2020年2月22日 (土)

組織のリーダの使命

 リーダよ、夢を語れ

 

 会社社長の使命は、会社の未来を創ること

 大垣市長の使命は、大垣の未来を創ること

 家庭の長の使命は、家族の未来を創ること

  個人のプロの使命は、その道の未来を創ること

  後に続く人のために、道を創れ

 

 リーダは組織のあるべき姿の夢を語り、夢を形にするため、それの実現に情熱をかけて邁進し、責任感でそれを成就する。

 組織の現状維持だけなら、それはナンバーツーの仕事である。組織のトップは、未来への投資を選択・決断して、未来への道を拓くため組織の方向づけをするのが使命である。それはリーダが命を掛けて取り組む仕事である。

 

ルーチンワークと未来を創る仕事は違う

 現状の大垣市長の日々の業務はルーチンワークで、助役がこなせばすむ話である。決まりきった例年の敬老会の挨拶、スポーツイベントの挨拶、元気ハツラツ市行事の挨拶など、大垣の未来への貢献は皆無に等しい。誰が挨拶しても定型文を棒読みするだけである。特に小川敏の出まかせの論理構成のない挨拶など、誰も聞いていない。

 

人の育成

 未来を創ってくれる人の育成、人の教育へ投資、産業・稼ぐ事業の育成、文化の育成が、会社でも都市でも己の家庭でも、最重要項目である。伝統・歴史も成果も利益も人が作る。それを生み出す人財を育成しないと、組織は成長しない。人を創ること、それが長の使命である。家庭の長は主人である。都市の長は市長、会社の長は社長である。

 

前職の会社の社長は決断せず

 私の前職の会社では、歴代社長は「教育は大事だ」とお題目では毎回唱えるが、不況になると真っ先に教育費を削減していた。歴代社長は、学歴だけは立派だが、決断が出来ない人達だった。社長は時代が急速に変貌する中、未来への投資において選択と決断が出来なかった。そのため会社は段々とジリ貧になり、最後は市場から淘汰されて65年の寿命を終えた。従業員は相手先の会社に吸収合併され、悲哀を味わった。歴代のトップは人への投資を怠ったのだ。

 

大垣市を衰退させた小川敏は、節約最優先の貧乏神

 大垣市長の小川敏は、現状維持どころか、大垣を没落に導いた。デフレの時代、現状維持は衰退の道である。小川敏は現状維持さえできなかった。

 口先だけの魔術師は、節約ばかりで、未来への投資をせず、市長のあるべき使命に反した19年間の無能政治で、大垣の未来を消した。それでいて自己宣伝の行事は市民税を使い放題の大奮発である。

 小川敏の最大の過ちは、それに気が付いていないこと。知識はあっても智慧がない。だから市長6選に出馬を決断した。それが実現すれば、24年間の独裁政治である。

 

教育費削減の愚策

 小川敏は大垣市の児童生徒の教育費を県下最低レベルに落とし、その予算を自分たちの給与にお手盛りをして、県下一の高さにした。それの怖しい未来の結果になることに考えが及ばない。また、それを恥とも思わない厚顔さである。政治家失格である。子供たちが大垣の未来を創ってくれるのに、小川敏は、それへの投資を抹殺したのだ。それで大垣の没落は確定的になった。

 

教育費比較

 大垣市の教育は県下最低レベル

          一人当り予算   児童生徒数 

         千円  大垣100で   人

 多治見市    735    158    8,862  

 岐阜市     529    114    32,074  

 可児市     517    111    8,352   

 大垣市     465    100    14,400  

 各務ヶ原市   445     96    12,525   

 刈谷市(愛知県)918    197    11,120  

 

大垣駅前のマンション建設の愚策

 小川敏は、大垣市が稼ぐため(税収向上)の産業育成には投資をせず、人口を増やすためにマンション建設誘致ばかりした。彼は大垣市の人口だけが増えればよいとしている。その末路は、生産人口の減少での税収減少と社会保障費の増大である。大垣市のスラム化である。

 私はマンション建設に反対ではない。大垣駅前商店街をつぶして、マンション建設をするから、異を唱えているだけだ。大垣駅前商店街の裏手にマンションを作ればよいのだ。それとも、マンションの下階を店舗にすればよい。芸もなく、何も考えずマンションを誘致するから大垣の顔である大垣駅前書店街が息絶えたのだ。

 

異邦人の増加

 そのマンション住民は、自治会組織への加入も拒否して、市民として払うべき費用の出費を拒否している。その分、真面目な大垣市民の税負担が増えるのだ。大垣市民には、ゴミ回収や教育、医療、介護の社会保障費(税金)は増える一方である。新規マンション住民の意識は、名古屋市民である。大垣は寝るだけの場所である。彼らは大垣がどうなっても知ったことではないのだ。

 小川敏行政はそのマンション住民への指導さえせず、マンション誘致に余念がない。現在、大垣駅前はマンションだらけである。小川敏は、大垣市を税収が増えず、学校や病院、介護施設等の経費が増えるばかりの老人のベットタウンに落ちぶれさせてしまった。小川敏は、大垣市を医療・介護費用増大の蟻地獄体制にしてしまった。

 

