える形にするのが、秘訣である。

 「課題」のクリアファイルには、教育問題、認知症問題、少子化問題、日本再生、大垣再生、資金調達等の自分で考えたいテーマの資料(雑誌の切り抜き等)をファイルしている。それを見直して、新たな知見を書き込んだ。

 溜め込んだ情報と知識を、賢さで智慧に消化すると新たな知見が浮かんでくる。そのために場を変えてみるのも効果があった。それも極端に変えるのも良いことだ。それで惰性の人生が変えられる。

 ニュートンの運動力学第一法則は、止まっているものは永遠に止まっている、である。それを変えるには、少しの力を与えればよい。

 

 

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 大きな机の上に広げた資料を展望

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永眠の練習

 部屋の寝室には大きなダブルベッドと普通サイズ(それでもデカい)のベッドの2つが設置されていた。貧乏性の私は初日は、大きなダブルベッドは遠慮して、普通サイズのベッドで寝た。しかし翌日の夜、気を取り直して、使えるものを使わないと勿体ないと考え直し、2日目は大きなダブルベッドを使って、永眠の練習をした。お陰で熟睡が出来きて、日の出前に目が覚め、2日の日の出を拝むことが出来た。

 人は毎日が永眠の練習である。一生の内、一度だけ目が覚めない時がある。それが永眠(死)である。私は次の言葉が大好きだ。

 よく働いた一日は、安らかな眠りが与えられる。よく働いた一生は安らかな永眠を賜る。

             ゲーテ

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2023-01-03  久志能幾研究所通信 2581  小田泰仙

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2022年12月10日 (土)

不用品引取り魔巣教団、お布施として詐取、泥棒下見

 

 市内を拡声器で「不用品を引き取ります」と流す業者に騙されないこと。そういう業者は、それにかこつけて家の中を物色し、泥棒に入る機会を窺っていることが多い。

 

工業ミシンも引き取ります

 知人が「不用品引き取ります。工業ミシンも引き取ります」との行商トラックの拡声器の宣伝に誘われて家に呼び入れたら、なんだかなんだと因縁を言われて工業ミシンの引き取りを断られた。その上で「他に不要な指輪などはないか」と言われ、金の指輪を出したら、2万円程で引き取って行ったという。

 後でネットで取引価格を調べたら10万円で売れる品物であったようだ。かように軽トラで回ってくる「不用品引き取ります」行商人は危ない。その者達は近隣の外国人が多く、泥棒に変身する恐れがある。

 

モノの命

 モノにも魂が籠っている。モノにも生老病死がある。生まれたモノには、作った技術者の血と汗の匂いが籠っている。その魂を葬るときは、正しい手順で感謝して終末処理をしてあげるべきだ。そのモノが自分の人生を助けてくれたのだ。もしそれを処分する時は、きちんと魂にお礼を言って処分に出すことだ。それを怪しい業者に託すと、モノの魂の祟りで禍が己に降りかかる。

 先日のブログ(「セコムしてますか? 否、セコいことは止めた!」)で書いた家の塀の撤去も、菩提寺の住職にお祓いをしてもらってから実施した。

 自宅には、父が内職で使っていた足踏み工業用ミシン(80年程前の製造)を大事に保管してある。両親は、そのミシンで稼いだカネで私を育ててくれたのだ。粗末にはできない。もしそれを処分する時は、僧侶に魂抜きの儀式をしてから処分に出すことになるだろう。多分それは私の死後である。

 

危機管理

 怪しいと疑われる賊菌は、自宅に入れないこと。浮遊している賊菌の呼びかけに応じない事。新型コロナウイルス対策と同じである。君子危うきを呼び込まず。

 

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 父が使っていた工業用ミシン

 

2022-12-10  久志能幾研究所通信 2564  小田泰仙

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セコムしてますか? 否、セコいことは止めた!

 

 10年程前、自宅にホームセキュリティーの契約をしようとセコムに相談をした。私は前職会社で機密管理の為、技術開発センターの入退室システムの導入を進めた。その際、セコムと苦労を共にそのシステムを立ち上げた経緯があり、セコムの企業内容も知り、親近感があったため、その候補会社として、セコムを第一に選定した。

 第二候補の会社は、セコムより規模が小さく、事件時の現場到着スピードもセコムより遅いと聞いたので、セコムに話を持って行った。

 

