地獄界を作る鬼
地獄界はあの世ではなく、この世で己の内なる鬼が創る世界である。他人に対する優越感が暗転した時に受ける絶望感が鬼となり己を苦しめる。他人から見ればなんでもない状況を、己が己を地獄に突き落とす。全て己が作り出した因果の世界である。
生老病死は世の定めである。人は生まれ老い病気になって死んでいく。それを苦にして地獄の苦しみを味わうのは、己の傲慢である。人に不老長寿はありえない。人は必ず死ぬことを前提に生きていれば、己の体を大事にするし、他人にもむごいことはできない。他人を敬えば地獄は見ない。己の劣等感、傲慢さ、体の酷使が地獄の鬼を作り己を苦しめる。
組織の頂点を極めても、何時かはその座を去らねばならない。どんなに売れる製品でもいつかは売れなくなる。その栄光を背負っていると、己の鬼の虚栄心が己を苦しめる。
地獄に堕ちた元上司
私の元上司で、飛ぶ鳥を落とす勢いのやり手の人がいた。それ故、敵も多かった。ある不祥事でその座を追われたが、年老いてもその自信過剰の意識は抜けなかったようだ。女もあちこちに作り、奥さんを苦しめたという。初老になり脳出血で倒れて、車椅子の生活になり、奥さんの介護なしには生きていけない体になった。毎日、リハビリが必要な体であるが、外を歩いて己の惨めな姿を近所の敵に見せたくないという。女で泣かされた奥さんが、夫の体を治そうと無理やり外のリハビリに連れ出すのだが、本人は地獄の苦しみであるという。自分は笑われていると思い込み、結局そんな惨めな姿は見せたくないと、自宅を売り引き払って、市内ではあるが別の場所に移転をしたという。老いれば、病気になるもの自然である。それを自分の過去の栄光を背負い、己を地獄の世界に追い込んでいる。そんな過去のしがらみを捨てれば、もっと楽になれるのにと思う。
仕事の鬼
地獄とは己が作り出す心の世界である。鬼は己の心の鏡である。鬼でも「仕事の鬼」には地獄はない。仕事に仕えて命を捧げるのは、本望であり本人にとって天国である。己の見栄や欲望だけで生きてきた鬼畜が、年老いて地獄を見る。己の心に住む鬼と対話して己の欲望を第三の目で見つめるべし。鬼に責任はない、己の心が今の世を地獄か天国かに引導する。「仕事の鬼」と笑われようとも、来世で、積年の功徳を地蔵菩薩が閻魔大王に変身して、自分を審判してくれる。
「魂(オニ)」に目入れをした岩田明彩絵仏師は仏さまみたいに優しい方である。ところが「目入れの作業にかかると仕事の鬼になる。怖くて近寄れない」とは「仕事の鬼」の松本明慶先生の言葉である。私もそんな褒め言葉をもらいたいもの。
「仕事の鬼」明彩師の言葉
岩田明彩絵仏師は、松本工房彩色部智彩堂に入門時、松本明慶師から「三年で十年分の修行をすること」と約束させられた。その後、岩田明彩師が、仕事で悩み焦りといら立ちで苦境に立って悩んでいたとき、鬼の仮面を被った仏の明慶師が言った言葉、「何を一人でもがいているんや、みんなそばにいるぞ。みんなを信じてもっとたよりなさい」。どんな仕事も一人では成し遂げられないのだ。一人で全てを成し遂げようと思うのは傲慢である。
岩田さんは、7年前に「明彩」という雅号を拝命して、若い弟子を育てる身になった。岩田明彩師は、それが人を育てる修行であり、心の鍛錬であると己を戒めている。人を育てる為には、鬼にならねばならぬ。一番最初に育てねばならぬのは、己である。
魂(オニ) 白檀
松本明慶先生作、岩田明彩先生の目入れ
2017-12-03
久志能幾研究所 小田泰仙 e-mail : yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp
HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite
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