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2020年11月 2日 (月)

何の為の面談なのか、自問する  磨墨知27 

  

 ある人と1時間の面談をするとは、その人の人生時間から1時間の命を頂くこと。無価値の面談なら、その人の命の一部を奪うこと。

 何のために面談をするか、もう一度、自問しよう。その面談で、相手が、己がどういう付加価値を生み出すか、自問しよう。

 

表敬訪問での面談

 表敬訪問ほど、市長にとって無駄なことはない。相手の目的は、売名行為である。市長の使命は、市民の幸せのために時間を使うこと。表敬訪問はそれに反して無価値な時間が浪費される。だって、その表敬訪問がなくても、市の発展のために何の影響もない。世の中に、何の付加価値も生まない。

 小川敏の場合、誰かが表敬訪問をすると、必ず岐阜新聞紙面に大きな顔の市長が登場する。その紙面を見て読者はどういう付加価値を生むのか? 何も生まない。単なる小川敏の虚栄心をくすぐり、新聞紙上で売名行為をさせるだけである。

 福岡市の高島宗一郎市長は、表敬訪問の無駄を知っているから、表敬訪問は絶対に受け付けない。高島市長は市長の業務に没頭している。だから福岡市は発展している。小川敏は表敬訪問大歓迎である。だから大垣市は、没落している。

 

傾聴

 往々に人は面談と意識すると、己が一方的に話してしまう。面談で一番必要なことは、相手の言い分をひたすら聞いてあげることだ。上司として、仲間として相手を観察して、何が困っているかを把握する。それの答えを相手の口から引き出す。答えは相手が自分自身で知っている。それを引き出すのが、リーダに求められる資質である。

 そうすると、相手は話の分かる人だと評価してくれる。本音を話してくれる。通常は、上司として上から視線で、一方的に部下に喋るから、部下は喋れず、ストレスが溜まり、上司不信になってしまう。相手は更に悩みの森に迷い込む。それではリーダーシップが取れない。喋りまくる上司の手前、部下は面従腹背にならざるを得ない。

 人は自分が分かって欲しいとの願望がある。それを解消してあげれば、人間関係はうまく行く。面談はお説教ではない。己の売り込みでもない。演説でもない。ただただ相手の言うことを聞いてあげる。それは結構難しい行為である。

 

傾聴訓練

 私は管理職になってから、リーダシップで悩み、その解決の一手段として傾聴訓練を受けた。その相手は、20歳のキャバレーの女の子、パチンコ店の課長さん、60歳の経営者など様々な職種、職場のリーダの立場である人達だ。その研修では80人ほどを、一人約2時間、ただ相手の話を聞くだけの傾聴訓練を受けた。その後、その傾聴訓練に同席した指導員から、己の傾聴での不備点を指摘される。それで「聞いてあげる(傾聴)」の重要さと難しさを体験した。

 家庭不和の原因の一つが、夫が妻の愚痴を聞いてあげない事。

 面談とは、相手の心を観察すること。命を預かること。

 

佛様の前で

 私は毎晩、寝る前に仏壇の前で、悩みを仏様に聞いてもらう。仏様は黙って私の話しを聞いてくれる。決して反論はされない。それで心静かに床に就くことができる。仏様や仏像とは、己の悩みを受け止めてくれる大きな器なのだ。

 文殊菩薩像に手を合わせれば、知恵を授かる。普賢菩薩像に手を合わせれば、賢く振舞えと教えて下さる。虚空蔵菩薩像に手を合わせれば、無限の智慧に接する。自分の悩みの答えは、自分が知っている。それを仏様は引き出してくれる。

 祈るとは、内なる佛に精進を誓うこと。未熟な自分と対峙すること。真剣に自分を見つめる事。

 祈ることが出来る佛に出会えて感謝。

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 松本明慶大仏師作 虚空蔵菩薩像

 

2020-11-02 久志能幾研究所通信 1811  小田泰仙

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