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2019年4月

2019年4月30日 (火)

平成最高の写真は、天皇皇后両陛下の大垣行幸啓(1/3)

 私にとって平成の最高の想い出写真は、平成天皇の大垣行幸啓の時の写真ある。2012年12月5日、天皇皇后両陛下が21年ぶりに、大垣に行幸啓された。当初、岐阜国体の後の訪問予定が、台風19号の影響で中止になっていた。天皇陛下はそれを覚えておられ、京都で明治天皇の100年の祭事をされた後、帰京途中でのご訪問が決まった。

 

大垣に行幸啓

 沿道には大勢の市民が出迎えて、何処にそんなに人がいたのかの大騒動であった。大垣市の人口は16万人余、静かな中核都市で、昼間は街中をそんなに人は歩いていない。ところが市民28,000人のお出迎えと物々しい警備の警察官1,000人の出現である。両陛下はスイトピアセンターの学習館で昼食をされて、以前に叙勲をされた方などとお会いになり、その足で「奥の細道結びの地記念館」を見学された。皇后陛下が「奥の細道」の史料に興味を示され、そのための訪問であった。

 記念館では塩村耕教授が大垣と松尾芭蕉の関わりなどを説明し、皇后陛下は奥の細道の写本に興味を示され、季語に日本の良さが表れる俳句の魅力のお言葉を述べられた。

 

最初で最後の写真

 平成天皇は、全国をくまなく2回、巡幸されているというが、この30年間で、私には最初で最後の拝顔の機会であった。それでカメラを携えて沿道に並んで、旗を持ちお迎えをした。10時より15時までの5時間を要したが、寒風の下、二度、3mの至近距離でお顔を拝顔できたのは、幸運であった。特に皇后陛下の気品には、圧倒された。まるで観音様の趣でした。まさに日本国の父と母であると改めて実感した。早々にA3サイズにプリントして額に入れて自宅玄関に飾った。

 

ベストショットは1枚のみ

 お出迎えとお見送りの二箇所で、約百枚の写真を撮影した。警備の警察官の説明では、お迎えの人達の前は低速で走るとのことであったが、撮影にとっては結構早い速度であり、デジカメTZ30では、1回しかベスト撮影ができなかった。急遽、家にとって帰り、連写毎秒8コマの一眼レフEOS 7Dを持ってきた。しかしお見送り撮影時では、場所的に逆光で、構図的にもピント的にもよい写真が取れなくて、結局、最初の1枚のみがベストショットの写真となった。その一枚も、自分がシャッターを押したのではなく、仏様が勝手にシャッターを押して下さったとしか思えない出来栄えであった。

 ご縁を感じて、購入したばかりのレーザカラープリンタで、A3サイズにプリントしてご縁のあった皆さんに配布した(約30枚)。

 

写真の意味

・両陛下が車窓の中に入っている。撮影時が0.05秒でもずれていたら、車のセンターピラーが邪魔してどちらかの陛下のお顔が隠れてしまう。

・両陛下が程よい明るさで、逆光でなく柔光の中に写っておられる。

・右下の旗も意図せずに写っていて、日の丸も欠けていない。

・皇宮警察の白バイもベストの位置である。御料車とラップしていない。

・車の位置もベストである。(車の全景が入ると御料車の写真となる)

・菊の御紋章の旗もベストである。

・背景に3本の楠木(大垣市の象徴の木である)の配置もベスト。

撮影する時は、無我夢中で周りには気が回らなかった。

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お出迎え時の注意を説明する警官

 説明の警官が、沿道に10m間隔で配置されている。

 10分間ほどの頻度で、下記の注意事項を繰り返し説明する。

  1. 御料車通過時は、前に出ない・押さない
  2. 御料車を追いかけて一緒に走らない、
  3. 旗の振り方は上品に小ぶりに(横の人に迷惑にならないように)、
  4. Z車が通過するまでその場を動かない(怪我防止)

 天皇皇后両陛下が行幸啓される地では、このような対応がされている。

25  ご到着5分前通報車

33  ご到着3分前通報車

41  ご到着1分前通報車

5 先導の皇宮警察白バイと先導車

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 スイトピアセンター・学習館の西側にて 

7

 次ショットでは後姿しか撮れない

81  報道関係者バス1号

92  報道関係者バス2号

10_3  随走車

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 Z車が通過まで解散禁止

撮影場所の選択のご縁

 本来、スイトピアセンター学習館前の歩道から両陛下が降車される所を撮影したかったが、2時間前には人垣ができており、やむなく学習館西側の道路に移動をした。それが結果として幸いした。当初の場所は、逆光になりうまく撮影できない。移動した場所は順光となり、幸いであった。また場所的にも8階建の学習館の日陰となり、ライティングとしても柔らかな配光で、両陛下のお顔がうっすらと浮かび上がる厳かな雰囲気となった。これも仏様のご配慮であろう。毎日の散歩と学習館隣接の図書館学習室へ毎日通っているお陰で、撮影地点の地理に明るいのが幸いした。

 

後日談

 写真の出来が良かったせいか、この御真影を贈呈した知人から、「奥の細道むすびの地記念館」に提供して掲示してはどうかとの意見があり、早々に記念館の窓口に行き、写真を提供した。後日、自宅に責任者からお礼の言葉と共に展示スペースの関係で展示できない旨の断りの電話があった。展示スペースの言い訳は、明らかな方便であることが分かった。記念館の壁一面に今回の行幸啓のお写真が、36枚展示されていた。スペースの問題ではない。

