h-家を建てる Feed

2021年11月11日 (木)

住宅メーカ選択 雇用と品質

 

 新しい家を建てるため、住宅メーカを調査している。候補の会社は7社に絞り込んだ。その候補会社の一つのI社を候補から外した。理由は日本の雇用の問題と品質問題である。

 

雇用問題

 I社はフィリピン工場で建築部材を生産して、日本に持ち込んでいる。その点を問題と見て、I社を候補会社から外した。海外に日本輸出用の工場を建てるとは、日本の雇用が無くなるのだ。日本経済を苦しめる経営方針の会社で、家は建てたくない。

 

 海外生産の原則は、現地で消費するモノを現地の労働者を使って生産する、である。しかし労働力が安いという理由で、海外で生産して、その生産品を日本に持ち込むのは、問題である。

 I社の年間売上高は約4670億円である。材料費をその約3割と仮定すると、約1400億円の生産である。従業員の年収を500万円と仮定すると、会社として、人件費は一人当たり1千万円(管理費を含める)が必要となる。それで計算すると、日本で年間14,000人の雇用が失われている。こんな企業がのさばるから、日本の景気が回復せず、給与が上がらない。

 4670億円×0.3÷0.1億円=14,000人

 

 自動車部品メーカでも、海外に工場を作るが、それは現地で消費するために生産するためである。それで現地の雇用を増やすので、双方に利益がある。

 しかしI社のように現地で生産して、それを日本に輸出するとは、現地人の雇用は生み出せるが、その分の日本の雇用が無くなる。安い建築部材が、日本で生産している日本のメーカを苦しめる。

 

品質問題

 I社のフィリッピン工場で過去3回の火事を起こしている。火事とは工場経営の落第である。工場の5S(整理整頓清潔清掃)が出来ていないのだ。それがその工場での生産品の品質の全てを表している。私はそんな工場で生産された部材の家を建てたくない。

 安易な安い製品の輸入品の選択が、回り回って自分達の生活を貧乏にしている。もっと自国製品を使おう。

 

 2021-11-10  久志能幾研究所通信 2204  小田泰仙

「久志能」 で検索

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年11月 7日 (日)

環境問題と人権問題で、太陽光発電設備を拒否

 

 私は新しい家に太陽光発電装置は付ける予定はない。その理由は。今の太陽光発電システムが環境破壊装置となり、少しも環境に優しくないからだ。

 

環境破壊の犯罪

 現在の太陽光発電システムのパネル生産の世界的シェアは、80%が中国製である。そうなった原因は、環境問題に真面目に対処して生産すると、コスト的に中国製に勝てないので、先進国では採算が合わず、生産できないためである。中国では、環境を破壊して、公害を垂れ流しても生産できるので、採算があう。日本企業が他の業種で中国に大挙して進出したのは、この公害の規制が緩いのが大きな要素である。

 中国はウイグル族の人権問題を抱えたまま生産を強行している。

 なぜ太陽光発電パネル生産世界一の中国で電力不足、停電騒ぎが起こっているのか。聞けば、電気自動車の充電のため、石炭を燃やして発電していると言うではないか。本末転倒である。

 

敵に塩

 今では、太陽光パネルが中国の戦略物質となっている。だから敵に塩を送る必要はあるまい。太陽光発電を推進するとは、中国の覇権が膨張し、小泉ファミリーや河野ファミリーが儲かるだけだ。

 中国の脱炭素問題で、太陽光発電推進に推進している政治家は信用できない。だれがそれを推進して暴利を貪っているか、目を見開いて探そう。

 

日本の環境破壊

 日本のように狭い国土で、山林を切り開いて太陽光発電所を造らねばならないのでは、無理がある。それは環境破壊犯罪である。先日の熱海市土砂崩れ事故で、それが明らかになった。

 

公害物質

 太陽光発電パネルには水俣病・イタイイタイ病の原因となったカドニウム等の公害物質が含まれている。先進国では、生産時にその対策費が膨大となるので、低コストでは生産が出来ない。また今後、10年後に廃棄する場合に廃棄問題が顕著化する。無料では廃棄パネルを処理できない。今後は、高額の廃棄費用が施行主にのしかかってくる。

 

反自然現象

 太陽光発電システムは、自然の変化に影響されるので、安定的に使うには、蓄電池の設置が必要となる。その分だけコストがかかり無駄である。

 太陽光発電に国から補助金が出るが、補助金を出すこと自体がおかしい。不自然である。太陽光発電装置を持っていない人から税金を取って、補填している。それが続くはずがない。

 

