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2023年12月 4日 (月)

看取り士の資格を取得、死の定義

 

 2023年12月3日、私は看取り学講座の上級講座を修了し、看取り士の資格を取得した。それで職業として働くためではない。死という生の現場知識を得るためである。自分自身のためにも、家族の為にも良かったと思う。

看取り士は観音菩薩、死をプロデュースする

http://yukioodaii.blog.enjoy.jp/blog/2023/07/post-bbed.html

 

紹介「看取り士養成講座」 - 久志能幾研究所通信

http://yukioodaii.blog.enjoy.jp/blog/2023/07/post-3fff.html

 

人生の最重要で最期のセレモニー

 今回、看取り士の資格を受講して、必ず訪れる「死」への準備として、看取り士の知識を得られた。それは人にも薦められる講座である。

 何事もリハーサルが必要である。死は人生で最大で最後のセレモニーである。いわば人生の卒業式である。それを自分の目で確認し、模擬体験として行い、その内容を体で完全に理解する。それこそが現地現物である(トヨタ生産システム)。

 

ご縁の賜物

 今回はたまたまご縁があり、私の飛行機好きを知る看取り士の方から、岐阜自衛隊飛行場祭の前日リハーサルへのご招待があった。その「餌」?に釣られての受講であった(笑)。ご縁として結果オーライで、良かったと思う。

 そのきっかけは私の大垣市政への不満であり、そのご縁で市会議員選挙のお手伝いをすることになり、そこで看取り士さんと巡り合ったというご縁である。私は「来たご縁は拒まず」「気になることはやってみよう」という人生哲学である。

 

医学的な死 

 今回の最大の収穫は、死の定義である。我々が知らされる「死」は医学的な死であって、本当の死ではない。

 生物としての死の定義は、時代、地域により異なる。看取り学講座の知識からではなく、今までの通俗的、経験的な事例から明らかになっている。

 

 医学的、社会的に人間の死を何処かで線引きしないと、社会の運営が成立しない。今の死の定義は、あくまで人間の勝手な取り決めである。それは臓器移植、終末医療の停止の線引き、金儲けに関係している。あくまで心肺停止、瞳の反応ゼロで死と判定しているだけである。

 しかし組織の50.01%が死んで、医師が死を判定しても、まだ組織の49.99%は生きている。体が生体反応をしないだけで、半分近くの組織はまだ生きている。それを死としてよいのか。聴覚は医学的な死後、数時間はまだ聞こえているという。

 

生物としての死

 終末医療を調べて分かったことは、人の死の直前の1年程は、段々と食が細くなり、痩せていくということだ(東京有明医療大学の川上嘉明教授の研究で)。そしてBMIが12を切ると急激に衰弱して死に向かう。

 その時は、いくら食べさせても、栄養素も水も受け付けなくなる。食欲もなくなる。その時に無理やり栄養剤を注入し、水を補給しても、体が受け付けない。老化して機能が低下した腎臓は、処理能力以上に体内に入ってきたの水を処理できなくなり、肺や血管等の臓器に水があふれ肺水腫等になる。

 このように無理やり水分を入れると、体重増加による、むくみ・呼吸困難・血圧上昇などの症状が現れ、心不全や肺水腫などの原因になる。その医療行為は死にゆく人には拷問のようになる。

 だから自然に任せて、枯れ木が自然に倒れるようにすることが宇宙根源の理にかなっている。枯れるように死ぬときは、神経も老化して鈍くなっているから苦しくない。それがあるべき穏やかな死である。それが生命を終える時の理想のソフトランディングである。その時に寄り添って、魂に安心を与え、安らか逝けるようお手伝いするのが、看取り士である。

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注) BMI=[体重]÷(身長)^2         身長はメートル単位

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  晩年の栄養量と体格指数(BMI)の関係

          (C)日刊ゲンダイ より引用

「老衰死」は数年前に予測できる?|日刊ゲンダイヘルスケア (nikkan-gendai.com)

https://hc.nikkan-gendai.com/articles/201981

 

日本古来の死の定義

 医学的な死は、我々が先祖代々で感じている死とは別である。我々日本人が先祖代々、伝えてきた伝統では、死後7日間はまだ生きているとして、自宅に寝かせて生前と同じように接する。どうもそれが正しいようだ。

 

人間としてのお別れ

 死後24時間は、まだ体は温かい。聴覚はまだ生きているようだ。故人の体に触れて、その温もりを感じ、故人との最後のお別れをするのが看取り学の作法である。だから看取り学では、死後24時間は、ドライアイスを入れないように葬儀屋に依頼する。遠方でも日本国内なら、24時間以内ならどこからでも、現地にたどり着けて、故人の温かい体に触れてお別れが出来る。

 

 ところが病院で死の場合、医師が死亡判定すると、家族との最後のお別れが慌ただしくさせられ、すぐ霊安室に運ばれドライアイスが入れられる。それで体が急速に冷たくなる。それで不可逆的な状態になり、本当の死となる。それでは臨終の場に間に合わない人は、遺体に触れてのお別れが出来ない。

 

大事な人とのお別れ

 大事な人とのお別れが、正しく、悔い無く、感謝して出来るような知識を得られた。もっと早く知っていれば、両親や多くの師の臨終に、正しく立ち会えたと思うとすこし悔いがある。しかしそれもご縁である。人間的な成長で、やっとこの歳でそれが分かるご縁を頂いたのだ、と思う。70にして69の非を知る、である。

 

馬場恵峰先生の事例

 馬場恵峰先生が2021年1月1日に亡くなられた。新潟の水谷社長は、その知らせを受けて、新潟から長崎まで(鉄路で1,600㎞)、高速道路を車で飛ばして、弔問に行かれた。所要時間約16時間以上と推定。当日は近来まれにみる大雪で、日本海側の高速道路を走れず、東京経由の高速道路を走ったという。

 水谷社長氏は、死後の先生の顔を見て、体に触り、声をかけて最後のお別れをされたようだ。そしてそのまま新潟にトンボ帰りをした。氏によれば「医師が死亡宣告をしても、まだ24時間は生きていると同じ」と言っておられた。それを思い出した。改めてM氏に畏敬の念を抱いた。

 それなら私も岐阜から長崎に飛んでいけばよかったと今にして思う。それもご縁である。そういう「縁が無かったと言う縁」である。まだまだ当時の私は人間的に未熟だったのだろう。

 

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 春風のようないい人に出会えたな、よい風が吹いたなと思ったら、もう秋がきて、別れの雨が降り、美しい花が散っていく。人生は春夏秋冬、春風秋雨である。


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 馬場恵峰書

  馬場恵峰先生は、最期まで現役であった。生前も全てを受け入れ、命を全うし、穏やかな死であった。94歳の天寿を全うされた。

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2023-12-04  久志能幾研究所通信 2782号  小田泰仙

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2023年11月29日 (水)

死の気配 死活の演出 死後の法要

 

 私は最近、生と死を真剣に考えるようになり、自分の死後の段取りを見直すことにした。「終活」ではなく、その後の「死活」である。

 死後の段取りを再検討すると、死後50年間の法要が明確に決まっていなかった。それで11月28日に、菩提寺に行って、住職さんと打ち合わせをした。

 私が5年前にがんになり、手術後、死後の各種段取りをしたが、約5年が経ったので、その見直しである。幸い、まだ死の気配がない?

