c-馬場恵峰師の書・言葉 Feed

2022年5月19日 (木)

高額?後額?医療費にビックリ

 

 先日(5月18日)、5月6日に受けたがん検診の結果を聞きに愛知県がんセンターに出向いた。結果は問題もなく、ほっとした。毎回、その結果待ちの時間は嫌なものだ。

 がんはその細胞が出来てから、目に見える大きさになるまでに10年間はかかる。またがんになって、それから死に至るまでには5年から10年はかかる。早期に発見できれば、ガンはそんなに恐ろしいものではない。それを慌てふためいて、手術という対処療法だけで対処すると、痛い目にあう。

 

 私の父もそれで早期に逝ってしまった。85歳でガンが見つかり、胃の全摘手術を受けた。その後、肝臓に転移をして、手術後、1年で逝ってしまった。その時はまだ私にがんの知識がなく、私の無知で死を早めたようで、今でも心が痛む。

 無知は人生に壁を作る。日本人の2人に一人ががんになる時代である。日本人としてガンの医学的知識は持っているべきだ。

 

高額請求書

 5月6日のがん再発検査費用は約1万円であった。

 この日の検査の結果と健康指導の診療金額が150円であった。激安?激高?後額?(後から高額)の医療費の請求額である。時間にして約20分の診察で150円である。この担当医師は私の手術を担当された高度の技能を持つがん専門医である。その医師の診療金額が健康保険3割負担としても時給1500円である。それでは年間2000時間働いても年収300万円にしかならない。そこに日本医療業界の矛盾を感じる。

 だから医院は投薬や手術で保険医療制度の高点数を稼がないと、病院経営が成り立たない。がんの再発防止の指導を積極的にしてはいけないようだ。がんの再発をそれとなく誘導し、また高額な抗がん剤治療や高額な手術費で稼ぐようにしないと、病院経営が成り立たないようだ。なにかおかしい。

 

落とし前

 今日の診察費は150円と一見安い診療金額だが、後年、がんが再発し、高額の医療費で尻拭いをさせられる。その結果、2021年度に日本の医療費総額が43兆円を超えた。税収は約60兆円である。日本政府の稼ぎの7割が医療費で消える。なにかおかしい。まるでサラ金地獄に陥って、稼ぎの7割が金利支払いで消えるようなものだ。

 

最高の治療

 最高の治療とは、がんに罹らない正常な生活を過ごせるような指導をすることである。運命学でも、最高の運命とは、平穏無事な人生の事である。波乱万丈の人生は最悪の運勢である。がんになるとは、狂った食生活、狂った生活習慣を送った結果である。因果応報である。

 それを対処療法で済ませるから、日本人の2人に一人ががんになり、日本の医療費が年間43兆円を超える事態になる。それを真犯人の官僚も、おこぼれを狙う医療業界も、狂った食品を売っている業界も、そのCMを担当しているマスコミも口裏を合わせて、「真因は黙っていようね」と言っているのが日本の現状なのだ。 

 

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馬場恵峰書「佐藤一斎「言志四録」五十一選訓集」久志能幾研究所刊

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2022-05-19  久志能幾研究所通信 2386号  小田泰仙

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2022年5月 5日 (木)

ガンになったことに感謝

 

 2018年12月25日に河村義子先生ががんで亡くなり、私はそれで胸騒ぎを覚え、2019年1月初にがんの検診を受けた。それで私にガンが見つかり、愛知県がんセンターで2月12日に手術を受けた。自覚症状がなかったため、発見が遅れ、手遅れ寸前であった。手遅れ前に見つかり、仏様に感謝である。

 

 宇宙根源の原則では、宇宙の中はプラス・マイナスでゼロである。マイナスが大きければ、プラスも大きい。今回、癌になって人生の大きなマイナスを受けた。しかしそれに応じた大きな恩恵を受けて、今はがんになったことを感謝である。

 

がんになって命(時間)の有限性を再認識

 がんの自覚症状がなく、発見されたときは、ステージが進んでいて、余命宣告までされた。5年後の生存率は51.3%で、同じ病状の人の半分が死ぬ状態であった。

それでいつまでもあると持っていた命の有限性を再確認させられた。時間の大切さは常々意識していたが、それが更に強固になった。

 

自分の人生を考え直す時間

 愛知がんセンターの病室で、約1か月間、静かに考える時間を持てたことは、長い人生で良いことであった。病室はテレビも完備であったが、一度も電源を入れなかった。ひたすら読書をして過ごした。娑婆に居ると、回りの雑音に迷わされて、静かに考えることが少ない。

 

 弾の飛びかう生死の境の戦地では、俗世間のスキャンダルにも関心が向かない。窓の外からの眺めで、目の前には天白区の広大な墓地が広がっている。考えてしまう。

 

