野獣楽園を戦闘服で羊が歩く
NYでの安全対策 初稿1994.05,23
最近(1994年当時)、米国で立て続けに日本人留学生の射殺事件が起こり、平和な日本の世間を震憾させている。江戸幕末のころ生麦事件が起こり、日本はなんと野蛮な国かと欧米から非難された。しかし今は逆に、アメリカがなんと野蛮な国だと言われている。時代は変わった。この事件の本質は、日米どちらもケースも当事者の認識の貧困に起因する。
日本人留学生射殺事件
米国で起こった事件を検証すると、どちらも夜11時、深夜の1時に発生している。これでは安全に対して、言い訳ようがないと思う。被害に会われた方には酷だが、時間的に外出するのは非常識であった。
またもう一つの問題点として、コミュニケーション能力がある。上記の例で被害に会われた方は、大きな声でHELPと叫んだそうだが、これは現地での危険対応処置として最悪である。犯人もそんな声を上げられては、自分の身が危ないので、直ぐ単刀直入の行動に出ざるを得ない。この場合、 Don't kill me かMoney? と静かに聞くのが、この種の危険対応処置である。この種の事件はお金が目的であって、殺人が目的ではない。 HELPと言う言葉を知っていても、それでコミュニケーション能力があるとは言えまい。
生麦事件
かの幕末の事件も、被害に会ったのは香港から来た外人で、日本の壊夷運動を知らなかったのと、大名行列に出会った場合の礼儀を知らなかったのが原因である。その同じ日、別の外人が同じように、その大名行列に出くわしたが、彼は馬から降り、道の脇に寄せて立ち止まって、行列に敬意を表している。当然何事も起こらなかった。安全はその国の文化や社会情勢を理解せずには確保できない。
放し飼い野獣の楽園を歩く
我々がサファリパークに出掛けるときには、当然守るべきルールがある。NYの夜は野獣の動物園との認識が必要だ。日本の野獣は草食性だが、米国は肉食性である。そのために、NYでは戦闘服が必要である。その戦闘服とは、平日はビジネススーツ、週末はラフな服装で、日本の旅行者に思われなくする迷彩服である。できれば、ビジネスマンそのものの恰好のアタッシュケース、もしくは黒い鞄を抱えていると申し分ない。そうでないとここでは日本人の顔を付けているだけで、ハイエナの目標にされてしまう。カメラをぶら下げているなど論外である。
もし現地人が「ミスター」と言って近づいてきたら、それは「私は泥棒ですが・・」と翻訳・解釈して逃げること。他人に無関心なニューヨック子が、旅行者に声を掛けるはずがない。用があるのは貴方の財布のみ。やるほうも生活がかかっていて必死だとの認識が必要だ。
私の被害事件
これだけ、事前の安全研究をして、注意をしていたつもりでも、汁掛けスリに目を付けられるからNYは恐ろしい。私が、NYの繁華街を歩いていたら、後方から「ミスター」と呼び掛けられた。なにか危険を感じて「ノーJといって反対歩道へ走って、すぐ飛び込んだ美術館のショップ内でほっとしたら、背中にベッタリと白い液体をかけられていることに気が付いた。これが1994年5月の平日の午前11時30分ごろの、市最大の繁華街・5番街の近代美術館MAMO、アメリカクラフト美術館やCBSスタジオのある53Streetでの事件である。
当時の状況
大都会では、この種の事件が発生しやすい死角が多い。こういう場所に限って、警官は立っていなかった。すぐ近くの街角には手持ち無沙汰で警官が、腐るほどたむろっていた。この事件は、NYの危険さの事前調査を十分にしておいたので、 1600円のクリーニング代だけで済んでラッキーだったと思うべきだ。ちなみに、この時の服装は、スラックスにブレザー姿で、手にポーチを持っていた。カメラはポーチの中に入れていた。
ゴルゴ13を目指す
Avenue(大通り)はよほど良いが、Street(大通りと直角の通り)を歩く場合には、Streetによって道幅が異なるので、遠回りでもなるべく大きな通りを横切るのがよい。また歩く側も道路の左右の歩道の広いほうか、ショーウインドウのあるビル側を選ぶ気配りが必要だ。なぜなら狭いほうはスリ等で危険。
その点、ショーウインドウ側は自分の後方が確認できてよい。また広い道の方が対向して歩いている不穏と思われる人物とも、意識して一定の距離をおいてすれ違えるので安心だ。
また時々は、ショーウイドウに写る自分の姿を確認して、不振な人物が付いてきていないかチェックすること。立ち止まる場合には壁、支柱等を背にして待つこと。まるでゴルゴ13になった気分だ。
NYっ子は、心をクローズして真っ直ぐ前を見て、物乞いや犯罪に関係しそうな輩と目を会わさないようにして歩いている。ここでは「見ざる、聞かざる、言わざる」で自分の安全を守るのが当たり前のようだ。こういったコミュニケーションを断絶して道を歩かねばならない現実に、アメリカの不幸を感じる。こうでないお上りさん(米国民でも)は、犯罪者にはNY市民から浮かび上がって目立ち、恰好の獲物にされてしまう。
お巡りさんも人の子
NYの街角には警官が多くたむろっていて、いかにも犯罪都市を認識させられる。しかしこれがハーレム地区に行くと警官の姿が見えない。警官も5番街等の繁華街の安全な場所には立つが、危険な地区には立ち寄らないみたいだ。お巡りさんも人の子で、一人で街頭に立つのは怖いようだ。警官はほとんどパトカー内に潜んでいてけっして、車外には出ないようだ。警察は、殺人事件では儲からないが、地下鉄等の無賃乗車、ペットのウンチの不処理等の摘発には100$からの罰金を稼げるので、そちらに力を入れているとか。それは警官にとっても安全に稼げる業務である。確かに、殺人事件の捜査は命がけだ。
日本人である表示をしない
以上の点で、日本人であることを示すステッーカ等は鞄につけないほうが良い。若い女性がルイビトンの鞄を見せびらかしように持歩いているが、海外には持っていかないのがよい。日本人の私の目から見ても、まるでひったくりのために目印をぶら下げているように見えるから。
警察にて漫才
翌日、この事故の保険金請求の証明書をもらいに、近くの警察署に出かけた。そこの事務処理の黒人の若いオネーチャンに事情を聞かれ、証明書を発行してもらった。彼女は愛嬌がありすぎ、大げさな身振りで驚きながら、事故報告書をタイプしてくれた。彼女が、片言の日本語を口に出し「私は日本語の勉強中」と言ったのには、お笑いである。
野獣より狡猾な保険屋
余程日本人のトラブルが多いようだ。しかし、この証明書は帰国後無駄になった。何故なら物損保険には3千円の免責が設定されているため、今回の1600円の損害では、保険金は下りない。この精神的苦痛はどうしてくれるんだ! 保険屋さんは肝心の時には、定款をかざしてスルッと逃げる。これでは儲かるはずだ。まあ現地でクリーニングに出さず、帰国後クリーエングに出したのでかなり安くなった筈ではある。それがせめてもの慰めである。
2018-10-09 久志能幾研究所 小田泰仙
著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。
コメント