 

何回忌まで、法事をするのか

 誰の葬儀でも、何回まで法事をするのか、決めておいたほうが、当人も遺族にも良いだろう。生前にその意思を確認しておいた方が良い。

 最近は7回忌で終りという家も増えている。通常は33回忌までが一般的である。50回忌まで勤める家は少ないようだ。当家では50回忌まできちんと執り行っているので、自分も50回忌までの手配をした。

 2年前に祖父の100回忌が回ってきたので、ご縁と思い執り行った。今年は祖母の50回忌を執り行った。

 

法事のレベル決め

 法事と言っても、親戚に集まってもらうわけではなく、お寺さんが私のためにお経を読んでくれるだけである。だからお花も特別な飾りもいらない。そう思って法要を簡素にしてもらうようにした。それで50年間で、約50万円の節約である。

 その法事の目的は、自分に対してお経を上げてもらうだけではない。その時の法事と同時に、当家のご先祖代々の諸精霊にもお経をあげてもらうことになる。それが主目的である。

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置いて逝く遺産

 この法事も自分がこの世に置いてゆく遺産である。それで安心して逝けるなら、幸せである。手を合わす対象があるということは、幸せである。カネと女と欲望だけの人生では空しい。それは畜生の人生だ。自分が此の世に生を受け、生きてこられたことに感謝することが人間としての務めである。病に倒れ、戦争で命を奪われたご先祖を思えば、自分は幸せである。手を合わす対象があると意識することが霊長類の資格だと思う。動物は、先祖に手を合わせない。

 知人に私の33回忌に参列してくれませんかと(冗談で)お願いしたら、拒否された? そこまでは生きていないとか?(笑)

 死後では自分では何もできない。しかし生前で、かつ元気であれば、そのプロジュースをすることが出来る。

 今回の打ち合わせで、自分の存在が死後50年間の法要に値するか、今後の生き方を考えるよい機会となった。今から後世に何を遺すのか、課題が見つかった。

 

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葬儀

 葬儀やり方も戒名も事前に決めた。墓誌に戒名も彫った。葬儀と戒名のお金も払った。看取りをされる段取りもした。看取り士の資格を取得中である。死亡の病名も決めた。老衰である(希望?)。

 

死に場所

 死に場所も決めた。自宅である(希望?)。数多くのチューブに繋がれて、身動きできず、苦しみながら病院で死にたくはない。病院にとって死は敗北であるようだ。だから患者が苦しもうが、拒否しようが、家族の希望が有れば、延命治療を強行する。それは患者を苦しめるだけだ。どうせ死ぬのだから、安らかに逝かせて欲しい。

 

位牌を手配

 来年、自分の位牌を手配することにした。そうすれば自分が納得出来る位牌になる。位牌の戒名で「○○院○○◎◎居士」と記された◎部を朱で書けばよい。没後、朱の部分を金箔で覆えばよい。それを仏壇の中ではなく、仏壇の横に置いておけばよい。

 お墓は8年前に改建すみである。改建当時、自分も入ることは全く頭になかった。人は必ず死ぬのだ。それに思い足らず、自分でも愚かであったと思う。

 戒名は既に頂いていて、墓誌にも刻字すみである。私はまだ生きているので、墓誌の戒名には朱を入れている。

 

遺影を準備

 5年前の手術前に、覚悟して写真館で遺影の写真は撮った。CDに記録はしたが、それを正式の写真として印画することを忘れていた。うかうかすると、何処にしまったのか忘れてしまう。だから、印画を実施することにした。

 

家系図

 お寺さんと打ち合わせをして、良かったことは、ご本尊様の扱いを決めたこと。位牌堂に入れる品を再確認できたこと。その中に家系図を入れることを住職さんから提案され、決めたこと。

 その家系図は、お墓を改建する時、ふとしたご縁から1734年前の最古参のご先祖の記録が菩提寺の奥の蔵から出てきた。それから後の家系図を完成させたことができた。それで約150名のご先祖の家系図を作成した。その調査のため東奔西走で大変であった。今の体力ではとてもできない。お墓造りも同じである。今では中国の経済状態が激変して、今では当時のお墓を作れない。お墓の石の加工は中国でおこなった。まさにめぐり合わせを感じるこの頃である。

 何ごとも、出来る時にやっておかないと、出来ない。だから死の準備は早い方がよい。だれにでも死は必然である。それもある日突然である。

 

死の気配

 住職さんの話で興味深かったのは、最近の檀家さんの動向のお話しである。最近、立て続けにお別れに来られた檀家が数名いたという。自分で死期を悟り、お別れに菩提寺を訪れたという。実際、その後しばらくして、亡くなられたという。住職さんも、その気配をその人から感じたという。

 ちなみに住職さんは私の顔色を見て、そんな気配はないという。それは今回、菩提寺を訪問して得た最大のご褒美である。

 しかし油断大敵である。人の明日は分からない。なにせどんな人でも、70歳になれば、30歳台に比べ、筋力量、免疫力は半分に減っている。脳の体積も40歳台に比べれば、15%も減っている。脳の体積は40歳以降、年に0.5%ずつ減っていく。

 80歳にもなれば、全員ががんを体内に持っている(老人医療の専門家・和田秀樹医師の話)。

どんな生物でも生老病死である。

何時までもあると思うな親と金、そして自分の命。

人生の日暮れは近い。人生の大事を急ごう。

死を意識することは、今を全力で悔いなく生きる事。

 

 

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 馬場恵峰書

 

2023-11-29  久志能幾研究所通信 2779号  小田泰仙

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2023年11月26日 (日)

魔女からの贈物 夢見るバイオリン弾き少女

 

 Gallery Saganで開催されていた「渡辺陽子人形展」で、渡辺さんが作る人形に何か惹かれ、「バイオリンを持つ少女」を入手した。

 美術品は講釈抜きに、自分が気に入れば楽しめばよいと思う。蓼食う虫も好き好きである。芸術の「芸」は「草冠」と「云」からなり、「云」は匂いのことである。つまり匂い草の象形文字である。匂いは、特定の時代、特定に環境、特定の人の場合のみに通用するものである。それが芸術である。だからゴッホの作品は、時代が変わらないと評価されなかった。

 きっと私は魔女の渡辺陽子さんに魔法をかけられたのだろう。渡辺さんは魔女の様に神出鬼没で(魔出魔没?)、人と話し込んでいると思ったら、いつの間にか、ほうきに乗ってどっかに飛んで行ってしまっている? 私は敬意をもって、渡辺さんを「魔女」と呼んでいる。

 

 当初、この娘をピアノの上に飾ろうと思って入手した。「彼女」は何故かこの人事異動?を拒否して、今も居間のテーブルの上に鎮座している。彼女は夢見るような目つきで遠くを見つめている。

 

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夢を見続ける

 私も叶わぬ夢を見続けている。夢があるだけ幸せなのだ。夢なき人生は虚しい。その夢を実現するために、前に向かって歩くのが人生なのだ。それも一生かかっても実現できない大きな夢を抱いて人生を歩くべきだ。夢の実現のため、道なき道を歩いてきた後ろに道が出来る。

 漢字の「道」の語源は、魑魅魍魎が住むと言われた古代中国の城壁の外を「生贄の生首」を魔除けとしてぶら下げ、恐る恐る歩いて出来た跡を「道」と称した象形文字である。シンニュウは、十字路の象形文字である。

 直ぐに実現できてしまう夢は、真の夢とは言わない。それは単なるルーチンワークである。

 人は全く可能性のない事を夢見ない。少しでも可能性があるから、夢として思い浮かぶのだ。誰も自分にアメリカ大統領になる夢を持てとは言わないし、自分もなりたいという夢は抱かない。

 どうせ夢を抱くなら「倍の大きさではなく、一桁大きい夢を抱け」が、トヨタ式の考えである。大法螺と言われてもよい。実現すれば、法螺ではなくなる。

 

 永眠してしまえば、夢を見ることが出来ない。夢を見ることは生きている証。生きているのに、夢を見ないのは、病院のベッドの上で生き永らえていると同じ。それは死んだ人生だ。夢を見るのに、齢は関係ない。老人だからこそ、今までの経験を元に大きな夢を持とう。実現できなくても、後継者がそれを叶えてくれる。

 

 夢の世に 夢みし夢は 夢ならで 

 夢見ぬ夢こそ 夢と知れ

 

 

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 馬場恵峰書

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2023-11-26  久志能幾研究所通信 2778号  小田泰仙

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2023年11月20日 (月)