 がんになったため、人生の後始末も事前に出来て良かったと思う。戒名の拝受、葬儀の段取り、葬儀のお金の支払い、戒名の墓誌への刻字も済ませた。さあ後は死ぬだけとなると、覚悟が出来る。人は生れ、成長し、老い、病気になって死んでいく。それだけである。それ以外に、自分のやってきたことを残せれば、万々歳である。

 

回りの人の人格の真贋が露見

 がんになって周りの人の対応で、その人間性が露見して、人間観察の良き経験をした。その後の付き合い方を考え直すことが出来て、今後の人生を有意義に過ごせそうだ。そのため無為な付き合いをしなくてよい。

 それで縁を切った親戚や仲間もいる。人さまざまな対応に、人間模様を見るようで、よき人間観察の勉強になった。

 

 人は何になるために生きているか。人は「人に成る」ために生きて精進をしている。成人式とは「人」に成ったお祝いである。しかしそれは単に物理的に18歳になったから、「成人」というだけで、人間として、本当の「人」に成ったのではない。それが人の生死の境目の対応でその真偽が露見する。

 

 がんになり生死をさ迷い、入院生活をがんセンターで過ごすとは、人生の戦争なのだ。戦争の時、助けてくれなかったら、敵である。それは渡部昇一先生の言葉だ。 

 

地獄はあの世ではなく此の世にあり

 私はがんになっても、「ああこの人体部分が故障してしまった」と考えて、そんなにも焦ることはなかった。しかし故障なら、その対処と、その原因と再発防止をすればよい。その過程で日本のがんの実態を調べることが出来たのは幸いだった。自分が当事者にならないと、そこまで真剣にがんの研究をしなかっただろう。

 

 ある意味、地獄を見ることになったが、冷静に周りを見て、地獄とはあの世ではなく、この世の状況にパニックになることだと再確認した。

 30年前、母が脳梗塞になり、20年前、父がガンになり、その時の対応で地獄を見た。自分が癌になり、以前に地獄をみてきたので、今回はそれを正視して冷静であった。両親がそれを教えてくれたようだ。

 

狂った食生活、狂った生活習慣

 癌になった原因を調査して、その原因が、「狂った食生活、狂った生活習慣」であることを、南雲吉則先生と船戸先生から教えてもらった。原因が分かれば、対策は容易である。がんにならなければ、心筋梗塞、脳梗塞や別の病気でもっと早く死んでいたと思う。ガンになり、がんを研究することで、健康管理を見直して、長生きをできそうだ。

 今までのがん対策が、対処療法ばかりであって、日本人のガンが増加している原因だと確信した。もっと早くわかっていれば、父をがんで無くすことはなかったのにと、後悔である。

 その対処療法で、金儲けをしている軍団を知ることができた。日本人の劣化を見た。それは日本人社会の劣化を示す指標であった。

 

病院の真偽が露見した

 がんになって、がんの標準治療しかしない病院と真因を探してその対策をする病院の差を発見した。良き知見ができてよかった。

 対処療法で、逆に命を縮める抗がん剤治療を、担当医師と喧嘩別れをしてまで拒否をした。医師からは「抗がん剤治療をしないと命の保証はしない」と言われたが、よく拒否をしたと自分を褒めてやりたい。

 唯々諾々と医師の言うままにならない自分を発見して、良かったと思う。それも父の手術で、医師の言うまま決断した失敗があってのこと。亡き父が私の命を救ってくれた。

 

Img_63871s 馬場恵峰書

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2022-05-04 久志能幾研究所通信 2378号  小田泰仙

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2022年5月 2日 (月)

良く死ぬために、毎日を立食パーティで

 

 一日中、座りぱなしは、煙草を毎日数本吸うと同じくらい健康に悪い。それを知って、毎日、立って食べることにした。普通の立食パーティなら1~2時間は立ちずめである。それを思えば、食事の20分ほどを立って食べても苦にならない。

 

 立っていると頭の活性化になるようで、色んな事やアディアが湧いてくる。その思い出に家族やご先祖や恩師との会話がある。座って黙々と食べるより、頭が活性化するようだ。この数日、試しに立って食べても問題がなかったので、立食用のテーブルをやまじ工房の山路先生に製作してもらうことにした。

 

 体をよく使わないと、病気で苦しんで死ぬことになる。よく働き、体を使って生きれば、長生きすれば、枯れるように、苦しまずに死ねる。

 しかし若くして死ぬと、生木を割くように苦しむのだ。

 良く死ぬために、毎日を立食パーティをして、立って仕事をばりばりこなして、足腰を鍛えよう。

 そうしないと足腰が弱り、挙句に寝たきりになり、体中にチューブを入れられ、病院の金ヅルになってしまう。その結果が年間の医療費が40年前の4倍の42兆円越えである。

 

 

