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2021年3月 8日 (月)

馬場恵峰書による洗脳でお目覚め

 

 毎日、同じことを見て聞けば、自ずとその言葉に洗脳されて、それに染まっていく。それで己の固定観念が形成される。

 洗脳手法を悪用したのがオウム真理教の教祖麻原である。信徒は麻原から洗脳され、結果として絞首台に上る羽目になった。

 先日も福岡市で「ママ友が洗脳して五歳児を餓死させた事件」が起きてしまうのが哀しい現実である。

 しかし良き洗脳教育なら、良き考え方が身に付き、行動も前向きになり、結果として人生の極楽浄土に登れる。

 私の寝室の壁には、馬場恵峰書「道」を掛けている。眠る時と目が覚める時に、それが嫌でも目に入る。

 毎朝、目覚めたとき、「希望を持ちあせらず、千里の道も一歩から」を見て、今日も頑張ろうという気になって起床する。目標を明確にして進む気になる。

 寝るときは、今日もよく頑張った、今日はその一歩を歩めた、と満足する。その順序は誤っていなかったかと一日の行動を反省して、眠りにつく。これは成功へのアルファメーションである。私の心の中では、まだ馬場恵峰先生は生きている。

Dsc002341s  馬場恵峰書   2013年

2021-03-08 久志能幾研究所通信 1942 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年3月 7日 (日)

次期大垣市長に望むこと。反面教師として自省する

 

市民憲法

 まず大垣の市民憲法を作り直して欲しい。市民憲章は、会社で言えば、経営理念である。

 今の大垣市民憲法は、小川敏のお遊び作文である。だから政治が出鱈目になった。

 

目標

 正しい憲法・理念ができたら、それに沿って政策を決め、目標を決めて動いて欲しい。それがビジョンであり、志である。そのためにPDCAを回してしい。

 

PDCA

 立案した政策に対してPDCAを回して欲しい。

 小川敏市政が失敗したのは、政策に対してPDCAを回していなかったためだ。実行しても、その反省もなくやりっぱなしであった。旧日本軍のように、同じ間違いを何度も何年も繰り返したから、大垣は没落した。公示地価がこの20年間で、半分以下に暴落した。大垣市民の財産が半分以下になったのだ。

 小川敏の実行した大垣市中心市街地活性化計画も失敗、元気ハツラツ市行事も失敗、郭町再開発計画も失敗、教育も失敗、芸術文化育成も失敗、危機管理も失敗で、すべてはPDCAを回していなかったためだ。

 

5S(整理整頓清潔清掃)

 大垣市長として、大垣市の5Sを徹底して欲しい。

 現在の大垣市は、市庁舎だけは豪華になったが、市内のトイレは日本一汚い状態となっている。清掃費を節約(ケチった)したためである。だから大垣市は没落して、トヨタは繁栄した。

 

治水

 昔から治水こそ、世を治める政治家の最大の仕事である。水害の多い大垣市を治水して欲しい。治水のできていない大垣市を整備することが、新市長の仕事である。

 治水が出来ていない土地から人民は去っていく。2017年の台風18号の襲来で、小川敏の治水政策の怠慢が露見した。治水は日頃、地道な取り組みをしないといけない。取り組みをしなくても、台風や大雨が来なければ、それが露見しない恐ろしさがある。天はその怠慢を見逃さない。

 

人を植える

 政治家の最大の仕事は、未来を創る人材の育成である。人材育成に資源を振り向けて欲しい。

 小川敏は、こともあろうにそれを放棄して、その財源を自分達の給与に振り向けた。大垣市の児童生徒一人当たりの教育費が県下最低となった。大垣市の職員の給与は県下一の高さになった。

 

危機管理

 高度な技術が発達した現代は、最大の意識で危機管理をしないと市民の命が危ない。危機管理室は、市長直轄の組織として運営して欲しい。

 現状は、組織図上で、危機管理室は鶴見の火葬場の下に置かれている。それで小川敏の意識が分かる。小川敏は世間体で、名前だけを「危機管理室」にしただけで、組織の中身は全く変わっていなかった。

 