娯楽遊行費の散財

 それでいて市民には娯楽遊行費としか思えない「大垣市制100周年記念行事」に3億5千万円も市民税を散財した。その会計報告もない。それは大垣の活性化には全く貢献せず、翌年も大垣市の公示地価は下落である。結局、小川敏が市長になって19年間、公示地価は連続下落である。いかに小川敏の政治が無能なのかを示している。

 小川敏は、私の両親が50年前に買った不動産価値を半分に激減させた。もし三河地区で不動産を取得していれば、逆に価値が上がったのに。これは大垣市民全員の恨みである。

 

贅沢な新市庁舎建設

 それでいて、小川敏は大垣の発展には貢献しない贅沢な新市庁舎を建設した。新市庁舎の市民の負担額は、県下一の高さの贅沢さである。3年待てば、激安になるAI、IT機器を導入して業者を儲けさせ、己のPRに使う為、割高のIT設備を新市庁舎に入れた。それは費用対効果の薄い投資である。出すべきお金の使い方が間違っている。その分、大垣に未来が暗くなった。市民の不幸の種である。要は市長選6選に向けた事前選挙活動の一環であると推定される。

 

市庁舎費用比較

 新市庁舎の建設費、大垣市は県下一豪華

      人口  新市庁舎費用  市民一人当たり負担

 大垣市   159千人  126億円  79千円(県下一)

 岐阜市   406千人  266億円  65千円 

 各務ヶ原市 145千人   83億円  57千円

 多治見市  107千人   52億円  48千円

 

大垣市の没落

 小川敏が市長になる19年前は、大垣市の一番高い土地(一等地)の公示価格は岐阜市に次いで県下二位であった。今は大垣が没落して、それが多治見市にも抜かれて、県下5位まで下落した。小川敏が市長になって、19年間連続で公示価格が下落して、51%も地価が暴落した。小川敏の無為無策の無能政治が元凶である。

 

大垣市地価平均     前年比変動率

 2001年[平成13年]   12万4222円/m2  -7.98%  下落 小川敏市長就任

 2002年[平成14年]   10万8425円/m2  -10.10%  下落

 2003年[平成15年]   9万6470円/m2   -9.65%  下落

  2004年[平成16年]   8万3482円/m2   -8.56%  下落

 2005年[平成17年]   7万3836円/m2    -7.04%  下落  小川敏市政2期目

 2006年[平成18年]   7万2277円/m2    -4.20%  下落 

 2007年[平成19年]   6万8535円/m2   -1.85%  下落

 2008年[平成20年]   6万9942円/m2   -0.16%  下落

 2009年[平成21年]   7万1687円/m2   -1.40%  下落 小川敏市政3期目

 2010年[平成22年]   6万7237円/m2   -2.82%  下落

 2011年[平成23年]   6万5702円/m2    -2.36%  下落

 2012年[平成24年]   6万3941円/m2    -2.41%  下落

 2013年[平成25年]   6万3216円/m2    -2.13%  下落 小川敏市政4期目

 2014年[平成26年]   6万1898円/m2    -1.31%  下落

 2015年[平成27年]   6万1495円/m2   -0.78%  下落

 2016年[平成28年]   6万0585円/m2    -0.57%  下落

 2017年[平成29年]   6万0692円/m2    -0.50%  下落 小川敏市政5期目

 2018年[平成30年]   6万1540円/m2    -0.39%  下落

 2019年[令和元年]   6万2036円/m2     -0.47%   下落

 大垣市の公示地価・基準地価マップ・坪単価 - 土地代データより 

 ※変動率は、各地点の変動率の平均となる。(平均地価の変動率ではない)

  https://tochidai.info/gifu/ogaki/

 

2020-02-22 久志能幾研究所通信 1488 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年2月21日 (金)

磨墨智104 ニュートンの第一法則(慣性の法則)に従おう

 止まっているモノは永遠に止まっている。それは時間が止まっている状態である。動いているモノは永遠に動いている。それは生きている証である。一歩踏み出して、動きの慣性を付けよう。

         ニュートンの第一法則

 

50年後の姿

 じっとしていても、時間は無為に過ぎていく。時間という敵は優柔不断ではない。座して死を待つほど、愚かなことはない。いくら言っても、テコでも動かない人など、構っていられない。今やったことの結果が失敗でも、それは目的達成のための些細な一里塚、成功迄の一工程である。50年後に真の結果は出る。

 今、50年前を振り返ると、今の自分は50年前の行動があっての自分である。当時の学生時代の取り組みの汗が、今の己の姿なのだ。

 50年後の結果は冥途で見よう。今を全力で生きればよい。人生時間は有限である。人生の大事を急ごう。

 

生涯現役の師を選ぶ

 やって見て失敗すれば、その道は間違ってたことが分かったのだ。それ以外の道を行けば、成功にたどり着ける。だから死んだふりをして活動をしてない人とご縁を結んでも、時間の無駄である。どうせ何時かは死ぬのだ。だから生きている間に、全力で活きよう。

 人生の師を選ぶなら、生涯現役の師を選ぶべきだ。だから私は馬場恵峰先生を師として、人生の生き方を教えてもらっている。

Dsc09229s  馬場恵峰先生(93歳現役) 2020年2月13日 恵峰塾の講義で

 

挑戦し続けるエネルギーを

 エジソンも20,000回の失敗の道を動いて歩んで、20,000回目に、耐久性のある電球のフィラメントを発見した。エジソンが成功したのは、エジソンが天才であったためではない。エジソンに動き続ける好奇心溢れる慣性のエネルギーがあったからだ。