座らない

 長時間座り続けると知らぬ間に健康を損ないます。いわば「座り病」で、座った途端、足の筋肉で電気的活動がストップします。消費カロリーは1分当り1キロカロリーに低下し、脂肪燃焼を促す酵素の生産は90%減少します。

 2時間座ると、善玉コレステロールが20%減ります。

 デスクワーク中心の人は、心臓病を患いやすい。立ち仕事の人に比べて、心血管疾患の発生リスクは2倍になります。

         トム・ラス著『座らない』 新潮社  より

 

「座りっぱなし」3時間で余命が1時間縮む

 オーストラリアで25歳以上の男女8800人を対象にテレビの視聴時間とその後の死亡リスクを6.6年にわたり追跡調査した研究(*1)では、テレビを1日4時間以上見ている人は、1日2時間未満の人よりも総死亡リスク(あらゆる原因による死亡のリスク)が1.46倍高かった(図1)。心血管疾患(心筋梗塞や脳卒中)による死亡リスクに限ると、1.8倍にも増加していた。

 

 1日に4時間以上テレビを見ている人は、2時間未満の人に比べて死亡リスクが46%上昇していた。(出典:Circulation. 2010 Jan 26;121(3):384-91.)

 

 「このデータを基にした別の分析からは、『座りっぱなし』でテレビを1時間視聴するごとに平均余命が22分短くなるという結果(*2)も出ています。単純に計算すると、1日3時間テレビを見ていれば、1日1時間ずつ余命が短くなるということです」。岡さんはそう警告する。

*1 Dunstan DW, et al. Circulation. 2010 Jan 26;121(3):384-91.

*2 Veerman JL, et al. Br J Sports Med. 2012 Oct;46(13):927-30.

 日経Gooday より

https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/20/051100014/051400002/

 

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馬場恵峰書「佐藤一斎「言志四録」五十一選訓集」久志能幾研究所刊

  

2022-05-02 久志能幾研究所通信 2376号  小田泰仙

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2022年5月 1日 (日)

後悔 父を死刑台のエスカレータに乗せた

 

 2001年、大垣のM病院から電話がかかってきて、父の病気の件で来て来院してほしいという。慌てて病院に行くと、父に胃癌が見つかって、その治療についての説明であった。

 M院長は、「貴方のお父さんは85歳だがまだ体力もあるから、切れば治る」と保証した。M院長がそういうならと大垣市民病院で手術をすることが決まった。

 当時の私は、それを信じるしか知識も判断力も無かった。親戚からの懇願で、父にがんを告知できなかった。告知は可哀そうだ、という。

 今にして、告知しなかったのは間違いであったと後悔している。

 

 手術は成功したが、手術後、トレイに乗せられた全適の血まみれの胃を見せられて、すぐ手術に同意したことに後悔した。それが間違った判断であったことを瞬時に悟った。それでも何とか退院できて、半年ほど、父は平常な生活に戻れた。

 

 手術から半年後、定期検診で父に肝臓への転移が見つかった。肝臓のレントゲン写真を見せられて、素人でも手の施しようがないと判断できた。それで今後の手術や抗がん剤治療を拒否した。

 そうしたら病院側はやることがないので、「じゃあご勝手に。治療をしないなら、病院を出て行け」を宣告された。健康保険上の制度で、治療を行わないなら、病院に長期の滞在は、法律で出来ないとのこと。家族には冷酷な扱いである。病身の父を抱えて路頭に迷ってしまった。

 

 それから緩和治療をしてくれる病院を大騒ぎで探して、なんとか入院先を見付けた。

 父はそれから半年後に亡くなった。もし胃がんの手術で全摘をしなければ、手術で苦しめることもなく、もっと長生きできたはずと後悔であるが、後の祭りである。

 

 浴風会病院の剖検では、85歳を過ぎた人は、全員ガンがあるという(和田秀樹院長)。80歳を過ぎたら、手術をしない方が、長生きできると和田先生は言う。(和田秀樹著『80歳の壁』幻冬舎)

 

 現代医学は、対処療法の治療しかしない。癌が見つかれば、摘出、その後に抗がん剤治療である。それが工場ラインのように、それが標準治療工程として決まっている。大病院の医師もその標準工程から外れることが許されないようだ。

 

 それは死刑台のエスカレータである。それをすれば、ガンの再発は必至で、死への直行エスカレータである。抗がん剤治療では、ガン部だけでなく、正常な部位も痛めるので、免疫力が低下して、肺炎等で早く死ぬ。癌患者はガンでは死なない。免疫力が低下して、肺炎等の炎症を抑えられないのが死因である。

 

 ガンになった真因を見付けず、対処療法で幹部だけ取り除くだけだから、ガンも生きるために他の部分に転移をする。その再発防止の対策を医師は指導してくれない。手術後は、「今まで通りの生活で良い」としか言わない。それは20年前の父の手術の後の時も、今の私が2019年にがんの手術をした後の時でも同じであった。