説明責任

 大垣市の長として、事故があればその説明責任を果たす市長であって欲しい。

 小川敏は、2017年の世界初のドローン墜落人身事故の責任に対して、ドローしてその説明責任を果たさなかった。

 小川敏は、2017年の室本町アンダーパスの水没事故の原因を説明しなかった。原因は排水ポンプの管理を怠慢したためである。連合自治会からその不備を追及されたが、その回答をいまだしていない。

 小川敏は、2021年、大垣市後援の大垣駅前商店街餅つき大会で、老人がのどの餅を詰まらせ死亡しても、その説明責任を果たさなかった。知らぬ存ぜぬで通している。

 

たかり・乞食行政を止める

 大垣市ほど寄付金に依存した年度予算計画はない。小川敏は、市民や企業に半強制的に寄付をさせて、それを岐阜新聞、中日新聞に売名として掲載させて、自分も売名に便乗する。

 大垣市は他市よりも(例えば、刈谷市よりも年間10万円も市民税が高い)税金が高い。行政の使用用途を精査して、市長として市民税を安くするべきだ。寄付を募って、裏で寄付集めに協力した団体に7%のキャシュバックをするなど、破廉恥である(小川敏が支部長の日本赤十字社の寄付金集めで)。

 

正直であれ、謙虚であれ

 市長の小川敏は、針小棒大に自己宣伝をし過ぎである。「大垣は子育て日本一を目指す」と言いながら、児童生徒一人当たりの教育費が県下最低なのだ。なにが子育て日本一なのだ。2018年までは子供たちが、学校のエアコン設備率が県下最低で、泣いていた。わずか2.1%の設備率であった。市民として恥ずかしい。

 

大垣市長を反面教師として、自分を考える

 自分は、人生有限会社の長として、志はあるだろうか

 自分は、人生の経営理念(生きる指針)があるだろうか

 自分は、人生の戒律をもっているだろうか

 自分は、人生の目標があるだろうか

 自分は、その目標に対してPDCAを回しているだろか

 自分は、5Sを徹底しているだろうか

 自分は、治水(欲望に対する抑え)をしているだろうか

  自分は、肥満になっていないだろうか

  自分は、名誉欲、利権、食欲に溺れてはいないだろうか

 自分は、自分に投資(教育)をしているだろうか

 自分は、人生に対して危機管理をしているだろうか

 自分は、説明責任を果たしているだろうか

 自分は、正直で謙虚だろうか

 

Dsc098631s  馬場恵峰書   2019年

2021-03-07 久志能幾研究所通信 1941 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年3月 5日 (金)

つまらない人生とは

 

つまらないを務めるのが自分。

それを、つめないから、つまらない人生となる。

     2013年5月9日 知己塾 馬場恵峰師談

 

 朝起きて、会社の平凡な仕事を非凡にこなす。

 当たり前を当たり前にこなすのを精進という。

 つまらないと思う仕事を、雑にするから雑用の人生となる。

 どんなつまらないことにも、それを極めれば達人になれる。

 神は細部に宿る。

 石の上に3年で達人、30年で偉大、50年なら神業。

 どんなことも1万時間(3年)やれば、プロになれる。

 千日(3年)を鍛、万日(30年)を錬として、鍛錬が修行である。

 当たり前のことを当たり前に継続しないから、中途半端な人生で終わる。

 己は何人の三日坊主を殺したことか。坊主殺しは罪が重い。

 お坊様は、葬式の時、あの世への案内をしてくれる導師である。大事にしよう。

Img_4213s  馬場恵峰書

2021-03-05 久志能幾研究所通信 1939 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年3月 4日 (木)

未知なる道を歩む (磨墨智151-2) 

Photo

 2010年頃の自宅で

 

 2000年頃、東山魁夷展(神戸市美術館)で入手した上図「道」のポスターは、気に入っていてずっと部屋に飾っていた。ご縁があり2011年に、この絵のリトグラフ(1,000部中の一つ)が、バーゲンセールで激安で手に入った。リトグラフと言っても当時は定価80万円もして、私には手が出なかった。中古でもなかなか市場に出回らない作品であった。しかし長い間、欲しいと思い続けていると不思議と向こうからやって来る縁が生じるようだ。

