c-馬場恵峰師の書・言葉 Feed

2021年5月 6日 (木)

語感で洗脳 「ご苦労様」は上から視線?

 

 言葉は言霊といって、人の魂が籠っている。言葉が人を元気し、言葉が元気をなくさせる。ヒトラーは演説で同じ言葉を何回も使い、ドイツ国民を洗脳した。だから使い方次第で、言葉は凶器にもなる。ご注意を。

 

「潜友」

 その言葉を一番多く浴びるのは、自分自身である。だから後向きの言葉は、決して使ってはならない。後ろ向きの言葉を常用する友は、「潜友」だ。「後友」だ。付き合うと人生を潜水させてしまう。後ろ向きの言葉で後ろ髪を引かれ、チャンスを逃す。

 できなくても、できると言って、自分の脳を洗脳しよう。

 

洗脳

 仕事をしてもらった相手に「ご苦労様」は、上司が部下に言うように感じる。上から視線を感じる。

 また「ご苦労様」では、簡単な仕事でも、「俺は苦労をした」と洗脳されてしまう。「そんなレベルの仕事は苦労にも入らない」と自己暗示をすべきなのだ。そうすれば能力が向上する。

 

 「お疲れ様」と言うと、それは相手への洗脳教育のように見える。「貴方は疲れている 貴方は疲れている」と暗示をかけているように感じる。俺は元気だ、それを「貴方は疲れている」と決めつけるように言われるのは不愉快と感じる人もいる。

 

 「お元気様です」は少し構えた表現で、少し違和感がある。

 この場合「ありがとうございます」が一番無難のようだ。

 

冒頭の挨拶

 手紙やメールの冒頭で、「いつもお世話になっております」とは、私は滅多に書かない。末尾に「よろしくお願いします。」とも書かない。それは無意味な言葉で、時間の無駄だからだ。

 それを書いてくる手紙やメールを見ると、「俺はあんたの世話などしていない。それは嫌味かよ!」と勘ぐってしまう。で、要件は何だ?と言いたくなる。

 一行の文を読むのにも、命の時間を使っている。だから私の手紙は単刀直入に要件を冒頭に書く。私は、手紙に伝えたい要件だけを、簡潔に無駄なく全精力をかけて書く。そのための推敲に時間をかける。相手に時間を使わせないことが、最大の誠意である。それがご縁のあった相手への感謝の伝達である。

 感謝の念こそ、運命の扉を開く鍵である。運命の女神はしずしずと現れる。感謝の念がないと、通り過ぎていく女神の心を射ることはできぬ。感動したことに「感謝」とは、「感」じたことを「言」葉で「射」るのだ。

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         馬場恵峰書

戦争と平和

 毛筆の礼状では話が別である。それは和の道である。和の道では、心を伝えるのでも道草をすればよい。それが情緒である。私はビジネス戦争では、電子メール銃を撃ちまくる。私はそれから転戦して、別世界の芸術界では、パソコン機関銃を毛筆銃に持ち代えて、毛筆の手紙で相手の心を撃つ。

 

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心筆

 私はこの10年間、馬場恵峰先生への手紙をすべて毛筆で書いた。緊張して心を込めて手紙を書いた。ワープロで文面を作り、それから清書である。なにせ相手は書道の先生である。先生曰く「書は、下手でも丁寧に心を込めて書けば、誠意が伝わる」。

 しかし敵は私より上手で、恵峰先生の巻物の毛筆礼状と三根子奥様の毎回違うカラフルな和紙の毛筆手紙が交互にやってくる。返信にも恵峰先生ご夫婦の役割分担があるようで、毛筆の銃撃戦では当方の完敗である。

 その文面に「いつもお世話になっております」等の軽薄な言葉はない。文面に相手を思う心が溢れている。美辞麗句を並べなくても、毛筆で書いてあるだけで、私の心を撃ちぬく。

 恵峰先生の巻物の礼状は我家のお宝である。

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 馬場恵峰先生からのお見舞いの巻物手紙  

 

2021-05-06  久志能幾研究所通信 2011 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2021年5月 1日 (土)

恵峰先生はバカ、私はその上を行く大バカ

 

 馬場恵峰先生は、「巻物にいくら書いても売れない。こんなに書を書く私はバカなのだ。それをわざわざ大垣から来て、写真撮影する小田さんは大バカなのだ。お互いにバカだから道友である」とよく言われた。それは馬場恵峰先生の私への最大の賛辞であった。

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 馬場恵峰遺作展 「シーハットおおむら」さくらホームで

 100メートル巻物と50メートル巻物   2021年4月24日 

  100メートル巻物は恵峰先生が2年がかりで書かれた。

P1000088s1  100メートル巻物の撮影風景      2016‎年‎11‎月‎29‎日

  5人がかりで撮影。一人では100メートル巻物を取り扱えない。

  それも撮影に失敗があり3回訪問して撮影し直した。

      その撮り直しも、2回目は1回目の1週間後に飛んで行ったので、三根子奥様が呆れていた。

P1080226s  「奥の細道 全集」の撮影風景  先生の図書館にて     2016‎年‎5‎月‎24‎日

 

 2006年から2012年まで明徳塾で大阪の箕面市に月一で出かけ、2011年頃から、月に一度、長崎の先生宅に写真撮影に出向くようになり、この約10年間で計120回ほど先生宅に行った計算だ。一回の費用が、交通費、宿泊費、お土産等で7万円ほどかかる。それでこの10年間で交通費だけで800万円ほど使ったことになる。明徳塾の費用を入れれば優に一千万円を超える。決して後悔をしていない。今にして良かったと思う。