 

後日談

 父の葬儀が終わり、父が療養中にお世話になった病院の先生方にお礼の挨拶に行った。ところが、その医師の中で、M病院のM院長だけからは、その面会を拒否された。推察するに、死亡した患者の遺族が来ることは、苦情を言われるのを恐れて拒否したとしか思えない。そういう事例が多いと推察した。M院長は85歳のがん患者を手術すれば、どうなるかを経験的に分かっていたはずである。そんなやましい気持ちがあるから、遺族のお礼の挨拶を拒否したのだ。

 

 このM病院は両親が50年間も家庭医としていた病院である。私も通院したことのある病院である。その病院に裏切られた思いである。その10年後、定年退職で大垣に帰郷したが、その病院には二度と行かないと決意した。

 

死刑台の結論

 父のガンでの死が、私に考える知恵を与えてくれた。それでガンを研究して今の私の生がある。無知は人生の壁をつくる。無知の壁は、80歳の壁より、大きな壁である。「医師を盲信してはならない。盲信すれば、死刑台のエスカレータに乗せられる」が私の得た智慧である。知識だけなく、その知識を賢さで判断せねば生きていけない。

 がんに関する結論は、「がんは生活習慣病である。今までの生活習慣を正さない限り、再発する。」である。

 

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馬場恵峰書「佐藤一斎「言志四録」五十一選訓集」久志能幾研究所刊

 

Dsc065661s 松本明慶大仏師作 普賢菩薩像

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2022-05-01 久志能幾研究所通信 2375号  小田泰仙

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2022年4月25日 (月)

「宇宙根源能理経」に学ぶ(4) KK息子は分不相応

 

 万物は常に変化する。その変化は分に応じて起きる。その変化を良きものにするために、その分の格を上げるべきだ。上がった格に応じて、変化は起きる。分を上げるとは、人格の向上、教養の向上、つまり学んで人間性を上げる、である。

 自然界でも、ライオンならライオンとして生態系の中で生きて、蟻は蟻として生きている。人間だけが生態系や秩序を過剰に侵略して生きている。秩序を無視して分不相応に振舞うから、地球温暖化、戦争、人間関係の軋轢が起きるのだ。

 

 実力がないと、分不相応で、その変化は逆に身を傷める害となる。人生の三大不幸の一つは、「若くして高台に上る」である。

 スペースシャトルを打ち上げるロケットだって、3段式ロケットで、順番に機体の速度を上げて、地球の引力を脱して宇宙空間に突入する。一段目のロケットだけでその任務が全うされるわけではない。

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下駄ばき人生 

 エリートとして人生経験がないのに、ゲタを履かせてもらって、チヤホヤされて高台に上っても、その土台は砂上の楼閣である。裏口入学で、その地位を確保しても、何時かは化けの皮が剥がれる。KK息子でも、その化けの皮が剥がれかかっている。

真の成果

 成功が成果ではない。成功にたどり着くまでの経験が真の成果なのだ。涙と血の汗が宝なのだ。だから失敗も経験として大きな成果である。その失敗の過程で多くの智慧を得たのだ。

 私を踏み台にして高台に上った前職の時の若造でも、KK息子の例でもそれを見れば、それはよくわかる。彼らには、実践の宝の蓄積がない。

 

 成果がなかったということは、無意味だったということではない。例えば恋愛に成功しなかったということが、無駄だったとか、心を痛めただけだったいうことの意味しているのではない。なぜならば、その苦悩の中で人はたくさんのものを得るからだ。苦悩があるから成熟する。苦悩したからこそ、新たに成長できる。喪失、艱難、苦悩は、人に豊かなものを与えてくれるのだ。

   フランクル『死と愛』

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 馬場恵峰書

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2022-04-25 久志能幾研究所通信 2370号  小田泰仙

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2022年4月24日 (日)

「宇宙根源能理経」に学ぶ(3) 幾に慎む

 

 事物も言行も必ず「きっかけ」がある。この幾(機会、前兆、きざし)の啓示に触れたら、状況の変化を嗅ぎ分け行動を慎むがよい。物事は微から顕にいたるきっかけを大切にすれば、大事には至らない。

 

穢れのきざし

 MM息子、MM子問題でも、その騒動のきざしを察知していて、事前に行動を慎んでいれば、こんな大騒ぎにはならなかっただろう。それを予見できなかった管理監督者の責任だ。立場を忘れて、自由教育の名で放置した因果である。きざしを分かっていて、それを止められなかった971庁の職務怠慢である。職を賭けて日本を守る気概ある官僚が日本に居なくなったのも原因だ。日本人の精神が劣化した兆しである。

