2021年10月24日 (日)

新型コロナに負けた佛様。人は佛を目指せ、神になってはダメ

 

 私はおだ仏教の佛様になることは目指すが、おだ神教の神になろうとは思わない。それは人間の持つ真理に反するからだ。

 人は誰でも佛になれる。人は誰しも心に佛性をもっている。しかし人の心の中には、鬼も住めば、佛も住む。鬼にならないためには、佛道を学ぶしかない。それが成仏である。

 

新型コロナに負けた佛様

 この10月29日から、長野市の「ながの東急百貨店」で「大仏師松本明慶佛像彫刻展」が開催される。それに行く準備をしていて、合わせて善光寺にお参りすることを思いついた。今年は善光寺の秘仏が7年ぶりの御開帳となる年である。

 ところが、今年はコロナ禍の影響で、その御開帳が中止となったと聞こえてきた。つまり佛様が新型コロナに負けてしまったのだ。

 これは秘佛様が「秘神」であるなら、こんな御開帳中止などにはならないはずである。だって全能の神様であるなら、完全無欠で何事も予定通りにされてしまう。私は、これが佛の存在意味を象徴する出来事であると感じた。

 

神と佛

 「神」は示偏である。「神」とは、漢字の語源でも、目には見えない存在を示している。神とは「人ではない」存在である。つまり人でなし。だから人は、己の欠点を無くして完全無欠な人間を目指してはならない。それは神を目指すことだ。神は絶対の存在で、完全無欠である。

 

 「佛」は人偏である。「佛」は、人間が進化した姿を、漢字でも表現している。佛は人が修行をして成仏した形をしめす存在である。だから人は、修行をしても神を目指してはならない。完全無欠の存在の神を目指しては、「ひとでなし」になってしまう。人間として、欠点を持ったまま成長するのが正しい修行である。大きく成長すれば、それがその人の持つ欠点を覆い隠し、欠点が人間味として、人格に色を添える存在となる。人は欠点を持ったまま(角を持って)成熟すれば、「角熟」として成長する。人は、そんな精神の成長を目指すべきだ。

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2021-10-23  久志能幾研究所通信 2188   小田泰仙

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2021年10月22日 (金)

ピアノ騒音殺人事件 1/11  (改定)

 

 私の家作りで、一番大きな影響を与えた事件は「ピアノ騒音殺人事件」である。それにより私がピアノを始めるのが40年間も遅れてしまった。家作りでも、防音対策で1千万円以上をつぎこむことになった。その因縁の事件がピアノ殺人事件である。

 

 この事件が明らかにしたのは、日本人の精神の劣化である。敗戦により、マッカーサー進駐軍の命令で、日本人の精神を破壊する政策が次々となされた。マッカーサーが日本人の精神を破壊したい目的は、二度と米国にはむかうことなくすることである。それだけアメリカは、日本の滅私奉公や特攻、玉砕という米国人には理解不能な精神構造を恐れた。その対策政策の一つが「修身」教育の廃止である。それと家制度の廃止である。進駐軍は、旧日本軍再来の恐怖心から、徹底的にその根絶を図った。それにより日本人古来の他人を慮る美しい心や利他の精神が破壊され、欧米の個人主義、権利意識の拡大、利己主義の教育が蔓延した。

 

 その精神の破壊工作の結果、起きたのがこのピアノ殺人事件だと思う。日本人は自分の欲望だけ満足できれば、他人のことは知ったことではないという精神構造になってしまった。また欲望として見せびらかし精神が氾濫して、ウサギ小屋にピアノを入れて、自慢げに娘にピアノを弾かせる精神にまで落ちぶれたのが遠因である。

 

 その流れで、携帯電話やスマホを回りの迷惑を考えず、傍若無人に使う現象は、1974年に起きたピアノ殺人事件と本質は同じである。

 

殺人事件

 1974年8月28日朝、神奈川県平塚市でピアノの騒音を理由として、母子3人が殺害された。3日後、逮捕されたのは一家の上の階に住む無職の男(当時46歳)だった。階下から聞こえてくる子供のピアノの音に悩まされての犯行だった。事件の前から何度も相手先とやり合っていたが、被害者宅が犯人をおかしな人として、まともに相手にしなかったのが遠因となった。事件の数日前、被害者の室のドアに「子供が寝ていますので静かにしてください」という張り紙が貼ってあるのを犯人は見かけ、「なんと自分勝手な!」と改めて殺害を決意し、刃渡り20.5センチの刺身包丁を購入した。

 

 この事件以降、騒音などによる事件や訴訟が頻発しており、多くの専門家はこの事件を「日本人の騒音に対する考え方が劇的に変化した事件」としている。ピアノ製造・販売店にも大いなる危機意識を与え、音量の抑制可能なピアノや防音材などの研究が進み、防音設備やサイレント楽器が開発された。

 

