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2020年6月 6日 (土)

コロナ禍から足を洗う

 今まで私は、新型コロナウイルス対策として、外出から帰宅すると、手を15秒間、水道水で洗い、顔を洗っていた。本来、全身をシャワーで浴びると良いのだが、そこまではしていなかった。

 武漢市で新型コロナウイルスに罹患しなかった人は、外出帰宅後に、全身をシャワーで洗浄していたという。

 先日、岐阜県も非常事態宣言が解除された。今回を機に私は、「千里の道も999里を持って半ばとする」としてウィルス対策を再徹底した。

 

靴からの感染

 新たに追加した対策事項は「家に入る前に、靴裏を水で洗う」である。コロナ菌は地表に落ちても、生きている。それが靴の裏に付着して自宅内に入り込む恐れがある。我々が履いている靴も大きな感染源の一つである。私は自宅の玄関前にある水道水で靴裏を洗うことにした。

 武漢ウィルスは、段ボールの表面には最低24時間、ステンレスで最低48時間、プラスチックだと最低72時間は感染力が保っているそうだ。だから飛沫感染よりも、靴に着いたウィルスが家の中に侵入することが怖しい。

 

汚泥の世界を歩く

 我々は人生道を歩いていると、多くの汚泥の水たまりを超えねばならぬ。下手にその飛沫を受けると心まで汚れる。一回くらいならと賭けマージャンを繰り返すと、罪悪感が麻痺をする。前検事総長さえその罠に堕ちた。その悪縁から逃れるには、悪縁から足を洗うに限る。知らず知らずのうちに汚れた心を洗うように心掛けたい。

 

心を洗う

 手を洗い顔を洗っても、足を洗う人は少ない。まして心を洗う人は稀である。知らず知らずに汚れた心を放置するのを罪という。

 表の世界を豊かにしようとするなら、裏の世界も豊かにしないと、宇宙根源の法則から言って、バランスが取れない。プラスがあればマイナスがある。それで宇宙根源の理が適う。基本的な物理の法則である。華々しい栄光があれば、その裏で血みどろな修練の日があったはずだ。まず見えないものに敬意を払い、その心霊の世界を大事にして、心を清らかにしなくてはならない。

 

汚染の露見

 ある日、突然、マスコミに報道されて御用となったのが、前検事総長である。官僚の世界には、そんな例がごまんとある。知らず知らずのうちに、利己主義の垢で心が汚れていたのだ。

 大垣市は汚川の汚染飛沫が少しずつ大垣市全体を汚し、19年経って気が付いた時は、大垣駅前商店街のお店の80%が感染して死を迎えた。公示地価は暴落した。新型コロナウイルスで非常事態宣言を受けた都市と同じで、大垣市は、人通りが絶え、死の街となった。ウィルスがまき散らされたと同じ被害である。日本がデフレから脱却できないのは、心が汚れた官僚が、利己主義でのさばったためである。日本の再建は、心の再建からである。心が人生も日本の未来も支配する。

 今の日本には心の教育である「修身」の教育が必用だ。

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 馬場恵峰書  2012年

 

2020-06-06 久志能幾研究所通信 1620 小田泰仙

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