 今回のイベントでは、市の職員かプロの写真家が、天皇皇后両陛下の写真を撮るお役目が決まっていたようだ。そこに素人が撮った写真が提供されては困るのだ。いくら良い写真でも。市の撮影担当者と展示写真の選択をした担当者も、立場がなくなる。彼らも生活がかかっている。

 面子を重んじ柔軟性に欠けるお役所仕事ぶりが、大垣駅の駅前通りのシャッター通り化防止の取り組み等の遅々とした現状や、行政指導で行うべき日本経済活性化のネックになっている。

 

本記事は、2017年8月26日に掲載した「天皇皇后両陛下の行幸啓」の改訂版です。

今回、「自分の人生と言う本」のカテゴリーを追加しました。

 

2019-04-30   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年4月29日 (月)

絵画ビジネスのからくりに泣く、60万円が3万円に

 余命宣告されたので、終活の一環として、集めた絵画の後始末を始めた。今回、古澤洋子の絵を処分しようとして、愕然とした。それで現代美術界の絵画ビジネスのからくりを思い知らされた。

 当時、古澤洋子画伯の絵は、人気が沸騰していた。古澤洋子画伯は日展で2回の特選入選を果たしていた。東京日本橋の三越本店で古澤洋子の個展が開催された。三越本店で個展が開催されれば、画家として大出世である。

 

古澤洋子画伯の画歴 

1993年 第25回日展初入選

1995年 第51回石川県現代美術展 最高賞・美術文化特別賞受賞 

2003年 第35回日展 特選受賞  

2004年 文化庁第38回現代美術選抜展出品

2007年 第42回日春展 日春賞・外務大臣賞受賞

2008年 第40回日展 特選受賞 (特選受賞2回目) 

2011年 個展(日本橋三越本店、名古屋、新潟、仙台、福岡、広島)

2013年 第45回日展新審査員 就任 

2014年 個展(日本橋三越本店)

2017年 個展(日本橋三越本店)

現在   日展会員、日春展会員、財団法人石川県美術文化協会理事

 

処分価格に愕然

 2011年5月13日、私はその会場で古澤洋子画伯の絵を10号60万円で買った。他にも大垣の百貨店で3枚の絵を買って、合計4枚で200万円ほどの支払いである。

 今回、古澤洋子の絵に飽きてきたので、これを処分しようとして、絵画ビジネスの裏を思い知らされた。購入価格60万円だから、せめて20万円程で引き取ってくれるかと甘い期待をしたが、業者は、これは東京の絵画交換会でしか売れないので、一枚3万円程だ」という。つまり60万円が3万円に化けてしまう。差額は画廊とデパートが「食べて」しまった。ばからしくなり、処分を諦め、何処に寄付することを考えている。

 デパートも催し場の場所代、減価償却、宣伝経費、店員の給与等を考えると、販売価格の35~40%を取らないと採算が合わない。画廊も売れ残りを考えれば、40%くらいは取るだろう。だから画家には20%くらいしか渡らない。

 だから画家の手取りが販売価格60万円の絵で12万円だから、売る時に3万円は妥当かもしれない。それが現代美術界の常識なのだ。

 

画家も儲からない

 輝かしい経歴の画家でも、こんな低落である。儲かるのは、画廊やデパートだけである。絵を描いた本人にも、販売価格の2割程度しか渡らない。日展等に出展する場合は、50号、100号等の大きさでにないと展覧会では映えない。その展示作品は、買ってもらえないと、画家が自宅で保管せねばならず、その経費が大変だ。普通の人が、50号、100号の絵を家に飾るわけにはいかない。だから大きな絵は美術館以外には売れない。画家もその絵が売れないので儲からない。しかし名を売るためには、日展等の展覧会には出さねばなぬ。画家は、描いても売れない絵の保管の為だけで、マンションの一室を借りているという。家賃の経費が馬鹿にならないという。

 

儲かるのはマスターピース

 絵画の値上がりで儲けようとするのは、日本の絵画ビジネスを知らない痴れ者である。儲けたかったら、西洋の昔の絵のマスターピースと言われる絵画を入手すること。これは絶対に値下がりせず、値上がりする。財産として、価値がある。ただし、最低でも1億円以上の絵の場合である。またその昔の西洋の絵が、日本間に合うとは限らない。つまり1億円以下の絵は、鑑賞の消耗品で、財産価値ゼロである。

 

絵の価値

 絵は所有して家で飾って楽しむために買えばよい。それが飽きたら売ればよい。しかし、その時点で、買った価格と売る価格の差に泣きを見る。そもそも芸術で儲けようとする根性が、間違っている。絵は所有して、飾って楽しむものだ。絵を買うのなら、それと心中するつもりで買わないと泣きを見る。

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2019-04-29   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年4月28日 (日)

油の浮いた「五目うどん」は毒

 私は体調を崩しているので、消化の良いものとして、最近はうどんをよく食べる。今回、2019年4月25日、アピタの眼鏡屋での待合時間に、アピタ内のうどん店・若鯱で「五目うどん」を食べて驚いた。そのうどんの汁には、油が浮いていたのだ。

 「五目うどん」の中身は、卵、シイタケ、ネギ、ゴボウの素朴な中身である。どの品も油を使った食材ではないのに、油がうどんの汁に浮いていた。怖しくなり、このお店に行くことを止めた。大規模小売店内のお店は、全国チェーン店がほとんどで、別工場で調理済みの食材を温めるか、少し調理するだけで、客に提供する。そのため、防腐剤や添加物が多く入っている。そういうお店は、己の命を守るため、避けるのが無難である。