 ホームセキュリティー導入検討で、分かったことは、月々の費用は5千円である。年間6万円、10年で60万円、30年で180 万円である。この最大の問題点は、事件があった場合の見舞金がたった100万円であることだ。それは被害額の総額ではなく、あくまでお見舞い金なのだ。被害の補償はしてくれない。何のためのセキュリティなのだ、と感じてセコムのホームセキュリティーの導入を止めた。

 

事件発生

 何か事件があれば、セコムの警備員が駆けつけるが、家の中には入らず、外で見ているだけだという。もし侵入者が目の前で犯罪を犯しても、セコムの警備員には逮捕する権限がない。セコムが警察に電話して、警察が来るまで黙って待つだけである。

 それでもし1億円の貴重品が被害にあっても、お見舞い金を百万円出すだけで、被害総額の保障はしてくれない。

 それなら自分で防犯設備を作り上げ、防犯対策をしっかりして、保険に入ったほう方がましだとして、ホームセキュリティーの契約をするのを止めた。

 

自家製セキュリティーシステム

 それでまず家の前の塀を撤去した。塀があると泥棒がその陰に隠れて仕事がしやすいのだ。日本の小さなウサギ小屋で、塀の設置など滑稽である。塀があると却って家が小さく見える。逆効果である。

 塀とその中の小さな庭も撤去して駐車場に変えた。利便性も向上した。

 窓ガラスも防犯用の割れにくいガラスにした。

 窓には侵入を防ぐ柵を設置。

 新聞も新聞受けを大きくし、溜まっても外にはみ出さないようにした。長期の留守の場合は、その間の新聞を止めてもらう段取りもした。

 留守が分からないように環境を変えた。

 長期の留守の場足、近所の人にその旨を伝えておく。そうすれば不審者が目立ちやすい。

 防犯カメラで、常時録画されるようにした。暗闇でも人が近づくとライトが点灯して、自動録画である。「防犯カメラ作動中」との警告板も設置した。

 

 最大の防犯システムとは、近所の人の目である。日頃から近所の人と交流して、家の回りを歩く人が、違和感のあるようにしている。孤独は良いが、孤立はダメである。

 

 家の内外の整理整頓清掃清潔を徹底する。汚い散らかった家には泥棒が入りやすい。5Sの徹底した家(工場)での事故は少ない。

 自分の城は自分で守る。トヨタ生産システムの原則である。

 

 

2022-12-09  久志能幾研究所通信 2563  小田泰仙

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2022年12月 8日 (木)

断捨離はご先祖をゴミ箱に捨てる愚業。それは認知症への道

 

 現在、断捨離が流行っている。しかし私は断捨離に反対だ。断捨離とは自分の記憶、過去を捨てる事だ。同時にそれは記憶を司る海馬の一部を捨てる事だ。脳には容量の限度があり、全ては記憶できない。その記憶できない部分は当時の書類や写真に記録されている。

 だから私は過去の資料を整理整頓はするが、大事な記録を捨てることはない。断捨離を推奨しているのは、軽薄なオバンである。かの女には歴史への尊重がない。有るのは今の快楽だけである。歴史の重みを認識できない人間は、ご先祖を敬わないものだ。

 

Learn from yesterday, live for today, hope for tomorrow.

The impotant thing is not to stop questing.

                                     Albert Einstein

 昨日から学び、今日を懸命に生き、明日への希望を持て。

大切なのは、問うことを止めないことだ。

 

 公式文書は図書館や新聞社で探せばよいが、自分の過去の記録は、自分の家の中にしかない。家の写真アルバム、手紙等は過去の記憶の倉庫なのだ。それを捨てるとは、自分の過去を捨てる事。過去を思い出して自分の人生を振り替えて新しいこれからの人生を考えることができる。

 人生はやり直しはできないが、何時でも再出発できる。それを刺激してくれるのが、過去の資料、写真である。それが出来なくなるのは、過去の資料を断捨離して、記憶を捨てた時だ。形あるものが亡くなった時、記憶の中のメモリーも消える。それは人生が消える時。認知症への第一歩である。

 

アルバム再整理

 最近、家族の写真を整理して、アルバムに再整理した。両親とその家族の若いころ(1920年頃)からの写真を現在まで100年間、時系列に並べた。そんな歴史を見直すと、自分の幸せを再度感じる。その歴史を見れば、ぐれることも自殺も考えないだろう。家族の写真を見ると、家族の思いは私に幸せになって欲しいとの願いだけのようだ。それに応えるのが、両親への最大の供養である。

 