 苦労して撮影して、本として出版しても、売れたのはせいぜい50部とか100部である。だから出版では大赤字である。それでも写真撮影と出版を止めないのは、儲ける為ではなく、出版してデータベース日本書籍目録に登録し、国会図書館に納品して、馬場恵峰の書を記録として後世に残すためである。

 

 恵峰先生は中国に260回以上も旅行されている。全て自費である。一回30万円の旅費としても7800万円が消えている。金は消えても、形あるモノは残っていない。しかしご縁と智慧が残ったと言われる。それから見れば、私は先生のご縁と智慧の1/100くらいを習得できたのかもしれない。

 

 その間に私が収集した恵峰先生の掛け軸が57本である。色紙や額書や板書を入れるともっと膨大な数になる。個人収集では、大村市の日中文化資料館以外で、私の家が日本最大の馬場恵峰書資料館になったようだ。格上の男に惚れると金がかかる。こんな超ハイレベルの師には二度と会えないと思う。私は良き師に出会えて幸せであった。

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  座敷に掲示の掛け軸、屏風の書は全て馬場恵峰書

 

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度胸智

 今まで恵峰先生の掛け軸を躊躇なく入手したのは、今までに「高価な」絵画を買って「買う度胸」を積んできた経験智があるからだ。「高価な」とは、私にとって高価であって、市場ではごみみたいなものだ。10万円の絵でも私には高価である。デパートでの絵画販売を数多く見てきた目には、恵峰先生の掛け軸は安く感じる。それは恵峰先生が金儲けの為ではなく、後世の子弟の為の教育資材として書き残しているからだ。それも「小田さん価格」で激安で分けてもらっている。

 

人生経営も芸術

 芸術との出会いは一期一会である。その時、買う決断をしないと、二度とは手に入らない。経営も芸術である。何処にもない独創的な経営は芸術である。その人生経営をする師は芸術家である。その師との出会いも一期一会である。

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 馬場恵峰書  2013年頃の作品

 書はワープロではないので、決して同じ書体では書かない。同じ「一」でも書き方を変えて書く。

 

2021-05-01 久志能幾研究所通信 2005 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年4月30日 (金)

肺がん疑い、Go To 地獄

 

 人生の回数券を大事にしよう。老いた親、老いた師、老いた友、老いた己と、あと何回会えるかを考えよう。老いた己の歳と健康状態を見定め、除夜の鐘を聞ける回数を計算しよう。それがそんなに多くないことを確認しよう。

 

回数券が無効

 還暦を過ぎれば、その回数券が無効になる確率はみんな同じである。還暦後に使える回数券の数は限られている。当方がその回数券を使える元気さがあっても、老いた親や老いた師が死の直前になれば、残りの回数券が無効になる。一回の回数券を使えば、使える機会は一回減る。「Go Toトラベル」とは、人生回数券の「Go To 取ら減る」。

 

最後の面会

 今回の面会が最後の利用かもしれない。そう思って昨年末に馬場恵峰先生に1泊2日で4回、計8回お見舞いに行った。歳月は人を待ってはくれない。

 恵峰先生の最後の言葉が「縁あって花開き、恩有って実を結ぶ」であった。恵峰先生は病床で、何度もその言葉を口に出された。私は良き師とのご縁があり、幸せであった。

 人の明日は分からない。だから一期一会として、今回の出会いがこの世の最後と覚悟して、全力で向き合うべきなのだ。日の暮れぬうち、生きているうちである。

 

師は年上、必ず先に逝く

 相手どころか、自分が交通事故、心筋梗塞や新型コロナで、明日死ぬかもしれぬ。そうなれば所有の回数券は全て無効となる。

 この2年間で、私は師を5人も突然に失ってそれを痛感した。人の明日は分からない。それをこれほど痛感したことはない。

 

肺がんの疑い

 そうしているうち、この2021年2月12日、愛知県がんセンターの定期検診でCTを受けたら、非喫煙者の私が「肺がんの疑いがあり」と診断された。現代は非喫煙者の肺がんが増えているようだ。特に夫の喫煙で、妻が副煙流で肺がんや乳がんになるケースである。私も昔の職場での副煙流被害を思い起こした。それで肺がん手術の準備や心の準備で落ち着かない日が続いた。

 一度がんを罹患している身には、「肺がんの疑いがあり」は死刑宣告みたいなものである。地獄行きの宣告である。幸い、2か月間の経過観察の後、4月27日に肺がんの疑いは消えた。

 

 最近の検査では医師が過剰に反応するので、グレーでも肺がんの疑いありと診断されてしまう。見落としで手遅れになるよりはまし、と思わねばならぬ。医師も見落とせば、誤診で訴えられてしまう時代である。

 今回の誤診で再度、命の回数券の限度を再確認させられた。「時間は命」を再確認した。

 

回数券入手は不可

 師や友と10年の出会いがあれば、10年の縁が生まれる。多くの人は、日頃の回数券は無限にあると思って使っているが、ある日に突然、医師から余命宣告されれば、その回数券は大金を積んでも手に入らなくなる。

 だからこそ、師や友との出会いは、悔いのない出会いにしなければならぬ。そこまでやってくれるのかと、師や友を感激させてこそ、真の師事である。私はそうやって、悔いのないようにしてきたつもりだが、現実は悔いばかり。

 

