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2020年5月21日 (木)

ペンタゴン(米国防総省)ツアー(1/2)

 2001年9月11日の同時多発テロ事件以降、セキュリティの関係で、このペンタゴン・ツアーは、閉鎖されていた。今はそれが再開されたようだが、テロ以降は更に厳重なセキュリティがなされているようだ。館内は撮影禁止だが、一部のエリアだけは撮影が許可されている。

 下記は、私が1994年8月9日に見学した時の記録である。

 1994.08.15初稿

 

ペンタゴン・ツアー

 ワシントンDCのペンタゴンは、知的観光スポットとしてお勧めである。貴方が飛行機マニア・歴史マニアなら特にお勧めである。ただし現在、一般のツアーは新型コロナウイルスの関係で閉鎖中である。

 地下鉄PENTAGON駅で下車し、エスカレータを上がるとそこが世界最大の官庁としてのペンタゴン地下一階ゲートである。スミソニアン博物館群から地下鉄で10分の距離にある。ここの見学はペンタゴン・ツアーに参加すればよい(当時)。

 このペンタゴン・ツアーはペンタゴンのPR活動の一環として実施されているので無料で、30分毎にスタートし、所要時間は約1時間である。このペンタゴン・ツアーに参加するためには、受付でパスポートを見せて名前を登録して申込み、ツアー・スタート時に胸に黄色いIDカードを着け、持物のX線透視検査、金属探知機のゲートチェック(飛行機搭乗時のチェックと同じ)を受けてなくては、ペンタゴン内の機密の建物に入れない。

 このペンタゴンの廊下の総延長距離が28㎞に達することを見れば、いかに巨大な建物で、なぜ世界最大の官庁と言われるのかが理解できる。構造的には地下1階、地上4階建てで、特徴の五角形の一辺は281m、5重の構造となっている。巨大とはいえ、この建物内のどの2点をとっても、7分で行き来できるように合理的な設計がされている。

 実際は、地下ゲートから入って中を歩き回り、地下ゲートから出てきたので、実際の建物の外観を見ていないため実際の巨大さが身近に感じられなかった。是非、外からこの建物を見ることを勧める。

 ペンタゴンの5角形の一辺281mの長く広い廊下を電動車椅子に乗った士官がかなりのスピードで走り回っていてたのは、いかにもアメリカ的軍部オフィスを認識させれた。またこの廊下を電動リフトも走り回っていて、軍部工場という趣がある。この電動リフトが走り廻れるほど広い廊下であることも注目の点。

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 ペンタゴン全景  ペンタゴンの広報資料より

 

  表⒌1  ペンタゴンの建物規模を示すデータ

  建物          地上4階、地下1階

  廊下の総延長距離      28 Km

  5角形の一辺長       281 m  (建物一周1405m)

  総床面積        610,000 ㎡  

  トイレの数           280 ケ

  時計の数           4200 ケ

  電話の通話       200,000 回/日

  郵便物         130,000 通/日

  働く人員        23,000 人

  建物内の食堂で働く人員   600 人

 

美術館として

 ペンタゴンの長い廊下の両側に、歴代大統領・将軍・軍人の肖像画、飛行機・艦船の絵画・模型、戦争の絵・軍旗、アメリカの各州の昔の旗、勲章、戦争の歴史が、無駄なスペースなしに展示してある。その膨大な数には圧倒される。その総数は、案内の軍人に聞いても明確な回答は得られなかった。おそらく1000余の数にのぼると想像される。この膨大なコレクション数から、まるで米国戦争MUSEUMの趣がある。途中の小部屋で、10分程のペンタゴン建設の歴史映画も上映される。

     写真⒌1  廊下の絵画

 

 このペンタゴン・ツアーの趣旨は,あくまでも軍部がいかにお国のために役立っているかの軍部の自己宣伝活動であって、税金の無駄遣いの言い訳も含む事を認識して説明を聞くと面白い。あくまでも戦争の正しい面、カッコいい面のみを展示している。

 例えば、MILITALY WOMEM(軍事婦人)のコーナがあるが、これは米女性がいかに軍隊で活躍したかの歴史、実績の展示であって、赤十字の看護婦さんの称賛コーナでないところがミソである。

 

日本の降伏調印式

 また、1945年、米軍艦ミズリー号上で調印された日本の降伏調印書が、原爆の写真の下に誇らしげに展示してある。重光葵日本国全権代表の直筆の漢字サインは、嫌でも日本人の私には目に飛び込んでくる。重光葵氏は城山三郎著『マリコ』に登場するあの重光氏である。私にはこの原爆の写真が、この行為を正当化するための説明としか見えなかった。

 また真珠湾攻撃の当時の新聞を3紙も展示して、だまし討ちのアピールをシッカリ表示している。戦争に関する展示で、新聞まで動員して紹介しているのはパールハーバ攻撃のみである。また、同じような新聞を数紙も(科学工業英語手法で言う拙い「冗長」さ)誇示している。一つではデータとして少なすぎるが、この3つは多すぎる。私は3紙も展示する必要はないと思う。私にはこの戦争のかなりの部分が、FBIの得意技のおとり捜査の戦争版にしか思えない。現在公開された歴史の資料とこの展示から見て、世で言われている常識的な見解の一つで決して過激ではないと思うのですが・・。

 