 思いが通じて、2016年には、青森の現地を訪ねることも実現した。

 

人生の岐路

 道にはまっすぐな道、曲がりくねった道、二股に分かれた道がある。どの道を通るかは、その人の選択である。

 道を歩いていると、回りには魅力的な風景が目に入り、わき道に逸れがちだ。この東山魁夷の「道」では、回りの風光明媚な風景を消し去り、己の歩く道だけを幻想的に浮かび上がらせている。

 人生は余りに多くの魅力的な道が目の前に出現する。その中から、狭き道を選んで歩むのが御正道である。広い道を選ぶから、迷いが多くなる。ただ己の信ずる道を歩めばよいのだ。その歩いた跡が道になる。誰にも真似できない道である。

開発、創造、人財育成を思う時、東山魁夷画伯の「道」が思い浮かぶ。

 

道の誕生

 この絵は敗戦後の混乱の続く昭和25年に描かれ、日展に出展され、特選となり、当時の日本人に勇気を与えた。この絵から人生が見える。

どんな技術開発でも、人生の歩みでも、やってみなければ分からない。それを惑わす周りの状況も出現する。あそこまで登ればと、やっとの思いで目標地に達すると、その上に道は更に続いている。時には断絶した道も出現して,跳ばねばならない場面もある。まさに技術開発の姿、人の人生を象徴している。

 

道の語源

 象形文字の「道」の語源は、古代中国人が生「首」をぶら下げて、「十字路(しんにゅう)」を恐る恐る歩いてできた跡が道である。古代中国では、街の城壁の外は魑魅魍魎の住む怖しい世界であった。それで城壁の外に行くときは、異国人の捕虜の首を切り、その生首を魔除けとしてぶら下げて歩いた。

 現代人が、新しいことに挑戦する時と、同じである。新しい道は、自分の人生の首をぶら下げて開拓しよう。

 

皮肉な現実

 日本のお役所で、新しいプロジェクトを行う場合、エリートから外れた人が責任者になるケースが多い。それは失敗した場合、心置きなく首を飛ばせるからだ。役所の上層部は、将来を担う大事なエリートを、そんな危険な新しいプロジェクトには回さない。そんな事なかれ主義の役人根性が蔓延しているから、日本の社会が停滞している。

 大垣市の小川敏に率いられた大垣役人軍団は、この20年間、なにも挑戦しなかったから、没落の一途であった。エリートと呼ばれる人間は、失敗をすると経歴に傷がつくのを恐れて、新しい道には絶対踏み入れないし、冒険も絶対にしない。

 東大出ではない福岡市の高島市長は、新しいことに次々と挑戦したから、福岡市は全国一の経済成長率を達成した。大垣の小川市政と大違いである。

4k8a93791s  馬場恵峰書 2017年

2021-03-04 久志能幾研究所通信 1938 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年3月 2日 (火)

写経専用室の新設を計画中

 

 自宅に写経専用室を作ろうと決断した。馬場恵峰先生の49日の法要に参列し、その帰路に思いついた。G線上のアリア(環境)での発想である。馬場恵峰先生は生前、1万五千字以上の写経をされた。

 

写経室の新設を決断

 経典とは人間の生き方の指針を示してくれる言葉が溢れている。しかし人間の脳は、忘れることができる仕組みになっている。いくら大事なことを覚えても、何時かは忘れてしまう。だから繰り返し、目で見て思い出す必要がある。そのため、経典を10遍読むより、1回写経をすればよく頭に入る。

 静かな清楚な部屋で、写経をして人生に思いを馳せれば、残された時間を有意に考えることが出来ると思い、写経室を作る決断をした。(もう残された時間は38年しかないのだ??)