最期の教え

 孝行したいときに親はなし。いつまでもあると思うな、親とカネ。同じように己の命も日々尽きていく。だからこそ今を精一杯生きよう。親と師の最期の教えが「あんたも何時か死ぬのだよ。悔いのない人生を送れ」である。 

039a15511s  馬場恵峰書 

2021-04-30 久志能幾研究所通信 2004  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2021年4月26日 (月)

自分が教祖になり「自分へ洗脳教育」

 

 「私は出来る」との思い込みこそ、自分への洗脳工作である。そうやって多くの偉人が偉大なる仕事を成し遂げてきた。

 成功の秘訣は、出来ない理由を考えないこと。失敗してもそれを「10,000の方法のうち、この方法はダメが分かった」と思えばよい。できるまでやるという考えを持つことだ。

 頭がいい人は、最初にできない理由を出して、それを解決する方策を考えない。それが失敗者と認知症患者への一歩である。

 頭が良すぎるのは、却って失敗につながる。私はほどほどにバカなので、愚直に取り組みを継続したのが、今にしてよかったと思う。頭の良い人はすぐ、先が見えて(見えたと勘違い)諦める。

 

躾という名の洗脳教育

 人は一番多く見たこと、教えられたことが人生で影響する。親の子供への躾も洗脳教育である。親が子供に対して7歳までに、直接間接で51,100回ものダメというと、真っ白な子供の脳は、それをしてならないと潜在意識に植え付けてしまう。それが性格形成と、潜在意識の形成になる。

 子供は1日に20回、選択の決断をするという。つまり脳の97%が完成する7歳までに、20回×365日×7年=51,100回の洗脳教育を受ける。

 

自己啓発セミナーという名の洗脳教育

 1990年代の後半、私は仕事でも、人生でも悩み、その解決策を探し求めていた。ある時、部下があるセミナーに行って良かったいう話を聞き、彼から紹介されて、あるセミナーを受講した。それが自己啓発セミナーであった。それが洗脳教育セミナーであった。当時はそんなことは考えず、受講して「素直に洗脳」された。結果としては、私には良き洗脳教育で、人生に目覚めることが出来たと思う。しかしその反応は人さまざまで、賛否両論である。

 この手法は、ベトナム戦争で精神を病んだ患者を治療するために開発された治療法で、米軍で効果を上げていた。自己啓発セミナーは、その手法を応用したセミナーである。だから良き目的で使えば効果が高いし、有益である。

 

悪用セミナー

 それを悪用したのが、オウム真理教を始めとする新興宗教団体である。その影響は1990年頃に洗脳されたオウム真理教徒の犯人が、30年経った今でも、その洗脳が融けず、麻原彰晃教祖を今でも崇めている。その恐ろしさが分かる。

 この手法は劇薬である。うまく使えば、効果満点だが、逆にすれば、人を殺人鬼にもしてしまう。幸い、私はこの「洗脳教育」で人生を謳歌する活力を得た。

 

教祖の化けの皮

 洗脳教育の講師はまるで教祖のようである。一時は私も騙されて講師を人生の師と仰いだが、実態は教祖の仮面を被った拝金主義者であった。その本質は20年経って化けの皮が剥がれた。教祖から洗脳教育をされると、本質が見えなくなってしまう。私はオウム真理教の信徒を笑えない。

 

マスコミという狂祖

 身の回りは洗脳したいという教祖がはびこっている。マスコミも洗脳教祖である。偏向した報道内容を繰り返し繰り返し報道すれば、読者は騙されてしまう。拝金主義企業の広告が欲しいマスコミは、中国の悪口は決して報道しない。それも逆の洗脳教育である。

 新型コロナウイルス騒動も過剰に洗脳報道をして、国民の恐怖を煽っている。現実は、日本の感染者数も死者数も欧米の1/50~1/100である。例年のインフルエンザでの死者数の半分以下である。欧米なら封鎖解除するレベルである。日本のマスゴミは、新型コロナ禍の洗脳教育に余念がない。狙いは、視聴率確保とワクチン接種での金儲けの支援と推定した。しっかりと目を見開いて報道の意図を確認しよう。

 政府も財政赤字だ、国民の借金が膨大だ、大赤字だと間違った財政状況を説明すれば、国民は騙されて、増税に導かれてしまう。これも増税したい財務省の陰謀である。

 

ソフト洗脳

 私のベッドの横には、馬場恵峰先生の軸「道」が掛けてある。これは「あせって」の「せ」の文字の形に惚れて先生から分けてもらった。私の宝物になっている。

 毎朝、目が覚めると1m先に掲げた文字が飛び込んでくる。毎日、朝晩に、「千厘の道も1歩から」の文字がやさしく何回も頭に叩き込まれる。辛いことがあっても、目標に向かて、今日は心機一転でその一歩を歩もうという気にさせてくれる。これはよき洗脳教育である。

 一番良い洗脳教育は、自分が教祖になって、自分を良き方向に洗脳することだ。

 

本物の師

 人は棺を覆って初めてその真価が判明する。馬場恵峰師は本物の師であった。セミナーでガンガンとできもしないことを絶叫する講師が本物の師ではない。静かにユーモアを交え、さりげなく人生の真言を教えて頂いたのが馬場恵峰先生であった。

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 馬場恵峰書

 

2021-04-26 久志能幾研究所通信 2000 小田泰仙

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2021年4月25日 (日)

馬場恵峰遺作展、恵峰先生を偲ぶ会(1)

 