 彼は19,999回の失敗をしたのではない。一回一回、各項目の確認評価を19,9990回やったのだ。失敗したのではない。その方法で19999回、愚直に試験をしただけだ。全手順を「足」を使って確認したたのだ。「千里の道も一歩から」と同じである。

 

人生のエネルギー

 良いご縁を招くには、自分自身に強いエネルギーを持つことだ。

「人間の運命は人間の手中にある」哲学者サルトル

 成功のために自分で自分のダイナモ(発電機)を自家発電で回そう。だれも自分のダイナモは回してくれない。ダイナモを回せば回すほど、自分の慣性のエネルギーが高まる。自身の質量(家の財産、地位や名誉、名声、能力)が少なければ、走る速度を上げて補い、自分のエネルギーを高めよう。質量のない私は足りない分を補うため、走る速度を上げて生きてきた。マグロのような生き方だと思う。走るのを止めれば、倒れてしまう。

 

E=mV^2

  E:エネルギー(マンパワー)

  m:質量(人の能力)、 V:速度(動き回る速度)

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  馬場恵峰書

 

2020-02-21 久志能幾研究所通信 1487 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

ラム酒漬けレーズンパン、マーガリン入りで有害

 私はラム酒漬け葡萄の入ったレーズンパンが大好きで、月に数度、大垣駅近く大規模小売店舗内のパン屋で購入していた。一月ほど前、その成分表に目が行き、そのパンの成分にマーガリンが入っていることを発見して、驚嘆した。マーガリンは私にとって毒なのだ。それでそれ以降、そのパンを買うことを止めた。また、そのパン屋の健康に対する取り組みに疑問を持ち、そのお店でパンを買うことを止めた。

 

マーガリンとは

 マーガリンとは工業用プラスチックで、人間が食べるものではない。マーガリンはバターの代用ではない。マーガリンに含まれるトランス脂肪酸は、脳梗塞や心臓病のリスクを高めるため、世界で規制の動きが高まっている。トランス脂肪酸は、植物油などの液体状の油脂や、マーガリン、ショートニングのような固形状の油脂を製造する加工工程で生成される。

 

フレッシュ

 コーヒに入れるフレッシュに、ショートニングが入ってる。フレッシュは牛乳から作られるわけではない。人造の疑似ミルクである。だから常温で1年も2年も放置しても腐敗しない。だからそれは人間の食べるものではない。猫でもハエでもゴキブリでも見向きもしない。だから私はコーヒをブラックで飲む。

 

欧米の規制

 欧米の専門機関やWHО(世界保健機構)は、トランス脂肪酸の摂取を総エネルギー中で1%以下にするように勧告した。

 デンマークでは、2003年から国内で販売されるすべての食品の油脂中におけるトランス脂肪酸の含有量を2%以下に制限された。違反者には最高2年の禁固刑が科される。

 2008年、ニューヨーク市では、トランス脂肪酸を含む油脂製品の使用を禁止した。

 米国、カナダ、韓国は、加工食品など4種類の油脂について、含有量表示を義務付けた。あの中国でさえ2011年からトランス脂肪酸の表示を義務化した。

 

日本の野放し

ところが日本では(役人の利権がらみと推定)、その摂取量が少ないとして(大嘘)、基準値の設定や表示の義務付けはなく、野放し状態である。きっと役人の天下り先を優遇しての処置である。

 

法律違反

 日本では食品衛生法第6条で「有害な物質が含まれ、またはこれら疑いのある食品は販売、製造、輸入、加工、使用、調理、陳列してはならない」と明記されている。トランス脂肪酸は有害であることが明白で、この条文から、トランス脂肪酸を含む食品は販売、製造はもとより陳列しても違法なのだ。

 こんな日本の食品業界にド甘い行政姿勢だから、これが原因で日本だけが癌死が年々増えていると推定される。欧米は癌の死亡率が年々下がっているのに、日本だけ異常である。

 私は昨年、癌に罹患したので、再発防止のため少しでも疑わしい食品は避けている。その危険性を皆さんに伝えるため、この記事を書いている。

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船瀬俊介著『あぶない抗がん剤』(共栄書房 2018年)より引用

 

 

マーガリンの弊害

 最近、ショートニングは皮膚障害にもその原因となるとの研究結果も発表されている。50年ほど前、私が子供の頃は、アトピーなどは無かったし、聞かなかった。しかし日本が経済高度成長期になると、食生活が洋風に激変して、バターに変わり、健康にいいという神話で、マーガリンを筆頭にして、このトランス脂肪酸の摂取が増えた。また植物油を使った菓子、料理パン、アイスクリーム、スナック菓子、洋菓子、スーパーの揚げ物等の食品が氾濫し始めた。そのことが、アトピー等の異常な病気の原因と推察される。認知症、癌の増加もその遠因と私は推察している。

 

無知な小川敏

 大垣市長の小川敏は、ショートニングの病気のリスクが2003年頃から欧米では広く伝わっているのに、2018年の大垣スィーツグランプリで、ショートニングが含まれている菓子にグランプリ大賞を与えて、大きな顔をしている。小川敏は、大垣のスィーツが宣伝できれば、大垣市民の健康への被害など知ったことではないのだ。大垣市民として許せない市長である。

