2019年2月26日 (火)

磨墨智20.一歩でも前進

より「早く」目標に達成が第一ではあるが、状況が悪いときは「一歩でも目標に近づく」取り組みが時間をつくる。平静心がなくなると、「早く」が先にきて「一歩でも目標に近づく」がおろそかになりがち。そしてミスをし、時間をロスする。目標達成に対する最大の敵は、状況が悪くなると冷静さを失う自分自身なのだ。自分を第三者の目で観て、自然体で行こう。

時には立ち止まって、考えることも、一歩後退しないための智慧なのだ。

 

2019-02-26  久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

磨墨智*  アッシー君にならない

貴方は運転手ではない。貴方はアッシー君ではない。クルマは移動手段であるが、自分で運転して車での移動は、時間ロスである。移動は運転手(電車の運転手、タクシーの運転手)に任せて、その間を、自分の仕事、能力向上、思索の時間に使うべきだ。

だから私は長距離運転をできるだけしないようにしている。クルマの運転が好きなら仕方がないが、運転はできるだけ避けるべきだ。運転も楽しいのは、若い時だけだ。私も若い時は、狂ったように一日800キロを走ったこともあった。それは点と点を結んだだけ。自分は何を得たのかと今にして後悔する。それも車の通行量が少なかった時代の事。今のように車が氾濫している状況では、運転するとストレスは溜まるし、時間もかかる。事故でも起こせば、人生台無しだ。

自分は、人生航路を走る船の司令塔なのだ。自分が、何処に行きたいかは運転手に伝えればよい。方向とやるべきことを指示すればよいのだ。

 

2019-02-26  久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年2月25日 (月)

死望校を死計する

 大学という世界に行くときに志望校の選定があるように、あの世という世界に行くときは、死因となる病の学ぶ校舎を選ぶ行為があってしかるべきである。志望校に受かるには、それ相応の努力が必要であった。一生で一回だけのあの世の門をくぐる入試に、希望する「死病」になるには、然るべき努力は必要である。その準備をしないから、悲惨な死を迎える。己の死に方は、仏様が試す入死試験なのだ。

 

死とは生きること

 死に方(死計)を決めるとは、人生を最大に生きること。就活も婚活も終活も、必死にやらねば成果は得られない。まして一生で一回限りの死なのだ。構えなければ、野垂れ死にである。あらかじめ死計があれば、死に接しても逍遥として、死を迎えることが出来る。死計が明確であれば、余命宣告を受けても、慌てることはない。

 

万物すべて活き物(佐藤一斎著『言志録』242

(万物には活きた道理が存在しているから)万物は初めから活きた物である。だから世事も総て活物である。(その道理からすると)生は勿論のこと死も活物と言える。(久須本文雄訳)

 

理想の死は老衰

 理想の死に方は、老衰である。しかし老衰で死ねる人は1%しかいない狭き門なのだ。せめて死の1週間前までは現役で活動して、1週間ほど体調を崩して寝込み、死ぬのが理想である。

 スイスの法学者ヒルティは、朝、いつものように散歩をして、帰宅後、少し疲れたといってベッドに寝て、妹が温かいミルクを持ってきたら、亡くなっていた。心臓麻痺で77歳の死である。彼は前日の夜まで執筆活動をして、現役での死で、理想的な死である。彼が亡くなったのは1909年で、現在に換算すれば90歳近い年齢であった。

私は、認知症、心筋梗塞・脳梗塞、糖尿病では、絶対に死にたくない。そのために、私は死にもの狂い(?)の取り組みをしている。

 

認知症

 現在、日本の65歳以上の人の15%は認知症である。認知症は脳死である。自分が自分で無くなるという悲惨な死に方である。認知症になると、本人は何もわからないから良いが、その家族は悲惨である。

 警察署長や校長先生は、認知症になりやすいという。気ばかり使って、頭を使わず過ごしてきたからだ。一日中、痴呆的なテレビ番組を見て過ごせば、認知症になりやすいだろう。

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脳梗塞、心筋梗塞

 この病魔に襲われると、ほぼ即死状態である。死後の準備が何もできない。それだけは避けたい病気である。私はその防止で、4か月に一度、大垣市から久留米市の真島消化器クリニックに通院している。その真島院長の指導のお陰で、高血圧が改善し、この病気で倒れる危険性は減った。