地震対策

 太陽光パネルは屋根の上に設置するので、重い材料が天井に乗りかかることになる。地震対策上で不利である。

 私の家では、築50年の日本式家屋の屋根を、地震対策で、土ぶきの瓦を、土なしの瓦ぶきに改築した。それと同じ重さの太陽光パネルを載せるなど、狂気の沙汰である。

 

感電対策

 また万が一火事になっても、太陽光パネルは発電が止まらないので、消防士の感電死の危険性が出てくる。アスクル工場の火事が1週間も鎮火しなかったのは、工場の屋根に太陽光パネルがあったためである。

 

近所迷惑

 また住宅地では太陽光パネルが鏡となって、その反射熱でご近所に迷惑をかける。

 どっかのバカが、住宅地に大規模な太陽光発電システムを設置して、その反射熱で夏の隣の住宅の室温が50度を超え、裁判沙汰になっているという。狭い日本の住宅環境では、太陽光発電システム設置は無理があるのだ。

 

装置の脆弱性

 太陽光発電パネルは、たとえ100枚あっても、そのうち1枚でも汚れたり、傷がつくと、全てのパネルの発電効率が同時に下がる。だからその維持管理が大変である。屋根の上では、簡単に維持管理ができない。

 

シンプル イズ ベスト

 家に太陽光発電装置を付ければ、家の構造が複雑になる。複雑になれば故障の原因である。

 

結論

 以上の理由で私の家新築計画では、太陽光発電は導入しない。以上を知っていて太陽光発電を勧める住宅メーカは、信用できない会社とみなすことにした。

 

2021-11-07  久志能幾研究所通信 2201  小田泰仙

「久志能」 で検索

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年11月 1日 (月)

人生200年、あの世500年、輪廻転生を信じて家作り

 

無神論者はテロリスト?

 欧米ビジネスマンと話すとき、自分は無神論者だと言っては、軽蔑される。下手をすればテロリストと間違えられる。文明人と野蛮人を分けるのが、宗教の有無だと彼らは信じている。実際に人間とサルを分けるのが、宗教があるかないかである。だからキリスト教徒の彼らから見れば、無神論者は狂人である。人間的にも信じてもらえない。彼らと話すときは、自信をもって自分は仏教徒だと言おう。

 無神論者でテロリストは家など作らない。教養ある知識人として、この世の中に付加価値を創る生産工場としての家を建てよう。家は人生を闘うための要塞である。人生航路を行く空母でもある。

 

人生200年

 此の世の人生は200年である。動に生きて100年、静でお墓の中で過ごして100年である。お骨は微生物が100年かけて分解してくれる。それでお骨は土に還る。人はそれで物理的にこの世から消える。お墓とは、骨を土に還す装置である。だからお墓とは、此の世の最後の家である。

 

 私は土に還るまでの100年間を、安らかに過ごすため、6年前に耐震も考えた構造のお墓にした。またメンテナンスフリーであるお墓にした。墓誌に戒名まで彫って、準備万端である。あとは死ぬだけ(?)だが、なかなか死ねなくて往生(?)している。そう簡単に死んでたまるかと、精進している。

 それゆえ、人生200年を俯瞰して、動の時間を良く生きるために、良い家を建てたい。良い家は、人生を豊かにしてくれる。今、次の家を建てる夢をいだいて計画をしている。

 

24時間換気システム

 現世の最新式の高気密高断熱の家は、24時間換気システムが法律で必須である。それに準じて建設したお墓の納骨室には、通気孔を儲けて、湿気を除く仕組みを取り入れた。これは石屋さんの家のお墓のアイデアを借用した。だからたまには、霊として暗い納骨室の通気口から抜け出し、娑婆に遊びに行けば(?)よいのだ。未練が残れば、化けて出ればよいのだ。

039a1494s

 納骨室の横の通気口

 

あの世の期間

 あの世の期間は500年である、と私は信じている。仏典では天の寿命は500年と言われている。天女も四天王も寿命は500年である。関ヶ原合戦場では、数十万人が戦いで亡くなったと言われる。その亡霊がこの500年間、さ迷っていて関ヶ原合戦場跡に度々出てきたそうだが、最近、それが全く出なくなったという。それから推察して、あの世の期間は500年と私は推定した。

 

 だから、日本の仏教の教えでは、どんな極道非道で地獄に落ちても、500年の「刑期」を勤めれば、輪廻転生で生まれ変わる。そこに日本の仏教は救いがある。キリスト教では、地獄に落ちると、永遠に地獄暮らしであり、救いがない。

 その後、輪廻転生で、何に生まれ変わるかは、現世の積善次第というのが仏教の教えのようだ。先人は賢い脅迫システムを作った。私も幼少の頃、祖母に連れられてお寺で地獄絵を見せられ、震え上がった。それで悪いことをしないと誓ったものだ。子供には効果抜群の教えである。

 