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 ショートニング入り大垣スィーツのグランプリ発表

 小川敏は大威張り  2018‎年‎3‎月‎4‎日、大垣元気ハツラツ市会場

 

油脂はドクターストップ

 私は血管内に溜まったプラークを削減するため、油脂を採ることは避けている。血管内のプラークの蓄積は、油脂のショートニングが影響するはずである。それが高血圧症、脳梗塞、心筋梗塞、癌の遠因となるはずである。血管内がプラークで細くなり、血液が流れにくくなると推定される。血液には癌等の異物を攻撃する免疫酵素が含まれる。だから血流が流れにくくなると、癌ができやすくなるとは、医学の素人の私でも考えられることである。私の場合、毒である油分摂取は、真島消化器クリニックの真島院長からドクターストップである。

 

 マーガリンの危険性は、Business Journal(https://biz-journal.jp)のカテゴリー「ヘルス・ライフ」内で、「マーガリン」で検索すると、多くの情報が出てくる。皆さんも各自で確認してください。

 

本ブログの情報は、下記の記事を参考にしました。

「食品の闇」中国ですら表示義務化の危険なトランス脂肪酸、日本では野放しで日本人は大量消費文 = 小薮浩二郎/食品メーカー顧問」

https://biz-journal.jp/2019/03/post_27174.html

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「危険なトランス脂肪酸に新たな健康リスク、野放しに批判強まる 菓子パン、マーガリン… 文 = 郡司和夫/食品ジャーナリスト」

Copyright © Business Journal.

https://biz-journal.jp/2014/11/post_6523.html

 

2020-02-20 久志能幾研究所通信 1486 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年2月20日 (木)

磨墨智103 レストランへは何を注文するか決めて入ろう

 料理を注文するまでの時間を短くしよう。私が外食する場合は、レストランで即決を旨としている。メニューは次回に頼む料理を選ぶために見る。料理が出てくるまでは、次回食べる料理を考えよう。

 たかが1,000円の料理で、その選択に3分間も迷うのは愚かである。時間レート100円/分として300円の人生時間ロスである。人生時間は有限なのだ。それが即断できないようでは、社長として1,000万円の稟議決裁はできない。

 

既知の予定

 その「人生レストラン」に行くことは、ずっと前に決まっている。決まっているのだから、事前に「何を食べるか、何をやるか」を決めておくべきだ。そのプロジェクトの終わりの日だって、定年退職の日だって、入社した時に決まっている。人生最期の日が来ることも、確定事項である。「人生一度限りのお食事時間」を大事にしよう。

 

人生レストラン

 此の世は人生レストランで、バイキングレストランである。何を食べようが、何をしようが、どれだか食べようが、全く食べまいが、どれだけやろうが、それはやりたい放題である。その「料理」は、自分の選択と決断だけで決まる。

 人生レストランのお代は、「お足」と「行動」で払う。自分の意思でその方面に足を向けないと、その「料理」は食べられない。足こそが己の意思を具現化する。人生レストランでは、行動して選択しないと何も食べさせてもらえない。

 

占い師にならない

 やりもしない前に、それは無理、それは不可能、それは不味そうだからと食べないのでは、トヨタ生産方式を作った大野耐一から「やりもしないうちから出来ないなんて、お前は何時から占い師になったのだ!」とカミナリを落とされる。一度しかない人生だから、何でも一度は食べてみることだ。試し食いなら無料である。気に食わなければ、やめればよい。

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 馬場恵峰書 82歳

 

己の体は預かりもの

 人生レストランが、普通のバイキングレストランと違うのは、その食べ方如何で、「天主」から突然の強制退場を命じられることがある事だ。あさましい飽食、狂食、狂遊、狂楽、狂った労働では、冥途行き救急車を呼ばれてしまう。健康管理をお大事に。前職では、一緒に仕事をした仲間が、24名も天に召されてしまった。今にして、よくぞ生き延びられたと、神仏に感謝している。

 

時間制限

 どんなバイキングレストランでも時間制限がある。だからこそ、何を食べるかを事前に決めておかないと、時間切れとなる。美味しいお店の時間管理は厳格である。好きなことに熱中すると時間を忘れ、あっという間に時間が経つ。終わりのないお食事タイムはない。人はいつまでも、今の状態が続くと思っている。死は突然なのだ。世は無常である。

 何時までもあると思うな、親とカネ。

 親が死ぬのだから、己も何時かは死ぬのだ。人ごとではない。

 

第二の人生レストラン

 普通のサラリーマンでは、その第一の人生レストランの滞在時間が60歳までである。第二の人生レストランで何を食べるか、そのレストランに行く5年前までに決めておくと、人生のロスが少ない。60歳になる日は、就職した時から、決まっている。

 私は前職で、定年直前に定年延長を止めた。急遽の予定変更であったので、定年後のやることが決まっておらず、少しの時間ロスをした。それが、悔いであったが、よき骨休めの時間でもあった。やはり次のレストランの料理は事前に決めて、その準備をしておくとよい。

 

来世のレストラン

 来世でも何をやるか決めておいたほうが良い。来世に向かって、書道を本格的に始めようと思う。きっと生まれ変わった時、役立つだろう。

 馬場恵峰先生の書道活動を見ていると、前世で相当の書道の練習をしたとしか思えない。ご先祖の才能がDNAとして受け継がれたようだ。

P1040528s 馬場恵峰書 小学校1年生の時の書

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馬場恵峰書  小学校2年、3年の時の書

 