 日本の食品の許可添加物数は1500種、アメリカは140種、欧州は30種ほどである。それも食材への油分の混入と関係があるだろう。日本の厚生省の食品行政が狂っているとしか言えない。日本のガンが急増している原因の一因と思う。

 

こだわりの盛田屋

 知人の紹介で、2019年4月26日、大垣の盛田屋で、卵とじうどんを食べた。次の日、鍋焼きうどんを食べた。そのうどんをジックリ観察したが、油は浮いていなかった。このお店は自然の昔ながらの作り方にこだわり、安心して食事をすることが出来るようだ。お店の奥には、自家製のうどん製造機が置かれていた。日々、これで製造していることが分かる。それに比べると、アピタ店内のチェーン店のうどん屋は、セントラルキッチンで大量生産され、各チェーン店に配送されるのだろう。その製法は、異常である。

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油は毒

 油は病気の元である。日本人が油を料理に使うようになったのは、僅か明治以降の150年間程である。日本人は油の処理能力が欧米人と比べると、遺伝子的に劣る。欧州人はオリーブオイルを2000年以上も使ってきた。

 私はドクターストップで油分の多い食品は食べない。揚げ物、油分の多い魚、油脂分の多く入った食材等である。だから稲荷寿司も油揚げも禁止である。特に脂の乗った鰻、ノドグロなど美味しい魚も禁止である。

 

免疫力の低下

 美味しいものには毒がある。その食材の油分が血管にプラークと言われるコレステロールのカスとして、血管内壁に付着し、血液の流れを阻害して高血圧症になる。機械力学的に、ポンプの心臓から送られる血液を送るパイプの内部が細くなれば、送付圧力を上げねばならぬ。それが高血圧である。体が必要だから血圧を上げているのに、それを降圧剤で下げれば、血液が末端まで行き届かず、脳梗塞、心筋梗塞、ガン等の病気の遠因となる。血管内部が細くなると血液に含まれる免疫酵素である白血球が、体の末端の細部まで行き届かなくなるのだ。免疫力が下がれば、ガン等の病気になりやすくなる。

 

失明の危機

 毛細血管の中で一番細い血管が、目の網膜の血管である。それが詰まれば失明の危険がある。私は3年前に網膜静脈閉塞症になり、失明の危険に晒された。大学病院では対処療法で治療を受けたが、その真因を血管内部のプラークと私は推定した。それで久留米の真島消化器クリニックに4か月に一度の頻度で通い、真島院長の指導で、高血圧を治した。その結果、網膜静脈閉塞症も治った。血管の異常は万病の元なのだ。

 

脂ぎった輩

 ギラギラした脂ぎった輩との付き合いも、自分が人生の医師となって、「ドクターストップ」である。それで人生が清貧になって、心がやすらかになって、心身とも健康になった。健康とは、体と心が健やかに康らなになることだ。体だけ丈夫でもダメである。

 

2019-04-28   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

累計閲覧数 80,000達成

 2019年4月28日13時52分に、総閲覧数 80,000になりました。

 記事総数は1,147通です。

 皆様の閲覧にお礼を申し上げます。

 私の記事は、一過性の記事ではなく、何年経っても、読み返してもらえる内容を心がけています。今後のご支援をよろしくお願いします。 

2019-04-28 久志能幾研究所通信 小田泰仙

 

2019年4月27日 (土)

春風秋雨

 ああいい梅が咲いたな,明日にでも花見に行くか、と思っていたら春風が吹いて一夜で全ての花が散ってしまった。ああ美しい椿の花が咲いたな、明日にでも見にいこうかと思っていたら、夜に秋雨が降り、全て散ってしまった。

 「春風秋雨」とは,「今,ここの精神でやらないと,時間は待ってくれない」との警句である。明日があると思うな。次ぎがあると思うな。一期一会と同じ言葉でもある。

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馬場恵峰書

 

春風

 会社の組織長は、普通3年で交代の不文律がある。それでも普通はその1,2か月前に事前の話があるもの。上司から前の組織変更の話を聞いたのが、2001年4月5日(木)午前11時、実際の組織変更は、4月9日(月)からという(書類上は4月1日付)。その日の午後、私はずっと会議で、実質1日しかない慌ただしい組織変更を通告された。グループのリーダーとして、次ぎにあれもやりたい、これも段取りしようと思っていたが、メンバーとの別れは1年余で突然にやって来た。

 この組織異動の話があって、何故か昔にNHKで「家族の写真」とかのドキュメントを見た記憶が鮮明に甦った。思いついて週末に家族の写真を写真館で撮ってもらった。

 そのNHKドュメントでは、毎年家族そろっての写真を撮りつづけ、その家族の歴史を綴っていた。家族の出生や病没による増減、家族の老いなど、楽しい記録や辛い記憶などが綴られていた。私の家族を振り返ると、各個人では写真を撮っているのだが、いざ家族揃っての写真というと無いのである。カメラは持っているから、たまには撮るのだが、親が年老いてから家族揃ってというと、意外と無いことに気づいて愕然とした。父の入院の前日に、今しか撮る機会はないかもと思い、写真館に行った。今後は毎年か隔年くらいで家族揃っての写真を撮ろうと心に決めた。

 現実問題として、後からやろうとしても出来ないのだ。時間は人を待ってくれない。結局、2001年3月に撮ったこの写真が最初で最後の家族写真となってしまった。そして、この写真が父の霊前を飾った。それでも、縁ある番組との出会いで、父の元気な姿の写真が間に合って良かったとドキュメント番組の出会いに感謝している。