 その決断ができなかった為、NYでの警備費で年間8億も血税を秘密裏に投入する羽目になり、恥を世界にさらした。公金への穢れである。

 

 先日、さるお方が伊勢神宮に行かれ、神聖な鳥居をくぐられた。しかし、まだご尊父の喪中である。穢れを伊勢神宮に持ち込んではならないのに、それが断行された。今後の日本で起きる象徴の大波乱の幾だと観察した。

 

冬のきざし

 私の母からは、「自分の親の死は、人生での最大の不幸。その時期は身を慎め」と教えられた。その母が亡くなった直後、私は突然、職場を異動させられた。私が仕事で失敗をしたわけではない。エリートと称される新入社員の厚遇のための工作のようだ。不本意な異動であったが、何も言わず受け入れた。一サラリーマンでは、人事異動に抵抗などできない。その年は、身を慎んで行動を制限した。それが喪に服することのようだ。それで災難から逃れられる。

 

 その結果、逆にサイコパスな上司の元から逃れられて、その後の運が開けていった。塞翁が馬である。人生は春夏秋冬で、冬の時もある。その時は、身を慎めばよい。天が傘をさせと言っている。雨が降れば傘をさせばよい。濡れて、黙って涙を拭えばよい。

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 馬場恵峰書

 

2022-04-24 久志能幾研究所通信 2369号  小田泰仙

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2022年4月23日 (土)

いつもニコニコ「一日一怒」、日本滅亡を防ぐ

 

 人生を前向きに生きるために、「一日一怒」をモットーにしよう。これは寺山修司さんの助言である。

今日もニコニコ元気で一日一怒、怒りが元気のバロメーター!

 しかし家族や隣人の過ちには大目に見よう。人間だもの。

 

社会を見る目

 何ごとにも怒らなくなったら、ボケの始まりだ。世の中は不条理のことばかり。それに気が付かず、怒らなくなったら、人間おしまいだ。「社会を見る目」が老化したら惚ける。不条理に怒り、アドレナリンを分泌させて体を活性化しよう。それが長生きに秘訣だ。使わない器官は退化する。ただし怒り過ぎはダメ。程よく嫉妬の炎のように怒りを燃やせ。一つ一つの炎は小さくても、その怒りが大勢集まれば力となる。

 

正義心

 世の正義を正すために、目を拭い、耳を洗って社会を見よう。正義感が身体を律してくれる。健康でないと、悪に立向かえない。

 悪に対して正しい復讐をしよう。公的な怒りと復讐なら、仏様も許してくれる。それが世の為、人の為。私は大垣行政、日本政府に毎日、一日一怒である。これで怒らなくなったら、大垣も日本も終わる。

 

ローマ滅亡。日本滅亡の危機

 ローマでは、為政者が「コロシアム」(殺し合う?)(西暦80年に建設)で毎日、野獣や囚人と殺し合いの見世物を催し、民衆が政治への関心を向けるの防いでいた。

 コロシアム(Colosseum)とは、古代ローマの円形闘技場コロッセウム(伊語:コロッセオ)の英語読みで、転じて円形闘技場一般や競技場を指す。

 民衆はコロシアムでの血の決闘に熱狂的に驚喜していた。そして民衆は政治に無関心になり、防衛は傭兵に任せて、毎日飽食に明け暮れていた。それで次第にローマは衰退していった。当時のコロシアムは現代のテレビだった。

 コロシアムを見ると、2000年も前の建造物なのに、その造りの豪華さに驚嘆させられる。それも人を殺す場面を見世物にするために作られた。狂気である。こんな帝国が滅びるのが当然だ。

 今のテレビ施設も同じように巨大な建設物である。それも愚劣な番組を全国放送するための施設だ。人のスキャンダルを暴くための見世物小屋の施設である。人を騙して(殺して)病気にする食品を宣伝する施設である。それは、2000年前のコロシアムと同じだ。

 

現代の殺し合い

 日本では毎日、テレビで芸人や皇族方を血祭りにあげて下劣な芸人が大騒ぎしている。そうやって国民を政治から関心を逸らしている。

 外の環境は激変している。日本の回りがヤクザ国家ばかりで、日々、やくざみいなのが、刃物を持ってうろうろしている。K国はミサイルまで打ってくる。C国は隙あらば、尖閣諸島を奪おうとしている。頻繁に領空侵犯だ。それを追い払うのに、スクランブルのジェット燃料代だけで毎回800万円も税金から使っている。そのスクランブル回数も年間1000回に近い。要は毎年、80億円をC国に強奪されていると同じなのだ。

 それでも検討死の岸田首相は、何も決断しない。決断しないから実行もしない。これでは日本滅亡も近い。明日は日本もウクライナと同じ運命だ。もっと怒って、日本の声を集約しよう。私は岸田首相に怒り心頭だ。

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 馬場恵峰書

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  ローマ コロシアム 2011年11月11日 著者撮影

