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2021年7月 3日 (土)

生前葬に目覚め、準備を始める

 

 7月1日、外出中に気分が悪くなり、帰宅中の電車の中で吐きそうになった。慌ててホームに出て、嘔吐である。電車の中でなくてよかったと安堵である。

 この1年で約4kgの体重減である。がんの手術後一時は順調に体重が増えていたが、最近は全く体重が増えない。この最近体に力が入らず、体調が悪い。一時に比べれば25kgの体重減である。

 がんの手術後、主治医から言われた余命宣告で、その余命2.5年の期限がこの8月に来る。覚悟を決めて生前葬をせねばと、その準備を始めた。

 

仲間の死

 この3年間で、私の師が5人も逝去された。5人中4名は、年長者であり自然界の順番で致し方ない。しかし河村義子先生は私よりもはるかに若かった。

 10年前、定年退職した時、一緒に仕事をした仲間が24名も死んでいた。まだ60歳前にも関わらず、癌死、事故死、病死、過労死である。我々段階の世代は、過酷なビジネス戦争を戦ってきたのだと思い至った。当時の高度経済成長には多くの犠牲があったのだ。

 

死は必然

 命は生きているだけ奇跡である。命はいつか必ず滅す。人はそれを忘れて、永遠に時間があると思って生きている。出会いは偶然だが、死は必然である。

 5人の師の最期に際し、恵峰先生に対してだけしか、正しく対応できなかった。それが悔いである。みんな突然の訃報である。別れの挨拶ができなかった。だからこそ、生前葬が必要なのだと思い至った。

 

生前葬計画

 生前葬と言っても、自分が対象だけではなく、古希を過ぎれば、相手が先に逝く確率は半々である。古希ともなれば、古き希なる歳まで生きてきたのだ。何時死んでも不思議ではない。ましてやこのコロナ禍のおり、いつの間にか知人がコロナで死んでいたという話をよく聞く。

 だからこそ、生きている間に、簡単な食事会で良いので、お互いに昔の思い出で楽しく語り合いたい。死んでから会葬に来てもらっても、香典を出してもらっても嬉しくはない。そう決心して、その対象者を選別して、会食をする計画を立てて準備を始めた。それが私の生前葬である。

 

 いつまでも あると思うな 人の命と自分の命。

Photo   馬場恵峰書

2021-07-03   久志能幾研究所通信 2078  小田泰仙

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