 

 小才は、縁に出会って、縁に気づかず。

 中才は、縁に気づいて、縁を活かさず。

 大才は、袖すり合うた縁をも活かす。   

       柳生家の家訓   柳生石舟斎

 

 今にして、父にシベリア抑留の話をもっと真剣に聞いておけばよかった後悔している。しかし、ご縁があり、丸順の今川順夫最高顧問のお話が聞ける巡り会わせを2014年8月2日に頂いた。これもみほとけからの計らいと感じている。

 

秋雨

 2018年11月17日、河村義子先生からの「退院しました。30分のレッスンを再開しました」のメールを受けた。「体調が戻られたら退院お祝いで一席を」と返信したら、12月16日になって、

「それが、、Uターンです。またお近く通られましたらのぞいてください。

 クリコン、撮影などありがとうございました。病院でもみれるようにポータブルのものを買いました! やはりまだまだブルーレイは広まってないようです。^^大垣のもの、お待ちしてます。私の自宅へおくってくださる?」

とメールがあり、その病院が先生宅の近所で、文面からそんな緊急事態とは夢想だにしていなかった。それが最後のメールとなった。

 義子先生が愛知県がんセンターを退院され、自宅静養に入られたが、華やかな先生もやつれた顔を人に見せたくはないだろうと、もう少し元気になられたらと思っているうちに、12月25日、突然の訃報である。大きな大事な花が散ってしまった。春風秋雨に茫然自失である。

 

人生の花

 自分にとって人生の花見とは何なのか。何時かと思っているうちに、いつしか歳月は過ぎ、歳をとり、病気になりガンになり、花見にも、大事の人の死に目にも会えない日がくる。

 花見より大事なことは、自分の花を咲かせることだ。その花を見ずして死ぬに死ねない。その花も一瞬には咲かない。何年もの時間をかけて、蓄えた精進があって、ある日、花が咲く。そのためには、今からでも遅くないから、思うことは始めることだ。始めないと、何事も進まない。

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 馬場恵峰書

 

『命の器で創る夢の道』 p146

2019-04-27   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年4月26日 (金)

砂糖4キロを捨てる

 河村義子先生のガンになった原因の一つに、スィーツ(砂糖)の取り過ぎがある。それが今回の調査で明確になったので、砂糖断ちを徹底することにした。

 昔から私は砂糖を余り使わなかった。コーヒーも砂糖なしである。その昔、株主優待の砂糖が目的で、母が日本甜菜糖株式会社の株を買った。その株主優待の砂糖が台所の流しの奥にしまわれたままになってしまった。義子先生のガンの原因判明を機に、引っ張り出して、捨てた。

 それは平成4年製(1992年)の砂糖であった。その砂糖が27年間たっても全く変質せず、そのままの姿であったのが驚嘆であった。自然の食材として不自然である。それは健康に良い食材ではないと判断した。

 驚いた発見として、その上砂糖とグラニュー糖の袋には、賞味期限の記載がなかったこと。これは人間の食べるものではないようだ。

 その母も、肥満が原因で脳出血、脳梗塞で69歳の若さで逝ってしまった。砂糖は母を殺した犯人であった。甘いモノには毒がある。

 今、がん再発防止対策で、断糖の研究を進めている。まとまったら、報告する予定です。

P1120649    今回、捨てた4キロの砂糖

 

2019-04-26   久志能幾研究所 小田泰仙

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アウシュビッツの看守と同じ犯罪で、大垣功労賞

大垣市を衰退させても、功労賞がもらえる

大垣の商業をホロコースト

 (ヤナゲンが閉店するという報道で)市商店街振興組合連合会の小倉利之理事長(73)は「大垣の中心街のシンボル的なお店。これから(商店街が)どうしていくか考えなければなるまい」と気を引き締める。閉店後に不安を募らせ「食品関係など、とにかく人の集まる場所が欲しい」と話した。(岐阜新聞 2019年2月22日)

 このコメントを岐阜新聞で見て、大垣駅前商店街の皆さんが呆れたという。ヤナゲンを間接的に廃業に追い込んだ戦犯の一人は、この小倉理事長本人ではないかと。

 

「功労賞」を授与

 この小倉理事長は今春の4月1日、大垣市から大垣の公益に貢献したとして、「功労賞」を授与されている。大垣市の言いなりになってくれたことへのご褒美である。商店街組合の組合員の反対の意見は聴かず、市の言いなりになって大垣駅前商店街を衰退させた戦犯の証しである。大垣駅前商店街が衰退する主原因の「元気ハツラツ市」をかたくなに続けていた戦犯である。小倉理事長は、大垣駅前商店街にお店も持たないので、お店の売り上げなど関係がない。他のお店の売上が減っても痛みも感じない。しかし理事長の座に10年近くもしがみ付いて離さない。よほど美味しいものがあるようだ。だから大垣駅前商店街は衰退の一途である。

 なんで大垣駅前商店街に店を持っていない御仁が、大垣商店街組合の理事長なのだ?

