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2024年8月

2024年8月 5日 (月)

もしユリ、もしも小池百合子が自分の妹なら

 

 最近は、サイコパスな人間が上に立って、国民を地獄に堕としている。自分の不正、悪政を全く意識せず、善良な政治家の様に振舞っている。

 サイコパスとは、人の痛みを感じることが少ない精神異常者である。サイコパスは一般的に100人に一人の割合で存在するようだ。

 

 サイコパスな人は、人類の進化には必要なことであるようだ。サイコパスな人間は頭がよく、非情で冷酷な決断ができ、それを躊躇なく実行することが出来るからだ。しかしそんなサイコパスな人間が権力を握り、悪政をすると国民を地獄に堕とす。ヒトラーやスターリン、毛沢東がその例であろう。

 小池百合子東京都都知事や兵庫県知事がそれに当てはまるだろう。

 増税を繰り返し、国民の痛みを感じない岸田首相も相当するだろう。

 小池百合子など、経歴詐称で告訴されても、選挙違反で告訴されても屁の河童である。なにせ警視庁は都知事の配下であるからだ。現兵庫県斎藤知事は、部下を3人も自殺に追い込んで、全く罪の意識がない。サイコパスの典型である。

 

政治の世界 

 そういうサイコパスな権力者の前では、普通の人間は無力である。それに対して正義を振りかざし、突撃して戦うのは、まるでウサギがライオンと戦かおうとしているようなものだ。結果は喰い殺されるだけである。脱兎のごとく、逃げるのが正しい作法である。告発状を出しても、兵庫県の某部長のように、自殺の追い込まれるのがオチである。

 法律という知識から言えば、正義が勝つはずだが、現実社会では、理論通りにはいかない。だから逃げるのが智慧ある人間の行動である。相手は法を捻じ曲げて筋を通す権力をもっている。その取り巻きは忖度の輩ばかりだ。

 

家族

 サイコパスは、家族の中にも存在する。確率的に100人に一人の割合で生まれているから、妹、弟がサイコパスであっても不思議ではない。最悪は毒親という存在さえある。

 現代は、自分の欲望のためなら、子供を見殺しにする毒親が、マスコミを賑わしている。

 今年の4月に北海道旭川市で、19歳の女が、17歳女子高校生を全裸、土下座で謝罪を撮影後「落ちろ」「死ねや」と橋の上から落とし殺害した。これもサイコパスの典型だろう。

 

 そんな妹や弟が、「もしユリ」で家族の一員であるならば、早急に縁を切るべきだ。逃げるべきだ。歯向かっても意味がない。

 お釈迦様でも、「縁なき衆生度し難し」と言われる。お釈迦様でもお手上げなのだ。そんな人間とは、付き合うべき人ではない。人間とは、人と人の間で共生できる人を言う。だから、そうでない人とは、話すだけ無駄である。世の中、正しいことだけでは、生きていけない。それを小池百合子都知事と兵庫県斎藤知事が教えてくれた。

 

結論

 私はそんな類の困りごとを先日、知人から相談を受けた。私は「逃げろ」と助言した。

 損得を考えていたら、自分が壊されてしまう。神仏は、人間に強い骨格を与えられたが、心は壊れやすいガラス細工で作られた。だからメンタルな攻撃には、自分で自分を守るしかない。三十六計、逃げるだけだ。

 

 「三十六計」とは、中国古代の兵法で用いられた三十六の計略である。作戦はいろいろあるが、逃げるべきときには逃げて身の安全を保ち、のちの再挙を図るのが最上の策である。逃げるが勝ち。人として知識も大事だが、賢く振舞うのも厳しい世を生き延びる方便である。それが智慧である。

 方便とは仏語で、原義は近づく、到達するの意。仏陀が衆生を導くために用いる方法、手段、あるいは真実に近づくための準備的な加行  などをいう。転じて「嘘も方便」などの用例にみられるように、目的のために用いられる便宜的手段などをいうこともある。

 

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 松本明慶大仏師作 普賢菩薩像

  賢さの象徴の普賢菩薩。普賢菩薩は合掌しているだけ。象も目を閉じている。賢さには道具や武器は不要である。

 それに対して、知恵知識の象徴の文殊菩薩は左手に宝玉、右手に宝刀を持っている。文殊菩薩の乗る獅子は、目をかっと見開いている。

 

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 松本明慶大仏師作 文殊菩薩像

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2024-08-05  久志能幾研究所通信 2896号  小田泰仙

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2024年8月 4日 (日)

人生づくりはトヨタ生産システムで

 

「トヨタのもの作り」の基本はトヨタ生産システムである。それは「もの(者・仕事・事象)作り」の基本である。その極意は人生でも同じである。人生づくりはもの作りと同じである。

 