戦争賛美の例

 米国史上で、真珠湾攻撃は、唯一の直接本土に戦争を仕掛けられた事例なのでその扱いは特別である。このスケールの違う国に世界史上で唯一、宣戦布告をし、なおかつ当初は勝ってしまった旧軍部はエライと思う(米国が仕掛けた戦争はあっても、宣戦布告をしたのは日本のみ)。無知は人間を実に大胆にしてくれる。またドイツ降伏後の一時期は全世界を相手に戦ったこと。そして、勝っていればせしめえた戦争賠償金を、復興援助金の名目で米国からせしめて、戦前はできなかった高度経済成長をなし遂げた賢こさ。3K業務の軍事を、安保条約で米軍に下請けに出して経費を節約した国としてのVAである。ここまで、見とおして戦争を始めたのなら旧日本軍部は立派・・? 生物は死ぬことで、必要な成長を果たすことがある。例えば人間の手は、受精後の細胞分裂の途中で手の間の組織が死ぬことで指が形成される。旧日本軍部は死ぬことで日本発展の礎となった?

 

戦後の歴史の皮肉

 (下記は1994年頃の経済状況で記述)

 第二次世界対戦後の50年に及ぶ長期経済戦争に負けた(?)米国は、荒廃した精神の安定に日本の禅を求め、肥満しすぎた人間の多さに手を焼いた米保健局が理想の健康食として日本食を推奨し、不況に直面した米産業界の期待を背負った大統領が米財界のツアコンとして日本に製品の売り込み陳情にくるし、米国の国債も有名ビルも日本に買ってもらっているし、と大変な時代になったは現代史の大いなる皮肉?

 最近(1994年ころ)の米高校生意識調査で、日米が50年前に戦争をしたことを知らない米高校生の割合がかなり多いという調査データが新聞に載っていた。「で、どちらが勝ったの?」とはある米高校生の質問。

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マッカーサー元帥

 この第2次世界大戦の記録コーナは、このツアーコースの最後から数えて2つ目の場所である。ここのしんがりにマッカーサー元帥の胸像が展示されていて、氏の功績を讃えている。氏と同じ背の高さにしてある胸像から見て、意外と背の低い氏にびっくり。米国人にしてはそんなに大きくない案内の軍人が、胸像の横に立ち、私とそんな背の差がないのですよとおどけてみせた。ユーモアは分かるが、軍人は知性あるユーモアに欠ける。

 

勲章のコーナ

ツアー最後のコーナは米軍で最高の勲章を貰った軍人のネームプレートが部屋の壁に一杯展示された場所。軍人にとって、勲章は最大の関心事かもしれないが、一般人にはそう馴染みのない受賞者の名だけを展示したコーナは興味が起こらない。それをかなりの時間をかけて説明するのは軍の独りよがりではないかと疑問に思った。

 

戦勝国としてのペンタゴン

 はて? ベトナム戦争の記録コーナはどこにあったのだっけ? そう言えば、この戦争では米国が勝てなかっんだっけ・・・。それですっ飛ばしたのかな? ここの展示には、人類に戦争の反省を促すような展示は一切ない。あくまでも軍のPRが主目的である。その点のクライテリア(基準)は明確で気持ちがいい!?

 スミソニアンの米国歴史博物館は戦争の反省としての展示思想で展開されている。ペンタゴンは自己PRを主体とした展示思想で展開されている。その大きな格差は、情報伝達としての博物館のコミュニケーション手法の特徴が明確になる。このペンタゴンは、その反面教師的意味からお勧めの観光スポットである。 MILITALY人は自己を冷静に観る姿勢が足りない。観リ足リんツアーでした。

 

ツアーの横道

 ツアーで建物を歩いている時、かなりの士官の部屋をドア越しに眺めることができた。各部屋には大きな飛行機の絵(海軍のセクションは帆船、軍艦等の船の絵)が1~2枚かかっていたのが目についた。見た部屋の総てに立派な大きな絵(私が思わず盗んでしまいたくなるほどカッコいい絵)があったのは注目に値する。部屋の雰囲気を出すには最高であるが・・・。ここの膨大な各部屋がこれと同じだとすると、これは大いなる税金の無駄遣いと思うのは貧乏人? この無駄遣いが回り回って日本の円高の遠因になってはいまいかと、要らぬ心配までさせられる。一部の秘書の部屋に、ミッキーマウスの大きなポスターが飾ってあったのには思わずニヤリである。

 元々、軍用機は殺人兵器であるが、純粋なインダストリアルデザインの視点で私は好きである。この観点での軍用機の芸術的絵画は眺めていてもあきがこない。垂涎の絵が多くあったが、ゆっくり見ていられなかったのが残念であった。これらの資料、絵画はMUSEUMとして独立させてしかるべき、価値の高いものであった。この閉鎖された建物に置くべきではないと思う。

 

 最後に、案内者の名SPC BOWDEN U.S.ARMYの入ったアンケート葉書を配付してくれたのには感心した。米国では、新聞の署名記事のように各行動に責任の所在が明確で気持ちが良い。彼の名誉のために言っておくと、米国人相手では満点の案内者でした。確かに税金も払っていない、旧敵国で現在は経済戦争の当事国の旅行者に媚を売る必要はあるまい。

 

2020-05-21 久志能幾研究所通信 1601  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

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