 このピアノ事件により、騒音問題が浮き彫りにされた。この事件について多くの音楽関係者が沈黙する中、作曲家・團伊玖磨はエッセイの中で日本の住宅事情内にピアノを持ち込む行為を「根本的誤り」として、次のように断じている。

 「日本の小さな部屋でピアノを弾いている情景は、正直判りやすく言えば、バスの中で大相撲を、銭湯の浴場でプロ野球を興行しようとする程の無茶で無理なことなのである」(「アサヒグラフ 1974年10月25日号」)

 

私のピアノ騒音被害体験

 私も中高校生の時代(1965年ごろ)、会社の社宅の団地暮らしの中、隣のピアノ騒音に苦しめられたことがあるので、犯人の心境がよく分かる。住んでいた団地は、事件のあった団地の構造とほぼ同じである。昔の建築構造では、どうしても上下左右の部屋の音が聞こえる。会社の社宅のため、普通以上に気を使っての生活が強いられる。この事件と同じように上の階の住民が、娘のためピアノを入れた後、ピアノの練習音が聞こえてきて、私の受験勉強の妨げになったことがある。私の受験勉強姿を見守っている母が、怒って上の階に聞こえるように襖を大きな音を立てて閉めるのを繰り返したのを今も覚えている。社宅内の人間関係では、せいぜいやれるのはこの程度の抗議である。そんな構造のアパートにピアノを持ち込むのはどう考えても異常であると今でも思う。

 

音には暴力性があることの証明

この殺人事件のあと、似たような殺人事件が頼発する。

1976年5月2目 鳥取市 『ステレオの音を注意されて』

1976年7月21日 東京大田区 『印刷機の騒音』

1977年4月27日 大阪市 『子供の走り回る音を叱責されて』

1981年2月26日 東京目黒区『老人ホームで同室者のいびきの音を腹を立てて』

1981隼7月17日 兵庫県・龍野市 『オルガシの音がうるさかったから』

1981年9月12目 川崎市 『ステレオの音』

1982年9月8日 兵庫県・加西市 『カラオケの音』

1985隼7月5日 和歌山市 『バイタの騒音』

1997年11月10日 浜松市 『バイクの騒音」

 

 上の挙げた殺人事件は氷山の一角に過ぎず、80年代に入ると近隣とのトラブルでの暴行・傷害・器物破損は年間250件にも達している。いかに人は騒音を暴力とみなしているかの証である。この事件が音は暴力であることを教えた意義は大きい。今までは音の暴力に対して泣き寝入りであった。

 

芸術の名を借りた暴力

 音楽は聴く人にとっては芸術でも、音楽に興味の無い人には騒音の暴力でしかない。いくら世界的な名ピアニストが弾いても、興味がなければ騒音の暴力である。犯人は美しい音楽も、興味ない人には騒音の拷問と感じることを日本社会に知らした役目を果たしたことになる。犯人は控訴もせず死刑を希望し最高裁でも死刑が確定したが、なぜか事件から40年以上経った2017年現在、死刑を執行されていない。死刑待機の最年長者でもある。それを考えると、犯人は仏様の使命を帯びた鬼の化身ではないかとも思ってしまう。

 

 厚さ12㎝の床を挟んで、下から聞こえてくる乱暴な子供のピアノ音は騒音の拷問である。本来、ピアノは30畳位の部屋で鳴らす前提で作られている。それを当時の防音を考慮されていない団地の3畳間に入れ、うちにもピアノが入ったと誇らしげに鳴らすこと事態、異常な状況にあった。子供もそんな親の顔色を伺って自慢げに弾いたのであろう。それが日本の高度成長期が軌道に乗って豊かになったという驕りが生んだ悲劇である。豊かになったと思い込んでいたのが当時に日本社会である。ピアノの騒音が直接響かない家庭は救いがあるが、そうでなく直接、ピアノ騒音が薄い壁を通して突き刺さる家には、悲劇である。貧しいとどうしても一点豪華主義となる。貧乏なため回りの備品や環境造りには金が行かない。いかなくても他人に迷惑を掛けなければ良いのであるが、ピアノは騒音暴力として猛威を振るう。豊かさとは一点豪華主義ではない。分相応の豊かさに満足して、全体バランスを考えて豊かさを一歩一歩実現していけば悲劇は生まれない。しかし、当時の高度成長時代は、国民全体が背伸びをしていた。そこから生まれた悲劇である。昔あった日本人の他人を慮る心が破壊されていたために起きた悲劇である。 

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事件を報道する新聞(朝日新聞)

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 当時、私が住んでいた社宅(事件の団地とほぼ同じ構造)

   取り壊される直前。新築当時は、人もうらやむピカピカの住宅でした。

   今は新興住宅地に変貌している。

 

2017-07-05 初稿

2021-10-23改定  久志能幾研究所 2187  小田泰仙

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2021年10月21日 (木)

輸血2回で血の気が戻る。戒名の朱塗り

 