 またその部屋で書道の勉強もできる。今まで書道の勉強をしようとは思っていたが、なかなかできなかった。恵峰先生が亡くなられて、遅かりしだが、恵峰先生のお手本は沢山あるので、自習を始める決断をした。

 

写経の目的

 恵峰先生は、写経の目的はご先祖の供養で、写経が一番の供養だと言われた。ご先祖にあの世で仏道に精進してくださいと書くのが写経である。佛になるための指針がお経に書かれている。

 何時かは己も寂滅してご先祖になる身である。今回、馬場恵峰先師の導師である鏡圓寺の和尚さんがお経の意味を解説された。それを聞いて、まず自分がこの世で佛になる修行を積まねばならぬと悟った。その指針が経典に書かれている。だから写経するのは、自分のためでもある。

 人は佛のような純真な心の赤子で生まれ、俗世間の荒波を受け、汚れた心になって還暦を迎える。その汚れた心を写経で洗い流し、あの世に旅立つ。生老病死が人間の一生である。

 

写経専用室の準備

 2021年3月2日、山路先生に相談したら、よいトチの板があるとのことで見せてもらった。それで写経机を作ることを決めた。机の完成は2週間後である。それが搬入されれば、写経専用室の完成である。

P1140428s  

2021-03-02 久志能幾研究所通信 1936 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年3月 1日 (月)

「夢・目標ファイル」を新設

 

 今まで、手帳やファイルに年度の夢や目標値を書き、作成して、それをファイルして時々眺めていた。今回、馬場恵峰先生の49日法要に参加した折、電車の内、「G線上のアリア」式で、新しい目標管理方法を思いついた。

 今までの年度の夢や目標を作ってファイルしただけでは、たまにしか目にしないことが多々あった。それで、年度目標値のファイルを時々眺めるのではなく、毎日、夢・目標を紙に書いて、それを毎日、ファイルすることを思いついた。その夢や目標値を毎日、新しい紙に書けば、毎日、それが頭に叩き込まれると悟ったからだ。

 

洗脳教育

 人は、人生で一番多く見聞したことに影響(洗脳)される。子共が親の影響を受けるのは、毎日、親の言動の影響を受けているからだ。それが固定観念として脳に植え付けられる。

 また見るよりも聞いた方が、脳には影響が大きい。10回聞くよりも自分で紙に1回書いた方がより頭に入る。 

 

新方式

 2021年2月26日より、夢・目標値を毎日、紙の書くことを始めた。その用紙をファイルするようにした。これはきっと故馬場恵峰先生からの啓示だと思う。馬場恵峰先生は、今まで1万5千文字以上の写経をされた。そのお経の教えを書くことで、経典の教えが体に染みついていたと推定される。

 毎日、夢・目標値を毎日、紙の書いていると、それが本当に自分のやりたいことなのかを、毎日、自分で自分に問いかけることになる。だから、毎日書いていると、少しずつその表現が変わっていった。

 今まで夢と思ったことは、単なる手段の目標値であったことが判明して愕然ともした。

 それで「夢・目標」「夢・目標を達成するための能力の成長目標値」に分けた。今まで、目標と思ったことは、手段であった事項もあった。

本当にやりたいことは何ですか? である。

 

目標と手段の混同

 例えば、1億円稼ぐとの目標では、それは手段の目標値で、その金で何をしたいのかである。「1億円稼ぐ」とは、手段の目標値で、真の目標値ではない。

 要は手段として「一億円を稼ぐ経営能力を作る」「一億円が集まってくる人徳を養う」という手段目標をたてればよい。

 別の例えでは、「東大に入るのが目的」とした誤りと同じである。東大に入って何を学びたいのか、それが曖昧だから、東大に入っても、それで目標達成だから、真の学問ができず、ロクでもない人物が生まれる。

 

目標の立て方

 目標を立てるなら「東大の●●教授の下で物理学を学ぶ」という風に具体的にすべきだ。そのために「学力を偏差値●●にする」という手段目標値を立てるべきなのだ。それが出来れば、そのためにやることは何かと具体的手段を考えればよい。

P10504321s  馬場恵峰書  2017年

2021-03-01 久志能幾研究所通信 1935 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年2月16日 (火)

「死を経営する」 滅望のための死の準備 

 

 死ぬ前に、あれもやりたかった、これもやりたかったのにと、本当の願望を滅するために(滅望)、還暦を過ぎたら死の準備をしよう。死を前に絶望するには相応の準備が必要だ。死は人生最大の行事である。そのうち手が震え、頭がボケてきて、その準備ができなくなる。今からでも遅くない。頭と手足が動くうちに死の準備をしよう。死の準備をするとは、生を全うすること。最大限に生きること。準備不足の後悔の中で死にたくはない。死のプロジェクトを経営して世に貢献して死にたい。

