« 大地震対策 懐中電灯に羂索、不動明王の守り | メイン | 108歳を目標(13/14) レクサス並みの体はタンパク質で作る »

2022年12月 4日 (日)

努力よりも選択が大事、4時間睡眠? 絞首刑?

 

 4時間睡眠、8時間睡眠のどちら?

 新興宗教か旧来仏教宗派?

 朝飯なしか三食か?

 肉食の可否

 パン食かご飯か?

 ながら勉強か集中勉強か?

 現役か浪人か?

 

 世の中には成果を上げようとすると色んな選択肢が出てくる。全て少しでも良くしたいとの願いから起きることだ。つい新しい方法に飛びつきがちである。新しい選択肢は、ご利益あらたかで、魅力に溢れているように映る。

 しかしその前提として、努力よりも選択が重要である。間違った道でいくら頑張っても、意味がない。

 

宗教の選択

 新興宗教の狂った教祖に心酔し、新興宗教団体で、必死の修行で正大師の座を得て、サリンを撒いて絞首刑になった教団幹部がいた。間違った選択肢を選んだのが原因だ。宗教団体の歴史はそれを選択する場合の大事な要素だ。古くからある宗派は、洗脳もお布施の強要もしない。

 私の定年後、入会したG経営研究会で知り合った人が新興宗教団体に入るように勧めてきた。その人はその会の元会長であった。信用しないわけがない。話の種に試しに入り、ダメならすぐ脱会と思っていた。どうも定年退職で退職金があり、暇もあるカモと見て、接近してきたようだ。しかし入会直前に怪しい事件の多さを知って、脱兎のごとく逃げだした。旧統一教会と同じような寄付事件、暴力事件がネット上で公開されていたのだ。古くからの仏教宗派は、勧誘は戒律で禁止である。それはキリスト教も同じである。勧誘をしてくる新興宗教は怪しいのだ。

 間違って入会すると殺人事件にさえ巻き込まれる。どうせやるなら教祖になって、1億円のお布施をしてくれる迷える羊を探して稼ぐことだ(?)。新興宗教を研究することは、人の精神的な弱さを観察出来て、勉強になるだろう。猜疑心一杯の人間が、洗脳されると1億円の寄付でもを簡単にしてしまう。おそろしいことだ。

 

睡眠法の選択

 私は、「4時間睡眠法」の本を読んで、時間活用の素晴らしさに洗脳された。私も短時間睡眠を試みたが、現実的に続かなかった。現実問題として、その著者は79歳で亡くなられている。その生活手段が良かったかどうかは、各自が判断するしかない。私は4時間睡眠が宇宙根源の法則の反していると思うからだ。それを批判していた同大学の渡部昇一先生は86歳まで現役で活躍された。

 

宿命という選択肢

 与えられた選択肢は、惨めなものかもしれないが、人には宿命に逆らえない場合がある。その場合の選択肢は、自分に与えられた最高の選択肢であるようだ。その場合は、その宿命に逆らわず、その道で最大の努力をするしかない。船が難破して、己が荒波に放り出されたとき、ちっぽけな板切れしか目の前に無ければ、それが人生最高の選択肢の浮き輪なのだ。

 それは新興宗教をえり好みするのとは違うのだ。パン食にするかご飯か等の問題は、自分の知識と知恵と宇宙根源の法則を総合的に考えて、選択すべきなのだ。人によって、その選択肢の回答が違う場合がある。此の世で生きているのは自分である。自分が周りの環境を判断して、最善と思う方を選択すればよい。どちらが良いかは神仏のみ知る。真理は一つであるが、その対象を切り方次第で、選択肢が変わってくる。

 私は東大入試が中止になった時、浪人を選択せず、入れる大学に進学した。父の定年の関係があり、それしか選択肢がなかった。それが後で幸運をもたらした。その過程でレッドオーシャン(血まみれの海)で闘ってきた愚かさを知った。人生は、敵のいないブルーオーシャンで闘えばよいのだ。

得た智慧

 還暦をとうに過ぎ、今までの経験から判ったことは、努力よりも選択が重要であることだ。それが分かるには、何度も痛い目に逢い、知識と知恵が年相応に付かないと判断できない。経験的に、長い人生の経歴が善悪を示してくれているようだ。凡人は知識と知恵を頼りに選択するしかない。それが概ね宇宙根源の法則に合っているようだ。

 

 

2022-12-04  久志能幾研究所通信 2559  小田泰仙

「久志能」↖ で検索

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

コメント

コメントを投稿