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2018年8月29日 (水)

「ぬり壁妖怪」との遭遇

 2018年8月24日、ヤナゲン大垣本店での水木しげる版画展で「ぬり壁と狩人」を「幽霊電車」と同時に購入した。

 8月26日、友人が突然訪ねてきたとき、縁を感じて一緒にこの「水木しげる版画展」を再度見に行って、気になっていたもう一枚を購入した。どうも「買え買え」という妖怪の声に取りつかれたようだ。

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「ぬり壁」とのご縁

 その絵の説明に「夜の海岸やひとけのない道、森の中などで突然現れて人を驚かせる。押しても引いてもびくともしない。大きさを自由に変える。」、効能として、「意思が強くなる」とある。とある。これは水木しげるさんの反戦思想の代表作で、意志の固さの象徴の絵だと聞いて、購入を決めた。

 水木しげるさんは第二次世界大戦のラバウルでの戦闘で、左手を失う大けがをする。その時、上官はなぜ死ななかったのだと罵倒したという。それで水木さんの反戦思想が芽生えたのだろう。

 この絵は、どんなことあっても、自分を守るために立ち塞ぐ大きく防御壁を表している。理不尽なものへの抵抗でもある。それに立ち向かう水木さん自身を象徴している。そんな「ぬり壁」の妖怪に守られて、水木さんは戦後を生きた。

 人は壁に守られて生活している。他の理不尽な攻撃に対して、守ってくれるのは自分の内なる「壁」である。壁は黙って敵の攻撃を防いでくれる。そこに水木さんは妖怪の霊気を感じた。その壁はシャイで無口である。しかし意思は固く己を守ってくれる。たまにいたずらで人を驚かせるのは愛嬌である。

 

水木さんが「ぬり壁」と遭遇

 「ぬり壁」は福岡県の海沿いに出没すると言われる。壁の姿をした妖怪である。夜道を歩く者の前に突然立ちはだかり、行く手を遮る悪戯をする。

 第二次世界大戦で、戦場に駆り出された若い水木さんは、「ぬり壁」に出会って命拾いをした。当時、水木さんの部隊はラバウルにて敵軍に襲われ、水木さんは仲間とはぐれて、一人森の中を逃げ回っていた。すると目の前に突然巨大な壁が立ち塞がった。それはコールタールで塗られたような平らの壁で、触ると指が入る柔らかさであった。ハッと気付けば四方がその壁に囲まれており、身動きができなかった。水木さんは、なす術もなく、いつしか疲労困憊で眠ってしまった。明るくなり目覚めた時には、その壁は消えていた。しかも、水木さんが寝りこんだ場所の目前は断崖絶壁で、そのまま進めば命がなかった。水木さんは見えない妖怪に見守られて救われたのだと感じた。帰国後、文献を読んで、あの時に遭遇したのは「ぬり壁」だったと確信した。

 

自分の「ぬり壁」経験

 自分の人生で、何か形のない壁にさえぎられて、前に進めず忸怩たる思いで退散したことは多い。後日、それを振り返ると、そのまま進むと悲惨な状況になることが予想され、そのまま進まなくてよかったと思うことが度々ある。それはご先祖様が形なき「ぬり壁」となって守ってくれたのだと今にして思う。

 大自然の中でごく一部として生かされている自分は、見えないものへの畏敬を疎かにしない生き方をしたい。それを水木さんの「ぬり壁と狩人」が教えてくれた。感謝。

 

2018-08-29  久志能幾研究所 小田泰仙  

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