人生の五重塔
明けましておめでとうございます。一年の最初に当たり、一年の計を考える上で、また人間一生の計をも考えるうえで、この文章が皆さまの参考になれば幸いです。本年もよろしくお願い申し上げます。
五重塔とのご縁
この五重塔の写真を編集する際、恵峰師から五重塔正面に書かれた和歌五句の意味を聞いた。五重塔に込めた師の想いである。平成28年に開催された写経書展の写真集を編集するとき、塔の内部を撮影して驚嘆した。今まで何回もこの塔を見ているが、その気がなく、その言葉の重みに気が付かなかった。その気がないと、あれども見えず、である。五つの和歌は人の一生を象徴する「生・老・病・苦・死」を表していて、第五段から一段へと示される。最上段に生を象徴する釈迦如来像を配置し、第一段の中に浄土を象徴する阿弥陀仏像を安置する。
生の和歌
人にとって生は偶然であるが、死は必然である。その価値ある生を意味あるものにするのもしないのも、全て自分次第である。それを生の叫びとして和歌で詠ったのが、第一ステージの「生」の和歌である。
「為せば成る 為さねばならぬ 成らぬ業を 成らぬと捨てる 人のはかなき」 何ごとも思わず、第一歩を踏み出さなければ、何事も成し遂げられない。一つの計画にも命があり、生と死がある。その生を殺すも生かすも全て己の意思である。
老いを受け入れ
人間は、父母、所、時を選ばずして、この世に生を受け、生老病死を経て、浄土に旅立つ。人は生きている間に、どれだけ多くのお世話とご縁を頂いたことか。この世で生きていく中で、多くのご恩を受けながら、その恩の認識もせず、またそのお返しもせず、この世を去るのは犬畜生にも劣る。そのご恩に報い、自分を飾らず、ありのままの素直な人間とて散りたいと、第二ステージで「報恩」と良寛和尚の和歌「裏も見せ 表を見せて 散りる紅葉」を詠う。自然は生あるものの生きざまを教えてくれている。紅葉が散るとき、風に吹かれて表も裏も見せながら散っていく。それを己の見っともないことを隠そうとするから苦しくなる。ありのままで散ればよいと良寛和尚は諭す。
私の昔の上司で、破竹の勢いで出世し我が世の春を謳歌した役員がいた。その役員も女性問題で会社を追われて、別の会社に移ったが、年老いて脳出血で倒れた。女性問題でさんざん泣かされた奥さんが、リハビリのため彼を屋外に連れ出すのだが、惨めな姿をご近所に曝したくないとそれを嫌がり、ついには自宅を売り、地元の別の場所に転居してしまった。老いれば病になるのは自然の摂理。それを受け入れないから、益々不幸になり、周りも不幸にする。
人を目指して
人の一生は「志」を立てないと何も始まらない。「我十五にして学を志し 三十にして立ち 四十にして惑わず 五十にして天命を知り 六十にして耳に順う 七十にして心の欲する所に順って矩を超えず」(論語為政編)
恵峰師の九十年の歩みは正にこのようであった。その人生さえも振り返れば、あっという間で、光陰矢の如しである。
長い人生で、本物の「人」に出会うことは稀である。まず生を受けた以上、人にならなければ、生きてく価値がない。人は一人では生きていけない。支えあってこそ人である。他人を蹴落としてまでのし上がり、己の強欲を満たすグローバル経済主義や覇権主義は、犬畜生以下の姿である。ライオンでも満腹になれば目の前を行くウサギを追いかけない。その人としてのあるべき姿を「人多き人の中にも人はなし 人となれ人 人となせ人」と第四ステージで詠う。
散り際
どんなに栄華を誇ってもいつかは滅する。生あるもの、死は必然である。どんなに金銀財宝を集めても、あの世には持って行けず、最期は線香の煙となって消えるのみ。「色は匂えど散りぬるを」と第五ステージで、いろは歌は人生の死を詠う。この五重塔の人生の和歌を読むと自分の人生を考えてしまう。今の自分ともう一人の自分を佛の眼で観て、進むべき道を探したい。何のために自分は生まれたのか。どんな人間になりたいのか。何を残して死ぬのか。何のためなら死ねるのか。
人生の歩みの記録
五重塔正面に書かれた人生の和歌を読んで、今まで恵峰師に揮毫をしていただいた蔵書の中から選別をして、それを生老病苦死の順で並べることを思いついた。付き合う人や親を見れば、その人柄が分かる。その人の持つ品物を見れば、その人が分かる。その人の食べるもの、嗜好するものを見れば、出来上がる人間が透けて見える。品物を買う、食物を食べる、とは自分を買う、自分を作りあげる過程をいう。その行動から、自分の姿や未来が見る。商品を値切って(ディスカウント)して買う人がいる。それは自分をディスカウントすること。自分の価値を下げる行動である。自分の価値を高めるものをディスカウントせず、正価で買うのが正しい生き方である。自分の人生を「安売り(ディスカウント)」するのは自殺行為である。良いものにはワケがある。よいものは自分の人生を豊かにしてくれる。この十年余、恵峰師の書画を集めてきて、それを生老病苦死で並べてみると、自分の人生の歩みを垣間見るようである。これは私の人生の五重塔である。
恵峰師とのご縁
2006年に恵峰師とのご縁が出来てから、10年余の歳月が流れた。師に揮毫して頂いた書は、その当時の私の思いが込められている。多くの書の中からその書を選択するとき、その時の己の心情が表れる。その書画を見るたび、反省と励みがある。師も昔に比べれば、老いを感じさせられるが、筆を持ち演壇に立てば、十年前と変わらない凛とした姿がある。その筆には益々の冴えがある。いつまでも元気でいて頂きたい。
2016年12月9日 写経書展での恵峰師 90歳
2018-01-01
久志能幾研究所 小田泰仙 e-mail : yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp
HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite
著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。
コメント