豊田綱領

 一、上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし

 一、研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし

 一、華美を戒め、質実剛健たるべし

 一、温情友愛の精神を発揮し、家庭的美風を作興すべし

 一、神仏を尊崇し、報恩感謝の生活を為すべし

 

 人生で大事なことは、信じるもの(宗教)をもつこと。動物と人間の違いは、宗教の有無である。宗教の漢字の意味は「家」の「教え」である。ご先祖の教えである。トヨタ家の家訓は、豊田綱領である。日本国家の家訓は、日本憲法である。会社というお家の家訓は、社是である。社是のない会社はろくでもない会社である。

 いくら人事を尽くしても、それを超越した存在がある。それを人は神、佛、自然、運命、天ともいう。豊田綱領では神仏とご先祖を敬い、報恩感謝を忘れるなと言う。

 

整理整頓清潔清掃(5S)

 5Sはトヨタ生産システムおける人生の極意である。

 それを古来の日本では、仁義礼智信という。人脈の整理整頓(5S)をしよう。縁なき衆生は度し難し。悪縁を整理整頓しよう。腐れ縁が自分を不幸にする。

 戦略を練る場所(家)を5Sしよう。戦術より戦略が大事。そのため5S。

 人生計画を5Sしよう。自分に残された時間はそんなに多くない。人は生まれた時から死が約束されている。人生は3万日しかない。多くの人が残り時間を意識するのは、残りが5千日を切った頃だ。

  72歳が男性の健康寿命で、その後の9年間は医者通いか寝たきりである。最悪は認知症である。

  還暦を迎えると、筋肉量は、若い頃の半分である。一般的に30歳代くらいから少しずつ脳の萎縮が始まり、65歳くらいになると、CT画像で肉眼的に「明らかな萎縮がある」ことが分かるようになる。

 人は生老病死である。

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前工程は神様、後工程はお客様

 モノ作りで、前工程で決まったことに後工程の自分は何も言えない。前工程の製品規格は、製品設計段階で決められている。自分の担当工程で文句は言えない。

 人生のご縁は、人を育てる工程の前工程である。どんな環境でもご縁でも、自分の意志ではなんともならない。全て受け入れることから人生は始る。

 人が生まれる確率は、1億円の宝くじが百万回連続で当たると同じ確率である。(村上和雄筑波大学名誉教授談)

 そんな稀有の存在で、今の生まれた時代と場所は神仏が決めたと思うしかない。だから置かれた場所で花を咲かせるしかない。戦争中の日本、極貧の国に生れなかったことを喜ぼう。

 

先入れ先出し

 先入れ先出しとは、先に仕入れた材料から順番に使う。それが品質管理の原則である。 

 年功序列とは、先入れ先出しである。人を育てるには、抜擢人事や飛び級はご法度である。人を育てるには、地道に多くの経験をさせて育成するしかない。

 

日々改善

 どんな工程でも無駄を見つけて、一歩一歩改善していく。最初から完全なものはない。そういう鈍くさいことを繰り返して、トヨタはド田舎のトヨタから世界のトヨタになった。

 人生でも同じで、日々、同じことを繰り返しである。その中で露見した自分の欠点、問題点を少しずつ治していくしかない。

 ローマは一日にして成らず。大木も一日では大きくならない。

 

カンバン方式

 時期が来たら、黙々とそのカンバンを処理する。

 受験期が来たら、受験勉強をする。若い時に勉強しないと、頭が追い付かなくなる。

 定年のカンバンが来たら、潔く退く。そうやって組織の若さが保たれる。

 定年延長で会社にしがみ付くと、自分の元部下の上司から派遣社員扱いをされ、「生前火葬」の儀で、誇り高いプライドが燃やされる。定年後1年も経つと、精神はボロボロになり、5年間の定年延長を待たず辞めていく。

 死のカンバンが来たら、黙って受け入れ、この世を去っていく。お釈迦さまでもそうされた。家族が世間体を気にして、延命措置で生にしがみ付くから、死にゆく人を拷問の苦しみに追いやる。

 

現地現物

 どんな問題でも、自分の足で現地に行き、自分の目で状況を完全に把握する。これは人生のどんな状況でも同じ。それしか問題は解決しない。

 問題が起これば、飛行機を使ってでも、飛んでいけ。

 

5回の何故

 問題が起きて、対処療法で処置するから、問題が再発する。

 何故、なぜを5回繰り返して、真因を見付け、対処すること。

 私は自分のがんをそうやって治した。

 

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一桁、ゼロを一つとる、10倍の大きさで考える

 最初に小さく目標を立てると、大脳生理学的にそこまでしか人間の頭は努力しない。

 棒ほど願って針ほど叶う、それが人生だ。

 棒を願わねば、針ほども叶わない。

 

 

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2024-08-03  久志能幾研究所通信 2895号  小田泰仙

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2024年8月 3日 (土)

