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2017年10月31日 (火)

人生深山の峠

 芭蕉の「奥の細道」の旅は、最上川の急流を舟で下り、霊山巡礼登山で旅の峠を迎えた。芭蕉は、山岳信仰の霊山で知られる出羽三山の一つである月山に登った。元禄2年(1689年)6月6日、頭を白木綿の宝冠で包み、浄衣に着替えて、会覚阿闍梨と共に、宿泊地の羽黒山南谷の別院から山頂までの8里(約32km)の山道を登り、弥陀ヶ原を経て頂上に達した。時は既に日は暮れ、月が出ていた。山頂の山小屋で一夜を明かし、湯殿山に詣でた。他言を禁ずとの掟に従い、湯殿山については記述がない。唯一、阿闍梨の求めに応じた句として、「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」で秘境の感銘を詠んでいる。現代でも、湯殿山での撮影は禁止されている。

 

馬場恵峰書『奥の細道』

 『奥の細道』の作風は、この峠を境に雰囲気が大きく変わる。芭蕉三百年恩忌(1994年)で『奥の細道全集』(上下巻)を揮毫された馬場恵峰師も、この峠の記述を境に巻を分けて構成された。

 図1 『奥の細道全集』と馬場恵峰書 2011年4月2日

 

人生の奥の細道

 小さな人生にもドラマがあり人生の峠がある。しかし、その峠にもたどりつけず鬼門に入った仲間が、還暦を迎えた時に身近で10名余にも及ぶ。自分が還暦を迎えて、無事に人生の峠に辿り着けた有難さを強く感じる。還暦を迎えてからも仕事仲間の5名の訃報に接した。還暦は人生の峠である。

 人には、語れぬ人生の深山がある。人生で、いつかは足を踏み入れねばならぬ深山である。芭蕉は死者としての白木綿の宝冠で包み浄衣に着替えて、山に入った。人は経帷子に身を包み、人には見せられぬ醜い自分を見るために、山を登る。人生で一度は越えねばならぬ峠である。その峠で、過去の自分の臨終を見送る。

 死者として深山を上り、新しく生まれた赤子になって、上ってきた山道を下る。「他言を禁ず」の戒律は、人には語れぬ醜い己の臨終への佛の経なのだ。峠を下れるだけ幸せである。峠を下れずに、山腹で骨を埋める仲間も数多い。自然が唱える不易流行の経の声を聴き、己が神仏に生かされていることに感謝を捧げる。

 図2 馬場恵峰書『おくのほそ道』上巻 最終頁 日中文化資料館蔵

 

人生のまさか

 2011年4月2日に、恵峰先生宅に日中文化資料館見学ツアーとして経営者仲間と一緒に行くことになった。その折、私は馬場恵峰書『奥の細道全集』を撮影する計画を立てた。ところが3月11日に東日本大震災が起こり、そのツアーが中止となった。しかし私は飛行機の予約もしたし、本来の目的が『奥の細道全集』の撮影なので、キャンセルをせず撮影に出向いた。

 その当日、盛岡の齋藤明彦社長(㈱電創総合サービス)が、まだ津波で犠牲になられ人たちの霊が漂っている浄土ヶ浜の海水を持参され、その海水で恵峰先生に追悼の書の揮毫を依頼された。私は偶然そのご縁に接せることになった。当日は、そのことは知らなかったが、4月16日の明徳塾で恵峰師はその追悼の書を紹介されて、初めてそのご縁を知った。

 還暦までにビジネス戦争で斃れた仲間も多いが、震災のように突然、生前の精進如何に関わらず、命を召される事態は、現世ではざらにある。今回の震災は人生の無常を痛感した事件であった。生きているが奇跡なのだ。頂いた命を大事に使わねばと還暦後の人生の歩みの決意を新たにした。

 図3、4 追悼の詩 馬場恵峰書 2011年4月16日撮影

 

「出版の細道」の道を歩む

 写真集 馬場恵峰書『奥の細道全集』全2巻は2017年12月に発刊予定です。その一部が図2です。この書は私が馬場恵峰師と縁が出来てから、5年程経った2011年頃、師が『奥の細道全集』全2巻を芭蕉300年遠忌で書き上げたという話を「明徳塾」の講義の時に聞いた。『奥の細道』のむすびの地は、私の住まいの大垣であるご縁からから、写真に撮らせてもうことを思いついた。当時、出版は全く頭にはなかった。それからカメラもCANON 7D、7DⅡ、5DⅢ、5DⅣと4世代も変わり、多くの先生の書をスポット的に撮影していく過程で、2015年頃から先生の書を世に出したいと思うようになった。いろいろと出版してくれる出版社を探したが、ないという結論となり、それなら自分が出版元として出版する決断をしたのが経緯である。大きな舗装道路でなくてもよい、未舗装の細い道でも先生の名が残るなら、自分でも本を出版した記録として残るならと、細くても新しい道を創ろうと決断した。 

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久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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