インパール作戦

 叔父(父の弟)のシナ事変への出兵への天皇陛下からの下賜品などが出てきた。軍服姿の父や叔父たちの写真もある。その叔父の死亡通知も自家では保管している。ビルマで戦病死の報である。その実態は、エリートと言われる将校の愚かな作戦(インパール作戦)のせいで、2万弱の兵士が餓死病死となったようだ。日本軍は、兵士への補給を全く考えていない狂気の作戦であった。その捨て駒にされた叔父が哀れである。英軍は日本兵と戦わず、日本軍が自滅するのを見ているだけで勝ったようだ。

 父を含め我が家では3人が戦争に行ったが、父しか生きて帰ってこなかった。弟の一人はビルマで、一人はシベリアの土となった。父が地獄のシベリア抑留になったのも我家の歴史なのだ。ビルマで戦死した叔父には戦後、勲八等が贈られた。佐藤栄作内閣発行の天皇陛下の叙勲の賞状が我家の歴史記録である。

 父のシベリア抑留に対して、戦後、竹下登内閣からの感謝状と銀杯が来ている。それも我家の歴史記録である。

 私は、頂いた命を大事にしたいと思う。父が戦死をしていれば、私はこの世に存在しない。

 

過去を学び、後世の繋ぐ

 過去に家族が悲惨な歴史体験に巻き込まれたのも、厳然たる家族の歴史である。現代はそうでない平和さを喜びたい。ご先祖が受けた辛酸さを忘れてはならない。今後、そういう道に進まないように、国民として意思を表明しなければ、また国民が犠牲となる。現代でもインパール作戦のように、国民、市民を全く無視した政治が行なわれている。過去のアルバムを見て、ご先祖の霊が語り掛けていると感じる。

 岸田首相、石田仁大垣市長の愚かな政治に反対の声を上げねば、我々はご先祖が受けた被害をまた受ける。最低でも選挙でその意思を示そう。

 大垣市民は、最遅でも2025年の大垣市長選でその反対の意思を示せばよい。今のままの政治姿勢では石田仁大垣市長の続投はないのだ。

 媚中派の公明党に振り回され、決断をしない岸田首相に日本を任せると日本の未来が危ないのだ。

 流行に洗脳されて過去を断捨離すると、自分の未来はない。それは今だけを生きる犬畜生と同じだ。

 

Dsc097521s1 我が家の100年間の写真集

Dsc09753s  叔父の叙勲賞状

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2022-12-08  久志能幾研究所通信 2562  小田泰仙

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2022年12月 4日 (日)

努力よりも選択が大事、4時間睡眠? 絞首刑?

 

 4時間睡眠、8時間睡眠のどちら?

 新興宗教か旧来仏教宗派?

 朝飯なしか三食か?

 肉食の可否

 パン食かご飯か?

 ながら勉強か集中勉強か?

 現役か浪人か?

 

 世の中には成果を上げようとすると色んな選択肢が出てくる。全て少しでも良くしたいとの願いから起きることだ。つい新しい方法に飛びつきがちである。新しい選択肢は、ご利益あらたかで、魅力に溢れているように映る。

 しかしその前提として、努力よりも選択が重要である。間違った道でいくら頑張っても、意味がない。

 

宗教の選択

 新興宗教の狂った教祖に心酔し、新興宗教団体で、必死の修行で正大師の座を得て、サリンを撒いて絞首刑になった教団幹部がいた。間違った選択肢を選んだのが原因だ。宗教団体の歴史はそれを選択する場合の大事な要素だ。古くからある宗派は、洗脳もお布施の強要もしない。

 私の定年後、入会したG経営研究会で知り合った人が新興宗教団体に入るように勧めてきた。その人はその会の元会長であった。信用しないわけがない。話の種に試しに入り、ダメならすぐ脱会と思っていた。どうも定年退職で退職金があり、暇もあるカモと見て、接近してきたようだ。しかし入会直前に怪しい事件の多さを知って、脱兎のごとく逃げだした。旧統一教会と同じような寄付事件、暴力事件がネット上で公開されていたのだ。古くからの仏教宗派は、勧誘は戒律で禁止である。それはキリスト教も同じである。勧誘をしてくる新興宗教は怪しいのだ。

 間違って入会すると殺人事件にさえ巻き込まれる。どうせやるなら教祖になって、1億円のお布施をしてくれる迷える羊を探して稼ぐことだ(?)。新興宗教を研究することは、人の精神的な弱さを観察出来て、勉強になるだろう。猜疑心一杯の人間が、洗脳されると1億円の寄付でもを簡単にしてしまう。おそろしいことだ。

 

