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2018年1月21日 (日)

人生の春夏秋冬

 会社を定年退職して7年が過ぎた。過去を振り返り、人生の春夏秋冬を感じるこの頃である。

  春は学びの季節。今の心境から比較すると、学生時代は未来に何の不安もなく青春を謳歌したようだ。当時は何とも思わなかったが、両親や恩師の保護・恩恵を最大限に受けて一番幸せの季節であったのだ。それは冬の時代にならないと気がつかない。気が付いた時、両親や恩師は、この世にいない。

 

 夏は仕事の季節である。当時は高度成長の時代で、今のデフレとは隔絶した時代であった。仕事はきつかったが、遣り甲斐のある仕事に恵まれ幸せであったと思う。今の自分があるのは、会社の皆さんに育ててもらったのだ。正に盛夏の熱い季節であった。やればその分、成果が上がったよき季節であった。

 

 秋は収穫の季節。定年後に故郷に帰り、人生の夕暮れを感じながら、今まで蓄積した経験を活かし、第二の人生に向けて再度の学びの時を過ごした。その過程で、自分の老いをつくづくと感じた時代であった。毎日、図書館に通い、若い人と机を並べて受験勉強に励んだのも良き思い出である。単純な記憶力を競う試験では、物理的・生理的に己の体力の限界を悟らされた時でもある。秋は、次の長い冬の期間に向けて、体の保全をする準備の時でもあった。あちこちに体の不調を感じた時期であった。それの手当てが間に合わず、あの世に旅立った仲間の数も多い。よくぞこの危機の季節を生き延びれたと、ご先祖に感謝している。

 

 冬は、未来の種を植える季節である。今、私は人生で一番忙しい時と迎えたと思い精進している。盛夏の季節は、周囲に振り回されて多忙ではあったが、今は自分で物事を統治して、限られた時間を次の世代に残すべき仕事に邁進している。一番遣り甲斐のある季節だと思う。そう思わないと、今まで生きてきた甲斐がない。「起きたけど 寝るまで 特に用もなし」でないだけ幸せである。そう思うから、今の自分は幸せだと思う。冬の時代は、後世に残す仕事を完成する季節なのだ。自伝、出版、執筆、写真撮影、後世への記録、お墓の整備、家のリフォーム、後世への遺産をどうするかを考えると、おちおちゆっくりもしていられない。24時間365日生涯無休で頑張っている。と口では言っても、若い時ほどには思うように体が言うことがきかないのがまどろっこしい。

 

冥土へ跳ぶ準備

 67歳の冬の季節の到来したとき、ご縁があり松本明慶師作の「飛蝗」に出あった。明慶師の熱い説明がなければ、ご縁のなかった飛蝗である。それも今までのご縁の蓄積の賜物である。飛蝗は、複眼で飛ぶ先を見定めて数メートルを一気に飛ぶ。跳ぶ前には行き先を良く見なければならぬ。「飛ぶ」に、虫偏に「皇帝」と書いて書いてバッタ(飛蝗)である。跳んで着地する世界で、皇帝として君臨したい。

 この飛蝗は飛躍への縁起物である。この飛蝗にあやかって、これからの冬の季節を考え、冥土への飛躍を祈願して即決で入手した。冬に植えた種は、春に花咲く。今は、両親や恩師が植えた種が花咲いている。己が植える種は、春に種が花開く。その時に、己がこの世にいるかいないかは、別の問題である。全ての生き物は、そんなことを考えず、未来に種を植える。

 

冬の時代

 冬は葉を落とし、身を削り裸になって厳しい冬に向けて準備をする季節だ。今までは集めることに余念がなかったが、冬の時代はそれを放出する季節である。それを強欲に集め続けるから、人生の終末に醜態を見せることになる。葉が茂るほど、繁栄するほど、人は命の本質から離れていく。人は裸で生まれて裸で死んでいく。何時かは必ず死ぬことが分かっている体を抱えて、生きてきた。それで何を残して死ぬのか。冬の季節は自分の仕上げの季節なのだ。

 

人生のお手本

 今までは宮仕えの視点やモノの価値観の目でしか物事を観ていなかったようだ。今は飛蝗の複眼のように複数の価値観の目で見る事で、今まで見えなかった世界が見えてきた。67歳は鼻垂れ小僧の季節だ。私は現在92歳の馬場恵峰師が、現役として矍鑠としている姿を真じかに見て、それを人生のお手本として精進していきたい。そういうお手本の師があると、生きていくうえで精神的に楽である。

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 松本明慶師作 「飛蝗」 楠の一本彫り 全長15 cm 飛蝗は4cm

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2018-01-21

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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