あの世が有りや無しや

 お釈迦様は、あの世が有るともないとも言われず、「ただ精進せよ」とだけ言い残されて寂滅された。あの世のことは、後世の弟子の作り話(?)である。私はその作り話を信じている。そう信じた方が、心安らかに生きていけると思う。誰もそれを証明できないなら、それを信じた方が、精神的に楽だと思う。それが人生の生き方を左右すると思う。

 神仏を信じない輩が、「死刑になりたい」と無差別殺人を起こす。今日(11月1日)も、狂人が京王線で死傷放火事件を起こし、ハロウィンの日が騒然となった。荒んだ事件の多発は、そういう幼児期の宗教教育が無くなったためだと思う。あの世が有ると信じて、善人として生きた方が、世のためだろう。嘘も方便である。あの世があるかどうかは、誰にも分らない。

 

70年後の世界

 おだ仏教の教えでは、33回忌で閻魔大王から、極楽に行くか、地獄に落ちるかの審判が下されるとしている。その時、私の守り佛の虚空蔵菩薩様が、私の弁護人となって、助けて頂けるそうだ。それが今から70年後(?)の審判である。いろんな説があり、それが17回忌という説もあるようだ。

 

 だから私は松本明慶先生に、虚空蔵菩薩像の製作をお願いした。毎日、虚空蔵菩薩に手を合わせると安らかな気持ちになる。荒んだ気持ちのまま、過ごしたくはない。守ってくれる仏さまを信じることは、精神衛生上で良いことだ。勇気もって生きていける。前向きの考えからは、前向きの人生が送れる。

4k8a04291s

 松本明慶大仏師作 虚空蔵菩薩

 

2021-11-01  久志能幾研究所通信 2196   小田泰仙

「久志能」 で検索

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年10月28日 (木)

家を愛しみ、家の柱に釘一本打たず

 

 私は今までに12回引っ越しをした。累計で10の家に住んだ。その間、故郷の生まれた家、育った家、大垣の父の勤めた会社の社宅、新築の社宅、父が新築した実家、寮、アパート、賃貸マンションに住んできた。

 しかし私は今だかって住んだ家で、釘一本打ったことがない。釘を打てば、家が痛かろう、悲しむだろうと思うからだ。家だって精霊が籠っていると思うからだ。家の身になって考えよう。家は人生で自分を支えてくれるかけがいのない存在なのだ。人生で自分を包み込んで守ってくれる存在なのだ。

 

 私は釘やフックやピクチャーレール等を壁に付ける場合は、プロの大工さんに作業をしてもらって、自分ではしないようにしている。

 あえて自分でする場合は、万力やクランプ等で板を柱に固定して、それに備品をねじ止めして、直接、家の柱にねじ止めしないようにしている。

 

 私は母の躾で、歩く時は畳の縁や敷居を踏まないようにしている。後年、それは茶道の作法であることを知った。母は若いころ、花道の師範であった。

 今、来客があり、その人が家の中を歩く時を観察すれば、敷居を踏むか踏まないかで、その人の育ちが分かる。

 

自分の体に釘を打つ

 大病を経験して気が付いたことは、家が自分の人生を温かく支えてくれる存在であるように、自分の体こそが、自分の人生を全力で支えてくれている存在なのだ、である。

 今にして思うのは、その大事な体に幾度となく釘を打っていたのではないかと反省している。たとえば、酒を飲めば、肝臓の細胞がアルコールの分解をするため、細胞が自分の身を殺して無毒化する。肝臓の細胞が、分裂・再生を繰り返して、アルコールを無害の物質に分解する。食物は胃で消化だが、アルコールは肝臓で毒物と同じ分解工程を踏まないと体外に出て行かない。それで肝臓の細胞は痛んでくる。それを繰り返すと、細胞の分裂限界数を超え、肝硬変や癌に変化する。肝臓病になるのは、要は肝臓に「釘」を打ち続けたためだ。

 同じように、美味しいものには「毒」があり、それを食べれば、自分の体を痛めつけている。スィーツの糖は、血管内部の細胞を傷つける。それが糖尿病や認知症を起こす。脂ののった美味しいお魚は、その脂分が血管内部に付着して、血流を妨げる。そのため白血球等の免疫酵素の流れも悪くなり、病気の遠因となる。

 要は毒を食べ続けると、体の毒素分解能力が限界値を超えて、病気(癌、糖尿病、認知症)になるのだ。

 自分の体を愛しもう。「ご自愛を」とは自分に言うべき言葉である。

 観音菩薩様の目は慈しみの目で衆生を見守っている。自分が観音菩薩となって、自分を見守ろう。自分こそが佛様だ。菩薩とは仏道を修行する仏様である。

Img_32292s

 松本明慶大仏師作 聖観音菩薩像

2021-10-28  久志能幾研究所通信 2193   小田泰仙

「久志能」 で検索

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年10月25日 (月)