2020-02-19 久志能幾研究所通信 1485 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年2月18日 (火)

貧すれば癌ス 「貧忙癌」

 私は長年の友を「貧忙癌」で失った。最近、友人が会社を早期退職して貧乏になり、それにつれて友の心までが貧しくなってきた。「忙」とは心の癌になり、心を亡くしたのだ。一度、「貧忙」という悪魔のサイクルに陥ると、どんどん貧乏くさくなってゆく。つまり生活が貧乏になると、心までが「貧忙癌」に侵されて増殖して、豊かな心が消滅するのだ。

 

今生のお別れ

 今の出会いが今生のお別れなのだ。何時までもあると思うな、親とカネ。親の死は、何時かは己も死ぬことを親が教えてくれている。人と出会ったら、それが今生のお別れなのだ。明日にでも大震災が起きるやもしれぬ。第二の911テロに巻き込まれるやもしれぬ。

 だから自分の病気ばかりに気にするのではなく、たまには相手の幸せを考えて布施(顔施、心施)をすべきなのだ。相手の立場になって考えることも布施である。明日の命は分からない。命は日々尽きていくのだ。

 

貧忙癌の原因

 鬱病を原因とする貧忙癌は、利他の精神に立ち返れば治る。自分よりまず相手の立場を考えよう。鬱とは、鬱蒼と茂った葉で、自分を守るために自分自身を隠してしまい、その葉の重みで自分自身が倒れそうになった状態である。木の全栄養が葉っぱに行ってしまい、他の事は考えられず、肝心な自分の幹に栄養が行かなくなった状態である。だから、その防御用の葉っぱを落とせば、病気は治る。

 何時までもあると思うな、己の命。どうせ何時か消える命なら、世のために捧げた方が、生き甲斐がある。そうすれば鬱はどこかに行ってしまう。自分のことばかり考えるから、周りが見えなくなる。

 

喫茶店事例

 竹馬の友が一緒にマクドナルドに行こうと言いだしたので、出かけた。友人が、驕りだと言うので、コーヒーとハンバーガーを注文した。ところが友人は(金がないから)水だけでいいという。当方は奢ってもらって、相手が水だけ飲んでいては、コーヒーなんか気持ち良く飲めない。一緒に同じものを食べてお喋りしてこそ楽しいのだ。その気持ちを友人は察することが出来ないまでに、友人の心は「貧忙癌」に侵されていた。それでは、今後とても対等に付き合えないと思った。だんだんと疎遠になるのも致し方ない。そんな友人と付き合うと自分まで惨めになる。

 

温泉旅行

 大学時代から付き合っている40年来の友人と、定年退職の記念にと一緒にかけ流しで有名な温泉に出かけた。そこで夕食の料理を頼む段になって、私は一生に一回の記念だからと一番いい料理を頼もうと思ったら、友人が予算の関係で少し安い料理にしようと抵抗されてしまった。その差は数千円である。一生で一度の事なのに、何かわだかまりが残った。その後、別の価値観の差でトラブルがあり、40年来の友人と別れることになった。

 お互い仕事をしている間は、遠方地であったので、年に1回か数年に1度くらいしか会わなかったので、その価値観の差が露見することがなかった。お互い、定年退職を迎え、会う頻度が増えて露見した事件であった。

 

シベリア抑留の生と死

 私の父は地獄のシベリア抑留を経験して命からがら生還した。だから今の私の命がある。父の弟はシベリアの土になった。だから従弟は父の顔を知らない。シベリア抑留では極寒の強制労働で7万人の日本人が殺された。一説には10万人とも言われる。死亡率12%だが、抑留当初の死亡率は80%であった。アウシュビッツ強制収容所並みである。我々が語り継がねばならぬ歴史である。

 大学時代の友人の父も同じ境遇であった。父はその体験談をほとんど話さなかった。友人の父も同じであったようだ。それはソ連から洗脳教育で、捕虜全員が口止めされていたようだ。

 その生々しい体験談を2014年8月2日、丸順の今川順夫最高顧問が講演会「負けて堪るかーーシベリア抑留を生き抜いた男の人生」でされたので、それをビデオ撮影してディスクに焼いた。友人が、それに興味があると言うので、気を利かせてそれを業者に頼んでダビングして送ってあげた。

 しかしその実費の支払いをお願いしたら、「押し売りみたい」との返信があった。彼はビデオディスクを受け取ったが、その代金は払わなかった。それで、これは価値観が違う人だと分かり、40年来の友であるが、別れることにした。

 送ったのは、今川順夫氏のシベリア抑留体験の講演ビデオには、私の父も友人の父も、この講演にある同じ体験が語られている。彼の行為は、シベリア抑留で亡くなられた方を侮辱したようで、ある種の怒りも覚えた。彼も心の貧忙癌に罹っていた。

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 今川順夫氏の講演  これで一食分のパン。これで重労働に耐えた。

 2014年8月16日 興文地区センター

 今川順夫氏は2019年6月21日、逝去された。95歳。ご冥福をお祈りいたします。

 

人は成長しないと友を失う

 渡部昇一師は、同じような経験談をエッセイに残している。長年の友でも、自分と同じように成長しないと、価値観、蓄えの差が出来てくきて、付き合うのに障害が出てくるという。行くレストラン、食べる料理の金額に関してお互い違和感を覚えない人だから、長く付き合える。それに差が生じると、お互い違和感を覚えて交際に支障が発生する。人は歳と共に、心の豊かさ、財産の豊かさが成長しないと、友も失うという。それをこの事例で体感した。