 2021年4月24日、大村市で「馬場恵峰遺作展」、4月25日は恵峰先生を偲ぶ会」が開催された。私はビデオ撮影とバズーカ砲と機関銃を振り回して5時間の撮影に没頭した。

 偲ぶ会では恵峰先生にご縁のあった人達のお話しを聞き、改めて馬場恵峰師とのご縁があったことに感謝である。

 久しぶりに70~200mmの大口径望遠レンズと28~105mmの望遠レンズ装着のフルサイズ機2丁拳銃で、重たいカメラを振り回して、広いホールの端の通路を上から下へと、最後部の通路を横切って側面の通路を上下して、撮影を繰り返して疲れはてた。ホールの中央通路は観客の邪魔になるので、端の通路を使う。結果として約400枚の撮影、約1万歩弱の歩行数となった。

 長崎からその帰路は鉄路で7時間、約30キロ近いカメラ用品(カメラ・ビデオが5台とPC、着替え)の装備品を運び、深夜23時、自宅にたどり着き疲労困憊。昨日と今日は正規のブログをお休みさせていただきます。詳細は後日報告します。

 

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2021-04-25 久志能幾研究所通信 1999 小田泰仙

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2021年4月23日 (金)

皇女の結婚問題、匂いを嗅ぐ

 

 臭いものにはワケがある。「胡散臭い」とは、よく言ったものである。これこそ先人の智慧である。常識として異臭を感じれば、その対象を避けるのが動物としての人間の危機管理である。賞味期限も関係ない。見ればわかる。嗅げば分かる。付き合えばわかる。喰えばわかる。喰えん人間とは付き合うべからず。

 

仁義礼智信

 人の基本は「仁義礼智信」である。頭が良いとか悪いとかは関係ない。当たり前を当たり前に自然にこなす。その過程で、人には守るべき一線がある。それに超えれば、アウトである。

 私は、一度でも裏切られたら、その人とは疎遠にする。それが危機管理である。一度あることは2度、3度と続く。だから自分でも人を裏切らないように細心の注意を払っている。

 

 かの家庭騒動から伝わってくる悪い情報は一件だけでも、破談になるレベルである。どうも状況証拠から見て、かの皇女は洗脳されたようだ。洗脳から発生する匂いは、カネが腐る匂いである。皇族は下賤な金のトラブルに関わってはならない。それだけで腐臭である。

 

カンとは

 情報とは、「情」けの「報」せである。人に「報」せるにも、やり方の「道」がある。それなのに、トラブル解決のために発表された28頁の裁判用書類のような一方的な糾弾書、自己弁護書では、「報道」という「道」から外れている。人間性が疑われる。テクニカルライティング的に考察して、修身の観点から見て、危機管理の観点から考えて、人の道の観点から考慮しても、異様な匂いがプンプンである。

 カンには、数十年間を生きてきた自分の経験智がバックにある。こりゃダメだと感じたら、エイャ!で決めても、大きな間違いはない。問題がこじれても、家長や責任者がダメと言えば済む話である。

 今、世間を騒がしている皇女結婚問題も、簡単に考えれば、上記の話である。

 

前例を破る

 一度裁可を出したら覆すことはないのが皇室の前例という。そういう前例を破ってきて、皇室を変えてきたのは、平成天皇であった。問題が露見すれば、前例を変えて、現天皇が婚約を不裁可とすれば済む話である。官僚の悪いところは、問題が起きないように起きないように小手先で対応することだ。だから問題が余計にこじれてしまう。

 

習近平の悪例

 2009年に来日した習近平が、半年前に申請しなければ拝謁できない前例を、強引に破って平成天皇と拝謁を果たした。「前例を重んじる」から言えば、不敬である。今回は他人の習近平より大事な孫のことである。どしどし前例を破ればよい。

 歴史は前例を破って、新しい時代を作ってきた。前例破り、皇女の結婚問題でそれが変われば、大歓迎である。

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2021-04-23 久志能幾研究所通信 1998    小田泰仙

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2021年4月22日 (木)

初めに言葉あり。煩悩ありて病気あり (磨墨智152)

 

 『新訳聖書』の『ヨハネによる福音』の最初の文字が「初めに言葉ありき」。

 言葉は言霊というように、魂が籠っている。その言葉が時間を創る。時間とは命である。言葉が人生を創り、人を育てる。

 私は馬場恵峰先生の書かれた、古今の名言の揮毫の書を眺めて、その謦咳に触れた気がする。それが私の成長の肥やしとなった。

 人との出会いがご縁である。言葉との出逢いもご縁である。しかしよき出会いがあっても、欲望に惑わされ、煩悩に迷い、その言葉に背く生き方をするから、人生で躓き、病気にもなる。

 

病気というご縁

 病気との出会いもご縁である。病気にであい、日本中の名医の戸を叩き、自分の非を知ることになった。病気に出会わなければ、自分の非に気がつかなかった。また同時に、現代の日本医療の実情を知ることができたのも、仏様の慈観の目から出た賜物である。

 病気は誰のせいでのない、己の不摂生が病気を招いた。その長年の不摂生で体が悲鳴を上げ、37兆個の細胞が力を合わせて病気を発症させた。37兆個の細胞が早く間違いに気づいてくれ、その不摂生を止めてくれ、と行動を起こしたのが病気である。

 それを傲慢にも「病気と闘う」と言っては、対応が間違ってしまう。それで薬を飲み、手術をして誤魔化そうとするから、病気が再発する。それは対処療法である。医療関係者だけが儲かる。それでは一時的にしか治らない。