 2年前に墓誌に私の戒名を彫り、それに朱で色を付けた(まだ生きているから)。2年経って祖父の百回忌の折、その色落ち発見した。それで戒名の字に、朱で石屋さんに塗り直していただいた。今回は色落ちを少しでも長く持たせるため2度塗りをしたという。それを今日(2021年10月21日)、確認のため菩提寺に出かけた。

 そこで命の有限性と使命感に思いが至った。

 

再塗装

 墓誌の再塗装で、鮮やかな朱色に戒名が復活して(血の気が戻り)、やれやれである。生あるもの何時かは死(色が落ちる)である。何事も所行無常である。それを墓誌から教えてもらった。死んだ色(ペンキ)なら、半永久的だが、それでは後日、朱色を落せない。だから数年で色落ちすることが明白でも、朱の墨汁を使ってもらった。それを繰り返すことが生きている証である。墓参りごとにそれを確認すればよい。昨年はコロナ禍でそれが叶わなかったために、起きた出来事である。しかしそれを喜ばねばならぬ。死んでしまえば、それが叶わぬ。

 我々も必ず死ぬことが明白なのに、毎日、同じことを繰り返して生きている。それを喜ぶべきなのだ。

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 朱が落ちた状態 2021年10月12日 撮影

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 再塗装後 2021年10月21日 撮影

 

ホテル消滅

 菩提寺からの帰り路で、駅前にあったはずのビジネスホテル・ディークが、跡形もなく消えているのを発見して仰天した。このホテルは過去何度か利用したことがある。通りかかった人に聞けば、数か月前にそのホテルは経営不振で、店を廃業したとか。今は建屋が取り壊されて跡形もなく、更地になっていた。経営不振もコロナ禍が大きく影響したのだと推定される。墓誌の色といい、ホテルの建屋といい、所行無常を痛感した。生あるもの何時かは死である。

 つくづくと、どんな命も無常であること思い知った。自分の命も大事に使わねば、何時かは無に帰してしまう。残り少ないと思われる命を、最大限に使わねばとの思いを新たにした。

 

Dsc09266s 以前はこの場所に6階建てのホテルが存在した。 2021年10月21日撮影

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使命

 「使命」とは、命を使うことだ。頂いた自分の命を使って、人生で何をするかが、人に課せられた最大の課題である。毎日、同じことの繰り返しであっても、少しでも世のためになることを為し、無為に過ごすことのないように、と自分を戒めた。戒名とは、自分に対する戒めの名である。生前に戒名を頂く意味を改めて感じた。

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 書は馬場恵峰先生、文責は著者

 

2021-10-21  久志能幾研究所通信 2186   小田泰仙

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2021年10月20日 (水)

西南戦争で西郷さんが自滅した原因

 

 私は母から、「今住む場所から駅に1mでも近いところに転居せよ。それを出世という」と教えられた。

 西郷隆盛さんは、その教えに背いたから、西南戦争で敗れた。その教えがあれば、西南戦争が起こることもなかったのにと残念に思う。

 

「駅」の語源

 駅とは、出かけるときの出発点である。駅の語源は、馬を乗り継ぐ場所である。住む場所が、駅に近いということは、人生の成功の第一歩である。師を探しにも行ける。遠い世界にも学びにも行ける。

 昔は馬こそが早く移動する手段であった。今はそれが電車になった。人は動かない限り、ご縁は手に入らない。「お足」が大事なのだ。私は母の教えで、駅に近い場所に住むことで、人よりもフットワークが軽い人生を送れたと自負している。

 具体的に人より多く動けば、具体的なご縁を人より多く得る。単純な確率論である。凡人は、愚直に確率計算に順って生きるのが正論。

 

外国見聞の有無

 西郷さんは、明治の偉勲たちの中で、唯一、海外を視察していない。「駅」とは外に出かける拠点である。それを西郷さんは事情があり、海外に行けなかった。西郷さんは、その見聞がないために、他の政府高官たちより、視野が狭くなったようだ。結果として西郷さんは、征韓論政争で負けて、下野してしまった。西郷さんが、海外の生の姿を見ていれば、征韓論で下野するような事態にはならなかったであろう。新生日本は、海外の列強諸国が隙あらば、植民地にしようと虎視眈々と狙われている状況であった。その情勢に鈍感であったのが、西洋を知らない西郷さんであった。

 

反「出世」

 あろうことか、征韓論政争に敗れた西郷さんは「駅」から最も遠い鹿児島に戻ってしまった。「出世」の真反対である。鹿児島は東京「駅」から遠い。鹿児島からでは海外の事情はおろか、東京の情勢収集さえ疎くなる。僻地で情報に遮断された生活を送れば、「出世」という感覚が鈍る。出世とは、リーダとして、あるべき姿を求めて新天地へ向かう行動なのだ。指導者が閉じこもってしまっては、進歩がなくなる。

 

出家

 ある意味、僻地の俗世間に閉じこもって移動しないとは、永遠に俗世間に留まる事だ。家を出て世間を広く見聞し、自己啓発にするとは、「出家」である。

 僻地は刺激がなく、平穏に暮らすには良いが、ボケの誘発ともなる。それよりも頻繁に異世界に移動して、刺激を受け、今の世界との違いを思索にふける(出世)べきなのだ。何時までも同じ家に閉じこもっていては、新しい発想は出てこない。

 少年よ、大志を抱け。出家せよ。出世せよ! 