 

糖尿病

 糖尿病にかかり失明でもすれば、私にはもう生きていく望みがない。目が見えない世界など想像できない。私は本を読み、書くことに生きがいを感じている。失明は致命傷である。

 糖尿病で人工透析に身になれば、1週間のうち3日の半日が、ベッドで透析を受けることになる。白い天井を見ながら半日を過ごす。命の時間が無為に過ぎていく。その費用も年間500万円という。保険がるので自己負担額はそんなに多くないが、多くの人の健康保険金を使うことになる。それが10年間も続く。国の財政を圧迫する罪である。

 

緩慢なる自殺という死計

 煙草を吸えば肺がんのリスクが上がるのは常識である。酒を飲めば、アルコールは肝臓でアセトアルデヒドに分解される。これは発癌性がある物質である。酒を飲み過ぎれば、肝臓がんや他のガンになる確率が増える。暴飲暴食をすれば、体の臓器に負担をかける。それが長年続けば、病気になるのは自然の摂理。

 世には人の健康は知ったことではない食品業界が跋扈している。止められない止まらないと、人の食欲を煽る嗜好品が氾濫している。人工甘味料、添加物、合成調味料を食べ続ければ、病気にならないのが不自然である。その嗜好品の誘惑に負けると、自分の死計が狂ってしまう。

 例えば、格安牛乳なら、狭い牛舎で密集して育てられ、病気予防で抗生物質、成長ホルモン入りの餌で、強制妊娠として女性ホルモンが多量に出た牛から、搾乳された牛乳が出回っている。その牛乳には抗生物質、成長ホルモン、女性ホルモンが含まれている。それがガンを誘発する原因となる。だから日本人にガンが増加している。他の食品も、人の健康は度外視して、効率化、金儲けのためだけに生産される。それが体にいいわけがない。

 

危機管理

人間の体は自転車操業である。歩くの止めれば倒れてしまう。適度な運動が病気を防いでくれる。

定期検診をさぼれば、病気が進行し、手遅れとなる恐れがある。どれだけ注意をしても、病気は避けられない。せめて早期発見、早期治療が緩慢なる自殺を防ぐ手段である。

 病気に対する知識を学ぶことが、緩慢なる自殺を防ぐことになる。それは危機管理としての死計である。自分の城は自分で守れ。トヨタの鉄則である。

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馬場恵峰書『佐藤一斎著「言志四録」51選訓集』(久志能幾研究所刊)より

 

2019-02-25  久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2019年2月24日 (日)

日本狂セリ

下記のような現代日本の風潮で、日本人の人格が荒廃している。何故、こんなことが起きるのか。原因は日本人精神の劣化である。それは、日本の戦いぶりに恐怖を感じたアメリカが、日本が二度と米国に立ち向かわないようにと占領軍(GHQ)が仕組んだ、日本人に戦争責任は全て日本(戦争犯罪罪悪感植え付けプログラム=war guilty progrum)のせいなのだ。日本人はそれで自虐的になり、日本人としての誇りを失った。そのお先棒を担いだのは朝日、NHKを先頭としたマスコミである。それの効果があまりに効きすぎて、現在のモラル崩壊になっている。

 

 親の子殺し

 子供の親殺し

 若者による凄惨な殺人事件の多発

 陰鬱ないじめの増加

 自殺者3万人越えが10年も続く

  減ったといっても3万人近い人が自殺する現象は続いている。

左翼野党議員が国を貶める言動を繰り返す

  なぜサヨクは中韓の肩を持ち、日本国を貶めるのか。

そんなに中韓がいいなら移民すればよいのに、それはしない。

 フェイクニュースの横行

  金儲けのためなら、恥も外聞もない。朝日が良い例

若者のガン増加、全体でガンの増加

企業の金儲け主義で、農薬・食品の野放しが原因と推定

なぜ欧米で禁止のトランクス酸のマーガリンの規制がないのか。

なぜ人口甘味料だらけの飲料水のCМの規制がないのか。

日本のことを考えない利権役人の氾濫

 

 拝金主義の経営者の氾濫

  もうかれば、反社会的なことでもやるのか。

 名門大企業で不祥事多発

  エリートの経営者自身が、モラル崩壊である。

 