 人生では最高の事しか、起こらない。病気になるような生活を送ってきたから、最高の因果応報の結果として、病気になったのだ。それに気が付かず、俺は運が悪いと多くの人は間違った処置をする。

 

癌を睨む不動明王

 癌(他の病気も同じ)の発生も同じである。己が癌になるような、狂った生活習慣、狂った食生活を送ってきたのが真因である。それを医者任せ、手術任せだけで治そうとするから、治らない。医者は治療をするが、病気は治さない。治すのは己の力である。仏様は、狂った生活習慣、狂った食生活を直せと、迫っている。

 不動明王は、怒りで病気に迫る。己の煩悩(狂った生活習慣、狂った食生活)を宝刀で断ち切ろうと迫る。その悪癖を直せば、左手でもった羂索で、癌の地獄界から救ってくださる。生活を改め行いを正し、怒りの不動明王の懐に飛び込めば、慈悲に満ちた眼で衆生を見つめてくださる。

 

 文殊菩薩は、同じように右手の宝刀で、迷える煩悩を断ち切る。不動明王は怒りで衆生を導くが、文殊菩薩は智慧で衆生を導く。

 迷える煩悩とは、間違った健康知識である。人生を運ぶ運搬車(体)の正しい取り扱い説明書を読まねばならぬ。その運搬車に過度に負荷をかけるから、壊れてしまう。正しい取り扱い方法、健康知識こそ、煩悩(病気、破損)を遠ざける知恵である。知らないことほど、罪の大きいことはない。無知は人生に壁を作る。文殊菩薩様は、左手に経典の巻物(データベース)を持ち、衆生を教え導く。衆生は導かれるより、自分で学ばねばならぬ。それが仏教の教えである。

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 松本明慶大仏師作 不動明王

 本写真は松本明慶仏像彫刻美術館の掲載許可を得ています。

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 松本明慶大仏師作 文殊菩薩

 

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2021-04-22   久志能幾研究所通信 1997 小田泰仙

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2021年4月20日 (火)

己の道は手のうちに。己が教祖様

 

己を拝め

 キリスト教で「天にまします我らの神よ」と祈っても、仏教で「南無阿弥陀仏」と手を合わせても、神も仏も己を助けてはくれない。ただ見守っているだけだ。己を助けるのは己である。己が人生の運命を握っているのに、その努力をしないで、「神も仏もないないのか」と運命を嘆いても、それはお門違いである。

 マラソン選手の有森裕子さんの名言「自分で自分を誉めてやりたい」というくらいの「誰にも負けない努力」が必要だ。

 人は自分を拝む勉強をしない。自分が行動を起こさなければ、人生は変わらない。

 

背中を観よ

 自分の背中を観よ。しかし己は己の背中を見ないし、多くの人は観ようともしない。しかし己を支えてくれるのは背中である。その背中は他人の視線が鏡として、背中を見てくれる。だから人皆わが師である。

 

自灯明

 仏様が与えてくれた機会を他人の為に、人のために話をしなければ、自分は幸せになれない。いいことや、良いことは人に話さねばならない。黙っている人こそ、くせ者である。保身者である。

 人がしないから、させてもらっている。面倒くさいから、やらせてもらっている。自分が幸せを作っていくのだ。実力の裏が教養である。早く勉強した人が、早く実力をつける

 自らが人生の暗夜を自らの灯で灯せ。だから仏様は「自灯明」を説かれる。

 自らが灯なら、暗い顔ではダメだ。周りを照らすように明るい顔を示せ。暗い顔は、玄関に髑髏を飾るようなものだ。

 

己の死を見つめよ

 死はグラデーションだ。死はある日、突然にやってくるものではない。人間も生物だから、急に全ての組織が死ぬわけでも、全て新しく生まれるわけでもない。死んだような生き方では、段々と死んでいく。

 心も新陳代謝である。朝日が昇れば、昨日の自分は死んだのだ。今日は新しい考えを頂いて、新しい自分が新しい一日を作る。昨日の失敗を糧に、新しい自分が生まれる。だから失敗を恐れることなかれ。失敗から、新しい自分が生まれる。死なくして、生はない。

 自分の死は決まっている。死は必然だが、生は偶然である。生きている間に、何を後世に遺すかが大事なのだ。生物で一番大事なことは、自分のDNAを残すことだ。

 馬場恵峰師は、お弟子さんを残し、作品を残し、足跡を残して、天寿を全うし、使命をやり遂げて旅立たれた。生が有限であることを知っていたから、できたこと。

 

師の死を活かすことは、自分が師を超える事

 人間は先代の功績をベースにその上に知恵を積み重ねてきた。師からDNAを受け継いだのなら、それを上回る業績を残すべきだ。それがその道を歩む後継者の使命である。その道の教祖になるように努力をすべきなのだ。

 

実践あるのみ

 手本ばかり見て、書を書くからうまく書けない。自分で考えて書けば、うまくなる。人の真似をするな。自分で考えて書け、覚えて書け。

 習字をするからうまくならない。作品を書きなさい。下手でもいいから高い紙に高い墨で、丁寧に書きなさい。そうすれば残るし、うまくなる。

 人生でも高い金を払って、高い、価値ある仕事をしなされ。安い仕事では実力はつかない。

 だから師の行動を真似するな。自分で考えて、師を超える行動をしなされ。師の行動は、師の人格の表れである。それを真似しても意味がない。自分で考えて、自分の人格が現われる行動をすべきである。それが学びの成果である。