人生の譜面 振り返り

 

 私は大学時代には囲碁クラブに入っていた。そこで一局を打つと、対局後、その囲碁試合の振り返りとして、上段者が、いま対局した手を全て盤上で再現して、その一手、一手を講評してくれる。そうやって自分の碁の力は強くなった。

 新聞社等の公式試合では、その一手一手が譜面として記録される。

 

人生譜面の記録 

 私は、「人生は一局の囲碁と同じである」と思うようになった。以前に打った一手、碁盤に置いた石が後日、対局中の後半に大きな役割を示すことがある。人生でも同じである。何気ない出会いや行動した縁が、後年に大きな幸運になることがある。

 その自分が歩いた記録が、手元に資料として残っている。それを整理している。

 その人生囲碁の過去の打ち手の振り返り、そのご縁の始まりを検証することが重要だと思う。

 今後の自分の人生開拓力を強くするために、人間力、徳力を上げるため、死生観を磨くためにこそ、いままでの人生の差し手を振り返っている。

 

スクラップファイルの整理

 私は、今までの人生記事のスクラップファイルを見直している。各所に散らばった資料を一か所に集めて、84個のボックスファイルにまとめた。一時は整理して60個までに削減したが、再度見直して、まとめ直したら84個になった。それを日々見直している。そういう過去の資料を断捨離せず残しておいてよかったと思う。

 PDF化してパソコンで見る方法もあるが、パソコンの画面では、これだけの資料を見る気になれない。やはり紙の資料でないと見直せないし、当時のことが目に浮かばない。

 1974年の入院・手術の記録もある。40年前、思い余って書いた辞表もある。幸い、提出せずにお蔵入りした辞表である。左遷の記録もある。恋文もある。良き記録の山である。

 過去の資料を84個のボックスファイルに資料を入れて、日々、読み直している。1個のボックスファイルが約10kgなので、総重量が約840 kgである。人生の途中で気になった新聞・雑誌の切り抜き、講演会の資料、メール等が大部分である。多くは失敗の記録でもある。思い出は重いで~、である。私の大事なお宝である。

 

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 これで84個のボックスファイル。総重量は約840㎏。

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情報とは

 情報とは自分が気になって引っかかってきた情報が本当の情報である。そうでない情報は雑音である。その情報を見分ける能力が、人生を歩む力となっていると感じた。過去にどんな情報に反応したかで、自分の成長具合が分かる。人生囲碁、人生将棋の振り返りである。

 

過去の頑張り 

 今振り返ると、あの時に頑張りは、合理的でなかった。やっているふりの頑張りであったと反省もある。当時はまだ弱い人間で、保身での行動であった。しかしあの時の無理な頑張りと保身があったから、今の自分がいる。過去の資料を見直していると、そういう感情が沸いてくる。前に一歩出て、失敗しないと見えない世界がある。今振り返ると、頑張り過ぎたきらいがあるが、一歩前に出て良かったと、20年後に感じる人生経験である。

 今後の人生でも、過去の同じようなご縁がやってくる。ご縁も生老病死である。その新しいご縁と出会った時、過去のご縁との出会いの反省が生きてくる。だからこそ、人生の振り返りが必要だ。

 

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人生の結論

 70年間の人生を振り返り、私が得た結論は、「ご縁に良いも悪いもない」。それを運が悪かった言うのは、人間性が未熟である。出会った縁を良いものにするかの意思があるか、どうかだけである。縁は玉石混交である。縁は無機質でもある。それを血の通ったご縁に育てるのが人の徳力である。

 そのご縁は「盲亀流木」のめぐり合わせで、今生で只一度のご縁である。自分にだけ訪れたご縁である。人生で最後のご縁である。

 人生では、自分で選んだ未舗装の道を、舗装道路(正しい道)に変えればよい。人から不正解の道だと言われても、それを正解の道にすればよいだけ。だれにも、それが正しいかどうかは分からない。そのために過去の行動を振りかえり、失敗から知見を得て、PDCAを回す。人生の成功は、努力の量ではなく、選択が全てである。そのためには多くのご縁に出会い、その中から良いご縁を識別し、選択する。それが賢さである。いくらオウム真理教や旧統一教会のような道を選んで努力しても、絞首刑が待っているだけ。

 私は毎日、虚空蔵菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩に手を合わせている。知識は必要だが、それだけで人生は渡れない。文殊の知恵が必要だ。その智慧を使って、多くのご縁からの選択が必要だ。人生道中で現れるご縁を普く賢く選択せよ、が私の信条である。

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松本明慶大仏師作 普賢菩薩像
 

 

2023-11-20  久志能幾研究所通信 2773号  小田泰仙

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2023年11月15日 (水)

大垣死病の治療、生ごみ部  食べて節約 健康に

真因と治療、対策

 ゴミ量削減のため、自己防衛策のためにも、今まで生ごみとして捨てていた食材の廃棄部分を食べて、生ごみ量を10分の一に、全体の燃えるゴミ量を6分の一に減らした。今まで月に6枚の燃えるゴミ用の袋の消費が、現在は月に1枚である。

 それで利権業者や汚役人に渡るはずの年間約5,000円の節約である。大垣市全体では燃えるゴミ用の有料ゴミ袋の費用は約3億円である。この額は、県下一豪華な大垣新市庁舎に新たに発生した維持管理費相当である。

 

病巣、大垣のクソ増税屋

 大垣市では、役人の不始末で燃えるゴミ袋が有料化された。大垣政治の貧困である。大垣市より、財政が豊かではない岐阜市では、ゴミ袋は無料である。大垣市のゴミ量は、10年前に比べて、3割も減っている。それなのに、「ゴミが増えた」と大嘘を市民に言って、ゴミ袋が有料化された。

 次回の選挙で「市民を騙した罪の重さ」為政者に思い知らせないと、民主主義が崩壊する。石田仁市長とちかざわ正市会議員(ゴミ袋有料化推進委員会の委員長)に投票しては、大垣は滅亡する。

 大垣市病を治すには、市民一人一人の意識改革が必要だ。政治への監視が必要だ。大垣市病を放置すると死に至る。それは民主主義の崩壊である。

 ゴミ袋の有料化は、この物価高騰の折、一家庭当たり5千円の実質増税である。まるで日本政府の増税クソメガネ岸田が推進中の増税政策と同じである。「増税クソメガネ」の名はネットで大炎上中である。国会でも参議院予算委員会で、れいわ新選組の山本太郎代表が質疑に立ち取り上げた。それならば石田仁大垣市長は、増税騙し屋である。

 石田仁市長は、大垣をよくする政策には無為無策であるが、増税や利権増大には熱心である。売名行為もどきの寄付贈呈式のツーショット写真や子供のスポーツでの入賞の記念ツーショット写真には抜かりなく新聞に出て、名前を売っている。

 大垣の景気対策には無為無策だから、他市の公示地価は上がっているが、大垣の公示地価は停滞したままだ。他市が上がって、大垣市が停滞とは、大垣は衰退という意味だ。大垣は衰退の一途である。前市長と現市長の無為無策の為、大垣の公示地価は24年前の半値以下に暴落している。市民の不動産財産額が半分に目減りした。市民一家庭当たり約1000万円の損害である。こんな都市はない。

 公示地価は行政の通信簿である。それは石田仁市長と前市長の無能さを表している。市場の評価は神の如くの評価である。

 

 大垣市では、この4月からごみ袋の有料化が実施された。大垣市が公言する「ゴミが増えた」というのは大嘘で、利権の為の悪政である。実際は10年前に比べてゴミ量は30%も減っている。大垣市の政治のウソの典型である。

 