 

出世とは(辞書による)

 1 社会的に高い身分・地位を得ること。

 2 この世に生まれ出ること。

 3 仏語。

   仏が衆生を救うためこの世に現れること。

   俗世間を離れて仏道に入ること。また、その人。出家。

 

2021-10-20  久志能幾研究所通信 2185   小田泰仙

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2021年10月19日 (火)

コロナ菌バラマキ賊団と遭遇して怒り心頭

 

 今日(2021年10月19日)、半年ごとの定期検診のため、愛知県がんセンターに出向いた。その途中の電車内で、新型コロナ菌を拡散させるが如き行動を取る非常識人たちに遭遇した。それとの遭遇戦記である。

 新型コロナウイルス対策では、各人の衛生観念と他人に迷惑をかけまいという公共心(道徳心)の高さが、最大の効果がある。それが日本と外国の感染状況の差だと思う。

 

ケース1

 常識ある人は、電車内での会話を控えるか、小さな声で話すのが新型コロナウイルス対策の常識マナーである。車内アナウンスでも、それのお願い放送が頻繁である。それなのに、大垣から名古屋までのJR電車内で、隣の列に座った二人連れの中年ビジネスマンが、マスクはしていても喋り通しで、不愉快になった。

 一ノ宮駅までは、二人の話し声は小さかったので我慢したが、急に興が乗ったのか、大きな声で喋りだした。思い余って、「すいません」と頭上に掲げられた「車内のマナー」ポスターを指さして睨んでやった。流石にビジネスマンなのか、効果ありで黙った。偶然と言うか、丁度よい場所にそのポスターがぶら下げてあった。神仏のご加護である。

 

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 私の座った席の頭上にあったポスター 

ケース2

 今度は、地下鉄で名古屋駅から本山駅まで行くとき、私は優先席に座った。ところが私の頭の上で、二人の恰幅のよい2人の外人がマスク越しに大きな声で話をしだした。人相の悪そうな外人だったので、「コリャ、注意してもダメだわ」と観念して、別の車両に退散した。

 日本ではコロナ感染状況は収束に向かっているが、英国では感染状況が再拡大に向かっている。日本でも、ワクチン接種が行き渡ったようだし収束傾向だが、まだほとんどの人がマスクをしている。

 ニュース番組で英国の風景を見ると、ワクチン接種が行き渡ったようで、ほとんどの人がマスクなどしていない。外人と日本人の衛生観念(道徳心)の差が、日英の感染状況の差を生んでいると思う。

 

ケース3

 帰路の名古屋から大垣のJR車内での事態。二人づれのオバンが対面かけの席に座って、名古屋から大垣まで、ずっと大きな声で喋りまくっていた。私はその席から4列ほど離れていたので、注意もできず、見ているだけであったが、同じ車両内で、気分が悪かった。喋りまくっているオバタリアンの前に座っているのは、中年のおじさんと若い女性であった。二人がオバタリアンに何も言わないのが、もどかしかった。通勤時間帯となり、車内が満席状態で、席の移動もままならない状態である。

 日本の公共心を破壊するのは、中年のオバタリアンたちである。今のままでは、子供への躾が台無しである。大人なら、言うべきことを言わないと、日本が駄目になる。私は少し恥ずかしい気はするが、勇気を持って注意の声を上げている。

 私は、そういう小さな行動の積み重ねが日本を良くすると信じる。

 「一燈を掲げて暗夜を行く」。そういう心構えで生きていきたい。

 

4k8a18761s 馬場恵峰書

2021-10-19  久志能幾研究所通信 2184   小田泰仙

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2021年10月18日 (月)

カテゴリー「家を建てる」を追加

 

 カテゴリー「家を建てる」を追加します。

 私の趣味は家をいじること。今までこだわりをもって家を新築、改築してきた。お墓も来世で住む家である。それを含めれば今まで5軒の家の建てることになった。母は、裸一貫から7軒の家を建てた。私もそれに負けまいと、今、6軒目の家を建てる計画を立てた。その経験知を伝えます。

 

志と忍

 家を建てるには、まず「建てる」という志を立てなければ、絶対に建たない。家とは人生を創っていくためのベース基地である。有意義な人生を創るには、人生で何をするかまず「志」を立てねば何事も成就しない。その過程で、楽しいことも辛いことも起きてくる。その時、家は司令本部であるし、籠城する場所にもなる大事な砦である。