 

我以外皆師

 書の教室に来ても、自分だけ先生から添削をしてもらったら、後は知らんふりでは成長できない。他のお弟子さんが先生から添削を受けている状況を見て学べ。それが「我以外皆師」である。人生二度なしで、一生勉強である。

 字書き恥かきで、実際に恥をかいて体験しないと成長できない。恥をかくことを避けるのは、自分が可愛くて、自分を守り過ぎである。それは自惚れである。これでは成長できない。

 これは全ての道(武道、芸道、学道)で、いくら秘伝書でノウハウを伝えても、血の滲む鍛錬を繰り返さないと名人にはなれない。鍛錬とは、鍛を1000日、錬を万日として修行することだ。今はノウハウ書がオンパレードであるが、それでは薄っぺらな人生しか送れまい。それは本当の勉強していないことである。

 

 本稿は、馬場恵峰師の知己塾の講義を元に、私の想いを加筆しました。

4k8a02411s  馬場恵峰書

2021-04-20   久志能幾研究所通信 1995   小田泰仙

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2021年4月19日 (月)

死友を求む ~死本主義社会で格差が拡大~

 真友? 仲友? 師友? 道友?

  群友? 損友? 潰友? 毒友?

 

 人は必ず死ぬ。死は必然だが、生は偶然である。友とのご縁も偶然である。それを前提に生きる場合、どんな友が最高なのか? 友にも格がある。友は、自分に見合った友しか現れない。だからこそ魂の昇華のため精進しなければならぬ。

 「命」とは死ぬまでに与えられた時間の総量である。毎日が死に向かって「前進」している。死に対して、後退はあり得ない。必ず死に向かって前進である。それを加齢という。その間にどれだけ使命を全うできるかが、人生ゲームの勝負である。その競争相手は自分である。その人生ゲームで友と過ごす時間は多い。その時間の活用如何が人生ゲームの勝敗を分ける。

 

死友

 死友とは、生には限りがあることを覚悟して、道を求めて、共に生きてきた友である。死の床にあって、涙を流して悲しんでくれる人が、真の友である。「死友」である。

 馬場恵峰先生は死の床にあって、涙を流して私の手を握って喜んでくれた。

 

 2020年12月21日、恵峰先生宅をお見舞いで滞在していたら、珍しく恵峰先生の意識がしっかりしてお話ができた。11月と12月で一泊2日の4回、お見舞いに先生宅を訪問したが、そのうち先生に意識があったのは8回のうちで3回ほどである。

 それを博多のO社長に電話で話したら、1時間半後にO社長が先生宅に現れて驚嘆した。O社長は電話の後、すぐ車を飛ばして来たのだ。その決断力に敬服である。

 O社長は泣きじゃくりながらベッド上の恵峰先生と抱きあった。思わず私ももらい泣きをした。そこまで心を通い合わせたのが死友である。そんな死友に恵まれて恵峰先生は幸せであった。

 

道友

 2014年10月の大島修治氏主催の太志塾で、馬場恵峰先生は参加した皆さんに希望の書を揮毫して進呈した。その色紙に書かれた宛名の言葉が「〇〇〇〇道友」である。この時、初めて「道友」という言葉に出会えた。よい言葉である。言葉も友である。良き「友」に出会えて、それを皆さんに紹介すると、自分の人生が豊かになる。言葉が人生を創る。

 

書友

 恵峰先生の手紙の中で、「書友」という言葉頻繁にでてくる。書道を通して、人間としての生き方を学ぶ友である。

 

仲友

 親友以上に価値ある友は、仲間である。同じ目的や同じ趣味で集まった仲間である。べたべたせず付き合えて、親友よりも価値がある。

 

師友

 安岡正篤師が主催の「関西師友会」でこの「師友」という名を知った。これも良き名前である。

 

潰友

 大変な時(病気等)、気をかけてくれなかったら、友ではない。単なる社交辞令的な付き合いしかできない人である。自分の大事な時間を潰し、人生時間を無駄にする人である。

 

 3年間程、国家試験の予備校で、同じ目標に向かって一緒に机を並べて学び、度々赤提灯で飲んだ受験仲間がいた。彼に私の癌闘病生活を話したら、「今度、お見舞いにいかねば」と言ったが、その後彼から全く連絡がない。それは外交辞令であった。

 

 中学以来50年間、年賀状のやり取りをしていた友は、私が癌の手術をしてその年の年賀状を出せなかったら、翌年、彼から年賀状が来なかった。彼には私が癌になって手術をすることを話していた。情けない思いを味わった。今までの彼の年賀状は全て印刷物であった。

 

損友

 人生の益(人生目的を全うするための資源)を稼ぐことを阻害する人は、損友である。お互いに刺激しあって、人生を稼がねばならぬ。

 

毒友?