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  グラフで見る大垣市のごみ総排出量(総量)は多い?少い?(推移グラフと比較) | GraphToChart

 https://graphtochart.com/japan/ogaki-shi-total-volume-of-waste-matter-total.php

新市庁舎費用 負担金比較

       人口  新市庁舎費用 負担金    年間税収

                 市民一人当たり  一人当たり

 大垣市   159千人  126億円  79千円   386千円

 岐阜市   406千人  266億円  65千円   398千円

 各務ヶ原市 145千人   83億円  57千円

 多治見市  107千人   52億円  48千円

 刈谷市   140千人   84億円     60千円   434千円

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大垣市の公示地価推移(2001年以降)

 2001年の地価を100として2018年の地価は

  (公示地価、基準地価の総平均)2001年より小川敏氏が市長就任

 大垣市  49.5

 岐阜市  64.4

 一宮市  75.0

 名古屋市 145.1

 大府市  90.2

 刈谷市  107.2

 安城市  99.0

 岡崎市  94.3

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以下は増税に対する自己防衛策である。

皮まで食べて生ごみ削減

 キウイフルーツ、ミカン、梨、柿、ニンジン、大根、大根の葉、かぼちゃ、ゴボウ、サツマイモ、スイカの皮はそのまま食べる。

 産地のオーストラリアでは、キウイは皮ごと食べるのが正式のマナーである。

 

 小さいミカンは皮ごと食べる。ミカンは大きなキンカンと思えばよい。ミカンの皮を一緒に食べると美味しいわけではないし、食べ応えがあるので、ミカンの食べる量が減った。私は薬と思って食べている。ミカンの皮と身の間の白い綿は漢方薬の原料で、体に良い成分である。

 ただし2個目のミカンは普通に皮をむいて食べている。流石に皮ごと食べるのは、1個だけである(笑)。

 

 スイカには、シトルリンというアミノ酸が含まれている。シトルリンは、血流を良くして冷えやむくみを改善するほか、紫外線から肌を守る効果も。特にスイカの皮には、このシトルリンが果肉の2倍も含まれているので、捨てずに食べるのがおすすめ。漬物にするのが良いようだが、それは面倒なのでそこまではやってない。少し余分に白い部分まで食べることで、生ごみ量を減らしている。健康にも良いので一石二鳥である。

 

 キャベツの芯の部分も細かく刻んで食べる。繊維質豊富で健康によい。

 果物の皮の部分に、多くの免疫酵素が多く含まれている。

 

魚は頭から尻尾まで食べる

 魚は手の平サイズまでの小魚が健康に良い。それを頭から尻尾まで全体食として食べて、生ごみを出さないようにする。

 それより大きな魚は、生態系の集積がされており、海洋の毒(水銀、マイクロプラスチック等)が濃縮されている。

 生態系の中で、植物や植物プランクトンは第一栄養段階と呼ばれ、それを食べる小型の魚は第二栄養段階、さらにそれを食べる魚は第三栄養段階され、栄養段階が高くなるほど生物の数が少なくなる。こうした生態系の構造はピラミッドに例えることができる。マグロや鯨などは小さな魚を捕食する一方で、ほかのどんな動物からも食べられることがなく、このピラミッドの頂点に位置している。そのため「頂点捕食者」などと呼ばれるが、その分、海に漂う毒素も凝縮されている。

 例えば、「頂点捕食者」のマグロなどは、海水中の水銀やマイクロプラスチックを小魚よりも多量に含んでいる。だから労働厚生省は、妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項の見直しを頻繁にしており、通達を出している。

下記は厚生省の通達

妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項

https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/suigin/dl/index-a.pdf

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清涼飲料水は飲まない

 清涼飲料水やコーラ類は糖分過多で、発がん性物質の人工甘味料も入っている。体に悪いし、ごみも増える。だから私は飲まない。

  大塚製薬の経口補水液「オーエスワン」にも人工甘味料スクラロースが入っている。人工甘味料は自然界には存在せず、そのため体は異物として認識し、その分解に過大な免疫酵素が消費される。将来の病気の危険性の恐れがあると危惧されていると報道されている。だから私は飲まない。

 私はジュース類を飲まない。ジュース類は繊維質が除去されており、かつ糖分が多いので、血糖値が急上昇して糖尿病の発症の原因となる。

 健康に良いと信じられている野菜ジュースも、実際は健康に悪い。野菜ジュースには飲みやすくするため、多量の糖分が含まれている。ワンパックの野菜ジュースに、一個のおにぎりの半分に相当するの糖分が含まれている。日本で一番多く、野菜ジュースを消費する青森県では、糖尿病で死亡する人が日本で一番多い。

 

 糖尿病死亡率が20.2人の青森県が全国平均の11.4人を大きく上回り、全国ワースト1位

 

【最新 糖尿病ランキング】 1位は神奈川県、ワースト1位は? (club-sunstar.jp)

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 これは単なる一例で、戦後、添加物、人工甘味料、防腐剤、農薬等が大量に使われだして、我々の身の回りで、アトピー性皮膚炎、がん、認知症が増えていった。私が小学校時代の60年前は、身内でガンもアトピーも認知症も聞いたことが無かった。それが今では、がんは日本人の2人に一人がかかる。私も癌になった。

 それは欧米に対して日本では10倍も多く添加物、防腐剤が食品に認可されている。それが日本の異常性である。それが病気発症の一因だと言わざるを得ない。テレビでは添加物満載の加工食品を食べろ食べろと大宣伝である。何かおかしい。添加物を安易に認可している劣化した汚役人ども、拝金主義に染まった食品メーカ、マスゴミどもがその犯人であると私は思う。

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菓子パンは危険

 パンにはグルテンが含まており、アレルギー性の問題がある。明治時代の文豪坪内逍遥はパンの食べ過ぎで、胃炎になり、命を落としたようだ。グルテンは怖ろしいのだ。輸入の小麦には、EUで禁止されている農薬がたっぷりと入っている。

 菓子パンやお菓子には人工甘味料、防腐剤や添加物が多く入っているので、将来、病気になる恐れが高い。人工甘味料は発癌性物質である。病気予防こそ、最大のゴミ量削減策である。

 

 

 酒類は買わない、飲まない。「酒は百薬の長」は大嘘である。「酒は百厄の兆」である。アルコールは発癌性物質である。WHOでは、酒は薬物と認定されている。食品は胃で消化される。アルコールは肝臓で、薬物と同じプロセスで分解されないと体外に出せない。

 酒をやめれば、その分、空き缶や空き瓶が減る。お金も節約できる。将来、ガンになれば、医療費もかかる。酒や添加物満載の食品を買って飲食すれば、病気になりがちになり、医師から貰う薬の包装紙が増える。

 アルコール液は危険物質である。例えば、アルコール液を直接、皮膚に注射すると、皮膚が壊死する。それを自分の肌で実験し、A医師が確認したYou Tube動画が配信されていた。それと同じ現象が、血液中に含まれたアルコールで起こり、血管の内面を傷つけるとA医師は警告する。だからアルコール依存症は認知症にもなる。ある住職は、アル中になり、認知症で入院して、お寺を追われた。

 アルコールが原因で病気になれば、病院に通うためのガソリンが増える。病気になり、入院、手術ともなれば、多大の炭素(ガソリン、電気、資源)を使用する。ゴミ削減には健康管理が最優先である。

 

薬は毒

 どんな薬でも、毒物である。薬は対処療法の一手段で病気を治すわけではない。病気になった真因を探して、それを無くさないと、病気は治らない。病気になれば多大の資源を使う。病気になる行動は、反脱炭素社会の行動である。

 例えば高血圧症の降圧剤は、それで高血圧症が治るわけではない。あくまで対処療法である。血圧を強制的に下げることで、必要な血液が末端まで届かず、それが原因で、癌、白内障、緑内障、認知症になりがちだ。それで多大な医療費を使えば、反脱炭素行動である。

  私は降圧剤を20年間飲まされ、がんになり、白内障、緑内障にもなり、記憶力低下も経験した。降圧剤では、高血圧症は治らなかった。日本の医師は、降圧剤以外の治療を放棄している。医薬品業界との癒着であろう。

