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2023年5月14日 (日)

写真集 ありがとう大垣 私を育ててくれた故郷

 

 2023年5月6日、スイトピアセンタで「デジマックス&ナニワの100周年フェスティバル」が開催された。私はそこで鈴加桂子さんが歌われた「ありがとう 大垣~私の故郷」に感銘を受けた。

 

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      鈴加桂子さん

 その歌を聞いて、今まで気が付かなかった母なる故郷・大垣に目が覚めた。空気がその存在を感じさせないように、大垣もその有難さを感じさせずに、私を育ててくれた。古希を超える年になって、感謝の念で一杯になった。それを教えてくれた「デジマックス&ナニワの100周年フェスティバル」主催者の松岡さんに感謝である。今まで育ててくれた大垣を、この12年間、撮り溜めた写真で振り返る。

 

 大垣の豊かな水が父の会社を支えてくれた。50年前、大垣に豊かな水があったから、大垣には紡績工場が林立していた。父が紡績会社に勤めたから、私が育つことが出来た。

 50年前、毎朝、冷たい伊吹下ろしの風を受けて、高校に自転車で通ったことを思い出した。当時はその風の冷たさに閉口したが、その伊吹山があったから、大垣は雪が少し積もるが、大雪にはならなかったという恩恵を受けていた。伊吹山の向う側の土地では大雪で困っている。新幹線だって冬は米原の雪で往生している。

 芭蕉も大垣で「奥の細道」の旅を終えた。芭蕉がその旅のあと、大垣に2週間も逗留したのは、大垣が文化が高くて俳人が多く、芭蕉が大垣の豪商から毎晩接待に誘われ、宴席のはしごで、去りがたかったためだ。その住吉灯台が良き思い出を創ってくれた。

 大垣祭りも歴史を感じさせ、誇りを持たせてくれた。文化レベル、教養レベルが高くないとその祭りの継続を275年間もできない。祭りの開催にはお金も人工もかかるのだ。

 祭りの山車では高山祭りが有名だが、実際は大垣の山車の方が製作費がかなり高く、出来栄えが立派だ。なにせ大垣は工業都市で金があるからだ。岐阜県の観光政策で、大垣は高山に花を持たせているようだ。

 大垣藩の最後の藩主の奥様の戸田極子様が、ウィーンの社交界で六段を演奏して、ブラームスがそれを譜面に落としたという歴史が大垣っ子に誇りを持たせる。それがあり、私は還暦後、ウィーンの楽友協会に飛んだ。

 

 

♪ありがとう 大垣 ~私の故郷~

  発売日      2019年07月24日

  作詞 高山ひでお

  作曲 高山ひでお

 

伊吹の峰に 父親(ちち)偲び

揖斐川(いび)の流れに 母親(はは)思う

空見上げれば 歌があり

夢追いかけて 生きてきた

地図も持たない 人生(たび)景色

ありがとう大垣 私の故郷(ふるさと)

折々に伊吹を見ては冬ごもり【芭蕉】

祭りのやまの 笛の音(ね)に

 

心踊った 遠い日々

初恋の人 幸せか

今も元気で いるだろか

水の都に 季節(とき)めぐり

ありがとう大垣 私の故郷

水門川(すいもんがわ)の 舟下り

戦火(いくさ)逃(のが)れし たらい舟

今宵灯(ひ)ともす 住吉灯台(とうだい)よ

大垣城に 桜舞う

未来(あす)を夢見る この街で

ありがとう大垣 私の故郷

 

歌 鈴加桂子

 

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 伊吹山  wikipedia より

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 揖斐川  wikipedia より


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 桜咲く大垣城

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 冬景色の大垣城

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 四季の広場にて

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 馬場恵峰書『奥の細道』全集

  本書は馬場恵峰師が芭蕉300年御忌の1994年に揮毫した。



2023-05-12  久志能幾研究所通信 2684号  小田泰仙

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