人生の回数券に賞味期限あり
人生の回数券を大事にしよう。老いた親、老いた師、老いた友と、あと何回会えるかを考えよう。そのために使える回数券の数は限られている。当方がその回数券を使える元気さがあっても、老いた親や老いた師が死の直前になれば、残りの回数券が取り消される。一回の回数券を使えば、使える機会は一回減るのだ。「Go To 取ら減る」だ。
今回の面会が最期の利用かもしれない。人の明日は分からない。だから一期一会として、今回の出会いがこの世の最後と覚悟して、全力で向き合うべきなのだ。
相手どころか、自分が交通事故、心筋梗塞で、明日死ぬかもしれぬ。そうなれば持っていた回数券は全てパーとなる。
この2年間で、私は師を二人も突然に失ってそれを痛感した。人の明日は分からない。
師や友と10年の出会いがあれば、10年の縁が生まれる。多くの人は、日頃の回数券は無限にあると思って使っているが、ある日に突然、医師から余命宣告されれば、その回数券は大金を積んでも手に入らなくなる。
だからこそ、師や友との出会いは、悔いのない出会いにしなければならぬ。そこまでやってくれるのかと、師や友を感激させてこそ、真の師事である。私はそうやって、悔いのないようにしてきたつもりだが、現実は悔いばかりだ。
最期の教え
孝行したいときに親はなし。いつまでもあると思うな、親とカネ。命は日々尽きていく。だからこそ今を精一杯生きよう。親と師の最期の教えが「あんたも何時か死ぬのだよ。悔いのない人生を送れ」である。
2020-11-30 久志能幾研究所通信 1845 小田泰仙
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