 

福禄寿

 人は経験を積んで、人格に磨きをかけて、福を持たねばならぬ。人は働いて裕福(禄)にならねばならぬ。長生きせねば(寿)、交際も保てない。また生んでくださったご先祖、ご両親に申し訳ない。

Dsc00557s   馬場恵峰書

2020-02-18 久志能幾研究所通信 1484 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年2月17日 (月)

上手く字を書く方法

上手い字

 うまく字を書く方法はない。うまく字を書こうと思わないこと。楽をして上手く字を書く方法を探すから、何時まで経っても、うまく字を書けない。

 今の実力で、良い紙に、良い筆で、良い環境で、真剣に、全力で書く。そうすれば残る。安い紙に書くから、安易な気持ちになり、安易に書いてしまう。書いてもどこかに行ってしまい、残らない。

 目は心の窓、文書は心の声、書は心の鏡である。

  馬場恵峰先生の言葉 2012年12月14日

 

「現職の仕事」に当てはめると

 うまく仕事をしようと思わないこと。人にかっこ良く見せようと思わないこと。今の実力で(見栄で背伸びをしない)、良い道具を使い(良いスーツ、高性能パソコン、良い事務用品等)、良い環境で(良き書斎、広い世界で勝負、良き師の足で探す。必要なら遠方でも、海外でも出かける)、真剣に、全力で仕事をする(一事一心一念道)。妥協を排し、後世の残る仕事を目指して、仕事を進める。安易にやっつけ仕事、小遣い稼ぎの仕事をするから残らない。

 

「ご縁」に当てはめると

 うまく人と付きあって、如才なく立ち回ろうとしないこと。人のカッコ良く見せようと思わないこと。今の実力で、誠意をもって、愚直に、真剣に、全力で、ご縁と接する。長く付き合える誠実な人を見付け、大事に付き合う。安易に人を選び付き合うから、いい加減な人が付け込んできて、裏切られる。そういう悪縁は、早く切ること。人生時間は有限である。ご縁も有限である。

 

新しい取り組み

 私は馬場恵峰先生の上記の言葉を書き留めたカードを見て、書の取り組みに再挑戦しようと決意した。恵峰先生もいつまでも元気であるわけがない。それで2020年2月14日、先生宅を訪問した時、製本した白紙の冊子を先生宅で2冊購入(一冊3,500円)した。それに今まで読んだ古典を筆で模写することにした。筆は筆ペンでもいいという。その古典は、修証義、般若心経、大学、論語、菜根譚、徒然草、奥の細道、言志四録等である。

 読むだけでは頭に入らない「10回読むより、1回手で写せ」である。書くから自分のモノになる。書いて覚えるのだ。耳だけで聞くから、聞いたという自惚れで終わる。書いて初めて自分のモノとして残る。まとまったモノを一つ一つ書き上げていく。そうすれば新しいアイデアが浮かぶと恵峰先生は力説される。

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  馬場恵峰書

 

2020-02-17 久志能幾研究所通信 1483 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年2月16日 (日)

磨墨智624 お坊さんと仲良くなろう

 いつかはお世話になるお坊さんである。後に残る人のために、お坊さんと仲良くなっておこう。後に残る人の時間が助かる。

 葬儀の時、お坊さんは故人の生前の生き様を親族から聞き出して、その人に見合った戒名を授ける。しかしそれは応急処置である。本来は生前に戒名を授かるのが正規である。事前にお坊さんとお話がしてあれば、事前に個人の性格が分かり最適の戒名を授けてもらえる。時間節約にもなる。あの世で後悔をしない。

 

戒名とは

 戒名とは、導師が故人に弟子として授けるあの世での名前である。あの世で、戒名(戒めの名)を背負い、その名に恥じないように仏道を修行する。生まれた時の本名は、両親がこの子はこうあって欲しいと名付ける名前である。往々にその名前に恥じる現世を送る人が多い。

 戒名はあの世で、こうありたいと願って住職が名づける。今度こそ、名前に恥じない佛道を歩みたいもの。

 

私の戒名

 私は今回の癌の手術をして、覚悟を決めて終活準備の一環として戒名を授かった。導師より提案のあった戒名候補から選定した。その戒名を馬場恵峰先生に揮毫もしてもらった。お墓は2015年に建立スミで、墓誌も手配した。そして葬儀と50年間の法事の段取りもした。そのお金も払った。準備万端である(?)。我ながら、あきれている。

 本来、生前に戒名を授かるのが正規である。今回それを初めて知った。人生知らないことばかりである。まだ死んだ経験がないので(?)致し方なし。

 

人生最大のイベント

 死とは人生で、最大で最高のイベントである。それまでに何をこの世に遺せるか、人生の課題である。そのお祝いが死のセレモニーである。そのイベントを立派に成就するために精進をしたいと思う。

 癌死では(確率50%)、生前の食生活と生活習慣が「狂っていた」とみなされたのだ。人生道を暴走して、人生道の通行違反切符を切られたようなものだ。安心安全健康運転違反である。

