第三段 病
病は生あるものに、何が悪いか教えてくれる佛さまからのメッセージである。病は命にも限界があることを思い知らせてもくれる。病を頂くのもご縁。佛さまからのメッセージご大切に。
馬場恵峰書 五重塔の正面の和歌
組織の病
人が老い、病み、死があると同じように、人が作った組織も、老い、病み、死がある。その組織の自己崩壊を防ぐために、組織の長には任期がある。民間企業の社長なら一期2年、二期4年が常識である。行政の長は1期4年である。せいぜい2期で8年が健全な寿命である。
それが小川敏大垣市政のように5期20年も居座る状態になると、組織が澱み、腐臭が漂い、組織活力が消滅する。それは、人が老い、病気になるのと同じ自然の理である。結果として、大垣市がガン細胞に侵されるように自然衰退した。それは生命体の細胞が異常分裂・暴走を始め、止まらなくなったと同じ現象である。その組織にガン細胞が生まれたのだ。
だから、子供を酷熱の炎天下に放置する行事を開催しても、大垣教育委員会も市議会も商店街実行員会も知らんふりである。行政に忖度の地方紙も見て見ぬふりである。大垣駅前商店街活性化の政策が間違っていても、行政はPDCAを回さない。ヒラメ職員の横行で、市政が澱むばかりである。行政が大垣市制100年記念行事で税金を使い放題にして、条例でその使用用途の公開をマル秘扱いにしても、それが異常であると理解できない。行政のチェック機構である市議会も市長と結託して暴走している。関係者は、誰もそれを異常だと思わない。それこそが異常である。
耳順う
自分で自分の暴走が止められなくなったら、周りが止めるしかない。人は還暦にもなれば、「60にして耳順う」と、人のいうことが素直に聞ける心境になる。それが成長した「老」の状態である。
それから観察すると68歳の大垣市長はまだまだ幼く、人の諫言など聞く耳を持たず、傲慢の病に侵されている。天は、ドローン墜落人身事故や室村町アンダーパス水没事故、大垣駅前商店街の衰退、高屋町の公示時価下落で警鐘を鳴らすが、小川敏市長は目も向けない。
還暦とは実社会で辛酸を舐め、世間がわかってくる時である。己の暴走、うぬぼれに諫言する人がいて、はじめて人間になれる。それが、長期政権となり、ヒラメ職員ばかりに取り囲まれ、独裁的に君臨すれば、人は成長できない。
吾十有五にして学に志す。
三十にして立つ。
四十にして惑はず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳順(したが)ふ。
七十にして心の欲する所に従へども、矩(のり)を踰(こ)えず
『論語為政扁』
[口語訳]
「私は十五歳のとき学問に志を立てた。
三十歳になって、その基礎ができて自立できるようになった。
四十歳になると、心に迷うことがなくなった。
五十歳になって、天が自分に与えた使命が自覚できた。
六十歳になると、人の言うことがなんでもすなおに理解できるようになった。
七十歳になると、自分のしたいと思うことをそのままやっても、 人の道を踏みはずすことがなくなった」と。
2018-08-09 久志能幾研究所 小田泰仙
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