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2020年6月 1日 (月)

見学記 米国肖像画美術館

 ワシントンDCスミソニアン博物館群の中に建つ「肖像画美術館」を1994年8月11日に訪問した。下記はその印象記である。(初稿1994年8月)

 最初は肖像画なんてと思って、行くのが後回しになってしまった。ここの面白さは入場するまで、しょうじょうが、つかなかった。

 この美術館はアメリカ美術館と同じ建屋で、その内部を二分する形で、南半分の建物がこの肖像画美術館となっている。ここのハイライトは米国歴代の大統領の肖像画コーナである。その部屋の造りも重厚で、他の部屋のそれと格段の差がある。また各大統領の個性を表現した肖像画は写真とは一線を画するものがあり、肖像画の各人の顔と業績を重ね合わせると、何か納得できるイメージを与えてくれるから不思議である。なぜか歴史に名を残した人の顔はどこか威厳がある。私はその昔、人相学を研究したことがあり、その知識を元に人の肖像画を見ると非常に興味深い。なぜならこの世で一番美味なものは、人を食うこと。顔にその人の人生が現われる。現在、自分も古希に近い歳まで生きてきて、その思いを新たにしている。

 その他に、米国の歴史上の人物の肖像画が所狭しと展示してある。

   

2  図⒌17 大統領の肖像画の部屋      

1fdr_2  図⒌16   “FDR as the great sphinx "   ルーズベルト大統領

       

 大統領たちの肖像画のコーナでの最大のユーモアは、フランクリン・ルーズベルト大統領のスフィンクス像である。このユーモア溢れるスフィンクス像は、子供協会が氏を名誉ゲストとして招いたパーティでFDR図書館に寄贈された。その名も“ FDR as the great sphinx " 。厳粛な大統領たちの肖像画の部屋の入口部で、パイプをくわえ、ニャリとしながら一瞥しているさまはおかしい。特にこのコーナの中央部で物思いにふける建国の父リンカーン大統領の肖像画と、視線をそらすかのようなトボケたマスク像との対比は面白い。こういうユーモアは日本のお役所には無いものだ。生真面目な日本のお役所も、こういった余裕・ユーモアを少しは見習ったらと思う。

3fdr_2 図⒌18 FDR as the great sphinx が睨みを効かす大統領肖像画の部屋

     (正面はリーカーンの肖像画)

 

 さしずめ日本の首相で、この種の像に似合うのは葉巻をくわえた吉田茂かな。満州事変当時の関東軍をも白けさせた軍国主義的な過激な言動や逮捕歴*1、および人を食うのが一番の長生きの秘訣といって憚らなかった氏の胸像は “YOSHIDA as the grate sphinx" と命名すべきだろう。

 

注)grate 〔同音:great〕:不快感を与える。(キーキートイウ)音を立る。 (おろし金で食料を)おろす、(人の感情を)害する。

 逮捕歴*1: この経緯は城山三郎著『落日燃ゆ』に詳しい。吉田首相が戦後日本の政界に君臨できたのは、単なる時局に巡り合わせとしか言えまい。人材の払拭した当時の日本には氏しかいなかった。私は『落日燃ゆ』の広田首相が立派だと思うのだが、歴史は大なる皮肉を作ってくれる。

 

ニクソン大統領

 数ある大統領の肖像画の中で、この人の肖像画だけが横長の額となっている。そのポーズも独特である。これは寝業師と言われた氏を象徴していると言ったら言い過ぎか。その職位に就く人の天分・才能は、その就くべき職種・地位・階級によりその標準偏差が異なる。当然大統領職を担う人々の偏差値は高い。その大統領としてのグループ内で、ニクソン氏の天分のレベル・才能・人格としては平均以下だと私は思うが、それを自分の努力、情熱で平均以上に持ち上げた実績はすばらしいと思う。ダーティなイメージの付きまとうこの大統領は、決して私の好きな政治家ではないが、この点には敬意を表せざるを得ない。天分の才能に恵まれていない我々凡人には、良き反面教師と思う。挫けても、なおかつはい上がろうとする情熱には敬意を表したいし、見習いたい姿勢でもある。その晩年の執筆活動、自分の葬儀の段取り、自分の弔辞をクリントン大統領に頼んでいた周到な準備等には頭が下がる。この肖像画はそんなことに思いを馳せらせてくれる。

 

日本の首相肖像画美術館?

 日本にはこの種の首相の肖像画を集めたアトリエがないのは、狭い国土のためいたしかたないのかもしれない。米国の大統領のように、国の統合の象徴として尊敬を集めるに値する人格の首相が、日本に過去何人いたことやら。また、1年で4人も首相が変わるようでは(1994年当時)、すぐに飾る部屋もなくなってしまう。狭い国土では大問題である。悲しい現実である。

 

モールス

 1837年に発明されたモールスの通信機とそれを公開実験している場面を描いた絵が展示されている。精巧なおもちゃのような通信機は金メッキされ展示されているが、そのメカニックな外観は機械屋の私には興味深いものがある。歴史の実物とその絵画がペアで展示されている趣向に心憎い心配りを感じた。

 このだだっ広いアメリカ大陸での通信の重要性を考えると、このモールスの発明品の展示の重みが認識でき、なぜこの発明品がここに展示されているかが分かろうというもの。

 

4        図⒌19 モールスの実験風景(手前がモールス通信機の実物)

 

Photo       図⒌20 モールス信号機 1837年

 

付属図書館

ここの美術館内にある付属の図書館が興味深い。内部はビクトリア調の雰囲気のある、美術関係の図書館で、静粛な(当然?)たたずまいである。ここまではお上りさんは来ない。その中でパソコン等の近代的なOA機器を使って(25年前の1994年当時)しているのが、違和感なくマッチしている。ここで、しばらく机に向かって図書を閲覧するのもおつなもの。私はここで少々のオアシスのワープロ作業をした。当時はノートPCではありません。

 

6       図⒌21 付属図書館の内部

 

2020-06-01 久志能幾研究所通信 1615  小田泰仙

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