 学級崩壊

  親の子共へのしつけ教育が崩壊したのだ。

  子供よりも親が劣化したのだ。

 親の凶暴化

  なんでもクレームをつける親が教師を委縮させている。

 墓の風化、法事の風化

ご先祖を敬う精神の荒廃。家の崩壊。

 煽り運転

  モラルの崩壊

 女性が人前でお化粧

  日本人のたしなみを忘れている

 グルメ痴行の氾濫

  痴呆的に、うまいうまいという顔を見せて恥ずかしくないのか。

  教養ある人は、人に食べる姿をさらしませんぞ。

食べ物を粗末にする番組の横行

   勿体ないの精神の荒廃

金儲けのためなら羞恥心を捨てる。

 愚劣ワイドショーの氾濫

  品格のないおバカタレントの横行

   そんな番組を見るアホがいるから繁殖する。

それを許容するから日本人がアホになった。

アホずらのタレントから事件の講釈など聞きたくない。

昼間から、よろめきドラマ、殺人事件ドラマの氾濫

  人を殺しても何の違和感を持たない人間を製造

        金儲けのためなら、人殺しの場面を利用するのか

ポケモンGОに我を忘れる愚か者達の氾濫

ポケモン探しを邪魔されたと警官に殴って逮捕されるものまで出る始末

お世話になっても礼状を書かない、電話で済ませる

  日本人の礼は失われた

 

最大の敵

 我々は、北朝鮮の核も中国からの侵略の恐れも、ゴキブリ?(私は苦手)も恐れることはない。我々が日本人としてのアイデンティティを失わなければ、全員で一致一丸となって、そんな危機は打破できる。しかし、日本人としてのアイデンティティが、失われれば、日本は内部崩壊してしまう。一番怖い敵は、外部ではなく内部なのだ。現在のように、そのアイデンティティが崩壊ししつつあるのは大危機なのだ。

 

「修身」を新設

私はこの問題に、一燈を掲げて暗夜を行くつもりで、取り組みたい。今後、日本人の精神修養の根本であった「修身」について記述を進める。カテゴリーで「i-修身」を新設します。

 

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馬場恵峰書 2019年、岩村へ寄贈

新戸部八州男氏の寄贈

18×78×3cm、栗の木

 

2019-02-24  久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年2月23日 (土)

河村義子先生の中陰を供養する(4/4)

「河村義子先生の中陰を供養する」(1/4)~(3/4)中の写真を更新しました。

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43日 常に人を拝む心得大切に。拝まれる人になる心得大切。

44日 亡き人に日々家庭円満な暮らしを見てもらおう。

45日 寂しい時には手を合わそう。亡き人の命にふれることが出来る。亡き人の分まで、日々大切に生きよう。

46日 日頃真心の供養をささげれば、己の一日一日で心が清められるもの。一日清閑一日福の道を歩もう。

47日 うれしい時はまず亡き人へのご報告

48日 人生四苦八苦新たに日々共に喜びともに悲しむ

49日 日々振り返って、ほほえめるような悔いのない人生を創生して生活るべし。幸不幸苦楽皆自から体験して人間として生活る道。「明日あると思う心のあだ桜今日の訪れなんとときくらん。」人生二度なし。

 上記は吉田松陰の辞世の句である。志半ばで倒れた吉田松陰の志を受け継いだ志士達が、日本の夜明けを創った。我々は河村義子先生の志を受け継ぎ、大垣の音楽文化を育成していくのが勤めである。

 

平成2997日 91歳翁三寶齋恵峰考書

4 馬場恵峰書「中陰を生きる活かす」(部分)

河村義子先生の想い出写真。良き想い出と教えをありがとう。

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ピアノ発表会 2017723日、大垣フォーラムホテルにて

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子供を見る目が温かい

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「子と音」が出演中、観客の後ろで心配そうに見守る義子先生

201745日 大垣市民病院のふれあいコンサートで(義子先生は後列右から3人目)

47 勉強会の前の準備体操

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 ピアノの先生たちの勉強会で、2017‎‎6‎‎19‎日、大垣音楽堂

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2019-02-22  久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年2月22日 (金)