 認知症(確率25%)で死ぬのでは、そのやってきたことが理解できなくなり、生きてきた甲斐がなくなる。それでは人生の作品の完成がままならぬ。仕事で気ばかり使って、頭を使わなかった校長先生や警察署長が認知症になりやすい。仕事一筋で、仕事以外の世界を知らず、定年後にやることがなくなると、認知症を発病しやすい

 老衰では(2%)、無為無策のようで未練が残る。

 不慮の死(1%)では、人生の危機管理ができていなかった証である。

 前向きに倒れるようにぽっくり死は(1%)である。それが理想だが、狭き門である。

 立派に死ぬためにも準備と努力が必要だ。その前提条件は健康管理である。

 

理想の死

 死の直前まで人生の作品の仕上げに命を捧げたいと思う。そうすれば納得できる死を迎えられる。あの世に悔いがなく逝ける。だから今を全力で時間を忘れて働きたいと思う。

  よく働いた一日が安らかな眠りを誘う様に

  よく働いた一生は安らかな死を迎える。

             レオナルド・ダ・ビンチ

 

エピソード

 その戒名を墓誌に刻むにあたり、馬場恵峰先生に私の戒名を揮毫してもらったが、行き違いがあり、墓誌に戒名を彫った後でミスが見つかった。相手が石なので修正がきかない。それで墓誌を再製作するという顛末になってしまった。それで100万円近くが消えてしまった。なにせ自分の戒名を彫るのは、初めての体験なので、ミスがあっても致し方なし(?)。

 墓誌、位牌の戒名の名には、意外と間違いが多いようだ。普通は誰も気が付かない。以前もご先祖の戒名の間違いに誰も気がつかなかった事例があった。

 今回の間違いは、仏様から「まだ浄土に来るには早い、死に急ぐな」と言われたと自分の都合の良いように解釈した。昨年、癌の手術後、医師からは余命2年と言われてから1年が経過した。だから後1年で死ぬ(?)予定が、急遽、死ぬことを諦めた(?)次第である。健康管理は己の責任だが、死は神仏の管轄範囲なので、私には管轄外である。だから自分の出来る健康管理に精進するしかない。

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  馬場恵峰書

 

2020-02-16 久志能幾研究所通信 1482 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年2月15日 (土)

磨墨智33 タイマツ(心の霊光)を掲げよう

 早朝の薄暗い時には相手に認識してもらうため、ヘッドライトを点燈して走行しよう。夕刻で暗くなったら、早めに点灯しよう。雨が降り出して見通しが悪くなったら、点灯しよう。1985年当時でも、スウェーデンでは昼間でも車走行時はヘッドライトの点灯が義務付けられていた。

 それは自分の車の前方を見るためではない。相手に自車の認識率を高めるためで、それが事故防止になる。事故を起こさないのは重要な時間節約である。

 

周知徹底

 自分が何をやろうとしているかの志を掲げるのが、周りに知らせるのが効率アップである。そうすればみんなからの援助がある。一人では小さな力だが、皆が力を合わせれば、大きな力となる。リーダが組織のベクトルを合わせるため、スローガンを立てるのが、そのスローガンも松明の一種である。

 暗夜に一燈を灯そう。

 自由の女神は、自由のタイマツを灯して、アメリカへの移民を迎えた。欧州を追われたやっと米国にたどり着いた移民は、それでどれだけ勇気づけられたことか。私も1994年にニューヨークを旅行した時、その自由の女神像を見て、感銘を受けた。私も一旗揚げようという気になった。

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 フェリーから眺める自由の女神(左側)とウォール街のビル群(右側)

 一番高いビルが国際貿易センタービル(2001年9月11日、テロで崩壊)

   1994年5月3日 著者撮影

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 フェリーから望むウォール街

 一番高い2つのビルが国際貿易センタービル

   1994年5月3日 著者撮影

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 国際貿易センタービル106階からの眺め

 手前の移民局と自由の女神の位置関係がよく分かる。

   1994年5月3日 著者撮影

 

大垣の燈火

 大垣を良くするためにタイマツを掲げよう。現状の小川敏の独裁政治の問題点を照らし、大垣を良くするための皆の認識を共通化するのも、タイマツを掲げるのは、大垣を良くする手段である。

 だからこのブログは言葉の灯台である。灯台には妨害の嵐も吹けば雨も降る。だからこのブログを誹謗するコメントも襲来する。それは小川敏軍団にまつわりつく利権集団の手先である。

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 馬場恵峰書

 

2020-02-15 久志能幾研究所通信 1481 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

夢の実現に「健康オタク」あり

 金は金を大事にする人々のところへいくものだ。金持ちになろうと欲しながらなれなかった人間がいるならば、探してみるがいい。しかし、私が言うのは、本当に金持ちになりたいと欲した人間のことだ。単に希望するというのは、本当に欲することではない。

   アラン 『幸福論』宿命について

 

真なる願望

 以上は人生全ての真理を言い表している。対象の「金」を「健康」、「女」、「地位」でも、欲しいものは全てに当てはまる。それと同じことを道元禅師も「切に願うことは遂げるなり」と述べられている。

 その対象は何でもよいが、それが自分の人生の付加価値を上げ、幸せになれるかどうかは、別問題である。熱望した「女」を手に入れて、その女に破滅させられることもあるだろう。それはゴーンの行動を見ると分かる。欲望の暴走の陰に女アリ。

