二人への祝辞 経営、創造、啓示
2024年6月2日、姪が結婚式を挙げた。自分の娘が結婚したように嬉しく思い、乾杯の音頭で祝辞を述べた。
二人は4年前に籍を入れたのだが、コロナ禍で結婚式が出来ず、今回の結婚披露宴となった。
私にも結婚式参列は四半世紀ぶりである。世の風潮で結婚式への参列が減ってしまった。寂しい限りである。
乾杯の祝辞で新郎新婦にお願いしたことは以下3点。
家庭を経営して欲しい、
二人で創造して欲しい、
神仏の啓示を真摯に受け入れて欲しい。
経営
経営とは、持てる資源を最大限に使って新しい利益(りやく)を出すことである。「利益(りやく)」」とは仏教用語で、仏の教えに従って得られた恵みや幸せのことを指す。それから経済用語「利益(りえき)」という言葉が生まれた。
会社でも合併(merger)をして新しい会社として新しい道を歩むことがあるが、往々に持てる資源を活用できず、成長できないケースが多々ある。私の前職の会社がそうであった。結婚(marriage)も同じで、2つの人生有限会社が、合併して新しい家庭を作り、利益を生み出すことだ。会社の合併と同じである。
経営が上手くいかないと、二人の持てる資源を有効に活用できず、逆に相殺される場合も多い。それは経営破綻である。
自分を経営するとは、仏の教えに従い、自分の持てる資源を最大限に活かして、人生を生きる事。美味く生きれないのは、自分の人生を経営していないのだ。
資源とはお金の財産のことだけではない。自分が使える資源の全てである。親、師、友人の支援、ご縁も全て資源である。今まで学んで来た知識、経験も資源である。お金はそのうちの一部に過ぎない。二人の持つ資源を統合して最大限の成果を出す。それが経営である。
創造
創造は発明とは違い、誰でも出来る。発明は、全く新しいことを見つける事。創造とは、今までの事象を分解、再統合して新しいことを作り出すこと。例えば、エジソンの電球は発明だが、ソニーのウォークマンは創造である。ウォークマンの技術には、新しい技術はない。今まで開発されて来た旧来の技術の分解、再統合である。それで新らしい概念の音楽を聴く機器を創造した。
創造の「創」の偏は傷である。それも刀の受けた切り傷である。つくりのりっとう偏「リ」は刀と砥石の象形文字である。刀で切り傷を受け、血が噴き出す傷口に焼酎を吹きかけ、さらしを巻いて止血をする。そこから新しい細胞が生まれてくる。その細胞は、今までの細胞よりも強固な組織である。それが創造である。
価値観の違う二人が一緒になれば、衝突もあるだろう。そこから新しい価値観を作り出す。それが創造だ。
二人の前には大きな白いキャンパスが置かれている。二人の違う絵の具で人生というキャンパスに新しい絵を描き、人生を創造して欲しい。
神仏の啓示
私は5年前にガンになり、余命宣告を受けた。もし今までのままの生活、医師の言う通りにやっていれば、この乾杯の音頭の席にはいないであろう。
もしあの時私がガンにならなくても、あのままの生活なら、別の病気で倒れていただろう。今はがんに感謝である。
ガンは「死ね」と言っているわけではない。「今のままの生活ではダメ。変えろ」と言っているだけである。それが病気(神仏)からのメッセージである。
価値観の違う二人が一緒になるのだから、一緒に生活すれば、問題が起きて当たりまえ。長い結婚生活では、病気や事故が起きて当たりまえ。問題や病気が起きたら、何故なぜを5回繰り返し、真因を見付けて欲しい。対処療法で解決しては、また同じような問題が再発する。真因を見付けて、それを無くす考え方をして欲しい。それが神仏からの啓示である。
ご縁があったのも神仏からの啓示である。病気になるのも、事故に遭うのもご縁である。それを神仏からの啓示として前向きに解釈して、生き方を改善して欲しい。二人で幸せを創造してほしい。
お二人の幸せと皆様のご多幸と健康をお祈り申し上げます。
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2024-06-06 久志能幾研究所通信 2863号 小田泰仙
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