「自分ノーベル賞 久志部門賞」を創設

私の夢はノーベル賞を受賞すること。しかしそれは叶わぬ夢の夢だ。しかし、自分で「自分ノーベル賞財団」を創設して、世に貢献している団体に基金を贈呈することは簡単だ。毎年なら大変だが、それも一生で一回、一団体だけに贈呈なら簡単である。私が死んだときに遺産を贈ればよいのだ。そうすれば今のノーベル賞の賞金額ぐらいは贈れるだろう。これは誰でもできること。現在、日本で家・土地・貯金と預金の遺産相続の平均金額は約4,700万円という。その額は、優にノーベル賞の金額に相当する。

 

子孫に美田を残さず

子孫に美田を残さず、功あるある団体に遺すべし。私の親戚でも、親の遺産があり過ぎて身を滅ぼした輩がいる。他山の石としたい。子供は汗水たらさず、棚ぼたで手にした金で堕落する。

 

遺産処理の条件

終活の一環の作業として、遺産処理をどうするかに悩んでいた。国に遺産を取られるの避けたい。それでは役人の無駄遣いされるのがオチ。両親と私が苦労して貯めた資産が、クズ役人に貪り食われるは、両親に申し訳がない。私も我慢が出来ない。公式の役所の団体に贈っても、そのトップが変われば、どうなるか分かったものではない。

 

創造的な活用

 援助として遺産を贈るとして、それが未来のためになる組織を対象にすべきである。日本赤十字社に義援金を贈ってもその総額の2割が経費としてピンハネされる。寄付金全体の会計報告の詳細は公表されない。大災害が起きると日本赤十字社本社のある飲み屋街が賑わるという巷の噂であう。大垣市では寄付金の一部は、寄付集めに駆り出された団体に、その額の7%がキャッシュバックされるという。本来、寄付した人の趣旨を踏みにじる行為が横行している。

今困っている人を助けるため寄付しても、一時的な対処療法である。助けても助けてもきりがない。助けなければならない状況にならないような施策の未来投資が必要だ。アフリカの病気に罹った子共達のためにカネを使うのは未来に対して創造的でない。火事になったら火を消すのは対処療法である。真の対策は、火事の起きない体制を作ることなのだ。病気で悲惨な状況にならない社会体制を構築するために金を使うのが根本対策なのだ。そういう方面に私の遺産を使って欲しい。

 

「久志」部門賞

 自分は、世に貢献できる分野で、志を久しく継続して貢献している団体に、この賞を贈りたい。今後の自分の生き方で、より多く稼いで多く残せば、より多く「自分ノーベル賞財団」の資金に充てられる。それはこれからの生きる励みとなる。そのためには、皆さんのために長生きせねばならぬ。これこそ終活の極意である。これも河村義子先生が亡くなられて、気が付いたご縁である。合掌。

 

2019-02-22  久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

河村義子先生の中陰を供養する(3/4)

29日 今生きているのは何の為、温故創新一路前進。 天は己を生き永らせるために生かしているのではない。その命を世の為人のために使え。故人の遺徳・教えを温(たずね)て、世のために新しい価値を創れ。それが故人への供養である。

30日 仕事の中に亡き人の願いを生かすべし。 河村義子先生の願いを思い出すべし。

31日 したい事をするのではなく、仕なければならない事を生涯かけてもやりとげるべし。心如鉄石という。 それを河村義子先生は体を張ってみせてくれた。それをまねするのが供養。

32日 どうせ井戸を掘るなら、水の出るところまで掘って見よ。

33日 出来ないのではない。やって見ようとしないだけ。 河村義子先生はそれをやって見せてくれた。

34日 二度とない人生、今そこからいまの自分を大切に。 河村義子先生の死で、忘れていた、死を再認識した。頂いた命を大切に、悔いのない人生を送る決意を新たにした。

35日 そのうちそのうちでなさずじまい。今そこから気付く時から。 今やらなけらば、一生できない。河村義子先生は身を呈して教えてくれた。

36日 亡き人の遺産は誰でもない。世の為、人の為に残せ。 河村義子先生が遺した遺産は、音楽を通して子供たちの育成である。その志を受けつぐのが、供養である。

37日 耳すませて亡き人の呼び声を聞く心を大切に。 天地自然は仏の経を唱えている。それに気が付くのが供養である。

38日 人の子も自分の子も皆仏の子。皆ちがってみんないい。

39日 実るほど頭のさがる稲穂かな。

40日 亡き人へ、笑顔でおはよう、感謝でおやすみ。 いつまでも悲しんでいても、義子先生は喜ぶまい。

41日 拝む喜びが働く喜びを生む。 拝む相手がいることを喜ぼう。それが師なら幸せだ。拝む相手がいない人は、極悪非道の人。

42日 亡き人を呼ぶ口で、他人をそしるな、ののしるな。

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馬場恵峰書「中陰を生きる活かす」(部分)