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冷凍食品

 冷凍食品を私は使わない。だから冷凍庫は空である。だから生ごみを冷凍保管して、1か月分が貯まったら、まとめて捨てる。それでゴミ袋の消費量が6分の1になった。

 注意事項は、ごみとして出す場合は、解凍してからゴミとして出すこと。そうしないとゴミ回収車を傷める恐れがある。

 冷凍食品などの加工食品は味付けが濃い。冷凍食品などの味付けを濃くしているのは、塩や砂糖をたくさん使うことで長期間保存が効くようにするためで、また万人受けする味にするためでもある。

 中高年世代には、生活習慣病の対策上で、味付けが濃いと塩分過多で体に悪い。味が濃いと必要以上にご飯が進んでしまい、今度は糖質過多になるなど栄養バランス面でも問題が出てくる。

 以前、中国製の冷凍食品で毒物検出の問題が出たし、残留農薬や添加物の問題もあり、不安なので、私は冷凍食品を食べない。だから自宅の冷蔵庫の冷凍室は空である。

 

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  冷凍庫内に生ごみを一時保管

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チンしない

 私は電子レンジは使わない。だからサランラップも使わない。サランラップから有害物質が出るとの情報もある。電子レンジでは栄養素が失われる恐れがあると私は感じている。病気にならないために、私は電子レンジを使わない。

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スィーツは買わない

 以前はよくスィーツを食べていたが、今は全く食べない。その結果、その包装容器の廃棄物を削減できた。訪問先で出されたスィーツは食べるが、自分では買わない。甘いものは、病気の元である。私が御幼少の頃の60年前は、そんな美味しいおやつは、盆暮お祭りの時だけあった。病気になれば、石油製品を多量に消費する。

 健康で暮らすためには、添加物まみれの食品を買わないこと。その分、ごみが減る。

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出汁の元を使わない

 時間短縮で出汁の元を使うのは、ご法度である。出汁の元は添加物、化学調味料、防腐剤でニセモノの食品である。料理の時間を短縮しても、後日その落とし前で、病気になりがちだ。病気になれば、省エネどころではない。多大のゴミを生み出す。

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家電

 よいものを長く使う。それが粗大ゴミ量を無くす最大の手段である。

 以前につかっていたオープントースターは40年間使った。

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廃プラスチックをまとめて捨てる

 小さなプラスチックの容器や包み用のプラスチックを中くらいに大きさのプラ袋に入れて、プラスチック回収日に、ゴミとして出す。それで結構の量の燃えるごみの削減になる。しかしどうせ、プラスチックゴミは分別せず、燃やしているだけである。単に行政の省エネのゴマカシである。

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  小さなプラスチック類は、まとめて小さな袋に入れて捨てる。

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 梱包用のプチプチ

 プチプチは廃プラスチックとしてゴミに出すことが出来る。それを燃えるゴミとして出すと、かさばってしまう。

 車を廃車にすると最大の粗大ゴミになる。それを防ぐために、よい車を長く使う。私の愛車は現在24年目である。

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認知症防止

 睡眠をしっかりと取る。睡眠中に、脳内のゴミが洗い流されている。それが認知症防止となる。十分な睡眠がアルツハイマー型認知症になるのを防ぐ。

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読書でゴミ防止

 テレビをゴロゴロしながら見ていれば、認知症へまっしぐらである。テレビの前から動かず、ポテチ三昧では、病気になりやすい。1時間座りぱなしでは、約24分も寿命が短くなる。病気にもなれば、ごみの大量生産である。もっと本を読もう。そうすれば、政府、大垣市の無策が見えてくる。ゴミ情報を自分の回りから排除しよう。

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紙の廃棄物

 ゴミ削減の本当の意味は、資源の最大活用である。廃紙は、A4の廃封筒に入れて資源ごみ回収に回す。割りばしや爪楊枝を入れる紙等まで分類する。「チリも積もれば資源ごみ」である。実際は、紙の再利用は、反炭素社会の行動だが致し方ない。

 

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 廃紙は封筒に入れて資源ごみに

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厚紙は紙袋に入れて資源ごみ

 厚紙は、買い物の紙袋に入れて資源ごみに出す。

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プリンター用の紙

 私は再生紙を買わない。だって質は悪いし高い。再生紙が普通の紙より高い分、加工に石油を使っている。消費者を騙す再生利用である。利権の問題だ。

 

過剰包装の製品を買わない。

 

テッシュペーパは箱無しを使う。箱の厚紙を処理しなくても済む。

 

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  箱無しテッシュペーパ

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新聞の購読を止め

 真実を報道せず、国民を洗脳状態の置くマスゴミであるテレビは見ない。偏向新聞を読まない。ネット情報で十分である。

 お陰で新聞紙より多い大量の広告紙を処理せずにすむ。

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自分を粗大ゴミ化しない

 自分は世の中でいかされている。定年後は、そのご恩を返すのが人としての義理である。そういう意識があれば、世の中に役立つ奉仕が出来る。神仏もそういう人をこの世に残してくれる。そうでないと、人は粗大ごみ化する。そのために、健康で(身心とも正常で)世に貢献してこそ、親から頂いた命を全うできる。病気になれば、国の医療費を無駄に使う。公園の草取りや、側溝の掃除でも、立派な社会貢献である。

健康で天命を全うして世の為に働くことが、最大のゴミ削減策である。

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  馬場恵峰書

 

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 上図は病気見舞いのお礼として皆さんに配った色紙。

 健康を失って、初めて健康の有難さが分かる。

 馬場恵峰先生に、約20枚を揮毫していただいた。

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2023-11-15  久志能幾研究所通信 2771号  小田泰仙

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2023年11月 8日 (水)

何を置いて逝くのか 残るのは線香の煙だけ

夢追いて 体は老いて 煙置く

 

 人間は一生をかけて(80年×365日=29,200日)、何を現世に置いてあの世に旅たつのか。土でできた肉体は、いつかは土に帰る。土でできた肉体は大きな器である。その器に何を入れて昇華させるのか。それが人間の生き様であり、成果である。かけた時間に相応して、人生が決まり、昇華する価値が決まる。

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            新人教育テキスト「修身」2004年

 

 

人生のチェックアウト

 人は人生ホテルに、裸でチェックインして、裸でチェックアウトする。ホテル滞在中の衣食住は、天からの借り物で、チェックアウト時は全て置いて逝く。どんな立派なホテルに泊まっても、いつかはチェックアウトしなければならない。

 それも自分の意思ではなく、ある日突然にお呼びがかかる。死神運転手が「お迎え」の車で来た時、乗車拒否はできない。向こうだって年功序列の搬送計画がある。運転手も上司の閻魔様の御指示には逆らえない。死は云わば、あの世の裁判所からの出頭命令だ。その時、身に着けるのは経帷子のみ。その時、何を置いて逝くのか。

 各学年の進級(その学年生活の死)、学校の卒業(学校生活の死)、会社人生の定年(会社人生の死)、定年後の第二の人生の死がある。どんな人生でも、どんなプロジェクトでも、生老病死であり、必ずその終りがくる。恋愛だって生老病死である。情熱的な恋愛でも永遠には続かない。どんな恋愛もいつかは冷める。青春の情熱は一瞬である。

 生は偶然だが、死は必然である。

 そこに何を置いて逝くのか、すべて生を受けた時に計画した志次第である。

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何を遺すか

 死とは肉体的な死だけを意味しない。例えばある部署に部門長として人事異動して、規定の任期を勤めて、その部署を去る場合は、その任期という生命体の「死」である。部門長としてある事業を任された場合、その任期中に何を創り上げるか、何を遺すか、それが問われる。その任期後、人事異動で別に部署に移動すれば、その人が存在したという事実は煙となる。しかしその人がその部署に残した「何か」がその人の昇華物なのだ。それが問われる。

