平成の四天王像を彫る(1/2)
松本明慶先生が作られた四天王が、来週にも高野山に納佛されるので、間近で拝観できるのは今しかないとのお話しが、三好輝行先生(福山市)からあり、松本工房(京都市大原野)に出かけた(2014年10月8日)。
広目天と増長天が今回、新たに造佛された。広目天と増長天は江戸時代に焼失した大佛であるが、今回、高野山の中門が再興されるのを機に、明慶先生に造佛が依頼された。残存していた持国天と多聞天は江戸時代に製作された大佛であるが、傷みが激しいので松本工房で大修復の作業が行われて、仁王立ちの威容の姿が復活した。
四天王とは、欲界の六欲天の中、初天をいい、この天に住む仏教における四尊の守護神をいう。この四天王が住む天を四王天ともいう。この天に住む者の身長は半由旬、寿命は500歳で、その一昼夜は人間界の50年に相当する。
持国天 - 東勝神洲を守護する。乾闥婆、毘舎遮を眷属とする。
増長天 - 南瞻部洲を守護する。鳩槃荼、薜茘多を眷属とする。
広目天 - 西牛貨洲を守護する。龍神、毘舎闍を眷属とする。
多聞天 - 北倶廬洲を守護する。毘沙門天とも呼ぶ。
中門再興のご縁
高野山は、816年に空海が開いた真言密教の聖地である。壇上伽藍を中心とする宗教都市はユネスコ世界遺産でもあり、2015年4月には開創1200年を迎えた。その記念事業として計画されたのが、172年前に焼失した「中門」の再興である。「中門」は密教の聖域である「曼荼羅世界」への正門にあたる。その「中門」に四天王像を安置すべく制作者として松本明慶師に白羽の矢が立った。明慶師は「慶派」と称される平安時代から続く一派の継承者である。運慶や快慶などの流れを汲む、現代の仏像彫刻の第一人者である。
今回の四天王像の修復・新進に際して、平成24年夏、高野山の高僧たちが松本明慶師宅を訪ね、両像の造立を依頼した。「先生しかしおりません。ぜひともお受けいただきたい」。修復・新造には、二年半あまりの歳月が費やされた。修復した二体は、持国天像と多聞天像で、中門が焼失した172年前の火災から奇跡的に救い出された。二体の修復に師は、「江戸時代の手法に従い、忠実に修復することを心がけました。作業中は常に、先達の仏師たちと語り合うような気持ちでいました」と語る。
天の創造の模索
一方、増長天像と広目天像の二体は、明慶師が一から彫りあげた。「鎌倉時総の仏師・運慶の仏をどうやったら超えられるのか。依頼を受けてから悩み抜きました」。伝統の呪縛を打ち破るべく、明慶師はイタリアへ向かった。目的は、ミケランジェロの代表作「ピエタ」に向き合うこと。明慶師は、ミケランジェロが何を求め、何故、死の間際まで「ピエタ」を彫り続けたのかを探りたかった。明慶師は「ピエタ」を長年見たいと思っていたが、己の腕がミケランジェロのレベルに達するまでは、と我慢をして修行に励んでこられた。師はその「ピエタ」に対面して衝撃を受け1時間も身じろぎせずに双眼鏡で凝視を続けた。そして、自分は一何を目指して仏を彫るのか。イタリアでの自問自答を経て、ようやく二天像の構想が固まり、制作ヘ向かった。その経過はNHKBSプレミアム『旅のチカラ---ミケランジェロの街で佛を刻む松本明慶イタリア』に詳しい。四天王の復元、製作の過程を松本明華さんが会報『苦楽吉祥』に執筆されている。ご縁があり、私は松本明慶師と2010年に大垣の「ヤナゲン創業百年記念 松本明慶仏像彫刻展」で出会い、その9日後、定年退職記念旅行でローマに飛び、「ピエタ」に出会い衝撃を受けた。明慶師がローマに飛ぶ5年前である。
カエルの人生
どんな四天王を作るべきなのか、「口は出さない。思う存分造ってほしい」が高野山側の答えだった。明慶師は、「飛鳥・天平以来、千数百年の伝統をもつ仏像製作の世界にあって、文化は進化していく」という持論を持たれる。「自らも現代の文化を担う一人」という気構えで製作にあたった。
「カエルを彫るときはカエルの人生まで考えて彫る」というのが明慶師の心構えである。実際、松本工房でカエルを飼ってその生態を観察してまでして、カエルの彫刻をされる。竹の上で雄雌のカエルの求愛の姿を、もてる術を全て投入されて彫られた。右下の雄カエルが、左上の雌カエルを見つめる目が愛おしい。作品は一見、竹に見えるが、櫻の木の一木彫りである。お値段は小型乗用車一台分と同じである。(図5)
図2:バチカン サン・ピエトロ大聖堂 2010年11月10日
図3:ピエタ像 2010年11月10日 (撮影著者)
図4:高野山中門 開眼法要後 2015年4月25日_
図5:青竹に蛙 (櫻/薄彩色/総丈23cm)2015年5月11日
宇都宮東武「大佛師松本明慶佛像彫刻展」パンフレットより
2017-07-31
久志能幾研究所 小田泰仙 HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite
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仏像の著作権は松本明慶師にあります。
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