住宅メーカ展示場の寝室で、悪夢を見る

 

 家を新たに建てるため、6社の住宅メーカの展示場を連続9日間、ハシゴ見学をした。そこで見た各会社の寝室を比較して、各社の住宅設計の本気度が分かった。元技術者の私の調査方針は、現地現物である。現地現物は、私の人生の哲学である。

 

寝室とは

 寝室とは、人の命を預かる部屋なのだ。人が寝ている時は、完全な無防備状態である。寝室は、家の中で一番大事な部屋である。それを見れば、住宅メーカの姿勢が分かる。

 

現地現物

 現地現物とは、「自分の足で現地に出向き、自分の目で確認して完全に状況を把握する」である。必要があれば、飛行機を使ってでも現地に飛べ、である。

 それをやれば、カタログや、営業マンの言葉には騙されない。その哲学があったから、私は2017年にウィーンに飛び、ベーゼンドルファー工場でピアノ製造工程を見学した。今にして、行って良かったと思う。今ならコロナ禍で、ウィーンに行きたくても行けない。

 

メルパルクでみた悪夢

 2013年頃、国家試験受験のため、自分を追い込むため1週間ほどカンヅメ状態するため、名古屋メルパルクの連泊したことがあった。その時のホテルの状態の悪さで、ホテルの良し悪しがわかった。今後二度と、メルパルクには泊まらないと決めた。

 名古屋メルパルクは睡眠環境が悪かった。朝日への遮光が不十分で、朝日の明るさで嫌でも目が覚めてしまい、熟睡が妨げられた。昼間、勉強で疲れて昼寝をしようにも遮光が不十分で寝られない。またホテルのその後の対応が不誠実であった。所詮、メルパルクはお役所体質のホテルであった。

 ホテルの最大の使命(商品価値)は、宿泊客に安眠・熟睡を提供することである。それはマイホームの寝室でも同じである。

Dsc04575s

 名古屋メルパルク 2014‎年‎8‎月‎7‎日0‏‎6:19 嫌でも目が覚めてしまった

Dsc00280s

名古屋メルパルク 2013‎年‎6‎月‎29‎日13:38 明るすぎてお昼寝ができない。

 

モデルハウス見学

 各社のモデルハウスを見学して分かったことは、各社の寝室モデルは絵に描いた餅の設計が大半であったことだ。実際に睡眠で悩んだことのないサラリーマン設計者が、設計したとしか思えない代物が多かった。それで会社のレベルが分かる。サラリーマン設計者は生の生活が分かっていないようだ。

 私は日本各地と世界各地のホテルで数多く寝てみて、その部屋の設計の差が大きいことに興味を持ち、比較研究してきた。世のホテルには、見栄えだけの部屋も多くある。

 寝室は、人生の3分の1を過ごす場所なのだ。出張でホテルに泊まれば、その部屋の設計思想で、ホテルのおもてなしレベルを直に体験できる。しかし日本の住宅メーカのモデル寝室は、見栄えだけのお飾りのような作りとなっているケースが多い。それを現地現物で発見した。

 

 遮光が不十分な南向きの寝室は、夏の朝はゆっくり寝ていられまい。

 薄い遮光カーテンで、なおかつカーテン上部からの光漏れ対策なしの部屋では、熟睡できまい。

 なんで寝室に、2.5メータ高さで横幅超大の窓がいるのだ?

 モデルルームの寝室の中には、カーテンさえない場合があった。

 なぜモデルルーム寝室に、二重カーテンが設置されていないのだ。

 

2021-10-25  久志能幾研究所通信 2190   小田泰仙

累計閲覧総数 290,039

「久志能」 で検索

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年10月24日 (日)

永眠のための寝室作り、よく死ぬための準備

 

 く眠るための環境作りこそ、家作りの最大の目的である。

 よく働いた一日は良き眠りを誘う。同じように良く生きた人生は、やすらかな死を賜る。(ゲーテ)

 

 私は毎日、永眠する練習のために床に入る。幸いなことに、この70年間、翌朝目が覚めている。翌朝、まだ生きていれば、この世でやるべきことが残っているとの神仏の啓示である。目が覚めたら、働くために喜んで起床する。

 しかし一生の内、一回だけ目が覚めない時が来る。それが死である。それまでは、永眠のための練習である。

 

寝室を真っ暗にして眠る

 死んでから、あの世に行くまでの間は、真っ暗である。その長い暗いトンネルを抜けると、雪国(逝国)に出たように明るい未来が到来する。此の世の行いが悪いと、もっと暗い地獄が待っているかもしれない。

