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2019年10月17日 (木)

終活 位牌の手配が栗キントンの誘惑で迷走

 私の戒名が決まったので位牌の手配をしようと、2019107仏壇屋に相談に行った。そこで大体の方向性を決めて帰宅した。

 翌日、一度自宅に来て欲しいと思い仏壇屋に電話をしたら、店主が不在であったので、留守番に店主が帰ったら電話を欲しいと言付けを頼んだ。

 

ご縁の信用金庫

 その後、このお店から電話はなかった。このお店の店員の教育・躾がなっていないようだ。その小さなことで、お店の全てが評価される。私は、こういう小さな事象で付き合うお店や人物を評価している。店員が店主に、客の言付けを伝えなかった。もしくは店主が電話をするのを忘れた。それだけで10万円の商談が無くなったのだ。

 

神仏の啓示

 位牌の件で折り返し電話がなかったことは、位牌はまだ早いとの神仏からの啓示と解釈した。だから、私は位牌の手配を中断した。

 またこの仏壇屋に行く途中で、認知症みたいな老人に強引な右折をされ、クラクションを鳴らしたら、相手が交差点の中央で止まってしまい、私が前に進めなかった事件も、その啓示だと解釈した。

 ご縁とは、小さな事象で大きく左右される運命である。だから私は神仏のメッセージは大事にしている。

 

位牌の生前手配中止

 見栄で作る位牌の手配を止めて、その金額を音楽活動や社会福祉関係に寄付することにした。その余りのお金で、美味しい栗きんとんを食べることにした。そのほうが、世のため人の為になる。自分もよき思いが出来る。位牌は、白木で作った応急的なものでよいと判断した。

 大切なことは、死後、何を世に残すかである。世の中に価値観のあるモノを残して逝きたい。個人的な高価な位牌では、それが叶わない。墓誌への戒名の追加は、親戚との関係があるので、計画通りに実行する。

 

経済とは

 それよりも生前、お金を沢山稼いで、沢山使って世の中にお金を回すことが重要だ。お金を抱え込んで、預金通帳を眺めながら過ごすのは、反社会的行動だ。それでは日本経済の活性化にならない。お金は使ってなんぼの世界である。お金は、人生経験を得るために使う。お金は貯めるものではない。お金は社会を生き抜く通行手形である。お金はあの世に持って行けない。生前中という有効期限付きである。

 「経済」とは、仏教用語で、「経世済民」の略である。「経」とは全ての人が助かる真理を束ねた紐のことである。「済」とは「救う」ことである。つまり「経済」とは世の中の人を救うために沸が行う活動である。経済観念の無き、企業経営は戯れである。理念なき金儲け活動は畜生の餌漁りである。つまりみんなで仲良くご飯が食べられる社会の体制を言う。グローバル経済主義では、特権階級や一部の富裕層だけが、美味しいものを独り占めする体制である。だから、それを「経済」とは言うのは間違いである。いうなれば「グローバル畜生主義」である。

 

小川敏市長の経済音痴

 経済の何たるかを知らない小川敏市長は、この18年間で、節約ばかり強要して、大垣経済の活性化の為の投資をしなかった。それが大垣の商業を衰退させ、それに従事する従業員の8,000人の職を奪う政策を取った。みんなで仲良く食べていかれなくなったのだ。それは「経済」ではない。畜生の仕業である。

 それでも特権階級の市役所職員だけがいい思いをしている。大垣経済は衰退しても、大垣市職員の給与は、岐阜県下一の給与水準である。岐阜市のそれよりも高いのだ。大垣市職員の平均給与は、大垣市民の2倍である。小川敏市政の経済政策が間違っているのが明白である。

 

小川敏市長の経営無能

 小川敏市長は、大垣市民の不動産財産価値を半減させ、市民を貧乏にした。それでも小川敏市長は、大垣市制100周年記念行事で3億5千万円も散財である。それも自分の6選への事前選挙活動の自己PR活動としか思えない振る舞いである。まるで大餓鬼の独裁者である。

 小川敏市長は6選に向けて、元気ハツラツ市を事前選挙活動に利用しているようだ。元気ハツラツ市を開催するほど、己は顔を売れる。しかし大垣駅前商店街は衰退していく。小川敏市長は狡猾だが、大垣市の経営では無能である。

 小川敏市長は豪華な大垣新市庁舎を建設中である。官は栄え、民は貧する。

 

2019-10-17   久志能幾研究所通信No.1370  小田泰仙

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