« 108歳を目標(6/14) 病気とは仏からの啓示、病気と闘うとは冒涜 | メイン | 人生の成功とは »

2022年11月20日 (日)

第41回 岐阜水墨画人展を見学

 

 2022年11月18日、岐阜市日乃出町のロイヤルホールで開催されている「岐阜水墨画人会展」に行ってきた。4年ぶりにKさんにお会いして、親交を新たにした。当時より私が20キロも痩せているので、私を見ても気が付かなかったという。聞けばご主人を癌で亡くされたばかりだとのこと。私も癌を罹患し、今、生き延びている幸せを感じた。前回お会いした時からの時の流れを痛感した。がんもあるし、新型コロナウイルス騒動もある。生きていくは大変な時代だ。

 

生命

 展示作品で目を引いたのが神山恵子氏作『生命』である。植物という生命はひたすら天を目指して伸びていく。動物もひたすら生きているが、動物の行動は、少し生々しく感じるが、植物の方が素直な静かな生命力を感じる。

 人間の欲望は、カネの為、他の為とかで生き方をさ迷わせる。しかし植物は、何も考えず、ひたすら頂いた命を使って天に向かって成長していく。そういう生き様を現代人は忘れている。こういう命を表した絵は、水墨画があっている。ごてごてと絵の具を塗りたくった油絵には合わない。一度、死の瀬戸際に追い詰められると、こういう絵に引き付けられる。

 馬場恵峰先生も書画を多く描かれた。恵峰先生は書だけでなく、墨で絵も同時に描かれるので、絵と文字の美しさから多くの作品を集めた。今は私のお宝である。

 

P1150626s

P1150625s

P1150628s

  神山恵子氏作 生命   撮影許可は得ています

.

命無残

 会場のある柳ケ瀬商店街はすっかり寂れていて、シャッターが下りたお店が多かった。以前に来た時と様変わりである。岐阜の大通りの書店も無くなっており、時代が変ったようだ。商店街にも、商店の状況にも命があり、繁栄と衰退を繰り返しているようだ。世は無常である。

 帰りの電車を岐阜駅ホームの待合室で待っている時、その中にいた6人の若者全員が、スマホ画面を無言で見つめていた。まるで統一教会スマホ支部に洗脳されているような雰囲気である。そんなスマホ情報に洗脳されて、人間として命を全うできるのか、不安に覚えた。時間は命である。電車内でもスマホをいじっている人の大半がゲームである。スマホを捨てて、もっと人間として考えることに時間を使って欲しい。自分の有限の時間を勝手にスマホに奪われるようで、私はスマホは好きではない。

 私は外出時、スマホを持って行かない。私は時間に追われた仕事をしていないので、かかってきた電話でも、後でスマホの着信履歴を見れば事すむことだ。外出時、持っていくのは、A4版の紙ばさみで、電車の中や、待ち時間にメモ用紙に文案を書きなぐっている。私の発想の場は家だけではなく、場を変えることで新しい発想も生まれる。スマホでは、そういう状況にはならないようだ。文字を打つのは簡単だ。それよりも新しい発想を生み出すことが大事である。

 

P1150629s

  柳ケ瀬商店街

P1150632s

  JR岐阜駅ホームの待合室

4k8a02411s

 馬場恵峰書

.

2022-11-19  久志能幾研究所通信 2546  小田泰仙

「久志能」↖ で検索

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

コメント

コメントを投稿