睡眠法の選択

 私は、「4時間睡眠法」の本を読んで、時間活用の素晴らしさに洗脳された。私も短時間睡眠を試みたが、現実的に続かなかった。現実問題として、その著者は79歳で亡くなられている。その生活手段が良かったかどうかは、各自が判断するしかない。私は4時間睡眠が宇宙根源の法則の反していると思うからだ。それを批判していた同大学の渡部昇一先生は86歳まで現役で活躍された。

 

宿命という選択肢

 与えられた選択肢は、惨めなものかもしれないが、人には宿命に逆らえない場合がある。その場合の選択肢は、自分に与えられた最高の選択肢であるようだ。その場合は、その宿命に逆らわず、その道で最大の努力をするしかない。船が難破して、己が荒波に放り出されたとき、ちっぽけな板切れしか目の前に無ければ、それが人生最高の選択肢の浮き輪なのだ。

 それは新興宗教をえり好みするのとは違うのだ。パン食にするかご飯か等の問題は、自分の知識と知恵と宇宙根源の法則を総合的に考えて、選択すべきなのだ。人によって、その選択肢の回答が違う場合がある。此の世で生きているのは自分である。自分が周りの環境を判断して、最善と思う方を選択すればよい。どちらが良いかは神仏のみ知る。真理は一つであるが、その対象を切り方次第で、選択肢が変わってくる。

 私は東大入試が中止になった時、浪人を選択せず、入れる大学に進学した。父の定年の関係があり、それしか選択肢がなかった。それが後で幸運をもたらした。その過程でレッドオーシャン(血まみれの海)で闘ってきた愚かさを知った。人生は、敵のいないブルーオーシャンで闘えばよいのだ。

得た智慧

 還暦をとうに過ぎ、今までの経験から判ったことは、努力よりも選択が重要であることだ。それが分かるには、何度も痛い目に逢い、知識と知恵が年相応に付かないと判断できない。経験的に、長い人生の経歴が善悪を示してくれているようだ。凡人は知識と知恵を頼りに選択するしかない。それが概ね宇宙根源の法則に合っているようだ。

 

 

2022-12-04  久志能幾研究所通信 2559  小田泰仙

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2022年12月 3日 (土)

大地震対策 懐中電灯に羂索、不動明王の守り

ひも(羂索)付き

 現在、私の枕元の脇机には、非常時用の懐中電灯を置いている。しかし、その脇机上の備品が私の寝相の悪さで、よくテーブル下に転落する。それでもし地震が起きた際、その懐中電灯が脇机上から転げ落ち、手の届かない場所に転がってしまう恐れがあることに気が付いた。それで懐中電灯に紐をつけて、ベッド頭部の板に結ぶことにした。これで深夜に大地震が来ても、懸念事項が一つ減った。

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 不動明王は迷える衆生の迷いを右手の宝刀で断ち切り、左手の羂索で救い上げる。衆生が佛に救われるためには、羂索が必要なのだ。

羂索:仏語。仏菩薩の衆生を救い取る働きを象徴するもの。色糸を撚り合わせた索の一端に鐶、他の一端に独鈷の半形をつけたもので、密教で用いる。不動明王、不空羂索観音、千手観音などがこれを持つ。

 

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 松本明慶大仏師作 不動明王像

 顔は怒りの様相だが、目は慈しみの目である。

大地震対応

 車の非常用ハンマーも車が転倒した場合、何処に飛んでいくか分からないので、運転席下部に固定である。それと同じで、震度7の地震に襲われれば、ベッド横の脇机上の懐中電灯も同じである。最悪の時に、起こってはならない最悪の状態になるのが、世の常である。だからその最悪の場合を想定して備えるのが危機管理である。想定外は何時でも起きる。だれが東日本大震災を予想したのか。2035年±5年に起きると想定される南海トラフ大地震は、日本政府も認めている。だからこそ、自分で自分の身をまもることはすぐやろう。

 

数で勝負

 自家では非常時の停電対策で、懐中電灯をあちこちに配置している。それは私が頻繁にブレーカを飛ばしていた苦い経験からでた智慧である。停電で家中真っ暗になり、懐中電灯を探すのに往生していた経験からの智慧である。それで家のあちこちに懐中電灯が設置してあれば、明りに辿り着きやすいと考えた。

 

蛍光シールで対応                        

 最近は、更にその懐中電灯の胴体に蛍光シールを貼って、真っ暗でも探しやすいようにした。

 

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停電時の自動点灯ライト

 コンセント部には、停電になると自動で点灯する非常用ライトを設置している。取り外せば、懐中電灯としても使える優れモノだ。2,400円ほどで手に入る。

 

