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2020年11月17日 (火)

老いの器

 

 老いとは、仏様ご先祖様から歳を頂くこと。還暦という歳を頂けずに、鬼門に入る人も数多い。老いとは、経験を積むことを意味する。その経験という智慧を己の器に入れるのである。痛い思いをして得た経験を智慧のレベルに昇華しないと、同じ過ちを死ぬまで繰り返す。それは歳の取りがいのない醜態である。

 

 老いとは、練れる道を歩くこと。流行に惑わされない思想を深めること。中国・ローマの歴史を紐解くと、2000年前の先人と現代人の行動に差などはない。人は人間的に少しも進歩していない現実に愕然とする。人は生まれれば、オールリセットされる。それ故、ゼロから学んで自己鍛錬をして成長するしかない。その学びを放棄して、年よりがいのない人が多い。TVや流行に流され、練れない日々を送り、認知症への道に迷い込む人が多い。

 

 老いの智慧とは、敏鈍の使い分けができること。我儘も言え、都合が悪くなったら惚けの振りをすること。息子が「グレてやる」とほざいたら、「それなら俺は惚けてやる」と逆に脅す智慧を身につけること。これは青二才では言えない台詞。

 

 正しい老いとは、考え方が充実していく過程である。自己の人生を振り返り、これでいいのかと自他に刃を向けて問う生き方である。それが「心」「刃」を向ける「忍」という文字である。そこから「認」という文字ができた。己の愚かさをしみじみと認められる歳になるのが老いである。

 現代社会は、人にばかり刃を向けて、己には刃を向けない人があまりに多すぎる。年よりがいがない。それを「年寄り害」という。今の野党がそれに値する。

 

 醜態な老いとは、自分に刃を向けず、非難ばかりの言動をすること。理想論で実際に政治を動かしたら、選挙公約が青二才の言動であったことが露呈したのは民主党政権であった。自民党を非難すると、すぐブラーメンで自分の身に降りかかるばかりである。

 反対ばかりで、日本を貶めることしかしなかった社会党は、行き詰まって、名前を社民党に変えたが、結局先の総会で、議員一人となって消滅した。おたかさんは北朝鮮の拉致問題を知っていても、知らんふりをした。その罰があったたのだ。

自衛隊反対と言っていた富市氏は、首相になったら、方針を豹変させた。

 

 けじめの老いとは、引き際を知ることである。人望もなく、行政手腕もなく、ただ市長の座に居座るだけの大垣市長では、大垣が没落して当然である。今だかって老いなかった人はいない。生老病死を悟り、後進に託して身を引いてこそ、美学である。大垣を没落させた小川敏は醜態である。

 

 老いとは、若き人を叱る人徳の力の獲得である。己が若造で同じ言葉で、若い人を叱っても反感を持たれるだけ。しかしそれ相応の歳を頂くと、若い人を叱っても反感を買われることが少なくなったことを実感する。若き人を叱るのは年長者の務めである。それは己の経験を若い人に伝えること。

 

 人は必ず老いる。老いて人生を振り返ったとき、素晴らしい人生ではなかったが、素晴らしく楽しむ活き方であったと思えるようにしたい。

4k8a02491s  馬場恵峰書

2020-11-17 久志能幾研究所通信 1827  小田泰仙

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