KK母子にそっくり、鼻につき縁を切る
その昔、その人から頼まれて、彼女の息子のイベントでの写真とビデオを撮影した。しかしその人にも息子にも、それが当然の如く扱われ、一言の礼もなかった。礼どころか、その写真の出来に文句を言ってきた。それは不可抗力の問題であり、私が苦情を言われる筋合いではなかった。息子はそのイベント中で非常識な言動があった。プロとしてあるまじき行為であった。知人もそれに同感であった。
彼女からは、私はお人好し人間に見えたのだろう。だから彼女からの要求が多かった。私は金儲けのため、写真を撮ったわけではない。彼女にお金を請求したわけではない。それで後味が悪かったので、それ以降、私は彼女との縁を疎遠にした。
知人も、そのKK母そっくり氏の金への執着心が鼻につき、好感を持っていなかった。知人は仕事のため義理で付き合っているという。
彼女は、私が癌の手術をしたことを聞いて、「今度、お見舞いに行く」と電話口で言ったが、3年弱経ってもなしのつぶてである。
その彼女が、先日、3年ぶりに電話をかけてきた。とりとめのない話をして、電話口で3年前に見舞いに行けなかたことを詫び、その「話のついで」で、私の施設を貸して欲しいという話を始めた。ああ、それが今回の電話の目的なのかと合点がいった。事情を話してその件は断ったが、彼女は私が疎遠にしたいという空気を読めなかったようだ。人との機微には鈍い人なのだ。
彼女はご主人と離婚している。彼女の振る舞いを見ていると、なぜそうなったかが分かる気がする。息子の言動でもそれを感じる。まるでKK母子のようである。なにせ子供が人生で一番影響を受ける人が、母親である。母親の影響は大きい。人生は母親次第である。
彼女は若い頃は結構な美人であったようで、ちやほやされたのだろう。ちやほやされると、人は成長しない。それが人の心を読むことが疎くなっている原因だと私は推察した。
感染防止
君子危うきに近寄らず、である。そういう人と付き合うと、自分の運も悪くなる。運も金も吸い取られる。悪縁は伝染する。臭に交わると臭くなる。悪の薫習である。付き合う人の異臭さに気が付いたら、早め早めに縁を疎遠にしよう。それが危機管理である。
KK母の婚約者も、早く彼女の異常さに気が付けば、あそこまで泥沼には嵌ることもなったのにと、残念に思う。世間知らずのお嬢様なら、騙すのは簡単だ。赤子の手をひねるようなものだ。
第六感
自分の第六感を信じよう。今まで生きてきて体験した経験智から生み出された第六感は正しい。それは体得した賢さである。私はその賢さゆえに今も生きている。此の世で降りかかる悪縁災難を避けて生き延びるのは大変なのだ。自分の城の外は魑魅魍魎の世界である。
母の鞭
私の母は私に常々「男は家の外に出れば、7人の敵がいる」と言い続けた。しかし周りの知人に聞いても、そんな指導を息子にした母を聞いたことがない。子供を溺愛する親は多い。私は一人息子で甘やかされて当然であったが、そうはならなかった。それをこのような厳しい言葉で教育したのは、それ以上の愛情だと思う。母に感謝である。
今一番思うことは、人生で最大の敵とは、自分に潜む怠惰な自分である。危険が分かっていてそれを安易に考える自分である。己を滅ぼすのは外の敵ではなく、内なる自分自身という敵である。
賢くありたいと毎日、手を合わせている。
馬場恵峰書「佐藤一斎著「言志四録 51選」」 久志能幾研究所刊
2021-11-23 久志能幾研究所通信 2217 小田泰仙
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