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 LEDナイトライト 懐中電灯 2WAY 自動点灯 明暗センサー フットライト 足元灯 防災 充電式     TDH-300 朝日電器株式会社製

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2022-12-03  久志能幾研究所通信 2558  小田泰仙

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2022年11月25日 (金)

CT検査、がんセンター統一協会?から脱会できず、涙 😿

 

 昨日(2022年11月24日)、がんセンターで定期検査でCT検査を受けた。受けたくはないが、がんを患い手術まですると、がんセンターの標準治療コースに載せられて、術後、嫌でも定期的なCT検査等の全身検査を受けねばならぬ。

 検査は構わないが、CT検査時の造影剤の影響で、体調不良になり、へばってしまった。そのせいで昨夜はブログの更新が出来なかった。恐縮です。

 検査をして、体がへばってしまうのには、何か違和感を覚えた。この検査は体にとって正しいことなのかと疑問を抱いた。

 

検査とは

 トヨタ生産方式の考えでは、検査では付加価値を出せないので、各工程で作り込みをするのが原則である。検査をしなくても良品を生産することが、大前提である。その検査の費用とメリットを天秤にかけて、検査を評価せねばならぬ。

 

体の検査

 その考えを自分の体の管理に展開すると、がんにならないような生活を送ればよいのだ。だから私は最大限の対策をしている。しかしそれを実施してもがんセンター(がん友協会?)は、許してくれず、検査を受けねばならぬ。私は拒否をする勇気がない。なぜならがんの再発防止もあるが、金づるの意味もあるからだ。

 病院にとって、癌患者は大事な金づるなのだ。そのCT検査費用は1回、36,060円である。実際は健康保険があるので患者負担は7,210円であるが、国と病院の会計上は36,060円が計上される。

 2019年に新たに診断されたがんは999,075例(男性566,460例、女性432,607例)*国立がん研究センター)。この癌患者全員が年2回、CT検査を受ければ、検査だけで約720億円の売り上げなのだ。患者にCT検査の拒否権はない。その他、現在の医療体制を考えれば、国の医療費の総額が43兆円を超えたのは、納得である。国の税収は60兆円しかないのに、だ。

 

減価償却

 私は、2014年12月25日に大垣市民病院で心臓のCT検査を受けた。検査機械はドイツのシーメンス製であった。検査後に担当医師に聞いてみると1億円以上もする高価な機器である。この業界は東芝、GE、シーメンスがしのぎを削って売り込んでいるという。操作性と性能の点でシーメンス製にしたとの事であるが、減価償却費が大変なようである。その分、患者を回してその費用回収しなければならないので、病院院経営的に、医師はつい安易にCT検査を勧めるようだと、合点がいった。

 夕張市が財政破綻して総合病院が無くなったため、夕張市市民の死亡率が下がったのは、意味深長である。

 

メリットとデメリット

 医学雑誌のデータでは、人の年間の許容X線量は、1ミリシーベルトである。

 胃透視でのX線量は、3ミリシーベルトである。

 CT撮影でのX線量は、10ミリシーベルトである。年間3回以上CTを受けると、ガンが発生する確率が顕著になるという。

 

 2004年にイギリスの医学雑誌「ランセット」に「日本ではがん患者様全体の4.4%が、CTやエックス線の影響でがんになっている」という論文が掲載された。その論文によるとこれは世界最悪の数字だという。CTの影響でがんが12%も増えるという外国のデータも存在している。

 

 福島原発後に、国のご都合主義で引き上げられた限界被爆量は年間20mシーベルトである。今までは人の年間の許容X線量は、1ミリシーベルトであったのに。これでは、1回のCTで軽く限界被爆量を超えて場合がある。

 

 本当に、無制限にCT撮影をしてもいいのだろうか。担当医師に聞いても、最近はX線量が少なくて撮影できるという。ほんまかいな?である。その医師のいう裏付けデータは不明である。

 

 2015年頃、CT検査の話を後藤先生(私の英語の師匠)と電話で話をしていたら、「CTはレントゲンの600倍の放射能を放射して、10万人に104人の割合でガン患者を発生させる」との記事が“The New York Times” SEPTEMBER 9,2012号に掲載されていること教えられた。早々に自宅の新聞の山から引っ張り出して確認した。また造影剤は腎臓を傷めるとの先生からの注意があった。

 