31   リハーサルにて

Timm

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3 ありし日の河村義子先生。チェリストTIMMを招いての音楽会。「あしながチケット」で120名の子供たちを招待した。「世界で一流の音楽を楽しむ会」では、世界一流の音楽家を招待して子供たちに一流の音楽に生で接する機会を提供している。  2017929日、大垣市音楽堂

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2019-02-22  久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年2月21日 (木)

夢興落花 人身得ること難し

正月のお供えものの謂われ

正月に昆布、スルメ、屠蘇、ミツカン、密柑、を供えるのはなぜか。子供に聞かれても親は答えられないから、子供から尊敬されない。201912馬場恵峰先生は、これは書いて残しておかねばと、「夢興落花 人身得ること難し」を揮毫された。

 

夢興落花 人身得ること難し

渋柿も振り落とされ、皮を剥かれ、寒風に晒されて、吊るされて、手入れ重なり白い粉を吹き、渋が砂糖のように変わる。渋そのものの甘味である。人生の心の灯台としたい。

昆布は海の塩水の中で生き育ち、海の試練に左右に揺れ、切れることなく自在に伸び、長いまま干され、柿と同じように白粉の甘さ生じである。

スルメも鳥賊の時、足は十本あって海の中で敵に会うと墨をかけて身を守る軟体動物。干されると軟が固くなり甘味はかみしめる程生まれる。

密柑は初夏に白い小花をつけて晩秋に実を結ぶ。中身は一つ一つ丁寧に包まれ、味覚を感ず黄色の皮は湯の中でも泳ぐ。密柑の種類も多く、人間生活の中でも多くのうるおいを与えている。

屠蘇は白朮(キク科植物の「オケラ、オオバナオケラの根茎」、山椒、防風、桔梗、桂皮などを砕いて調合、紅絹白絹を三角形に縫った袋に入れ、ミリンや酒に浸す。新年頭に飲み延命長寿を祈念もある。した。「甘からぬ屠蘇や旅なる酔心地」(漱石の句)もある。

先人たちに智慧、今新たまってどうこういうのではない。豊衣豊食の時代だからこそ、物の大切さと事の謂われを学び知るべきだと思う。

新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事 大伴家持「万葉集 大伴家持」

恵峰93歳日々歩み始める亥年二日に書述へ書物とす。  馬場恵峰

 

会社の末路

「夢興落花 人身得ること難し」に示されるように、正月に飾られる品物や、祝いに席に呼ばれる人には、相応の苦労、試練がないと人間の「味」が出てこない。エリートのように苦労せずスレートで階段を駆け上る人は、試練に脆い。その顔は傲慢さで弛緩している。

 

人生の荒波を避けて

私の昔の部下の二人が、有名校を出て特別扱いで入社してきて、専務、役員からちやほやされ、それを鼻にかけ鼻持ちならぬ態度であった。無名大学出の私は露骨に無視された。二人は、有力役員が占める出身大学で、会社の金で博士号を取らせてもらった(費用約2000万円)。将来の役員は間違いなかった。しかし、当初の博士号を取った技術が、自動車会社が取り組んだ技術開発で、その博士号を取った技術が不要となって、当初予定の機械開発は中止となった。その一人は不本意として、退社して大学の助手に転出してしまった。会社から受けた恩に、足で泥を掛けたのだ。エリートは恩知らずである。もう一人はその後、室長までは偉くなったが、後ろ盾が無くなってその後、閑職に追いやられて、鬱で出社しなくなってしまった。

 

えこひいきの被害を味わう

当時、私は彼らの上司なのに、完全に無視される悲哀を味わった。本来、主任の私が海外見本市視察出張の順番であったが、役員のえこひいき丸出しの差配で、私より若く経験もないこの社員が、私を飛び越して海外見本市視察の席を手にした。私は情けなかった。えこひいき人事に、宮仕えの身では何も言えない。

 