 

 「こころざし」とは、「心を刺す」ことだ。自分の心に「上から」刃を突き付けて、それでよいか、それでよいかと自問することだ。それが「忍」である。

 「志」とは、「士」の思いを支えるのは、自分の心であると書く。その「志」を実現するには、現状を認めるために、「忍」が必要だ。それを自覚することから「認」という字が生まれた。

 

夢士

 一生かかっても実現できない夢を持って生きるのが「夢士」である。

 「士」とはサムライである。刀を持てば武士である。夢をもてば「夢士」である。家を建てるという夢を抱いて、「夢士」として動けば、第三の人生を認知症にならずに過ごせると思う。

 現在100 歳の現役ピアニストの室井さんは、90歳で家を新築した。だから100 歳で、今も現役である。馬場恵峰先生は60歳で一億円の借金をして日中文化資料館を建て、24年かけて借金を返済した。それがあったから、馬場恵峰先生は94歳まで現役で活躍された。それを思うと、家を建てるという夢を見ることは、生きる力を与えてくれる。

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  馬場恵峰書

 

2021-10-18  久志能幾研究所通信 2183   小田泰仙

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2021年10月17日 (日)

ヤブ医者が施す洗脳、茹でガエルとなり殺される

 

医師の洗脳教育

 長年かかっている医師の洗脳教育で、多くの人の命が危険に晒されている。それに気が付いている人は少ない。加齢現象で病気を胡麻化す医者は、患者を間違った情報で洗脳している。それはヤブ医者である。病気になった原因を見付け、その対策を指導しない医者はやぶである。どんなものにも原因がある。それを放置して薬だけ処方する医者はヤブである。ほとんどの医者がこれに当てはまる。そうしないと医者はもうからない。

 現代の医者は高額医療機器を設備しているので、その投資の減価償却をせねばならぬ。やぶ医者は病院経営の為、患者を生かさず殺さず、引き止めねばならぬ。現代では医は仁術ではなく、算術・産術・惨術である。ヤブ医者を信じれば、ゆでガエルのように殺される。

 

文殊の知恵と普賢の賢さ

 多くの医師の意見(智慧)を聴くことは大事なことだ。しかしその中から、正しいと思う知恵を選択するには、賢さが必要だ。智慧があっても、間違った知恵で動けば、絞首台を上ることもある。病気を逆に悪化させることもある。それは正しい智慧を選ぶ賢さが足りなかったのだ。

 

Dsc065671s 松本明慶大仏師作 普賢菩薩像 、 書は馬場恵峰師の揮毫

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洗脳の結果

 その結果、この40年間で、日本の医療費が4倍に増え、患者も4倍に増えた。現在の日本の年間医療費総額は40兆円をはるかに超えた。日本の税収は60兆円である。収入の半分以上が医療費なんて、おかしいではないか。これだけ医療が発達して、医療費を膨大につぎ込んで、何故それで日本人の2人に一人ががんになる状況になったのだ。現在は65歳以上の人の15%が認知症である。40年前は、そんなことはなかった。

 

真因追及

 どんな病気でも、元を断たなきゃだめなのよ。対処療法では、病気は治らない。対処療法で患者を胡麻化しているうちに、患者はその病気の真因元が別の病気を発症させ、それで死ぬ。そうすればヤブ医者は、その間、投薬で儲けて、完全犯罪で人を殺せる。

 現代の医者は治療をするが、病気は治せない。いや、治す気がない。治せば、医療業界の経営が成り立たなくなるからだ。日本の医療業界は悪魔のサイクルに陥っている。それが今回の新型コロナ治療体制で、その綻びが明らかになった。

 病気を治すのは、本人である。本人が病気を治す気にならないと、病気は治せない。医者任せでは、絶対に病気は治せない。

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成果主義を追求

 10年も同じ医者にかかって、病気が治らなければ、おかしいと思わなければならぬ。そう思わないなら、それは医師に洗脳された状態になっており、脳死状態である。医者の金儲けの生贄になったのだ。

 私も20年間も高血圧症で医者にかかったが、治らなかった。その間の医療費、通院時間が膨大な無駄であった。会社でも己の仕事の成果で人事査定されるではないか。我々は、医師の仕事の査定をせねばならぬ。それが医者を評価する成果主義だ。

 

ヤブ医者が洗脳で使う常套文言

「血圧が高いようだが、歳相応でこんなもんですよ。薬を出しておきます。」

「心臓の血管の一部が石灰質化していますが、誰にもある加齢現象ですよ。様子を見ましょう。薬を出しておきます」

「高血圧ですね。薬を出しておきます。」

「管理職の方はストレスが多いので、高血圧は常識です。薬を出しておきます。定年退職すれば、血圧は正常に戻りますよ。それまで我慢です」

「癌部は全て摘出しました。もう安心です。今まで通りの生活を送れます」

 

 90歳になっても、元気な人も大勢いるではないか。歳のせいだと、人を子ども扱いで胡麻化すな!