 現代医学は、検査のやり過ぎで病気を増やしていないだろうか? その結果が、国の医療費総額の43兆円超えである。

 正しい生き方は、病気にならない、検査を受けなくてもよい生活を送る、が鉄則である。しかしがんセンター統一協会からの脱会は難しい。過剰な検査がお布施として要求される。私は、考えすぎのストレスからがんが再発しそうだ。

 

 

2022-11-26  久志能幾研究所通信 2550 小田泰仙

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2022年11月 7日 (月)

失われた30年、日本版の梨泰院圧死事件

民度の低い国会議員が原因

 日本がこの30年間も経済が停滞しているのは、民度の低い国会議員達、それを報道するゴミのようなマスコミのレベルの低さ、利権意識の高さが原因である。それにより、国民が生活苦で圧死しそうである。

 世界は激変しており、改革を強要する波が日本に押し寄せている。その波が来ているのに、その流れに抵抗勢力が頑なに抵抗して現状維持で守ろうとしている。だから外国と日本の間で矛盾という壁に押しつぶされて、日本全体が圧死寸前だ。

 

日本圧死

 日本はかって半導体王国として謳歌していたのに、いつの間にか世界一の電気メーカ群が倒産し、電機産業が消滅した。それで国民が失業、生活苦、自殺に追い込まれのだ。外国の圧力に屈した電気メーカは、技術者を冷遇、首切りをした。彼らはK国に己を身売りして技術を漏らした。それが日本メーカの没落に止めを刺した。

 左前になっていた日産は、ゴーンにリストラの名目で資産を売られ、従業員を首にされ、サプライチェーンをズタズタにされ、美味しいところをむしゃぶりつくされた。ゴーンは金がかかる研究開発費を減らした。それが原因で現在、日産はよい車を生み出せず、車は売れず、売上減にあえいでいる。ゴーンの来る前、日産は押し寄せる外資からの波に対して、労働組合の天皇が君臨し、経営に口出しし、やるべき改革を妨害したためだ。外資と古い経営者との間で、従業員はもてあそばれ圧死である。

 平成不況で国内に失業者が100万人もいるのに、一部の派遣業者の利権のため、外人労働者を優先的に移民として入国させている。その結果、日本の賃金水準を下げる政策となっている。儲かるのは派遣業者とそれを推進した大臣や諮問機関である。その代表が竹中平蔵である。それにより、国内労働者の雇用が激減し、日本全体の賃金が下がった。外資と利権屋の波が日本青年を押しつぶした。経済戦争で敗れ焦土と化した日本には、圧死した不幸な日本国民で溢れた。

 それらの圧力に輪をかけた禍が、コロナ対策での利権の横行である。政府の経済対策の無能さである。

10年前の悪夢、圧死轢死歴史

 2009年から~2012年の民主党政権時代は、狂った群衆心理に巻き込まれて、狂った政党に投票し、日本は沈没圧死寸前に追い詰められた。民主党の全員の民度の低さが、日本国民全員を谷底の地獄に突き落とそうとしたのだ。

 その悪行を忘れて蓮舫議員も辻本議員も平然としている。蓮舫議員はいまだ、二重国籍問題の正式釈明をしていない。安倍元首相の国葬への対応も人間として失格である。国会議員は、議員である前に、人間であるべきだ。政治はその政治家の人格以上のものを生み出さない。蓮舫議員も辻元議員も国会議員として存在するのは、日本の恥である。日本再建はまず、日本人の意識改革が必要だ。そうしないと日本全員が隣国の攻撃で圧死してしまう。

 

売国奴跋扈

 それら悪政を続ける大臣や議員を当選させた国民にも責任がある。なぜ隣国のスパイもどき議員が大臣をやっているのか。媚中派の奴らが国の防衛力増強を妨害している。中国は台湾、沖縄、尖閣諸島を虎視眈々と狙っている。連日領海侵犯領空侵犯を繰り返している。まるで刃物を持ったヤクザが、家の回りをうろうろしていると同じ。それなのに、その自己防御に反対するのは売国奴である。なぜそんな売国奴議員を当選させている国民にも責任がある。

 

日本民族大合唱「変わらなくちゃ」

 日本民族は、習慣ややり方をなかなか変えない。また一度新たに作った制度を変えることも難しい。だから間違った政策や習慣を変えないので、この30年間の失われた時代が生まれた。日本人は歩かず、考えず、変えない国民のようだ。

 英国は間違ったと分かったらすぐ変える。英国のEU離脱、トラス首相の僅か100日での辞任、スナク首相に劇的交代の事例でも明らかだ。英国人は歩くとすぐに考えを変えるようだ。危機の時代はそれも一つの対応策で、正解の一つのようだ。何もしないより、良い対応法だ。なにもしないのが一番悪い。