巻き返し

幸いなことに、同時期にあった会社創立50周年記念懸賞論文募集「10年後の会社を考える」で、応募論文200通の中、私は最優秀賞を獲得し、副賞としてその海外見本市視察出張の席を入手できた。私の論文のテーマは、人財育成である。その論文技法も「テクニカルライティング」の手法を使って、論理的に論旨を展開した。

 

後日の悪夢

当社が吸収合併されて消えた後、その鼻持ちならぬ元部下が某大学の助教授として、新会社の開発センターに「ご」指導に来た。役員と部長がお相手をしていたが、なぜ当社を足蹴した輩を「先生、先生」と持ち上げるか、どの面下げて、昔足蹴にした会社の指導をするのか、と呆れた。恥知らずである。もう少しで私もそのお相手をさせられそうであった。まさにブラックユーモアである。2008年頃の話しである。

 

別のえこひいき人事

同時期、三菱電機から途中入社してきた同年の某大学卒が職場に来た。何も超一流の三菱電機から格下の当社に来なくてもよいのに、同窓の役員に泣きついて転職したようだ。前職では浮いて、いたたまれなくなって退職したという噂だ。彼の配属先の課長は、「彼は同世代のМ主任より仕事は出来ないのに、給与だけは高い」とぼやいていた。本人は学業は優秀かもしれないが、当社で何も実績のないまま、あれよあれよという間に出世して、役員になった。私が横で彼を観察していても、技術があり実績を上げたとは思えない。説明の口だけはうまかった。新会社になって、しばらくして子会社の役員に転出して、いつの間にか消えた。子会社の社長とうまくいかなかったようだ。だれに聞いても、今どこで何をしているか不明である。こんな人をえこひいきする役員が跋扈すれば、会社もおかしくなるのも当然である。

あれから30年経って、その立場が逆転して、私は落ち込まず臥薪嘗胆して頑張ってきてよかったと思う。自分で自分を褒めてあげたい。

 

エリートに支配された会社の末路

その後、特定大学の派閥学歴を出世の条件にしていたその会社は、左前になり、格下の競合会社に、名目は対等合併であるが、実質的に吸収合併されて消えた。

吸収された社員の方は、塗炭の苦しみを味わった。昔の仲間の室長クラスは、ほぼ全員、中国とかに条件の悪い海外の現地工場に飛ばされた。それに対して、合併相手先の幹部はぬくぬくと国内勤務である。部署異動先を見ても、吸収された方は、人事で悲哀を味わった。決断の出来ない無能なトップが、会社の方針変更を遅らせ、会社の寿命を60年に短くして、私が人生を捧げた会社を消滅させた。

 

経営者の仕事

経営者の最大の仕事は決断である。経営者の最大の罪は、すべき決断をしない事。挫折を知らないエリートは決断が出来ない。苦労もしない実力もない学閥エリートに支配された会社の末路である。

 

こんな日本に誰がした

同じようなエリート主義経営の悪例が、東芝、東電、日産等で、連日マスコミをにぎわせている。学校の秀才が、経営には不適との事例である。先人が血と汗で築いた日本経済基盤を、名門というエリート意識の大学出が、ガン細胞のように先人の築いた礎を浸食した。欧米の経営方式を猿真似して、未来へ投資をせず、利益だけを追求し、会社組織をぼろぼろにしている。その結果、1970年頃は国際経済競争力が、世界1位であったが、現在は25位に没落である。天網恢恢疎にして漏らさず。

 

大垣行政の末路

同じように、東大出というだけで、市長が痴呆的に君臨している大垣市は、就任以来、年率1%で経済没落を続けている。数字は正直だ。近隣他市は、名古屋リニア景気の恩恵を受けて沸いているのに、大垣市は地価も上がらず、大垣市だけが中部圏で取り残されている。大垣の未来に何の貢献もしない市制100周年記念行事で、34千万円も浪費(業者を儲けさせるだけ)する愚行に血道を上げている。名目的エリートに支配された痴呆都市の末路である。

 

2019-02-21  久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

河村義子先生の中陰を供養する(2/4)

16日 もっとつくしてあげたかった悔いは、人への親切で。 人生は輪廻転生。悔いるよりも、己の至らぬ点が発見できたと喜ぼう。再発防止をすればよいのだ。師から受けた恩を後進に伝えよう。