人間の肉は不味い、太陽光パネル宗教戦争

 

 7月26日、高山「あぶらむの宿」での会食で、以前、兵庫に住んでいた人の雑談が面白かった。

 ミミズを食べて育ったイノシシの肉はまずいという。イノシシは飢えると大石までもひっくり返して、その下にいるミミズを食べると言う。

 豊かな森で暮らす猪は、ドングリを食べて育つ。そのイノシシの肉は美味しいという。

 草食動物の牛の肉は美味しい。

 肉食のライオンの肉はまずくて喰えたものではないそうだ。

 

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 あぶらむの宿

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  自然食が並ぶ宴会の食事

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 宴の後の広間

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人間の肉の味

 そこで、人間の肉の味に思い至った。人類がこの地球上で、生き延びられた理由は、人間が雑食であるので、人肉がまずいからだそうだ。だから野獣に喰われることが無く、生き延びられたという。

 

喰えん人間、喰われる人間

 一つの考え方しか食べてこなかった人や単純で純粋な人間は、宗教狂団にとって、美味しい人間だ。その人は宗教狂団の餌食になりやすい。その人間を洗脳するのは容易であるからだ。宗教狂団は、その人に教義を押し付けて、美味しく喰えるからだ。

 会社から、「太陽光発電は良い」と洗脳されると、社員は自分の頭では考えず、猪突猛進で太陽光パネルを売りまくる。

 偏狭な考えに凝り固まって洗脳された人間は、「煮ても焼いても食えぬ」人と表現される。それでは人間社会で爪弾きである。

 

 だから多くの学びをして、高い見地から物事を判断できる人になるべきだ。そういう人は知識と智慧を備えている。知識だけでは駄目なのだ。そうすれば、宗教狂団に洗脳されることもない。

 素直に物事をみて、宇宙根源の理に反せず、偏狭な考えにならないようにしなければ、宗教狂団に喰い殺される。そんな人間は社会から爪弾きである。

 現在の世の中は、政府やマスゴミに洗脳されて、政府のやりたい放題で、議員は裏金でウハウハである。それは日本人が洗脳されているからだ。

 

私の宗教歴

 私も今まで人生に悩み、阿含宗(オウム真理教のモデル)、統一教会、念仏宗、天中殺教(宗教とは少し違うが)、等の勧誘に負けそうにもなったこともある。

 実際は今までの経験、知識で、家の宗派の曹洞宗、神道、お天道様教、トヨタ教、松下幸之助教が正しいと信じ、自然と入信(?)していたので、手前で思いとどまり、道を誤ることはなかった。

 今はオダ仏教の教祖?として、信徒は自分だけの一人教団で活動している? 

 

一神教と多神教

 宗教も一神教と多神教がある。多神教は、ものごとを一歩引いて眺める余裕と謙虚さがある。そして寛容である。

 しかし一神教はその宗教を信じるか、そうでなければ死である。寛容を許さず、選択肢は一つしかない。だからイスラエルとアラブ諸国の宗教戦争は2000年経っても収まらない。

 

自然エネルギー活用教団

 太陽光発電信仰は、いわば一神教である。それを信じられないなら、それは彼らにとって敵なのだ。だから怖しい偏狭集団である。

 世界の自動車業界は電気自動車一本鎗の戦術で攻めてきた(一神教)。トヨタは多神教として多方面の方策を準備する戦略で対応してきた。当初は、トヨタの戦略がまちがっていると非難されたが、この頃、その正しさが見えてきた。その一方で、電気自動車一本鎗の欧米・中国の自動車会社は、電気自動車の欠陥が現れてきて、その対応で大慌てである。

 

宗教とは

 宗教の「宗」とは、「ウ冠」と「示」からなる象形文字である。「示」は神仏へのお供えを載せる木枠の象形文字である。だから宗教の意味とは、その家の教えであり、ご先祖の教え、家訓である。だから日本に5千万軒の家庭があれば、5千万件の宗教がある。その根底の基本は同じである。だから、私の家は、おだ仏教である。

 日本の13宗は、いわば大量生産の規格化されたファミリーレストランと同じである。各家庭に教え(家訓)は、家庭料理に相当する。

 

太陽光発電教

 「太陽光発電教」も、狭い視野で、自分の会社の利益だけ、会社からのノルマだけに囚われて、他の不利益は目に入らない。その販売をごり押しするから、誤って道を歩む顛末となる。各論は正しいが、綜合的に地球環境的には間違った行動となる。世界経済の総合判断、地球環境の考慮、未来の地球環境から判断して、採否を判断せねばならぬ。それから判断すると、SDGs教は、間違った異教の宗教である。人類には間違いの教えである。その典型が太陽光発電である。

 

何が正しい?