 

万病の元

 病気の原因は、狂った食生活、狂った生活習慣である。この40年間で、日本の食が大きく変わった。それにより癌、糖尿病、認知症が激増した。原因は明白であるが、それをあからさまにすると、日本経済を支える、食品業界、医療業界が大打撃を受けるから、「みんなで黙っていようね」と官・医・民・マスコミが結託して、利益確保を図っている。

 だから食品の添加物や農薬は、官僚が天下りを考えて、超ルーズになっている。日本の許可された添加物や農薬種類数は、数百を超えるが、欧米では20 種類ほどしか許可されていない。

 アメリカでは青少年への清涼飲料水の販売規制が厳しい。日本はその点で無法国家である。

 欧米でのたばこの規制は厳しいが、それに比べれば、日本はタバコに寛容すぎる。

 

命の液体

 すべての栄養素は、血液に乗って全身に送られる。その血液が汚れた食品で汚染されいれば、その汚れが血管内部に付着して、血管の流れを阻害する。

 血管内部の付着物が堆積すれば、必要量の血液が流れないので、自律神経が血圧を上げて血液を送る。それに対して降圧剤を服用すれば、必要な血が全身に行き渡らない。血液中に含まれる免疫酵素も必要量が細胞の末端まで行き届かない。また添加物等の毒素も全身の血管内に駆け巡り、堆積する。

 そうなれば病気になるのが自然の理である。病気にならない方が、異常である。病気になるように、なるようにと狂った食生活と薬漬け生活をして、そのうえ添加物まみれの食生活を送っているのだから、病気になって当たり前。それが癌、認知症の激増の真因であると私は推定した。私はそれで癌になったと確信した。

 

真の治療

 だから病気を治すには元を断たなきゃだめなのよ。私は病気の真因を見付けて、真島消化器クリニック(久留米市)の真島先生の食事療法の指導で、2年がかりで高血圧を治した。薬は使わない。薬は基本的に毒である。

 

2021-10-17  久志能幾研究所通信 2182   小田泰仙

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大垣市長狂気「資源分別に熱心な団体に罰として報奨金減額、増税」

 

 10月11日付けで大垣市長名のある、資源分別回収の報奨金減額を通知する書類が発令された。今まで4円/kgであった新聞紙、アルミ缶等の資源回収に対する報奨金が、来年1月からそれが2円/kgの半額に減額される。いわば増税である。

 

 5年前には、市長小川敏名で、6円/kgが4円/kgに減額された通知が発令されたばかりである。このぺースでは、3、4年後にはそれがゼロ円になると推定される。

 つまり、大垣市は省エネ、資源分別回収事業には大反対で、それを努力して推進すれば、大垣市としては大迷惑なので、その罰として報奨金を減らすという処置である。

 本来なら、脱炭素、省資源に向けて報奨金の増額はあっても減額はあり得ない。市民を愚弄する手段が卑劣過ぎる。2050年に脱炭素・石油ガス排出ゼロを宣言した大垣市長として、狂っているとしか思えない。

 

 文面では「リサイクル意識の高揚や連帯意識の醸成などを目的とした資源分別回収とはかけ離れているため、奨励金対象外とする」としているが、全く理解不能の言いがかりである。なにをもって「かけ離れている」というのか。言い訳の論理が全くデタラメである。

 

 国民の所得はこの30年間、変わっていない(政府の無能政策が原因で)。しかし官の所得は上り調子である。官は寄付金集めで、見えない形で税金を徴収している。

 いつしか官はきずかれないように天下り先も増やして、退職後も安泰の生活を確保している。昔は安かった官の給与は高騰し、今は官と民の給与差は2倍に拡大している。それなのに、市民の税金は増える一方だ。

 大垣市は、隠れた税として寄付金が半強制的に徴収されている。その多さの全体予算に対する比率は他市を圧倒している。大垣市では、それを集めた団体に、裏金として集めた額の7%がキャッシュバックとしてばらまかれている。何に使われているか闇である。それにつれて官と集金団体の幹部は潤うばかりである。

 

大垣市行政のデタラメは、

 市制100周年記念行事で、3億5千万円の無駄遣い、

 100の行事を強行して、後世に何も残らなかった。

 無駄遣いであった証拠が、翌年も大垣市の公示地価は下落である、

 その会計報告が、市条例で公開禁止となっている。

 公開するのが、よほど都合が悪いのか?

 公金横領、汚職の匂いがプンプン、

 サルでも取れる饅頭食わせ合い競争ギネス記録で無駄遣い、

 税金泥棒と言う以外に、言うべき言葉がない、

 無駄で贅沢な、県下一豪華な市庁舎を建て、

  (大垣と同規模の彦根市は、現市庁舎を改造してすませた)

 駐車スペースが余っているのに、また市庁舎前に駐車場を整備していて、

 市庁舎内に無駄な案内ロボットを配し、

  (一台、1千万円?)