 良質な睡眠のために照明を全て消して眠る。目の網膜が光を感知しなくなると、睡眠を促すメラトニンというホルモンが出る。

 

 しかし、小さな常夜灯を点けておくと、網膜はかすかな光にも反応してしまうため、メラトニンが分泌されず、睡眠の質が落ちる。

 そのメラトニンの分泌を妨げるのが、就寝前の液晶の光である。就寝前のパソコン、スマホは禁止である。寝室にはスマホは置かないこと。

 

 エアコンのパイロットランプも、真っ暗な寝室では、異常に明るく光るので、対策が必要だ。私はガムテープでランプを覆っている。

 ホテルでも、明るい時計が設備してある場合があるが、その時はその時計をカバーで覆ってから寝ている。

 

 時計のLEDの光も真っ暗中では、明るすぎるので、寝るときはカバーで覆って光が漏れないようにしている。寝室では、光を出さない液晶表示の時計を使っている。

 睡眠の途中で目が覚め、時間を見るため電灯をつけては、覚醒してしまうので、ボタンを押せば、音声で時刻を知らせる時計にしている。これは便利である。現在、二世代目の音声時計である。

 

 自宅の2階の部屋を寝室専用に変えたので、窓は完全閉鎖とした。以前は二重の厚いカーテンで遮光していたが、それでも朝日の光がカーテンを通して部屋を明るくしてしまう。夏の朝は、時間まで寝ていたいのに、嫌でもその光で4時ごろに目が覚めてしまう。それでは睡眠不足に陥る。そのために、窓に特注のベニヤ板を取り付けて、完全遮光の状態にした。

 イタリアの5つ星ホテルでは、窓は開閉式の木の扉付の窓になっていた。

 

電動ベッド、羽毛布団の導入

 私が癌を患い、愛知がんセンターに入院し、電動ベッドの良さを体験して、退院後、すぐ電動ベッドと羽毛布団を購入した。費用は100万円ほどかかったが、余命宣告された身では、そんな金のことは言っていられない。導入して正解であった。気持ちよく熟睡できる。あの世も此の世も、安眠は金次第?

 電気椅子で死刑になるより、電気ベッド上で死んだ方がましである。

 

21時になったら食べない

 良質の睡眠を取るため、21時のシンデレラボーイになる。時間が来たら、食べ物とはさようなら、である。飲食は翌朝まで我慢。寝るときに食べた物が胃の中の残っていると、熟睡を妨げる。また胃の中の食べ物がインシュリンの働きで炭水化物もタンパク質も全て脂肪に変わってしまう。肥満の元である。肥満体では良質な睡眠は得られない。だから肥満体の人は短命である。

(お相撲さんは太るため朝の猛稽古の後、沢山食べて、太るために寝ます)

 疲れていても、我慢して、いつもの就寝時間まで起きていることが必要だ。

 疲れたら、運動を兼ねて、散歩に出かけること。アドレナリンが分泌されて、疲れが取れる。

 どうしても食べたいなら、果物にする。果物は30分で腸に達する。

 仕事の関係で、どうしても遅く夕食を食べる時は、量を減らして軽くする。

 

成長ホルモン、良質な睡眠の環境整備

 良質な睡眠がダイエットと安らかな死の基本である。

 成長ホルモンは、子供の背を伸ばすだけではない。成人の体では、日中動いて傷んだ筋肉の修復を促している。また、成長ホルモンは、脂肪の分解やたんばく質の合成を促し、炭水化物、骨、水分や電解質などさまざまな代謝を調節し、体のバランスを一定に保つ役割を果たしている。成長ホルモンは脂肪の分解を促すので、これが不足すると太ることになり、また老化を加速させる。老化が睡眠の質を低下させる。

 成長ホルモンは夜、入眠した30分後くらいから始まる深い眠りに入ってから約2時間の間に分泌される。だから、成長ホルモンを分泌させるには、質の良い眠りを得ることが必要である。

 加齢とともに成長ホルモンは減るので、意識して分泌を良くする対応が必要です。「寝る子が育つ(縦に成長)」のは思春期の若者だけのこと。成人は食べて寝ると太る(横と前に拡張)。

 

「寝る子が良い死を賜る」。熟睡できる体力があれば、よく働き、良い死を賜る。寝るにも体力が必要だ。体力がないと、良質な睡眠は得られない。老いると寝たくても熟睡できなくなる。それが老いを感じる時だ。

 成長ホルモンの分泌を良くするためは、体をよく動かす、食事面では夕食時に良質な蛋白質を摂取し、炭水化物は、活動する朝と昼で取り、夜は少なめにする。

Photo

2_2

 出典:鈴木 博夫(薬学博士)(㈱クラウディアのHPより)

