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2022年6月17日 (金)

青い鳥を求めて、地雷の道を歩む

「青い鳥を右手に掲げ、目標手帖を左手に持ち、信念忍耐の守り佛・お釈迦様を背負い、楓の木を探すため地雷が埋まった道を歩く」

 

 イタリアのバイオリン職人が、ストラディバリウスを超えるバイオリンを作ろうと、材料の楓の木を探し求めた話のドキュメンタリービデオを見た。彼はその楓の木を探して4年、念願の楓の木に辿りついた。その楓の木は、戦乱の続いた欧州の山中にあり、その山は地雷が数多く残されていて立ち入り禁止であった。彼はその探し求めた木でバイオリンを製作したという話である。

 先日、日本から出品されたバイオリンの名器「ストラディバリウス」がニューヨークでの競売で、1534万ドル(約20億6千万円)で落札された。このストラディバリウスのバイオリンは、「カレーハウスCoCo壱番屋」の創業者、宗次徳二氏が2007年から所有していた。

 それほどに、ストラディバリウスのバイオリンは価値がある。その価値は当時の楓の木の材質の良さから来るらしい。

 

楓の木を探して

 バイオリン職人がストラディバリウスを超えるバイオリンを作るのは夢である。バイオリン職人が抱く青い鳥である。人生で青い鳥を追い続けることは人生を豊かにしてくれるが、熱中しすぎると回りの危険が見えなくなり、人生の地雷を踏む危険がある。人生は一寸先が闇である。先の先は見通せるが、目先は全く見えないのが人生だ。明日にも南海トラフ巨大地震や首都直下地震が起こるやも知れぬ。火事や事故が起きるかもしれない。

 

人生必勝法

 人生で必勝法などない。人は裸で生まれて、裸で死んでいく。何が起きても、生きていく気力があればよい。焼け野原にほっぽり出されても、カネを作る能力さえあれば、裸一貫でやっていける。あとは地道に人としてやるべきことを継続するだけである。

 

焼け野原から

 太平洋戦争で焼け野原になった日本を復興したご先祖を思い出そう。私の両親も裸一貫から立ち直った。母は新円切り替えで実家が無一文になった。父は戦後、国際法違反のシベリア抑留の災難に遭い、2年間の抑留生活から命からがら生還できた。それで今の私がある。父の弟(私の叔父)はシベリアの土になった。私の従弟は父の顔を知らない。

 焼け野原から立ちあがるのに必要なのは、カネではなく、夢と目標とそれを成し遂げる信念・忍耐力である。

 

 お釈迦様も一時期、弟子が総て去ってしまうという試練に見舞われた。そこでお釈迦様は、山に籠って断食修行をされた。それで悟りを得て真の仏教を創られた。凡人の我々は、信念・忍耐力のお釈迦様のツメの垢にあずかるため、お釈迦様を守り佛にしよう。

 

夢の実現

 夢は、その目的を明確にして、その達成期日を決めないと、実現しない。いくら立派な目標や計画を立てても、それを地道に成し遂げる実行力がないと、達成されない。実行力は、信念や忍耐力の裏付けがないと、絵に描いた餅になる。それらが全てそろって、はじめて青い鳥が手に入る。

 その夢の実現の為、いくら努力をしても一寸先は闇である。人生の一瞬先は闇である。明日の事さえ分からない。明日大地震が来るかもしれない。しかし10年後の姿は予見できる。人はそれに向かって愚直に精進するしか、夢の実現はできない。

 夢を見ないと、その努力さえしないのが人間だ。だから青い鳥は探し続けないとダメ。

 

 先日、200坪の土地を見付けた。これで音楽ホールを作るという夢に一歩近づいた。千里の道も一歩からである。

 

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 松本明慶大佛師作 出山釈迦

 『道 第二巻』大佛師 松本明慶 作品集 より

     松本明慶佛像彫刻美術館刊

 本図は松本明慶佛像彫刻美術館の掲載許可を得ています。

 

 

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馬場恵峰書

 

2022-06-17  久志能幾研究所通信 2408号  小田泰仙

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