 無駄な案内ロボットの保全費を使い、

  (年間、数百万円?)

 駐車場に無駄な案内警備員を2人も配し、

  (人件費 年間1千万円?)

 プレミアム商品券販売で商工課は大垣死商店街組合の不正を見逃し、

  (公金の用途外使用、脱税、懲役5年以下の犯罪)

 大垣市商店街主催の餅つき大会の老人誤嚥死亡事故をもみ消し

  (未必の殺人事件)

 商工課はその未必の殺人事件の管理監督を放棄している。

 無為無策の政策を20年間続け、大垣駅前商店街を死滅させた。

   この20年で60%の店が消えた。今20%が残るのみ。

 大垣駅前商店街は大垣の顔だから、その顔が死滅すれば大垣は没落する。

 それで大垣市の公示地価はこの20年間で半値に暴落した。

 市民の不動産財産が、半分に暴落したのだ。市民が貧乏になった。

 それが刈谷市や名古屋近辺は値上がりしている。他市は裕福になった。

 

 今度はまた、市民が汗水たらして資源ごみの回収に協力しているのに、それを逆なでする報奨金減額である。だれが儲けているのだ?

 

市長の狂気

 今回の報奨金の減額処置は大垣市長の狂気である。現市長の石田仁は、前市長小川敏の狂気を引き継いでいる。5年前に報奨金6円/kgを4円/kgに減額したのは、小川敏である。今回は半額への減額で、3年後にはゼロと推定される。やることはミエミエである。

 

資源再利用

 新聞紙、アルミ缶等の資源再利用をする団体への褒賞金は、来年1月になると、この5年間だけで3分の1に減らされることになる。そのペースでは、3~5年後には報奨金はゼロにされると推定される。これでは8年間で、住民一人当たり約1000円の負担増となる計算である。自治会は自治会年会費を1000円も上げないとやっていけなくなる。いわば見えない増税である。

 それでいて自治会組織のない富裕層の住む駅前マンション住民は支払い不要である。

 これにより、うちの自治会でも収入に対して約1割の収入減である。住民の高齢化と収入減、働き盛り年代の年収の停滞で、自治会運営として大問題である。大垣の市長は、市民を泣かすのが好きなようだ。市民の生活を脅かす市長は、その座を去れ。

 

2021-10-16  久志能幾研究所通信 2181   小田泰仙

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2021年10月15日 (金)

百回忌、血の気が失せ、墨汁を輸血

 

 祖父の百回忌法要(2021年10月12日)で、お墓前に行って、私の戒名を彫ってある墓誌を見て、驚いた。2年前に、墓誌に私の戒名を刻んで、朱を入れた。生前に墓誌に戒名を刻む場合は、まだ生きて血が巡っている意味で、朱の色を付ける。その朱がほとんど剥離していたためだ。それでは死んだ人の意味になってしまう。慌てて、「輸血」として再塗装を石屋さんにお願いした。

 

赤ペンキは不可

 この場合は、耐久性のある赤ペンキではダメである。ペンキでは、いざという場合(死亡時)に、その赤塗料が簡単に取れないので、朱の墨汁で色を付ける。だだしその耐用年数は少ない。色が落ちる度ごとに塗るしかない。今回はコロナ禍と私の病気のため墓参りが長期間出来ず、時間が経ってしまったための事態である。

 その耐用年数が分かっただけ、一つの知見である。生あるものは必ず死である。生ある「朱の戒名」の色付けも、何時かは薄くなる(死)である。再生が必要だ。諸行無常である。

 

戒名を授戒

 葬式の時に戒名を授かるのは、死亡後の応急処置である。やはり生前に、きちんと来世の名前を授かるのが正式手順である。皆さんも生前に戒名をいただくことを勧めます。それこそが終活の大事な一項目である。その他の終活の事務は、残った人がやってくれる。一番大事な戒名は、自分の意志で決めよう。

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 墓誌に刻んで朱を入れた私の戒名。「泰観院」は私の院号である。

 書は馬場恵峰先生の揮毫

 うっすらと一部に朱が残っている。

 

2021-10-15  久志能幾旧研究所通信 2180   小田泰仙

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2021年10月14日 (木)

祖父の百回忌法要での学び

 

 先日(2021年10月12日)、私の祖父の百回忌の法要を菩提寺で執り行った。この法要で、古希を超えてもまだまだ知らないことばかりであることを思い知った。今までに参列した50回忌は、母方の祖父の法要だけで、百回忌は人生で初めての経験である。

 菩提寺の住職さんでも、今まで百回忌の法要を執り行ったのは、この20年間でたった3回、五十回忌の法要でも10回だそうだ。良き功徳ができたと思う。本来、この法要は今年2月に執り行う予定であったが、コロナでの緊急事態宣言と私の体調不良で、この10月に延期せざると得なかった。それが12日に無事に執り行うことができてほっとした。