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2022-04-23 久志能幾研究所通信 2368号  小田泰仙

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2022年4月22日 (金)

「宇宙根源能理経」に学ぶ(2) 積み重ね

 

7 ものごとは微細な積み重ねである。

  千里の道も一歩から。 

 

 花も一夜には咲かない。どんなことも毎日毎日の血の滲む鍛錬をして達成できる。「鍛」とは千日、「錬」とは万日の修行を言う。千日とは約3年間、万日とは約30年間の事だ。それだけの修行をして初めて達成できる。どんな長い冬も何時かは春が来る。

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馬場恵峰書

 

ゲタ履き人生

 人生を生きるには、多大な苦労がいるの。それなのに闇所からゲタを履かせてもらい、その修行をショートカットするから、KK息子は実力が付かず、弁護士試験に受からない。過保護ほど人を堕落させるものはない。特別扱いは、その人を最終的に不幸にする。

 KK息子は実力がないようだが、一般的なエリートは学力があるが、サイコパス気味の人が多いようだ。サイコパスとは、共感性の欠如で、回りの人の悲しみを理解できない人のこと。エリートは自分がゲタを履かされて有頂天になり、回りの人の悲しみに共感できる感性が消滅していくようだ。

 

 私は何度も受験に失敗して、涙にくれた。おかげでそのサイコパスとは逆の感性が豊かになった。それで生きていく力を付けた。それがあったから、なにクソの精神で、皆が遊んでいる私学の大学時代に猛勉強をして特待生を獲得し、卒業時は総代で卒業証書を受け取った。その後も、有名校派閥のある企業で苦労はしたが、相応の評価を獲得はした。

 

天之機緘不測

 「天之機緘不測」(菜根譚)、天が人間に与える運命のからくりは、人知では到底はかり知ることはできまい。天は因果応報を運行している。

 

 当時はこの言葉を知らなかった。これは馬場恵峰先生の卒寿記念で写経写真集を出版した時、知った言葉である。宮仕えの当時、私は会社の派閥大学出の若手を依怙贔屓する上司から冷遇されていた。私が海外見本市視察に行ける年に他部署に飛ばされた。ところがその上司役員が邪魔した海外見本市視察、海外大学との交流出張に、運命のからくりで参加することが出来た。

 

 当時の上司役員は私を海外出張に行かせる気が全くなかった。その年、私の直属上司が海外大学との交流出張にいく予定であった。しかし上司は直前に糖尿病を発症して海外出張ができなくなり、私が行くしかない状況となった。

 

 海外の見本市視察も、上司の役員が強引に若手エリートを抜擢し、私の出番は無くなった。ところが後日、私が社内懸賞論文で最優秀を取ったので、私もその海外の見本市視察に行けることになった。まさに「天之機緘不測」であった。地道な努力をするものだと納得した。

 

末路

 その上司役員が目をかけた若手エリートは後日、会社に後ろ足で泥を掛けるように辞めてしまった。彼に同大学での役員がゲタを履かせまくった様は、まるでKK息子の様を見るようであった。ゲタを履かせても、サイコパスの気があると使い物にならない実例を見た。学校の成績と会社の仕事は別なのだ。

 ゲタの厚みには、血と涙の積層である。それを簡単にショートカットしても、後から落とし前を払うのだ。

 

 

洗脳教育

 それより大きな被害は、この会社の役員たちは、有名大学出が人格とも、経営的にも優秀だと思い込んでいることだ。それは洗脳と同じである。エリートはそれを自負して、回りの状況が激変しているのに的確な経営判断ができず、会社を危機に陥れ、吸収合併の憂き目に合わせた。

 ソニーも役員に東大出が多くなってきて、精神的に病む社員が増えたと社員が証言している(週刊誌記事)。それと共にソニーはその輝きを失っていった。

 

 国も企業も、一将によって興り、一将により滅ぶ。それを目のあたりにした。今、私は天之機緘不測の意味も噛みしめている。

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 馬場恵峰書

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2022-04-22 久志能幾研究所通信 2367号  小田泰仙

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2022年4月21日 (木)

私の経典 「宇宙根源能理経」に学ぶ(1)

 

 私は経験で得た智慧と多くの経を集約した「宇宙根源能理経」を信じて行動している。世の中の真理が分かれば、自分の身の回りで起こることに、怒らず、有頂天にもならず、冷静に対処できる。「宇宙根源能理経」とは自分教(オダ仏教)の経典である。紫字が私の経典の言葉である。

 

 

1 我々は大宇宙の中の一つの要素に過ぎない。その要素は、当然、その宇宙に存在するものと同じ運命を辿る。宇宙の動きは人生の師である。

 