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回想 

 上記資料は、私が前職で、新入社員教育カリキュラムの中の「修身」の講義で使った。当時の新入社員も今は40歳超えである。この20年をどう過ごしたのか、聞いてみたい。

 この6年後の私の定年時の挨拶回りで、社内を回った時、私の講義を聞いてくれた営業マン中堅(女性)は、その講義を良かったと言ってくれた。嬉しかった。人生を考える上で、自分でも良い講義をしたと思う。

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 今からでも遅くない

 定年になって1年目は、第二の人生の新入生である。人生を考えることは、定年後のシニア世代でも、余命が僅かの人でも構わない。何時から始めても、遅いことはない。残りの時間を、何にお金を使い、何に時間を使い、誰と出会い、何を計画したかで、人生の最終仕上げの出来栄えが変わる。今ここに全力をかけよう。

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 馬場恵峰書

 

2023-11-08  久志能幾研究所通信 2770号  小田泰仙

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2023年11月 6日 (月)

巡礼 福田公美、日本画展 懐かしい記憶に和の香り in Sagan

「福田公美 日本画展」

 場所 岐阜市 川原町 Gallery Sagan

 期間 11月3日~11月23日 (水・木 定休)

 

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 「転生」と福田公美さん   Saganにて

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薫習で画家修業

 日本画は岩絵具や墨、膠で作りだす和の雰囲気がその命である。日本画は和室によく溶け込む。それが油絵具でゴテゴテと画かれた西洋風の絵画では浮いてしまう。

 福田公美さんは、祖父の画室の墨、膠の香りに包まれて育った。彼女は祖父が岩絵具を静かに溶く後姿を見ながら育ったという。そんな祖父の絵の雰囲気の中で育ったので、祖父の日本画の温もりが彼女の肌から身体にしみ込んだのだろう。霧の中を歩めば、自ずと衣が濡れる。よき香りのお香を触れば、その香りが衣服に移る。それが薫習である。だから彼女は、ごく自然と日本画の世界に入っていけたという。彼女の絵には構えた力みがない。自然の花や動物を自然体で観察して、それが日本画の画風に現れている。そこには小さな植物や昆虫たちの存在感ある命の営みが表現されている。

 

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 岩絵具

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  膠

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家風

 馬場恵峰先生の祖父は書道の名手で、家には書画が沢山あり、恵峰先生はその中で書画を見ながら育ったという。だから馬場恵峰先生は小学校で、担当教師の代わりにクラスの仲間に習字を教える存在になっていたという。環境が芸術家を作るようだ。

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  馬場恵峰師の16歳の時の作品

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 能や歌舞伎の家元で育った子息は、生まれながらに特別の才能を持っていると同じであろう。

 囲碁や将棋の名人には内弟子経験をした人が多いと同じであろう。

 画家を目指して、芸大に入り、絵の世界で立身出世しようと懸命の努力を続けた画家には、何か力みがあり、自然体の優しさがないような気がする。芸術は努力だけでは成功しない世界のようだ。凡人がいくら努力をしても、超一流にはなれない。努力とは別世界の話である。

 

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西洋の画風

 西洋の画家でも、絵で一旗揚げようと描いた絵には、暴力的な迫力がある。悲壮感さえ感じる。日本人の持つ優しさが無いような気がする。日本人は自然と一体感を得たいと思う。それが日本古来の伝統である。西洋では、自然も敵国も闘い征服する対象である。絵でもそういう雰囲気が出ている。日本のように人が自然と一体化する画風という世界とは一線を隔す。

 福田公美さんの日本画は、自然と一体化して自然を受けいる画風である。日本人の愛した花鳥風月の世界に合う。日本人が西洋風の絵画を画くと、日本人はどうしても構えてしまうようだ。

 

名画とは

 私の名画の定義とは、「捕まってもいいから、盗んで家に飾りたくなる絵」である。そんな絵に出会えるのが、盲亀浮木のご縁である。 私は世界の美術館の70か所ほどを回ったが、捕まってもいいから盗んで家に飾りたいという「名画」には、幸い?遭遇しなかった。だから私はお縄を頂戴せず?、塀の外で自由に生きている。

 100号のバカでかい絵、またゴテゴテと油絵具で塗りたくった絵は、日本人にも、その日本家屋にも合わない。まさかルーブル美術館にある「皇帝ナポレオン一世と皇妃ジョセフィーヌの戴冠」(寸法:621x979 cm)やオランダ国立美術館のレンブラント「夜警」(寸法:363 × 437 cm)の絵を8畳の和室に飾るわけにはいくまい。

 自宅の大きさに合わせて、最適に大きさの絵を選ぶのも、自分の美的センスが問われる。世間が名画と言っているからと言って、鵜呑みにするのは、愚かである。自分には、自分の分相応の絵を選んで飾る。それが自分の美学である。

 西洋では、貴族の豪華な館でこそ映える絵が、名画と定義されているようだ。それは貴族が金に任せて画家に書かせて、富の大きさを誇る絵であるからだ。ミケランジェロの絵も、大富豪のパトロンが金を出して描かせている。

 日展や院展等の展覧会では100号以上の絵でないと、応募に受け付けてもらえないそうだ。その画材だけで8万円ほどかかると言う。そんな絵は、入選して美術館にでもお買い上げされないと、画家稼業では大赤字である。それは自宅保管となる。その保管場所と保管費用が大変だ。有名な画家でも、そういう絵の保管の為、マンションの一室を借りているという。マンションの家賃も馬鹿にできない。画家稼業も大変だ。

 

自宅に飾ると気が狂う名画

 美術館では名画扱いでも、日本の小さな我家では、名画ではない。そんな「名画」はお金をもらっても、飾りたいとは思わない。その分のお金をくれるなら飾ってもいい? 

 数十億円の大きなサイズのゴッホの「ヒマワリ」を家に飾ってどうするの、である。盗難を考えると、心配で夜も眠れない。それでは病気にもなる。ムンクの名画「叫び」を家に飾りたいとは思わない。そんな絵を見続ければ、気が狂ってしまう。ドラクロワの暗い絵を自宅には飾れない。居間が暗くなってしまう。

 そんな類の絵を家に飾るのは、絵の存在価値に対して本末転倒である。絵は見ていて心が癒されないと、意味がない。絵にもTPOがある。またその絵を飾る家の大きさも絵の評価対象である。

 

絵画も適材適所

 50号の絵では、そんな大きな絵を飾れる部屋は日本のウサギ小屋にはない。西洋の「ド高い」名画は、家に飾ると疲れると思う(幸い、そんな絵は持っていないので幸いだ)。日本の和室に似合うのは、花鳥風月の小さな作品である。せいぜい10号までの絵である。

 解剖学者、東京大学名誉教授、医学博士である養老孟司氏は「最近の日本人の精神が貧困になったのは、グローバル経済主義の影響を受けて、日本人が効率主義一辺倒、金儲け至上主義に傾倒し、日本古来の花鳥風月を愛でる余裕がなくなったのが原因だ」と言う。

 私は、幸いエリートでもなく、平凡に暮らしていて、芸術を愛し、花鳥風月の日本画をも愛でている。それでは一銭の得にもならない。だから、私は阿修羅の道を歩まず、精神崩壊もせずに幸せに暮らせている。私は『バカの壁』を超えなかったのだ? でも本音はお金も名誉も女も欲しい....?