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 後の幽霊屋敷のようなビルの一階が、大垣商店街組合の事務所。築50年以上のビル。演説しているのは小川敏市長。2018年10月14日撮影。

 小川敏市長の愚政のせいで、大垣の経済が好転しないので、幽霊ビルも建て替えが出来ないのだ。 幽霊ビルを背景に自慢話をする大垣市長の姿が滑稽である。周りの聴衆は、誰も市長の話を聞いていない。

むなしい反論

 小倉理事長は「どうにか考えねばならぬ」と言いながら、この10年、なす術もなく大垣市の言いなりで大垣駅前商店街を衰退に導いた。特に元気ハツラツ市の推進は最悪の行事であった。だから大垣市の功労賞をもらったのだ。本人や市の役人達は、「これをやらねば、もっと衰退した」と言うが、福岡市の発展ぶりをみれば、それが大嘘であることが、証明される。

 

アウシュビッツ強制収容所の看守と同じ

 アウシュビッツ強制収容の看守たちは、(人類として間違った)仕事をヒトラーの命令として真面目に遂行して、ユダヤ人の殺戮で大きな成果を上げた。その看守たちは、ごく普通のどこにでもいる善良なドイツ市民なのだ。ヒトラーはその普通の人を悪魔に変えた。

 写真の被告は、94歳元独看守ラインホルト・ハニング被告(AP)で、ユダヤ人17万人の虐殺に関与したとして2016年6月17日、禁錮5年の実刑がドイツ地方裁判所で言い渡された。産経ニュース(2016年6月16日より)

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 産経ニュース(2016年6月18日)より

 

 それと同じで、小川敏大垣市長と小倉理事長は極悪の政策、施策を大垣市の言うがままに真面目に推進して、大垣駅前商店街の衰退に導いた。結果は、大垣駅前商店街の61%が店を閉めた。ヤナゲンがこの8月に閉店すれば、大垣駅前商店街の80%が店を閉めることになる。大垣駅前商店街の商店主達の虐殺である。路頭に迷った人も多かろう。大垣の商業のホロコーストである。その首謀者となった、小倉理事長はどこにでもいる人の好い老人に見える。その顔はドイツの元看守の面影に重なる。

 それに対して、高島市長のリーダーシップによって、福岡市は日本一の成長をしている。小川敏市長の大垣市とは正反対である。福岡市は天国、片や大垣市は地獄である。地獄の盟主が小川敏市長で、脇損(脇尊)が小倉理事長である。

大垣駅前商店街衰退計画

 小倉理事長が真面目に大垣市の(実態は、商店街衰退計画を)方針をくそ真面目に実行して、商店街の店主達を虐殺したのだ。建前は、大垣市の「商店街活性化」方針通りである。その結果は、大垣駅前商店街の61%が店を閉めた。ヤナゲンが閉店すれば、大垣駅前商店街の80%が店を閉めることになる。ビジネスの世界は、結果がすべてである。数字は嘘をつかない。

 

大垣駅前商店街組合が流す害毒

 大垣駅前商店街組合の組合員の意見は封殺して、大垣駅前商店街組合の幹部は、自分達の思い通りに運営している。

 理事長の選挙も密室で行われ、組合員の関与しない所で、決められる。今の小倉理事長は、3期か4期で長期に居座っている。だから誰もやめさせられない。東京の商店街組合だと、組合員が一票ずつ投票して決めるのが常識である。大垣ではその常識が通用しない。封建社会なのだ。共産中国より酷い状態である。

 「元気ハツラツ市」の会計報告を、老舗の女将が会議で求めたら、会議の後から「会議の場で、そんな質問をしてもらっては困る」と怒られたという。

 いまだ「元気はつらつ市」の会計報告を見たことがない。この10年で一億円前後の金が消えた。その元は市民税である。このことは岐阜新聞も中日新聞も決して追及しない。なにせ御用新聞だから。共犯である。

 「元気ハツラツ市」は岐阜県騒音防止条例にも違反する。出し物で、拡声器を使って絶叫だが、その裏にある住宅地では、騒音に泣いて、泣き寝入りである。それも岐阜新聞も中日新聞は報道しない。大垣を良くするためには、両紙の購読を止めるべきだ。

 

園児虐待

 小倉理事長は、36度の酷熱の炎天下で、「元気ハツラツ市」の出し物で園児を踊らせる虐待に加担している。文科省の通達で、日中に35度以上の日は、課外行事は禁止のはずなのだ。小川敏市長は、文科省の通達など知ったことではないのだ。その手下の小倉理事長も右習えである。

 一営利団体の組合のイベント(元気ハツラツ市)の出演要請に、公共の幼稚園、小学校が応じるのは異常なのだ。すべて小川敏市長がバックにいるからだ。園長先生は、予算と人事で小川敏市長に生存権を握られて拒否が出来ない。

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「元気ハツラツ市」で、強制的に踊らされる園児達。その待機中の姿。やらせる方は鬼である。これの阻止を前日に共産党の市会議員にお願いしたが、その市会議員は全く動かなかった。2018年8月5日09:51。気温は36度。

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 「元気ハツラツ市」で踊らされる園児達の中で、一人だけ踊らず泣き続けていた子がいた。その頬は日焼けの火傷で赤くただれていた。元気ハツラツ実行委員会は鬼の集団である。2018年8月5日

 

誰がバックにいるか

 「元気ハツラツ市」を実行しても儲かるのは、駅の北側の大規模小売店アピタである。客はアピタの駐車場に車を止めて、「元気ハツラツ市」を見て、最期にアピタで買い物をして帰る。だからアピタの駐車場が閉まる時間になると、客は大慌てで、帰っていく。それが現実である。

 小倉理事長は、小川敏市長の怨念を込めた「大垣駅前商店街を衰退させる」という陰謀の片棒を担いだのだ。だからご褒美で大垣功労賞を授与された。

 小川敏氏の夢は、大垣駅前商店街を全て潰して、大垣にマンションを林立させ、大垣の人口を増やすことのようだ(市長の言論から推定)。今、その夢が実現しつつある。だから気前よく小倉理事長に恥さらしな「功労賞」を与えたのだ。

