鬼神の監視
ドライブレコーダーの眼
青森の社長からの紹介で、地元の某社長の会社に車検を依頼したが、その過程で不祥事が発覚した。ドライブレコーダーはその不祥事を記録していた。その社長との過去の付き合いでは、何か違和感が度々あった。今回、それが納得させられた。今回の不祥事を機に、その社長とは縁を切った。
露見の経緯
・三好輝行先生宅を訪問した2013年10月25日、車検を依頼
・納車後に、ガソリンがほとんど無いことが露見。
3割ほどはガソリンが残っているはずだが、記録から見ると納車までにかなり走行している。車検指定工場なら、陸運局まで行くまでもないはず
・説明中に社長の無断携帯
彼は、納車の説明時、携帯に電話がかかってきて、私に断りも無く話を始めた。彼は、私の目の前で携帯電話をするのが今回で4回目である。以前にきつく注意をしたが、直らない。客の前で断りもなく電話をするとは、目の前の私よりも他の客が大事であるとのメッセージである。侮辱であり、時間泥棒(命=時間)である。時間を大事にする私には許せない。
ドライブレコーダーの記録動画
ガソリン残量の疑惑に関し、自車のドライブレコーダーを思い出した。その記録を再生してみると、業者としてあるまじき行動と声が録画されていた。以前から彼の行動には違和感があり、その原因が判明した。ある人に感じる違和感とは、己の内なる佛が発している警告である。鬼神の警告を見逃さないことで、人生航路を無事に航海できる。
鬼の諦め
本来なら彼を詰問すべきだが、諦めた。以前に、きつく叱ったこともあったが効果がなかった。自分も叱るのが空しく感じる。言っても仕方のない人には誰も注意をしない。鬼が何も言わないのは、恐ろしいこと。
「諦める」とは物事の真実が明らかになることである。仏教用語で、まこと、真理を意味する。諦は、「言」と音符の「帝」からなり、しめくくるの意味を表す。言葉でしめくくり、つまびらかにする意味を表す。師から言ってもらえる内が花である。そうでないのは、彼が今まで積み上げてきた負の積善の結果である。佛の顔も三度まで。それを過ぎると、佛が閻魔大王に変身する。
信用のまた貸し
人を紹介するとは、自分の信用金庫のまた貸しの行為である。半面教師としての鬼の教えであった。私も彼の会社の車検の紹介活動を知人達にしており、赤面の至りである。鬼の眼は、己の魂を見透かし「人を見る目をもっと養え」と言っていた。
鬼の眼
このドライブレコーダーは前職の会社で在職中、自動車技術会関西支部活動でお世話になった富士通テンの製品である。並製品より高価(約4万円)であったが、ご縁のある会社なので、この会社の製品を指名買いした。
この製品は、エンジン稼働中の間、常時録画タイプである。常時上書きで過去2時間分の走行記録が録画される。事故の場合はどちらに非があるか、証拠として自分の身を守ってくれる。事故があった場合は勿論、常時録画がされているので、警察にこの記録を証拠として提出する場合では、自分の日頃の走行状況も録画されるので、違法な運転はできない。常に警察官(「鬼」)に監視をされて運転をしているようなものである。結果として安全運転をすることで、交通事故の確率も大幅に減る。それが時間創造である。自身の内にいる「鬼」を無視しての運転は出来ない。安全運転の人生航路である。
「魂(オニ)」白檀 松本明慶師作、眼入れは岩田明彩師
手術の録画
眼の手術で大変お世話になった三好輝行先生(三好眼科)も、ご自身の手術を全て録画されている。その数52,000件。医療訴訟に備えてのことではあるが、手術の全てを鬼が監視していると同じである。腕に自信がないとできない行である。(2013/10/31記)
2017-12-05
久志能幾研究所 小田泰仙 e-mail : yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp
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