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コスモスの秋

 今回、福田公美さんの「秋桜」を入手した。山口百恵ちゃんが歌う「コスモス」を聴きながら、さりげなく壁に飾って眺めるのが、日本流、オダブツ流である。「コスモス」を聴きながら、「秋桜」を見て、人生の秋を考える。

 人生は生老病死、人生も春夏秋冬の移り変わりである。秋は実りの季節である。高齢者には秋の風景がよく似合う。今まで収集した美術品の中から一品を選び、さりげなく飾って楽しむ。それがオーダー仏教(oder仏)、オダ仏教の教祖の美術鑑賞スタイルである。和室に溶け込み、部屋と一体となる絵が名画であると思う。そういう絵は自己主張しない。

 絵とは、自分が主人公として人生道を歩むとき、その道の風景を彩る一輪の花である。何もない延々と続く砂漠の中をとぼとぼと歩むのは寂しい限りだ。その時、オアシスに咲いた一輪の花を見つけると癒される。

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                   秋桜

 

 

2023-11-05  久志能幾研究所通信 2769号  小田泰仙

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2023年11月 2日 (木)

高齢者には「きょういく」と「きょうよう」が必要

 

 高齢者が人間として生きていくために必要なのことは、「今日行く」所がある「今日の用」があるである。それでこそ、人間として生きていける。それがないと、生きる屍として過ごすことになる。挙句に、妻から濡れ落ち葉扱いをされ、捨てられる(熟年離婚)。

 これは高齢者だけでなく、人間としても必要な素質だ。出不精者や引き籠リ、フリータの若者にも「きょういく」と「きょうよう」が必要だ。

 働き盛りの社会人でも、正規の会社業以外に、第二の人生の下準備で、やる事を作ることが必要だ。日曜日に家に籠ってテレビばかり見てゴロゴロしていては、定年後は認知症にまっしぐらである。65歳以上は15%が認知症である。入社したら、その40年後には会社生活の死が来ることは必然である。定年になってから、第2の人生の準備では、そのスタートが出遅れる。

 起きたけど、寝るまでとくに用もなし。

 生きてるけど、死ぬまでとくに用もなし。

 

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 馬場恵峰書


生きる意味

 何のために生れたのか、何のために生きるのか、やりたいことはないのか。

 なぜ死ぬのか。定年まで生きてこれたのは、社会的必要があって、定年まで社会から生かされていたからだ。生物は生殖を終わると、その生を終わる。カマキリの雄などは、生殖が終わると雌に頭から喰われてしまう。それが子供の栄養となる。サケも長い回流を終り、産卵を済ませると死ぬだけである。その肉は子供の栄養となる。雌の寿命が長いのは、子供を育てるために生きているからだ。

 男は定年後に自分で社会的な恩返しの道を探さないと、生き永らえるだけの存在になる。「生きているけど、死ぬまで特に用もなし」の存在に成り下がる。

 男が定年まで働けば、社会的な義務は果たしたことになる。子育ても終り、家のローンも終り、これからが本当の自分の人生なのだ。そのためにこそ、「今日行く」所がある、「今日の用」がある必要がある。なければ、自分で自分の用を作ることだ。それが不明なら、自分の才能や天命がどこにあるか、世間を歩いて探し回ろう。今からでも遅くない。世間を歩く距離と、出会うご縁の総量は比例する。ご縁の総量が多くないと、真の天命に出会えない。場数で勝負である。それを始めるのに、遅すぎることはない。

 

用を作る

 馬場恵峰師は中国に240回以上も旅行した。閑な隣人たちが「どげんして、そげん中国に何の用があるばってん」と噂していた。師曰く「用があるのではない。用を作りに行くのだ」と答えた。そこからご縁が生まれる。犬も歩けば棒に当る。出かけなければ、決してご縁にはぶつからない。そのご縁で、馬場恵峰師は中国浙江省に小学校を寄贈した。馬場恵峰師は「渓流希望小学校」の名誉校長先生である。その功績を含めて、馬場恵峰師は人口4230万人の浙江省で名誉市民賞を授与された。だから馬場恵峰師は94歳まで現役で活躍された。天が社会に必要と認めたのだ。

 

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「高齢者よ、大死を抱け」

 野垂れ死によりも、戦って死んだ方が死に甲斐がある。大プロジェクトを抱えて邁進し、途中で挫折してもいいではないか。そのプロジェクトの借金が返せなくても、どうせ相手も保険をかけている。高齢者の特権は「忍法踏み倒し」である。債権者もあの世までは追いかけてこない。安心して踏み倒せばよい。世のための踏み倒しなら、閻魔様も大目に見てくれよう。

 馬場恵峰師は60歳の時、社会貢献として大村市に「日中文化資料館」を建てた。家屋敷を担保に入れ、生命保険をかけ、1億円の借金を背負った。その借金を24年かけて返済した。完済時は84歳である。見習いたい行動である。その後ろ姿を見て弟子の2名は、同じく60歳以上の身で1億円以上の借金をして新事業を始めている。師の後姿の教示は素晴らしい。私も真似をする意向である。

 

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  日中文化資料館と図書館「三昧楼」  敷地350坪 大村市

  手前の松は、「迎客の松」

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2023-11-02  久志能幾研究所通信 2768号  小田泰仙

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2023年10月30日 (月)

祖母の50回忌、盲亀浮木の如し

 

 先日の10月28日、祖母の50回忌を執り行った。2年前に祖父の100回忌を執り行った。そのご縁に出会えるだけ幸せであると感じた。本来、出席する予定だった従弟は、昨年末、コロナで亡くなってしまった。健康でその歳まで生きていないと50回忌は執り行えない。祖母がいて、両親がいて、自分の生がある。

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歴史のIF、人生のIF

 もし東条英機が日米大戦を決意しなければ、もしルーズベルトが日本から戦争を仕掛けるように追い込む陰謀を画策しなければ、日米戦争は起きなかった。当時の米国は厭戦世論が蔓延し、ルーズベルトは戦争をしたいが、できず困っていた。

 日米戦争が無ければ、両親は出会うこともなく、私も別の家に生まれたかもしれず、祖母とのご縁もなかったろう。もし父がシベリア抑留でシベリアの土になっていたら、私の生は無かった。従弟の父はシベリアの土になった。

 一つに生が生まれる確率は、一億円の宝くじが連続で100万回連続で当たると同じである(筑波大学村上和雄名誉教授談)。

 私は、太平洋戦争が終わった後の日本に、犬畜生でなく五体満足の人間として生れられたのだ。まるで「盲亀浮木のたとえ」と同じである。それこそが、いずこから来たご縁の恵みで、それが人の道のお宝である。その恵みに感謝するのが、人の道である。

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50回忌の意味

 そう思うと、自分が元気で、祖母の50回忌を執り行えるというのは稀有のご縁で、感謝である。今まで70年間も生きてきて、50回忌に参列したのは、今回を含めてたった2回である。

 祖母は5人の男子と1人の女子を生んだ。その内、2名が戦死である。その孫で50回忌に参列出来たのは、私だけである。他の孫(従弟)達は、既に死亡した者、昨年コロナで死亡した従弟、認知症になった人、入院中の人、老齢で動けない状態の人もあり、50回忌に参列が難しいのが現実である。それに思いを馳せると、盲亀浮木のたとえは、現実味を帯びてくる。最近の法事は3回忌で終りと言う家庭も多い。それを今回、50回忌を執り行えたのは幸せであると感じた。まさに一期一会である。これからも出会うご縁を大事にしていきたい。

 

盲亀浮木のたとえ

 盲亀浮木とは、大海中に棲む目の見えなくなった老海亀が百年に一度水面に浮き上がってきた時に、大海に漂っている穴の空いた流木に偶然首を突っ込むという喩え話である。

 出会ったり、物事が実現したりすることがきわめて難しいことの喩えで、この出会いとは、人として命をいただく事の困難さ、更にその人がお釈迦様の尊い教えに出会う事の困難さ、人と人の出会いが非常に難しい事の喩えである。

 お釈迦様は、「こんなたとえ話は誰もが、あり得ないと思うだろう。しかし、全くないとは言い切れない。人間に生まれるということは、この例えよりも更にあり得ない。とても有難いことなのだ」 と仰られた。

このお話は『雑阿含経』に説かれている。

盲亀浮木のたとえ - 奈良薬師寺 公式サイト|Yakushiji Temple Official Web Site

https://yakushiji.or.jp/column/20201102/

 

 

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 いづくかの来たりし去り行く人の道 縁の恵みは生の寶なり

 (色紙に鉋の削りくずを貼って作成)

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 馬場恵峰書 (額の大きさ 126×46㎝)

