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2024年2月 3日 (土)

知識と智慧は阿吽の関係、癌の発症で格物致知

 

 知識の佛様は文殊菩薩、智慧の佛様は普賢菩薩である。人生は知識だけでは乗り切れない。実践を経た智慧がないと成功しない。古希を迎えて知る現実である。

知識偏重の害

 若いころは、ご先祖から頂いた才能の恩恵で、有名大学を出て、ちやほやされ社会で出世するエリートが多い。若い時はちやほやされたため、過保護で過ごして大した失敗も経験せず、エリート意識で頭だけが高いいまま歳を取る。そんな輩が要職に就いたり、下野して都市の要職に就くと、末路は悲惨である。本人は悲惨でなくても、都市や周りが悲惨になる。東日本大震災のとき、原発事故の対応で、愚劣な対応をして、原子炉爆発の一歩手前まで追い込んだ民主党の管直人首相がいた。そんなレベルの御仁が地方都市の長になれば都市が衰退没落する、また実際衰退した。

 

ご本尊様

 オダブツ教の泰観院本殿?には、守り佛として虚空蔵菩薩、両脇に文殊菩薩、普賢菩薩を納めらられている。私は毎日、ご本尊として手を合わせている。ガンの手術後の5年の療養生活で、やっとその深い意味に思い至った。知識と知恵は、阿吽の呼吸であることだ。それを文殊菩薩像、普賢菩薩像は表現している。

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佛は己の内にあり

 天の理で発症したガンに、人間様の考えた泥縄式の対処療法では完全には太刀打ちできない。持って生まれた免疫力を高めてガンに対するのが内なる仏の力である。それががんの再発を防ぐ。それが知識と智慧の合わせ技である。人間の体には佛が住む。それを誤った生活習慣、食生活で痛めつけてていた。それでがんが発症した。現代医学の力技だけでは、がんは治らない。

 

文殊菩薩、普賢菩薩

 お寺の大門に配置された仁王さんは阿形と吽形で門の両脇を守っている。阿形は口を開き、吽形は口を閉じて、門に入る人々を睨んでいる。

 文殊菩薩は両手を開き、知識を広く受け入れている。右手に宝刀を、左手に寶玉を持ち、座っている獅子の目はかっと見開いている。宝刀と宝玉は、道具を使ってでも知識を得ようという姿勢である。今風に言えば、ITツールを駆使して情報取集である。

 普賢菩薩は何も持たず、手を合わせて、今まで得た知識を熟成させ、それが賢さ、智慧として表している。座っている像は目を閉じている。まさに阿吽である。

 

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 松本明慶大仏師作 文殊菩薩

  衆知を集め、文殊の知恵を出せと教える佛様。

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 松本明慶大仏師作 普賢菩薩

  多くの選択肢から正しく選択し、賢く決断せよと教える佛様。

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格物致知

 知識だけではダメなのだ。いくら知識を溜め込んでも、それを実戦で使わないと、絵に描いた餅になる。その知識を智慧のレベルに上げて、賢さを使わないと、この世ではものにならない。

 格物致知とは、ものに出会って、血みどろの体験をして、初めて知に至るとの言葉である。私はガンに出会い、血みどろの治療体験をして、初めて知に至った。それまでガンは知識としては知っていたが、表面的な理解であった。実際に自分がガンになり、その治療を受けて、初めてガンの真実に達した。

 

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 馬場恵峰書

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2024-02-03  久志能幾研究所通信 2817号  小田泰仙

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