 

2019-04-26   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年4月24日 (水)

小川敏氏は、大垣司令官として失格

 「岐阜県大垣市の大垣駅前にある「ヤナゲン百貨店大垣本店」が、2019年8月31日をもって閉店する。」というニュースが、大垣市民に衝撃を与えた。これで益々、大垣駅前商店街の衰退が決定的となる。これで岐阜県には岐阜市の高島屋しか百貨店は残らない。

  「ヤナゲンは1910年に柳源呉服店として創業。1966年に百貨店化した。かつては「ヤナゲン百貨店」(A、B、C館の3館体制、約22,000㎡)とインテリア専門店「ヤナゲンFAL」(旧岐大ホームセンター)、スーパーの「ヤナゲンストアー」を擁していたが、債務超過に陥り2000年には大垣共立銀行管理となり、2005年には大手スーパー「平和堂」の傘下となるとともに本店B館1階の大規模改装とC館の閉鎖を実施した。

 2011年にはヤナゲンFALを平和堂の「アル・プラザ鶴見」に縮小移転、2016年8月には再開発により本館の売場をA館1館に集約するなど経営合理化を進めていたが、名古屋・岐阜エリアの百貨店や大垣駅北口のショッピングセンター「アクアウォーク大垣」との競合もあり厳しい経営状況が続いていた。再開発の影響により食品売場が消滅したことも痛手だったと思われる。

 ヤナゲンはFAL店の閉店も発表しており、同社は109年の歴史に幕を下ろすこととなる。」Rakutenn ニュースより(2019年2月22日) https://toshoken.com/

 P1120569   ヤヤゲン百貨店大垣本店。横で元B館跡にマンション建設が進む。

  2019年3月20日撮影

 

狂った発言

 ヤナゲンの閉店が報道されて、小川敏市長が、そのコメントを求められて、「発表内容を見ていないので、コメントは差し控えさせていただく」(岐阜新聞)と、大垣の行政の司令官として無能を曝け出した言葉を発した。今、聞いたではないか? それなら、いつコメントするのか? それが出来なければ、無能で、その地位についている資格がない。そんな大事な情報は、新聞よりも先に市長に上がっているはずだ。それをコメントできないのは危機管理能力がないのだ。

 この調子なら、小川敏市長は大災害が起きても、「まだ政府から正式の話しを聞いていないので、コメントできない」と言うのだろう。危機管理として、市長失格である。

 阪神淡路大震災が起きた時、危機管理無能の村山富市首相は、テレビを見て「これはえらいこっちゃ」と言うだけで、大事な初期行動と初期出動の指示を出さなかった。大事な初期出動を抜かって、助かるべき多くの命が失われた。それと大垣市長は同罪である。

 

ヤナゲン廃業の裏話

 ヤナゲンが駅前の再開発でヤナゲンB館の建て替えで、ヤナゲンのトップが、大垣市長に陳情に行ったが「大垣市は一業者のためには動けない」と拒否された(他では特定業者を優遇してるくせに)という伝聞がある。ヤナゲンは、B館を建て替えるにあたり、回りの土地を整理して、駐車場も整備して、地域の活性化を計画していた。

 しかし、大垣市長の協力が得られないので、ヤナゲンは、やむなく再開発を諦め、ヤナゲンB館を壊してマンションを建て、分譲することになった。その流れで、ヤナゲン本体が閉館する羽目になった。ヤナゲンが閉店する原因は小川敏市長が作った。だから恥ずかしくてコメントできないのだ。

 このヤナゲンの駅前再開発の話しが実現すれば、大垣駅前商店街の復活になったのに、それを小川敏市長は袖にして無視したのだ。

  大垣市がヤナゲン前に再開発で建てたビルは、テナントが入らず、閑古鳥が鳴いている。役人の作る計画のずさんさが目の余る。

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P1120573  上図の大垣市が肝いりで作った駅前ビルも予備校、クリニック、JA、夜の店等と一般客は入らない店ばかり。それでは駅前の活性化にはならない。テナントも入らない。市の計画が杜撰なのだ。

上のテナントは1年以上もテナント募集中である。2019年3月20日撮影

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小川敏氏の策略

 小川敏大垣市長は、大垣駅前の周囲の環境をヤナゲンが商売できないように追い詰めた。まず商業ビルをつぶし、マンションを建て、買い物客を少なくした。

 駅前の商業ビルと潰し、なんの商売の売り上げにも、活性化にもならない、ドン亀の池を作って悦に入っている。いつも閑古鳥が鳴いているカメの池である。本来、商業ビルを建てて街の活性化にすべきを、市内で一番高い土地に価値の生まないカメの池を作った。市民税で、である。

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閑散たるカメの池

 

大垣駅前商店街の惨状

 駅前の商店ビルをつぶし、予備校になるのを放置して、買い物客を少なくした。予備校に買い物客が来るはずがない。買い物ができる店舗の絶対数が少なくなれば、買い物客は寄り付かない。

 街を活性化させるなら、駅前にはマンションと予備校の建設の規制を条例ですべきなのだ。駅前にマンションと予備校ができると、それは街の衰退の兆しなのだ。

 元気ハツラツ市で、大垣市内の業者は儲からないようにして、市外の業者だけが儲かるようにした。市外の業者(アピタ、イオン、平和堂)が繁栄するように段取りして、大垣市民の大垣駅前商店街を寂れさせた。

 つい最近、大垣駅から目の鼻の先の場所にあった6階建てのビルが壊され、駐車場になってしまった。駅前の超一等地を駐車場にしてしまう前に、大垣市として行政指導ができなかったのか。情けない思いである。ますます大垣駅前は衰退していく。

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 大垣駅前直前の駐車場。以前は6階建てのビルがあった

 

 小川敏氏の夢は、大垣駅前商店街を全て潰して、大垣にマンションを林立させ、大垣の人口を増やすことのようだ(市長の言論から推定)。今、その夢が実現しつつある。それは大垣市民には悪夢である。商店街が無くなり、稼ぐ元が無くなり、税金が入らず、金食い虫の市民ばかり増えるからだ。学校もゴミ回収も、病院も福祉施設もいる。だれがそれを負担するのだ?