 

 

体温を上げる

 良質な睡眠のためには体温を上げるのが有効なため、寝る前の入浴が効果的である。

 体温を上げるのに、寝る15分前に腹筋や腕立て伏せの軽い運動も効果的だ。基本は昼間によく体を動かすことだ。

 仕事で座りぱなしは、煙草を吸うと同じくらい体に悪い。それで私の仕事部屋には立ち机を導入した。

 

体を動かす

 眠られないのは、体が疲れていなからだ。眠られない時は、軽い疲れとカロリーを消化するためにも、腹筋等の軽い運動を少しする。

 体温管理は、良く死ぬための準備に欠かせない。私はこの10年間、毎朝、体温を測り、記録している。同時に体重、体脂肪率、前日に歩いた歩数を記録して、視える化している。

 

睡眠薬は禁止

 眠られないなら、睡眠薬を飲むより、起きて働けばよい。そのうち眠たくなり、嫌でも寝てしまう。要は、その一日、体を動かしておらず、疲れていないので、寝られないだけである。仏様が、もっと体を使えと言っている。体内に宿る仏様の声を聞こう。

 父は長年、睡眠薬を飲んでいた。それも病気になった遠因と思う。睡眠薬は絶対に飲んではならない。薬は基本的に毒である。

 

2021-10-24  久志能幾研究所通信 2189   小田泰仙

「久志能」 で検索

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年10月22日 (金)

ピアノ騒音殺人事件 1/11  (改定)

 

 私の家作りで、一番大きな影響を与えた事件は「ピアノ騒音殺人事件」である。それにより私がピアノを始めるのが40年間も遅れてしまった。家作りでも、防音対策で1千万円以上をつぎこむことになった。その因縁の事件がピアノ殺人事件である。

 

 この事件が明らかにしたのは、日本人の精神の劣化である。敗戦により、マッカーサー進駐軍の命令で、日本人の精神を破壊する政策が次々となされた。マッカーサーが日本人の精神を破壊したい目的は、二度と米国にはむかうことなくすることである。それだけアメリカは、日本の滅私奉公や特攻、玉砕という米国人には理解不能な精神構造を恐れた。その対策政策の一つが「修身」教育の廃止である。それと家制度の廃止である。進駐軍は、旧日本軍再来の恐怖心から、徹底的にその根絶を図った。それにより日本人古来の他人を慮る美しい心や利他の精神が破壊され、欧米の個人主義、権利意識の拡大、利己主義の教育が蔓延した。

 

 その精神の破壊工作の結果、起きたのがこのピアノ殺人事件だと思う。日本人は自分の欲望だけ満足できれば、他人のことは知ったことではないという精神構造になってしまった。また欲望として見せびらかし精神が氾濫して、ウサギ小屋にピアノを入れて、自慢げに娘にピアノを弾かせる精神にまで落ちぶれたのが遠因である。

 

 その流れで、携帯電話やスマホを回りの迷惑を考えず、傍若無人に使う現象は、1974年に起きたピアノ殺人事件と本質は同じである。

 

殺人事件

 1974年8月28日朝、神奈川県平塚市でピアノの騒音を理由として、母子3人が殺害された。3日後、逮捕されたのは一家の上の階に住む無職の男(当時46歳)だった。階下から聞こえてくる子供のピアノの音に悩まされての犯行だった。事件の前から何度も相手先とやり合っていたが、被害者宅が犯人をおかしな人として、まともに相手にしなかったのが遠因となった。事件の数日前、被害者の室のドアに「子供が寝ていますので静かにしてください」という張り紙が貼ってあるのを犯人は見かけ、「なんと自分勝手な!」と改めて殺害を決意し、刃渡り20.5センチの刺身包丁を購入した。

 

 この事件以降、騒音などによる事件や訴訟が頻発しており、多くの専門家はこの事件を「日本人の騒音に対する考え方が劇的に変化した事件」としている。ピアノ製造・販売店にも大いなる危機意識を与え、音量の抑制可能なピアノや防音材などの研究が進み、防音設備やサイレント楽器が開発された。

 

 このピアノ事件により、騒音問題が浮き彫りにされた。この事件について多くの音楽関係者が沈黙する中、作曲家・團伊玖磨はエッセイの中で日本の住宅事情内にピアノを持ち込む行為を「根本的誤り」として、次のように断じている。

 「日本の小さな部屋でピアノを弾いている情景は、正直判りやすく言えば、バスの中で大相撲を、銭湯の浴場でプロ野球を興行しようとする程の無茶で無理なことなのである」(「アサヒグラフ 1974年10月25日号」)

 