 何が正しいか、その答えは、利権を離れて、素直な目で、宇宙根源の理に合わせてみないと、見えてこない。少なくとも、私は太陽光発電の利権には関係ない。太陽光発電に拘る人は、利権に染まっている人々だ。

 

2024-08-02  久志能幾研究所通信 2894号  小田泰仙

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2024年8月 2日 (金)

築50年の日本家屋をオール電化、防寒防暑、災害対策

 

 我が家は1970年に建てた日本家屋である。私はその家屋を2011年から8年かけて改築した。大地震のことを考慮して、耐震補強をして、当初の建物強度0.5から1.0にまで上げた。建物強度1以上なら震度6の地震でも倒壊しない。大災害時、建物が倒壊せず、命さえあればまた人生をやり直すことが出来る。

 近い将来、追加の補強をして、建物強度1.2に上げる計画である。

 近い将来起こるであろう南海トラフ巨大地震では、大垣は震度6が予想される。

 

オール電化

 安全のため、ガスを止めて、オール電化にした。

 歳をとると火の扱いに不安も出てくる。そのため直火を使わないオール電化にして、ガスコンロをIH調理器具に変えた。

 導入設備はエコキュートで、夜間電力利用である。当時はガス・電気代で約5万円だった光熱費が月2万円ほど下がった。現在は電気料金が爆あがりでその効果は少なくなった。しかしガス代も爆上げしているので、効果はあったはず。

 安全のためには、オール電化の選択は、大垣ガスの不誠実な対応の悪縁で、ガス排除の一択であった。それで正解であった。

 

補助の暖房

 さすがに大垣の冬は、エアコンだけの暖房では寒いので、補助的に石油ストーブを入れた。それでも都市ガスの暖房機を使うよりも安い。そのため、換気しても室温を変えない換気装置を付けた。

 

仏壇対策

 仏壇の蝋燭も使用禁止にして、ろうそく形の電灯に変えた。電気式なので、24時間タイマーで自動点灯、自動消灯にすることができた。現在、我が家で使う火は、御線香の火だけである。

 

大災害時対応

 大災害時、ガスの復旧には1ヶ月ほどかかる。それに対して電気の復旧は1週間ほどである。

 上下水道の復旧には、3ヶ月ほどかかる。今年の1月1日の能登半島地震では、発災後3ヶ月経っても、まだ7%ほどしか復旧していなかった。それが冷酷な現実である。

 もう一つの理由として、当時の大垣ガスの経営がデタラメだったので、自分の城を守るため、大垣ガスの排除は必然の一択であった。

安全無視・驕りの「大垣ガス」と闘う - 久志能幾研究所通信

 

   エコキュートは400リットルの水を貯蓄しているので、非常用の水としても使える。そのメリットも大きい。

 停電時の非常用に、カセット缶方式のガスコンロも用意はしている。

 

温度対策

 窓は全て二重ガラスにした。入れられる窓には全て内窓を付けた。つまり4重のガラスで熱対策である。これで光熱費が抑えられる。

 二階の天井には、天井裏の熱気を排出する換気扇をつけた。二階の天井裏は真夏に70℃くらいの暑さになるようだ。その換気扇はタイマーで24時間管理である。

 2階の北側の窓には、室内の熱気を排出する換気扇をつけた。冷たい外気の取り入れも出来る優れモノだ。

 床下は、白アリ対策で、床下換気扇をつけた。タイマーで24時間管理である。

 サーキュレーターもタイマー管理である。

 シロアリ対策は、大事な柱が喰われると、家の強度が弱くなるから、それを防ぐための重要な耐震対策である。

 

 全室、温度計を設置した。温度計は計5台である。最高最低温度を記録できる温度計も準備して状況を把握した。

 

睡眠対策

 二階の部屋は睡眠だけのベッドルームにしている。二階の窓は、今までカーテンであったが、真っ暗にして眠るため、ベニヤ板を窓に設置して、完全に陽の光が入らないようにした。カーテンではどうしても朝日の光が漏れる。

 睡眠こそ、命を守る重要な生活習慣である。熟睡して睡眠時間を確保するため、真っ暗な部屋にする必要がある。ささいな光でも網膜が反応して、熟睡を妨げる。自分の体の震災対策(睡眠不足は、命に係わる事象)である。

 

二階の暑さ対策

 昼間の太陽光で、部屋が暑くなるのを少しでも少なくするため、ベニヤ板の裏に銀紙を貼った。窓から家の外気の熱のエネルギーの70%が入っている。それを防ぐためである。これで日中、最高38℃くらいになる室温が、33℃ほどに抑えられた。その後、寝るときにエアコンで室温を下げるのは、短時間ですむ。

 2階は寝るだけの部屋なので、割り切って窓をベニヤ板でふさいだ。ベニヤ板は置いてあるだけなので、すぐ取り外せるので問題はない。

 

 

2024-08-01  久志能幾研究所通信 2893号  小田泰仙

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