 ドイツ人はうさん臭い理想という餌を大義名分に掲げ、それに洗脳されて現状を思慮なく変え、猪突猛進する国民性である。ドイツ人は雑踏で圧死はしないが、別の落とし穴に落ちる国民性である。ドイツは脱炭素を信じ、ロシアを信じ、脱原発、脱石油政策を完璧に邁進し、原発を全廃し、ロシアのガスだけに頼る政策に舵を切った。頭は良いが賢くないメルケルさんだ。現在はウクライナ戦争の影響のため、ドイツ国民が燃料費高騰の経済状況で悲惨な目に会っている。あまり賢明な国民ではないようだ。過去にナチスを熱烈に盲信して、国を滅ぼした単純思考性の国民性は変わっていないようだ。

 日本では何事も決めらない岸田首相が1年も居座っている。彼は検討するだけで、何もしない。だから外国から押し寄せる圧力に押しつぶされて、検討死となっている。無能な政治家をのさばらせるから、日本は浮上できない。無秩序に放置された政治状況は、梨泰院雑踏圧死事件の発生状況と同じだ。有権者が目を覚まさないと駄目である。

 

失われた30年

 世界が激変しているのに、無能な首相が居座って変わらないのが日本なのだ。変えようとするのを必死で止める議員達がマイナスの雪崩現象を起こしている。本来なら、岸田氏はとうの昔に首相を辞めていなければならない。

 同じように経済界でも古い経営者が誤った経営をしているから、失われた30年が生まれた。未だに日産はごたごたしている。それは日産が生れた時からの体質なのだ。その体質を日本人は変えられない。

 後ろから「変えろ、変えろ」と群衆が押しても、それを踏み留まり混乱するから圧死する。これが日本での逆の梨泰院雑踏圧死事件である。だからこの30年間、日本人の賃金が上がらず、生活苦で圧死である。

 なぜ変わらないのか。変わらなくちゃ、と言いながら、変わらないのは、対処療法に終始してその真の原因を追究しないからだ。

 なぜ何故を5回繰り返して、真因を探そう。媚中派のマスコミに騙されてはならない。国民が目を拭い、耳を洗って真実を直視しないと、日本国民は圧死である。

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反省

 この30年間を振り返り、また今回の梨泰院雑踏圧死事件(イテウォン)を検証して、自分達の行動を反省すべきだと思う。韓国の梨泰院雑踏圧死事件は、他人を慮らず、他人を押しのけ、自分の欲望を満たすための行動が、惨劇を招いた。それこそグローバル経済主義の本質である。経済が拡大して、そんな事例が最近は頻発している。これは商業主義が行き過ぎ、グローバル経済主義の暴走が原因だ。今回の梨泰院雑踏圧死事件もハロウィンという金儲け行事の過剰さが原因である。

 我々はもっと人間の原点に立ち返って、人としてあるべき姿を見直す必要があるだろう。理性と人間性を忘れて、拝金主義で暴走するから、貧富の差が拡大し、更に人が欲望を拡大する。カネに飢えた議員を中国が付け込んでくるので、今の政治の退廃が起きている。それが亡国の道である。

 グローバル経済主義も、脱炭素政策も、政治に無関心になった世相が起こした現象だ。金儲けだけにうつつを抜かすから、邪鬼に付け込まれるのだ。政治とは人間社会を運営するための頭脳である。

 多くの衆知を集め、正しい知識から智慧を得て、それを賢く選択・決断をする。私はそういう行動がとれる人間になりたいと、文殊菩薩、普賢菩薩、虚空蔵菩薩に毎日手を合わせて祈っている。動物として生まれた人の生きる目的は、人間になることだ。私は人間になってから、佛を目指して旅立ちたい。

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 馬場恵峰書

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 松本明慶大仏師作 文殊菩薩

  衆知を集め、文殊の知恵を出せと教える佛様。

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 松本明慶大仏師作 普賢菩薩

  多くの選択肢から正しく選択し、賢く決断せよと教える佛様。

4k8a04291s 松本明慶大仏師作 虚空蔵菩薩

  宇宙根源の理に目を向けよと教える仏様

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2022-11-07  久志能幾研究所通信 2534  小田泰仙

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2022年10月29日 (土)

「いのち」とは「胃脳血」、霊止、自衛力

 

胃  食材

脳  考え

血  全身を巡る

 