 会った時に目についた愚行を、品を変え手を変え、真摯に諫言しても、その悪癖が治らなければ毒友である。その愚行の匂いが自分の生活を脅かす。

 助言とは、単なるアドレスではない。嫌われことを覚悟して命をかけて切りつける刃なのだ。その刃で返り血も浴びる。その覚悟なければ、諫言など言わない。

 刃を使わなければ、長年しみ込んだ悪い習慣の匂いが、己の体にも染みついてくる。それを防いだのが孟母三遷の教えである。友なら三遷するよりも、宝刀で友の悪行を断ち切りたい。それが分かってくれなければ、毒友である。

 宝刀とは、不動明王、文殊菩薩が持つ煩悩を断ち切る佛刀である。不動明王は怒りだけの佛ではない。不動明王は右手にもった宝刀で迷える衆生の煩悩を断ち切り、左手に持った羂索で、地獄に落ちそうな迷える衆生を救い上げる。その目は怒りの目ではなく、慈しみの目である。

 この不動明王像の目は、遠くから見ると怒りの目であるが、近寄って懐に飛び込んで見上げると、優しい慈悲の目に変る。松本明慶大仏師師はそういう目を彫りあげた。仏像彫刻の世界にも創造がある。

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 松本明慶作 不動明王 TOBU百貨店「松本明慶仏像彫刻展」で

  2018‎年‎4‎月‎16‎日

 本写真は松本明慶仏像彫刻美術館の掲載許可を得ています。

 

群友

 単に交際を求めて異業種交流会等に参加して知り合った人である。いくら多くの人と名刺交換をしても、そこから交流が始まったことは、私の場合には過去一度もなかった。所詮暇つぶしで集まった人たちだ。

 私の尊敬する見城徹氏(幻冬舎社長)は、「GOETHE」の中で異業種交流会等には決して参加しないと断言している。

 

あと10年間で、何人の新友と出会えるか?

 70年間生きてきて、今現在、仕事を通して新たに知り合う人は、年に10人程である。その中で、心を許して付き合える人は1人もいないだろう。

 平均寿命まで10年間あるとして、あと何人と新たな出会いがあるか、限りなく少ない数に愕然とするはずだ。

 だからこそ、今付き合っている友を大事にしよう。友と付き合うとは、残り少ない時間(命)を分けあっているのだ。ゆめゆめ、時間を無駄にすることなかれ。

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      馬場恵峰書

 恵峰先生は、20枚前後の色紙に揮毫された。その色紙は全て違った色紙であった。

 

2021-04-20   久志能幾研究所通信 1993 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年4月18日 (日)

LINEにあらずんば人にあらず。LINEで廃人に!

 

 今時は、LINEに入っていなければ、仲間外れである。異常な世相である。「馬場恵峰先生を偲ぶ会」が2021年4月11日に長崎県波佐見町文化会館で行われた。そこでその異常さに気が付いた。

 当日、「馬場恵峰先生を偲ぶ会」に来るべきM氏が来ていないので、後日連絡をしたら、彼はその行事を知らなかった。それで幹事に確認したら、本件はLINEで仲間に連絡したから、LINEに登録されていない人は、連絡外だという。私もLINEに登録されていないが、別ルートで知っていたので参加できた。

 主催者側が、LINEに登録された人しか知らせないのは非常識である。主催者は「LINEにあらずんば、人にあらず」と、LINEに洗脳されていた。

 

廃人にならないための自己防衛

 スマホからLINEを削除しよう。そうしないとLINEに洗脳されて、個人情報も金も自分の嗜好情報も、銀行口座番号も、自制心さえ盗まれる。さらにLINE上の不倫情報(やましいことがある人?)まで盗まれ、それで脅迫されかもしれない。

 LINEの洗脳で人間性が傷つけられる。これで人生破産である。LINEは人間を動物以下にする。自分の心を制御できなくするからだ。それが廃人への道である。

 

LINEの恐怖

 LINEによって日本人8,600万人の重要な個人情報が中国・韓国に漏れていた。マスコミが絶賛し、推進させて国民に使わせていたLINEである。大垣市も小川敏がそれを強力に推進していた。その個人情報データが、韓国内のサーバにあり、しかも中国関連企業からアクセスできる状態になっていた。それが判明して日本中大騒ぎである。

 

LINEの運営会社の正体

 LINEの運営会社はZホールディングス(ZHD)で、最初は韓国のネイバー(NAVER)という企業が運営していた。Zホールディングスは2019年9月31日まで「ヤフー株式会社」という名前だった。Zホールディングスは2021年3月1日、ネイバーと経営統合した。つまりZホールディングスは、ヤフー株式会社と韓国ネイバーとの合体企業である。

 LINEは「LINE Pay」を運営し、電気・ガス・水道等の公共料金支払いや、税金・介護保険料・公営住宅料・保育料等の各種料金等の公金の支払いにも使われていた。自治体によっては住民票及び税証明書等の取得等の行政手続きをLINEでできるようにもしていた。

 これがすべて韓国内サーバで管理されていて、中国側もアクセスできるようになっていた。つまり日本人8,600万人の重要な個人情報がすべて中国・韓国に漏れていた。

 

「独自の暗号化技術」に問題点

 LINEの暗号化機能には「Letter Sealing」が2016年から使われている。この「Letter Sealing」はLINE独自の暗号化で、その安全性が第三者によって保障されていない。兵庫県立大学大学院の五十部孝典准教授は「この暗号方式自体に問題があり、国家レベルの高度な攻撃力を有している攻撃者に対しては十分な安全性を有していない」と述べている。つまりこれでは個人情報保護もできない。情報が外部から「丸見え」だった

 

中国共産党という化け物

 中国共産党は先進国の技術情報を盗み、激安の奴隷労働で急激に発展し、軍事を拡張している危険な覇権国家である。韓国は極度の反日国家である。韓国も日本の技術窃盗に前科ありである。それなのにZホールディングスは、このサービスを韓国にサーバを置いて、中国人にも管理させていた。

 

中国共産党「国家情報法」

 中国には、2017年に成立した「国家情報法」という法律があり、これは中国当局の要請によって、民間企業などに当局への情報提供を義務付ける。中国にデータセンターを置いてある場合、その情報が中国政府にすべて握られてしまう危険性がある。