17日 過去を悔いず、未来を夢見ず、ただ今を力強く。 過去の悔いは、未来のための修行。それを活かして今だけを考えよう。

18日 花びらは散っても花は散らない。 義子先生という花びらは散ったが、義子先生の志は散らない。それを受け継ぐ責任が門下生にある。それが供養である

19日 人を敬えば、自分も敬われる。「禮尚往来」 人を敬うとは、己を敬うこと。師の偉さを認めることができる目利きの己を、尊敬しよう。世には河村義子先生の偉さを理解出来ない人もいる。

20日 哀しい時は目をつむろう。まぶたの裏には広い世界がある。自分を見うしなわないように。 生きているから哀しいという感情が起きる。死んでしまえば、その感情も起きない。自分を見失うとは、自分が自分で無くなること。それで故人が喜びますか。

21日 人に頼るより、頼られる人に。 河村義子先生は子供たちへの愛に身を義して生きた。そいう生き方を目指して生きよう。

22日 何ごとも打て。それが己を強くする。

23日 自分には忠実 人には誠実 物には確実に。

24日 人の幸せを喜べる人が、自分も幸せになる。

25日 一人で生きているのではない。生かされていきているのだ。 支えられて生かされている事の気付くのが、故人への供養である。

26日 やがて死ぬ気色も見えず蝉の声。 まさかの突然の河村義子先生の訃報。それまでの活動的な音楽活動が真夏の蝉の声のようであった。一期一会。

27日 心変われば見方も変わる。逆境は展開のチャンス。 義子先生は死んだのではない、姿を変えて見守っているだけだ。独り立ちしなさいとの励ましなのだ。

28日 人生列車はいつも満員。楽になったら終点。 人生列車はビジネス快速列車である。自分の「志終着駅」を目指して、席の取り合いである。霊柩車はガラスキである。どちらに乗りますか? 人生列車から、途中下車させられた義子先生の無念を晴らすのが、供養となる。

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馬場恵峰書「中陰を生きる活かす」(部分)

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ドレスデントリオを招いてのニューイヤーコンサート。これが公式の最後の演奏会となった。2018113日、クインテッサホテル大垣で。

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2019-02-21  久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年2月19日 (火)

河村義子先生の中陰を供養する(1/4)

2019210日が河村義子先生の49日の法要であった。馬場恵峰先生の書画の写真を整理していたら、1年前に撮影した写真で軸「中陰を生きる活かす」を見つけて、河村義子先生の49日の法要に想いを馳せ、供養とした。

 

供養

供養とは、故人へのお供えではない。供養の「供」は、人が共に、「養」は養う、育てる、教える、である。故人の遺徳に思いを馳せ、その個人の教えを思い出し、改めて我々を養うのだ。それは祈る人へのお供えでもある、祈る相手は、故人と自分自身である。自分に手を合わせて供養するのだ。

201797日、馬場恵峰師は、葬儀での49日の意味を皆さんが知らないし、親も教えないので、中陰(49日)の意味を掛け軸に書かれて、お弟子さんたちに講義をされた。

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馬場恵峰書「中陰を生きる活かす」

201797日揮毫

中陰

中陰とは、人の死後49日間の名称である。人は49日を一期として、また生を受けるという。極悪・極善のものは、すぐ次の生を受けるが、それ以外の者は、もし7日の終わりにまだ生縁を得なければ、さらに7日、第二7日の終わりに生を受ける。このようにして最も長い者は、第7期も終りには、必ず生を受けるという。

今まで、私もこの歳まで、49日の意味も知らず、お勤めをしたのが悔やまれる。これは僧侶でなく、親が子に教えるべきことだ。法要の意味も知らず対抗するから、仏教離れが起きるのだ。

 

1日 死んだのではない。ただお迎えが来ただけなのだ。死は還浄と言って元の場所に還ったのだ。生あるものは必ず死ぬ。その早い遅いがあるだけだ。どうせ、人は120年も生きられない。我々は、土から生まれ、土から生まれたものを食い、土に還る。我々は全宇宙の循環の一環として生かされている。全宇宙に流れる時間に比べれば、80年程の人生の長短は誤差範囲である。