霊止

 先祖、親、師、友のご恩があって今の自分がある。夢ゆめ「自分が」ではないと思うべし。自分の人生を謳歌するのが人間の生き方ではない。人として後に続く子孫のために生きるのが人の道。「ひと」とは「霊」が「止」まると書く。縁あって人間に生まれたのだ。豚に生まれなかった幸せを考えよう。

 

 自分がいま何故、この世に存在するか。ご先祖の中には、水子や夭逝した人たちが沢山いる。その人たちは、悪縁、悪病、を他の子孫のために一身に背負い亡くなってくれた。そのお陰で今の自分がいる。

 先の戦争で戦死された方や、特攻で命を国に捧げた英霊がいるから、今の日本がある。国のために命を投げ出す勇気を持っている自衛官がいるから、中国やロシアは攻めるのに躊躇している。だから今でも英霊は国を守っている。

 

命の自己防衛力

 人の体は、ガンを一箇所に悪腫を集めることで、全身に病巣が散るのを防いでいる。これは生物が持つ最高の防御システムである。その癌の病巣を取り除けば、癌は他に転移せざるを得ない。癌になった真因を取り除かないから、また癌になりやすい。元を断たなきゃダメなのよ。

 体の免疫細胞は、体に入ってきた細菌と戦って熱を出し、死んで膿として体外に出ていく。自分のために戦って死んでくれた免疫細胞に感謝をしよう。それを対処療法の解熱剤で発熱を止めるから、免疫力が弱くなる。ワクチンも良いが、それよりもまず、自分の免疫力を上げる取り組みをすべきである。

 KK息子もKM子も甘やかして育てられたから、精神的に成熟せず、我儘だけが強くなり、KK問題が起きた。ノブレスオブリージュを忘れて、国民を敵視する行動に走り、国体を危機に陥れたのだ。これをC国に付け込まれたら、国体という命が危い。国民の皇室への敬愛が無くなれば、国体を束ねる絆が崩壊して、日本国という命が死ぬ。皇室は、日本国民を束ね、一丸とする絆なのだ。それこそが日本の自衛力である。

 三田圭子は次男を甘やかして、毎月50万円もの小遣いを与えれば、良い子に育つと考えて、人間形成の教育を放棄した。その結果が、次男の麻薬所持容疑で5度目の逮捕となるのだ(2020年10月21日)。三田佳子は次男が逮捕された時、「息子には毎月50万円もお遣いを与えているから、不良などになるわけがない」と警察に怒鳴り込んだ。その子にしてその親ありである。

 彼女の良妻賢母の姿は、女優の演技だけの虚像の世界である。彼は正常な人格が育っていないので、自分で自分を制御できなくなっていた。自省力こそ、社会で生きていくための力である。社会のルールを守る。それが社会で生きていくための最低の自己防衛力である。自省力がないと命が危ないのだ。彼の社会的生命は終わったようだ。

 トヨタ経営の鉄則は、「自分の城は自分で守れ」である。私の前職の会社が左前寸前になった時、幹部が親会社に資金援助で泣きついた。そうしたら親会社からこの「自分の城は自分で守れ」の言葉だけをありがたく援助された(笑)。まあ厳しい言葉で、会社は持ち直したが........。

 コロナ対策でワクチンだけに頼るから、感染拡散がとまらない。それに付け込んで、コロナ対策で不正な金儲けをする輩が跋扈するのだ。必要なのは各人の自己免疫力の強化である。正しい経済政策である。それを間違えているから、経済が瀕死の状態である。岸田首相は、まさに決断なき検討死である。

 国の防衛を米国だけに頼ろうとするから、自立が出来ない。サヨクに付け込まれる。サヨクという獅子身中の虫こそが、がんである。サヨクは隣国の赤い手先である。日本の自衛力が弱まれば、隣国が大喜びである。尖閣諸島と沖縄への攻撃への邪魔がなくなるからだ。サヨクは売国奴である。

 

我とは何か、自分とは何か

 「我」とは稲(禾)を刃先がぎざぎざしたほこ(戈)で刈って、自分のものにしている様を表わす。「私」とは稲(禾)を腕(ム)で自分のものとして抱える姿を表している。「自分」とは、生かされている全体の中で、「自ら」の「分」である。己は世の中の一部として考える姿である。その反対が「利己」である。己のことだけしか考えないから、囚われの闇の世界に落ちていく。自分の一族の中での位置づけを考えよう。

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 「修身」の講義資料

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 馬場恵峰書

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2022-10-29  久志能幾研究所通信 2527  小田泰仙

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