 宇宙に存在する姿を見れば、生き方が分かる。その代表である星であっても、小粒子から生まれ、成長し、大惑星になり、最後は燃え尽き大爆発をして、ブラックホールになり消滅する。人間も同じである。

 大宇宙の中の要素の中で、一番人間に近いのが動物、植物である。その動きを見て生きて行けば、良い人生を送れる。

 

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 馬場恵峰書

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2 生物はひたすら生きる。何か目的があって生きているわけではない。

 

 生物はひたすら生きて、種の保存として種を残し、種をつなぐ。それだけである。それは植物でも動物でも同じ。

 その中でも人間に生れ、それも日本の今の時代に生れるのは、一億円の宝くじが100万回連続で当たると同じくらい稀有なこと。生まれたことに感謝して、その命を大事にして生きる。人生訓はそれだけである。

 それに不平を言うから幸せになれない。ウイグル族や北朝鮮で生まれ、悲惨な生活を送ることを想像しよう。日本に生れたことが幸せなのだ。

 

 

3 空即是色、色即是空

 

 起こる現象に善悪はない。それに善悪の色を付けるのは己の妄想である。すべてその人間の解釈の問題である。平和の時代に人を殺せば殺人罪だが、戦争では、多くの人を殺せば英雄で勲章ものである。冷静に事象を対処しよう。水が集まって海となっても、それに善悪はないのと同じだ。

 石の人生(石生?)でも砂漠で生まれれば、回りの影響で砂漠の一粒の石として構成されるしかない。同じように、その社会で生まれれば、その社会に影響されて生きる。良き環境なら良き人間となり、そうでないとその逆だ。だから生まれた環境に感謝して、環境を良くするように、人間として正しく生きればよい。それに逆らうから幸せになれない。

 自他は時に従って無窮である。海が水を拒否できないのは同事である。この故に水が集まり海になる。(修証義)

 

 

4 全ては無常である。常に変化して、いつかは尽きる。

 

 高き所に行けば、不安定になりいつかは落ちる。無常だから。地獄に落ちても、時間が経てば状況が変わる。無常だから。だからひたすら、自分に正直に、他にも正直に生きればよい。

 生物が生れれば、真っすぐ死に向かっていく。無常である。人間なら、たかが100年の命。澱みに浮かぶ泡沫と同じである。それは平安時代と変わらない。此の世で起きることは夢幻である。だからこそ精一杯に生きねばならぬ。

 

 ウクライナ侵攻も、一つの権力であるプーチンが大きく成長し、膨張爆発した過程の一コマである。ビッグバンでも膨張が始めたら止まらない。それでも爆発、燃焼して、そのエネルギーが無くなれば消える。星が生れ、死ぬ前に一瞬明るくなり、爆発して消滅し、ブラックホールになると同じである。

 プーチンがいくら暴走しても、あと20年も生きるわけではない。人であるかぎりいつかは死ぬ。プーチンが隠し金20兆円を溜め込んでも使いきれず死ぬ。それが条理である。ロシア人の平均寿命は73.2歳である。ロシア人は日本人に比べて10年も短命なのだ。プーチンは1952年10月7日生まれ、現在69歳である。あと10年は生きられまい。10年経てば世界が変わる。

 

 

5 世の中は因果応報。原因があるから結果がある。世の中は縁起である。

 

 宇宙がビッグバンで生まれたから膨張が始った。その宇宙でさえ、何時かは銀河爆発で消える。人が生を受け、人間として生きるために育ったから、生老病死がある。宇宙のどんな物質でも磁気を持っている。プラスとプラスの極なら、反発するのが宇宙の理である。プラスとマイナスで引き合うのは自然の理である。その原理を知れば、人間関係で対立があるのが当たり前。その引き合う引力が金や恋愛で生じる。それが分かれば、世間の汚職問題は、起きて当たり前と分かる。それを防ぐのが心の電磁シールド(良心)である。

 

 だから問題が起きれば、その真因を見付けて解決しないと永遠に解決しない。対処療法ではだめなのだ。ショートカットで応急処置も、神仏にお願いしても、ご利益あるお札を貼っても、問題は解決しない。元を断たなきゃダメなのよ。

 

 復讐は大宇宙がやってくれる。因果応報である。自分の手を下すより、自分は自分の使命に全力をあげよう。

 「天之機緘不測」(菜根譚)、天が人間に与える運命のからくりは、人知では到底はかり知ることはできまい。天は因果応報を運行している。だからこそ日々大切に、年々歳々、生き活かされる人生を大切に、余生を正しく生きよう。

 

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 世の中は陰陽で構成される。宇宙世界はプラスの要素とマイナスの要素から構成される。また表の世界も、裏の世界もある。それが宇宙である。

 

 宇宙でも表の世界とブラックホールの世界に分かれる。ブラックホールでは光さえ外に出ない。

 