 

小川敏氏の情けない応援演説

 2019年3月29日、小川敏大垣市長は興文地区の県会議員選挙の応援演説で、新市庁舎まわりの河川の護岸工事や、興文地区とは関係ない北方の駅前整備を自慢した。しかし肝心の寂れた興文地区の施設整備には何も言えず、下を向いていた。恥ずかしかったのだろう。

 

2019-04-24   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年4月23日 (火)

河村義子先生を殺した犯人を特定

 河村義子先生を殺した犯人は、スィーツ(糖)、乳製品、ワイン、小川敏市長の芸術無視政策によるストレスである。

 

義子先生の病状

 義子先生は、ガンの侵されたが最期までピアニストとして生きる決断をされて、手術を拒否されて対処療法で過ごされ、最期まで音楽に命を捧げられた。2018年12月25日に永眠された。

 義子先生は、人一倍、健康には気を付けて、手作りの料理にこだわったが、甘いものも辛いもの(ワイン)も好きで、乳製品も人並みに食べておられた。女性だからスィーツもお弟子さんたちと一緒にワイワイと食べていたと推定される。これは我々も身につまされる状況である。

 

日本の現状

 1970年代に比べて、40年たった現在は、ガン死が、2倍に増えた。乳がんは4.7倍に増えた。一般的に食の欧米化というが、何かおかしい。先進国中で、日本だけが、ガンが急増している。国は我々をガンから守ってくれない。しっかりその現実を見据えて、自分の体を自分で守らないと、ガンに殺される。

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  日本だけ ガン死が急増

     図は船瀬俊介著『あぶない抗がん剤』(共栄書房 2018年)から引用

P1120482 乳がんの増加率が異常である。

   愛知県がんセンターの資料 2019年

 

1.スィーツ(糖)は発癌性物質

 「糖は脳やその他身体が正常に働くためのエネルギーとして必要不可欠のものである」は、製糖業界が流した恐怖の洗脳教育である。この宣伝に製糖業界は500億円以上の大枚をはたいて、一般大衆を洗脳した。実際は、糖は発癌性物質である。だからガンが増加した。

 「食の欧米化とは、肉を食べることではなく、小麦製品やバター、砂糖などをたべること」と荒木祐院長は言う。

 胃ガンや肝臓がん、すい臓がんも病原菌はウイルスか細菌かカビで、糖質の過剰摂取ではびこる。今でもコメどころで暮らす人(糖質の取り過ぎ)は胃ガンが多いといわれる。

 砂糖が摂取されると、脾臓が細胞増殖の強力な刺激物質であるインシュリンを放出する。砂糖の過剰摂取により放出される高レベルのインシュリンとインシュリン様成長因子が、乳がん、前立腺ガン、子宮内膜ガンなどの原因となる恐れがる。(オーストリアのある研究グループ)

 「砂糖の摂取は、特に高齢女性の乳がん発症率の上昇を招く危険因子である」(欧州、北米、アジアの21か国で実施された研究による)

 

砂糖が発癌性物質

 義子先生は健康に気をつかって砂糖ではなく、甜菜糖を使っていたというが、本質は同じである。残念であるが、義子先生はお弟子さんたちとスィーツを食べ過ぎたようだ。

 

ガンの発生過程

 炭水化物を過剰に取る

  ↓

 ブドウ糖を材料にした「嫌気性解糖」が盛んになる

  ↓

 乳酸が溜まる

  ↓

 細胞が酸性に傾く

  ↓

 酸素が欠乏する(ガンは酸欠状態が大好き)

  ↓

 遺伝子情報に異常をきたす(発癌)

 

2.乳製品は発癌性物質

 現状の牛乳は、大量生産、効率化生産のため、狭い牛舎で育てられる牛から摂取される。牛には、感染予防で抗生物質が投与され、疑似的妊娠をさせるため、女性ホルモンと成長ホルモンが投与される。その女性ホルモンや抗生物質、成長ホルモンが牛乳の中に混入する。この女性ホルモンが、女性のホルモンバランスを崩して、乳がんができると推定される。

 戦後、日本の食生活が激変し、乳製品を多く食べるようになって、ガンが増えたと推定される。乳がんは40年前に比べて、4.7倍に増えた。他のガンの増加率が2倍なのに、異常である。増えたのにはワケがある。

 

3.お酒も発癌性物質

 義子先生は白ワインが好きだったそうだが、アルコールは発癌性物質である。酒は百薬の長と言われが、少量でも毒であると、先年、イギリスの研究部ループが発表した。アルコールは胃で消化はなく、肝臓で薬物と同じプロセスで分解されて、体外に出される。その分解の過程でアセトアルデヒドが生まれるが、これが発癌性物質である。

 