2019年2月10日、河村義子先生の49日の法要が無事に終わってほっとしたとご主人からお話しを聞いて、安堵した。「今頃、故郷のドイツの空を舞っているよ」といわれる。ご家族は義子先生の霊は、ドイツと日本人のハーフだと信じている(?)(注:義子先生は純粋な日本人)。知人の霊感の強い二人が、そろって、義子先生の前身はドイツのガラス職人の娘だという。

2日 泣きたいときは涙の枯れるまで泣くとよい。それが亡き人への供養である。それだけ子供たちは義子先生に慕ったのだ。「子と音」の皆さんは、泣き顔で歌って踊って義子先生の出棺を見送った。

3日 逆境にあって初めて知る真の友情。辛いことに出会って、友情の真贋が露見する。それは天が与えるリトマス紙。その人に価値観が明らかになる。壊れるべき縁が切れ、あるべきご縁が生じる。逆境のとき、助けてくれなければ、この世では敵なのだ。我々の逆境とは、国が戦争をしていると同じ。国でも戦争中に助けてくれなければ、敵である。

4日 人の命は陽に対する霜の如し。たった一つの病気で簡単に人消える。80年間の時間はあっと言う間のこと。「私みたいに死なないで」が後進への義子先生の願いである。自分の命をお大事に。それが己と先生への供養。

5日 一度死んだ者は二度と死なない。人生二度なし。人の一生は、その命を何に使うかが問われた人生なのだ。河村義子先生は人に音楽と愛を教えた。人の死は人生の生きざまを教えてくれる。

6日 人の真価は棺を覆うてからわかる。愚かな私は、義子先生の偉大さが、生前は見えなかった。先日に亡くなられた堺屋太一氏の告別式1,000人であった。堺屋太一氏の場合は元官僚なので義理で来る人が大半であろう。それに対して、地方都市のピアニスト河村義子先生のお通夜350人、告別式650人の参列者は、その偉大さが現われている。

7日 目にしみる位牌の白さ日々改めて生命の尊さを知る。あの活動的で温かかった義子先生が白い位牌になった姿を見て、改めて義子先生の死の実感をする。

8日 出逢いが別れの始めなれば、ご縁大切に。64歳でピアノを始めようと猫足のグランドピアノを購入した。その前に、ピアノを置く部屋を改築した。そのご縁で、ヤマハのО販売課長さんから河村義子先生を紹介された。下手でうるさい生徒を扱うのは、包容力のある先生である必要があったようだ。住む場所との関係もあり、ビッグな義子先生に指導を受けることができるご縁を頂いた。今後、その指導内容を活かさねば義子先生に申し訳ない。それが供養となる。これも良きご縁の賜物である。

9日 誰でもがいつかは死ななければならぬ人生。5年後の死を前提に全力で生きて活動された義子先生の教えを受け止めて、己の生き方に反映するのが、供養である。

10日 死なれて始めて知る親の恩。死なれて、河村先生に変わる人がいない現実に戸惑い、先生の偉大さを再確認する。

11日 亡き親は俺に似るなと子を想い。

12日 亡き人が喜ぶ事をするのが最大の供養。義子先生が取り組んできた事業(志)を継続するのが、残された者の最大の供養だと思う。それは大垣の芸術文化の高揚、子供たちの教育である。大垣市がその面に怠慢だから、大垣が衰退している。痴呆的堕落的な水饅頭共食い記録に血道をあげ、小川敏市長を先頭にして痴呆道を疾走している。私にはそれを阻止する責務がある。

13日 お経は亡き人へかよう心の便り。お経は佛様にあげるのではない。自分自身の魂に聞かせるのだ。それこそが供養である。

14日 人を責めず、自らを省みる。15日 手のシワを合わせて合掌すれば幸せになり、手のふしを振り上げれば不幸せになれる。


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馬場恵峰書「中陰を生きる活かす」(部分)

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義子先生は、一番弟子の朱音さんに、「我が娘よ」と実の娘扱いで接した。朱音さんへの厳しい指導をする義子先生。後から心配そうに朱音さんの演奏を見守る義子先生。

2017年クリスマスコンサートのリハーサル。大垣フォーラムホテルで

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 ページターナー役の朱音さん。義子先生の厚い信頼がないと、ページターナーは任せてもらえない。TIMMコンサートで。2017929日、大垣市音楽堂

 

2019-02-19  久志能幾研究所 小田泰仙

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