曼荼羅の佛様が 寄ってたかって 私を幸せにしてくれる(改)
自分に厳しいことを言ってくれる方は、私を育ててくれる佛様だ。辛口の批評は、自分の行動の何所がいけないのかを教えてくれる。試験の成績が悪いのは、今の勉強のやり方が間違っていると親切に教えてくれている。
仕事での失敗は、何か間違っていると教えてくれている。市場での失敗は、自分の見識の未熟さを教えてくれている。市場は神の如くの評価をする。
大垣市の公示地価の暴落は、市長の小川敏の失政を市場が告げている。
病気とは、己の体の使い方に関する佛様の苦言なのだ。認知症は、狂った食生活、狂った生活習慣をしていることを教えてくれている。癌は生活習慣病である。狂った食生活、狂った生活習慣の結果なのだ。
私を幸せにしようと思わない相手は、無視をする。愛の反対は憎悪でなく、無視なのである。
人が甘い言葉をいい、お世辞やおべんちゃらを言うのは、自分をKY(空気の読めない人)に育てるための罠である。厳しいことを経験しないと、実社会ではやっていけない。KYになっては出世など夢の話。正規社員にもなれない。厳しい叱責で研鑽を積み自分の能力、精神力、人を見る目が養われる。佛の皆さんが私のために、能力向上のため、幸せになって欲しいと鍛えてくれている。どうしようもない人には誰も何も言わない。私もサラリーマン生活で、部下を持った時、見込みのない人間は無視をした。そうしないとやっていけない。
自分に向けられる厳しい言葉を、自分を鍛えるための愛の言葉と解釈をしよう。そう思うとき、曼荼羅の佛様がよってたかって自分を幸せにしてくれる。
耳中常聞逆耳之言
耳には常に痛いことばかり。それが自分を鍛えることになる。甘い言葉で褒められるのは、遅延性の毒を盛られるようなもの。(洪自誠著『菜根譚』)
あなたを地獄に落とす贈賄側の人間は、甘言で誘いノーパンしゃぶしゃぶ接待に連れて行く。苦労をしていない高級官僚が簡単に堕ちる罠である。
ああ、私も誘われたい…..
2020-12-27 久志能幾研究所通信 1875 小田泰仙
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