4.ストレスも大きな発がん性要素

 大垣市は、文化芸術に関心がなく、予算もつけず、支援もしない。大垣の文化芸術関係が不毛になった。そのため河村義子先生は、孤軍奮闘でがんばり、かなりのストレスを受けたはずだ。代替案で、義子先生と田中重勝さんが「世界で一流の音楽を楽しむ会」を立ち上げ、子供たちを無料の「あしながチケット」で招待して音楽を広めた。その協賛金集めや、各企業へのお礼回り等で、後始末で心労が重なったのだろう。

 本来、市制100周年記念行事にすべきドレスデントリオやTIMMのコンサートを大垣文化事業団の支援を受けずに実施した。それでも、建前上はパンフレットに大垣教育員会後援とあるが、言葉だけで、大垣市は一銭も金を出さない。支援もしない。

4k8a3400  2017年9月29日 TIMMコンサートで挨拶をする河村義子先生

 この日は、子供たち120名を「あしながチケット」で招待しての演奏会。 大垣音楽堂で

P1100949

 大垣市役所に掲げられた「みんなで創る産業文化都市」のスローガンがお笑いである。現在は、「文化都市でない」ことを宣言している。文化都市を自負するなら、今が文化都市なら、宣言など不要である。

 

義子先生の最期のメッセージ

 あなたも、いつかは死ぬのですよ。だから、やるべきことを明確にして、それに焦点をあてなさい。私の死因を見つめて、私の二の舞にならないで。

P10409731  馬場恵峰書 2013年

2019-04-21   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2019年4月22日 (月)

ウサギと亀の狂騒曼荼羅

 ウサギと亀の競争の寓話で、地道な努力が必要と教えられてきた。それはそれで正しいのだが、徳人なら別の観点での悟りの見方が必要である。

 修証義に曰く「たとい佛に成るべき功徳熟して円満すべしというとも、尚お廻らして衆生の成仏得道に回向するなり、或いは無量劫行いて衆生を先に渡して自らは終に仏にならず、但し衆生を渡し衆生を利益するもあり」。

 道元禅師は、人の為に尽くすならば、自分は成仏しなくてもよいとまで言っている。

 亀は歩いている途中でウサギが寝ているのを見て、なぜ起こしてやらなかったのか。たかがある場所までの競争ではないか。一緒にゴールをする発想がなぜとれないか。それは自分だけよければ良いという利己主義(グローバル経済主義)の表れである。

 幼児曰く「なぜ亀はウサギを起こしてやらなかったの。意地悪ね」。童子の純粋な目とは、佛の目である。目先の欲に溺れた大人には考えが及ばない。

 競争相手は佛である。その佛が自分の至らない点を真摯の教えてくれる。ウサギと亀とは、人生の教えを佛が演じる曼荼羅のひとコマである。

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馬場恵峰書「24色紙」 明徳塾で撮影。支えている手は齋藤明彦氏。

速く早く走れることの意味

 速く走れるとは、速くしか走る能力が無いことである。遅く走ることができない。其の咎は、後から、それも晩年に訪れる。

 飛行機でも速く飛べる機体は、遅く飛ぶと失速してしまい墜落する。ゆっくりの遊覧飛行は出来ない。離着陸のために広大な飛行場が必要で、その騒音は凄まじい。この世に存在するモノには各々に役割があり、速く飛ぶだけが良い能力ではない。一面から見れば長所だが、別に見方では欠点にもなる。人でも同じで、己の能力(性能)の高いか低いは人生の価値には影響しない。与えられた能力を何に使うか(使命)を考えよう。

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頭がいいとは

 頭がいい、頭の回転が速いとは、馬鹿になって物事に取り組むことが出来ないこと。物事の損得勘定に最初に考えが行ってしまう。また人が馬鹿に見えてしかたがない。物事を利害関係、合理的にしか考えられず、傲慢になりやすい。合理的にしか考えられないのは、視野の狭い偏った思考能力である。だから嫌われる。

 記憶力が優れているとは、部下の失敗を何時までも覚えていて、部下にその嫌味を言って部下から嫌われる。また己の失敗をいつまでも引きずることにもなる。

 頭が良くて早く出世する能力は、エリートコースに乗り、下積みの経験をせず直ぐ課長や所長・役員になって人生を謳歌すること。それが長い人生でプラスなのかマイナスなのかは別問題である。人生は長い目で見るとプラスマイナスゼロの世界である。

 

頭がいい弊害

 そうやって部長や役員での仕事として、人のアラ探しや指示することだけは出来るが、実務や実生活では何も出来ない人間が出来上がる。退職後に、やることが無く、認知症に罹りやすい落とし穴が待っている。長年、気ばかり使って頭を使わなかった警察署長、校長先生等が認知症になりやすいという。接待の宴会続きで旨いものを食べてばかりいると、糖尿病、高血圧、肥満の罠が待っている。

 

ガンとガン治療の狂騒曲

 1兆円以上の金を集めても、更に金儲けに欲を出している輩が日本にもいる。使えきれない金を集めて、幸せになれるのか。あの世には持って行けない。それは社会のガン細胞。

 発がん性が明白なタバコや酒を規制しない役人がいる。高級官僚として高学歴の知性があって、なぜその危険性が見えないか。その分、我々の健康保険料の負担が増える。

 先進国で、日本だけがガン死が急増しているのに、手を打たない役人がいる。ウサギが寝ているのを放置していると同じである。

 米国で、抗がん剤、放射線治療ではガンは治療できないことが証言されたのに、それに耳を貸さない日本がん協会は、ウサギが寝ていると同じ。仏様が罰を日本社会に与えている。

 

『吾が人生の師天王』p162

 

2019-04-20   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。