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2018年8月19日 (日)

大村智博士「私の半生記」(5/6)研究を経営

 経営とは、過去から受け継いだDNA・資産と現在持てる資産の全てを持てる全智慧を使って利益を創り、現在と未来に伝承する人が行う尊い佛行である。

 単なる金儲けは経営ではない。利益(りやく)とは、仏教用語で、仏菩薩などが衆生など他に対して与えた恵みである。この言葉から派生して、現在の利益(りえき)の言葉となった。

 以上は、私(小田)が考えた定義である。それを大村先生は忠実に実行されている。

 

経とは

 経とは、横糸と縦糸を紡ぐ機織り機の象形文字である。縦糸という歴史の時間の流れを、横糸という今の時代の「色」に合わせて布(製品)を織る。それが経営である。

 

営とは

 営とは夜の陣中に廻らすかがり火の意味である。宮は「部屋の多い家屋の意味を表す。周囲にかがり火を廻らした陣中を意味する。会社や組織は、多くの部署を持ち、営業活動をしている。経営とはその営みを表す。

 

過去の資産とは、組織の持つDNAとは

 北里柴三郎の学問研究の目的は、「全ての学問研究の目的は、学者の単一な道楽ではない。研究の結果はなるべく適切に実地に応用して国利民福を増進することにある」(結核予防協会演説 1917)と述べているように、北里研究所のDNA はこの宣言にある。それこそ縦糸の過去の資源であり、持てる資産である。未来への投資とは、後進への投資である。

 

大村博士の故郷が生んだ経営者の言葉

 「金がないから、何もできないという人間は、金があっても、何もできない人間である。」(小林一三(1873~1957) 山梨県生まれ 東京電灯・東宝を経営、宝塚歌劇団を創始)

 

 大村博士は、北里研究所で研究を経営するとは、研究のアイデアを生み出し、その実現のために資金を投入、人材育成、得られた成果を社会還元という4つが大事だ、と考えた。

 

アイデア

 アイデアは、世界の一流の研究者たちとのセミナーを500回も開催して北里研究所の研究者たちを啓蒙していた。この項と人材育成は、前項の「教育への情熱」にその詳細を述べた。大村先生は、経営者として人材育成にあたっていた。現在の日本企業の経営がパッとしないのは、欧米に比較して人材に投資していないためである。日本の経営者は口では教育は大事というが、金の使い方を見ると嘘ばかり。私の前職の会社も、それが一因で消えた。

 

アイデア実現

 アイデアの実現のためは、資金があってもそれをうまく回さないと実現できない。それが経営である。経営とは人・モノ・金・時間の運営である。

 大村博士は、北里研究所の経営が倒産の危機に瀕していることに気が付いて、その経営に大村先生は没頭することになる。自分から手を上げて副所長に就任する。自分から役職に手を挙げたのは、後にも先にもこの時だけであった。北里研究所を経営分析してで、負債が大きく倒産寸前であることを発見して、それを分かりやすく皆さんに説明して理解を得たという。

 大村先生は、自分の研究よりも、北里研究所の再建が最重要と考えたのだ。北里研究所は日本の宝である。そのために、後に引かない決意として大学教授を辞めて、副所長として経営に選任することにして、周囲を驚かした。給与はドーンと下がったという。

 元山梨大学学長の安達禎氏からは「何事も千畳敷のど真ん中でやれ」と教えられたという。

 

社会還元

 特許料で研究する学者はいるが、病院まで建てたのは、大村先生が初めてであろう。これも経営がうまくいったためで、金だけあっても病院は建たない。経営がうまくいって440床の病院が建設できた。それには社会還元するという理想があったからだ。

 現在の日本の企業が不振なのは、金を貯めるばかりで社員に還元せず、投資を行っていないためである。日本の社員の生産性が低いと言うが、単に給与が安いにすぎない。給与が安いと、計算上で付加価値額が低くなる。

 

大村博士の経営の勉強

 大村先生は、経営について独学で猛勉強をしたが、それだけでは良くわからないので、日本女子経済短期大学の井上隆司先生について、月に1回のペースで食事をしながら教えてもらったという。

 

自分を経営する

 人生では、会社経営よりも自分株式会社の経営が一番難しい。人生経営とは、自分が持つ資源を最大限に使って、自分の人生を全うすること。それが経営なのだ。自分の持てる資産を使い切らず、人生を終える人がなんと多きことか。

51p1040034  馬場恵峰書

2018-08-19  久志能幾研究所 小田泰仙  

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