私のピアノ騒音被害体験

 私も中高校生の時代(1965年ごろ)、会社の社宅の団地暮らしの中、隣のピアノ騒音に苦しめられたことがあるので、犯人の心境がよく分かる。住んでいた団地は、事件のあった団地の構造とほぼ同じである。昔の建築構造では、どうしても上下左右の部屋の音が聞こえる。会社の社宅のため、普通以上に気を使っての生活が強いられる。この事件と同じように上の階の住民が、娘のためピアノを入れた後、ピアノの練習音が聞こえてきて、私の受験勉強の妨げになったことがある。私の受験勉強姿を見守っている母が、怒って上の階に聞こえるように襖を大きな音を立てて閉めるのを繰り返したのを今も覚えている。社宅内の人間関係では、せいぜいやれるのはこの程度の抗議である。そんな構造のアパートにピアノを持ち込むのはどう考えても異常であると今でも思う。

 

音には暴力性があることの証明

この殺人事件のあと、似たような殺人事件が頼発する。

1976年5月2目 鳥取市 『ステレオの音を注意されて』

1976年7月21日 東京大田区 『印刷機の騒音』

1977年4月27日 大阪市 『子供の走り回る音を叱責されて』

1981年2月26日 東京目黒区『老人ホームで同室者のいびきの音を腹を立てて』

1981隼7月17日 兵庫県・龍野市 『オルガシの音がうるさかったから』

1981年9月12目 川崎市 『ステレオの音』

1982年9月8日 兵庫県・加西市 『カラオケの音』

1985隼7月5日 和歌山市 『バイタの騒音』

1997年11月10日 浜松市 『バイクの騒音」

 

 上の挙げた殺人事件は氷山の一角に過ぎず、80年代に入ると近隣とのトラブルでの暴行・傷害・器物破損は年間250件にも達している。いかに人は騒音を暴力とみなしているかの証である。この事件が音は暴力であることを教えた意義は大きい。今までは音の暴力に対して泣き寝入りであった。

 

芸術の名を借りた暴力

 音楽は聴く人にとっては芸術でも、音楽に興味の無い人には騒音の暴力でしかない。いくら世界的な名ピアニストが弾いても、興味がなければ騒音の暴力である。犯人は美しい音楽も、興味ない人には騒音の拷問と感じることを日本社会に知らした役目を果たしたことになる。犯人は控訴もせず死刑を希望し最高裁でも死刑が確定したが、なぜか事件から40年以上経った2017年現在、死刑を執行されていない。死刑待機の最年長者でもある。それを考えると、犯人は仏様の使命を帯びた鬼の化身ではないかとも思ってしまう。

 

 厚さ12㎝の床を挟んで、下から聞こえてくる乱暴な子供のピアノ音は騒音の拷問である。本来、ピアノは30畳位の部屋で鳴らす前提で作られている。それを当時の防音を考慮されていない団地の3畳間に入れ、うちにもピアノが入ったと誇らしげに鳴らすこと事態、異常な状況にあった。子供もそんな親の顔色を伺って自慢げに弾いたのであろう。それが日本の高度成長期が軌道に乗って豊かになったという驕りが生んだ悲劇である。豊かになったと思い込んでいたのが当時に日本社会である。ピアノの騒音が直接響かない家庭は救いがあるが、そうでなく直接、ピアノ騒音が薄い壁を通して突き刺さる家には、悲劇である。貧しいとどうしても一点豪華主義となる。貧乏なため回りの備品や環境造りには金が行かない。いかなくても他人に迷惑を掛けなければ良いのであるが、ピアノは騒音暴力として猛威を振るう。豊かさとは一点豪華主義ではない。分相応の豊かさに満足して、全体バランスを考えて豊かさを一歩一歩実現していけば悲劇は生まれない。しかし、当時の高度成長時代は、国民全体が背伸びをしていた。そこから生まれた悲劇である。昔あった日本人の他人を慮る心が破壊されていたために起きた悲劇である。 

Photo

事件を報道する新聞(朝日新聞)

Img_2917

 当時、私が住んでいた社宅(事件の団地とほぼ同じ構造)

   取り壊される直前。新築当時は、人もうらやむピカピカの住宅でした。

   今は新興住宅地に変貌している。

 

2017-07-05 初稿

2021-10-23改定  久志能幾研究所 2187  小田泰仙

「久志能」 で検索

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

2021年10月20日 (水)

西南戦争で西郷さんが自滅した原因

 

 私は母から、「今住む場所から駅に1mでも近いところに転居せよ。それを出世という」と教えられた。

 西郷隆盛さんは、その教えに背いたから、西南戦争で敗れた。その教えがあれば、西南戦争が起こることもなかったのにと残念に思う。

 