 

台湾政府の対応

 台湾政府は2014年9月、LINEの無料通信アプリについて、セキュリティ上の懸念があるとして、各政府機関での使用を禁じた。

 2015年、台湾の政治家の秘書を騙る者からLINE上の特定グループへの登録を促すメールが送られた。そのメールに添付されているファイルを開くと、情報を抜き取るバックドア型不正プログラムが動き出す仕組みになっていた。

 

中国共産党の監視体制

 現在、中国共産党はすべての人民を監視するシステムを構築した。「天網」(スカイネット)と呼ばれるシステム(全国に1億7,600万台の監視カメラを設置し、AIで顔認証)は、一人ひとりに「信用スコア」をつけて、学歴から犯罪歴、友人関係、購入歴、SNSでの発信履歴までをポイント化し、その人物をプロファイリングする。

 

 可愛そうなのは、善良な中国国民である。中国共産党と中国国民は別物である。馬場恵峰先生が愛したのは中国国民で、中国共産党ではない。

 ロシアでも素朴なロシア国民と冷酷なロシア国家とは、全く別と同じである。

 中国共産党に日本人のデータが渡れば、同じような人物特定が行われる。政府政府関係者とか、自衛隊関係者との情報が漏れれば国家安全保障上の危機である。友人関係や趣味嗜好ばかりか、LINEなら不倫相手との会話などが取られれば、脅迫の材料にもなってしまう。

 相手の弱みを握って脅すという手法は、中国の得意なやり方でる。2004年には上海の日本総領事館の男性が、ハニートラップにはめられ中国から情報提供を強要され自殺した。

 LINEの情報を中国当局が入手することで、ハニートラップ以上に簡単に、脅迫ネタを取得できてしまう。人を疑うことをしない日本人は、趣味や嗜好をリサーチされたうえで近づかれたら、ハニートラップに簡単に落ちる。行きつけの場所、音楽の嗜好などを調べて、親密になることなど簡単なことだ。

 

LINEの洗脳作用(麻薬効果)の恐怖

 LINEには同時発信機能以外に、相手の閲覧通知機能がある。LINEを使うと、相手が通知を見たか、その返事がくるかどうかが気になって仕方が無くなる。

 LINEで閲覧してすぐ反応をしないと、送信者はずっとその閲覧状況を監視していて「なぜアイツは「いいね」の反応を寄こさないのだ!と上から視線で相手を見てしまう。その結果、LINEは人間不信と「上から視線の人間」を増長させる道具になっている。だから余計に一日に何回もスマホを触る結果となる。それがスマホ脳障害である。

 それでスマホが手放せなくなり(麻薬効果)、集中力がなくなり、学校の成績が下がり、人との共感性を無くし、人間性が損なわれて、出世が難しくなる。それをLINEは助長する。

 だから目の前に面談中の相手がいても着信があると、目の前の相手にお構いなくスマホで返信をする羽目になる。それが相手への最大の侮辱となる。それで人間関係が壊れてしまう。実際、壊れてしまった。それで人生がうまく行くわけがない。

 

佐渡への流刑を体験

 2017年4月8日に、明徳塾OB会が佐渡であった。馬場恵峰先生と一緒に佐渡の島内を車でドライブした。そこで明徳塾OB会の仲間が、LINEに洗脳されている情けない姿を目の前で見た。

 佐渡の島内の移動は、レンタカーを借りて、5~6人ずつに分乗して島内を走った。その折、同乗の仲間が全員(運転手以外の4人)、スマホのLINEにかじりついて、情報のやり取りをしていた。走行中の周りは風光明媚な島の風景である。それには目もくれず、スマホのLINE画面にくぎ付けとなっていた。全員である。 

 まるでスマホ罪で佐渡への流刑になり、スマホに縛り付けられたように、私には見えた。車内で皆がスマホの情報に沸き立ち、私だけが蚊帳の外に置かれ、孤独感を味わった。車内で隣に座っているのに、皆は遠い世界で大騒ぎである。当時、私はまだスマホを持っていなかった。ガラケーである。

 

私の危機管理

 ちなみに私はLINEもFacebookもやらない。pay payもやらない。電子メールとショートメールだけである。大事なやり取りは手紙である。このLINE等から個人情報が盗まれることを知っているからだ。此の世で無料のものはナイ。どこかで落とし前を払わされている。

 私はIT音痴ではなく、前職では管理部門で危機管理とIT情報構築の責任者であった。親会社からも情報漏洩の件で、厳しい対策を求められ、その対応してきた。だから普通の人の何倍もIT技術の知識と危機意識を持っている。

 最近は意識して、外出時にもスマホを持って行かないようにした。携帯の不携帯である。スマホ奴隷から解放されて快適である。

 

中国の情報、LINEの情報は、鈴木傾城氏、黄文雄氏のブログ記事を参考にしました。

鈴木傾城著「日本人はLINEを捨てよ。中国・韓国は国家レベルで個人情報を盗み日本を潰す」

https://www.mag2.com/p/money/1034939

 黄文雄著「あまりに脳天気。日本人が知らぬ中国共産党「LINEデータ悪用」の手口」

https://www.mag2.com/p/news/491463

 アンデシュ・ハンセン著『スマホ脳』新潮社

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馬場恵峰書 ネット上の情報だけでは真の交友ができまい。

 

2021-04-18  久志能幾研究所通信 1993 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。