 嫁姑問題は起きて当たりまえ。嫁と姑というマイナスが2つあるので、反発・対立して当然の物理現象である。反発が起きない方が異常だ。プラスの夫に両方のマイナス因子が引かれるのだから。究極の解決策は別居しかない。

 

 軍隊のように機械的に集められた組織で、絶対的上下関係が存在すれば、いじめが起きて当然。いやいや集められた組織に強烈なプラスばかりが密集するのだから。ロシアの軍隊では、毎年新入兵隊の100名が自殺するという。ロシアの経済規模は、韓国と同じ程度である。それで100名の自殺者である。

 旧日本軍でも、いじめ問題で東条首相が、いじめを厳禁して厳罰に処すとしたが、なくならなかった。その原因は強制的に作った集団だから。

 現在の日本でいじめ問題が起きるのは、その集団への帰属で、利己主義が働くからだ。心の教育が疎かになったのが真因である。

 

 人間社会も、生きている社会と、あの世の世界があって成り立つ。それを昔の賢人は、表の世界の「桃太郎話」とあの世の世界の「浦島太郎話」を創作した。それを子供に教育として聞かせたのだから、日本の昔の人は凄い。

 だから私は表の世界をたくましく生き、福沢諭吉の肖像画(?)に手を合わせる。また裏の世界も信じていて、ご先祖にも仏像にも手を合わす。世の多くの人は、金ぴかの片方だけに手を合わすから幸せになれない。

 

 

2022-04-21  久志能幾研究所通信 2366号  小田泰仙

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2022年4月14日 (木)

「16時間断食」のすすめ

 

 雑誌かネットで、「16時間断食」の生活術を発見して、現在、それを実行している。現在、私の内臓の調子はすこぶる良い。

 内臓は、多くの人に奴隷のように扱われ、黙って働いている。しかし奴隷にも休息を与えないと死んでしまう。奴隷は文句を言わない。文句を言ってきたときは、往々に手遅れの場合が多い。それを防ぐのが、「16時間断食」である。

 

佛の報せ

 私のがんも自覚症状がなく、胸騒ぎがして検査で調べた時は、ステージが進んでしまっていて、手遅れ寸前であった。河村義子先生ががんで亡くなる知らせが無ければ、先に私が死んでいたであろう。

 

肝臓は忍耐強い

 例えば肝臓は暴飲暴食に黙って耐える。肝臓にとって酒飲みは暴君なのだ。肝臓が調子が悪くなった時は、修復不能の状態である。酒飲みに、「肝臓の休肝日」を設けろと言われるのは、常識となっている。世界では、年間300万人が酒が原因で死んでいる。英国の学会で発表された論文では、「酒は微量でも発がん性物質」である。「適量の酒は長寿の薬」は大嘘である。

 食物は胃や腸で消化されるが、アルコールは肝臓で薬物と同じプロセスで分解・無毒化される。WHОでは、酒は薬物に指定されている。それは酒が薬物と同じプロセスでしか分解・無毒化されないためだ。要は、酒の入った宴会は、薬物パーティーなのだ。酒はその分、肝臓に負担をかける。毒である。酒は百厄の弔なのだ。

 

16時間断食

 会社勤めの生活では難しいが、自営業の生活なら、16時間断食が可能である。16時間断食とは、食事を朝10時から夕方の18時までの8時間中にとって、その後は間食をしない生活である。朝や夜は、水や白湯を一杯である。

 

理論

 その理由までは情報源に書いていなかったが、「16時間断食」は内臓を休ませて、断食と同じ効果を得る手段であると推定した。

 人間は生物として24時間中、8時間を休息に使う。だから生きている間の3分の1は、生物として休息が必要のようだ。同じように内臓という器官も最低8時間の休息が必要のようだ。その日の最後に食事をしても、それから5,6時間は消化の為、内臓は働きづめである。だから8時間の間に食事をしても、その後に5,6時間は消化に時間がかかる。だから8時間の内臓の休息時間を確保するには、食事を朝10時から夕方の18時までの8時間に食事を摂る必要があるわけである。睡眠中は、内臓にも寝させてあげたい。

 

16時間断食を意識すると、間食も無くなり、健康によい。

私が8時間の食事帯時間外で口に入れるのは、白湯だけである。

 

休んだ大地は、翌年、大きな実りをもたらしてくれる。

それは人生でも、人生の上で咲く人体でも同じである。

働きづめで脳を休ませないから、精神の病にもなる。

人間は機械ではない。休息が必要だ。

消化器官を休ませなければ、ガン等の病気になる。

それは宇宙根源の理なのだ。

そう、死んでもいいけど、健康管理が最優先なのだ。

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馬場恵峰書「佐藤一斎「言志四録」五十一選訓集」久志能幾研究所刊

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   馬場恵峰書

2022-04-14  久志能幾研究所通信 2361号  小田泰仙

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