 

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 本殿に供えた祖父の塔婆 

 法要の後、お墓に供えた  2021年10月12日

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ご縁のめぐり合わせ

 めぐり合わせで祖父の百回忌を執り行えることを喜びたい。やりたくても、ご縁がないとできないのだ。まず健康でないとやれない。健康でもその気がないとやらない。健康でも金が無いとやれない。百回忌をやる意味を認識しないとやらない。

 私はご縁が結べば、それに全力で向き合う。それが私の人生哲学である。

 2年後には、祖母の50回忌である。法事をされる身になるより、する方にまわるが幸せである。報恩感謝として、人生でお世話になった人達を見送ってから来世に赴く?のが私の希望である。それまで死んでたまるか、である。

 

 

祖父の死因

 祖父は大津警察署の署長であった。祖父はその才能をねたまれて、二人の小官吏に暴行を受け、それが原因で1年後に亡くなった。暴行相手の2人は、部下の警官である。今でも不祥事の多い大津警察の100年前の事件である。

 祖父は学校を出て、丹後の地で大工の見習いに2,3年ほど通ったようだが、性格的に合わなかったようで、上の学業に進んだという。その後の学業は、当時としては素晴らしい学歴である。努力家でもあった。42歳の若さで大津市警察署長に昇進したのも納得できる履歴である。事故にあわなければ、かなりの地位まで昇進した人物と推定される。自分のご先祖として誇らしくなる。

 一見、田舎出しか見えない男が頭角を現せば、ねたむ人も出てくるのが世の常である。祖父はその辺の処世がうまく行かなかったのだろう。

 今太閤と囃された田中角栄元総理は、その妬みを一身に浴びた人だ。最後はある筋の陰謀で消された。私は、日本のために全力を尽くした角栄氏の言葉に共感を持っている。

 

 角栄氏曰く

「総理はなりたくてもなれるものではない。そういう立場になったご縁に全力で向き合うべきだ。」

 「人は努力すれば必ず成功する。しかしその成功をねたむ人が必ず出てくる。その対応に心せねばならぬ。間違ってもねたむ側になってはならない。」

 

 私も前職では、向上心から頑張り過ぎて、ねたまれ、毛嫌いもした人もいたようだ。当時は、私はその処世術が未熟であり、辛い思いを何度もしたので、その心境が痛いほどわかる。

 

お供え

 当初、大垣駅前の金蝶園でお供えを買う予定であった。しかし数か月前に不愉快な不祥事を受け、駅前の金蝶園では二度と買うまいと決めていた(後日報告予定)。その経緯で、菩提寺の近くにある「たねや」でお供えを買う予定にしていた。ところが当日の往路の鉄路で、京都方面のJR線で人身事故が起こり、電車が止まってしまった。私は米原駅で30分ほど、缶詰になった。それで予定の時間に間に合わなくなったため、急遽、お供えは現金に変更した。それがかえって良かったようだ。

 お菓子をお供えすれば、そのお下がりで私もそのお菓子を食べねばならぬ。つい多く食べてしまう。病気の原因である。

 聞けば、お寺さんでも多くのお菓子が集まり過ぎて処理に困り、学校等へ進呈しているようだ。またお菓子を食べ過ぎれば糖尿病にもなってしまう。

 今後は、お供えは現金を包むことにした。お菓子のお供えは止めである。

 

焼香

 曹洞宗では、本殿での焼香は2回である。一回目はつまみ、目の高さまで持ち上げて焼香して、2回目は摘み上げそのまま焼香する。

 火葬場とお墓の前での焼香は1回である。それは昔、遺体を火葬する時、藁1本を火葬に供えて火をつける意味があったからだという。それと同じ意味で、お墓の前でも一回の焼香である。

 

父親の背中

 ある親戚が法事をおこなったが、その時の塔婆を立てなかった。その親戚の人は信心深くないようだ。親からの背中の教育を受けていないようだ。今までの法事や寄進の状況をみても、それを感じた。だから他の親戚筋にも百回忌の参列の声掛けをすべきだったが、声をかけるのを躊躇させられる状況だった。声をかけるのも、声をかけられるのもご縁である。声をかけられないご縁さえある。そういうめぐり合わせである。

 私は父に連れられて墓参りに何度も菩提寺に来ている。それが父からの背中の教育である。そういうふうに教育された幸せを、親戚の塔婆がないことで、再確認した。子供は親のいう事など聞きはしない。親のやっている通りにするのだ。

 

親戚問題

 今まで頭の痛かった3つの親戚問題が、この法事で少し光が見えてきた。百回忌を執り行って、ご先祖様が助け船を出してくれたようだ。やはり何か具体的に動けば、何らかの具体的な回答が天から降ってくる。今まで何度も経験している知見である。

 

2021-10-14  久志能幾研究所通信 2179   小田泰仙

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