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2023-10-30  久志能幾研究所通信 2766号  小田泰仙

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2023年10月15日 (日)

私の蓄財術、7つの財産

 

 お金は財産ではない。お金は銀行のコンピューター上に記録された数字の羅列でしかない。お金は人生劇場への入場料として必要である。そのためにお金を使わなければ、良い舞台に立てず、よい経験が得られず、良い人生を送れない。お金はチャンスを掴むための経費である。場末の安い劇場では、そこから得られる「利」は少ない。だから高くても良質な舞台を選ぼう。「利」とは仏様が与える恩恵である。

 現金だけ集めても、それを使わなければ、心の貧乏人である。お金は使ってなんぼである。必要な入場料を払わず、現金を掴んで離さなければ、良い舞台に立てない。真の財産は、新たな舞台に挑戦する勇気、それに躊躇しない逞しさと心の豊かさである。それを徳という。

 

1 人生経験という財産

 財産とは成功体験だけでなく、失敗経験もより大きな財産である。多くの失敗を犯し、流した涙と汗の分だけ、多くの智慧と徳が付き、結果として後年の成功を得られる。エリート呼ばれる上級国民が、人生後半でドジをやるのは、若い時に大事に保護されて、その失敗を経験していないからだ。自転車の訓練でも、最初に沢山転ぶと乗る技術が上手くなると同じだ。だから上級国民の末路は悲惨である。人生三大不幸の一つが、「若くして高台に登る」である。

 

 約40年まえ、私が前職で主任として働いていた職場に、エリート扱いを受けた若手2人が異動してきた。二人ともエリート意識丸出しの鼻持ちならないやつであった。そして古参の非エリートの私を追い抜き、超厚遇をされるようになった。二人は会社から大学院に派遣され、博士号まで取らせてもらい、海外出張さえ最優先であった。同じ職場で、私は貧乏くじを引かされた。その10年後、贔屓していた上司はいなくなり、任されたプロジェクトが中止となり、その一人は会社を後ろ足で泥を掛けるように退社し、もう一人は会社に残ったが、後年、閑職で定年を迎えた。それが自分はエリートと自認もし、周りからもそう呼ばれた若者の末路であった。天網恢恢疎にして漏らさず、を実感した。

 

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2 師の教え、思い出

 人生の道を歩くうえで、師の教えがお宝であることに思い至る。それは人生道を歩く上の地図であり、コンパスである。それが無ければ人生道で迷う。16年間、人生道を教えて頂いた馬場恵峰先生には感謝しかない。

 それで私は約1000万円の金を使ったが、相応の学習財産ができた。約1000万円は16年間での九州までの交通費、宿泊費、師の書画購入代等である。馬場恵峰先生は中国に240回以上も行き、その旅費で約8,000万円が消えたという(一回の旅行で約30万円余である)。恵峰先生は「それで手元に何も残っていないが、経験・信用・人脈と言う財産が残った」という。私は師の後ろ姿から多くを学んだ。

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3 健康力

 健康でなければ、美味しいものも食べられないし、旅行もできない。毎日が憂鬱である。健康でないと、お金も使えない。お金を使うには、体力がいる。

 私ががんを罹患して、体力がなくなった。それを失って初めて、健康の重要さを痛感した。体力が無ければ、お金も使えない。健康でなければ、決して幸福になれない。死んでもいいから健康最優先である。

 

 

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 上図は病気見舞いのお礼として皆さんに配った色紙。

 馬場恵峰先生に、約20枚を揮毫していただいた。

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4 少しの友

 社長業をやっている知人から、年賀状が500通だ、知り合いが数百人いるとかの自慢話をよく聞く。そんな「友人」が500人いても、その「友人」と1時間話しあっても、合計で500時間が必要だ。その友好関係を維持するには膨大な時間とお金がかかる。そんな中途半端な名目だけの「友人」と付き合うことに時間を使っていたら、人生が終わってしまう。心を許した徳のある友人は数人で十分である。

 

5 少しのお金

 日本でお金と言われる代物は、日本銀行券である。それはあくまで、日本銀行が保証した、兌換券でしかない。日本銀行が保証しなければ、紙くずである。

 1947年、日本政府は新円を発行し、今まで持っていた円を使用不能にした。ほんの76年前のことだ。それで母の父(私の祖父)の退職金が紙くずとなった。だから母は、私に「政府を信用するな」と口を酸っぱくして教えた。

 国体が変われば、お金は紙くずとなる。その時に必要な財産とは、どんな時代、どんな社会でも生きていける才覚を養うことである。その時に、稼ぐことができる能力が、真の財産力だ。両親は、戦後の激動の時代を裸一貫からがむしゃらに働き、一財産を作り、私に残してくれた。

 お金は、当面の生活が出来る少々を持っていればよい。チャップリンは「人生で必要なものは、勇気と想像力と少しのお金」と言った。あの世にはお金を持って行けない。稼いだ「お金」は、自分の人生体験と能力向上に振り向ける。今は、明日を知れぬ激動の時代である。隣国からの日本侵攻、南海トラフ大地震が起きるやも知れぬ。その時にその持てる生きる力がものを言う。

 

 

6 社会貢献という財産

 社会に貢献したということは、天に貯金をしたことだ。それで将来、自分だけでなく、子孫にも利子(社会からの恩恵)が支払われる。

 先の大戦では、私の家系で叔父が2名、お国に命を捧げた。一人は極寒のシベリア、もう一人は灼熱のインパール作戦の地で亡くなった。父はシベリア抑留に人生の一時期を捧げた。それで今の日本がある。父がシベリアで死んでいたら、私の生はない。私はその恩恵を私は受けて生きている。毎日、感謝で仏壇に手を合わせている。

 馬場恵峰先生は、60歳の時、社会貢献として、家屋敷を担保に入れ、生命保険に入り、1億円の借金をして、日中文化資料館を建てた。その借金は24年かけて84歳の時、完済した。だから天は師を94歳まで現役で活躍させる恩恵を与えた。

 

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 350坪の敷地に建つ日中文化資料館  大村市

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5 賢さという財産

 いくら知識・智慧・財産があっても賢くないと、それを使いこなせない。賢くないと、頭の良さは悪知恵となり、周りに害毒をまき散らす。木原誠二、ジャニーズ喜多川のように。

 日本のエリートと呼ばれる類は、知識はあっても智慧と徳が無い。ましてや賢さもない。更に公僕と言う意識は皆無である。記憶テストで高得点だけを取った東大出のエリートが日本滅亡の政策をごり押ししている。今の日本の停滞の原因は、トップの堕落が原因である。己の蓄財に熱心で、日本を泥船化して、一緒に沈んでいくことに気が付かない。その結果、増税邁進、中韓迎合、保身の無為無策、世論無視である。木原誠二問題、統一教会問題、ジャニーズ性加害事件、谷町の闇、宝塚歌劇団問題、等はエリート政治家の利権が関係している。

 

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  松本明慶大仏師作 普賢菩薩像

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6 素直さという財産

 いくら幸運に恵まれても、驕ってしまえば、衰退である。素直に置かれた状況を受け入れる素直さ、回りの人の意見を聞ける素直な能力も大事な財産である。どんな状況でも、生きていることに感謝である。

 

7 宗教力

 宗教の「宗」とは家の「ウ冠」と神への捧げものを表す「示」からなる象形文字である。つまり宗教とはその家の教えである。仏教やキリスト教は、大量生産に相当する大手企業と同じである。家の家訓は家庭料理と同じである。それはご先祖が何代にも亘って作り上げてきた教えである。2000年前は、それらの大規模宗教団体が成立していないので、各家の教えが宗教であった。要は家庭料理である。毒のある外食(新興宗教団体)よりも、家庭料理(家の家訓)を大事にしよう。それは財産である。母や父の教えを守る。それも宗教力である。

 

 

2023-10-15  久志能幾研究所通信 2759号  小田泰仙

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