 生は偶然だが、死は必然である。私が65歳の時、中学の同窓生の2割が他界していた。

 

死を経営しよう

 死にあたり、持てる資源を最大限活用して、逝こう。持てる資源を死蔵したまま死んでは、その資源が可哀そうだ。その資源にも魂が籠っている。

 経営とは持てる資源を最大限に活用して、世のために働くこと。自分の持てる資源を使い切って死のう。それが人生の経営であり、死を経営することだ。

 サムソンの総帥のように、72歳に倒れ、6年間も意識不明となり、数兆円の財産を残して死んでも、人生の経営がうまくいったとは言えまい。

 自分の死から産む付加価値を考えよう。そうすれば死が有意義になる。そうすればおちおち、死んでなんかいられなくなる?

 自分のためだけの金儲けは経営ではない。それは拝金主義者の餓鬼の行動。

 地位名誉に長年縛られていて、それが解放された途端に死んでは、何のために生きたのか。それは地位名誉の奴隷である。

 

死の戦略を立てよう

 人生とは限られた時間だ。あれもやりたい、これもやりたいでは時間が足りない。「何をやらないか(略)」を明確にしよう。それがないから、人生最後で後悔をする。死は突然やってくる。その時は従容として死のう。死ぬ時は死ぬのが世のためだ。それを寝たきりで生き永らえるから家族を不幸にする。

 

成仏しよう

 死ぬことが成仏ではない。此の世で佛になることが成仏である。多くの人はそれが出来ないから、死んで成仏する。できれば生前に成仏してから、旅立とう。だからその修行が大変なのだ。佛のようになれないから、なかなか死ぬわけにいかない。

 

いい人を止めよう

 あるがままに生きよう。恰好を付けるから疲れる。

 

戒名

 私は癌を患い覚悟をして2年前に戒名を導師から授かった。

 葬式の時に付ける戒名は、応急処置である。本来、生前に導師と相談して授かるのが正規である。私はその戒名を墓誌に彫り朱を塗った。準備万端である。

 戒名とは戒めの名前である。本名は、両親がこうあって欲しいと名付けたが、実際はそうでない生き方をしてしまった。あの世で、此の世では実現できなかった己の生きざまを目標として名付けたのが戒名である。生前から、あの世での生きざまを背負って生きて行けば、あの世の事前練習ができて、実際にあの世に行った時に楽である。

 

お墓

 人並みにお墓くらい準備をしよう。ハカない人生ではつまらない。墓がないと親戚から笑われる。

 自家のお墓は、耐震構造とした。デザインにもこだわってすっきりした形状にした。メンテナンスフリーで雑草が生えないようにもした。後の人のことを思ってのこと。

 

遺言

 癌の手術前に、遺品の遺言状も作成した。

 大事なものさえ押さえれば、後は野となれ山となれである。

 

遺品の整理

 人生は山を登るようにモノを集める。山を下るときは、少しづつ荷物を降ろしていこう。モノを持ち過ぎていると、着陸時に衝撃が大きい。

 

会いたい人にお別れを

 自分よりも相手の命がいつまでもあるわけではない。便りがないと思っていたら、新型コロナで死んでいたとう話が多い。

 新型コロナで外出を控えていたら、馬場三根子先生も馬場恵峰先生も亡くなられてしまった。

 その人はソウルメートかどうか、自問しよう。それで人間関係の真偽が見える。新型コロナと私の癌で、真の知人かどうかが識別された。

 

行けるときに行きたい場所に行く

 新型コロナで、行きたい海外も行けなくなった。良い時にウィーンに行って良かった。今ではとても行ける状態ではない。

 

立派に死ぬために、直前まで健康でありたい

 そのためにオダ佛教健康読本の執筆が忙しい。

 最後の1か月程は致し方ないが、それまでは健康で現役で頑張りたい。

 そのお手本が馬場恵峰先生であった。

 

