朝起きて、生きていることを喜ぶ
朝起きて、生きているとは、何と素晴らしいことか。
2006年5月28日 明徳塾で 馬場恵峰師談
朝、目が覚めて息をしていれば、この世でまだやることがあるとの仏様からのメッセージである。それに喜びを感じなければ認知症である。そうなっては生きている価値がない。
朝になり、息をしていない場合が一生に一回だけ訪れる。それが死。
元気で現役であった馬場恵峰先生も94歳の直前に倒れられ、ベッドから起きられなくなり、1ケ月ほど寝込まれて、2021年1月1日に亡くなられた。
昨日(2022年1月23日)に先生宅で、一回忌と三根子先生の三回忌が執り行われた。40名ほどのお弟子さんが参列された。別途10名ほどがお参りに来られたようだ。新型コロナウイルス蔓延の関係で、規模を縮小して行われ、その後の会食も中止になったとのこと。
私の腰痛の持病再発のためと長崎県と岐阜県が新型コロナウイルスの蔓延防止県指定となり、今回は長崎に行けなかった。
この1年間で、恵峰先生が遺された多くの書や資料を振り返り、先生から学んだことを思いだしている。その教えから、多くの実践ができたことを喜びたい。それだけ成長したのだ。一回忌の法要とは、師の教えに対して、一年後の自分の成長を確認するための機会である。
馬場恵峰書
49日の法要 2021年2月27日 日中文化資料館にて
2022-01-24 久志能幾研究所通信 2283号 小田泰仙
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