 研究者が原子爆弾やサリンガスの開発に成功を熱望して、それが実現しても、それが幸せかどうかは、神のみぞ知る。

 大垣市長の長期政権の座を熱望しても、それが本人の幸せと市民の幸せとは別問題である。組織の長の座に居座るとは、自分の自由な時間を無くすることなのだ。腐敗政治の氾濫である。それが人生で何の為かを理解しないと、人生を無為にする。

 

「健康」の場合

 健康は健康を大事にする人々のところへいくものだ。健康になろうと欲しながらなれなかった人間がいるならば、探してみるがいい。しかし、私が言うのは、本当に健康になりたいと欲した人間のことだ。単に希望するというのは、本当に欲することではない。

 

「大垣市長」の場合

 市長の座は、権力としての市長の座を大事にする人々のところへいくものだ。市長の座に長期間居座ることを欲しながら居座れなかった人間がいるならば、探してみるがいいしかし、私が言うのは、本当に市長の座に座りたいと欲した人間のことだ。単に希望するというのは、本当に欲することではない

 現職は強いのだ。現職として、対抗馬を現職の強みで利権や恐怖を餌に蹴落とせる特権がある。地方紙の紙面で事前選挙運動を合法的にやり放題である。だから5選が3期無投票当選で実現した。5選を終え、6選をめざすとは、よほどの利権と旨味があるのだろう。東大まで出た知識ある人間が、20余年も政権に就く独裁政治が正しかどうかの判断が出来ないはずがない。それを上回る「美味しいモノ」(利権?)があると考えるのが常識である。大垣の未来のために、6選は阻止せねばならぬ。神仏様が良きようにしてくると信じている。

 

夢の実現の為の財産・道具

 健康とは財産の一つである。その財産は夢の実現のために道具でもある。健康は維持するものではなく、蓄えて増やしていくものである。その反対に健康を大事にしなければ、それが日々害されていく。健康でなければ夢の実現は無理である。だから死んでもいいから(?)、健康が大事である。

 壮大な目標と偉大な仕事をやり遂げるためには意思が必須である。その意思は、体力と持久力の2つの要素からなる。体力は天からの恵みであるが、持久力は、自分を律し、身を守り、常に耐え忍ぶ訓練で獲得できる。それは弱小者にもできることだ。

 力の要らないはずの知的生活でも、その前提は健康な肉体である。健康とは健やかな体と健全な心である。体と心が正常であってこそ、知的生活も送れる。

 

夢の実現

 たった一つの小さな棘が刺さっても、人は正常ではありえない。ましてや病気を持てば、偉大な仕事を遂行するのに支障が出る。まずは健康である。今回、私も大病をして、それを痛感した。また夢を持つことは、病気を治そうという気概を持たせてくれる。夢のない人間は病気を治せない。夢の実現の為、死んでたまるか、である。そのために健康管理最優先である。

 

2020-02-14 久志能幾研究所通信 1480 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年2月13日 (木)

悪縁の人とは交わらない

 人生の師を選び、共に成長していく良き友、道連れを選ぶ。そして悪しき者とは交わってはいけない。 

  塩沼亮潤師の師匠の言葉  P33

  塩沼亮潤著『毎日が小さな修行』 致知出版社

 

 塩沼亮潤師は大峯千日回峰行者(大行満大阿闍梨)。 1999年9月2日に金峯山史上2人目となる千日回峰行を達成した。翌2000年9月28日から四無行を満行、2006年には八千枚大護摩供を満行した。 その後、帰郷して慈眼寺を建立、住職となる。

 私は師の図書に感銘して、その著書は全て読み、師の講演会を4回も聞いた。

 

ご縁は有限

 悪縁の人と交わると自分の運が悪くなる。一生の間で、真に付き合う人は50名くらいだろう。長年、年賀状を出す人の数も約50である。300枚も500枚も年賀状を出しても、真に付き合う人は50名もいまい。日本に1億人がいようとも、一生の間で付き合える人は、たった50名である。だからこそ、付き合うべき人を精選せねば、人生で沈没する。時間は命なのだ。その命を削って悪縁の人と付き合う必要はあるまい。

 一人の悪縁の人と付き合うと、本来付き合うべきもう一人の大事な人とのご縁(時間)が無くなるのだ。時間を無くすとは、命を無くすのだ。此の世でご縁を頂ける人の数は有限である。人生の時間は有限である。その命は日々尽きていく。

 

危機管理

 その人から悪いご縁を感じたら、そっとその縁から遠ざかるべきだと思う。縁なき衆生度し難し、逃げるが勝ち、君子危うきに近寄らず、である。

 日本マクドナルドを作った藤田田氏は、一度でも裏切られた人とは、決してヨリを戻さなかった。彼はそれをユダヤ人の人生哲学から学んだという。その哲学で、彼は日本マクドナルドを日本で成功させた。ユダヤ人は社会から差別され迫害されてきた長い歴史がある。ユダヤ人は、自分の身を守る哲学が明確である。

 私でも一度でも裏切られると、再度、その人から裏切られる確率が高いことを体験している。だからその人とはご縁がなかったとして、ご縁を切っている。だから今、私は無事に生き延びている。

 私が過去に縁を切ったのは、街の整備会社の悪徳社長、悪縁ディーラ、口先だけの講師・知人、恩をあだで返す人等である。

 

2020-02-13  久志能幾研究所通信 1479 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。