ハンドルを握りしめない
自動車会社の試験車運転資格(テストドライバー)の訓練では、「ハンドルは握りしめてはダメ。10時と2時の位置に、そっと手を添えよ」と教えられる。ハンドルを握りしめると、咄嗟の回避操作ができにくい。
10時と2時の箇所に手を置くだけ
ハンドルを握りしめてはダメ
慣性
ハンドルとは、自分の船や車を思った方向に進ませてくれる操舵装置である。それを握りしめると、何かあって場合、方向を変えるに大きなエネルギーがいる。
自分の乗った大船は、大きな慣性エネルギーを持っている。簡単には方向は変わらない。ハンドルは握りしめず、ただ添えるだけでよい。
車でも、どんなものでも、何もしなくても、直進性があるので勝手に真っすぐに走っていく。真っすぐに走らなければ、それは操舵以前の機械の問題である。要は支離滅裂な性格と同じである。
心の慣性
自分には固定観念というカチンカチンの行動習慣がある。子供は1日に20回の決断をするという。АにしようかBにしようか、迷っても、親からBはダメと頭ごなしに躾をされると、Аを決断することが、性格(固定観念)となる。その訓練を7歳までに、20回×365日×7年=51,100回の繰り返しの定着訓練としてすることになる。そうやって性格が形成される。人間は7歳までに97%の脳が完成する。だから簡単には考えは変わらない。何も指示されなくても、その方向に走っていく。だからこそ、良き固定観念を形成したい。それは半分は親の責任である。
人生航路のハンドルさばき
ハンドルとは自分の主義、価値観、思想である。固定観念が指示をするハンドルである。その価値観の方向に舵が切られて、人生はその方向に人生航路を辿る。その思想や価値観は、時代と自分の成長の過程で変わる。
「平和が大事、人の命が大事」と言っても、戦争になれば、敵を殺さないと己が殺される。銃後の親や妻子が殺される。国が滅ぼされる。そんなとき、平和が大事と言っていたらバカである。戦争の時は、真面目に人殺しをせねばならぬ。
君子豹変
かように状況によって、その価値観は変わる。だからその価値観を堅く握りしめては、身の破滅である。その思想には、そっと手をそえるだけでよい。周りの状況に合わせて、その思想を変えていかねばならない。変えなければ偏屈である。それが人生航路でのハンドルの握り方である。君子豹変でよい。
2021-04-14 久志能幾研究所通信 1988 小田泰仙
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