「駅」の語源

 駅とは、出かけるときの出発点である。駅の語源は、馬を乗り継ぐ場所である。住む場所が、駅に近いということは、人生の成功の第一歩である。師を探しにも行ける。遠い世界にも学びにも行ける。

 昔は馬こそが早く移動する手段であった。今はそれが電車になった。人は動かない限り、ご縁は手に入らない。「お足」が大事なのだ。私は母の教えで、駅に近い場所に住むことで、人よりもフットワークが軽い人生を送れたと自負している。

 具体的に人より多く動けば、具体的なご縁を人より多く得る。単純な確率論である。凡人は、愚直に確率計算に順って生きるのが正論。

 

外国見聞の有無

 西郷さんは、明治の偉勲たちの中で、唯一、海外を視察していない。「駅」とは外に出かける拠点である。それを西郷さんは事情があり、海外に行けなかった。西郷さんは、その見聞がないために、他の政府高官たちより、視野が狭くなったようだ。結果として西郷さんは、征韓論政争で負けて、下野してしまった。西郷さんが、海外の生の姿を見ていれば、征韓論で下野するような事態にはならなかったであろう。新生日本は、海外の列強諸国が隙あらば、植民地にしようと虎視眈々と狙われている状況であった。その情勢に鈍感であったのが、西洋を知らない西郷さんであった。

 

反「出世」

 あろうことか、征韓論政争に敗れた西郷さんは「駅」から最も遠い鹿児島に戻ってしまった。「出世」の真反対である。鹿児島は東京「駅」から遠い。鹿児島からでは海外の事情はおろか、東京の情勢収集さえ疎くなる。僻地で情報に遮断された生活を送れば、「出世」という感覚が鈍る。出世とは、リーダとして、あるべき姿を求めて新天地へ向かう行動なのだ。指導者が閉じこもってしまっては、進歩がなくなる。

 

出家

 ある意味、僻地の俗世間に閉じこもって移動しないとは、永遠に俗世間に留まる事だ。家を出て世間を広く見聞し、自己啓発にするとは、「出家」である。

 僻地は刺激がなく、平穏に暮らすには良いが、ボケの誘発ともなる。それよりも頻繁に異世界に移動して、刺激を受け、今の世界との違いを思索にふける(出世)べきなのだ。何時までも同じ家に閉じこもっていては、新しい発想は出てこない。

 少年よ、大志を抱け。出家せよ。出世せよ! 

 

出世とは(辞書による)

 1 社会的に高い身分・地位を得ること。

 2 この世に生まれ出ること。

 3 仏語。

   仏が衆生を救うためこの世に現れること。

   俗世間を離れて仏道に入ること。また、その人。出家。

 

2021-10-20  久志能幾研究所通信 2185   小田泰仙

「久志能」 で検索

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年10月18日 (月)

カテゴリー「家を建てる」を追加

 

 カテゴリー「家を建てる」を追加します。

 私の趣味は家をいじること。今までこだわりをもって家を新築、改築してきた。お墓も来世で住む家である。それを含めれば今まで5軒の家の建てることになった。母は、裸一貫から7軒の家を建てた。私もそれに負けまいと、今、6軒目の家を建てる計画を立てた。その経験知を伝えます。

 

志と忍

 家を建てるには、まず「建てる」という志を立てなければ、絶対に建たない。家とは人生を創っていくためのベース基地である。有意義な人生を創るには、人生で何をするかまず「志」を立てねば何事も成就しない。その過程で、楽しいことも辛いことも起きてくる。その時、家は司令本部であるし、籠城する場所にもなる大事な砦である。

 

 「こころざし」とは、「心を刺す」ことだ。自分の心に「上から」刃を突き付けて、それでよいか、それでよいかと自問することだ。それが「忍」である。

 「志」とは、「士」の思いを支えるのは、自分の心であると書く。その「志」を実現するには、現状を認めるために、「忍」が必要だ。それを自覚することから「認」という字が生まれた。

 

夢士

 一生かかっても実現できない夢を持って生きるのが「夢士」である。

 「士」とはサムライである。刀を持てば武士である。夢をもてば「夢士」である。家を建てるという夢を抱いて、「夢士」として動けば、第三の人生を認知症にならずに過ごせると思う。

 現在100 歳の現役ピアニストの室井さんは、90歳で家を新築した。だから100 歳で、今も現役である。馬場恵峰先生は60歳で一億円の借金をして日中文化資料館を建て、24年かけて借金を返済した。それがあったから、馬場恵峰先生は94歳まで現役で活躍された。それを思うと、家を建てるという夢を見ることは、生きる力を与えてくれる。

P10506591s

Img_43531s

  馬場恵峰書

 

2021-10-18  久志能幾研究所通信 2183   小田泰仙

「久志能」 で検索

著作権の関係で、無断引用を禁止します。