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2017年7月 5日 (水)

ピアノ工場見学 in ベーゼンドルファー

 2017年4月26日、ウィーン滞在最後の日、1828年創業のベーゼンドルファー本社のピアノ工場を見学した。朝、ホテルに駐在員の田村氏が迎えに来られて、氏の車で現地に赴いた。ウィーンから車で45分の静かな村にある伝統の工場である。

 

ヤマハの経営指導

 現在はヤマハが資本を入れている。ヤマハは伝統的製造法を守る方針でこの会社を買収した。日本人はヤマハから出向の田村氏(営業本部長)が一人だけ。当初は、他のピアノメーカからあらぬ疑いと噂を立てられたが、最近その真意が分かってもらえたという。当初は赤字続きであったが、ヤマハの経営指導で、黒字転換をして経営的に安定している。当初、かなりのリストラをしたが、キーマンはやめなかったので、技術が温存され現在に至っている。

 

工場見学

 最初、ピアノ製造の設計以外の全工程を見学した。今までの自分が製造メーカで体験した経験が生きて、内容が良くわかった。高校生のとき木製のソリッドモデル制作やUコンの飛行機製作に熱を上げたせいで、木工の加工技術も理解できた。また前職で工作機械の開発、自動車部品の開発、鍛造工場、熱処理工場や生技開発も担当した経験もある。新人教育講座で、前職の関連メーカの工場見学の引率を8年間もしたので、ものづくりの工程は熟知しているが、大量生産工場とは違い、ピアノの製造工程は興味深いものがあった。職人の工房といったイメージで、皆さんが真剣にピアノ造りに取り組んでいる熱意が伝わってきた。何か仏像彫刻の工房に似た雰囲気である。以前、松本明慶先生の仏像彫刻の工房を見学したが、そこの材料に対するこだわりと、同じこだわりをこの工場は持っていた。以前、ヤマハ掛川工場のピアノ工場を見学しているので、その差も分かり興味深かった。このメーカはお客の要望はほとんど受け入れてピアノを作るという。ここのピアノは手造りの製品で、工芸製品であり、芸術作品である。

 

CAD室見学

 当初、見学コースに入っていなかった設計室を、厚かましくリクエストをして設計室に乗り込みCAD室を見学した。「未だかって、設計室を見たいと言ったお客様はいない」と田村氏が呆れていた。総勢120名の会社で、製造関係が90名、設計者が数名の規模である。興味を持ったのはCADで、ドイツ製の普通のCADを使っていた。「ピアノの設計は規模的にCATIAなど使うレベルの設計ではないよ」と設計者は言っていた。

 

ピアノ品評会

 ピアノは工業製品であるが、その1台1台の工業製品の出来栄えで微妙な差があり、その差が分かる音楽家がいる。ピアノショールームを見学したとき、スロバキアの音楽院の教授達が、購入を決定したピアノ280VCで、提供された候補3台のうちから、1台を選定するという品評会の真っ最中であった。さすがプロのピアノ演奏で、表現力や豊かな迫力ある演奏でその音量に圧倒された。凡人の私の耳では、3台の差は判別不能である。

 品評会後に、そのピアノを弾かせてもらった。私が試弾すると教授たちの出した音と隔絶した貧弱な音しか響かなかった。ピアノの音は、いくら名器のピアノでもその優劣ではなく、弾き手の技量に依存することを思い知らされた。いくら普通免許を持っていても、運転技量がないとポルシェやF1フォーミュラカーの性能を100%発揮できないと同じである。楽器も名器であるほど、弾き手の技量が問われる。

 坂本竜馬が勝海舟から聞かされた西郷隆盛の人物評価で「西郷は太鼓のようで、大きく叩けば大きく鳴り、小さく叩くと小さく鳴る。すべて対応する人次第なのだ」と。それと同じことがピアノにもいえそうである。

 

鳴らないピアノ線が醸し出す音の魅力

 このピアノには熱烈なファンも多い。私の好きなピアニスト木住野佳子さんもその一人である。ジャズのオスカー・ピータソンはその代表者の一人である。私はジャズファンで、オスカー・ピータソンのCDも多く持っているが、そのことを今回のウィーン訪問で初めて知った。他のメーカのピアノと違い、ピアノ全体が共鳴板となっている構造が醸し出す音色は魅力的である。また普通のピアノの鍵盤キー数が88であるのに対して、ベーゼンドルファーのそれは92である。その鳴らない4本のピアノ線が共鳴して醸し出す音色が、耳に聞こえず感性で聴こえる音が、一つの魅力になっている。

 普通のピアノよりベーゼンドルファーの鍵盤が4鍵多いため、この鍵盤に不慣れな、並みのピアニストはこのピアノを敬遠しがちである。大垣市の音楽堂にあるベーゼンドルファーも、この理由で少し出番が少ない。少し練習すれば、すぐ慣れる話ではある。その差は、マニュアル車とオートマチック車の運転での戸惑いよりも少ない。私は、前職で、テストドライバー検定試験受験と社内のテスト車のモニターのため、自分のオートマチック車と会社のマニュアルのモニター車を並行して乗っていた時期がある。乗り始めた10分間程は違和感があるが、すぐに慣れた。それと同じだと思う。

 2017年6月19日、この音楽堂で開催されたピアノ勉強会(河村義子先生主催)で、ベーゼンドルファーを弾かれたピアノ教師の中に、タッチに戸惑った教師もみえた。ピアノの横幅が普通のピアノより4鍵分広いのだが、錯覚で同じ大きさと勘違いをしそうだという。しかし92鍵には、その差を上回る大きな魅力を秘めている。現在は、92鍵のモデルは225の1機種のみで、その他、97鍵の290インペリアルがあるが、他は全て88鍵である。新らしく開発された280VCも88鍵である。ある意味、少し寂しい。

 

経験という財産

 この項を記載していて気づいたことは、私の他社工場見学件数が、前職の従業員の中では断トツではないかということ。特に、新人教育講座の引率責任者として関連メーカの工場見学で、事前調査見学と本番見学の2回が10工場を回るとすると8年間、計160回程、通産省超先端加工システム開発プロジェクトの部会、全豊田情報システム部会、全豊田鍛造部会、自動車技術会事務局としての他社工場見学会主催が毎月開催、他の部会等の見学会で、総計で半端な数ではないようだ。このことは自分の財産として大事にしたい。

 

図1 ベーゼンドルファー本社事業所 

図2 隣接のショールーム

図3 ショールーム内部。スロバキア音楽院の教授がピアノを選定中 

図4 米国某富豪の別荘に納入予定のピアノ。右隣のピアノは「ポルシェ」

図5 ウィーン市内のベーゼンフォルファーの店。楽友協会ビルの裏側に店を構える。その通りの名が、「ベーゼンドルファー通り」

図6 工場見学後にウィーンのお店に戻り田村氏と記念撮影。ピアノはクリムトの絵がプリントされた素敵な一品 

                    

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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 2017-07-05

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