巡礼 平田晴之介 作品展 in Sagan
平田晴之介 「Landscape」展
岐阜市川原町 Gallery Sagan
2024年1月12日~1月30日 11:00~17:00
定休 水・木
世間に迎合して、売れる作品を作成するのは、芸術活動ではないようだ。そういう点で平田さんの作品は芸術作品である。確かに何か惹かれるものがある。
作品を作る理由
「なぜこういう芸術作品を作るのか?」と私は作家にいつもの質問をする。しかし、いつもの「作りたいから作る。伝えたいメッセージはない」と困った回答がほとんどである。多くの芸術家の回答は、「画きたいから画いた」である。芸術家は息を吐くように作品を作る。政治家は息を吐くように嘘をつく。それに比べれば、真摯に本音を語ってくれる芸術家と話し合うのは楽しい。
作家の平田晴之介さん
平田晴之介 略歴
1993年生まれ
2021年 桑沢デザイン研究所卒業後
東京にてフリーのグラフィックデザイナーとして活動
東京TDC入選
タイポグラフィ年鑑入選等
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製作工程
平田さんの作品は、デジタル作品でありながら、デジタル複製を許さない。一点一点サインをして一点ものである。色の変更やオリジナルの写真の形状の変更はしない。
デザインを加えるのは、写真のピクセルの形状だけを変更するという。そのやり方の説明を受けたが、私にはよくわからなかった。次回お会いした時、詳しく聴く予定である。
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製作過程
オリジナル画像
一次加工後
完成後 部分
完成後 部分
完成画像
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芸術品とは
芸術家には何かを他人に伝えたいという意思はないようだ。ピカソの「ゲルニカ」は芸術ではないという話しを聞いた。「ゲルニカ」は、ピカソが戦争の悲惨さを多くに人に伝えたいという啓蒙・宣伝画である。だから芸術作品ではないという説である。
芸術家はそんな俗世間?の下世話?な軋轢を離れて、ただ芸術家が感じたことを表現した「現象」のようだ。
それを「何の目的で画いたの?」という俗物からの質問には芸術家は答えられないのが現実のようだ。「なぜ山に登る?」、「そこに山があるから」との禅問答のようだ。
芸術はただ見て楽しめばよいようだ。裸婦の絵画でも、目的はなく、ただ美しい姿を残したい、それと同じようだ。
真の芸術家・ゴッホ
ゴッホは絵を売るために絵を描かなかった。描きたい絵を描いた。ゴッホの絵は、時代が変わってから世間の価値観が変わり、やっと大衆に受け入れられた。カネに目ざとい画商によって値段は異常に吊り上げられた。今でも私はゴッホの絵の良さが分からない。カネを積まれれば家に飾ってもいいが、カネを出してまでして家に飾りたくない。幸い、庶民が買える値段ではないので、買おうとも思わない。またゴッホの絵は和室の私の居間には合わない。それが名画かどうかは別の価値観である。俗物の私は、「ゴッホの絵は(私には)名画ではない」と言うしかない。
小休止
Sagan の喫茶室で見つけた素敵な猫
「手紙を届ける猫」
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2024-01-22 久志能幾研究所通信 2807号 小田泰仙
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