やりたいことはやってしまう、買えるものは買おう

 やれなかったのではない。やらなかっただけ。やりたいことをやれば、それでツキモノが落ちる。

 私も前から欲しかったレクサスを買って、ツキモノが落ちた。買ってみれば、ああこんなものか、今までの憧れは何だったんだ、という気になった。

 そのうち金があっても買えなくなる。

 

美味しいものは食べておく

 そのうち病気になり、食べたいものも食べられなくなる。

 私も癌の手術をしてからたべられなくなった。

 

幸福度を最高に上げておく

 欲望が大きすぎると、幸福度が上がらない。

延命治療拒否を文書にしておく

 植物人間で生き永らえても、社会に迷惑をかける。

 

縁なき衆生とは縁を切っておく

 財産がある衆生に限って、生きざまが汚い。早めに縁を切ろう。

 

豊かな気持ちで逝けるように、身の回りは整理整頓

 不要なモノを整理して、良いものに囲まれ幸せになろう。

 

人生の最終チェックをするため、年に一度は山にこもる

 山ごもりはホテルでもよい。頭の整理ができる。

 人生をまとめる必要はない。整理すれば、自ずと答えが出る。

 何ごとも最終確認は必要だ。何が死の準備で未完は何かを確認しよう。

 

できるなら、自分が生きた証を残しておこう

 私は本の出版とブログの掲載である。

 ブロブも私が死んだらそのアカウントが消えるので、出版を計画している。

 

あの世で会う人を計画しよう。

 死が楽しく、怖くなくなる。あの世でならアインシュタインにも会えるだろう。松下幸之助さんにも会えるだろう。で、何を話すのか、今から計画しよう。その想定対談集を死ぬまでに書こう。

039a34431s  馬場恵峰書

2021-02-16   久志能幾研究所通信 1923 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年2月 3日 (水)

前後裁断  (磨墨知122)

 

「過ぎ去れることを追うなかれ。今だ来たらずを思うなかれ。過去は既に捨てられたり。未来そは、到らざるなり。されば、ただ今あるところのものをその所に於いて観察すべし。ただ今、正になすべきことをなせ」 平家物語

 

 「いま」、「ここ」に全力で生きると時間が輝く。昨日は二度と帰らぬ過去のこと。明日は遠~い未来のこと。明日があると誰が保証するのか。今は新型コロナに襲われるやも知れぬ末世だ。今こそが、勝負の時だ。「いつか」、「今度に」などは、痴れ者の言葉。それは言い訳の言葉である。それが実現したためしがない。

 

 「今忙しいので、今度、時間が出来たら、書道を教えてもらいに来ます」「いつか先生の書道教室に参加します」と恵峰先生の知人がいつも言っていた。忙しい忙しいと言いながら、その人の車が、パチンコ店の前に停まっていたのを恵峰先生はたびたび目にした。いつしか、その人の家に忌中の札が貼られた。とは、恵峰先生の講義でのお話しであった。

 

前後裁断

 あれほど元気であった恵峰先生も、わずか一ヶ月ほどで、病状が急変して、この正月に逝去された。九州からの連絡で、胸騒ぎを覚えて、このコロナ禍の中、2020年11月と12月に1泊2日で4回、九州に飛び、恵峰先生宅に最後の面会に行った。

 8回お見舞いをしても、恵峰先生とまともな会話ができたのはわずか2回であった。遠方から恵峰先生の見舞いに来た仲間も多くいたが、先生の意識がなく、先生と会話もできず帰った仲間も多い。

 それに比べれば私は幸せだ。前後裁断、意を決して、九州に飛んでよかったと思う。そうでなければ、一生の悔いが残った。今しかなかったのだ。

 新型コロナ禍の中、感染の危険を避けるため、全てグリーン車を使い、何処にも寄らなかった。新型コロナの影響で、グリーン車はほぼ貸し切り状態で、乗客2,3人である。旅費、宿泊費の総額費用は膨大になった。

 そんなことを言っている場合ではない。私は、そのために日頃の節約をしている。お金を使う時に使わないから、人生の価値が棄損する。

 何時お金を使うのか、「今」でしょう。歳月人を待たず。「ただいま、正になすべきことをなせ」である。

P10609341s

 馬場恵峰書  2017年

 

