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2020年7月13日 (月)

なぜ偉くならねばならないか

 職位が上がるとより大きな仕事ができるから。

 世のために働くなら、より大きな仕事をした方が社会に貢献できる。

 偉くなると、それにつれて付き合う人もレベルが上がり、自ずと自分の人格も上がるから。

 大きな仕事をこなせば、それを肥やしに、より成長できるから。

 成長せず、現状維持でいいとは衰退していることだ。周りはハングリー精神で急成長をしている。現状維持は、相対的に没落である。自分は良いが、日本全体が、成長著しいアジア諸国から置いてきぼりを食らう。子孫が貧乏になってしまう。それを避ける為、偉くなる努力をしなければならない。

 

 今の若者は偉くなりたいという欲がない。現代は、上司の働き方の辛さを見て、管理職にはなりたくないという若者が増えた。それは親の教育が間違っていたのだ。それは上の人が、仕事の意味を正しく教えていないからだ。後ろ姿で、その意味を教えていないからだ。拝金主義の経営の為、今の管理職が、奴隷精神の管理監督者に成り下がっているためだ。だから日本の失われた30年が、いまだに続く。

 若者よ、IT武器で戦え。老人よ、魂の弾を覇気なき若者に撃て。戦わない国は、亡びる。最大の敵は、自分の怠け心。

 

我を亡ぼす者は我  安岡正篤

 「我を亡ぼす者は我なり。人、自ら亡ぼさずんば、誰か能く之を亡ぼさん。」(呻吟語)

  偉くなるとは、自己革新である。自分が変わらなければ、世の中を変えられない。変わらなければ、自滅への道を進むこと。

 自己革新も自己没落も、我の責任である。原因も結果も、自分自身にある。ローマを亡ぼしたのはローマである。日本の高度成長を生んだのも、失われた30年を生んだのも日本自身である。

 健康で戦える人生を送れるかどうかは、自分の健康管理にかかっている。自分が病気になったのも、自分の怠惰心である。

 

Img_57271s    馬場恵峰書  

 2011年4月2日、東日本大震災の後、馬場恵峰先生宅を初めて訪問して、本書をお土産として頂いた。思い出の書である。

 この時に、齋藤明彦社長が、浄土ヶ浜の海水で、恵峰先生に追悼の書を揮毫して頂くため、訪問された。偶然私は、その場に同席した。浄土ヶ浜の海水には、津波で犠牲になられた精霊がまだ漂っていた。

2020-07-13 久志能幾研究所通信 1664 小田泰仙

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