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2017年7月 2日 (日)

『文章読本』が日本を殺す (1/2)

 日本には『文章読本』なる書籍が、200冊を越える。その中で我々ビジネスマン、技術者がビジネス文・技術論文を書く上で参考になる書は少ない。特に小説家、文学者の書いた文章読本では特に少ない。この200冊を越える事実は、いかに正確なビジネス日本語を記述するガイドブックの決定版が世に生まれていないかの証明でもある。その多くは、遊びの文芸と死闘のビジネス文の区別がつかず、感性としての文章の書き方の記述をしている。この種の文章読本ではむしろ、大学教授、ジャーナリストが記述した書が参考になる。文章読本は内容を文芸用とビジネス用で、その内容を峻別すべきである。

 

 どんな文章読本でも、文章力向上のために「名文を読め」「多読せよ」と共通した主張がされている。この主張は作家、ジャーナリストでも同じで、文章力向上のために一つの真理である。しかし、正しく書かれた文章を多く読まないと、文章力は向上しない。その観点が、現状の文章読本には抜けている。オウム真理教のように、間違った方向で、いくら厳しい修行を積んでも、行き先は絞首台である。道元禅師も「正師に付かざれば、付かざるにしかず」とまで言い切っている。某大手新聞社のHPの広告で、「私はこの新聞社のコラムを写して文章を勉強しました」と某女子学生が記しているが、起承転結の氾濫する新聞コラムをいくら写経しても、論理性は学べない。

 

 もう一つの論点で、起承転結が主張されるが,これの推奨があれば文芸用(お遊び)だと判断して本を閉じること。谷崎潤一郎をはじめ小説家の著した文章読本は全てこの論法である。読者が小説家志望ならこの限りではない。現在も年30冊近いペースで文章読本の類の書が発行されているそうだが,それだけ決定的な書がない証明である。

 

6.1.1  ビジネス文書を書くための推薦図書

 

篠田義明著『科学・工業英語』通信教育用テキスト

            日本テクニカルコミュニケーション協会 1984

篠田義明著『コミュニケーション技術』     中公新書    1986

篠田義明著『書き方の技術』          ゴマ書房    1989

篠田義明著『英語の落とし穴』         大修館書店   1989

『わかりやすいマニュアルを作る文章用字用語ハンドブック』

    テクニカルコミュニケーション研究会編 日経BP社   1991

篠田義明著『科学技術論文・報告書の書き方と英語表現』日興企画 1994

『説得できる文章・表現200の鉄則』  日経BP社      1994

J.C.Mathes Dwigth W.Stevenson“DESIGNING TECHNICAL REPORTS”Macmillan

MARY A.DEVRIES“THE BUSINESS WRITTER’S BOOK OF LISTS”       1998

篠田義明著『ビジネス文 完全マスター術』   角川書店     2003

照屋華子著『ロジカル・ライティング』東洋経済新報社       2006

福田・豊田著『仕事が早くなる文章作法』日経BP社       2014

 

 科学・工業英語の書き方を学ぶことにより,日本語で文章を論理的に記述する手法が見えてくる。下手な文章読本を読むくらいなら上記の書で英語を勉強したほうが,よほど日本語力が身につく。外国語を学ぶとは、自国語を学ぶこと。他国の言葉で、自国語を考えると、自国語が良く理解できる。一か国しか話せないのは、語学力が低いと言える。二か国語が話せるのは、バイリンガルだが、一か国しか話せないのをアメリカンという。それほどに、米国人は自国語以外を勉強しない。それ故、現在の国としての横暴さがある。

 

ブラックユーモア

 最近の製造業の開発現場は不況・円高のせいで、コストダウン、経費削減、節約一辺倒であるつい最近、そのあおりで、研修でコストダウン、原価管理の教育を受けさせられる羽目になった。その時のコストダウンのテキストを読んで反面教師を認識した。その反面教師とは、そのテキストが後述の文章読本以上に分かりにくい文体で、経費削減、コスト削減の思想、手法を記述していたこと。これではコストダウン以前にその本を理解するのに、余分のコストが必要とされるブラックユーモアであった。こういう類の本こそ、簡潔明瞭な、コスト意識に目覚めた文体が要求される。文章は金なりを認識した。(この項1995年記)

 

 上記の文を記述して20年が経ったが、日本経済の状況が変わっていない。政府と経済学者の無能さを証明している。経済学者は「失われた20年」と受動形の無責任な表現をして、だれの責任なのかを追及しない。追及されては困るので、「失われた20年」という表現で国民を煙に巻いている。経済学者の言うことが正しければ、経済学者は全員大金持ちになるはずだ。現実は、訳の分からない理論を文芸作品のように、わかる話をわざと芸術的に難しく書いて、著者が悦に入っている経済書が多い。テクニカル・ライティングのお作法からすれば、零点の書である。象牙の塔の大学の経済学者の書く経済書は、信用がおけない。その陰で、欧米からのグローバル経済主義企業の圧力で、ますます企業は追い詰められて、自分で自分の首を絞めている感がある。経済問題で追い詰められて自殺者する人が、連続14年間3万人越えであった。ここ5年程でやっと3万人の壁を切ってきた。 (2017年7月2日記)

 

次回「『文章読本』が日本を殺す(2/2)」で76冊の文章読本の紹介をします。

 

 

図1 過去の景気回復との違い (日本経済新聞2017年6月25日)

なぜ個人消費が伸びないかは、(新聞社の経済部の)企業秘密?で公表されない。

 

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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