2021-02-03   久志能幾研究所通信 1909  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年2月 2日 (火)

新型コロナ禍の真因は、上に立つ者の劣化

人間を人間たらしめる要素  

 

本質的要素と付属的要素がある。

 本質的要素  徳性  明るさ、清さ、人を愛する、尽くす、

                                 恩に報いる、誠実、正直、勤勉

 付属的要素  徳性の発露を助ける要素

            知識、知能、技能、(地位、権力)

 

   安岡正篤著『人物を修める』より

       

 身近なリーダを上記の視線で眺めてみよう。有名大学出だからと言って、多選を継続しているからと言って、偉いわけではない。政府高官だから、権力を持っているからと言って、偉いわけではない。それは人間の本質的要素のおまけなのだ。現在は、その政府高官たちに、人間的の本質要素が劣化しているのが、日本の衰退の原因である。だから高級官僚が、日本国民の為に働いていないのだ。日本の姿は、トップの特性で決まる。

 政府高官の地位を悪用して、自分へ利益を誘導したら、汚職である。過去の疫病の蔓延の原因は、多くの人の勝手気ままな無制限移動で、疫病のウィルスが広い地域に拡散してパンデミック(感染爆発)が起きたことによる。それが冷酷な歴史の教えである。ペスト、コレラ、スペイン風邪、サーズ、インフルエンザ等、全て歴史が教える事実である。それを日本政府高官は、歴史を学ばず、目先の利権に惑わされて、対処療法でお茶を濁している。いつから日本はこんな情けない国になったのか。

 

政府の反防疫体制の愚

 日本政府のGo to キャンペーンは、この無制限な移動での疫病拡大に該当する。菅政権は、税金を使って新型コロナの感染を全国に広め、税金でそれの後始末をしている。Go to トラベル(トラブル?)は、二階幹事長の利権事業である。彼は全国旅行協会のドンである。コロナを広め、特定の業者だけが潤う政策ばかりでは、日本沈没である。

 真っ先にやるべきは危機管理体制の整備である。合理的な対応である。最初のクルーズ船の対応とか、新型コロナの疫病ランク指定解除とか、マスク生産にしろ、病院のICU の整備にしても政府の対応はお粗末に尽きる。医師会の利権に負けるようでは、首相として指導力落第である。

 

対処療法ではなく、根本対策を

 やるべきは公平な支援となる減税である。当たり前の防疫体制の確立である。罹った人を治療する体制ではなく、新型コロナに罹患しない体制の整備である。国民の免疫力向上の啓蒙活動が必要だ。また新型コロナより深刻な病気への対応である。新型コロナに踊らされて、もっと重要な病気のことが隅に追いやられている。

 今の政府は、官僚の縄張り意識に阻害されて、新型コロナが蔓延する体制となっている。財務省で新型コロナ増税さえ検討されているのでは、絶句である。

 先に行われた福岡市会議員選挙で6人の自民党議員の落選が、国民の声を代弁している。

 

2021-02-02   久志能幾研究所通信 1908  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年1月26日 (火)

調和=弱肉強食(コロナの考察)  磨墨知452

 

 滅びゆくものを無理に「保護」しない。保護する時間と金が無駄である。その保護するエネルギーがその種全体を弱くする。

 弱者の滅びは、自然界が調和している証しで、自然界の原理原則である。弱いものを保護するとますます弱くなる。滅びるものが滅びず、全てが栄えるとはすべての種が絶滅する事。一種だけ繁栄しすぎるのは生態系が崩れて全てが滅ぶのだ。その場合の保護は見せ掛けの援助となる。宇宙全体の時間経過に逆行する。

 

免疫力低下での死亡

 新型コロナで死ぬのは年間3,414人(2020年)癌では373,584人 (2018年)、脳梗塞で62,122人 (2017年)誤嚥性肺炎で約40,000人、心筋梗塞で37,222人(2018年)糖尿病で13,969人(2017年)、インフルエンザで毎年約10,000人、である。全て自然の摂理に反した狂った生活、狂った食生活を送ってきて、体の免疫力が低下して病魔に負けたのが原因である。

 新型コロナで死亡する多くが、免疫力の低下した疾患持ちの人達であるが、新型コロナだけでなく、他の病気でもそれは同じである。新型コロナで死ぬより、他の病気で死ぬ人が多い。

 癌でも、癌そのものが原因で死ぬわけではない。癌で免疫力が低下して、肺炎等で死ぬのが大半である。

 だから癌を罹患した私は、自分の免疫力向上に力を注いでいる。死んでもいいから、免疫力向上である。それこそが健康管理である。

 マスコミが新型コロナの恐怖を煽り過ぎるにはワケがある。他の病気(生活習慣病)の死因が、マスコミの大スポンサーの提供する食品の取り過ぎが原因であるので、それから目を逸らすためとしか思えない。例えば、酒、煙草、砂糖、食用油、添加物防腐剤が大量に入ったスィーツ・菓子・食品類である。

 病原菌も他の生物を攻撃して生きるのが自然の営みである。病気で死ぬのは、免疫力を低下させる「美味しい」食品を多く取ったためである。美味しいものには毒がある。

 

非武装中立の愚

 自然界の冷酷な掟で、無防備な生命体は他の攻撃を受けて死ぬ。アフリカのサバンナに生息する弱い動物は、その嗅覚、聴覚、視覚を最大限にして身を守っている。その注意を怠った動物がライオンに食われている。

 非武装中立をほざいた社会党の党員が、家の戸締りをせず寝ていたとは聞いたことがない。平和な日本でも、戸締りを忘れれば、泥棒に入られる。

 ネットの世界でも、PCのウイルス対策、詐欺防止をしていないと、詐欺に引っかかる。

 中国共産党は尖閣諸島、沖縄を虎視眈々と狙っている。中国共産党は尖閣諸島に年間1000回もの領空侵犯、領海侵犯を繰り返している。その対策が、自衛隊のスクランブル出撃である。その度ごとの自衛隊機スクランブル出撃でのガソリン代だけで、年間100億円である。そのガソリン代は全て税金である。なんでそんな国のドンを国賓として招かねばならぬのか。それを推進する二階俊博は売国奴である。

 永世中立国のスイスの軍隊は半端ではない。国民は全て徴兵制で一度は軍隊に入る。だから永世中立国を守ることが出来る。

 国を守る軍隊を持たなかったチベットは、1948年、中共共産党の軍隊に蹂躙されて、120万人が殺され(人口の2割)、国が滅んだ。日本に換算すれば、2000万人が殺されたと同じである。

 1952年、韓国は日本に軍隊がないスキを狙って、日本領土の竹島を占領した。日本に自衛隊が発足したのは、1954年である。国を守る軍隊がないとどうなるかを、竹島が強奪されたことで証明される。

 かの英国は、19世紀にアジアアフリカの諸国が、無防備をよいことに、武力にて、植民地として国を盗んだ。それで日の沈むことのない大英帝国を作り上げた。要は泥棒大帝国である。今の新型コロナよりも質が悪いウイルス国家であった。そのため、植民地にされたインドでは、イギリスによる過酷な植民地統治時代に頻発した飢饉の死者数は、推計で5000万人を越える。新型コロナでの死者数どころではない。

 

健全な生活に強靭な免疫力が宿る

 健康な人が持っているのが、自衛隊に相当する体の免疫力である。芸能人たちは、札束を切って豪遊し、その免疫体制を弱めていた。金に任せて大酒は飲む、タバコは吸う、夜更かしはする、結果は睡眠不足。飽食いっぱいで肥満体。そうして免疫力が低下した体は、新型コロナウイルスの攻撃を受けてひとたまりもなかった。冷たい言い方だが、親から授かった体を大事にしなかった自業自得である。

 健全な生活を送っている健康な人は、新型コロナに罹っても重症化はしない。現代人がかかる病気の大部分は、人間が、人間も動物で、一つの生物であることを忘れて、やりたい放題で体を傷める生活をしたのが原因だ。だから疫病の蔓延は、自然界が自惚れた人間に鉄槌を下した現象である。応力は弱いところに集中する。機械力学の根本原理である。

トヨタ経営の鉄則「自分の城は自分で守れ。」

 

2021-01-26 久志能幾研究所通信 1901  小田泰仙

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